黒崎凪は不純物である 作:三世
「……どこだ、ここ」
辺り一面真っ白で何も無い空間、数時間もいれば人間ならば発狂してしまいそうな程に何も無い世界だ。
「あれ、来ちゃったんだ」
突如、視界の外から声が聞こえる。普段の私ならば直ぐに刀を抜いたのだろうけど、何処か聞いた事のあるような……親しみのあるその口調と声は、私の闘争心を枯らしていた。
「あなたとは初めまして……かな?」
「……だれ?」
短く切った艶のある黒髪に、それとは反対に真っ白く塗りつぶされた、外国のものであろうドレスを着た姿の人間が、そこに居た。
「あれ、思ったより弱ってる?」
自分自身にその自覚が無かった為か、それとも気付かないようにしていた為か、些細なその言葉に心が揺らされてしまう。
「いや〜酷いことするもんだねえ白ちゃんも、いくらかまって欲しくてもここまでしちゃあ……」
「あなたは……だれなの?」
「ん? ああごめんね、自己紹介がまだだったか」
笑顔を浮かべながら、その口振りにも少し嬉しさを滲ませて話し出す。
「あたしはねえ……なんだろ、まあ一応“ブラック”なんて名前はあるけど……この名前嫌いだからさ、気軽に黒ちゃんって呼んで!!」
「……くろ、ちゃん」
ほんの少しの間を置いて復唱する。
「そ、黒ちゃん……で、あなたの目的だろう青ちゃん……捩月はね」
「っ! 捩月はどうしたの!?」
「うおっ……まあそう焦りなさんな……」
手で少し押され、その場に座らされる。
「捩月はね、今眠らされてる」
「ッなんで!!」
「ううお、そんないきなり大声出さないでよ」
耳を塞ぎながら此方へ訴えてくるその声で我を取り戻し、私は小さい声でごめんと呟くことしか出来なかった。
「……理由はあたしにも分からない」
「……」
「見当なら着くけど」
「……それは?」
……いつもの私の性格ならば、ここまで怪しい相手の答えに期待する事なんて有り得なかっただろう。
……けれど、今この状況で、何か知っていそうな相手から何も聞かないほどに私は馬鹿でもない。
「……捩月はね、主であるあなたを害さないようにあたしたち……あたしと白ちゃんの力を制限してくれていた……けれど、それは同時にあたしたちの行動を制限することにも繋がっててね、だから今まであなたに会ったことがほとんど無かったんだ」
「……制限?」
「そう、本来あたしたちは……いや、あの子……白ちゃんはそれで納得していた……けれど時間が経てば心変わりもする」
確かに私はこの人のことは記憶に無い筈だ……そして心変わり、とは
「……あの子がね、あなたに会いたくなっちゃったの」
「……は?」
聞き間違えだとも最初は思った。だがここまで深刻な顔で言われてしまうと、子供の我儘のようなどとは言えなくなってしまう。
「……本来なら、それよりも主の安全に従う筈なんだよ、
「……?」
性質上?
「けど
前の主、思い付くのは二人だけだ
「まさか、東仙要……?」
「……半分正解かな」
「……っじゃあやっぱり……!!!」
「そう怖い顔しないの、可愛い顔が台無しになっちゃうよ?」
「っでも!!!」
そのまま紡ごうとした言葉は、口を塞がれることで止められてしまう。
「まあ、霊圧に当てられただけで、実際はあの子が勝手に起こした事だからあなたの考えてる人はほとんど関係ないんだよ」
口を解放され、今彼女の言った言葉をよく考える。
あれ? じゃあ私あんま関係ないのに殺意向けてたって事?
「まあ関係無くても結局はあの人が悪いんだけど」
……それでいいのかな
「うん、それでいいんだよ」
……もうええわ、考えるのやーめた
「普通に心読んでることは気にしないんだね」
捩月で慣れてますから
「それって慣れていい事なのかなあ……」
そう彼女が呟くと同時に、私の指先が煙のように消えて行く。
「そろそろ時間みたいだね」
「……ありがとう、黒さん」
「黒ちゃんって呼んでよ!!!」
そう不満そうな顔を見ていると、何故か懐かしく感じてしまう。
「……まあ、私は時間稼ぎにもなったし、従者冥利に尽きるかな」
その瞬間、遠くに見覚えのあるような少女が見える。
「……あれは……」
「……バレちゃったか」
少女は、私の方へ走って来ている様だが、遠くであるからか、彼女が幾ら走ろうともこちらへと距離が縮まっているようには見えない。
「……じゃあね、
「……あの子と話すのは、駄目なの?」
黒さんは、少し迷ったような表情を浮かべたが、直ぐに表情を元に戻す。
「……ダメなんだ、あなたのためにも、あの子のためにもならない」
「……でも」
「時間が無い、早く行って」
そう彼女が言うと同時に、私の体は霧散した。
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白い死覇装を着た少女は、走っていた。
幾年も追い続け、会うことを、話すことを夢見続けてきた対象が、今目の前に居るのだ。
会いたい、話したい、ただそれだけの事が、見える位置に居るのに出来ない歯痒さに、涙が溢れそうになる。
距離が縮まっていない訳では無い、走り続ければ会えるのだ、話せるのだ、その希望だけを目指して少女は走っていた。
……だからこそ、隣の黒髪に気が付かなかったのだろう。
会いたいと願った、愛しい人物が、煙のように消えて行く。
話したいと夢に見た、恋しい人物が、また自分から離れていく。
「……っ!!!」
名を呼びたい、名で呼んでもらいたい、また
「……っなんで!!!」
少女の口を割って出たのは、単なる疑問、理不尽に挑む子供のような、分かっていても認められない大人のような、辛い疑問だった。
「なんで!! あなたが会えて私が会えない!!!」
「……」
「私は! あの子と、もう一度話したい! ただそれだけなのに……!!」
「……」
「何とか、言ってよ……!!」
対して、黒髪の少女は黙ったままであった。
自分にも思い当たる節があるからか、何も言えずに固まっている。
「……やっぱり、あなたは
「……白ちゃんは、あの人の影響を受けすぎてる」
「……よく言うよね、あなただって元は、あの方の道具、なのに……!」
「……ほら、今もだ」
彼女にとっては無意識なのだろう、“あの方”と言う言い方は、随分と昔に変えていた筈だ。
「それでもやり方が雑すぎる、そんなことしたって“凪”に嫌われるだけだよ」
「そうでもしないと、あの子は私に、気付かないからだよ!!!」
事実そうだろう、だが彼女はそれを承認していたはずだ。
「……不意をついて私の力の大半を盗っていったのは驚いたけど、詰めが甘いね」
「……どうでも、いいでしょ? どうせここで、死ぬんだから」
「……どうせこうなる運命だった訳だし、それもそうかな」
迫り来る少女を眺めながら、かつての“凪”を思い浮かべる。
「……ごめん、凪」
その言葉は、ただ虚空へと響いただけであった。
餅は醤油が美味い、異論は認める