月に寄りそう乙女達 ~Irish Fairy~   作:トライアヌス円柱

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本当に逃れられない“生まれ”とは、家柄のようなサピエンスの虚構ではなかった
其れは何十億年もの遥かな昔、この星に微生物しかいない頃から根付いていた

3話 裏タイトル 【とんかつで買収も無理そう】


3話 説得、厳しき現実

 

 「フィリア学院の服飾部門の『特別編成クラス』の付き人として、私は服飾を学び、そしてグランプリを獲りたいと考えているのです」

 

 言った。そしてさあ、もう言ったからには後には退けない。

 

 この半年間、デザインを描き、服を縫いながらずっと温めてきたこの考え。幼い頃から枕元でお父様から聞いた、輝かしいお父様とお母様の青春譚。

 

 その再現ができるとは思えないけれど、僕はそれに挑戦したい。

 

 「坊っちゃま、それは……!」

 

 「若!? なにを仰っているのですか!?」

 

 壱与と九千代の驚愕も当然だと思う。それだけ僕の提案は無茶苦茶なことだし、一般常識としても有り得ない話だ。

 

 特におそらくは知らないだろう九千代にとっては、荒唐無稽にもほどがあるだろう。

 

 

 「でも壱与、『前例』はあることでしょ?」

 

 けれど、壱与は知っている。その荒唐無稽を成し遂げた人がいることを。だからこそ、彼女は僕の提案を無碍には出来ないはず。

 

 「たしかにそうですが、しかし、以前の場合とは事情が異なります。私は坊っちゃまのことが大切で、どんなお願いも聞いてあげたいと思っておりますが、その提案に参加することは、出来かねます」

 

 「そ、そうです! それに、桜小路家のご長男ともあろう方が、他家の使用人になるなど、私は認められません!」

 

 それでも壱与は反対するか、そうだよね。気付けば彼女の僕の呼び方が『若』から『坊っちゃま』にもどっている。きっとこの屋敷にいた幼い頃の僕を思い出しているのだろう。

 

 九千代の意見は、そういう観点から考えことはなかったから新鮮だ。九千代の言葉はいつも僕を癒してくれる。ありがとう。

 

 

 「わたしは…‥ お兄様の成さりたいことがあるのなら、微力を尽くして応援したいと思っています」

 

 アトレは胸元で手をギュッと握りながら、それでも決意を込めて言ってくれた。先ほど伯父様に叱られたばかりでありながらそれを言うのには、相当の勇気が必要であるにも拘わず。

 

 アトレだけには、既にアメリカにいる内にこの計画を話し、賛同を得ている。その意思を曲げずにいてくれてありがとう。

 

 やはり、この妹は両親の心根を、色濃く継承していると思う。そして何より、この計画は僕のためのものであり、アトレとの兄妹関係のためのものでもある。アトレが反対するなら、そもそも根底として成り立たない。

 

 ともあれ、現状賛成はアトレだけ。そして、二人には申し訳ないけれど、使用人である壱与と九千代は、僕を強引に止められる立場ではない。八千代だったらやっていたかもしれないけれど、二人には無理だ。

 

 だから、問題はただ一人。このただ一人から賛同を得られれば、僕の計画は実行に移せる。

 

 だけど

 

 

 

 「駄目だ。承知できん」

 

 一刀両断。やっぱり、現実は甘くない。

 

 でも、伯父様が反対することは予想出来ていた。彼の立場なら反対しないはずがないのだから。

 

 それでも僕はこの大きすぎる伯父様を説得しなければならない。さあ、正念場だ桜小路才華。

 

 

 「それは、一般常識的にありえない事だからですか?」

 

 物事には順序がある。まずは小手調べから。

 

 「その口ぶりからすれば、両親の若りし頃の話は知っているのだろう。ならば、そうした理由でお前の話を却下するのは、公平性に欠ける」

 

 「では、私の才能の問題ですか? それは先ほど伯父様も認めてくれたはずです」

 

 「たしかに、フィリアNY校だろうと、ローマ校だろうと、パリ校だろうと、通用する才能はお前にある。むしろ同年代でお前に匹敵するものはそうはいないだろう。そこは問題ではない」

 

 「では、九千代の言うように、桜小路家の長男が使用人に身を窶すなど、まかりならんということでしょうか」

 

 「それも違う。お前が言った『前例』がある限り、その理由も適切とはいえまい」

 

 「では、私が女性に扮するのは不可能という理由でしょうか」

 

 「いや、むしろお前を男と見るほうが難しい」

 

 それを断言されると少し悲しい。伯父様に悪意が一切無いぶん特に。

 

 世間一般の常識、才能、身分、そして僕の外見。それらのことは問題ではない、と伯父様はおっしゃる。

 

 実際には大問題だろうけれど、やはり『前例』というのは強い。そして、それで問題が起こっても、どうにかできる力を、伯父様や叔母さまは有している。

 

 では、なぜ駄目なのか。

 

 

 「才華、そもそもどうしてお前は日本校、特別編成クラスの制度に拘る」

 

 伯父様は切り口を変えてきた。僕の動機を語れと言っている。ということは、納得出来るだけの理由があれば、賛成になる可能性もあるということだ。

 

 「私のデザインを、伯父様も見たでしょう」

 

 「ああ」

 

 「そして、今一歩であり、母の影響を抜け出せていない、と評されました」

 

 「その通りだ」

 

 「だから私は、そこから脱却したいのです。いつまでも母の影響から脱せないのなら、一生『劣化桜小路ルナ』で終わってしまいます」

 

 「ならばこそ、父と母が過ごした学院に通い、脱却の糸口を見つけたい、ということか」

 

 「はい」

 

 「ならば、わざわざ使用人になる必要などあるまい。むしろ母から脱却したいのならば、母の近くで学べるNY校の方が良いだろう。そもそもにおいて、あの特別編成クラスからして、俺としては負の遺産だ。学院の立ち上げの際の資金調達のためにやむを得ず導入した制度だが、この国らしく前例あることをはそうそう廃止できなかったという唾棄すべき理由で未だ存続しているに過ぎん」

 

 やはり手ごわい。このままでの説得は厳しいか。

 

 「パリ校では、もう特別編成などという制度は廃止されている。そしてローマ校には、俺の知己の間柄の人間は少ない。やはりお前はNY校へ行くべきだ」

 

 「いえ、アメリカの実家に居ては、どうしても甘えが出てしまいます。特にお父様のお傍にいると、私はどうしてもその愛情に身を委ねてしまう」

 

 「む…… 確かに、それはあるかもしれんが」

 

 さすが伯父様、お父様の愛情の深さをよく理解されている。お父様、僕にとてもとても甘いから。

 

 「だから、厳しい環境に身を置き、デザインを研鑽したみたいのです。かつてお父様がそうであったように」

 

 これでどうだろうか、自分としては中々説得力はあると思うのだけれど。

 

 今の自分のデザインのままではいけない。でも実家の環境は快適すぎるので、より厳しい環境に身を置くことで成長したい。そしてその『前例』があるのだから、それに倣いたい。うん、おかしくない。

 

 「なるほど、その考えは分からんでもない」

 

 よし、伯父様が理解を示してくれた。ここでさらにお願いすれば……

 

 

 「だが、やはり許可できん」

 

 

 ……なんて甘い思惑が、通じる相手じゃないよね。

 

 

 「どうしてですか伯父様。私の成長したいという想いは間違っていますか?」

 

 「それ自体は望ましいことだ。上を目指さない人間に、価値などないのだから」

 

 「でしたら」

 

 「どうやら、はっきりと言わなければならない様だ。ならばもう容赦はするまい」

 

 伯父様の雰囲気が変わった。それと同時に場の空気も、ひりつく様なものになる。

 

 「そう、常識、才能、身分、外見、制度、今まで述べられたあらゆる要素は些事に過ぎん。俺がお前の計画を許可できん理由は、たった一つだ」

 

 「それは」

 

 「お前の身体だ。とうてい使用人が勤まるとは思えん」

 

 再び一刀両断だった。まさにグウの音も出ない正論。

 

 分かっていても、真っ向から切り込まれると辛い。だからこそ伯父様も、最後まで言わずにいてくれたのだろう。でも僕がどこまでも食いつきだだを捏ねるものだから、突き放す他なかった。

 

 「…………」  

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 壱与も、九千代も、アトレでさえも、それは分かっていただろう。分かっているからこそ、気を遣って言及しなかったり、別の理由で反対してくれたりしていたんだ。

 

 当然だ、僕だって自分の身体で使用人が務まるとも、こんな人間を雇ってくれる人がいるとも思っていない。何せ、役に立つどころか足手まといにしかならないのだから。

 

 

 「ですから、伯父様の援助が必要なのです。私だけでは不可能なことが多いので、こうしてお願いいたしています」

 

 「両親を超えんとするのなら、他人の力を借りてどうする」

 

 「ですが、『前例』のときでも、初めは身内の援助があってのことでした」

 

 お父様がお母様と出会うきっかけを作ったのは、りそな叔母さまで、彼女の全面的な援助があって出来たこと。

 

 僕は、衣遠伯父様に、かつてのりそな叔母さまの立ち位置になって欲しいのだ。

 

 「詭弁を弄するな。例え過去がそうであったとしても、それを現在と全くの同一に扱う事などできん」

 

 つまりは、僕とお父様では前提条件が異なるということ。

 

 「だからこそなのです。過去と現在では条件が違うからこそ、私は伯父様の援助を必要としているのです」

 

 過去のお父様と現在の僕の対比で言えば、圧倒的に僕が弱い。だからこそ、過去のりそな叔母さまより圧倒的に強い衣遠伯父様の援助を必要とする。

 

 卑怯な話であるかも知れない。でも、そうでもしないとスタートにすら立てないのだ。これだけは叶えて欲しい。

 

 「駄目だ、話にならん。そんな理由でお前を危険にさらすことなど、俺が許すと思うか」

 

 伯父様の、いや壱与や九千代もだけど、反対の理由は、結局のところ僕の体への気遣いだ。伯父様は物言いこそ苛烈だけれど、今おっしゃってくれたように、『僕の身体が耐えられない』と思うからこそ、反対している。

 

 「私の身体では、使用人は勤まらないと、そうお思いですか?」

 

 「俺だけではない、ここにいる3人も、お前の両親もそう思っている」

 

 「ですが、お祖母さまも、使用人でした」

 

 「…………!」

 

 失敗した。これは口にしてはいけないことだった。伯父様の表情が、今まで見たことがないものになっている。

 

 睨むような険しさではなく、怒るような激しさでもない。むしろ、悔いや憂いのようなものを覗かせる。

 

 ただひとつ言えることは、今の僕の言葉は、伯父様を傷つけてしまった、ということ。

 

 なんてことをしてしまったんだろう僕は。お祖母さまに関しては、軽々しく扱ってはいけないことだったんだ。

 

 

 「出過ぎたことを申しました、お許し下さい」

 

 「………お前の所為ではない。これは俺個人の精神の問題だ」

 

 それでも、僕は間違えた。このままではいけない。伯父様も皆も、反対の根幹にあるのは、僕の身体の問題。

 

 ………だから、この理由ではもう説得は出来ないだろう。土台、無理な話だったんだ。

 

 己の本心を見せない説得に、真も芯もありはしない。伯父様に翻意してもらうには、僕の胸の内をすべてさらけ出す必要がある。

 

 正直、怖い。今まで誰にも打ち明けられなかった気持ち、お母様にも、お父様にも、アトレにさえも明かせなかった想いを出すのは、足が竦むほど怖い。

 

 けれど、そうしなければ望む未来は得られない。ならばこれは僕の進む道の最初の試練なのだろう。

 

 僕の心、僕の悩み、僕の見せたくない醜さ、弱さ、そうしたすべてを伯父様にぶつけて、初めて道が開ける。開かせなくてはいけない。

 

 

 「分かったか才華。お前はアメリカに帰り、ニューヨーク校で服飾を学べ。それが嫌だというのならば、パリ校にしろ。あそこならば彼女もいるし、学ぶことも多いだろう」

 

 彼女というのは、おそらく親戚の、従姉妹叔母にあたるメリルさんのことだろう。たしかに、メリルさんに預けるという形なら、お父様もきっと安心される。

 

 でも、ダメなのです。それでは、僕の心はどこにも行けない。

 

 「申し訳ありませんでした、伯父様」

 

 「分かってくれたのならば、それでいい」

 

 僕の言葉を了承と解釈したのか、伯父様の言葉に優しさと柔らかさが戻っていた。ああ、このままでいたいという気持ちが動いてしまうけれど、ここは戦わないといけないところだ、頑張ろう。気を強く持とう。

 

 僕と、何よりも、この世の誰よりも大切な妹のために。

 

 アトレお願い、僕に勇気を。君とずっと一緒に笑い合える、そんな兄妹でいたいんだ。

 

 

 「いえ、そうではありません。私の今の謝罪は、本心を明かさないまま伯父様を説得しようとしたことに対してです」

 

 「…………」

 

 伯父様は表情を動かさずに僕を見つめた。意外だ、先ほどのように険しい視線を向けられると思っていたのに。

 

 伯父様の考えが、分からない。いや、元々僕程度で計れるお人ではないけれど、この反応は予想外だ。

 

 でも、静謐に、僕の中身を吟味するかのような視線は、敵を睨むかの如き視線よりも、底冷えするものを感じさせられる。まるで、自分のすべてを見透かされているようだ。

 

 心の中で深呼吸し、僕は伯父様に改めて向かい合う。

 

 「伯父様、もしまだ私の話を聞くおつもりがあれば、今夜私の部屋にいらしてください。もう話すことは何も無いと言うのであれば、お話はここまでになります」

 

 伯父様の協力が得られない場合は、りそな叔母さまの元へいくしかない。叔母さまは伯父様以上に説得が難しいだろうけれど、それ以外に僕に道はないのだから。

 

 「……‥」

 

 こんな僕の考えなどお見通しだろうか。伯父様は表情を動かさないまま紅茶を3口飲み、無言でその場を立ち去っていった。

 

 「………はぁ」

 

 思わず息を吐いた。緊張のあまり手の平もぐっしょりだ。その上、首尾がどうなるかも未だ五里霧中。

 

 でも、僕は希望はあると思っている。衣遠伯父様の性格なら、断固反対だったらその場で切り捨てているだろうから。

 

 僕にはまだ望みはある。そしてそれは今夜次第となった。

 

 今夜、としたのは僕の弱さだ。すべてを晒す覚悟は、今この場ではまだ出来ていない。その心の準備を要するのに、時間が必要だ。

 

 「坊っちゃま、いえ若…… どうやら事態は私が思っていたよりも、深刻のようですね」

 

 先ほどの僕の言葉に思うところがあったのか、壱与が語りかけてくれる。人生経験が僕なんかよりずっと深い大人の彼女には、僕の抱えているものを察してくれているのだろうか。

 

 「わたしは…… 若には申し訳ありませんが、衣遠さまが賛成されないことを願います」

 

 九千代は素直だね。その素直さがなによりの癒しだよ。

 

 「お兄様、頑張ってください。何も出来ぬ不出来な妹ですが、心持ちは常にお兄様と共に」

 

 ありがとう、アトレ。君を真正面から見るためにも、今夜は挑まねばならない。

 

 心に衣装を纏おう。伯父様の威に負けないよう、自信を震い立てるように、そのために衣装はなんだろう、どんな衣装を纏って伯父様を待とう。

 

 心を平静に、乱すことなく、お母様のような余裕を持たければならない。

 

 ならば、僕の纏う衣装は決まった。

 

 さぁ今宵はマスカレイド。大蔵衣遠という大きすぎる相手に、僕はどこまで渡り合えるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 

 僕は自室で伯父様を待っている。

 

 待っている間、僕はPCの画面に向かっていた。自身の心の裡を見つめるために。

 

 画面に映るのは、デザイン画。とあるネットアパレルのデザイナーが手がけたデザインとそれを元に制作された衣装が表示されていて、買い手が付くのを待っている状態。

 

 とはいえ、衣装の方は既に多くが『SOLD OUT』になっており、残っているのは僅か。デザインの方も半分以上に注文が付いているのだから、中々の盛況ぶりだ。

 

 僕がキーボードを打つと、その画面に新たなデザインが追加された。それは画面の衣装たちの中でも出来が良かったためか、すぐに買い手がつく。これでは製作担当も大変だろうな。

 

 こうしていると、いつも僕には聴こえてくるものがある。

 

 ………『彼女』の声だ。お前はそうすべきだ、そこにいるべきだと囁いている。

 

 駄目だ。僕にはまだ出来ない。この中途半端な状態で、『彼女』の言うままになるわけにはいかない。

 

 『彼女』はそんな僕を臆病者と嘲けるが、それは違う。安易に『彼女』に身を預ける方が臆病で怠惰だと思うから。

 

 気付けば、『彼女』の気配はない。当然だ、そんなもの初めからいないのだから。

 

 

 ……よし、最後の確認を、大蔵衣遠を迎える準備をしよう。

 

 

 伯父様は、まだ来ない。僕はもう一度PC画面のデザインに目を通したあと、PCの電源を消し、部屋の電気も消した。明かりは、カーテンごしに差し込む淡い月光だけ。

 

 ほとんど暗闇となった部屋の中で、そのまま姿見の前に立ち、衣服をすべて脱いだ。鏡には、僕の嫌いなひ弱な身体が映っている。

 

 枯れ木のような細い手足、蝋のように白い肌、血のように赤い瞳。

 

 自慢の長い髪でさえも、こうして見ると老人の白髪のように思えてしまう。

 

 お母様と似た要素で構成されているのに、どうしてこうも違うのだろう。お母様はあれほど美しいのに、僕は違う。

 

 一人で自分の姿を見ていると、昏い想いを抱かずにはいられない。そしてそれが一層に昏い想いを強める螺旋に嵌る。

 

 でも、それを乗り越えないといけないのだ。『彼』に抗うために、『彼女』を受け止めるために、僕は挑まなければ。

 

 そのまましばし、姿見の前に裸のまま立っていた。どれほど嫌おうと、これが僕だ。ありのままを自分が受け止めなければ、何も始まらない。

 

 己のありのままの姿をかくと刻みつけ、僕が決意を胸にカーテンを開き月を仰いだとき、部屋の前に人が立つ気配がした。

 




その頃の桜小路家

「やっぱり、親子でも違うね」

「ん? そうか?」

「ルナの髪は綺麗だけどしなやかで、才華の髪は柔らかかった」

「普通は逆のように思えるがな…… それにしても君、才華がいなくなったから私の髪をいじるなど、息子の代替扱いされてるようで、大変に不愉快だぞ、どうしてくれる」

「大変不愉快なら、どうして髪を触られてくれるのさ。そういうことは、させる前に言うものだよ」

「むう、昔の君ならばここで慌てたものを。すっかりと貫禄を持ってしまったじゃないか。女は子を産むと変わるというが、本当だったようだ」

「いやいや、産んだのは君! ルナが産んだんでしょ!」

「いやな、最近本当にそうだったか自信がなくなってきたんだよ。産んだのは君、というか朝日だったんじゃないかと思い始めてきている。なにしろ今の髪を伸ばした君は在りし日の朝日そのものだ。とはいえ、私の朝日は才華に取られてしまったが」

「母親が子供に嫉妬しないで」

「あれだけ私が朝日を求めても髪を伸ばしてくれなかった君が、才華のためならばひとつ返事だ。嫉妬するなという方が無理じゃないか」

「何年前の話をしてるの、もう」

「なにしろ、君がこうやって私の髪を梳いてくれるのが、久しぶりだからな」

「才華にばかり構っていたという自覚はあるよ。でも、やっぱり僕はあの子が心配なんだ」

「とはいえ、才華も自分の意思を持ち、自分の夢を持つひとりの人間だ。過剰な保護は却って枷になる。………分かるだろう?」

「……うん、そうだね。過干渉はよくないよね」

「まあ、それでも君は才華が日本へ発つ事を許したんだ。そんなに自省する必要もないさ」

「ルナは僕を叱ってるの? 褒めてるの?」

「拗ねてるんだよ。愛する妻を放っておいて息子とばかりイチャイチャする夫にな」

「………かわいい」

「な!? お、おい、仮にも2人の子持ちの経産婦に言う言葉か! せめて美しいとか、神々しいとか言い直せ!」

「いや、今のシチュエーションでその言葉は流石に出ないよ。けれど、僕はふだんからルナは誰よりも綺麗だと思ってる」

「むぅ…… くそ、この天然たらしめ。いや、こういう人だと分かっている、わかってるが、久しぶりに直球で来ると若い頃の気持ちが蘇ってくる……」

「そうだね、今日は若い頃を思い出して、夫婦でイチャイチャしようか」

「ふふふ、言ったな? 3人目を作る勢いでハッスルするぞ? いいのか?」

「今日はまったり系にしよう? 髪の手入れが終わったら、ルナを抱っこしながら昔話がしたいな」

「そうだな。さっきはああいったが、今日は私もそうしたい」






ドアの前でこっそり聞いてた元滋賀県民は語る『才華くんが居なくなった途端に、バカップルが帰ってきた……』
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