月に寄りそう乙女達 ~Irish Fairy~   作:トライアヌス円柱

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世界の誰よりも、白に愛された少年
服の文化は世界でまちまち、時に喪服の色は黒となり、白となる
白黒は悼みの色、厳かなる色

8話 裏タイトル 【ナンパカウントはお父様(朝日)に軍配】

単純思考さま、メスガキだいすきの会さま、誤字報告ありがとうございました!


8話 雪の霊園を祖母(あなた)

 

 青山の街に、雪が降る。

 

 月の光も星の光も届かない都会の中にあって、雪が反射する光の煌きは、光源がたとえ人口の灯であったと言って、趣を減じさせるものではない。

 

 雪が降ってきたが故か、そして都会であるがゆえに、その情緒を愉しむ者はおらず、道行く人は皆足早に屋根の下へ、雪の当たらぬ場所へと急ぎ去る。

 

 そんな中、ただ一人この雪を喜び迎える影がある。

 

 緑ある季節ならば都会の中でも憩いの場となる青山霊園。春の見頃ならいざ知らず、睦月も半ば、旧正月を迎えんとするこの時期、ここへ足を向ける人は少ない。

 

 だからこそ、一際その人影が鮮明となる。

 

 

 ――細雪の中、白い少女が咲かぬ並木の中を、楽しげに躍っている。

 

 多くの人間が、今日この日に、ここを訪れなかったことを悔やむことだろう。春に咲く花々は確かにこの国の者を魅了してやまぬが、けれどそれは毎年訪れるもの。

 

 だがこの少女の姿は、今この瞬間でなければ目にできない。

 

 それを眺めるのは、一人の男性。他に人の姿は見られず、彼と彼女は2人きり。この2人きりの世界の中、彼は眩しそうに、郷愁を抱くかのような眼差しで、可憐に踊る少女を見つめる。

 

 

 少女は、今は枯れ木の様を呈している桜を慈しむ。

 

 今この時のような長い冬を越え、春の半ばひとときだけ見事に咲き誇り、敢え無く儚く散っていく。

 

 故にこそ、過去の風流人はこの木を「夢見草」と称し讃えたのだ。

 

 中秋の名月が、雨月の方こそ美しいように、咲かない木を眺めながら思い浮かべる空想の桜こそ、何より美しい。

 

 だからこそ、そんな美しい花を夢見る少女は、この世で誰よりも美しい。

 

 雪の降る中で花を想う…… そして彼女自身は純白の月の化身のごとき姿。この国の景観で特に美麗風流の形容、雪月花…… 少女はそれをただひとりで体現していた。

 

 彼女はしかし、少女ではない。それを見守る男性もまた、この白い妖精が少女ではなく少年であることを知っている。

 

 だが、そんなことは取るに足らぬ些事。真に美しいものに、男女の差などありはしない。

 

 そして、見守る男性は知っている。真に美しい存在であるからこそ、少年が男性へと成長することは永遠になく、少女性をもその身に宿し続けることを。

 

 雪月花の少年は、ひとしきり舞い踊った後、男性に振り向き、新雪のような真っ白で透明な微笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。

 

 

 「大蔵衣遠様」

 

 普段とは異なる呼びかけ、この少年は、なぜか今この瞬間、常日頃は用いない言葉を綴る。

 

 「ありがとう」

 

 万感の想いが込められた感謝の言葉。しかしそれもまた、普段とは響きが異なる。いったいなぜ?

 

 気づけば、言葉を発した本人でさえ、今自身が行ったことを不思議そうに感じ、夢見るような表情で首をかしげていた。

 

 「…………ああ」

 

 しかし、言われた男性の方は理解していた。

 

 なぜこの美しい少年が、この時、この場所でその言葉を綴ったのか。

 

 それを知るがゆえに、彼の心は震わずにはいられない。そして真に心動かされたとき、人は何もできなくなる例に漏れず、この時の彼、大蔵衣遠もまた、ただただ甥、桜小路才華の顔を眺めながら、遠い思い出に身を浸すほかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――数時間前

 

 

 

 「待たせたな」

 

 「いえ、私も今来たところです」

 

 「うわ、なんか恋人のやりとりに聞こえるけど、今の才華くんの服装と口調は洒落にならない」

 

 僕とルミねえと衣遠伯父様は、渋谷の街で待ち合わせをした、一昔前は渋谷といえばお決まりの待ち合わせ場所があったらしいけれど、携帯端末とGPSが発達した今、わざわざ特定の待ち合わせ場所を決めずとも困ることはなくなった。

 

 今回の目的は長期間の外出に耐えうる体力が僕にあるかを測るためで、別に女装の確認の必要はないけど、僕は伯父様の前では『私』って言ってるので、ルミねえも引かないで欲しい、

 

 衣遠伯父様の格好はヘリンボーンのセミチャスターフィールドコートに、ダークブラウンのタートルネックニットの上に、ライドグレーのベストとパンツ。全く以て見事なコーディネート。

 

 ルミねえはボタンダウンカラーとカフスにチャック柄が入ったブラウンコートを着ている。シックな色合いは年齢上の落ち着きを感じさせるが、反面ちょっと主張が弱い感もある。コートは紫系のほうがよかったかも。

 

 僕はダークグレーのファー付きケープコートに、下は白のセーターと黒のレギンズという、モノトーン仕様。やはり僕は全体的に白いから、黒を配してモノトーンにする方が落ち着くんだよね。

 

 周囲の人達の服装も色とりどりで、中にはこの真冬で肌を露出している若い女性もいる。彼女たちは寒くないのだろうか、そんなはずはないと思うけど。

 

 ファッションは我慢だ、という側面もあるが、あそこまで出来るのはむしろ羨ましい。

 

 

 「嬉しそうだな、才華」

 

 「はい、もちろん、とても嬉しいし楽しいです」

 

 街を理由なく歩くなど、初めての経験だ。まあ一応の理由はあるけれど、些細なものだし、これはただの夜の散歩と考えて差し支えないだろう。

 

 大都会の真ん中なので、空を仰いでも星の瞬きも月の顔も覗けないけれど、代わりに天体に負けんとばかりに人口の明かりが煌々と街を照らしている。

 

 天然の光も良いけれど、人口の光だって悪くない。美しいものは美しいのだから。

 

 

 「はしゃいでる才華くんは、一際可愛い」

 

 「……なんだろうな。我が一族の宿痾を感じずにはいられないが、お前はまた独特な感性を持っているようだ、ルミネよ」

 

 「誰々に似ている、なんてのはあまり好きではないので、いいのではないでしょうか。というか私の親族、長所と短所が極まりすぎてる方が多すぎるんですよ」

 

 「ほぉ、例えば」

 

 「もちろん貴方を筆頭に、ですよ、上の……じゃなかった衣遠伯父様。特に貴方と駿我さんとお養母様(かあさま)は、それぞれ有能なのに別々の方向性でめんどくさい性格してますから」

 

 「クク、我が姪ながら生意気な口を利くものだ。もうひとりの姪はあんなに素直だというのに」

 

 「育ての親の差でしょう。遊星伯父様とうちのぐうたらお養母さまだと、子育てという面において、そもそも勝負の土俵に立ってません」

 

 「奴は奴で、過保護にすぎるところもあるがな」

 

 「それは仕方のない話です。あんなに可愛いのだから」

 

 「………そうだな」

 

 2人が何やら話をしていて、伯父様がなぜか諦めの表情をしている。なぜだろう。

 

 しかし僕があちこち見てはしゃぎまわって、2人がちょっと離れて見守っている構図になっているので、完全に子供扱いだ。まあでも今日くらいはいいと思う。

 

 でも、伯父様とルミねえが並んでると絵になるなぁ。伯父様の見た目が若いから、恋人に見えなくもないけど、やっぱり年齢的に親子に見える。

 

 でも、それとは別になんだか既視感がある並びなんだよな……

 

 

 「あ、わかった」

 

 「ん? どうしたの才華くん」

 

 「いや、伯父様とルミねえが並んでる光景が、どこかで見たことあるような気がしたんだけど、それが分かったんだ」

 

 「ほぉ?」

 

 「お父様と伯父様が並んでる光景と似てるんだなって気づきました。やはり血縁ですね」

 

 「ああ、なるほど」

 

 「あ、ルミねえ的には男性と比べられて嫌だった?」

 

 「全然? むしろ遊星伯父様は、性別が男であることがもう詐欺罪レベルだよ。髪を伸ばしてからはとくに」

 

 「まあ奴が髪を伸ばしたことについては、親族でも我が妹以外からは好評だったのだから、問題ない」

 

 主にお母さまこと桜小路ルナと、従兄弟伯父の大蔵駿我さんからは大好評。従姉妹叔母のメリル・リンチさんと衣遠伯父様からも好評。駿我さんの弟のアンソニーさんも「いいじゃあないか」と太鼓判を押されている。不満を漏らしたのはりそな叔母さまだけらしい。

 

 「なんで揃いも揃って、長髪の遊星伯父様が好きなのうちの親族」

 

 まあルミねえは『小倉朝日』のこと知らないしね、しょうがない。僕としては話してもいいんだけど、一応お父様の名誉に関わることだから、本人の許可なくは話せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、はしゃぎ疲れた僕を伴って、伯父様が洒落れた軽喫茶に連れて行ってくれた。ガラス越しに夜の街の様子が分かる、素敵なお店だ。伯父様は舌だけは大雑把だけど、美的センスは繊細で一級品だから、店選びも余念がない。流石です。

 

 「ルミネ、何人だった」

 

 「男が15、女が4でした。そのうち、上の伯父様の眼光で逃げていかなかったのは、最後の化粧セールスの人だけです」

 

 「あの顔は見覚えがある。大蔵の化粧品ブランドの営業の者だ」

 

 「ああ、胆力があるのも納得です」

 

 何の話をしているんだろう。街を歩きながらなにかの統計をしていたのかな。

 

 頼んだ暖かい飲み物を啜りながら、やわらかい椅子に身を預けていると、少し眠たくなってきた。流石に慣れないことで疲れがでちゃったかな。

 

 

 「ぅぅ…… 可愛い」

 

 ルミねえが何か言ってるけれど、あまり聞き取れない。しまった、カフェオレじゃなくてブラックコーヒーにすれば良かった。

 

 「才華、休むならしっかり横になれる環境ではなければ疲れは取れん。今は眠気を耐えろ」

 

 「流石に喫茶店で膝枕はしてあげられないしね。そうだ、帰ってからしてあげる」

 

 「いやルミネ、お前はきちんと大蔵本邸に帰れ」

 

 「はい、衣遠伯父様もルミねえも、ありがとうございます」

 

 「まあ、おおよそ街を廻って2時間と少しか。これならば、多少の外出は大丈夫だろう」

 

 「え、では今後は一人でも……」

 

 「それはダメだ」

 

 「はい」

 

 伯父様は、そこまで甘くなかった。やはり今後も外出時は伯父様の許可&同伴が必要になりそう。まあ伯父様とお出かけは楽しいからいいけど。

 

 

 

 それぞれ暖かい飲み物をお代わりした後に、伯父様から嬉しい報告がもたらされた。

 

 「そういえばまだ言っていなかったが才華、お前の雇用主が見つかったぞ」

 

 「さすが伯父様、ありがとうございます」

 

 「お養母さまもそれなりに見繕ってたみたいだけれど、よく見つかりましたね」

 

 普通ならもっとオーバーリアクションで喜びを表現するところかも知れないけれど、伯父様は以前「必ず見つける」と言ってくださった。この方は、出来ないことは絶対に口にしない方なので、実のところ僕は雇用主の件で一切の心配をしていなかった。でも改めてありがとうございます、伯父様。

 

 

 「それで、なんという方なのですか?」

 

 「名はエスト・ギャラッハ・アーノッツ。アイルランドの貴族、アーノッツ子爵家の四女だ」

 

 あれ? どこかで聞いた名前……… どこだっただろうか。それに……

 

 「アイルランド……」

 

 あの国の、出身の人なのか。行ったことのない場所のはずなのに、なぜかその名前を聞くと、胸が疼く。

 

 故郷であるはずの日本に帰ってきた時には、感じなかった想いが、その国の名前を聞いた瞬間、どうしてか浮き上がった。

 

 

 「へぇ、欧州の貴族の人なんだ。でも、アイルランドの人なら、言葉が通じるNY校にしないで、日本校に来るなんて、なにか日本に思い入れが有る人なんでしょうか」

 

 たしかに、ルミねえの言うとおり、言葉が通じる上に人種が同じ人が多いNYの方が通いやすい、というよりその人……

 

 

 「あの、伯父様、もしかしてアメリカのティーン向けのファッション雑誌のコンクールで多くの賞をとっている方ではないでしょうか」

 

 「やはり覚えているか。そのとおり、このエスト・ギャラッハ・アーノッツは、アメリカのファッション界では若手のエースの一人として取り上げられている。日本校を選んだ理由は俺にもわからん。新しい環境に挑戦したかったのか、個人的な拘りがあるのか。そこまでは探れなかった」

 

 やっぱり。2年前までは僕も一応、病室でもあった自室の中で描いたデザインを、その手の賞に応募していたし、そこでよく見る名前だったから覚えている。

 

 当時の僕は結果にあまり興味はなかったけど、たしか……

 

 「ほとんどの賞で、最優秀賞を取られていた方ではありませんか?」

 

 「その通りだ。故にアメリカでは『若き天才』と称されている。だが、俺に言わせればまだまだ原石だ。この程度の才能ならば探せばいくらでもいる。単純に才能という点では、パリのラグランジェ家の俊英の方が上だ」

 

 エストさんには申し訳ないけれど、才能主義の伯父様がすでに認めるほどの頭角を出している、そのラグランジェ家の方に興味を覚えるなぁ。

 

 

 「ああ、ラグランジェ家…… お養母様がよく電話や通信で話されている方の血縁者ですか?」

 

 「そうだ。りそなとあの家のリリアーヌ女史とは、深い交友関係にあるからな。ある意味我が妹と最も気が合う友人である人物だ」

 

 へぇ、ルミねえの話だと割と屈折した性格をしている(らしい)叔母さまに、お母様以外に親友と呼べる間柄の方がいたんだ。

 

 「お養母さまって、なんだかんだで友人多いけど、上の……じゃない衣遠伯父様がそこまでいうほどの友人は、才華くんのお母様のルナさんだけかと思っていたけど、あの方もそうだったんですね」

 

 あ、ルミねえも同じこと言ってる。

 

 「まあ、才華の母親とほどには頻繁にやり取りをするわけではないが、ラグランジェ家の彼女と我が妹とは、魂の根幹部分で共感できる部分があるのでな。ソレが何かは俺の口からは言えん。聞きたければ本人に聞け」

 

 「うわ、絶対教えてくれなさそう」

 

 叔母さまの性格からするとそうだろうね。今の伯父様の言い方だと。

 

 

 「才華、話を戻すが、お前も過去にこのアーノッツの娘が受賞した賞に応募していたな」

 

 「あ、はい。たしかにしていました。だから彼女のデザインのこともよく覚えています」

 

 「お前のデザインも、入賞していたはずだ」

 

 「それも確かにそうです」

 

 「あ、そうなんだ。すごいね」

 

 「うん、でも僕のデザインは最高でも準グランプリで、他は全部入賞止まりだよ」

 

 賞に応募していたデザインは、対外的に繕ったデザインだったから、入賞しただけでも大したもの……というか、むしろ他の応募者が小粒だっただけではないだろうか。いや、最優秀賞のエストさんのデザインは確かに良かったものだと記憶してるけど。

 

 「恐らくだが、このアーノッツの娘も『桜小路 才華』の名前とデザインを記憶していることだろう」

 

 うーんそうだろうか? 別にライバル関係にあったわけでもないし、常に自分の後塵を拝していて、一年以上も作品を出してない相手のデザインを覚えているだろうか。

 

 言ってはなんだが、僕はこれらの雑誌の賞の作品のデザインを、エストさん以外のものは覚えていない。というのも、それぞれ既存の有名デザイナーの作品の影響が強くて、『有名デザイナーの亜流作品」としては記憶に残っても、『その人の作品』として記憶に残っていないからだ。

 

 もちろん僕もその一人で、僕が応募した作品は『桜小路ルナの作品の影響を含んだデザイン』だった…… ってそうか!

 

 

 「僕の名前と、作品の影響相手の関係性で、覚えられてる可能性があるんですね」

 

 「え? どういうこと?」

 

 「NYで応募した才華のデザインは、母親である桜小路ルナのデザインの影響を強く受けていることが、その分野にいる者ならば一目で分かるものだった。そして、桜小路ルナは、一線級のデザイナーだ、その関係性を推測するなという方が無理だろう」

 

 共に桜小路というNYでは珍しいファミリー・ネームだ。当然親族関係を疑うだろう。デザイン自体はそう注目すべき点ではなくとも、そうした点では記憶に残りやすかったかもしれない。

 

 でもどうだろう、そこまで心配することだろうか。

 

 「なるほど…… じゃあ、デザインを見せれば『桜小路才華』だと見破られる可能性が高いということですか?」

 

 「さて、どうかな」

 

 あ、やっぱり伯父様もあまり心配してないようだ。

 

 「言ったように、才華の作品は母・ルナの類似作品であったわけだが、デザイナーを目指す人間が、既存の大物デザイナーの作品を参考にするなど、ある種の当たり前だ。『桜小路ルナに憧れて、彼女のデザインを参考しています』と言えば、そこまで疑われないと俺は踏んでいる」

 

 逆説的に言えば、デザインだけで個人を特定できるような作品を、僕は出していなかったことになる。とはいえ、大体伯父様の言うとおりだろう。

 

 

 「僕、あ、っと私も、デザインで訝しがられることは多少あっても、気づかれることはないと思います。納得させるだけの説得材料も、十分にありますし」

 

 「まあ、そういうことだ」

 

 「説得材料って…… あ、そうか、そうだよね」

 

 ルミねえも気づいてくれたみたいだ。そう、説得材料とはすなわち僕の外見。エストさんは僕が桜小路才華として知らない状態で接するわけだけど、当然相対する以上、僕の容姿を見ることになる。

 

 お母様はほとんどメディアに出ない人ではあるけれど、有名ブランドのメインデザイナーである以上、一切の露出なしとはいかない。現に、携帯端末で『桜小路ルナ』で検索すれば、お母様の顔写真が出てくるのだから。

 

 そして、その写真の顔は、僕とそっくりなのだ。

 

 

 「自分と同じ外見の人が、世界的に有名なデザイナーとして活躍している…… 憧れるのには十分な理由で、デザインを参考する理由としても尤も。だからほぼ疑われないよ」

 

 そして、僕がお母様に憧れているのは本当だから、嘘にもならない。

 

 「なるほど…… だからアメリカの『桜小路才華』のデザインと、新人メイドのデザインが被っても、違和感はなくなるわけか…… あ、そういえば聞くのを忘れていたけど、メイドとしての名前って、もう決まってるの?」

 

 「うん、お父様の名前を借りて、『小倉朝日』で行こうと思う。でもそのままだと芸がないし、この名前に思い入れもある人も多いだろうから、朝日の部分をちょっと変えて朝陽にしようかなと」

 

 「え、お父様の名前? 遊星伯父様の名前にかかってる部分なさそうだけど」

 

 あ、しまった口が滑った。ルミねえはもう家族と思ってしまっていたから、ついアトレや壱与と話すみたいに知ってることが前提で話しちゃった。どうしよう。

 

 

 「それについては、帰ってお前の養母に聞いてみろ。もし奴が話すつもりがあるのなら、話すだろう」

 

 うーん、どうかな、叔母さま話してくれるかな。お父様のメイド姿に一番拒絶感示していたのが、叔母さまらしいし。まあ、その発端も叔母さまなんだけど。

 

 「あの人、素直に話してくれるかなぁ」

 

 親族の中でルミねえだけが知らないというのも可哀想だから、もし叔母さまが教えてくれなくても、あとでこっそり教えよう。ごめんなさいお父様。

 

 尚、あとで聞いた話だと、叔母さまは割とあっさり話してくれたらしい。

 

 

 「話を総合すると、『桜小路才華』は母親に影響を受けたデザインを描き、『小倉朝陽』は同じ容姿を持つ人間に憧れを覚え、デザインに影響を受けた。それに、才華は一年間対外的な賞に応募していないので、デザインにも変化がある。多少の疑問をもたれる程度で終わるだろう」

 

 デザインだけでエストさんが『小倉朝陽』の正体に気づくことはまずない。そこは大丈夫だろう。

 

 「そっか。なら、そこはもう些細な問題だね。それで上の伯父様、一番肝心な点はどうなんですか?」

 

 ルミねえの目つきがすごく真剣なものに変わった。伯父様への呼び方も普段呼びなれている方に変わったほどに。

 

 「彼女の性格か。大丈夫だ、俺が調べた限り粗暴な人物ではない。やや奇矯な振る舞いもするようだが、それは家名や姉妹の影響あってのことだと報告を受けているし、実際に彼女の家族を見た印象も、悪くなかった。新しく雇ったメイドを粗略に扱うことはないだろう」

 

 あ、伯父様、もうアーノッツ家の方々と交渉されたのですね。

 

 なんてすごい行動力。とてもお忙しい身のはずなのに。

 

 羨ましい。

 

 

 「家名や姉妹の影響、というのは?」

 

 伯父様の凄さを前に目を細めて俯いた僕と違い、ルミねえは確認したいことの方に頭を取られているようだ。

 

 「アーノッツ家は近年斜陽の一途を辿っていたが、今代の当主の涙ぐましい努力によって持ち直しつつある。だがその代償として、少々後暗い輩につけ込まれている形になっている。アーノッツの邸宅があるのはロンドンだが、アーノッツ家の子女はロンドンのスクールで、少々肩身の狭い思いをしていた時期もあったようだ」

 

 なるほど。でもそのあたりの塩梅は、世間というものを一切知らない僕にとってはわからないことなので、伯父様の判断に委ねる他ない。伯父様が良しと判断されたのならば、僕はそれに従うのみ。

 

 

 「姉妹の影響の方は?」

 

 食い下がるなぁルミねえ、そんなにエストさんの人柄が気になるのかな。僕はもう伯父様がよしとしてる時点で大丈夫だと思うんだけど。

 

 「エスト・ギャラッハ・アーノッツは四女だが、姉妹みな美人だ」

 

 「才華くんよりも?」

 

 「才華の方が圧倒的に上だ」

 

 「うん、当然ですよね」

 

 なぜそこで脱線したの? そしてなんでそこで自慢げな顔するのルミねえ。あと容姿で人の上下を決めるのは良くないと思います伯父様。

 

 

 「すでに成人している長女、次女は社交界でも評判だ。そうした姉を見てきた妹というのは、コンプレックスを持つことが多い。周囲に『姉並』を期待されるものだからな、いささか奇矯な振る舞いも、そうしたコンプレックスの発露だろう、聞く限りは派手なパンクミュージックを好むくらいで、問題となるような素行ではなかった」

 

 あ、パンク音楽聞くんだエストさん。僕の本当のデザインはそっち側だから、話が意外と合うかも。

 

 「ふむ…… それで上の伯父様は大丈夫だと判断されたんですね」

 

 「ああ。性格に粗暴な点は見られないし、陰湿な気質も見受けられなかった。才華の雇用主として及第点を与えていいだろう」

 

 雇用される方が雇用する方を品定めするのは、割と珍しいのではないだろうか。まぁ、お父様のような技術を持った方とかなら、そういうこともあるのだろうけど。

 

 「それなら、私としてもこの子を送り出すのを、反対する訳にはいきませんね」

 

 ルミねえがいつのまにか僕の第3の母になっていた。ちなみに第2の母は壱与。まあ本来の関係で言えばルミねえは大叔母に当たるんだけど。

 

 「ルミネ大叔母さまの許可も出たことで、良かったな才華」

 

 そしてことさら本来の血縁関係を強調する伯父様。いい性格されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伯父様の言葉でルミねえがむくれてしまったので、その怒りを鎮めるためになぜか僕はしばらくルミねえの膝の上に座らされることになった。衆人環視の中で。

 

 伯父様が席を立って戻ってくる僅かな間とは言え、恥ずかしい思いをした。くそう。

 

 なので、その原因を作った伯父様に責任を取ってもらおう。

 

 「伯父様、実はもう一箇所行きたいところがあるのです。そう遠くはないですから、よろしいでしょうか」

 

 ちなみにルミねえは大蔵本邸に帰宅している。もう門限らしい。外泊すると言っておけばよかったとしきりに言っていたけど、その点は僕も残念かな。ルミねえの髪は、お父様の髪質と長さに似てるので、手入れをしているとお父様との時間を思い出すので。

 

 「む、ダメだ。今日はもう桜屋敷にもどるぞ」

 

 即答。でもめげない。

 

 「いえ、先ほど私は伯父様の軽率な発言で、ライナスの毛布にされました。その責任を取っていただかないと」

 

 「?」

 

 「実は先ほど……」

 

 伯父様が席を立った際に起こったことを話し、いたずらっぽくお願いする。伯父様は厳しい方だけど、理不尽なことはされないし、根の部分では僕に甘くしてくれる。

 

 それに、なぜだがずっと、今日伯父様と出かけると決まった時から、行きたい場所があった。それも、2人きりがいいと、どうしてか思った。

 

 その思いが一度と強くなったのは、雇用主の話が出てから。それがどうしてかは、僕にも良く分からないけれど。

 

 なので、ルミねえには悪いけれど、その口実にさせてもらう。

 

 

 「……ふん、まぁ、いい。あまり時間をかけないのならば、今回限りは許そう」

 

 「ありがとうございます。衣遠伯父様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、僕と伯父様はこの場所にいる。

 

 

 青山霊園。都内でも有数の桜の名所だけれど、1月の今ここを訪れる人は少ない。夜中となれば尚更だ。

 

 春になれば咲き誇る桜たちも、今はただ寂しげに枝を揺らすだけ。

 

 一見して寂しい場所だけど、今日は夜天が僕の味方をしてくれた。僕たちの到着と同時に東京には珍しい雪が振り出し、雪の白さが景観の無聊を慰めてくれる。

 

 僕は嬉しくなり、普段したことなんかないのに、雪降る並木道を駆け出し、意味もなく笑いながら、春のこの道を想像する。

 

 出来れば、春に来たかった。衣遠伯父様と、ここの夜桜を眺めたかった。どうしてか、急に、そう思ってしまったのだ。

 

 それは、なんだか僕自身が思い立ったことではないように思える。けれど、きっとそんなことはどうでもいい。

 

 気分がとても晴れやかだ。こんなに身体を動かしているのに、疲れをまるで感じない、清々しささえ覚える。これなら、いつまでもここで木々の間を踊れるくらい。

 

 そう思ったからだろうか、ただ思うがままに桜を思い、伯父様を見つめて、緩やかに身体を流れに委ねる。その間、いつものように伯父様が僕を止めることもない。

 

 

 不思議な時間。今はいつで、(わたし)は誰なんだろう。

 

 

 ここに来たかったのは僕なんだろうか、それとも違う誰かだったんだろうか。でもなんだろうと構わない。

 

 肌に触れて融ける雪が、身体の熱と感覚を奪い、思考は夢見る前の刹那のように奪われていく。

 

 僕という存在が曖昧になり、世界との境界を失って、どこまでが僕で、どこまでが別の誰かかが分からなくなった。

 

 

 だから、夢心地のまま、半ば意識せずに、(わたし)は伯父様に向けて何かを言った。

 

 

 なんて言ったんだろう。本当に不思議だ。自分で言ったことを覚えていないなんて。

 

 でも、全然気にならない。だってこんなに幸せなんだ。それが悪いことのはずがない。

 

 どうしてか、唐突にある人のことを思い描いた。

 

 

 ―――お祖母さま

 

 

 いったい何故、会ったことのないその人が、心に入ってきたのだろう。彼女は、ここに、この青山の地に縁があったのだろうか。それとも、衣遠伯父様と縁が? もしくは、その両方だろうか。

 

 僕にとっては初めて来た場所。特に思い入れがあるわけでもない。なのに不思議なこの気持ちは、貴女のものなのでしょうか。

 

 じゃあお祖母さま、もしそばにいるのなら、一緒にこの時を楽しみましょう。

 

 そんな申し訳なさそうにしないでください。たしかに僕と貴女の間の縁は、決して良いものではないのでしょう。瓜二つのお父様よりも強い縁が、僕と貴女にある理由は、喜ばしいものではないかもしれない。

 

 でも、いいのです。今、僕は楽しいのです。悲しい顔をされると、この楽しさが薄れてしまう。だから貴女も笑ってください。

 

 さあ、お祖母さま、伯父様も側におられます。今日この時を、華やぎましょう。

 

 伯父様に見守られながら、僕はしばらく雪の青山霊園の中を祖母(あなた)と戯れるのだった。




 その頃の桜小路家

 「夫婦でデートも久しぶりだね」

 「君が息子にばかり哉けていたからな。おかげで溢れた私とアトレは2人でスイーツを食べることしか出来なかった」

 「すねないですねないで」

 「しかしこうして君と並んで歩いていると、日本での学生時代を思い出すよ。特に髪の長い君が一緒だとな」

 「なつかしいね、フィリア学園の頃。アトレは美容科でちゃんとやっていけるかな」

 「君に似て、如才ない対応が出来る子だから、対人関係は問題ないだろう。ちゃんと授業についていけるかどうかが、問題となりそうだ」

 「美容関係は、あの子としてもあまり経験ないだろうけど、そこは我が子を信じよう」

 「その調子で才華のこともたまには信じてやれ」

 「もちろん信じてるよ! 信じてるけど心配なだけで」

 「意外と君のお母上も過保護な人だったんだろうか、君を見ているとなんだかそんな気がしてくる」

 「どうかな…… 確かに過保護といえば過保護だったように思うけど、色々と特殊な環境だったからね……」

 「まあ、そのあたりは君と才華も同じか。やはり血筋かな。でもちゃんとアトレにも構ってやるんだぞ」

 「アトレにもしっかりとメールでやりとりしてるよ。というか、当のルナの方こそ、たまには子供たちにメールの一つも送ってやりなよ」

 「便りがないのは無いのは良い便り、というだろう」

 「まったく……」





 
 「男が28、女が6だったな」

 「僕もう四捨五入したら40歳になるんだけど、どうして?」

 「その内食い下がらなかったのは、最後のマッサージの勧誘だけだった。あの根性は我が社の営業に欲しいな」

 「いや無視しないで」

 「若い頃の青々しい清楚な雰囲気もいいが、臈長けた人妻の魅力もまた格別ということだろう」

 「誰が人妻!?」

 「君が、私の」

 「ああもう、まさかこの年になってあんなにナンパされるなんて…… いくらNYの人が日本よりは気軽に声かけると言っても」

 「あいも変わらず罪な女だなぁ、『朝日』?」



次回の話は今回も触れた、リリアーヌ関係の外伝的な話で、舞台も昔のパリになります。
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