最後のイタズラ   作:曽良紫堂

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第6話

 動画はそんなに長いものではなかった。

 

 だが俺が今まで見てきた全ての映像の中でもっとも長いものだった。

 

 奴は映像の中で、やつれた顔をしながら笑っていた。

 いつもの俺への謎かけが上手くいった時のようにおかしそうに、心底楽しそうに。

 

 気付けば顔がびしょびしょになっていた。

 

 しょうがない奴だ。俺の顔に水をぶっかけやがって。あの世にいったら一発殴ってやらんとな。

 

 そう決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 数日後、俺は偽りの自由から職場に復帰し、泣かない赤鬼になっている上司に真なる自由を説いた。

 

 そして、普通に病院送りになった。

 

 

 何だよ! 放せ! 俺はおかしくなんてなってねえぞコラ! なに? おかしい人は皆そう言うだぁ? ふざけんな! おかしいのは俺じゃねえ、このせか…… え? あっ、いや警察は勘弁して下さい。すんません。はい。はい。それでお願いします。

 

 

 俺は晴れて真なる自由を得た。そういうことになった。

 

 自由になった俺は、とりあえず約束していた友人Bに会うことにした。外で長き眠りから覚めたスマホ君を弄くり連絡をすると、二つ返事で来るという。

 

 俺が言えたことじゃないけど、こんな昼間から来れるなんてアイツまともに仕事してんの?

 

 内心そんな失礼な思いを重ねに重ねて待っていると友人Bが現れる。

 久しぶりなどと無難な挨拶を交わして、コイツが行きたいと言った喫茶店に入る。

 その店は繁華街から少し離れた場所の裏通りの奥まった所にある、八階建ての雑居ビルの一階にあった。

 こんなとこにあって経営が成り立つのか疑問だが、店の店員が美人揃いだったからそんな些細な疑問はすぐにどうでも良くなった。

 二人して席に着き、何だかよく分からない銘柄のコーヒーが並んでいるメニューを眺める。

 

 うーん、全くわからん。お前どうする? え? もう頼んだだと? いつだよ! すいません、店員さん俺もコイツと同じのお願いします。で、そのコーヒー旨いの?

 

 勝手に頼んでいたコイツと同じものを注文する。メニューが全くわからないのだから合わせておいたほうが無難だろう。

 しばらくすると注文したコーヒーが来て一口啜った。

 

 超苦かった。

 

 それ以外の感想が出ない。そもそも俺はコーヒーが苦手なのを忘れていた。

 そうして俺が苦悶していると、涼しい顔してコーヒーを飲んでいた友人Bがあの数式の事を聞いてきた。

 

 他に話題も思い付かないので、俺は最近あった奴にまつわる一連の出来事を臨場感たっぷりに語ってやった。それはもうこれで食っていけると確信するくらいの臨場感だったと自負している。

 それを聞いてコイツは一言、コーヒー飲んでる時と全く変わらん顔でそうかとしか言わなかった。

 

 俺は泣いたね。

 こんなに頑張ったのに感想がそうかだけってそりゃないだろう。いい大人がみっともなく泣いてやるぞ。

 

 そう思って身構えていたら小学生くらいの身長の店員さんが近づいてきて、よしよしって頭を撫でられた。

 

 なにこの気持ち。こ、これがバブみ……?

 

 気持ちは嬉しいのだが、普通に新たな扉を開きそうになるので是非ともやめて頂きたかった。

 それ以降は普通にお互いの近況報告をして別れた。

 真なる自由を得てしまった俺はそりゃあもう自由なので、そのうちまた呼び出してやろう。

 

 帰宅しテーブルの上を見るとあの日のまま置かれた奴のスマホが目に入る。

 そのまま壁にかかったカレンダーを見るともうすぐお盆の時期だ。

 

 そうか、もうそんな時期か。

 

 俺が会社にいた頃はお盆休みなんてとんと縁がなかったが、今は毎日が休日のようなものなので結局その有り難みは理解できていない。

 なので、有り難みというやつを一つ感じてみようということで俺は奴の墓参りに来た。墓地には誰もおらず貸しきり状態だ。やったね!

 誰も手入れをしていないので生え放題の墓の回りの雑草を抜き、墓石を綺麗に掃除する。やってみるとなかなか熱中してしまう。

 一時間ほどで墓は綺麗になり買ってきていたお供え物を置いた。墓の前に座り込み話しかける。

 下らない話から仕事を辞めた話、最近会った友人Bの話など、取り留めもなく話していく。

そうして今度奴と会ったときに話そうと思って、話されることのなかった話達がいなくなった。

 無言で墓を眺めていると、不意に口から言葉が一言だけこぼれでた。

 

 俺もお前が好きだったよ、ばか野郎が。

 

 それからはもう駄目だった。

 次から次へ何を話していたかは正直あまり覚えていないが、多分奴への恨み言だろう。そしてそれはきっと俺と奴しか知らないのだ。

 

 それでいい。いや、それがいい。

 

 何故かグショグショに濡れていた顔をあげるともう日が暮れ始めていた。カラスも鳴いてるしさっさと帰ろうかと重い腰を上げ墓石に背を向けた。

 

 墓石の上に座った奴が、いつものイタズラが成功した時の嫌らしい笑顔でニヤリと笑った気がしたのだった。


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