加えて、たくさんの感想、高評価ありがとうございます!
誤字って減らないですね!ご迷惑おかけしております……。
放課後を知らせるベルが鳴る。
「きょ、今日の授業はここまで………」
殺せんせーは見るからに元気がない。とぼとぼと落ち込みを隠し切れてない雰囲気のまま教室を出て行った。
まぁ、無理もない。みんな殺せんせーが犯人だと決めつけることはやめたが、それでも容疑者の1人であるのは変わらない。粘液と独特な笑い方。それをセットで持ってる人物を俺たちは殺せんせー以外に知らないんだから。
「やっぱ、相当参ってるね。針のムシロとまではいかなくても一日中居心地悪そうだったし、このままだと耐え切れなくて逃げちゃうんじゃないかなぁ、殺せんせー」
「うん。僕らも殺せんせーはやってないって信じたいけど」
「俺だったらこんな急にボロボロと証拠を残したりしないけどね。渚くん、見てみ、この体育倉庫にあったボール」
カルマは何処からともなく異様なバスケットボールを取り出した。硬くて重いボールに似た皮しかない、ファンシーな意匠のブラジャーがセットされている、ある意味では魔球と言える代物。
「こんなことしてたら……俺らの中で先生として死ぬことくらいしってんだろ。あの教師バカの怪物にしてみれば、それこそ殺されるのと同じくらい避けたいことたど思うんだけどね」
「……うん、僕もそう思う」
しみじみとした雰囲気を出すカルマと渚。
いつもなら殺せんせーがここらで茶化す場面だと思うので、今回は不在の彼に変わってカルマを弄るとしよう。
「……口調と裏腹に体育倉庫まで確認しに行くとは随分と熱心ですねぇ。カルマくん。そんなに先生が心配でしたか?」
「ッ!!!?」
熱湯にぶち込まれたタコの様に一瞬で顔を真っ赤にしたカルマから照れ隠しの裏拳が飛んでくる。
まぁ、簡単に避けられるので当たらないんですが。
「ち、ちげぇし!逃げられたら賞金貰えないから……!」
「ツンデレ乙!」
更に煽るとガチの戦闘モードになったカルマから遠慮のない連撃が来たので、ここも殺せんせーに習って、最近持ち始めた制汗スプレーで手入れしながら攻撃を避ける。
「……でもさ、殺せんせーじゃないとなると誰なの?」
「……偽よ」
「ふ、不破さん?」
茅野の疑問に答えたのは我らの名探偵不破だった。
腰に手を当て、滅茶苦茶目を輝かせながら高らかに叫ぶ。
「にせ殺せんせーよ!!ヒーロー物のお約束!偽者悪役に違いないわ!それに、殺せんせーの体色とか笑い方みたいな特徴を知ってる何者か。それが一番怪しい線じゃない?」
流石名探偵不破、冴えている。
「くっそ……全然当たらねぇ……。はぁ……。んで、乃咲クンはどう考えてるのさ?あの後、律と一緒に探偵ごっこしてたでしょ。なんか分かったことでもあったの?」
息を切らしながら、ほぼ睨む様に視線を向けてくるカルマ。1発も当たらないどころか擦りもしなかったことを悔しがってるのだろう。少し言い方にトゲがあるし、あわよくばマウント取ってやろうという気概が見える。
「まぁ、ある程度犯人の目星はついてる」
「うそ!?」
「ほんと。不破さんが言ってた通り、殺せんせーのことを知ってる偽者って仮定したら容疑者なんて絞れるし」
「へぇ。じゃあ、誰なの?」
「結論から言えば、犯人は複数人。多分、主犯格と協力者ってとこ。それから協力者の方は俺たちに近い人物だな。殺せんせーの荷物をすり替えられるのは、この教室に匂いがあっても違和感のない人物しかいない」
「あ、そっか……。でも、そうなると私たちの中に裏切り者……と言うか、殺せんせーを貶める人がいるわけ?」
「俺たちE組と言うより、E組関係者ってところだな。俺たちは勿論だが、ビッチ先生や烏間先生、その他で出入りしてる防衛省の人達も容疑者になる。俺たちがやってない、烏間先生とビッチ先生がやってないことを前提で考えると、まぁ、怪しいのは片手で数えられる人数だわな」
「ふーん……じゃあ、犯人は?」
「犯人に関しては常人ではないのは確かだな。調べた限り、被害にあった女性の中にはアパートやマンションの2階以上に住んでる人がいた。そんな環境で下着ドロなんてかなりの難易度だし、加えて粘液を撒き散らすとか普通の人間がやってるなら神業だ」
「いやいや、ちょっと待てよ。その理屈だと、やっぱり殺せんせー犯人説が濃厚にならないか?」
「いや、逆。殺せんせー以外にも容疑者が出てくる。俺たちだって会ったことあるだろ、夏休み前に2回くらい。殺せんせーが出来ることならやれそうな奴とさ」
そこまで話して俺は視線を興味なさそうにしつつこっちに耳を傾けていた寺坂に向けた。
「なぁ、寺坂?一緒に作戦立ててただろ?」
「チッ、ざけんな。利用されたんだよ、バカだったからな」
「えっ?いやいや、なに過去形にしてんのさ、寺坂。バカなのは現在進行形じゃ〜ん?」
「うっせぇぞカルマ!!………んで、つまり、今回の騒動の裏で糸引いてやがんのはアイツらだって言いてぇのか?」
「まぁ、その線が強いよな」
「………そうね。触手を持ってるイトナくんなら普通の人間じゃ盗みようがない2階以上のベランダから下着を盗むのも出来るかも。粘液だって殺せんせーが出せるなら、同じ触手を持ってる彼なら出せるかも知れない………。乃咲くんやるじゃん!」
「いえいえ、フワァームズ探偵ほどでは……」
「でもさ、黄色い体色は?」
「まぁ、ほんトにイトナくんに殺せんせーと同じことができるなら、触手の色を変えることくらい出来るじゃない?もしくは顔とか落書きしたヘルメットとかを被せるだけでも済むだろうし」
「あとは普通にイトナ以外にも触手持ちがいるとかな。殺せんせー、イトナと来てこの2人しか触手持ってませーんは多分ないだろ。そいつの触手が黄色いとかそう言うパターンもありえる」
「なるほどね……うん、納得。乃咲くん、今日から名探偵の称号はあなたもの物よ!」
「あ、いらねっす」
「………………そう……」
みんなも一通り納得したみたいだ。
「それに、律に監視カメラをハッキングしてもらった結果、似た様な背格好の2人組が毎回映ってたらしい。市街地だから本当に偶然の線も捨て切れないが、犯人は2人で行動してる可能性が高いってところだな」
「情報はかなり集まったんだね」
「まぁ、情報のエキスパートな律がいるし」
本当に律様々だ。律という情報源がないといくらゾーンに入ったところで精度の良い推理はできないだろう。
「……んじゃぁ、俺らの手で真犯人ボコってタコに貸し作ろうじゃん?さっき、『ライン越えだ、潰す』とかノリノリでキレてた奴もここにいるわけだしね?死神ファザコン?」
「そうだな、ツンデレ赤髪くん」
「あ?」
「お?」
「あーもうっ!そこで睨み合ってどうすんのさ!カルマくんはともかく、乃咲ってこんなに喧嘩っぱやかったっけ!?」
「圭ちゃん?」
「っす、なんでもないっす」
倉橋さんから妙に圧のこもった笑顔を向けられて黙る。
この子、こんなに圧のある笑顔できたのか……。
「く、倉橋つぇぇぇ……」
「乃咲?そのボール何に使うの?」
「いや、犯人見つけたら投げつけてやろうと思って」
少し時間が経ってから、俺たちは行動を始めた。
名探偵不破が目星を付けたアイドル滞在中の施設にフリーランニングを使って侵入、現在は見張り中だ。
なんとなく手持ち無沙汰だったので、菅谷に作ってもらったペイントボールを手で弄る。
「ふふふ……頭脳も体もそこそこ大人な名探偵参上!」
「やってることはフリーランニング使った住居侵入だけどね」
不破さんの発言に苦笑した渚が突っ込む。
メンバーは、俺、カルマ、渚、寺坂、茅野、倉橋さん、不破さんである。悠馬たちには他にも目ぼしい場所があったのでそっちに回ってもらうことにした。
E組の生徒を全員動員した対偽殺せんせー捕縛網である。
「んで不破よぉ。なんだって犯人は次にこの施設を狙うと?」
「ここは某芸能事務所の所有する合宿施設。そして今、ここには巨乳の子を集めたアイドルチームが新曲のダンスの練習で宿泊してるらしいんだけど、それが明日までなんだってさ。真犯人なら、こんな極上の洗濯物を逃すはず無いわ」
「……なるほど」
なるほど。不破さんのリサーチは参考になる。
極上の洗濯物とかいう絶妙に気持ち悪いワードが気になるが。
「くっ……何よ、巨乳アイドルグループって……!貧乳に価値がないみたいな組織作らなくたっていいじゃない……!」
茅野が矛先のおかしい怒りを抱いてるようだ。
一応、フォローしておくか。
「まぁ、あれだ。巨乳が全能って訳じゃないんだからさ、自信持ってって。女は胸じゃない。いつか貧乳が好きな男と巡り会えるさ。そもそも胸に貧しい何て単語を付けるのは間違ってる。男が薄い乳房の本当の魅力に気付いた時、貧乳はシンデレラバストと呼ばれる様になるだろう」
「シンデレラバスト……ッッ!!」
「カエデちゃん?感銘を受けるところじゃないよ?っていうか、圭ちゃんも何言ってるの………?」
倉橋さんからの冷たい視線が痛い。
なんなら、不破さんは少し引いてる。
「ちなみに圭ちゃんの胸の好みは?」
「ん?そうだな、夏休み中に色々話したが……やっぱり誰の胸かが一番重要だろうし、サイズはあんまり気にしてないな。ここは大きすぎず、小さすぎないCくらいと言っておくか」
「むぅ………」
「……裏切り者め……!」
「イダダダダダダダっ!!?」
倉橋さんと茅野に両頬を引っ張られた。
どうしてこんな目に遭っているのだろうか?結果、当たり障りのない回答をしたと思うのだが……。
「乃咲くん、Cに満たない女性も多いんだよ?」
「悪かったから、不破さんもそんな視線を向けないでくれ」
誠に遺憾である。
でもまぁ、そんなバカ話をしている間にも時間は確実に経過していた様で、少し離れた位置にある茂みから気配が。
「あっ、あれ」
渚の指差した先に、忍者のコスプレをした殺せんせーが出現した。どうやら考えることは同じらしい。
つか、草場に隠れるならせめて迷彩服にしとけよ、なんで忍者装束なんじゃ。そんなんだから目立つねん。とツッコミ連打したいが、本人に聞こえないのにしても意味はないか。
「ね、乃咲クン。もしかして、今回の事件。殺せんせーをこうやって誘き寄せることが目的なんじゃないかな……」
「…………………あ、その線もあるのか」
横から飛んできた予想外のパンチ。
そうだ。その可能性は考えてなかったが、よくよく考えてみるとそう言う可能性だってあるのか。
「なるほどな。タコの良くない噂を拡散して俺達から孤立、そして孤立したところを誘き寄せて仕留めるって訳か。犯人の候補にシロの野郎もいやがるんだろ?アイツの考えそうなこった」
「寺坂にしては頭の回転早いじゃん。うん、まじでその通り。経緯はどうあれ、孤立してる所を利用するって手口、なんか既視感あってさ。乃咲クンの推理を聞いて、殺せんせーがここに来てピンと来たよ」
「………そうか。てっきり俺たちからの評判を落としてメンタルをガタガタにして、弱り切った所を叩くって作戦かと思ったが………。なるほど、そっちの可能性もあるなら、一旦、殺せんせーにもこのことを伝えたほうが良さそうだな」
そう思い、スマホを取り出した瞬間。
「あ、ねぇ。あっちの壁」
「……誰か来る」
タイミングが悪いことに動きがあった。
カルマと渚の視線の先に黄色と白い三日月の様な口をペイントしたフルフェイスのヘルメットを被った大男がいた。
しかも、察していたことだが、その大男はただものじゃないらしく、陸上選手も真っ青な走力と身のこなしはあっという間にその巨体を洗濯物に迫り、無駄のない動きで洗濯物に手を伸ばす。
犯人が来て、行動を開始した今、殺せんせーへの伝達が間に合わないことを悟った俺は、反射的にスマホのカメラを起動し、動画としてその一部始終を録画した。
「捕まえたぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
犯人の手が下着を掴んだ瞬間、殺せんせーが飛び出して犯人を押し倒しながら確保した。
かなり怒ってるようで、その動きにはいつもの加減が感じられず、殺さず、怪我をさせない範囲で全力で押し倒したのが容易に見て取れた。ありゃ、相当鬱憤が溜まってるな。
「よくもナメたマネしてくれましたねぇ!!私がどんな思いで今日を過ごしたと思ってるんですかぁ!!!絶対に許しません、押し倒して隅から隅まで手入れしてやる!ヌルフフフフ!!」
ヌルヌル、ビタンビタンと音を立てる2人。
「なんか、下着ドロより危ないことしてるみたい」
「ま、地球破壊よりはマシじゃね?」
「だな。笑い方とか報道とまんま同じだし、誰かに聞かれたらこのヌルヌル音とくぐもった悲鳴で更に誤解されそうだけど」
音を聞くだけならマジで殺せんせーが触手プレイしてる様にしか思えないし、なんか、どう反応していいのやら。
「さぁ、顔を見せなさい!偽者め!」
殺せんせーの怒りの叫びと共に犯人のヘルメットが剥がされる。スポンと案外あっさり抜けたフルフェイスのヘルメットの下にあったのは、やはり、何処かで見た覚えのある顔だった。
「……えっ!?」
その顔を見て流石に動揺を隠しきれてない。
事前に推理した通りではある。そこにいる人物は俺たちの想定の範囲内だ。でも、こうして本当に遭遇すると、すこし……いや、割と本気で裏切られた気分になる。
「あの人、確か烏間先生の部下の……!」
「……鶴田さんだ。やっぱり防衛省が絡んでいたのか」
「————乃咲くんの言う通りだ」
吐き捨てるように言うと、何処からともなく声が聞こえてくる。以前にも何度か聞いたことのある、軽薄そうな声。
次の瞬間、鶴田さんと殺せんせーのいる場所の周辺にあったシーツの干されている洗濯竿が1人でに動き出した。
掛けられていたシーツ以外の洗濯物を撒き散らしながら物干し竿はあっという間に縦に向かって伸びてゆき、白い四角い柱が出来上がった。
「けれど、彼を責めてはいけない。防衛省に掛け合ってね、烏間先生の部下を借りたんだ。彼は上からの命令に従っただけ」
俺たちが呆気に取られる中、柱の中から這い出て来た鶴田さんが申し訳なさそうに、悔しそうに言う。
「すまない……。烏間さんの更に上の上司からの命令だ。やりたくはなかったが、断れなかった……」
防衛省と言っても、雇われの身である以上はサラリーマンと変わらない。上司からの命令に背けばやっていけないってことか。なんと言うか、世知辛い世の中だ。とは言え、防衛省への疑念が深まらない理由にはならないが。
「だが、そのおかげで奴を簡単に捕まえることが出来たよ。当てるより囲うが易し。君たちが南の島で使った戦術だ。子供が考えたとは思えないほどによく出来た策だ。使わせて貰ったよ」
……なんで、俺たちの戦術を知っている?やはり、このシロという男。かなり怪しい。烏間先生の部下を借りるとか、俺たちの暗殺作戦のことを知ってたり、そもそもイトナという触手使いを引き連れていたり。現状、一番謎なのはコイツだ。
「さぁ、殺せんせー。最後のデスマッチを始めよう。ここで終わりにする。行っておいで、イトナ」
「決着をつけよう、兄さん。今日こそアンタを殺してたった一つの問題を解く。即ち……最強の証明だっ!!」
シロがいる割に姿が見えないと思ったら、アイドルの宿泊施設の屋上から対先生物質で出来てるらしい外殻に覆われた触手を引っ提げてイトナが飛び降りて来た。触手に見慣れない装備を着け、格闘戦もやる気満々なのか、手には俺の対先生マチェットに似た大型ナイフが握られている。
やっぱり、裏で糸を引いていたのはコイツらか。
「し、シロッ!テメェがやっぱり黒幕だったのかよ!!」
「そういう事。街で下着ドロを積み重ねたのも、彼の周りを下着塗れにしたのも全部この作戦の為さ。しかし、我々では匂いで殺せんせーに警戒されてしまうからね。あの教室に出入りしていて不自然じゃない人物に協力を仰いだのさ。ねぇ、鶴田さん?」
「くっ………!」
涼しげに語るシロの後ろでは激しい攻防が繰り広げられているらしい。殺せんせーの驚愕と何かが衝突し合う音が聞こえてくる。
「にゅぅぅぅっ……!!」
「はははっ、苦しそうだね、殺せんせー。苦労した甲斐があったよ。こんな施設を用意して、アイドルが合宿しているなんて偽の情報を流したりね………。あぁ、そうだ。君たちも中が見えなきゃ不安だろ?説明してあげようか?」
「………いらねぇよ」
「………ほう?」
シロの得意気な声がイラついた。
なんでだろう?この素顔すら知らない男のことを俺はどうにも好きになれない。容姿の美醜とかじゃない。性格的にもアレだが、何故だか、生理的にこの男を受付られないというのだろうか。ひとまず、俺は、コイツが嫌いだ。
「その布は殺せんせーの行動を阻害できてることから、恐らくは対先生物質で出来たもの。加えて殺せんせーは環境の変化に弱い。突然対先生物質のシーツで囲んで作り出した動揺をイトナで突き、突破できない袋小路の中で殺せんせーを始末する。それがアンタの作戦だろ」
「……せいかーい。キミが語った作戦に加えて、高速戦に耐えられるように混ぜ物をした対先生グローブ。イトナの位置取りも最適だ。真上から一方的に攻撃する。これでジワリジワリと削り殺すのさ。流石にこれでも殺せないようではねぇ……」
なんだ………?
ゾーンに入り、シロを観察していたが、俺が口を開いた瞬間、その波長が大きく乱れた。激しい波が出来ていた。
この感情はなんだ?
「なら、今回も失敗だな。アンタには殺せんせーは殺せないよ」
「………ほぅ?」
まただ。あえて挑発するように言ったが、やはり波長が大きく乱れている。俺が口を開く度に、大きく、そして激しく。
理由は分からない。初対面の時も気付きはしなかったが、この男は俺が喋ると何かしらの激情に駆られている。
「ほら、シーツの中の様子、ちょっと変わったんじゃないか?」
「…………」
顎で殺せんせーとイトナが対決しているであろう四角いリングを指してやると、シロはやはり苛立たしげに動く。
「見事な作戦でした。でもね、キミの攻撃は単純過ぎます。夏休み前なら殺られていたかも知れませんが、日々成長し続けるキミたちに教えるために……私もまた日々成長しているのです」
「なにっ……!!?」
中で何が起きているのかは分からない。
だが、シーツを透過して俺たちまで視認できる程の光がリングの中で発せられていた。風が彼らのいる方へ吸い込まれる様に流れ、光はより強く、激しいものに変わっていく。
「……なんだ、このパワーは…………」
呆然というシロを他所に、その光は爆発した。
ガシャァァァァァ!と聞いたこともない様な破壊音が鼓膜を叩く。殺せんせーが防御形態に移行した時程ではないが、凄まじい閃光も伴って、その場には小規模な爆発が起こった。
視界が閃光にやられたが、間も無くして回復する。
戻った視界に映るのは小さなクレーターと、グローブを失った触手と共に落下してくるイトナと、それを優しくふんわりと抱き留める殺せんせーだった。
「全身からエネルギーを集めることで鉄壁を誇る、完全防御形態でしたが、これはそれの応用。全身ではなく、触手の一部だけを圧縮してエネルギーを取り出し、放出しました」
「厄介なものだ。そんなことまでできる様になっていたか」
「なぜ……!何故、勝てない…………ッッッッ!!!?」
「日々成長する、強い生徒たちに殺されかける経験。それが私を強くします。何せ、まだまだこの子たちに教えたいことは沢山ある。こんなところで死んではいられませんからねぇ」
殺せんせーは言いながら俺たちに視線を向け、流れる様に、イトナを見つめ、厳しい表情と声音でシロに言い放つ。
「そういう事ですので、シロさん。この手の奇襲は私には通じません。大人しくイトナくんを置いてこの場を去りなさい。…………………あと、私が下着ドロではないという正しい情報を広めて下さい」
「そ、そうよ!!私の胸だって正確にはび、Bだから!」
「
「平氏の偉い人みたいなあだ名つけんな乃咲ぃぃぃ!!」
茅野のグルグルパンチと倉橋さんからの脇腹抓りを受けていると、シロが何か、ほくそ笑むようにイトナを見た。
「…………そろそろか」
「……?」
ぼそっと聞こえた声に首を傾げる。
集中して聴力が高まっていたのか、それを聞き取れたのは俺だけの様で、不意に顔を顰めた俺を見て茅野と倉橋さんの動きが止まる。そして、不穏な何かを感じ取っていたのは俺だけではない様で、カルマも表情を引き締めていた。
……その次の瞬間だった。
「い……痛い…………!!脳みそが裂ける……!!」
苦悶に満ちたイトナの声が聞こえた。
シロから視線を離してイトナを見ると、声に違わず表情も歪み、口から唾液を垂らし、歯を食いしばって何かに耐える様に頭を両手で押さえていた。
地面に這いつくばり、頭を抱えて踠く様は見ていて気分の良いものではない。何が起きているのかは分からないが、自分が連れて来た癖に妙に涼しい雰囲気で、"やれやれ"と言いたげにイトナを見るシロが気持ち悪い。
「度重なる敗北に対するショックで触手が精神を蝕み始めたか。ここいらがこの子の限界なのかなぁ……。これだけの私の術策を活かせない様ではねぇ………」
「……アンタ。まるで自分は悪くないとでも言いたげな言い草だな。殺せんせーの奇策に対する策がなくて負けたのはアンタの想像力不足の所為だろうが。後方腕組み指揮官面するなら任務失敗の責任を感じるくらいしたらどうなんだ」
「一端に偉そうなことを言うねぇ。流石にE組の皆んなを指揮して何度も失敗した挙句、A組に尻尾を巻いて逃げた子だね。面構えが違う。……………大人の事情を知らないガキが好き勝手言うんじゃないよ」
俺の叱責を一笑に付すると、相変わらず飄々とした態度を崩さないまま、呻くイトナから背を向けた。
「イトナ。キミの触手を1ヶ月維持するには、火力発電所3基分のエネルギーが必要だ。しかし、これだけ成果を出せないでいると、流石に組織も金を出さなくなる」
……組織。それはどう言う意味だ?
「キミに情が無いわけじゃないが、これも私の使命の為だ。次の素体を運用する為にも……何処かで見切りを付けないとね。————さよならだ、イトナ。あとは1人でやりなさい」
背を向け、歩き出すシロ。
その言葉に信頼できる要素はなく、お世辞にもイトナに対して情の類を持っている様には見えなかった。
「待ちなさい!それでも貴方は保護者ですか!」
「……教育者ごっこしてるんじゃないよ、モンスター。何でもかんでも壊すことしか出来ない癖に。私は許さない。お前の存在そのものを。どんな犠牲を払ってもいい。お前が死ぬ結果こそが私の望みさ」
……やはり妙だ。コイツの波長。何故だか俺と殺せんせーに対してやたらとヘイトが高い。
「それより、大事な生徒を放っておいていいのかい?」
言い残してシロは3mはある壁をぴょんと一足で飛び越えた。
なんだ?あの身体能力は……。俺が言うのも何だが、普通じゃない。普通は3mもの壁を飛び越えるとか無理だ。
「がぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」
「っと」
飛んで来た触手を避ける。
ビタン!ビタン!と闇雲に……いや、踠く様に暴れる触手。イトナの様子から何となく制御が出来てないのだと悟る。
どうする?このままだとみんなが危ない。周りに危害が及ぶ前に触手を全て破壊して彼を無力化するべきか?
思わず常備しておる対先生ナイフを握りしめる。
無力化するのは簡単だ。この前のケイドロで殺せんせーと対決した感じ、イトナくらいなら問題なくやれる。
……だが。
「っ!乃咲!いまは触手を壊しちゃダメ!ただでさえ触手で頭がやられてるのに、壊して再生させたら余計に体力を使って取り返しが付かないことになっちゃうよ!!」
茅野の焦った声が聞こえてくる。
そう、その通りだ。殺せんせーの弱点はそっくりそのままイトナの弱点。触手を壊したあと、再生させるのにエネルギーを使うと言うのは把握済み。そして、触手を維持するのにも莫大なエネルギーが必要なのもさっきシロが語っていた。
いま、触手を破壊するのは、危ういバランスの橋を全力で揺らして崩落させるのに等しい暴挙。
「くっそ……っ!」
「乃咲くん!キミも前に出過ぎないで!キミだってあれに直撃したら危ないんですよ!!?」
「それでも居ないよりマシでしょう!?」
イトナの暴れる触手をみんなに当たらない様に叩き落とし続ける。何か、打開策はないか。
思考を巡らせる。だが、触手についてなんて流石に分からない。ここは専門家に聞くのが一番だろう。
「殺せんせー!なんか策はないんすか!?」
半ばヤケになりながら叫ぶ様に聞く。
「触手は、感情で制御するものです!強い感情によってポテンシャルも高まるもの。ですが、それは感情によって弱くもなり得ると言うことです!そして、イトナくんの言動から、彼の根底にあるのは、勝利への渇望……!その為の力への執着さえ消せれば、あるいは………!!」
力への執着。そんなこと言ったって。
「んなこと言っても、この状況じゃどうしようもないだろうが!!」
背後から寺坂の元気な声が聞こえてくる。
その叫びに全面同意だ。
「ぐっぁぁぁぁっっっ!!!?」
悩んでるうちにイトナは再び絶叫し、攻撃をやめてシロと同じ様に飛び去ってしまった。
嵐の様な展開に俺たちは呆然と立ち尽くす。
下着ドロを捕まえるだけの作戦だったはずが、堀部イトナという1人の少年を巡る怒涛の急展開を迎えてしまった。
嵐は去った。ひとまずの脅威は無くなった。
でも、シロと暴走したイトナが去り、クレーターだけが残ったこの空間。この静かさは、嵐の前のそれの様に思えて仕方がない。彼は……これからどうなるのだろう?
彼の残した数少ない痕跡である、対先生グローブと同じ材質らしい大型のナイフを拾い上げ、イトナの去った方を眺めて立ち尽くした。
あとがき
はい、あとがきです。
圭一はシロのことが本能レベルで嫌いです。
シロもまた、圭一のことが嫌いです。
なんかあった倉橋さん……そろそろ投下しないとな……。
ご愛読ありがとうございます!