加えてたくさんの感想、高評価ありがとうございます!
今回もかけましたので投下します。
最後までお付き合いください……。
「そーだね、怖かったねぇ。よしよし」
「怖かった、滅茶苦茶怖かった。普久間島でガストロに銃撃された時並に怖かった、死ぬかと思った……ッ!!」
情けない悲鳴を上げながら逃げ回り続けていると、悠馬たちと出会った。そして、慌てふためき、過去最高に怯える俺を確認した悠馬の班は何事かと大騒ぎ。俺の要領を得ない説明をなんとか理解した悠馬と倉橋さんによって周囲にあのプレデターがいないことを確認し、俺はようやく落ち着いた。
どっと疲れた俺はそのままギャン泣きしそうなテンションでさっきまで感じていた食物連鎖の恐ろしさを伝え、大天使倉橋によりあやされているのが現状だ。
「いや、まさか圭一がここまでなるとは」
「お前にはわからないだろうな!地面を走り、木々を跳び回り、壁を走り抜けてもなお、背中にいるかもしれないって恐怖が!マジで死ぬかと思ったんだぞ!?『鬼ごっこは終わりだ!』とかムスカかよ!?いや、ムスカより怖いよあの人!!」
「どーどー!落ち着け、あんまり大声出すと見つかるぞ」
悠馬の言葉を聞いて全力で口元を押さえる。
やばい、全身の震えが止まらない。あれば絶対に夢に出るタイプの恐怖だわ。チビるかと思ったもん。
「どんだけ怖かったんだよ……」
「……おっ、それはそれとして、みんな。そろそろ殺せんせーも動き出す時間だぞ」
「くっそぅ……!こうなったら殺せんせーに八つ当たりしてやるッ!やられてなくてもやり返す!つーか、どうせまだまだ俺らにバレてない余罪なら沢山あるだろうし、適当に理由を付けて因縁つけてやる!殺してやるぞ、殺せんせー!」
「あーあー……。圭一がヤンキーみたいに………って、そう言えば元ヤンか。そうだったわ、忘れてた」
「納得してないで止めてあげなよ……。圭ちゃん、一緒に逃げよう?殺せんせーから逃げ切る作戦だって準備したんだしさ」
「止めてくれるなおとっつぁん!」
「せめておかっつぁんにして欲しいな」
「大丈夫だ。ここは任せて先に行け。心配すんな、俺は強い。あとで必ず追いつく……!装備はこころもとないが、まぁ、大丈夫だ、問題ない。何もみんなで全滅する必要はねぇ。俺はそこそこのタコを1匹殺して下山するぜ」
「あーあーあーあ。どんどん死亡フラグが乱立していく。色んなネタが混ざり過ぎてて一周回って正統派みたいな雰囲気になってるのが納得いかない……。すっげぇ納得いかない」
「じゃあな、生き残れよ!」
「あっ、おい!圭一!!?」
俺は再び立体機動に移った。
「………行っちゃったよ。つか、既に俺らの倍は速いし、あれ本当に休学明けか?病み上がりにしちゃ動き良すぎるだろ」
「まぁ、今回は好きにやらせてやろう。アイツ、今の自分が何処までやれるか知りたいとか言ってたし」
「……………………あれ?ねぇ、みんな。今の圭ちゃんの言葉ってさ、よくよく考えると、これから暗殺して来ますってならない?これ、援護しなくていいのかな?」
「あ……」
「いや、アイツがどう殺すかは分からないけど、自分単体の実力が知りたいみたいだし、今回はやめとこ。それに、山の中であんな動きされたら、俺たちの援護が寧ろ邪魔になるかもだし」
「…………まぁ、それもそうだな」
「つーわけで、殺しに来ました」
「えぇ………?」
殺せんせーが珍しく事態を飲み込めてなかった。
「ケイドロで烏間先生に追いかけ回されて怖かったです」
「えぇ」
「悠馬や倉橋さんに慰めて貰いました」
「はい」
「それもこれもケイドロを提案した先生の責任だと思うので、殺せんせーに八つ当たりしたいです」
「なるほど………。冤罪です!!!」
「お願い!全部じゃなくていいから!先っちょだけ殺らせてくれればそれでいいから!あとは何にもしないから!」
「先っちょだけ、で先っちょで済ませる人はいませんのでそんな言い方に騙されてはいけませんよ?」
「ていうか、乃咲。言い方に色気が足りないわ。前に教えたわよね?そう言うのは雰囲気、色気が大事だって。これは補習が必要ね。あとでディープキスの刑よ。たぁーっぷりと大人の色気の出し方や教えてあ・げ・る」
「おめぇらうるせぇよ!!人が捕まって
「いやぁ、生憎と本官は牢屋から離れることができないのです」
「それを知ってるので煽りに来てるんです」
「………だめだ、コイツら……………」
牢屋の中で作業中の寺坂が頭を抱えた。
その姿を彼の班に所属していたメンバーがいたわしそうに見ているが、まぁ、ドンマイだ。俺は悪くないもん。
「と、まぁ、余談はここまでにしておいて。実は殺せんせーと勝負したくて来たんですよ」
「ほぅ。キミとのそういうノリは実に久しぶりですねぇ。菅谷くんの対先生粉末を使ったリングの暗殺以来ですか」
ニヤリと三日月の口を歪ませて、顔を緑のしましまに染める殺せんせーが、舐めた様子で俺を見る。
しかし、その顔が本当に心の底からこちらを舐めているものだとは思わない。この人は油断もするし、舐めプもするが、それでも最低限の警戒はしている。そして、その最低限はかなり高水準だ。じゃなかったら、とっくに殺せてる。
「キミの暗殺にはいつも良い意味でヒヤリとさせられる。今回はどんな方法で殺る気ですか?」
「今日は趣向を変えましょう。いつもは俺が殺れたら勝ちでしたけど、今はケイドロの途中。今日は殺せんせーが俺に攻めてください。俺は泥棒で、あなたは警官。全員を捕まえるなら必要なことでしょう?俺にタッチできたら殺せんせーの勝ち」
「なるほど。ケイドロのルールを活かした珍しい条件ですね。なんとなく、一番最初の合同暗殺を思い出します。あの時は確か、先生がキミの銃を抜けたら勝ちでしたね」
「えぇ。いつも守る、避けるで退屈していたでしょう?そろそろ攻め側をやってみたいんじゃないかなって」
「ヌルフフフフ。そうですねぇ。確かに先生から仕掛けたことは片手ですら事足りる程度でしょう。ですが、いいんですか?攻めという立場はあまりにも先生に有利です」
「まぁ問題はないです。守りにも守りの利点はあります。それを確かめながら今の俺は何処までやれるのかを確かめたいんです。付き合ってくれますか?」
「もちろんです。今回は逃げも隠れもしません。全力でいかせて貰いましょうかねぇ。腕がなります」
関節など無いはずなのに、ポキポキとなる殺せんせーの触手。どうやって鳴らしてるの、それ?
「んじゃあ、ラスト1分は俺から狙ってください。この先で待ってますんで。罰ゲームも決めときましょうか。殺せたら俺の勝ち、殺せんせーにタッチされたら俺の負け。万が一、時間切れになったら引き分け。俺が負けたら宿題3倍でも良いですよ」
「大した自信ですねぇ。良いでしょう。先生もたまにはやるんだという事をキミに教えてあげましょうか……!」
「それじゃあ、先に行ってま〜す」
「ニュルフフフ。ラスト1分まで残り30秒。楽しみですねぇ、乃咲くん。一皮剥けたキミがどんな暗殺をするのか!」
「……………なぁ、寺坂。乃咲の奴……」
「しらねぇよ。でもまぁ、乃咲のことだ。どうせなんか策はあんだろ。じゃなきゃこのタコを攻め側に回すなんざ自殺行為もいいとこだ。アイツがそんなミスするかよ」
「寺坂くんの言う通りです。乃咲くんが無策で先生に有利な条件を用意するとは思えません。勝負開始までの30秒、あるいはここに来るまでに罠を仕掛けたと考えるのが妥当でしょう。腕がなりますねぇ、楽しみですねぇ」
「だから、なんでその指が鳴るのさ?」
悠馬たちには装備は心許ないとか言ったが、あの時点で今回の計画は頭に合ったので、あの後、牢屋前で待機してる殺せんせーに会いにいく前に対先生装備は教室まで取りに戻っていた。
なので、こちらとしての準備は万歳OKである。まぁ、装備運搬中、職員室のプリンを取りに来た殺せんせーと鉢合わせたので、俺がやらかす気満々なのはとっくにバレてた上、どんな手札を持ってるのかも見え見えなんだろうけどさ。
その癖、俺が仕掛けるの知っていて牢屋での反応だ。行動を振り返って見ると殺せんせー、食わせ者だよな。やっぱり。
『乃咲さん、殺せんせー始動の5秒前です』
「了解」
右手にマチェット、左手にナイフを持ち、ゾーンに入る。
俺の集中力とゾーンは、普久間島で撃たれた時、明確に一歩先の段階に到達した。まだ制御しきれてないし、このチカラの限界を使いこなせる自信はない。
だからこそ、殺せんせーに攻めという主導権を渡すことで彼から俺に仕掛けてくる状況は都合が良かった。
今の自分の能力を掴むにはこれ以上ないシチュエーションだ。
『3』
引き伸ばした時間の中で聞こえる、ノイズの様に間延びした律の声を頭の中で補正して時間を把握する。
『2』
武器を握る。思えばこうして緊張感を持って自分の得物を持つのは久しぶりだ。緊張感と少しの高揚感がある。
『1』
その声が聞こえた瞬間、集中の深度を上げた。
この段階になると、律の声はいつまでも続く地鳴りの様になり、風で舞う木の葉が止まって見える。
けれど、いつしかのように弾丸が止まって見える程ではない。指先に力を入れるが、やはり、水の中で動いている様な動き辛さがある。ゾーン特有の感覚だ。
次の瞬間、律の声は止んだ。
頃合いだ。そんな風に思った刹那、真正面から殺せんせーが来た。ほとんど止まっている世界の中で殺せんせーだけが普通に動いていた。ニヤけた顔で、緑のしましまで俺を見た。
「やはり、キミには先生の動きが視えてるんですね」
「えぇ。先生の方こそあまり驚かないんですね?」
「キミが時折り見せる尋常では無い速度の動きの数々。先生はいつも目で追っていました。側から見ると瞬間移動さながらの動きも、カルマくんが一番最初に仕掛けた自殺紛いの暗殺の時、実は先生の動きを目で追っていたことも気付いてました」
言われて見るとこの人は俺がゾーンを使ってる時、あまり驚いた様なリアクションはしなかった。
普久間島のビーチで蹴り倒した時は流石に驚いていたが、それ以外の場面では確かに普段の先生ならもっとオーバーリアクションを見せても良いはずなのに冷静だった様に見える。
思えば、父さんから聞かされた強化人間の件の時も殺せんせーは同席していたし、あの時は気付かなかったが、その時も尋常じゃ無いほどに冷静だった気がする。
「一つ、答え合わせをしましょう。先生の正体について。以前に言いましたよね?先生は人工的に作られたと」
「えぇ。んで、その人工的に作られたってのが、試験管の中で作られたホムンクルス的な意味では無いことも察してるつもりです。あなたは………人間ですね?」
「………その通りです。参考までにどうしてその答えに辿り着いたのか聞いても?」
「イトナですよ。烏間先生たちには話したことがありましたが、堀部イトナは戸籍と経歴の分かる実在の人間でした。そんな奴が頭に触手を生やしてた。触手が人間に移植出来るなら、全身に触手を埋め込む事だって出来るんじゃ無いかって」
「やはり鋭いですね。想像の通りです」
殺せんせーはいつの間にか緑のしましまを引っ込めて、観念した様に触手で頬の辺りをポリポリと掻く。
「殺せんせーがしたい答え合わせってヤツは、あなたが元人間って情報で良いですか?」
「………広い意味では『はい』ですね。先生がしたいのはそれを踏まえた上でのある種の忠告です」
「………忠告?」
「…………柳沢誇太郎、キミの叔父は触手に深く関わっている人物です。彼の目的の一つには触手の兵器転用があり、触手の基礎理論は乃咲博士の研究……つまり、キミのお母さんに施された手術がルーツです。その手術の影響が色濃く現れ、今、音速を越える世界に身を浸しているキミは、彼にとって喉から手が出るほど欲しい人材だ。だから、気を付けてください」
柳沢誇太郎。父さんが縁を切った実家を継いだ弟で、俺の叔父。そうか。確かその話をした時も殺せんせーは病室の廊下に居たはずだ。知っているのは不思議じゃ無い。
しかし、あの時は口止めされているとかで色々と聞けない話があった。父さんのかつての研究が世界を救うかもしれないから、と彼は言ったが、その理由は殺せんせーを生み出した技術の根幹が父さんの研究にあるからだったのか。
だとすれば、あの時、あのタイミングで父さんから柳沢についての忠告をされたことにも合点がいく。
「分かりました。可能な限り気を付けます」
俺が頷くと殺せんせーは纏っていた緊張感を解いた。
「さて、シリアスな話はここまでにして、勝負を始めましょう。先生が負ければそのまま死亡、キミが負けたら宿題3倍!恨みっこなしですよ?いやぁ、燃えますねぇ。実は先生、一度で良いから自分とほぼ対等の速度の相手と戦って見たかったんです。ワクワクすっぞ!ってヤツですねぇ」
「まぁ、それでも全力は出せないんでしょ?」
「チカラと言う意味ではそうですが、戦略などの要素では全力ですとも。先生はこれから、全力でキミにタッチしに行きます」
「いやん!殺せんせーのエッチ!」
「えっ!?そういう反応しちゃいま————!?」
合図もなく、俺はナイフを投擲した。
平常時ならともかく、今の俺はゾーンに入った身体能力が爆上がりしている状態。身体は相変わらず水の中で暴れてるみたいに重たいが、それでも人外じみた身体能力から繰り出される投擲はエアガンの弾速より遥かに速い。
タイミングはほぼ完璧。奇襲としては上出来。だが、それで殺せるなら、殺せない先生で殺せんせーとか呼ばれてないだろう。案の定、殺せんせーはこのほぼ止まった世界で平然と動き、ナイフを避け、こっちに触手を伸ばす。
だが、それでも今の殺せんせーと俺のスピードの差は夏休み前に暗殺を仕掛けていた頃よりも明確に縮まっていた。
殺せんせーの勝利条件はシンプル。俺に触れること。
普段は決して俺たちに襲いかかって来ない触手が唸りを上げて襲ってくる異例の事態。そして、それは本来なら反撃すらままならず、俺を蹂躙しつくすだけの簡単な作業で終わっただろう。
だが、前提として、今の俺は殺せんせーに一歩劣るが、それでも速い。平常時にマッハ20を狙っていた動体視力があり、スピードは肉薄している今、彼の触手を見切るのは容易い。
加えて、殺せんせーが俺に触れることが向こうの勝利条件である以上、殺せんせーは必要以上に俺から離れることは出来ないし、
逃げる殺せんせーを狙うのは至難だ。軌道は読めないし、見切ったとしても、手の届かないところに逃げられたら終わりだ。でも、殺せんせーが俺を狙ってくるのなら話は別だ。
それが普段の暗殺との一番の違い。いつもの様に逃げる殺せんせーを追いかけ、追い込む。あるいは暗殺旅行の時みたいに逃げられない状況に陥れるでもない。行き着く先が見えた状態で殺せんせーが近づいて来てくれるのだ。
ターゲットが自分から近づいて来る状況を好機と捉えない暗殺者がいるだろうか?俺はいないと思う。
2本目のナイフを取り出し、殺せんせーを可能な限り正面に捉えて立ち回る。触手がどの向きに、どんな風に伸びてるのかを見れば視覚外からの攻撃も予測できる。
「(……私を正面に捉え、背中を木に預ける。上手い立ち回りだ。それなら正面から触手の動きを注視しつつ、背中に気を配る必要がない。上と左右のみを警戒するだけでよい。地形を活かした良い選択だ。よく育っている)」
こっちに伸びてくる触手を全て切り落とす。だが、超スピードにゴム製のぺなぺなのナイフはついて来れないのか、振るたび振るたび、柄の上の刃がブレる。刃が歪む。
幸いにも触れるだけで細胞が壊れる特性上、対先生武器としてはまだ使えるが、これではナイフとは言えないな。
「(となると、残っているのはその手に握ったマチェット。律さんの中で対先生プラスチックを使って鋳造されたそれならナイフよりも強度と硬度がある。この攻防でキミについて来れる可能性があるのは、それだけ)」
ぺなぺなのナイフを向かってくる触手に押し付ける様に振り、触手を破壊する。だが、目標は殺せんせーの殺害。加えて、身体に溜まる疲労も尋常では無い。喋ってるだけなら大したことないが、こうして触手を防ぎ、攻撃を仕掛けているとゾーン中の体力の消費がとんでもないことを改めて思い知る。
この力は長期戦に向かない。恐らくは視界だけは常にゾーンに入りつつ、相手が見せた明確な隙、あるいはこちらで作った必殺の瞬間に合わせて一撃を捩じ込む為に使うのが正解か。
今後の課題は、如何にしてこのチカラを長く使える様にするかだな。体力作りは更に力を入れるべきか。
考えながら、殺せんせーを見る。
彼の表情はまだまだ余裕そうだ。やっぱり身体の作りが違うのか、消耗はこっちのが速い。と、なれば。さっさと決着を付けないと良いところなしで終わってしまう。
思考を更に巡らせる。
今回の暗殺、俺が失うものは特にない。精々宿題が3倍になるが、その程度。元々の目的である、自分のスペック調査という意味でなら、耐久戦になる前に余力を使って仕掛けるべきだ。
負けたら死ぬ、チャンスは一度きり。それくらいの覚悟でやったほうが緊張感はあるのだろうが、それでも今回はそのどちらでもない。なら、失敗を恐れずに前に出てみるか。
俺は、前へ駆け出した。
「(遂に動きましたね。キミがこのスピードでの攻防を長く続けられないのは予測済みです。人より速く、長く考え、動くと言うのは、その分だけ消耗が速いと言うこと。キミの性格を考えるなら、そろそろ動くと思っていましたよ)」
後ろも警戒する必要ができた。流石に後ろにも目をつけるとか、ニュータイプみたいなことは出来ない。正面からも触手が来る可能性がある以上、悠長に振り返る様な余裕もない。
だが、勢いとスピードを殺さずに駆け抜ける技術なら習得した。ついさっきまで、その技術を使って人類最強の超人から追い回される恐怖に耐えて逃げ続けていたのだから。
地面を蹴って飛び上がり、身体を捻りながら、手頃な木の太い枝を選んで跳躍する。地面が頭上、空が足下というチグハグな光景だか、空中で身体を捻ったタイミングでどの方向から触手が来ているかはバッチリと把握済みだ。
一瞬だけゾーンから抜ける。そのままエアガンを触手と正面衝突する様に最低限撃って、再び集中。
背後で触手が壊れるのを感じながら再び跳躍する。
さり気なく射撃の腕が落ちてないことも確認できた。
「(ほう。フリーランニングを立体機動戦に応用した体術に応用している。勢いを殺すことなく背後の確認と迫る触手を破壊するとは……更にやる様になりましたね、乃咲くん……!)」
枝を蹴り、地面を蹴って加速する度に身体に纏わり付く空気の抵抗が強くなる。だが、その抵抗が強くなった分だけ、殺せんせーと俺の速度の差は縮まる。普段ならば誤差にすらならない僅かな速度の差も、これだけ距離とスピードが肉薄していれば決定的な一手になるだろう。
「(確かにこのレベルのスピードの差は致命傷になり得る。ですが、それはキミも同じこと。素早い動きの弱点は急激な軌道の変化に弱いこと。速ければ速いほどに方向転換は難しくなり、そして、自分に点の方向で直進してくるモノの回避が難しくなる。普段、スピード自慢の私の弱点になり得る部分が、そっくりそのままキミの弱点だ)」
殺せんせーが触手を伸ばす。
しかし、そのいくつかは、検討はずれの方向に向かった。何か仕掛けてくる?そう感じとった矢先のこと。
正面から伸びて来た触手と共に、左右から別の触手が迫って来ていた。回避のタイミングをずらす様に微妙な速度の緩急をつけてながら。確実に俺を仕留めるように。
「(確かにスピードがついたモノが急に方向を変えると言うのは難しい。でもね、方法がないわけじゃありません。キミが枝を蹴って方向を変えたように、触手の柔らかさを活かして木の幹に当てて、バウンドさせるように動かせば軌道は変えられる)」
身体を捻ってもこれは躱せない。後ろは空いているが、この勢いを殺して後ろに飛ぶのは無理だ。前も左右も塞がれてる。上には枝がないから、立体機動も不可能。
だが、
勢いを殺さず、足から前方の触手とすれ違うようにその陰に滑り込み、通り過ぎた触手と左右から来たものを切り捨てる。
「っ、今のを凌ぎますか!」
「伊達に強化人間(笑)の息子じゃないんですよ!」
そのままさっき投擲したナイフを拾い上げ、もう一度、ゾーンを抜ける。エアガンを乱射して弾幕を張る。
その弾丸の中にブラインドを仕込む。前に律がやっていた2発の弾丸が同じ軌道を行く不可視の弾丸を。
「(ブラインド……。この高速戦で咄嗟に繰り出す技量は凄まじいですが、彼の能力を考えれば、不可能ではない……!だが、これは本命ではない。彼は今、ナイフを拾った。であるなら、考えられるのは、弾幕を囮にしたナイフの投擲……!)」
俺は、ブラインドの射線と
流石に読まれていたのだろう。俺がナイフを投げる動作を見せた直後、殺せんせーは既に回避動作をとっていた。
真っ直ぐに飛来するナイフの先には、悲しいかな、殺せんせーは既にいない。あるのは山を飾る木々だけだ。
しかし、忘れてはいないだろうか?俺が投げたナイフの進路には2発の弾が飛んでいることを。
俺が投げたナイフはそのブラインドの弾をそのナックルガードで強く押す。後ろからエアガンの発射機構で生じた力よりも遥かに強大な膂力で投擲されたナイフに襲われたBB弾は冗談じみた勢いで加速した。
加速しながら、2発の弾丸はそれぞれ微妙にその進行ルートを変え、2つの射線を作った。
「にゅやぁっ!!?」
殺せんせーの触手が弾け飛ぶ。
1発は木にぶち当たり、動きを止めたが、もう1発はしっかりと標的を抉る。俺の狙った通りに。
「(……そうか。さっきのナイフは
流石に予想外だったのだろう。
殺せんせーの動きが僅かに硬直した。
そして、その隙を俺は見逃さなかった。
ダメ押しで、対先生コーティングが施されているエアガンも投げ付け、両手でマチェットを握り締め、集中の深度を上げる。
身体に空気がまとわりつく違和感が消える。最中で動いているようなやり辛さすら消滅した世界は、正しい意味で停止した。投げつけたエアガン、それを避けようとする殺せんせー、破壊され、体液を撒き散らす触手も、何もかもが静止した。
時間が止まった。そんな錯覚すら覚える。
実際にはそう見えるレベルで速く動けるようになった結果だと言うのが父さんの仮説だが、九分九厘、そうなのだろう。
普久間島で撃たれた時、この世界に到達した。
弾丸すら止まって見える世界。色が失われ、さっきまでのモノクロの景色ではなく、ベタ塗りすらされていない白紙に黒ペンで輪郭だけ描いたような、無音、無色、無光の世界。
こうしてこの世界に踏み入れると、実感する。
コレが俺の到達点だ。恐らく俺は今後、どれだけ努力し、チカラを伸ばしたとしてもこれ以上の世界に足を踏み入れることはない。そんな、自分の限界を今、ひしひしと感じ取っていた。
そして、この世界は長く保てない。身体を造れば多少長くはなるだろうが、それでも使い過ぎれば、これまでの過労とかめじゃないレベルの疲労でぶっ倒れるだろう。
それに、こんな世界に入れたところで、対殺せんせー以外にはなんの役にも立たないだろう。この状態で喧嘩なんて誰かを殴ろうものなら相手を殺してしまう。
音速を遥かに超えた速度でぶん殴られてるんだ。即死だろうし、身体がバラバラに爆発四散しかねない。
さっきまでの集中の深度ですら、対人で使うべきものではない。精々が移動と回避だろうな、使うとしても。
自分の限界を確認するという目的は達成した。明確に自分の能力はどこまで使っていいのかも理解した。収穫としては上々。今後、皆んなと連携する上でどの程度までなら出していいのかという指標ができたのは大きい。
まあ、その今後って奴があればだが。
マチェットを振り上げながら殺せんせーに走る。
止まった世界で困惑の顔を浮かべる彼は、俺を追えていない。きっと、突如として視界から俺が消えたように見えている。
………殺った。
身体の限界が訪れる直前、辛うじて刃が届く距離まで肉薄した俺はそのままマチェットを上段から両手で振り下ろす。
「にゅやぁぁぁぁぁぁっ!!!?」
直後、殺せんせーが凄まじい速度でぶっ飛んだ。
……待て。ぶっ飛んだ?おかしくね?俺、マチェットの刃の部分を確かに殺せんせーの顔目掛けて振り下ろした。
触れただけで細胞を破壊する武器が顔面に直撃した筈だ。生きている訳がない。何がどうなっている?
加えて、手にはコレまで殺せんせーの触手を破壊した時のような手応えはない。代わりにベッタリと熱くドロリとした何かが触れていた。
「熱っ!!!?」
慌てて手を離すと、それはベチャっと音を立てて、地面に落ちた。手はヒリヒリと火傷したみたいに痛い。
何が起きたのかと視線を向けると、手はしっかりと火傷していて、足下には緑色のドロっとした何かが落ちている。
「…………あれ?マチェットは………?」
ふと気付く。さっき振り下ろした筈のマチェットがない。何処を探しても影も形もない。
そして再度気付く。マチェットはさっきまでしっかりと握っていた。そして、俺はさっき、急に熱がこもったそれをこの場で手を離し、地面に落としたではないか。
……つまり。この緑のドロドロがマチェットの成れの果て。
思わずゾッとした。
「だ、大丈夫ですかっ!?乃咲くん!!?」
直後、殺せんせーがぶっ飛んできた。
顔面が物凄く陥没しているが、そんなこと気にすることもなく、俺の手を取ると、触手から粘液を出し、火傷した部分に塗りたくり、細く細かい触手をゾーンから抜けた今となっては目で追えない速度で動かす。
治療してくれているのだろう。
触手は目にも止まらない速度で火傷部分を弄り倒し、気が付けば火傷なんて始めからなかったみたいに綺麗な手になった。
「………乃咲くん。今後、先生を殺す為であったとしても、今のと同じ速度を出してはいけません。恐らく、君が極端に体調を崩した原因は今の動きです。加えて、そのスピードに対応できる武器は恐らく存在しません。私を殺せない以上、そのスピードを出すことを禁止します。良いですね?」
「…………はい。了解です」
断る理由はなかった。武器が保たなかった以上、今の深度で集中しても、殺せんせーを殺すことは出来ない。
使う機会があったとしても、それは前みたいに銃撃された時とか、普通のゾーンでは対処出来ない場面だけだろう。
「手、治してくれてありがとうございました。こんなことにも使えるんですね、殺せんせーの触手と粘液」
「ヌルフフフ。先生は万能です。例え君たちがバラバラになっても、心臓をぶち抜かれても先生がその場にいたのなら、どんな状態からでも回復させてみせますとも!」
「頼もしい限りで……。そんな状況にならないように祈ってますよ。ないと言い切れないのが怖いですけどね」
「先生も同意見です。可能な限り、そうならないように立ち回りますので、君たちも何かあったら必ず先生を頼って下さいね?………それはそれとして、乃咲くん、逮捕です」
「………………やっべ」
やばい。忘れてた。そういえば鬼ごっこの途中だったわ。
「それでは牢屋へどうぞ。先生はこのまま皆さんを捕まえに行きますので。それではまた後で!」
殺せんせーに勝負で負けてしまった。
だが、まぁ、別の所で勝ったからいいか。
「殺せんせー。一つ情報提供しますよ。プールまで行ってみて下さい。カルマたちがいる筈ですから」
「ほぅ?それはありがとう…………プール?」
殺せんせーの顔がみるみる青くなる。
「律、カルマたちの状況は?」
『はい!現在、プールに潜水中です!』
「し、しまったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
バヒュン!!と殺せんせーは飛び立つ。
「勝負には負けたけど、戦いには勝った」
ついさっきまで繰り広げていた、10秒にも満たない超高速戦闘に対する、精一杯の負け惜しみである。
プールの方から殺せんせーの悲鳴が響いていた。
我々は生徒たちに見事に出し抜かれてしまった。
烏間先生を私と分断し、プールまで1分では戻れない場所まで誘導、別働隊はプールに潜り、私への対策を実施。
見事な作戦だった。正直、ここまで気持ちよくハメられるとは思ってもみなかったと言うのが素直な感想だ。
「あ、そうだ。圭一、そういえば暗殺はどうだった?」
「あそこでプリン食ってるタコ見れば分かるだろ、失敗だよ、失敗。あとちょっとだったんだけどなぁ……」
「あはは、それ、本当にあとちょっとだったの?」
「おうとも。紙一重よ」
友人に囲まれながら戯ける彼の言葉に嘘はない。
実際、あの瞬間、私は不意を突かれ、死ぬ所だった。乃咲くんの武器にもう少し耐熱性があれば、私は死んでいただろう。
正直、今日までの人生で一番ヒヤリとした瞬間だった。
「あ、そうだ。律、対先生マチェット作ってくんない?」
『はい?構いませんが……もう1本ですか?』
「いや、2本。やっぱナイフよりマチェットの方が使いやすい。コレから近接やる時は二刀がメインかな」
「いやいや、もともと持ってた奴はどうしたんだよ!?」
「溶けた」
「「「………溶けたぁ!?」」」
前々から思っていた。彼が私に匹敵する速度で動くのはどう言う理屈なのかと。乃咲博士の言葉で彼のお母さんが受けた強化手術が要因だと言うのはわかったが、それでも納得が出来ない。
強化手術かどうかは不明だが、似たようなものを受けた人物は他にもいる。例えば堀部イトナくんだ。
彼の身体能力を見るに、触手を扱い切る為にさまざまな調整を受けているのだろう。以前に見せた跳躍力なんかは、常人のそれを裕に上回っているように思えた。
だが、それでも、乃咲くん程ではない。
彼の身体能力は異常だ。他にも何らかの要因と理屈があるとしか思えない。そして、少し不安だ。
何があっても私が守る。そう思っているし、その為の努力は惜しまないつもりではあるが、もし、柳沢が彼に目をつけたら。
あの男は触手の軍事利用の為の実験に被検体として強い肉体を持つ者を求めていた。有名人の息子であり、突然いなくなったら大騒ぎになるという1点だけを除けば、乃咲くんは彼にとって一番欲しい人材であることは間違いない。
加えて、彼はあの男の甥だと言う。
あの歪んだ男のことだ。兄である乃咲博士に良い感情はないだろうし、その息子である彼も然りだろう。
下手に身内である分、むしろ乃咲くんは柳沢の標的になりやすい可能性すらある。あの男の悪意がこの子に向いた時、私は側にいてあげることは出来るだろうか?
「圭ちゃんはプリンなんだ?」
「あぁ、茅野の気持ちがわかったわ」
「お?プリン教へようこそ!プリン様はいつでもあなたを歓迎してます……なんてね」
触手、人体強化、身内の事情。子供が背負うには重いしがらみが渦巻いているように思えてならなかった。
あとがき
はい、あとがきです。
これが圭一の今のフルスペックですね。
なんか、インフレここに極まれりって感じですけど(苦笑)
圭一のゾーンにはそれなりに弱点もあったりしますのでそれで釣り合いが取れればなぁと考えております。
もはや、コイツ1人で良くね?となりそうですが、今の圭一はまだ1人でなんでもできる程ではないので、厳しいですね……。E組がいないとやる気にかなり高倍率のデバフが入ってしまいます……。
んで、そろそろ"彼"が加入します。
一連の騒動の中で圭一の弱点とか書ければいいなぁ……。
ご愛読ありがとうございます!