暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えてたくさんの感想、高評価、ありがとうございます!
誤字修正もたくさん届きました!ありがとうございます!

はい、今回も例の如く劇場版ボリュームです。
劇場版といえばガンダム行けてないな……。

と言うわけで以下、本編です!


88話 圭一の時間 Ⅱ

 

 お昼頃、俺はまた外出していた。

 倉橋さんに相談した時の会話で思うことがあった。

 やりたいこと、やるべきこと。今の俺にはそれの判別が付かない。だから考えたのだ。まずは問題を大きく捉えてみようと。 

 

 E組に戻りたいかどうか。俺にとってそれは、あの教室にいる仲間たちと一緒に、もっと色んなことを学びたいかどうか、と言う問いになる。これに対する答えはYesだ。

 

 だが、なぜ、あそこで学ぶのか、何を学ぶのか。

 あそこで学ぶこと。確かに勉学もあるが、それ以上に目を引くのが暗殺だろう。そして、その暗殺はどうして学ぶのか?

 それは殺せんせーを殺す為だ。殺せんせーを殺して、地球滅亡と言う事態を回避する為と答えるだろう。

 

 では、なぜ、地球滅亡を回避したいのか。いや、そもそも俺は地球滅亡を阻止したいと思っているのだろうか?

 これに対する答えはYesだ。死にたくはない。それに、せっかく父さんと和解して、色々と素直になれたんだ。14年間、手を伸ばし続けたものがようやく手に入ったのに手放したいとは思わない。それは人情という奴だろう。

 

 こうしてみると答えは明白だ。

 俺はE組に戻りたい。

 

 しかし、釈然としない。自分なりに納得している。自分なりに理解している。だと言うのに、ここで『E組に戻りたい』というたった一言が口から出てこない。

 そして、その理由が分からない。やりたいことは分かったのに、それに手を伸ばせない。もしかしたら、自分の中では他にもやるべきこと、の様な何かの理屈が引っかかっているのだろうか?などと考えるが、それでもそれが何なのかは分からない。

 

 相談しようにもみんな授業中だ。しかし、病室で悶々としてるのも気が滅入る。そこで律に気分転換に散歩でも、と進められたので乗っかる事にした。補導云々は今は気にしないで置こう。

 

 約3年離れていた街並みは記憶の中の物より少し錆びていた。

 

 何気なく街中をほっつき歩いていると、地元なだけあって、色んな変化に気付く。昔あった建物がなかったり、新しい建物があったり。昔通っていた幼稚園や小学校の前を通ってみた。

 久しぶりに通った母校は、通っていた時に比べて小さく、門なんかに出ている錆びに気がつく。果たしてこれは昔からあったのか、この3年で出来た物なのか。その辺はどうもよく分からない。そんなことを思いつつ、通り過ぎる。

 

 昔歩いていた通学路、遊びに行った幼馴染の家。色んな場所を懐かしみながら歩いているうちに、とある一軒家に着いた。

 

「……懐かしいな」

 

 3年前までここに住んでいた。3年は世間的にはそんなに長い期間ではないのかも知れないが、今年で15年目の若造からしたら人生の5分の1だ。割と長く感じるのは仕方ないだろう。

 

 久しぶりに戻ってきた我が家。生活感があるとは言えない。そりゃあ住人がいなくなって久しいので当然か。

 庭の雑草とか生え散らかしてる。一応、まだ持ち家だ。確かトメさんが定期的に掃除に来てるらしい。

 

 失敗したな。ここに来るなら鍵とか持ってくれば良かった。生憎とこの家の鍵は今は持ってない。椚ヶ丘の俺と父さんが住んでいた方の家に置きっぱなしだ。

 せっかく来たんだし、中に入って見たかったが……仕方ない。またいつか来るとしよう。

 

 玄関前から踵を返して門の外に出る。

 

「………坊ちゃん?」

 

 そして、思わぬ人物と鉢合わせた。

 俺の銀髪とは違う。色素の抜けた白い髪を蓄えた皺の多い女性。まだ腰も真っ直ぐで、キリりとした顔付きは衰えを感じさせない。だが、最後に話したのは祖父母の家に移る前だ。記憶の中の姿に比べて少し小さくなった様な気がする。

 

「……………トメさん」

 

 そこにいたのは長年、うちで働いてくれている家政婦のトメさんだった。こうして顔を合わせるのは久しぶりだ。

 トメさん。今にして思えば、俺はこの人の本名を知らない。この人自身、自分をトメと名乗っているし、父さんもそう呼んでいる。だから俺もそう呼ぶ様になった。

 

 俺からみたこの人を事実のみで表現するのなら、父の雇った家政婦だ。だが、ある程度、情を交えて表現するのなら、親代わり。古風な言い方をすれば乳母という奴になるのかな。

 

「お久しぶりです。先んじてお見舞いに伺えず、申し訳ありません。さきほどこちらの整備にと移動してきましたので、後ほど伺おうと思っていたのですが」

 

「いや、気にしないで。ここに来たのはたまたまだから」

 

 そう。この人は俺にとっては親代わりだ。

 あらゆることをこの人から教わった。言葉も、歩き方も、人間として必要な何もかも。

 ある意味で、この人から俺の全ては始まった。

 

 親の代わりに色々と教えてくれた。きっと、数え始めたらキリがないだろう。この人から教わった物を思えば。

 ……だが、同時に、あの呪いに始まりがあったのだとしたら、その始まりもまた、この人なんだろう。

 

 分かってる。そんなのは女々しい感傷だ。当時のこの人は、そう言うと俺が喜んだから言ってくれただけ。

 呪いのなんてものは無い。ただ、頑張ってる子供を褒めようとして、選んだ言葉がそれだったと言うだけなんだ。

 

 だから、ケジメをつけよう。

 呪いなんてものは初めから無かった。あったのだとしても、この人はただ俺を喜ばせようとしてくれただけなのだから。

 

「ちょうどいいや。ここであったのも何かの縁だろうし、トメさんに言っておきたいことがあるんだ」

 

「……なんでしょうか?」

 

「この前、と言っても1年以上前のことだけどな……。悪かった。怒鳴って、喚いて、ごめんなさい」

 

 頭を下げる。これは言っておかなきゃいけないと、この人を見た時に思った。あの日、あの声を荒げた時。父さんは見ようとしてくれてた。この人だってきっとそうなんだ。

 

 俺はそれに気付かなかった。見ようともしなかった。

 

「お顔を上げてください、坊ちゃん。私はあなたに下げられる頭を持っていません。そもそも、あれは……幼少の頃のあなたに掛けていた言葉が間違っていたからこそ起こったのですから」

 

「そんなことは………」

 

「あります。あなたの声を聞いて、私は自分の行動を振り返りました。自身がこれまでどんな言葉を掛けていたのか。どんな言葉をかければ喜んでくれるのか、笑ってくれるのか。そればかりを考えて、あなたの頑張りを肯定することをしなかったのは他でも無い、私なのです。だから、あの日のことは私の責任です」

 

「だとしても、アンタ1人の責任じゃ無い。それだけは違う。俺は周りを見なかった、父さんは悩み考えるばかりだった。誰かに責任があるとしたら、それは1人だけに押し付けるべきもんじゃないだろって俺は思う」

 

「………ご立派になられましたね、坊ちゃん。その言葉は嬉しい限りです。でもね、それでも一番上手く動けたはずなのは私なのです。だってね、坊ちゃん。あなたが一番欲しかった言葉は"頑張ったね、圭一くん"というたった一言だったはずです」

 

「……………それは………否定しないけど」

 

「幼い日のあなたを褒める為の言葉、私は悩みました。どんな言葉を掛けるべきなのか。あなた自身を褒めれば喜んでくれるのか、自慢にしている旦那様と一緒に褒めれば喜んでくれるのか。そして、私はその二択を外してしまった無能です」

 

「無能なんかじゃない。トメさんは俺を喜ばせようとしてその言葉を選んだんだろ?気遣いがあっただけだ」

 

「お優しいですね。ですが……」

 

「多分、小さい頃の俺にアンタがどんな言葉を掛けてたとしても、俺は……あぁなったと思う。周りの言葉はあくまで軋轢を助長させただけ。そもそもの原因は父さんとのコミュニケーション不足なんだからさ」

 

 確かに俺はこの人の言う通りのことを考えたこともあった。誰か1人でも『頑張ったね、圭一』とか『すごいね、圭一くん』と言ってくれれば何か変わったのかもしれないと。

 

 でもきっと何も変わらなかった。根本的な原因はコミュニケーション不足。強いて何か変わったかも知れないファクターは、『天才の子供の癖に』とか言ってくれたクソガキくらいだろう。

 まあ、アイツが言わなかったとしても、似た様なことを中学教師に言われるハメになるから……まあ、何も変わらないか。

 

「そんな訳だから、トメさんが気にする様なことは何もないんだ。生意気盛りに遅れてやって来た反抗期が重なって、コミュニケーション不足が爆発しただけ。だから、あなたが気に病む必要はない」

 

「分かりました。では……」

 

 俺の言葉にトメさんは頷くと、見たことがないほどにゆったりと優雅に頭を下げた。立派な屋敷に使える一流のメイドを彷彿とさせる綺麗な礼に思わず呆気に取られた。

 

「坊ちゃん。申し訳ありませんでした」

 

 そして、何が起きたのか気がついて、慌てて声を掛けた。

 

「ちょっ、顔上げて!?何が『では……』なのか分からないから!俺、気に病む必要ないって言ったよな!?」

 

「ですが、それは謝意を見せない理由にはならないかと」

 

「思った以上に頑固だよこの人っ!」

 

「坊ちゃん、お外で大声を出すのはいかがなものかと」

 

 誰のせいだと思っているのか。

 ツッコミを入れたくなる気持ちを抑える。

 

「立ち話でもなんですし、入りましょう」

 

「………はい」

 

 そんな俺のことなどどこ吹く風。トメさんは流れる様に頭を上げると、慣れた所作で玄関を開けた。

 うん。この人は昔から割とこんな感じだ。そんなに怒らせた記憶はないが、叱る時はしっかり叱ってくるし、説教は鬼の様に長い。だが、切り替えが早いと言うか、反省してるのが伝わればスンッと平常運転に戻る。

 

 この人に世話されていたと言うのに、俺にはこの切り替え能力がない。もしも、昔から彼女の様に切り替えられたら、もっと割り切って生きることも出来たのかな?

 まあ、今のところはなんとかなってるから、そんなに心底羨む様な事でもないと思うけどさ。

 

 そんなことを思いながら何気なく入った玄関は、昔の記憶と殆ど変わっていなかった。強いて言うなら視線が高くなったからか、少し狭く感じる。

 

「意外と埃っぽくないんだな」

 

「1週間置きに掃除に来てますからね。水道を使わず放置してると水が蒸発して悪臭と下水から虫が侵入する原因になりますので。旦那様に許可を頂いてこちらとあちらを行き来しています」

 

「あー。あの水道のU字の部分が水を張ることで蓋兼返しの役割りしてるんだっけ」

 

「はい。ちなみに新居なのにGが出ると言うのは似た様な理由で水道を使っていないから虫が出てくると言うのが原因だったりしますので、将来、新居を建てる時には御有意ください」

 

 新居なんて建てる日が訪れるのだろうか?

 来年に地球が残っているのかすら危ういと言うのに。

 

「……?坊ちゃん?」

 

「いや、少し懐かしくて感慨に耽ってた」

 

「そんな歳でもないでしょうに。ですが……そうですね。坊ちゃんもいつの間にかこんなに大きくなられて」

 

 トメさんが俺を見上げてくる。

 そういえば、俺、いつの間にかこの人よりも大きくなっていたんだな。目を合わせようとするには少し顔を下げないといけないくらいに身長差が出来てしまっていた。

 

 靴を脱いで、リビングに入る。

 そこもまた、昔とは何も変わっていなかった。

 

「覚えてますか?テレビの前のテーブル。幼稚園に上がる少し前からあそこで読み書きをお教えしましたよね」

 

「あぁ。覚えてるさ。絵本を自分で読める様になりたくて、教えて欲しいってねだったんだよな。ひらがな練習ドリルで書き写してる時、思う様に真似できなくて悔しかったっけか」

 

「ふふ……。坊ちゃん、『これじゃない』って言いながら何度も字を消して書き直してましたよね。書き直しても満足出来なくて、消してるうちにドリルが破れてしまって。セロテープで貼り直して何度も何度も練習してました」

 

「………あれ?確かにそんな記憶あるけど、トメさんあの時いたのか?確かキッチンで晩飯作ってた様な……」

 

「よく覚えてますね?その通りです。ですが、夕食が出来たのでお声がけしたのですが、坊ちゃん、聞こえていなかった様で。思えば、昔からあなたは周りが見えなくなるほどに集中するのが得意でしたね」

 

「………そんなガキの頃から?」

 

「幼稚園に入園前の子供とは思えないほど丁寧に書けていたので何度かお声がけしたのですが、それも聞こえてなかった様でしたね。ですが、そんな坊ちゃんを呼び戻す方法があるんですよ?」

 

「んぇ?」

 

「しっかり見える様にお菓子を視界に挿し入れるんです」

 

「…………あ、そういえばよくやられたわ、それ。ドリルやったり、教科書読んだりしてる時にお菓子を乗っけた手を視界に入れられたっけ。そうだ、確かにそんなことあった。集中してる俺を呼び戻す為だったのか、アレ」

 

「はい。坊ちゃんったら一度自分の世界に入ったら帰って来ないんですもの。あれ以来、ポケットの中には簡単に食べられる飴を常備する様になりました。今も入ってますよ?ほら」

 

「なんでまだ入ってるんだよ……」

 

「私の中の坊ちゃんはあの日の可愛らしいままの姿ですので」

 

「可愛くなくなって悪ぅございました」

 

「えぇ。目つきを除けば中性的ですが、凛々しいという表現が似合うようになられましたね」

 

 ああ言えばこう言うとはまさにこのことか。

 きっちりしてるところはきっちりしてて、飄々としてるところは飄々としている。別に勝ち負けを気にしてる訳じゃないが、今はまだ、この人に勝てる気がしない。

 

「折角です。お昼も近いことですし、ご飯食べて行きませんか?久しぶりに坊ちゃんに食べて欲しいです」

 

「もうそんな時間か……。そうだな、病院に確認してみるよ」

 

 ちょっとだけ散歩することだけのつもりが、そこそこいい時間になってしまった。今、俺の主治医をしてくれている医院長に電話してみると、体調的には問題ないとのこと。

 まあ、脂っこいものはまだ控える様にと言われたが。

 

「良いってさ。じゃ、久しぶりにご馳走になろうかな」

 

「了解です。まぁ、とは言いましても、冷蔵庫の中身がないので買い物からですけどね」

 

「なら付き合うよ」

 

「……あまり動くのは良くないのでは?」

 

「別に無理なんてしてないし、体が鈍って仕方ないんだ。ダメそうならしっかり怒られてくるから」

 

「……承知しました。まあ、あまり遠くもないですし、私も付いてます。ですが、何かあったら無理せず言ってくださいね?」

 

「うぃっす」

 

 そんなこんなで俺は、久方ぶりにトメさんと歩くことになった。学生がこんな時間に出歩いてることに関しては、トメさんが証言してくれるから特に気にする必要はないだろう。

 

 昨日、何気なく通った道を歩く。

 

「ん?」

 

「どうしました?」

 

「いや、あんなところにあんな建物あったっけ?」

 

「……あぁ。ありましたね。確か、坊ちゃんが8つくらいの頃に出来たはずですよ」

 

「マジかよ……」

 

 昨日は人々ばかり見ていて気が付かなかったが、こうして街並みに目を向けるといろんな発見がある。あんな所にあんな物あったかな?と思ったら、単に背が伸びたから見えなかったものが見える様になっただけだったり。本当に新しい建物だったり。

 まあ、単純に懐かしさだったり、新しい発見に対する興味もあったりしたが、なにより、12年住んでいた街を殆ど何も知らないに等しかった事実に一番驚くことになった。

 

 そうこう賑やかに歩いていると、辿り着いたのは商店街。出来るだけゲームセンターは視界に入れない様に歩く。

 

「おや、トメさんじゃねぇか。いらっしゃい!今日からまたこっちに住み込みかい?」

 

「えぇ。どんなものでも使っておかないと万一の不調に気付けないこととや、いざと言う時に使えないこともありますから」

 

「ははは!違いねぇや。でも大変じゃないかい?数日置きに東京とこっちを往復だろ?」

 

「確かに移動に時間は掛かりますが、バスにしたり、電車を乗り継いだり、新幹線に乗ってみたり、車を出したり、方法を変えればちょっとした旅行気分を味わえますよ」

 

「強かだねぇ。ところで、気になってたんだがよ、そっちの白髪頭の坊主は………。トメさんと一緒にいるってことは?」

 

 とある店の前で呼び止められる。

 みたところ肉屋だな。見るからに新鮮そうな肉が並べられてたり、コロッケや唐揚げなど買ってそのまま歩き食い出来そうなものまで置いてある。部活帰りにこう言う店で買い食いするのもロマンあるよなぁ〜などと思っていると、トメさんと世間話していた店主の興味がこっちに向いた。

 

「はい。お察しの通りです」

 

「ほぇ〜!ってことは、乃咲先生のお子さんかい?随分と大きくなったもんだなぁ……!」

 

 店の奥から店主が出てきたかと思うと自身の頭頂部に手を当て、俺との身長差を測っているように見えた。

 もしかして、文脈的に俺の知り合いでもあるのだろうか?生憎と記憶の中にヒットする人物はない。

 しかし、このまま無言でいると、トメさんに挨拶なさいと叱られるのは確実だと感じたので口を開いた。

 

「乃咲圭一です。……すみません。その、あまり覚えてなくて」

 

「無理もねぇさ。まだ小さかったもんなぁ……」

 

「坊ちゃん。覚えてますか?まだ幼稚園に入ったばかりの頃、私の買い物を手伝うと言って何度か一緒に買い物に来てくれたことがありましたよね?」

 

 トメさんからのフォローで何度か記憶を呼び起こす。

 うん。確かにそれならぼんやりと覚えている。手を離さない様に口すっぱく言われて、トメさんの手を握り締めながら、確かにこの商店街を歩いたことが何度かあった。

 確か、トメさんと買い物に行くと、『坊主、手伝いか?』と頭をわしゃわしゃしながら唐揚げをくれたおっさんがいた。

 

 ……唐揚げ?

 思わず、ショーケースの中の唐揚げを見る。そして、やっと目の前の人物がそのおっさんであると思い至った。

 

「昔、唐揚げをくれた?」

 

「なんだよ覚えてんのか。まじかよ、流石というか、すげー記憶力だな。まあ、良いか。ほら、久々に食って行けよ!今回はサービスしてやっから!ま、次からは金取るけどな!」

 

 豪快に笑いながら、あの頃の様に頭を掴まれてわしゃわしゃしながら、唐揚げの入った容器を差し出してくる。

 脂っこいもの判定かはイマイチ分からないが、ご厚意はありがたく受け取るに限るだろう。

 

「ありがとうございます。また戻って来ることがあればその時はしっかりお金払って買わせて貰いますよ」

 

「ははっ、そうしてくれや。にしても本当に久方ぶりに見たな!幼稚園まではうちの倅が一緒だったからちょくちょく見る機会あったけどよ。お前さん、小学校はお受験組だったろ?それで別れたっきり見なくなっちまって」

 

「小学校までこっちに居たんですけど、中学は父の知り合いの経営する東京の私立校に行くことになりまして」

 

「はぇ〜。そういえばそんな話聞いたな。どこに通ってるんだっけか?いつだったか、そんな話も聞いた気が……」

 

「椚ヶ丘ってところです」

 

「あぁ!そうだ。そこだ。あの野球強いところな。にしても大したもんだなぁ……。私立校ってことはやっぱり厳しいのかい?」

 

「ええ、まぁ。上位1クラス、最下位1クラス、中位3クラスって感じで一応は実力別に分けられてる感じですね」

 

「なんかそう言うシステム新鮮だな。ちなみに坊主は?」

 

「今は上位クラスの主席です。まあ、2人いるうちの片方なうえ、もう1人は満点を何個かとってるのに対して、俺は満点は一つも無かったんですけどね……あはは」

 

「……あら?坊ちゃん、最後にお会いした時は最下位になってE組に落ることになったと仰ってませんでしたか?」

 

「色々あって返り咲いたんだよ。まあ、その結果、無茶が祟って過労からの入院に至った訳ですが」

 

「………なるほど。過労の原因はそれでしたか」

 

 合点がいったように頷くトメさん。

 ごめんなさい。実はもっと色々と理由があるんです。話せないから言わないけど。

 

 内心で平謝りしていると、おっさんが感心したように頷いた。

 

「そうか……。通りで真っ昼間に学校にも行かず歩いてる訳だ。過労で倒れるのは考えものだが、昔から良く頑張ってたもんな、坊主。保護者の間でも評判良かったっけ。うちの息子に爪の垢でも煎じて飲ませてやりてぇよ」

 

 ……昔から良く頑張っていた。

 きっと何気なく言った一言。それが気になった。

 

「昔から評判が良かったもんな。見かけることは少なくなったけどよ?小学生の頃も買い物に来たかーちゃんらの噂でちょいちょい耳にいれちゃいたのよ。やれ行儀が良い、礼儀正しい、友達が多い、成績も良い。『うちの子もどうやったらあんな風に頑張ってくれるかしら』ってさ」

 

「そうですね。懐かしいです。当時は坊ちゃんの同級生のお母様方とママ友付き合いの様なモノをさせて頂いていましたが、子供を伴って遊びに来られた方は皆、坊ちゃんの努力を褒めていました。鼻が高かったのをよく覚えています」

 

 しみじみ語る2人。正直、おっさんとの思い出はそんなにない。"唐揚げをくれるおっちゃん"くらいの認識だったから。

 でも、そんな自分の認識と、目の前の大人の認識の食い違いが、俺に一つの現実を教えてくれた。

 

 ……俺の周りは、思っていた以上に俺のことを見ていてくれたんだ、と。そんなことを改めて教えてくれた。

 そうでなければ、ただの顔見知りの客が連れてくる程度の関係性しか持たない子供のことをこんな風に覚えている訳がないし、気にかけることもないだろう。

 

 そして、俺の努力を周りは認めてくれていたんだ。

 

 もともと、思い込みかもしれないと考えてはいた。実を言うと、彼らが聞いた噂というのもあくまで体裁良く言うために努力という言葉を使っているだけかもしれない。でも、『頑張っていた』って言葉を貰えたのが今は素直に嬉しかった。

 

「っと、悪りぃな。呼び止めちまって。お詫びと言っちゃなんだが、少しまけといてやるよ、坊主も一杯食って元気になれな!」

 

「……ありがとうございます」

 

「良いってことよ!また来な!」

 

 トメさんは店主と慣れた動作でやりとりして、あっという間に買い物を終わらせた。肉屋から離れた後も、色んな店の人に声をかけられた。シンプルにトメさんが馴染んでいると言うのもあるだろうが、声をかけてくる人たち全員が俺を乃咲圭一だと認識していたことに驚いた。

 

 正直、ここまで色んな人に気に掛けられてるとは思ってなかった。だからこそ、考えさせられた。

 『流石、乃咲先生のお子さんね』という忌々しかった言葉。それは俺を褒めてる様に見せかけた親父へのよいしょではなく、本当に俺を褒めてくれていたのではないのかと。

 

 思考の片隅で今日までの覚えている記憶を再生させながら、買い物を終えた帰路を辿り、家に着き、トメさんの『楽しみにしていてくださいね』という言葉に生返事を返す。

 

 ——地球が終わったら、みんな死ぬ。

 

 きっと、この街で俺だけが知っている事実。

 そうなる可能性があるってだけの話だが、想定しておかなければならない最悪の事態。

 白状すると、俺は他人が好きでは無かったのかもしれない。だって、誰も俺自身を認めてくれなかったから。

 そういう意味で、地球滅亡は、自分も死ぬ代わりに嫌いな奴ら全員が死んでくれるかもしれない一大事件だった。

 

「坊ちゃん、お待たせしました」

 

 物騒なことを考える思考を遮る様にトメさんが俺の視界にそこそこ大きい緑色の弁当箱を差し入れてくる。

 

「なぜ、弁当箱……?」

 

「坊ちゃん、幼稚園の頃はお弁当がキャラ弁だと喜んでくださったじゃありませんか。なんだか、今日は懐かしいことが多くてつい、あの頃の感覚で作ってしまいました」

 

「つまり、これはキャラ弁なのか」

 

「はい。とは言っても、私自身、最近のキャラクターを知らないので、何気なくテレビをつけた時に見たキャラクターを再現したので、坊ちゃんのお眼鏡に叶うかは分かりませんが」

 

「作って貰えるだけありがたいんだ。文句なんて言わないさ」

 

「……本当に、大きくなられましたね、坊ちゃん」

 

 大袈裟にハンカチで涙を拭くしぐさを見せるトメさんに苦笑しながら、考えていた内容を一時的に彼方へ放り投げ、弁当に向き合った。久しぶりのトメさんの料理。

 母さんがいない俺にとって幼少から食べ続けた彼女の料理は母の味と評価しても過言ではない。

 

 だから、期待して蓋を開けた。

 

「ギシャァァァァァ」

 

「………」

 

 蓋を閉じた。

 

 蓋を開けた。

 

「ギシャァァァァァ」

 

 蓋を閉じた。

 

 なんか、目が合った。

 いや、なんだ、アレは。弁当?弁当?アレが?あの、人面に海老の胴体をくっ付けたみたいな謎の物体が食べ物だって?

 そんな訳がない。あんなモノ、食える訳がない。だってアレは明らかに生き物だ。なんか鳴き声も聞こえたし、ギョロっとした目が合った。血走った瞳がしっかり俺を捉えていた。

 

 もう一度、蓋を開ける。

 

「ギシャァァァァァ」

 

「……………………なにこれ?」

 

「パンデモニウムにございます」

 

 ございます、じゃないが。

 え、何これ、料理ってこんなんだっけ?言い方悪いが、死んだ動物を美味しく食べる為の技術が料理の筈だ。決して、死んだ肉に生命を吹き込む神の御業ではないと思うのだが。

 

 食品のカテゴリに生物(なまもの)と言うカテゴリーはあるが、生き物(・・・)は流石に反則じゃないかな。

 

 いや、ほんと、なんだこれ。

 

「パンデモニウムにございます」

 

「………っすぅ〜。はぁ〜……」

 

 深呼吸。弁当箱の中で短い無数の脚をうねうねさせてる気がするが、気の所為だ。きっと聞こえてくるこの声も気の所為。

 気を取り直して、俺はもう一度だけ、トメさんに問う。

 

「トメさん、これはなに?」

 

「パンデモニウムにございます」

 

 ………聞き間違いじゃ無かった。

 パンデモニウムとはなんぞや。

 

 しかし、いつまでも固まってるわけにもいかん。

 俺は深呼吸して口を開いた。

 

「ついに耄碌したか」

 

「酷いです、坊ちゃん」

 

 やばい。思わず毒を吐いてしまった。

 

「さぁ、どうぞ遠慮なさらずにガブっと」

 

「この謎の生命体を食えと!?」

 

「料理ですので」

 

「食材になったモノを別の生命に生まれ変わらせることを料理とは言わないのよ……」

 

「ではこれはなんなのです?錬金術とでも言いますか?」

 

「いくらなんでも生命創造を錬金術とは言い張れないだろ!つか、なんでよりにもよってパンデモニウムなんだよ!?エリザベスとか夢の国のネズミとかでも良いでしょうが!もっと可愛らしいモノを想像してたよ!」

 

「坊ちゃんはあんなに愛くるしいキャラクターに箸を突き立てるのですか?」

 

「逆に聞くが、キモいなら良いと?俺今からこれ食べるんだけど?この人面海老食べるんだけど!?この人面を口に運ぶ姿は許容出来るのか!?それはそれで歪んでるぞ!?」

 

 くそう、埒があかねぇ。

 食うしかないのか、食わなきゃなのか!?

 

 いや、わかってる。流石にここで手を付けずに残せるほど俺は腐ってない。でも、流石にこれは勇気と覚悟がいる……!

 

「ギシャァァァァァ」

 

「い、いただきます……」

 

 凄い。箸が全く進まない。

 でも、食べないと。

 

 どこから食えばいいのか分からない後の物体。少し躊躇ったあと、脚を箸でもぎ取って口に運ぶ。

 

 そして絶句した。

 口の中に入れた瞬間に広がる肉汁。しつこくなく、甘すぎず、適度に塩気の聞いたそれが舌の上に広がり、思わず噛んでしまった脚の部分はカリッと出来立ての唐揚げを彷彿とさせる食感があった。一応、身も詰まっていたようだが、それもまた美味い。今日行った店的に高い肉はなかったと思うのに、まるで溶けるようになくなってしまった。

 

「美味っ……!?」

 

「良かった。腕によりをかけて作った甲斐がありました」

 

「いや、ほんとに美味い。夏休みの最後に結構良い所の料理食ったけどさ、アレより遥かに美味い。銀魂なのかトリコなのか分からないけど、とにかく美味い。見た目は最悪だけど」

 

 本当に美味い。見た目は………悪いが、店に出せば売れるだろう。物好きが怖いモノ見たさに食って、ネットにあげて、バズって……と言うコースが普通に見えるくらいに美味い。

 

「実は味が薄いと思われた時のためにタレも作っていたのですが………」

 

「……まだ美味くなるのか。ちなみにどんなタレ?」

 

「餡掛け風です」

 

「正気か」

 

「言い過ぎです、坊ちゃん」

 

 このグロテスクな見た目に餡掛けのドロっとした風味をブレンドしてみろ。それはもう合体事故を起こした悪魔合体を超えた何かではないだろうか。だが、人間、案外一口で美味いと思えば割と躊躇いはなく成るようで。

 

「…………かけてください」

 

 俺は倫理を失った。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

 パンデモニウムは美味かった。喜んで金を出せるレベルで美味かった。それはもう異常な程に。食ってしばらく経った今でも何気なく美味かったと思える程に。

 ただ、どうしてあんな見た目になるのか、あんな鳴き声を発するのか、動くのかが理解できなくて、調理工程を見せてもらったが、それでも理解は出来なかった。

 

 結果的に、パンデモニウムは美味かったことと、ゾーンに入って調理工程を見ていたからか、俺もパンデモニウムを作れるようになってしまった。実際に作れてしまったのだから笑えない。

 

 そんな騒がしい昼時を思い出しながら病院への帰路を歩く。

 

 今日1日で色んなことが見えたと思う。

 もちろん、全てが見えたとか驕るつもりはないけど、でも、俺が見てこなかったことをたくさん見れたと思う。

 

 子供の頃から接して来た大人は意外と俺を見てくれていた。俺を、俺自身を褒めてくれた。

 それが意外で、でも、確かに嬉しかった。

 

 印象が変わった。劇的な変化ではないけど、小さな頃からの努力を当時を知る大人達から認められて、救われた気がした。

 

 ……地球が滅んだら、彼らも死ぬんだよな。

 

 思考が振り出しに戻る。

 極端で、でも、自分なりにやりたいことを探す為の思考回路。そこに問いが一つ追加された。曰く、『彼らに生きて欲しいか』

 

 ……答えはYESだろう。

 

 死なせたくない。それは充分大きな動機だ。

 父さん、トメさん、友達、今まで俺を見てくれた人たち。彼らを死なせたくないのは、そうするべきだからではなく、そうしたいからだ。なのに、E組に戻りたい理由は揃っているのに、それでも何が引っ掛かる。

 

 歩いていると、昨日、例の3人と別れた場所に来た。

 

 アイツ、親父と仲直りできたのかな。顔と名前が微妙に一致しないんだけどさ。

 

「っ、いた!おい!そこの白髪!」

 

 そして、聞き覚えのある声がした。

 見てみると、件の集団の1人がそこにいた。

 

 親とすれ違ってしまった奴。

 えっと、確か名前は…………。

 

「……山井」

 

「擦りもしてねぇ!?佐藤だよ!しかも他の2人も山田と桜井だからな!?絶妙にありそうな感じに混ざってるし、せめて俺じゃなくてアイツらのどっちかで間違えろよ!?」

 

「………そうか」

 

 どうやら間違えた様だ。

 前々から思っていだが、俺って人の名前を覚えるの苦手なのかも知れない。確か悠馬のことも磯牧とか覚えてたし。

 

「ったく……失礼な奴……」

 

「人を白髪呼びする奴に言われたかないね」

 

「だってお前、名前名乗らなかったじゃん」

 

「……………銀の死神さ……」

 

「んな小っ恥ずかしいあだ名で呼べるか。お前、街中で白昼堂々大声でその名前で呼ばれたいか?」

 

「勘弁してくれ、その時はお前を殺して俺も死ぬ」

 

「男に言われても嬉しくねぇセリフだ」

 

「女に言われても嬉しくねぇだろ」

 

 人のこと言えないが、こいつもだいぶツッコミどころがある男だ。つか、なんで呼び止められたんだろう。

 

「そんで、なんかあった?」

 

「っと……そうだ。あー、その、なんだ……。お礼、言って置きたくてさ。探してたんだ」

 

「……お礼?」

 

「……親父との話。お前に言われた通り、話してみたんだ。そしたら、親父も俺と同じだったんだ。話したいけどタイミングが合わなくて、自分が声をかけたら責められてるって思うんじゃないかって考えてたんだってさ」

 

 どっかで聞いた話だなぁ……。

 父と息子というのは拗れやすく出来てるのだろうか?

 

「話せたんだな。良かったじゃん」

 

 まあ、何はともあれ、俺たちの様に10年以上続くすれ違いにならなかったのなら、何よりだ。

 

「お前が色々と話してくれたおかげだ。だから、ありがとう」

 

「俺は受け売りをそのまま伝えただけだ。最終的に親父さんと話すことにしたのはお前だろ?別に俺に感謝なんてしなくて良い。頑張ったのはお前なんだから」

 

「でも、伝えたかったんだ」

 

「……律儀な奴」

 

 ほんと、昨日の初対面はめっちゃヤンキーみたいだったのに、こんな律儀で割と爽やかそうなところを見せらると確かにスポーツマンなんだな、コイツ。と納得させられる。

 

「………なんつーかさ、悩んでる時は自分のことばっかりで考え付かなかったんだけどさ……。昨日、親父とこれまでの思い出とかを話してる時にさ、俺、昔、似た様なことがあったのを思い出したんだ。ほんと、ガキの頃なんだけどさ」

 

 少し興奮してるのか、佐藤が話す。

 

「昔さ、同じ幼稚園にすげー奴が居たんだ。俺らと同い年なのに漢字が読めたり、簡単な計算もできて、友達もたくさん居た」

 

「そんなに珍しくもないんじゃないのか?クラスに1人くらいはいるだろ。なんか知んないけどやたらと色々できる奴」

 

 浅野とか、カルマとか、悠馬とか。中学に上がる前までは俺もどちらかと言えばそのポジションだったと思う。

 

「かも知れない。でも、そいつはちょと特殊でさ。親が有名人だったんだよ。本人はそれを鼻にかけない良い奴だったんだけどな。周りにチヤホヤされてた。よく先生にも褒められてたよ」

 

「ふーん……」

 

 親を鼻かかけないというのは、確かに凄いかもな。俺も大々的に『僕の父さんは学者さんだぞ!』とか偉ぶったことはないが、それでも先生に褒められると『僕の父さんはすごいんだよ!』くらいは言ったことがある。

 

「俺さ、当時はそいつが気に入らなかったんだ。みんながそいつの父親ばっかり褒めるのが嫌だった。僕のお父さんだって凄い人なんだぞ!って思いながらそいつを眺めてたんだ」

 

「それは仕方ないんじゃないのか?まだ子供な訳だし、昔から親父さんのこと尊敬してたんだろ?自分の父親が一番凄いって思ってるのに周りが違う奴を持ち上げてたら良い気はしないだろ」

 

「まぁな。でもな、ガキだったからって一言じゃ済まないことってあるだろ。俺はさ、当時、そいつに酷いことを言った」

 

「酷いこと?」

 

「……さっき言ったろ?昔、似た様なことがあったって。実はさ、『あの人の子供の癖にこんな事も出来ないのか』ってさ。細かいセリフまでは覚えてないけど、似た様なことを言っちまったんだよ。まだ幼稚園のガキに向かってさ」

 

 ………何処かで聞いた話だ。

 似た様な言い回しを知っている。鮮明に覚えているとも。忘れたことなんてない。それだけ悔しかったから。

 

「10年くらい経って、同じことを言われる立場になった。俺の親父は凄い人だ。何度も全国まで進出して、優勝までさせた事もある。でも、親父は親父で、俺は俺で。俺だって頑張った、努力したのに、『監督の子供の癖に』って言われた。今更ながら思ったんだ。あの子も同じ様に頑張ってたんじゃないのかって」

 

 似た様な話を知っている。

 『天才の子供の癖に』と言われて、悔しくて、悲しくて、泣きながら努力して、常に一位になれる様に頑張って。周りからの言葉が正しく伝わらず、全部父親からの才能のお陰なんだと言われている気がしていた、馬鹿な子供の話だ。

 

「だからさ、俺、そいつを探してみる」

 

「………急に話が飛んだぞ。何が"だから"なんだ?」

 

「言われて嫌だった事を昔、言っちまった。確かに善悪の判断が出来ないガキがやったことなんだろうけどさ、関係ないよな。それがどんだけ傷付くことなのかをようやく理解出来た。だから、そいつに謝りたいんだ」

 

 佐藤の目は真っ直ぐだ。やるべきことを見つけたと言わんばかりにやる気と使命感の様なものが感じられる。しかし、決してそれだけじゃない。やる気と使命感とは別に確かに謝りたいと言う誠意の様なものも見て取れる。

 

 だが、それとコイツに謝られた人物が許すかどうかは別問題だ。その人物は俺の様に10年以上も言われたその言葉を引き摺っているかもしれない。それは、ある種のトラウマだ。

 

 住んでいる地域的に、コイツの指している人物は……俺なのかもしれない。もちろん、確証があるわけじゃないが。

 

 仮に俺なんだとしたら、俺は許せないだろう。

 

 あの一言で色々と変わった。それは確実で、10年以上、その一言に囚われ続けることになったのだから。

 

 ……でも、コイツの言ってる人物が俺でない可能性だってあるんだ。まだ名前を口にしていない。

 だから、あえてわざわざ否定的な言葉を投げつけてやる必要もないだろう。今後もどこかで会うかも知れない訳だし。

 

 それに、佐藤だって同じような思いをした。

 同じ苦しみを知ったのなら、自分だけがドツボに嵌った訳ではないのだと、自分を慰めることだって出来る。

 

「……仮に、そいつと再会できたとして、お前はなんて言うんだ?どんな言葉を投げるつもりだ?」

 

「……まずは謝りたい。その上でもし、アイツが聞いてくれるなら、伝えたい。どうして今更謝ろうと思ったのか」

 

「お前のそれは自己満足になるだけかも知れないぞ」

 

 思わず冷たい言葉が出た。

 否定的な言葉が口を吐いていた。

 

 けれど、佐藤は怯まなかった。

 

「分かってる。でもさ、自己満足でも伝えたいんだ。上手く言えないし、もしかしたら余計拗れるかも知れないけどさ、『お前も頑張ってたんだよな』って。上から目線に聞こえるかも知れないけど、俺は、そう言って欲しかったから」

 

 佐藤の言葉を聞いた時、思った。

 なんて傲慢な言葉なのかと。

 

「……ああ、そうか」    

 

 しかし、同時に理解もした。

 『お前も頑張ってたんだよな』って、相手に理解を示す様な言葉が胸にスッと入って来た。

 もしも、俺に呪いなんてモノが掛けられていたのだとしたら、それは『流石、乃咲先生のお子さんね』って奴と『天才の子供の癖にこんなのも出来ないのか』という2つの言葉だろう。

 

 前者の言葉は倒れてから現在に至るまで、色んな人たちが俺を見てくれていたのだと理解したことで解けた。

 だが、後者の呪いは解けていなかったんだ。だから、E組に戻りたいと言う気持ちはあっても、踏み出すことが出来なかった。

 

 今、ようやく自分の気持ちに気付くことが出来た。俺は、見返したかった。そのセリフを吐いた相手を。でも、結局はそいつに知識でマウントを取りはしたが、一言も言わすことが出来なかったのだ。『お前は凄い』、『お前は頑張った』と。

 きっと、E組に戻ろうと心の底から思えなかったのは、周りを見返し続けたかったからだ。俺が一番、俺自身の力を認めさせたかった相手は父さんじゃなかった。あの名前も覚えていない子供だったんだ。それを今、理解した。

 

「……お前さ、椚ヶ丘学園って知ってる?」

 

「……なんだよ、急に。そりゃ知ってるけど。中学生野球で全国連覇中の学校だし。あの進藤がいる学校だろ?確か私立の進学校。成績優秀でスポーツも出来るとか、すげーよな。俺は下から数えたほうが早い順位だから憧れるわ」

 

「そ。実は俺、今はそこの主席なんだわ」

 

「……は?」

 

「凄いだろ」

 

「…………すげーな」

 

「実は主席もう1人いるんだけどさ、実はそいつ全国模試1位なんだよ。それと並べる俺って実質全国模試1位じゃね?」

 

「……かもな」

 

「実はうちのクラスと野球でエキシビジョンやったんだけどさ、俺らアイツらに勝ったんだよ」

 

「は?」

 

「凄いだろ」

 

「いやいや、どうせ2軍とかそう言うオチだろ?」

 

「しっかり一軍だぜ?進藤の球、場外ホームランしてやったし」

 

「……本当なら凄いな」

 

「これが嘘言ってる目に見えるか?」

 

「…………………………マジかよ!?」

 

 今日一番の驚愕の声が上がった。

 パンデモニウムを見た時の俺と同等レベルの驚き具合に満足した。目を点にして、唖然としている様子に溜飲が下がった。

 

「天才の子供が凄いんじゃなくて、俺が凄いんだ」

 

「いや、まあ、そりゃすげーよ。聞いててびっくりしたわ。昨日聞いた激重属性も込みで色んな意味ですげーよ」

 

 ……うん。満足した。この辺で良いだろう。

 自画自賛という奴をあんまりしたことがないから自分で言ってて照れて来たし、何より……しっかりとその口で俺を認めさせることが出来た。それだけでもう充分だ。

 

 なら、さっき感じた本音くらい伝えても良いか。

 

「佐藤」

 

「なんだよ?」

 

「お前が言葉をぶつけた相手が許してくれるかなんて俺は知らないし、俺だったら許さないけどさ。しっかり相手の目を見て話せば、誠意は伝わると思うぜ。少なくとも、俺には伝わった」

 

「……………そっか」

 

 俺の言葉に佐藤は少し考える様に俯いた後、静かに納得したように溢した。

 

 コイツから色んなものを受け取った。昨日、何気なく話を聞いて、話をした相手とまさかこんなことになるとは思わなかったけど、お陰様で俺もようやく答えを出せる。

 

「じゃあな。まあ、精々同じことを繰り返さないこった」

 

 そう告げて歩き出す。

 

 ——俺はE組に戻りたい。

 

 答えは出た。かつて俺を縛る言葉の呪いと同じことを言ったと言う相手に俺自身のことを認めさせた。

 そう実感した時、俺はようやくストンと何が腹落ちしたのを感じた。E組に戻りたいのにそれを躊躇っていた自分の中の何かが脱力したのを感じた。俺にはもう、A組に残る理由はなくなってしまった。区切りをつけることが出来た。

 

 浅野理事長はまだ、学校に居るだろうか。

 

 答えを聞かせないと。

 

「待ってくれよ、お前の名前は?」

 

 次の目的に向かって歩み出した俺を後ろから呼び止める声がした。その声に振り向くことなく足を止める。

 

「……必要か?」

 

「こんだけ絡んだのに俺だけ苗字すら知らないのは不公平だろ。銀の死神とか、そんなんじゃない。お前の名前は?」

 

 その問い掛けに思わず考える。

 そう言えば、別に名乗るのを躊躇う必要もなかったな。

 

「乃咲圭一だ。じゃあな、佐藤」

 

「…………あぁ。そっか。色々と悪かった」

 

「何に対する謝罪か知らないけど、許さねぇよ」

 

「……分かってる。さっき聞いた」

 

「………まぁ、でも、昨日は楽しかった。またな(・・・)

 

「……………あぁ。また」

 

 続く言葉はない。

 俺は今度こそ歩き出した。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

『入院中のキミが私に連絡をくれたと言うことは、答えが出たと言うことで良いのかな?』

 

「はい。浅野先生からなら教わりたいことは沢山あると思うけど。俺は、E組に戻ります」

 

 俺の言葉に躊躇いはなかった。

 




あとがき

はい、あとがきです。

長かったのでざっくりまとめると……。
◯圭一
自分の中のA組への未練の理由に気付いた。
周りが思った以上に自分を気に掛けてくれていたことをようやく実感する事ができて、トメさんに謝る事ができた。
過去、自分に呪いをかけた相手が佐藤だと悟る。佐藤のことはやっぱり許せないけど、それはそれとして誠意は感じたし、同じ思いをした同類なので、受け入れることが出来た。

◯トメさん
圭一の育ての親。
最後にあった時から、幼い頃から圭一に掛けていた言葉が間違っていたのでは?と疑問を抱いて生きていた。
圭一と再会したので、家の中で落ち着いた状態から懇切丁寧に謝ろうとしたら、圭一に先手を取られて謝られてしまった。

◯唐揚げ屋のおっちゃん
圭一を見ていた大人の1人。
実は苗字は桜井。

◯佐藤
圭一と同じ思いをしていた人。
実は圭一に呪いをかけた張本人。圭一と同じことを言われて、自分の言ったことの残酷さに気付いて謝りたくなる当たり、普通のお人好し。今後、圭一の行動に大きな影響を及ぶことを彼は知らない……。

こんな感じですね。
いや、長かったのだ。圭一の葛藤編。
次回、圭一の葛藤編最終回!

今回もご愛読ありがとうございます!
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