月に寄りそう乙女達 ~Irish Fairy~   作:トライアヌス円柱

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ルミ姉さま若干ご乱心。ただし、彼女にもまた心の裏側があったり
本作品ではルミ姉さまが準主人公格で動かれます。大蔵家のスーパーハイブリッドの活躍に乞うご期待!

なお、作中きっての諸悪の根源が排除されている詳しい背景は、後ほど描写します。

5話 裏タイトル 【ルミねえ歪みねえ】


5話 大蔵ルミネの訪問

 

 「いやぁ、面目ない」

 

 「ふむ」

 

 僕、桜小路才華は、自室のベッド中にいる。時刻は午前9時半頃、目の前には親族の女性。

 

 昨夜、清水の舞台から飛び降りる覚悟で望んだ衣遠伯父様との話の末、条件付きであるものの、僕の計画を承諾していただけた。

 

 それ自体は、間違いなく前進。僕にとってはアームストロング船長が踏みしめた一歩くらいの重さはある。ようやく、スタートラインに立てたのだから。

 

 

 「せっかくの再会なのに、こんな姿でごめんね」

 

 「いいよ、むしろ懐かしい」

 

 その代償が、この状態。決心を付けるためとは言え、10月も中頃の夜中に、窓を開けた状態で裸体同然だったのだから、僕の身体がこうなるのは必然と言えた。

 

 それに、気力も使い果たした。そんな状態の僕に、感冒を跳ね除ける力はなかったようだ。朝目が覚めた時には発熱しており、壱与と九千代によって絶対安静を厳命されて今に至る。

 

 そのため、こうして会いに来てくれた親戚の女性に、ナイトガウン姿&ベッドの上で出迎えることになってしまった。情けない。

 

 

 「私の中の才華ちゃんは、ベッドに居ることが多かったもの」

 

 確かに、彼女とはアメリカに渡って以降は会うことが少なくなっていたから、その印象は間違いない。幼少の頃の僕はべッドの上の住人だった。

 

 目の前の彼女――大蔵ルミネと交流していたのはその頃だったから、彼女の中の僕がそうした姿というのも頷ける。頷けるけど、ちょっと悲しい。

 

 「久しぶりに直接会うんだから、少しは成長したところを見せたかったんだけどね」

 

 「ううん、才華ちゃんには悪いかもしれないけど、却ってこの状態で会えてよかったかもしれない。ああ、私の知ってる才華ちゃんのままだ、って思えるから」

 

 「複雑だね」

 

 幼い頃の僕のまま、というのは情けないことこの上ないが、現に熱に浮かされてベッドの上で横になったまま出迎えているのだから、反論のしようもない。

 

 「でも、『才華ちゃん』は流石に恥ずかしいかな。もう“ちゃん”って呼ばれるような年齢でもないし」

 

 「そう、だね。私としてはずっと“ちゃん”付けで呼びたいんだけど、君が嫌がることはしたくないから、これからは『才華くん』って呼ぶね」

 

 「うん、ありがとう。でも、アトレのことは『アトレさん』って呼ぶよね、なんで僕だけ今まで“ちゃん”付けだったの?」

 

 幼少の頃、この桜屋敷で僕たち兄妹と交流していた時は、2人とも同じ呼び方をしていたはずだけど、電話やネット通信で話すときは、妹のことは『アトレさん』と呼ぶようになっていたはず。

 

 だというのに、どうして兄の僕は“ちゃん”のままだったのだろうか。

 

 

 「かわいいから」

 

 「え」

 

 「才華くん、かわいいから」

 

 いや、これはなんて返したらいいのだろう。熱のために頭が回らないせいもあって、とっさの返答が出来かねてしまった。

 

 「え、と、あ、アトレも可愛い子だと思うよ。兄の贔屓目なしにしても」

 

 実際、お父様に似ているアトレの容姿は、多分学校でも男女ともに人気があったのではないだろうか。愛嬌があるから同性には嫌われず、異性を惹きつける魅力が妹にはあると思う。

 

 だから、アトレも十分に『かわいい』と思うんだけど。

 

 「アトレさんも、かわいい子だと思うよ、でも、才華くんはもっとかわいい」

 

 いよいよもって、なんて返したらいいんだろう。ええと、ここはやはり妹を立てるべきなのか、それとも素直にお礼を言うべきなのか。

 

 なんだろう、久しぶりのルミねえとの再会が、まさかこんなやりとりになるとは思わなかったので、少々困惑してる。

 

 

 「正直ね、私もちょっと動揺してる。最後に会ったのは3年前だし、ここ1年半くらいは電話だけのやりとりだったから、才華くんがどんな風に成長してるのかはわからなかった。私なりに、こんな感じになったかな、くらいの予想はしてたんだ」

 

 そうだったんだ。ごめんねルミねえ、僕は今後の計画のことや、伯父様との対決に頭を取られていたから、成長したルミねえの姿を想像することを怠っていたよ。

 

 「それでね、アトレさんは予想通りの感じに成長してた。でも才華くんは予想外。不意打ち気味で困惑中。どうしてくれるの」

 

 あ、ルミねぇの言動がちょっとおかしかったのは、混乱と困惑の噴出だったんだ。口調は平坦だったから、気づかなかった。

 

 

 「あの、ルミねえの予想では、どんな感じの僕を予想してたの?」

 

 「私と同じ背丈くらいになっているかな、と思ってたよ。私だって女子だから、そういう小説も読んでるけど、久しぶりに会った男の子の成長に驚かされるってシチュエーションは、王道だしね」

 

 ルミねえもやっぱりそういう本読むんだね。僕らの家族では九千代が一番そういうジャンルが好きだよ。教えてあげれば、2人の親しみが増すかな。

 

 「ルミねえは、大きくなったね」

 

 目見当だけど、お父様と同じ身長じゃないだろうか。となると164cmということになる。ああ、ルミねぇは164cmに大きく成長した僕を想像していたのか、それはがっかりさせて申し訳ない。

 

 実際の僕は、想像より11cmも低いのだから。そう、断じて11cm。僕の身長は152.5cmだから、四捨五入して153cm。お父様との差は11cm。異論は認めない。

 

 

 「そうだね、身長は無いよりは、ほどほどにあったほうが、まあいいかなとは思ってるよ」

 

 「アトレとは20cm近く差があるね、ルミねえと話すとき、首が疲れそうだ」

 

 「そこまでの差じゃないよ。首が疲れるほどの差は、八十島さんくらいにならないと」

 

 「あはは、確かに」

 

 壱与は180cm以上あるからなぁ。本当に羨ましい。5cmでいいから分けて。

 

 

 「でも、ルミねえの期待に添えずに、あまり成長できてなくてごめんね」

 

 「逆だよ」

 

 「え?」

 

 「私はね、やっぱり男の子は成長するものだから、記憶の中のかわいい才華くんには、もう会えないと思っていたの。でも、それは当たり前のことだから、新しい才華くんと向き合うつもりでここに来た」

 

 今日の再会に、意外と強い決意を秘めていたんだねルミねえ。でもごめん、僕はそれほど強い思いで再会に臨んでなかったよ。温度差を感じてしまって申し訳なくなる。

 

 「でも、実際に見た才華くんは、あの日のかわいい姿のままどころか、もっと可愛くなってた。今も膝の上に乗せて頭を撫でてあげたいくらい。よかったら乗る?」

 

 え、いきなりどうしたの。しばらく離れている間になにがあったのルミねえ。

 

 「あ、いや、熱を移したら悪いし、今は遠慮する……。」

 

 「そう。じゃあ熱が下がったら遠慮せずに乗ってね」

 

 あれ? もしかして僕がおかしいのかな。久しぶりに会った親戚の女の子の膝の上に乗るのはあたり前なのかな?

 

 いやいやいくら熱で頭が回らないとは言え、落ち着け桜小路才華。そんなはずはない。

 

 そもそも、もう子供じゃないんだから、膝の上に乗って甘えるなんて行為は…… と思ったけど、お母様、時折お父様の膝に乗ってたな。

 

 んん? とするとやっぱり普通? 

 

 違う違う! 僕がお母様そっくりで、ルミねえの顔と体型がお父様に近いから、その映像が重なって納得するところだったけど、やっぱり普通ではないと思う。あの2人は夫婦だから問題ないけど、僕とルミねえは夫婦じゃない。

 

 「あの、ルミねぇ、なんか舞い上がってる?」

 

 「うん、実はそうなの。ちょっと不覚にもドキドキしてる」

 

 今までは表情も顔色も平静そのものだったけど、そう言ったルミねえの頬は赤くなっていった。

 

 うーん、これは予想外の展開。話の方向性が迷子になってしまった感がある。そもそもルミねえがなんでこうなっているのかが僕にはさっぱり分からないので、これはもう本人に聞くしかないかな。

 

 

 「ルミねえは、どうしてドキドキしてるの?」

 

 「ちょっと自分でも整理できていないの。でも、そうだね。言葉にすることで整頓できるかもしれないから、順々に言っていくね」

 

 「どうぞ」

 

 「私の中の才華くんは男の子で」

 

 「うん」

 

 「でも記憶の中の才華くんは、どう見ても女の子にしか見えない可愛い子で」

 

 「あ、そうだったんだ」

 

 「数年ぶりに会う才華くんは、もう女の子みたいな可愛い子じゃない男性になってると思ってたら」

 

 「なってなくてごめんね」

 

 「なのに記憶の姿より可愛い子になってて、ドキドキしてる」

 

 「なるほど」

 

 とは言ったものの、話の流れでドキドキする理由が見つからなかったよ? 

 

 となると考えられる理由としては…

 

 「ルミねえって、女の子が好きだったの?」

 

 「ん? 違うよ」

 

 すごく冷静に返された。そういうことではないんだ。

 

 まあ、そうだよね。可愛い女の子だが好きなだけなら、アトレだって九千代だって可愛いんだから、僕だけというのはおかしいし、単純に僕の容姿が好みの真ん中だというなら、先にお母様に惚れてるはず。

 

 

 「でも、可愛い子は好き。それが子供の頃一緒に遊んだ幼馴染ならなおさら。あの時からずっとこの可愛い子を守ってあげたいって思ってたけど、今日また会ってその気持ちが強くなった」

 

 ああ、つまり保護欲的なものか、ようやく腑に落ちた。

 

 「小さい頃は、僕とルミねえ、ほとんど同じ身長だったけど、そっか。身長差と体格差が生まれちゃったから、余計にそう思ったんだね」

 

 「それ! うん、そうだよ。予想していた姿より、ずっとずっと守ってあげたくなる見た目だったから、こんなに動揺したんだ」

 

 「原因が分かって良かった良かった」

 

 「そっか、昔の気持ちが私の中で急に何倍にもなって蘇ったということだったんだ。うん、納得したら落ち着いた。抱きしめていい?」

 

 あれ? なんか文脈がおかしいぞ。どこからその最後の言葉出てきたの? まあ、でもその行為自体は別に拒絶したいわけじゃない。僕は彼女のことが好きだし、家族同士のスキンシップの延長の範囲だと思うから。

 

 

 「別に嫌じゃないけど、熱を移しちゃうのは嫌」

 

 「大丈夫、大抵の病気の予防接種はしてるから」

 

 風邪に特効薬はないんだよルミねえ。でもまぁ、もしこれで伝染ってしまっても、りそな叔母さまに怒られるのは僕じゃなくてルミねえだからいいか。

 

 「じゃあ、どうぞ」

 

 「うん、遠慮なく…… ああ、やわらかい、スベスベ、サラサラ、天国……」

 

 そうしてしばらく僕はルミねえの抱き枕になった、なんだこの展開。

 

 

 

 

 

 「いや、面目ない」

 

 「うん」

 

 先ほどと同じやりとりだが、異なるのは発言者が逆になっていること。気の済むまで僕を抱きしめたことで落ち着いたのか、彼女は冷静さを取り戻してた。

 

 「才華くんの可愛さは魔性だね。抗えるものじゃないよ」

 

 そんなことないと思うよ。僕はお母様と瓜二つと言われてるけど、お母様にそういうことをするのは、営業部長の柳ケ瀬さんくらいだったと思う。

 

 

 「ルミねぇ様は、大蔵の方としての素質を、しっかりと受け継がれているのですね」

 

 「それでも、熱を出している方を起こして抱きしめるという行為は、非常識だと思います」

 

 今この場にはアトレと九千代も来ている。アトレはルミねえと話をするため、九千代は汗を掻いていると思って拭いてくれようとしたために。

 

 示し合わせたわけではないだろうけど、目的地が一緒になった2人は並んで僕の部屋を訪れ、硬直した。

 

 そして一度開けたドアをその場ですぐ閉めたのは、自分たちが見た光景が、現実のものかを疑ったためだろう。

 

 再び2人がドアを開けたときは、正気を取り戻した(満足しただけかもしれない)ルミねえが僕を開放してくれた状態だった。

 

 その後、九千代が僕の身体を拭くために、ルミねえを外に追い出し、その間はアトレが話し相手になってもらうことになった。私が拭いてあげようかとという提案がルミねえからあったが、九千代が断固として却下していた一幕もあったけれど。

 

 

 それらが終わって再集結した後、さっきのやりとりとなった。

 

 「留美音お嬢様、若はご覧のように、伏せていらっしゃいます。わざわざお越しくださって申し訳ありませんが、あまり若の身体の負担になるようなことはお控えください」

 

 「うん分かってる。才華くんにも言われたけど、ちょっと舞い上がってた。もうしないから安心して。次からは時と場合はわきまえる」

 

 なんだろう、九千代とルミねえって、あんまり相性良くないのかな、そんなこともないと思うけど。それに、今の物言いだと時と場合が大丈夫なら、僕を抱き締めるという行為は続けるつもりなのだろうか、そんなことはないと思いたい。

 

 「それにしても、もう少し早く連絡すればよかったね」

 

 とはいえ、ルミねえが到着したのは9時すぎ、予定では10時に来訪予定だったので、僕が発熱した旨を大蔵本邸に連絡した頃には、彼女はもう車の中だった。

 

 「私としては怪我の功名だったけど、これ以上九千代さんに睨まれるのはつらいので、黙っておくね」

 

 九千代は、ルミねえが僕に無理をさせたと思って怒っているんだろうか、いや大丈夫、僕は怒ってないよとさり気なく視線を送ると、九千代は小さくため息を吐いて納得してくれた。さすが僕の2人目の妹、以心伝心。

 

 「仕方がないことです。大蔵の一族は、愛情表現がとても独特かつ重いことは伝統なのですから」

 

 「あまり血のせいにはしたくはないかな。どちらかと言えばお養母様(かあさま)の教育の影響の方が大きいと思う」

 

 「え、りそな叔母さまの?」

 

 「まあ、教育というかなんというかだけど、あの人、仕事に疲れてお酒を飲む時あるけど、そういう場合必ず私が話し相手、というより愚痴の聞き手になるんだよね」

 

 「ちょっと意外。りそな叔母さまは、なんというか完璧な大人の女性っていうイメージがあったから」

 

 「多分、才華くんの前で格好つけていただけじゃないかな。いろいろダメなところもある人だよ。怠けたがりだし、人にへんなあだ名つけたがるし」

 

 ルミねえにとっての養母(はは)…… それは僕とアトレにとっては叔母にあたる大蔵里想奈。日本有数の企業グループ大蔵家の現総裁で、言動一つで政財界に多大な影響を与えることすらあるとかなんとか。

 

 病身の僕とは幼いころに数える程しか会ったことはないけれど、通信や電話はそれなりの頻度でしている。いつも落ち着いた雰囲気の、凛とした女性だったように思える。体格は小柄だったけど、企業グループを背負う風格のようなものを確かに感じられた。

 

 お父様の話の中での叔母さまは、常に可愛らしい「妹」だったけれど、僕が直接出会った際のりそな叔母さまに対する印象はそんな感じなので、ルミねえのいうような『ダメなところもある人』とは、少々イメージが乖離する。

 

 

 

 「とはいえ、企業グループのトップとしては相応しい人物であることは、間違いないけど」

 

 やっぱりそうだよね。ルミねえも、なんだかんだで叔母さまのことは好きなのだろう。

 

 「組織のトップは『有能な怠け者』が適しているって言われるけど、お養母様はその見本。周囲では『大蔵家の現総裁の人物眼は間違いない』って讃えられているけど、あれ、自分が少しでも怠けるために、仕事ができる人を逃がさないだけだから」

 

 「まあ、それを含めての人物眼ということでしょう。動機はどうあれ、きちんと機能できているのなら良いではありませんか」

 

 「私も文句はないよ、アトレさん。でも、周囲の評価と自分が実際に見ているもののギャップに、私だけが悶々とするのが癪に障るだけ」

 

 「でも確かに、わたしも、お母様が家庭では家事万能の母親の鑑のようだ、なんて周囲で騒がれたら、ルミねえさまと同じ気持ちになるかもしれませんね」

 

 お母様と叔母さま、双方に遠慮ないこというなぁアトレは。でもそういえばアトレは個人的に叔母さまと交流が深いんだっけ。服の好みにもその影響が出ているようだし。

 

 「本当なら、私は昨日ここに来たかったんだけど、お義母さまが『ワガママ言わないで貴女も参加しなさい。参加しないなら一歩も外に出しませんよ』って言うから、一日遅れたわけで」

 

 「昨日? 昨日はたしか……」

 

 なにか特別なことがあった日だったんだろうか。会社の偉い人への挨拶とか?

 

 

 「大蔵日懃、わたしたちのひいお祖父様の命日ですね」

 

 「そして、私にとっては父ね」

 

 ああ、そうだったっけ。薄情な話だけれど、一度も会ったことがないその人に、肉親の情をもつことがなかったので、昨日がその人の命日ということも忘れていた。お父様のお話にも、あまりひいお祖父様は出てこなかったし、どんな顔だったのかも、よく知らない。

 

 でもたしか、なくなったのは100歳近くだったのだから、大往生ではないだろうか。

 

 「父と言っても、小さい頃に亡くなったし、年齢的には曽祖父も同然だから、『父親を亡くした』という実感、あまりないんだよね。薄情だと思う?」

 

 「ううん、そんなことないよ」

 

  僕も似たようなものだし、そうは思わない。そもそもからして、90歳を超えてからの娘というのが常識ではありえないと思う。

 

 あまり一族の人を、それも故人を悪く言いたくはないけれど、その行為は典型的な『物語における邪悪な権力者』のようだ。権力者の老人が、その威に物を言わせて若い娘を…… なんて話は古今東西の話にあるし、そんな役割のキャラクターが善人だった例はない。 

 

 例えそんな物語のような関係でなくとも、その話を聞くだけで、周囲の他人がそうした状況を連想させるくらいには、異常なことだと思う。そして、そんな異常な状況で生まれたルミねえは、生まれついて微妙な立ち位置になってしまったということ。

 

 血筋で言えば、僕にとってルミねえは『大叔母』にあたる。お父様や衣遠伯父様にとっても『叔母』、それも相当年下の『叔母』ということになる。年下の叔母、なんて単語は中世の欧州の政略結婚の話でしか聞いたことないし、21世紀の日本ではまず聞くことがないと思う。誕生日的には僕が先だけど、こうした血縁関係もあって、僕もアトレも彼女を「ルミねえ」と呼んでいた。

 

 

 「まあ、私も特殊な生まれだし、さっきは散々悪口言っちゃったけど、そうした意味ではお養母さまには感謝してるよ」

 

 大蔵家の中でも微妙な立ち位置だったルミねえだけど、僕たち一家が渡米して1年も過ぎないうちに、ひいお祖父様は寄る年波に勝てずに亡くなった。これが一般家庭ならば母親がシングルマザーになって育てることになったのだろうけど、流石に大蔵家にもなるとそういうわけもいかない。

 

 特に、今の総裁であるりそな叔母さま、その両腕にあたる衣遠伯父様と駿我さんもそろって独身で子供がいないので、大蔵家には次代を担う子供がいない状態にあった。僕とアトレは大蔵家の血は引いているけれど、桜小路家の人間だから、カウントされづらい。

 

 本当は、僕たち3人以外ももう2人同年代がいるのだけれど、ひいお祖父様がなくなった当時は、大蔵家の次代を担う人間は、ルミねえ以外にいなかったため、ルミねえはりそな叔母さまの養子となった。

 

 そのため、僕たち兄妹にとってルミねえは、血のつながりとしては『大叔母』だけど、戸籍的には『従姉妹』にあたる。りそな叔母さまとルミねえは同じ一族の女性ということもあって見た目が似てるから、実の親子と言われても違和感が無いし、実際ややこしい事情を知らない人から見れば、実の親子以外にみえないだろう。

 

 僕ら兄妹にとっても年齢的に『従姉妹』の方がしっくりくる。それに、関係が『大叔母』ではなくなったけど、僕の『ルミねえ』呼びはもう根付いてしまったので、変わることはなかった。

 

 そんなこんなで大蔵家総裁、大蔵里想奈の養女、大蔵留美音が生まれることになった。年齢的にも立場的にも相応な場所に居られるようになって、ルミねえはほっとした、と昔電話で語ってくれていた。

 

 

 

 「わたしたちのお母様も、完璧超人とは言えない方ですし、叔母さまの欠点も、愛嬌、ということでしょうか」

 

 「いい年して、息抜きがネットゲームなのは、果たして愛嬌なのかな」

 

 「あらあら、こっちのお母様もたまにやっていますよ。それも対戦系」

 

 「ああ、そうなると相手はもう分かったね。そっか、ヒートアップした時に出てくる謎の単語『ちょむめ!』って、桜小路の小母様のあだ名を短縮したものだったんだ、長年の疑問が晴れた」

 

 「あのりそな叔母さまに、そんな面があったなんて」

 

 「ん? アトレさんはお養母さまの本性知らなかったの? 才華くんも?」

 

 本性って。

 

 

 「わたしは性格的に馬が合うのか、時間が空いた時に連絡をくれますけど、やはり叔母として、大蔵家総裁としての威厳を保ちたいのか、ルミねえさまのような親密さにはなっていませんね。それにお兄様に対しては体調を慮ってくださって、個人的な連絡は控えていらっしゃるみたいです」

 

 「へぇ…… そういえば、遊星伯父様以外には執着しないあのお養母さまが、才華くんに対しては妙に気を配るような節があったかも」

 

 ………そうなんだ、叔母さま、僕にそんなに気を配ってくれていたんだ、知らなかった。でも、それよりも前半の遊星伯父様に執着云々が気になるかな。

 

 「ところでルミねえさま、さきほど仰っていた叔母さまの『ちょむめ!』というのはいったい?」

 

 「ええとね、お養母さまとルナ小母さま、昔からの親友という気安さもあるのだろうけど、今でもプライベートだとあだ名で呼んでいるの、『ルナちょむ』ってね」

 

 「ははあ、ルナちょむ、ですか。言われてみれば、何度か聞いたことがあるように思います」

 

 「お養母さまは、若い頃から人をあだ名をつけて呼ぶ癖があるからね、流石に公的な場ではいわないけど。でも、逆に言えばあだ名で呼ぶ人は、親しい間柄ってことになるね」

 

 ……………

 

 「わたしがもし叔母さまと同年代だったら、なんと呼ばれていたのでしょう、フフフ」

 

 「笑い事じゃないよアトレさん」

 

 「あら、それはどうしてですか?」

 

 「実は、その質問私もしてみたの。そうしたら『そうですね、貴女なら【判決の人】で決まりでしょうか。でもこれ、乙女にはよろしくない同音異義語がありますねぐふふ』だもの。その日からもうこの口癖はやめようと誓ったくらい」

 

 「ああ、昔のルミねえさまは、よく『判決~の刑』っておっしゃっていましたね。たしかに、まだ一度も聞いていません」

 

 「その日以来止めたもの。もし万が一だれかの前で『ハンケツの人』なんて言われた日には、私、生きていけないから」

 

 「あらあらまあまあ、叔母さまも罪なことをされましたね」

 

 ……………………

 

 「そういえば、ルミねえさまはピアノをされていましたよね」

 

 「うん、まだやってるよ、と言ってもあくまで趣味で、それを進路にするつもりはないけどね」

 

 「若、お辛いのですか」

 

 ああしまった、ちょっとぼぉっとしていた。九千代が囁いてくれた言葉で目が覚めたけど、ちょっと意識が遠のきかかっていた。熱が上がってきたのかな。

 

 見れば、アトレとルミねえは談笑の最中だったようだ。途中から完全に話に入れてなかった。

 

 「お二人共、どうやら若のお加減が芳しくないようですので、歓談されるなら、場所を変えていただいて良いでしょうか」

 

 普段は愛らしい九千代だけど、こういう時は八千代仕込みのしっかりとした使用人の顔を覗かせてくれる。その成長がとても嬉しい。具合が良くなったら八千代に連絡して褒めてもらおう。

 

 「ああ、ごめんなさい。……うん、九千代さん、才華くんをお願いね」

 

 「お兄様の体調に気づかず、不詳の妹をお許し下さい」

 

 先ほどまでの楽しげな空気とは打って変わって沈んだ雰囲気になってしまった。別に2人が悪いわけじゃないよ。もちろん九千代が悪いわけでもない。弱い僕の身体が悪いんだ。

 

 本当に、病人というものは、そこにいるだけで楽しい空気を台無しにしてしまうのだから、情けない。

 

 でもここで僕が謝ったり申し訳なさそうにしたら、余計に空気が悪くなるので、僕がいうべきことはただ一つ。

 

 「九千代」

 

 「はい、どうされました若」

 

 「僕の体調に、気づいてくれてありがとう」

 

 謝罪ではなく感謝。まず一番に僕の体調の変化に気づいてくれた愛らしい2人目の妹に。

 

 「ルミねえ」

 

 「うん」

 

 「来てくれて、ありがとう」

 

 「どういたしまして。次はちゃんと確認してから来るね」

 

 次に、僕をとても愛してくれている、姉のような従兄弟に。

 

 「アトレ」

 

 「はい」

 

 「みんなとのおしゃべり、楽しかったよ」

 

 最後に、妹に。

 

 

 

 僕は常に気を使われる人間だ。だから、そうしてくれた人には常に笑顔と感謝で接するよう、お父様が教えてくれた。それを実践出来ている自分を、誇らしく思う気持ちは、確かにある。

 

 ………だというのに、僕の心には同時に昏い炎が灯っている。伯父様に話したように、久しぶりの従姉妹との再会もまともに出来ないでいる、弱い自分が呪わしい。普通の身体を持っている皆が羨ましい。

 

 この持て余した想いを乗り越えられる日は、来るのだろうか。

 

 

 そんなことを思いながら、今の自分には九千代に冷たいタオルを頭に乗せてもらいながら、高い天井と自身の不甲斐なさを見つめる以外に出来ることはなかった。




その頃の桜小路家

  「もしもし壱与? うん、ごめんね帰って早々、そう、驚いた? 出会った頃のルナそっくりだよね。いや、今でも彼女は若いままだけど。それであの子の容態のことだけど、あ、よく覚えてくれたね。あの子は卵雑炊なら食べてくれるから、食欲ない時は作ってあげて。レモン薬湯も好きだから、これから治るまで飲ませて上げたほうがいいかも、それとね、あの子が熱を出したときはいつも、大抵は明け方が夕方に熱が上がるから、熱冷ましを飲ませるタイミングは……」



 「やれやれ、大変そうだねルナさん」

 「はあ、こうして従兄弟の貴方が来てくれたというのに、ウチの夫があの通りまともな応対も出来ずに申し訳ない」

 「だけど、こうした事態を呑み込んだ上で、日本へ送り出したんじゃないかな」

 「ええ、尤もです。ですがそれでも心配が尽きないのが母心…… もとい父心なのでしょう」

 「向こうの桜屋敷には八十島さんがいる、近くの大蔵本邸にはりそなさんもいる、何よりあの衣遠がいる、才華くんの心配はするなとは言えないけど、しすぎの気もするね」

 「それはもう、私からも口が酸っぱくなるほど言っていますよ。でも馬耳東風のようで」

 「ふふ、まあそれでも俺としては、それも遊星くんの美点だと思っているよ。むしろ才華くんの心配をしない彼は、彼じゃない」

 「そこは、私としても同感ですがね」

 「才華くんが旅行出来る程になった今だからこうして言えるけど、ルナさんも、少しは俺の気持ちが分かってもらえたかな」

 「相変わらず意地が悪い人ですね。そんなだから大蔵駿我は蜘蛛だの蠍だのと、毒ある生き物に例えられるんですよ」

 「はは、ご勘弁。自分でもちょっと意地悪だったと思ってるさ。でも、俺を含めた多くの人間が『彼の中の一番』になれずに臍を噛んだんだ。それに君は2番でなく、同じ位置に才華くん、いやアトレさんもか、が来ただけで、今でもその座は揺らいでいない」

 「……まあ、あの目が私を見てくれないことへの嫉妬の念は、貴方と共感できるようにはなりましたね」

 「それにしても、今までは俺も衣遠に割とでかい顔が出来たのに、才華くんが日本に行ってしまっては、そうも出来なくなったよ」

 「その件については、やはりこの国に来て良かったと思っていますよ。なんだかんだでこの国の医療は、世界最先端なので。貴方が紹介してくれた医師がいなければ、今日の才華はきっとなかった」

 「日本や衣遠の地盤の欧州は、社会福祉が充実してるが故に、医療の発展も保守的だ。対してこっちは社会保障の面で未発達な分、医療でさえ自由競争」

 「正直、日本では限界がありましたからね。渡米を決意して良かった。こうしてまたあの子が桜屋敷に帰れたことを思えば」

 「貴女が、いえ貴女と遊星くんがあの屋敷を離れるなんて、昔は考えることすらなかったけど、我が子のためになると、人は変わるね」

 「屋敷は丈夫ですし、しばらく放っておいても直せますから。まあ、今はありがたいことにしっかりと管理してくれている人がいてくれますが」

 「八十島さんに感謝だ。そんな彼女がいるんだから、あそこまで慌てなくとも良いと思うけどな」

 「そればかりはもう、手遅れですね。私や貴方の『朝日好き』が治らないように、遊星さんの『才華想い』は治りません」

 「難儀だ」

 「難儀です」
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