月に寄りそう乙女達 ~Irish Fairy~   作:トライアヌス円柱

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今回の話は、作中で才華の次に原作と性格が変わった少女2人の掘り下げです。

障害を持つ家族を支える側の心のあり方、向き合い方ってほんとに難しい
焦りや怒りは禁物、けれど、距離を置けばよいというものでもなく

6話 裏タイトル 【気持ちわるいな大蔵家 for次世代】

メスガキだいすきの会様、誤字報告ありがとうございました!


6話 ルミネとアトレ、少女たちの語らい

 山吹九千代によって才華の部屋から退出を促された大蔵ルミネと桜小路アトレの2人。その後、桜屋敷談話室で壱与に淹れられた紅茶を飲みながらも、互いに思う所があるのか沈黙の中にあった。

 

 そこに、先程まで談笑していた名残はない。なぜならば、深い自省の念を抱きながら、先ほど半ば追い出される形となった才華の部屋を見つめていたからだ。ルミネの対面に座っているアトレも、同じような心境なのか、口を開く様子はない。

 

 

 ―――気づけなかった。 彼女の想いはその言葉に帰結する。

 

 だが、彼女を責めるのはそもそも酷だ。数年ぶりの親族との再会、しかも同年代なのだから会話が弾むのは無理からんこと。だが、この少女は自分の至らなさを恥じている。

 

 

 大蔵留美音の記憶には、ずっと消えずに残り続けている一つの光景がある。

 

 

 それは、小さな白い妖精のような子供が、苦しんで寝込んでいる風景。そうしてしまったのが、自分であるという後悔。

 

 幼少のころの彼女は、親戚である桜小路家のお屋敷で、同年代の女の子と遊ぶのが楽しみだった。なぜなら、そのときはまだ生きていた父の影響のために、彼女の交友関係はすべて制限されたものであったから。

 

 彼女の父、大蔵日懃という男は、端的に言えば耄碌した老害である。晩節を汚すとはまさにこのこと、といわんばかりの行いで、もはや周囲の親族にとって、一家の恥といっても過言ではないほどの醜態を晒していたと言っていい。

 

 そもそもからしてが、90を超えて子を作るという非常識。その上、娘の交友関係にはすべて口を出し、娘に異性が近づかないようにと、幼稚舎から周囲に女子しかいないように仕向けることなど朝飯前で、周囲のいることが“許された”子どもたちすら、親に言われてルミネのイエスマンになるか、近づかないように言われていたため、彼女に同年代の友達など出来ようはずがなかった。

 

 本人は無自覚だったのが幸いだが、刑務所の囚人の方がまだ自由な交流関係を築けるのでは、という環境が、大蔵ルミネの幼少期だった。このままの環境であったのなら、彼女の対人能力は、悲惨なものへとなっていたことだろう。

 

 だが幸いにしてその元凶が地獄、もとい冥府に旅立ったことにより、彼女の周辺環境は大いに改善され、現在の彼女はやや堅苦しいところはあるものの、まっとうな感性を持つに至っている。

 

 特定個人に対しては愛情表現が過剰になることもあるが、それも愛嬌の範疇で収まるものだろう。多分。きっと、うん、犯罪ではないはず。

 

 だが、幼少の頃は間違いなく見えない監獄の中にいるも同然であり、そのような環境だからこそ、友人、それも同年代の子供の知り合いを求めるのは、ごく当たり前のことである。

 

 

 「はじめまして、大蔵ルミネさま。桜小路アトレといいます。お友だちになってくれますか?」

 

 そんな幼少のルミネにまともな交流を許されたのが、桜小路の兄妹である。妹のアトレは人懐っこく朗らかで、気難しい子に育ってしまっていた当時のルミネでもすぐに仲良くなり、一緒に庭で遊んだり、裁判ごっこなどをして仲を深めていった。

 

 しかし、兄の才華とは、当初ほとんど交流を持たなかった。いや、持てなかった、と言ったほうが適切か。幼少期の彼は今よりもさらに病弱で、起き上がることのほうが稀だったのだから。

 

 当時のルミネの周囲には、病弱の人間はおらず、彼女自身も病気知らずだったため、才華の状態を理解することは難しかった。人間は、実体験から多くの情報を得るものであり、特に幼児の頃などはそれが顕著である。なので、ルミネの病気の人間の苦しみを理解してやることは出来なかった。それ自体に、罪はない。無知が罪となるのは成人してからである。

 

 父が父だっただけに、彼女はどんな我が儘も許される存在だった。だがそのためか、我が子が傲慢になることを危惧した実母は彼女に『決まりごとは守るべき』と諭していた、結果、彼女は子供の純粋さで『決まりごとを守る』ことを常に心がけるようになる。

 

 折り悪く、当時ルミネが通っていた幼稚舎で、『ズル休み』をする子がおり、『規則を守ることが大事』と幼いながらに思っていた彼女は、その子供を注意し、『ズル休み』をやめさせる事に成功した実績があった。

 

 

 その裏で、例の老害の手回しがあったことは言うまでもないが、問題はそこではない。

 

 重要なのは、当時のルミネはそうした『成功体験』から、『がっこうに行かないのはいけないこと』で、ひいては『それをやめさせるのが正しいこと』だと信じて疑わなかったということだ。

 

 ちなみに、当時のルミネもアトレにも、幼稚舎と小学校の区別も明確にはついておらず、皆で揃って学ぶ場所は全部“がっこう”だと思っていた。それほど、彼女らが幼く純粋だった頃のこと。

 

 そんな中、初めて仲良くなった同年代の女の子との会話に出てきた言葉が、彼女の今後を大きく変えることになる。

 

 

 「おにいさまは、一度もがっこうにかよっていないんです」

 

 当のアトレとしては『がっこうに行けない気の毒な兄の話』をしたつもりだったが、ルミネの中でそれは『がっこうに行かないダメな兄の話』として認識されてしまう。

 

 幼く、醜悪な老人によって他人の気持ちを考えず、自分の意が通る環境で育てられた彼女は、以前のように『正義』を行うべく意気揚々と才華へ部屋に向かった。

 

 そして勢いよく入った部屋に半ば押し入る形で入った。運が良いのか悪かったのか、その途中で彼女を止める使用人と出くわすことはなく、アトレは何が起こったのかわからない様子でルミネを見送ってしまっていたので、単騎突撃の格好である。

 

 

 

 そうしてターゲットの『決まりを守らない子』を一目見た瞬間、彼女の時は止まった。

 

 

 

 そこにいたのは意地汚くズル休みする子供などではなく、余りにも綺麗で儚い存在だったから。

 

 彼女は一瞬にして、その白い肌と紅い瞳に魅了された。

 

 だがそこでそのまま茫然自失せずに、我を取り戻し当初の行動に移れたのは、彼女生来の意志の強さに依るものだろうか。それとも、気持ちを強く持たないと、才華の姿に心の芯まで魅せられると無意識に思ったからか。

 

 「あなた、がっこうにもいかず、それどころか部屋の外にすら出てないんですって? それはいけないことなのよ。判決、外出の刑」

 

 いずれにせよ、彼女は行動してしまった。目をぱちくりして何が起こったのか分からないという顔をしている才華をベッドから起こし、引きこもるのは良くない、きちんとがっこうに行くべきだと部屋の外に連れ出したのだ。

 

 これがたまたまこの時風邪で寝込んでいるだけの、普段は健康な子だったら、すこし厳しめに注意されて終わりだっただろう。

 

 だが、結果は何一つ彼女の思った通りにはならなかったどころか、予想だにしないことになる。急に身体を動かすことになった才華は途中の廊下で咳込み、血痰を吐いたあとそのまま倒れてしまったのだ。

 

 そんな才華を見たルミネは、正気を取り戻したように一目散に近くの大人に知らせに行った。愚かな老人によってオミットされつつあった彼女生来の美点が、緊急事態になって発揮された形である。

 

 「大変なの!! わたしの、わたしのせいであの子が!」

 

 この時、彼女は『規則が絶対ではない』ことを、骨身に染みて知ることとなった。病魔というものは、人間の規則など何も考慮してくれない存在なのだと。

 

 その後、才華はしばらく発作と発熱を繰り返し、ルミネは自責の念もあり毎日のように見舞いに来た。この失敗で彼女は、あれほど嫌った『ズル休み』をしてでも、才華の見舞いに来ようと心に決めていたほどに変わっていた。

 

 

 才華とルミネの幼い交流は、こうして生まれていったのだ。

 

 しかし、あまりに熱心なルミネの様子に嫉妬した愚かな老人は、理由をつけてルミネに才華の見舞いを辞めさせる。その後ルミネと桜小路兄妹は、あまり顔を合わせることがなく、そのまま桜小路一家が渡米することによって、交流は電話越しの物へと変わった。

 

 けれど、既にルミネの中には才華に対する庇護心が強く根付いていた。当初は自分が原因で彼を苦しめた罪悪感からだが、接していくうちに、何があっても自分がこの子を守ろうという意識に変わっていったのだ。

 

 彼女の中には、か細く儚い、今にも消えてしまいそうな幼い才華の姿が焼き付いている。そして、今回久しぶりに再会したその光景が、記憶の中のその姿と完全に符合した。

 

 彼女の中で「守りたい」という想いが爆発し、暴走したのも、無理からんことであったのだ。いささか極端ではあったが。

 

 だからこそ、大蔵ルミネは悔悛する。そう思っていながら、才華の容態の変化に気付けなかったことに。

 

 (九千代さんは、よく見ていたな。さすがはずっと側にいる使用人、ってことなんだろうか)

 

 九千代や壱与が彼の側にいるならば、所詮お嬢様である自分の出番などない。彼を支える手は十分に足りているだろう。

 

 だから、これは才華のためになにかしたい、守ってあげたいという自分の意思、自分のやりたいことだ。

 

 そこだけは譲りたくない。幼少の頃より、ずっとあの白い姿を守りたいと思い続けてきたのだ。今更路線変更は出来そうにない。

 

 とはいえ、今日のような失態はもう晒せない。いかに才華が自分の想像よりずっと可愛い美少女になっていたからといって、会うたびに動揺して失敗するなど、大蔵家の次代を担う教育をされてきた身として、あってはならない体たらく。

 

 

 (うん、同じ失敗はしない。そのためにも練習しないと。まずは待受画面を才華くんに変えて……、一日でも早く、あの可愛い姿を見ても我を忘れずにしておかないと)

 

 そうして、後でアトレに才華の姿の画像を、なるべく多くの角度から撮って、メールで送るように頼もうと決めたルミネであった。

 

 努力の方向性が少し斜め上の気もするが、向上心は立派である。大蔵家はとうの昔から始まってしまっている。

 

 ちなみに、メリルや駿我の携帯の待ち受け画像がどこの清楚系美人従者であるかは本人の名誉のため、伏せることとする。おお神よ、華麗なる大蔵家の罪をお許しあれ。

 

 

 

 

 

 

 しばらくして無言のまま紅茶を味わっていたルミネとアトレだったが、ややあってアトレから今後についての相談を持ちかける。

 

 「ルミねえさま、実は、今日は大事なお話があるんです」

 

 「それは、才華くんについて? それともアトレさんについて?」

 

 「お兄様についてです。むろん、私も無縁ではありませんが、大まかにいってお兄様の今後について」

 

 「才華くんがいないこの場で聞いていいこと?」

 

 「お兄様に了承をとったわけではありませんが、おそらく衣遠伯父様がりそな叔母さまに話されることだと思いますし、そうするとルミねえさまにも伝わると思います」

 

 「そう、それならアトレさんから話してもらったほうがいいかな」

 

 「はい、実は……」

 

 アトレは、昨日才華が屋敷の皆に話した彼の計画について、仔細もらさずにルミネに伝えた。

 

 「………というわけなのです。ですので、できればアメリカにいるわたしたちの両親に伝えるのは控えていただけると……」

 

 「それは構わないよ。でも、大丈夫なの?」

 

 「………思うところはあります。けれど、わたしはお兄様がご自身の意思でなそうとすることを、止めたくないのです」

 

 「それは才華さんがそうするから、じゃなくて、アトレさんがそうしたいから、ということ?」

 

 ルミネの確認に、アトレはその円な瞳を瞬時の間見開き、虚を突かれたかのような表情となった。

 

 

 「そう、です。お兄様に盲従するのではなく、わたしが、桜小路アトレが自分の意志で、お兄様を意思を尊重したいと思うからです」

 

 先日、衣遠に言われたことが、アトレの中では重く響いている。ただ漠然と「兄の役に立ちたい」ではなく、何が兄の役に立つのかをよく考えるということ。

 

 だから今回のルミネへの相談も、彼女が自身の意志で「才華の役に立つ」ために行ってる。本来ならば才華の確認をとってからにしたかったが、床に伏す彼をまた起こすようなことはしたくない。 

 

 「なら、私たちは同類だね。私も、私の意志で才華くんを守りたいと思ってるよ」

 

 とはいえ、ルミネとアトレの方向性は似てるようで交わらない。だが、今のところ進む方向は同じであるようだ。

 

 「でも、私のやることは桜小路のご両親に伝えないだけでいいの?」

 

 「ルミねえさまは、たしかりそな叔母さまに勧められていた進学校に通われる予定なのですよね? フィリア学院に通われないのであれば、あまり接点もないかと」

 

 「うん、でも、それはお養母さまから『大蔵の直系かつ次代を担う立場にあるのですから、これくらいの学校を出たほうがなにかと便利ですよ』とアドバイスされたから暫定的に決めただけで、どうしても行きたいわけじゃないよ」

 

 「え? ではもしかして」

 

 「今の今までその気は無かったけど、私も行こうかな、フィリア学院。だって才華くんが心配だし」

 

 「よ、よろしいのですか?」

 

 「今日のような失敗を繰り返したくないしね。アトレさんには意外かもしれないけど、私の優先順位の中で才華くんの占める位置は、一番だよ」

 

 「そうなのですか……」

 

 「言ったでしょ? 『同類』だって。アトレさんも同じなんじゃない?」

 

 女の勘とでもいうものか、ルミネはアトレに自分と近い想いを秘めていると、話しているうちに察していた。ただ、近くはあってもそれが自分とどう違うのかは測りかねていたが。

 

 

 「はい、わたしにとっても、お兄様はなにより優先される存在です」

 

 「才華くんが行かなければ、アトレさんだってフィリア学院に通わないでしょ?」

 

 「そうですね。そのままニューヨークの学校に通っていたと思います」

 

 「ほら、同類だ。私もフィリアに行くよ、才華くんのために。今決めた」

 

 「け、決断が随分とお早いですね」

 

 「お養母さまの教えにね、『強い想いを抱いたのなら、即行動しなさい。その対象が大事な存在なら尚更です。さもないと鳶に油揚げを攫われますからね』というのがあるの、何があったのかはしらないけど、行動が遅れたばかりに、想いを遂げられないことが、あの人にあったみたいだね」

 

 「はぁ…… あの叔母さまに……」

 

 件の叔母とよく電話するアトレは、なんとなく誰に対しての想いかは察しがつくが、特に言う必要もなさそうなので黙っておいた。

 

 「そういう訳で、大事な人に対しての行動は、即断即決にしようとしているの。今日こんな朝早くに来たのも、そうした理由だったり」

 

 「なるほど…… いつのまにかルミねえさまにとって、お兄様は大きな存在となっていたのですね」

 

 「だって、あんなに可愛いんだもん」

 

 「わかります」

 

 うんうんと噛み締めるように頷く少女2人。

 

 

 「ですが、フィリアのどの学科に通われるのですか?」

 

 「うーん、特に思いつく希望はないな。学校のHP見てみないことには」

 

 「あら、ルミねえさまはピアノを嗜まれていたのでは」

 

 「さっきも言ったけど、あくまで趣味だよ。勉強の合間に息抜き程度にやる程度。本腰入れてその道に進むつもりはない」

 

 「実は、私もいまだにどの学科を受験するか、決めていないんですよ」

 

 「あ、そうだったんだ」

 

 「看護科があればよかったのですが、フィリアは芸術関連の学校なので、残念ながら……」

 

 「フィリアのHPは、と。うん、どれどれ…… 才華くんは、服飾部門デザイナー科だよね」

 

 「はい、その特別編成クラスの従者として通う予定です。衣遠伯父様が、その主人となる相手を探してくれる手はずになってます」

 

 「それは大船に乗った気分になれるね。あ、でももしかしてお養母さまにも相談するのかな上の伯父様」

 

 血縁上はルミネは衣遠の『叔母』だが、その妹のりそなの養子になっているため、ルミネにとって戸籍上衣遠は『伯父』になる。ややこしいな大蔵家。

 

 「もしかしたら今日中にもそうなさるのかも…… あ、これなんかどうでしょう、服飾部門アパレル経営科」

 

 「ん、よさそうだね。その学科ならデザイナー科と同じ部門で関わり持てそうだし、気軽に教室に行くことも出来そう。それに経営に関わることなら、将来にとっても身になりそうだし、ここはいいかも」

 

 「他には…… うーん、特にデザイナー科と関われそうなところはありませんね… 芸能、音楽、調理、どれも直接関わりを持つことはなさそうな学科です」

 

 「イベントの際の衣装提供とかはありそうだけど、そのくらいだね。アトレさんも、アパレル経営科にする?」

 

 「わたしは、出来れば直接お兄様のお体の支えになれることを学びたいのですが、やはりありそうにないですね」

 

 「流石にそれだと看護学校の領分…… あ、でもこれはどう? 美容部門」

 

 「なるほど、そこならお兄様のお体のケアの役に立てそうです」

 

 「それなら決まりだね。私は服飾部門アパレル経営科、アトレさんは美容部門美容科で、願書を出そう」

 

 「はい…… とはいいものの、やはりここまでトントン拍子にことが進むとは驚きです」

 

 「私が反対すると思ってた?」

 

 「多少の説得は必要かと思っていました」

 

 「まあ、しばらくあってないと変化もするよ。私だって、才華くんがこんな思い切ったことするつもりなんて、夢にも思わなかったから」

 

 少女2人はそうして笑いあったが、ややあってルミネの表情が真剣なものに変わる。

 

 

 「でもね……」

 

 「はい?」

 

 「万が一、才華くんが倒れるようなことがあったら、私は才華くんを止めるよ。それこそベッドに縛り付けてでも」

 

 「ルミねえさま……」

 

 「才華くんが大丈夫なら、私は可能な限り協力する。でも『万が一』の兆候が見えたら、私は才華くんの意思に反してでも、止めるつもり」

 

 それが、大蔵ルミネの譲れない信条。かつて守れなかった、そしてつい先程も見落としてしまった過ちを、2度とするつもりはない。

 

 才華が倒れるような事態になった場合は、例え養母や伯父に反対されようとも、才華を止める。そして桜小路の両親に迎えに来てもらう。

 

 「私はそうするつもり。全面的に味方するけど、一番大事なのは才華くんの命だから」

 

 ルミネの宣言に、アトレは目を落としてしばしの間黙っていたが、しばらくしたあと意を決してルミネと向き合った。

 

 

 「わたしも全面的にお兄さまの味方をします。でも、ルミねえさまと違うのは、わたしがお兄さまの意思をなにより大事にしたいと思っているところ」

 

 2人とも、才華が大事。向かうべき方向も同一。だが、最後に譲れない一点が異なる。

 

 才華の意思を無視してでも、彼の身体を守ろうとするルミネ

 

 才華の身体の害になると分かっても、彼の意思を守ろうとするアトレ

 

 肉体と意思とは不可分であり、切り分けられるものではない。だからこそ、どちらが重いかは誰に決められるものでもない。

 

 もしかしたら、この違いで2人が対立する日がくるかもしれない。

 

 けれど、来ないかもしれない。2人にとって大事なのは、なによりも彼を守り、支えること。 

 

 

 「才華くんも罪作りな子よね。女の子2人にこんなに想われてるなんて」

 

 「九千代もいれたら3人です。ああ、なんて罪深いお兄様。でも、あんなに綺麗なのだから仕方ありませんね」

 

 「そうだね、何が罪って、あの可愛さが罪だね」

 

 かつてアトレの母桜小路ルナは、大蔵一族の遊星への偏愛ぶりに対し『遊コン』と評していたが、その血を受け継ぐ少女2人も、立派にその性質も継承していたようである。今の2人は『才コン』と言ったところか。

 

 

 おお神よ、華麗なる大蔵家、並びに桜小路家の罪を赦し給え。




 神 「いいかげんにせよ」


 その日の夜の桜小路家

 「才華から電話があってね」

 「毎日してるじゃないか」

 「うん、まあそうなんだけど、紅葉に正式にお願いして了解してもらえたみたいだ」

 「そうか…… 紅葉には苦労をかけることになるな。今年から、いや正確には来年度からか、副担任から担任に昇格したんだろう。そんなときにさらに才華の家庭教師まで頼んでしまうのは、少々心苦しいな」

 「たしかに、副担任が長かったとは言え、正式な担任となると、負担も責任も大きくなるところに、毎日3時間の個人授業を追加するのはね」

 「だが、出来ないなら出来ないとはっきり言う子だからな彼女は。紅葉がやってくれるというならば、我々親としては、素直に感謝しようじゃないか。後で電話しておこう…… いや、こういうことは早いほういいな」

 「ルナ?」

 「待て、今紅葉に電話を…… ああ、私だ、桜小路ルナだよ。うん、うん、君も息災で何よりだ。それで、息子のことなんだが…… え? ああ、まあ、そうだな。…………私にそっくりで驚いたのは分かるが、そこまで興奮しないでくれ。ん、アトレもまあ夫に似てきたな、身長は足りていないが。うん、うん、来年には一度私たちも行くよ。子煩悩な夫は一ヶ月に一度は顔を出すつもりだったようだが、才華から『そこまで子供扱いしないでください』と拗ねられたら、大慌てで撤回した。まるで反抗期の娘に慌てる母親のようで…… え、どっちも性別が違う? だが見た目上は間違っていない」

 「あまり苛めないで、ルナ。紅葉にそれ知られるのは恥ずかしいから」

 「夫から抗議が来たが却下した。ん、夫の見た目? それについては、コレクションやショー関係で夫の写真が服飾雑誌に載ることがあるから、それを見てもらえば分かるだろうが、在りし日の『朝日』そのままだよ。そう、そうなんだ。君の言うとおり、そのため、服飾界隈の人間でも、チーフカッターの桜小路遊星は『滅多に人前に出ない職人肌の男』と思われていて、サブチーフの女性が表彰や挨拶を代行してると思われている。ネットの掲示板で調べたところ、『東洋の宝石』『モデルになった方がいい』と大評判で……」

 「ルナ! 話題がずれてる! 才華のことでしょ!」

 「ん? 気にするな小鳥の囀りだ。それでだな、年齢についての考察は、大体のところ20代前半で固まっている。そうそう、20代前半でブランドのサブチーフを務めている才女だと、イメージが固定されてるようだ。え? なに自業自得だよ。子煩悩のあまり髪を伸ばした夫が悪い」

 「だって、髪の手入れを教えるのは、人の髪から始めたほうが上達が早いから……」

 「うんうん、それだ。今は才華が居なくなったからといって、代わりに私の髪を毎日整えているんだ。桜小路ルナも落ちぶれたものだよ。息子の代わりにされる日が来るとは…… え? 才華に会った際に髪の手入れが雑だと叱られた? そ、そうか、神経質な息子ですまんな」

 「このあたりは親子だなぁ……」

 「まあ、そういうわけで才華を頼む。親馬鹿かもしれないが、あの子には確かな才能を感じるから、存分に伸ばしてやってくれ。うん、ではまたな」

 「お疲れ様。でも余計なことの方が多かったような気がする」

 「つい昔を思い出してしまった。紅葉も言っていたよ。桜屋敷の主が帰ってきたようで嬉しいと」

 「壱与が世話をしてくれて、紅葉が教えてくれるなら、僕も安心できる。日本に行く時は、なにか感謝の印を送らないと」

 「新作の乙女ゲームか、恋愛ドラマ全巻あたりが良さそうだな」

 「あ、そのあたりの趣味も変わってないんだね」

 「早くいい人を見つけて欲しいものだが、私の友人知人はなぜか結婚が遅い」

 「みんな素敵な人ばかりなのに、不思議だよね」

 「まったくだ」


 


 通りがかったメイド長(四十路)「それはおそらく、遊星さんが基準になってしまったために、多くの男性が眼鏡に叶わなくなってしまった所為だと思います
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