月に寄りそう乙女達 ~Irish Fairy~   作:トライアヌス円柱

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譲れぬ想いも、怒りも悲しみも、呑み込んで
本当の意味で、少女たちに訪れた穏やかな午睡

最終話 裏タイトル 【メリルさんには参加資格がない模様】


最終話 限りある、この日々を

 

 「宣伝文句、なにか考えた方がいいんじゃない?」

 

 無事朔莉さんから斡旋された仕事の納品も終わり、めでたく『ぱるぱるしるばー』も大きな実績を残せた。

 

 有名映画女優である朔莉さんが映画の中で着ていた衣装が話題となり、『ぱるぱるしるばー』の知名度は一気に上がったといっていい。

 

 そんな中、屋上庭園でちょっとしたお茶会を開いていると、朔莉さんがそんなことを言ってきた。ちなみに今ここにいるのは私、お嬢様、アトレ、九千代、ルミねえ、朔莉さんと、みんなこの青山スカイレジデンスの住人、残念ながら弓さんと春心さんは今日は来ていない。

 

 

 「お店の?」

 

 「そう、注文の間口広げるんでしょ? 新体制になるのなら、なにか新しい宣伝したほうが宜しいのではなくて? なーんて思ったの」

 

 「どうして途中で貴婦人を挟んだの。まあそうだね、ふむ、ダメだ私は何も思いつかない」

 

 「ルミねえさまは、そういう感性はお持ちではないですからね」

 

 「あらこの子意外と毒舌、そこはお姉さんに似なかったのね」

 

 「ええと、九千代さんはなにか思いつきますか? 私もすぐには思いつきませんが」

 

 「わ、わたしですか? えーと、服の宣伝ですよね? うーん、服、服……『ぱるぱるしるばーの服は、大変に気分がいい』とかですか?」

 

 それは私たち姉妹のお母様の口癖だね九千代。ああ、九千代にとって服=桜小路ルナの構図が成り立っているのか。流石ですお母様。

 

 

 「あ! こんなのはどうでしょう! 『ぱるぱるしるばーの服を着れば、気分はウキウキ、異性にモテモテ、うどんはコシコシ、エビはプリプリ』」

 

 「お夕飯は天ぷらうどんにしましょうね」

 

 食べたいんですね、お嬢様。

 

 「まあ半分はいいんじゃないかな、もう半分は論外だけど」

 

 「え? ルミネさんも食べたいのですか?」

 

 「うどんのほうじゃなくて」

 

 「でも、そういうのって誇大広告になりませんか? 実際に異性にモテなかったら、クレーム入れる人もいるのでは」

 

 「流石にそんなモンスターはいないと信じたいけど、このご時世ではね。実際アメリカには『え、マジ?』っていうよう訴訟案件山ほどあるし」

 

 「あの国は、『翼を授ける』ってキャッチフレーズの栄養飲料に対して、『翼が生えてこないぞ!』ってクレーム入れた人がいたくらいですし……」

 

 「え? アトレお嬢様それ本当ですか?」

 

 九千代の驚きも無理はない、私も今聴いて驚いたよ、なにそれ淒い。

 

 

 「まあそんな脳が冥王星まで行ってるような人は、さすがのあの国でも稀だけどね」

 

 「でも出来るだけ事実を言ったほうが良さそうだね。『この服を買えば幸せになります、店が』なんてどう?」

 

 「まあ正直。私なら面白がって買うけど、ジョークが高度すぎて敬遠されるのがオチね」

 

 「残念」

 

 「え? ルミネさん今の本気で言ってたのですか?」

 

 「エストさんに驚かれるのだけは心外」

 

 「あ、じゃあ食品の中には『私がつくりました』的な写真をパッケージに貼ってるものがあるじゃないですか、ああいうのは」

 

 「中々面白い発想ですね九千代」

 

 「あー、あの銀条さんならそれもアリかも、でもエストさんダメだし、姫はもっとダメ」

 

 「どうしてですか?」

 

 「いやアトレさん、どう考えたって嫌味っぽいでしょ。その服着ても作り手より綺麗になれない現実見せられるのよ?」

 

 「美しいことも罪ということだねウフフ、ね、朝陽」

 

 「お嬢様、貴族たるもの、事実だからと吹聴するのは品位を下げます、減点1です」

 

 「減点になったらどうなるの?」

 

 「減点ごとにご飯のおかずが一品減ります。減点5で主食がパセリになります」

 

 「いえ、綺麗だなんて、全然そんなことありませんよ」

 

 「あら淒い、なんて綺麗な超高速の前言撤回、いっそ惚れ惚れするくらい」

 

 「というか、それなら普通に朔莉さんが広告モデルになってくれればいいじゃない、もう映画でウチの衣装着てるんだから」

 

 「うん、実はその提案するために話題振ったの」

 

 「随分遠回りをされましたね……」

 

 九千代が疲れたような表情をしている、でも、私はこの朔莉さんとルミねえの会話のペース、割と好きだよ。

 

 

 

 そんなことがあった数日後。

 

 「では、『ぱるぱるしるばー』は新体制に移行します」

 

 弓さんが、これからの体制の確認をすべく、65階のリビングに私たちを集めた。

 

 「パル子はこれまでと変わらず、HPにデザインを載せて、注文が来たら製作にかかってくれ」

 

 「まかせろぃ」

 

 「ギャラッハさんのロンドンパンク系のデザインは、パル子と平行に載せてるんで、同じく注文来たら製作お願いします、つか実はもう注文来てます」

 

 「わぁ、デザイナー・エストに初のお客さんが、やった、やったよ朝陽」

 

 「おめでとうございます、お嬢様」

 

 「メイドさんは、パル子とギャラッハさんのデザインを、簡略した普段着にリアレンジして、量産お願いします。この製作は数を作らなくちゃいけないから私も加わるし、大蔵さんも頼んますよ」

 

 「お任せ下さい」

 

 「私もミシンくらいは動かせるようになったよ、学院でも必須科目だしね。一応服飾部なわけだから、そりゃあ現場経験もあるよね」

 

 いつの間にかルミねえも、製作に加われるようになってくれた。彼女はやはり一度やり出すと覚えるのが早く、簡単なことなら任せられるレベルになってくれている。

 

 「そんで私はHP管理と、対外営業がメインっす。対外交渉担当だから、あんま製作に加われないかと思うけど、メイドさんの負担を軽減するために、出来るだけ時間作って製作にも入ります」

 

 「いえ、ご無理をなさらないでください」

 

 「メイドさんに無理させたら、大蔵さんの目が怖いんで、勘弁してください」

 

 「その大蔵さんこと私は、仕入れ、資材管理、会計などの事務全般ね。これからは時間をつくって製作にも参加するよ。萬に秀でた大蔵の血(上の伯父談)を発揮させて、すぐにウチの妹の負担を減らせてみせる」

 

 「私は正式には従姉妹なのですが……」

 

 「まあ朝陽がかわいいと思うルミネさんの気持ちは分かります」

 

 ちなみに、私の本名や素性は弓さんと春心さんには話している。衣遠伯父様の手腕で早くも『桜小路才華』の戸籍は女性に変更されたので、性別については述べず、桜小路ルナの娘で、アトレの姉であることを話した。

 

 本名を隠してメイドをしている事情は、“実家の家訓で、桜小路家の長子は小倉朝陽と名乗り、デザイナー志望の女性の従者となり、修行することになっている”と、ルミねえが即興で捏造したとんでも設定を話したところ、おふたりは「セレブの考えってわけわからんけどすげぇや」と、すんなり納得してくれた。なんで?

 

 パル子さんが、「そういえばルナさんそっくりですな、なして気づかんかったべ」と唸っていたくらいで、私が『桜小路才華』であることは受け入れられたけど、呼称はかわらず『メイドさん』のまま。私としてもその方がいい。

 

 

 「じゃあそういうことで、新体制発進だ! みんな気張っていくぞ!」

 

 『おおー』

 

 「あいや、でも、学院の課題もあるので、その時は〆切勘弁してくだされ」

 

 「あ、私も」

 

 「ん、まぁ私も課題はあるし、そこはまあ仕方ないか」

 

 「一丸さん、そこは甘やかしたらダメ。課題を余裕でこなせるよう私たちで予定表を作り、守らせればいいだけ」

 

 「ひぃ、鬼だ、鬼がいる」

 

 こうして夏に差し掛かる頃、『ぱるぱるしるばー』の新体制が発進した。

 

 

 

 

 

 

 閑話その1

 

 「春心さん、昨日ここまで作業されると言いましたよね」

 

 「はい……」

 

 「なぜ作業が進んでいないのですか」

 

 「寝てました……」

 

 「お疲れなのは分かります。でも、貴女の衣装を待っているお客様がいるのです。それは弓さんからも言われてることでしょう」

 

 「すんませんすんません。ほんとどうしようもない女ですんません」

 

 「いえ、貴女はどうしようもない人ではありませんよ」

 

 「え、そですか? いやーやっぱりメイドさんは優しいなぁ」

 

 「ですから、昨日の作業の遅れの分は、ご自分だけで取り戻せますよね?」

 

 「はい………」

 

   

 

 

 「おお、私や大蔵さんじゃなく、意外な伏兵がパル子の怠けグセを叩き直してる……」

 

 「まああの子に怒られるのは、私達に言われるより、10倍は効くよね」

 

 「私達はハルコさんのお体に関して、やはり遠慮がちになってしまいますからね」

 

 「その点、あの子に注意されたんじゃ、もう逃げ道0だよ」

 

 「メイドさんの身体の方が、事情が重いもんなぁ……」

 

 「でも、あの子があんな風に誰かにキツく言う光景、実際に見るのは初めて。以前話には聞いていたけど」

 

 「あ、ルミネさんは初めてでしたか。特別科の教室では割と頻繁ですよ? あの子服飾に関しては、とことんストイックですから、聞きにくる同級生の子達は『なぜご自分で調べないのですか』と冷たく一刀両断です」

 

 「やっぱり桜小路の小母さまの血の成せる業だねそれは。変わるものもあれば、変わらないものもあると」

 

 「うわぁキッツ。あの綺麗な顔で言われるから余計にキツイですね、それ」

 

 「私もそう思うのですけど、それでもなぜか朝陽に聞きに来る生徒は絶えないんですよね、不思議です」

 

 「中々業が深いね、特別科」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閑話その2

 

 「弓さんの髪は、本当に、手入れのしがいがありますね」

 

 「どうもです、いえでも、なんでいつも私の髪ばっかなんですか?」

 

 「う~ん、なんででしょう、もう単純に好み、になりますかね。簡単に言えば私は弓さんの髪に一目惚れしたんです」

 

 「お、おう、そっすか」

 

 「おお? ああ、きゅうたろうがメイドさんに取られる! 銀髪薄幸美少女メイドに負けるなきゅうたろう、お前には能天気で胴長短足、けど胸だけはバカみてえにデケえ相棒がいるだろ!」

 

 「その情報でお前を選ぶやついねえよ」

 

 「ずどぉーん」

 

 「エストさん、貴女の従者、今日も一丸さんに取られてるよ」

 

 「朝陽の趣味ですから仕方ありません。ところでキュウさん、からしとわさびどっちが好きですか」

 

 「なんですかその地獄しか連想できない二択は、嫉妬してるならそうと言ってくださいよ」

 

 「一丸さん、どうしたら貴女みたいに髪質を下げることができますか?」

 

 「喧嘩売ってんすか桜小路さん、いくらお土産くれるお客さんとはいえ、買う時は買うっすよ」

 

 「一丸さんも、その子に毎日手入れされたら髪質保てるだろうから、その内飽きられるよ」

 

 「マジすか、弄ばれるだけ弄んでポイすかわたし」

 

 「そうです、たまには昔の女のことも思い出してください。九千代は寂しいです」

 

 「今夜やってあげるから今は我慢して? 九千代」

 

 「約束ですよ?」

 

 「意外と積極的だなこのぱてぃしえさん」

 

 「九千代は女性だから、パティシエールが正確ですよ、銀条さん」

 

 「まじかー 知らんかった」

 

 「というか魔性だよねこの子は、父親譲りかな」

 

 「母親譲りじゃないんすか」

 

 「あ、これ父の画像です」

 

 「………うん、そりゃあメイドさんも桜小路さんも美形になるよなぁ」

 

 「これで男とか詐欺だろー」

 

 「実際その人、何人もの男も女も誑かしてる、本物の魔性だよ」

 

 「ルミねえさま、人のお父様だと思って」

 

 「事実でしょ?」

 

 「娘としてはノーコメントで」

 

 「その画像見たとき、私は女性同士で生まれた子供だと思いました。最新の科学凄いな、と」

 

 「その気持ちも分かるよエストさん」

 

  

 

 

 

 

 

 

 閑話その3

 

 

 「♪~♪~」

 

 「♪~♪~」

 

 『♪~♪~♪~♪~』

 

 

 「さっきからギャラッハさんとメイドさんが、おんなじ鼻歌歌ってんな」

 

 「仲良しだなァ、きゅうたろう、ウチラ負けずにラップ合唱するべ」

 

 「ラップ熱唱しながらミシン使えてたまるか。にしても、ただの鼻歌なのにすげえ綺麗に聞こえる、なんつー心地いいハミング」

 

 「美人はなにしても絵になるからずるいよなー」

 

 「いや、あれはむしろ鼻歌だから綺麗に聞こえるパターンだよ」

 

 「え? どゆことですかい、大蔵の姉御」

 

 「なにそれJrくん経由?」

 

 「いや大蔵ルミネ嬢の貫禄に敬意を込めてと思いまして」

 

 「つかJrさんってあの大蔵アンソニーJrさん? 一般科の奴らもキャアキャア言ってたな、知り合いすか」

 

 「親族、そしてなぜか私のことをルミネの姉御と呼ぶ」

 

 「あ、じゃあ今日から銀条もそう呼ばせて頂きますルミネの姉御!」

 

 「まあ別にいいよ」

 

 「いいんだ…… んで、鼻歌の方が綺麗に聞こえるってどゆことですか?」

 

 「ん? ああ、あの2人がハミングしてるアレ、バリバリの反英歌だから、アイルランド人らしいといえばらしいけど」

 

 「おおう、それはまた物騒な……」

 

 「マジか、んで歌詞はどんなんすか」

 

 「『掛かって来いイングランドの臆病者、潔く俺たちと戦え』とかそんな感じ」

 

 「それをあの美少女2人が歌ってるとか、背徳的にもほどがあんだろ」

 

 「しかも一人は点滴で管が繋がってるというな、いやほんと、なんつーか銀条胸が痛いっす」

 

 「食欲ないみたいだから、仕方ないよ」

 

 「うん、まあ、慣れるしかないよな、それがメイドさんなんだから」

 

 「一丸さんのそういうところ、素直に好感持てる」

 

 「きゅうたろう、男前だぜ……」

 

 「ありがとよ。でも女2人から好感度上がってもあんま嬉しくねえ、彼氏いない歴=年齢の身としては」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうした日々が続いた、ある日のこと。

 

 「最近返品希望が多いんだよね」

 

 「どうしてでしょう?」

 

 「うーんわからん、メイドさんの縫製に間違いはないはずなのに」

 

 「ギャラッハさんと私の注文は、基本特注だからそういうクレームは来てねぇけども」

 

 新体制発足後の『ぱるぱるしるばー』も、朔莉がモデルになった雑誌で話題になり、その後も芸能科の生徒にモデルを頼んだりして、中々の盛況を見せていた。

 

 だが物事は常に表裏一体で、上手くいけば、その分問題も出来てくる。

 

 今回の件は、才華がリデザインし、中心となって製作した既製服の方で、返品希望の声が多くなっているというものだ。

 

 

 「正直、ウチの帳簿には返品を受け付ける余裕はないよ。既製服でもいい生地使ってるし、それだけにひと箱分の在庫が重くなるから」

 

 「うーん、HPにも写真載せてるし、サイズもきちんと載せてるはずなのになぁ」

 

 「返品希望のお客さんは、『サイズが合わない』って言ってきてるんですね?」

 

 「でもちゃんとHPでサイズ見てるんなら、自分に合わないやつ買うわけないし、メイドさんがサイズ間違いするなんてもっとないし、う~ん、なんでだ」

 

 ちなみに当の才華は、現在衣遠の言いつけで入院中。妹のアトレや九千代なんかも、最近はそのために姿を見せない。

 

 そうして残ったメンバーが、マンションの屋上庭園で卓を囲み、初めて当面した問題に唸っていると、思ってもない人物が姿を表した。

 

 

 「あれ、アーノッツの子がいるのに白い子がいない、珍しいね」

 

 「あ、ジャス子さん。朝陽は今病院にいまして」

 

 「ああ、白い子体弱いんだもんね、お大事に言っといて。でもそっかぁ、白い子いないなら帰ろっかな。あ、でもパル子はなんか面白いデザイン描いてる? ちょっとインスピレーション欲しいんだよね」

 

 「いやー、今はこんなの描いてます」

 

 「あ、いいね。でもなんでこれ袖の部分だけ色落ちしたような赤使ってるの? 全体的に暖色形なのに、ここだけ浮いてない? アクセントカラーとしても変だよね?」

 

 「はい…… メイドさんにも言われました‥… その色はアソートにしろって」

 

 「やっぱ白い子も同意見なんだ。てかパル子の悪い癖だよこれ、絶対この時だけ気が散漫だったでしょ」

 

 「おっしゃるとおりで、その時だけ頭に天丼のことしか浮かんでこなくて」

 

 「それはハルコさんに非はありませんね」

 

 「アーノッツの子は黙ってなよ」

 

 「パリの人は優しさがない……」

 

 このパリから来たお嬢さまことジャスティーヌは、たびたび気晴らしに才華に会いに来る。彼女は綺麗なものを見るとデザインが浮かぶので、事あるごとに才華を見に65階や屋上庭園に顔を出すのだ。

 

 そうしているうちに、必然として『ぱるぱるしるばー』の面子とも顔見知りとなり、特にデザインの才能を認める春心には良く話しかける。

 

 ジャスティーヌ的優先度では、綺麗で才能あふれる才華が一番、才能溢れるが見た目はそこそこの春心は2番、綺麗だが才能はそこそこのエストは3番である。エストはそこがやや不満。

 

 

 「ところで、なんか浮かない顔してるね、なにかあったの?」

 

 そしてマイペースに話を進めるのが彼女の特徴だ。同じくマイペースなルミネは、ジャスティーヌの振る会話はデザインや技術に関わることがほとんどのため、加わることが少ないのでかち合わない。

 

 「実はですね、朝陽が作った服なのに、返品希望の意見が多いようで」

 

 「なにそれ、白い子が作った服が悪いわけないじゃん、それ絶対買ったほうが悪いよ。どうせサイズそのままで選んだとかそういうのでしょ」

 

 「え、それはどういうこと、ラグランジェさん」

 

 普段はジャスティーヌとの会話に参加しないルミネも、今現在直面してる問題の答えをジャスティーヌが持ってるとすれば、話は別だ。

 

 

 「多分その買った人、ヌードモデルでサイズ選んだんだよ。あの教室の子達、そんなんばっかだったもん。ね、カトリーヌ?」

 

 「はい、同級生の皆さんのお話の中に、そういうことが多かったます」

 

 「あ! あ~あ~」」

 

 「うわマジか! そういうこともあんのか!」

 

 「これは盲点でしたね」

 

 ルミネはまだピンと来ていないが、他の3人は今の一言で大体の問題点がわかった。

 

 

 「今のでわかったの?」

 

 「はい、自分の寸法って、だいたい裸で計るじゃないですか」

 

 「しかも、ちょっとでも見栄張って、食前とかダイエットの時とかに」

 

 「んでも、普段着る服は食後だろうが、水カブ飲みしてお腹膨らんだ時だろうが、サイズは同じなわけで」

 

 「なるほど、本当に『サイズピッタリ』で服を選んでしまったわけだ」

 

 ルミネもアパレル経営科に通ているから、ここまで言われれば分かる。これは靴でもそうだが足のサイズが25cmなら、多少余裕を見て25.5cmか26cmを買うものだ。とくに冬場は厚手の靴下を履くだろうから、サイズがキツキツになるのが自明だ。服の場合の要領もそれと同じ。

 

 そして今回の返品希望の客は、まさにそれをやってしまったという訳だ。バスト80cmなのに、サイズ80cmを買えば、パツパツになるのは当然。仕立て服ではなく既製服をネットで買うならば、それに注意しないといけないのに、その知識がなかったらしい。

 

 春心たち3人は、服飾の知識と技術を当たり前に持っているので「これくらいは分かって当然」という前提があったために、落とし穴に嵌ってしまった形だ。

 

 

 「服のことわかってない子って、こんな当たり前のことも知らないんだよ。私は今、それを研究対象にしてるから、嫌になるくらい分かるの。でも、ファッションのことを知らない人って、ほんと何にも知らないんだよね。パリでは考えられないよ、日本人って不思議だね」

 

 「返す言葉が見つからねぇ」

 

 「これは確かに屈辱だけど、ラグランジェさんが正論」

 

 「白い子なら多分分かったんじゃないかな。でも入院中だっけ、間が悪いね」

 

 「あの子服飾に関してはストイックだし、ご両親からもそういうお話聴いてるかもだし」

 

 「あ、そういえば白い子って桜小路ルナの娘なんだっけ、そりゃま、そうだよね」

 

 「よっしゃ、じゃあさっそくHPでその点の注意を呼びかける更新かけます」

 

 「仕方ない、今回は勉強料として損を被るしかないか」

 

 「なんにしても助かりましたよジャスコインさん」

 

 「ジャス子ね。てゆかいい加減教室の子達をため息交じりに見るのも飽きたから、貴女たちの方に参加してもいい? その方が私のためになりそうだし」

 

 「え? マジ? 貴族の人がまた増えんの? どうなってんだよウチらの構成」

 

 「やばいぜきゅうたろう、庶民が少数派になってきてる、どっかで庶民調達せんと」

 

 「でもラグランジェさんが作業するわけじゃないでしょ? デザインの方向性も違うのだし」

 

 「私は見学だね、ま、気が向けば手伝ってあげるけど。でも代わりにカトリーヌを貸してあげる、この子は縫製は経験重ねてるから上手だよ」

 

 「よ、よろしくお願いします」

 

 「そっか、うん、ちょっと待ってくださいね。一丸さんと相談した上で、お答えしたいと思います」

 

 「大蔵の子は慎重だね、でもそういう所は嫌いじゃないよ、貴女はいい経営者になると思う」

 

 「光栄です」

 

 「あ、ちなみにパリメイドさんに聞きたいことが!」

 

 「な、なんでしょう」

 

 「貴女も実は貴族とか富豪の娘とかじゃないですよね!?」

 

 「しょ、庶民ます、修道院出身ます(中にはメリルみたいな例外もいるけど…)」

 

 「よっしゃ、庶民仲間ゲットー!」

 

 「なに喜んでんのさ…」

 

 

 

 こうして、パリの主従も『ぱるぱるしるばー』の準構成員になった。縫製担当が増えたことは弓とルミネにとっても歓迎すべきことだし、ジャスティーヌも優秀なアドヴァイザーとして機能してくれるだろう。

 

 そこへ才華が退院してくる。

 

 「あ、白い子おかえり、これからよろしくね」

 

 「ジャスティーヌお嬢さま、お話は聞いております、どうぞよろしくお願いします。私も貴女が参加してくれて、とてもうれしいです」

 

 「今日も綺麗だね。やっぱり白い子見てるとデザインが湧いてくる。クワルツ・ド・ロッシェだっけ? 表紙の衣装見たよ、白い子のだよね。ケルト民族風なのが、アーノッツの子に似合ってたよ」

 

 「はい、貴女の御髪も大変綺麗ですよ。そして、お嬢様との出会いへの感謝を込めた衣装を褒めていただき、ありがとうございます」

 

 退院してきた才華に、ジャスティーヌもまた改めて顔合わせをする。この2人は才能の面でも気質の面でもなにかとウマが合うので、会話も弾む。おそらくしばらくはジャスティーヌの髪は才華の魔手にかかるだろう。

 

 そして、才華が退院し、帰ってきたときには、一丸弓は改めて感じたことを口にした。

 

 

 「流石に狭ぇー!」

 

 いくら65階のフロアとはいえ、1室にエスト、才華、春心、弓、ルミネ、ジャスティーヌ、カトリーヌ、そして遊びに来たアトレと九千代の9人は狭い。服の宣伝や斡旋で関わる朔莉もよく来るので多い時は10人にもなる。

 

 そのため、2階の才華達の部屋を純作業用のアトリエに改造し、アトレと九千代は64階のルミネの部屋に引越した。

 

 才華の方も改めてエストの部屋に「住み込み」になった。さらに65階と64階の1階差なので、才華に何かあってもすぐに九千代が駆けつけるため、予てよりの隠し階段を床(天井)をぶち抜いて設置した上でである。

 

 春心と弓にしても、いちいち毎回65階までエレベーターで昇る時間が省けて助かったと喜んでいるようだ。

 

 期せず大所帯になった『ぱるぱるしるばー』の状況を見ながら、アイルランドの主従は感慨深げに語り合う。

 

 

 「なんだかいよいよ本格的だね朝陽」

 

 「はい、でも将来お嬢様さまがプロになるためには、良い経験だと思いますよ」

 

 「私としては、このまま、プロになっていきたいけれどね」

 

 「春心さんたちとですか? それも、良いですね」

 

 「うん、日本とアイルランドは何かと縁があるもの、そういうのもいいじゃない?」

 

 「日本の国歌も、原曲の作曲者はアイルランド人ですからね」

 

 「あまり知られていないけどね。………ところで、体のほうは大丈夫?」

 

 「はい。今回の投薬でリスクの一つは大きく減りました。そして、これで私は完全に『男性』ではなくなりましたよ」

 

 今回才華が入院していた理由は、以前エストに話していた癌リスクの対策である。ことは才華の今後に大きく関わることなので、遊星とルナも来日し、アトレも交えて家族4人で話し合った結果、入院となった。

 

 遊星もルナも、才華の性別など構いはしない、生きてくれるだけで、それだけでいいのだ。遊星はすぐに「よかった……」と賛成し、ルナは「お前の人生だ。お前が決めたことに、私は何も言わないよ」と静かに述べるのみであった。

 

 

 「そっか……」

 

 「ですが、不思議と後悔や心残りなどはありません。無くしたものは、きっと異なる未来なんです。私はそれを選ばなかった、だから無くなるのも当然です」

 

 エストはそっと才華の小さな手を取り、指を絡ませて包むように握る。

 

 

 「朝陽…… ううん、才華って言ったほうがいいかな」

 

 「そうですね…… ここは前例に倣って、学生時代のうちは朝陽と呼んでください。そして卒業したあとは、才華と」

 

 その答えにエストは喜びを覚える。才華が未来の話をするという、ただそのことがとても嬉しい。

 

 

 「うん、そうするね。そして、機会があったらその『前例』についても教えてね」

 

 「どうしましょう、ちょっとあまり家族以外の人には憚られるお話ですので」

 

 「じゃあ家族になって。アイルランドは同性婚も可能な国だよ」

 

 「はい。では、それも卒業してからですね」

 

 2人は未来の話をする。自分たちにはこれからの時間がある、そう噛み締めながら。

 

 才華はこうして楽しく日々を送れることが、まるで奇跡のように感じる。自室しか世界を知らず、その中で葛藤に悩み苦しんだ果てに行き着いた場所の、なんと居心地のよいことだろう。

 

 輝く栄光の未来を捨てたゆえに、たどり着いたこの暖かな場所。かつて渦巻いていた怒りは憎しみはもうない。

 

 彼が彼女となったこの世界に、静かに、心は居る。

 

 才華は握られた手を微笑みながら握り返す、強く透明な意思を込めて。

 

 

 

―――今日も貴女との時間を過ごします。限りある、この命(とき)を―――

 

 




それは、金の主人と銀の従者の歩みであり
それは、白い姉と黒い妹の談笑であり

皆で笑い合う、笑い合える、かげがえのない一時の憩い



最後にもう1話、エピローグが入ります
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