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本日も投下いたします。
最後までお付き合いください……。
「イトナは奴の様な全身触手の生物とは違う。純粋な人間の体に反物質で出来た細胞、つまりは異物を植え付けているのだから、当然拒絶反応が起こるし、それを抑えるにはメンテナンスが必要になる」
白装束を身につけた男が嗤う。
本来、白装束は生前の罪などを洗い流すことで死者が次の生を迎えられるようにと着せられる死装束でもある。
その他にも、穢れない無垢の象徴でもあるのだが、この男がこの装束を身に付けている意味は、本人にしか分からない。
「私が彼のメンテを辞めた今、地獄の様な苦しみに苛まれ続けるだろう。常人ならば3日で狂い死ぬ。3日……つまりは72時間。それがお前の寿命だよ、モンスター。ひとまずはお前から殺してやるさ」
だが、その男は白いフードの下で醜く笑っていた。
「この馬鹿者がっ!!」
凄まじい怒声と共にそれに負けないくらい重々しく、そして痛々しい打撃音が朝、日課の訓練前に教室に荷物を置きに来た俺の鼓膜を叩く。一瞬、何事かと思った。
音のした方へ歩いていくと、どうやら職員室で鶴田さんが烏間先生に叱られているらしかった。
聞こえてくる内容は、シロたちに協力し、殺せんせーという存在を世間に匂わせてしまったことについてだ。
彼の様子を見るに、鶴田さんがこの件に絡んでいたことを烏間先生も知らなかったのだろう。
暗殺の為には仕方なかったと言うべきか、或いは防衛省も一枚岩ではないと納得するべきなのか、判断に迷った。でも、確実に言えるのは、彼らだって自分の生活が掛かっている人間で、自分の生活と立場を守るには上には従うしかないってこと。
それから防衛省……少なくとも烏間先生より上の人らのことは信頼できないってことか。鷹岡の時も、寺坂がシロに操られたときも、今回も。彼らは事前相談も、アフターケアも無さすぎる。
鷹岡の様な破綻者を俺たちに送り込み、あわや毒殺寸前まで追い込み。シロの作戦を知ってか知らずか、俺たちをプールごと爆破して殺せんせーを誘き出す為の囮にしたり、まして現場監督の烏間先生にすら何の相談もないことだってある。
『それが地球の為だ、我慢しろ』と言われても、『はい、そうですか』なんて頷ける訳がない。せめて烏間先生に通達が行き、事前に警告と陽動を頼まれるのなら納得できるだろうが、彼らは何の断りもなしに平然と俺たちを巻き込んでくる。
殺せんせーを雇用するにあたり、俺たち生徒に危害を加えることを禁止させたとかほざいていたが、今のところ、俺たちに降り掛かる危険の原因は大体があのマッハ20のタコ型モンスターではなく、人間由来のものばかりだ。
しかも、そのどれもに何かしらの形で防衛省の関係者が絡んでいる。防衛省出身の鷹岡、シロとイトナを投入した烏間先生の上の人、今回はっきりと関与をシロが肯定した烏間先生の上司。
————防衛省は信頼できない。
烏間先生という個人、鶴田さんという個人なら信頼できる。だが、今のところ防衛省という組織は確かに俺たちのサポートをしてくれているが、それ以上に危険な目に合わせてくる機会の方が多いのもまた事実だろう。
今回は俺たちから首を突っ込んだので責め立てるのはお門違いなのだろうが、今後、似た様な事があれば、色々と考えなきゃいけないだろう。防衛省の、俺たちを取り囲む大人たちを信じていいのかどうか。
「…………出来れば信じたいけど」
材料が無さすぎる。
俺は、頭に降ってわいた疑念を晴らす様に、その場を離れ、日課の訓練に打ち込むことにした。
「あ、菅谷。これ昨日使わなかったから返す」
「おう」
なんだかんだで使わなかったペイントボールを菅谷に渡して教室を眺める。下着ドロの犯人という濡れ衣が無くなった殺せんせーとその機嫌を取ろうとするみんなが騒いでいた。どうやら、昨日の扱いで先生が拗ねたらしい。
いい大人が……とは思うが、あえて言うまい。昨日のあれは流石に見てて可哀想だったし、好きにさせてやろう。
「わ、悪かったってば殺せんせー!ほら、先生の好きなケーキ買ってきたから機嫌直してよ!」
「ほんとごめんって!俺らもシロに騙されて疑ったりしちまってよ、肩とかマッサージするからさ!」
「心配なく。どーせ心も体もやらしい生物ですから」
しかし、これまた面倒臭い拗ね方してるな。
少し見守っていたが、卑屈なのか、単なる揚げ足取りなのか分からない拗ね方をしていてみんなも流石に困ってる。
そろそろ、イトナについても話したいし、空気を変えるか。
「殺せんせーも一旦落ち着いてくださいよ、イトナについて話したいし。みんなも申し訳なく思ってるんですって」
「イトナくんについては私も同感ですが、それはそれとしてご存知ですか?チョウやハエなどが蛹を経由して成虫になることを完全変態と言うそうです。さしずめ、皆さんにとって先生はチョウやハエと同類ということですねぇ」
「………めんどくせぇな、コイツ」
「圭ちゃん、本音、本音出てるから」
「………よし、ここは聖書に倣うとしよう。昨日、殺せんせーを疑った者の中でこれから先、エロい妄想をしないと誓える者のみ、殺せんせーに罵詈雑言を浴びせなさい」
「「「「…………」」」」
「……まぁ、エロいこと考えることくらいあるよな」
「……そうだね。私たちも昨日のことは悪いと思ってる」
「殺せんせーのエロい部分も別に不快じゃないしね。そう言う親しみやすさみたいな所があるから、うちらも案外、気楽に暗殺だーとか、そう言うことをやれてるのかもしれないし」
「み、みなさん………!せ、先生の方こそ——」
殺せんせーが何か言いかけたところでカルマと目があった。
ニヤリと悪い笑みを浮かべるアイツが何を考えてるのか手に取る様に察してしまう自分はやっぱり、根本的にカルマと同じ穴の狢という奴なのかもしれないな、不本意ながら。
「では、昨日の一連の騒動の中で殺せんせーを疑わなかった者は殺せんせーを罵倒なさい」
何か言いかけた殺せんせーを遮る。
するとすかさず罵倒が飛んできた。
「バーカ」
「ターコ」
「にゅやぁっっ!!?カルマくん、乃咲くん!?ここは皆さんの心のこもった謝罪からの先生の歩み寄りでハッピーエンドで締めくくる場面でしょう!?」
「人が嫌がることを進んでやりなさいって、横のツンデレ赤髪に懇切丁寧に教わりましたので」
「横の死神ファザコンに親切に教えました」
「この不良児コンビ!天邪鬼!ツンデレ!ファザコン!それはそれとして信じてくれてありがとうございました!」
先生のオーバーなリアクション。それによって申し訳ないムードも徐々に変わり、所々で笑いが起き始めた頃、タイミングを見計らって殺せんせーに本題をぶつける。
「そんで、殺せんせーから見て、イトナはどうです?」
「いい状態ではありません。触手は人間が持つには危険すぎる。シロさんにハシゴを外されてしまった彼がどう暴走するか……」
昨日、飛び去ったイトナの追跡を試みた俺たちだが、結局、その痕跡も見つけることすらできず、俺たち生徒はおろか、防衛省と殺せんせーですら、昨日は捕まえる事ができなかった。
「俺たちさ、アイツのこと何も知らねぇんだよな。名義上はクラスメイトだけどよ、それだけだ。アイツが何で強さとか、勝ちに拘るのか分かんねぇ………。でもさ、乃咲と竹林の件で思ったけど、それって、なんか……寂しいよな」
「……杉野」
対先生弾を埋め込んだ野球ボールを握り、ぼんやりと語る杉野だが、その言葉はみんな心の何処かで思っていたことの様で、誰も否定せず、嫌な顔をすることも無く、空気は沈む。
『みなさん、これを見てください』
空気が静まり返った教室に律の透き通る声が響く。言葉の後、液晶に表示されたのは、携帯ショップが何者かに襲撃されたと言うニュース。しかし、その襲撃痕は尋常ではなかった。
「……これ、イトナだよな」
「……えぇ。使い慣れた先生には分かります。この破壊は触手でなければまず出来ない。触手は感情……意思の強さで動かすものです。しかし、結局は人の体に植え付けられている以上、維持するにはエネルギーが必要。他にも理由はあるのでしょうが、携帯ショップの電気を摂取しようとしてるのかもしれません」
少し引っかかる。電気はシンプルなエネルギーだ。人間の体だって所詮は脳から送られる電気信号で動いているに過ぎない。人間の体は大きな電子回路と言える。そう言う意味で、人体に適合しやすいのもやはり電気エネルギーだ。
しかし、どうしても携帯ショップなんだろう?電気が欲しいのなら、その辺の電線とか、携帯ショップなんかよりも店舗数の多いコンビニでも襲えば良いだろう……?
『乃咲さん、覚えてますか?イトナくんが転校してきた日に私に彼について調べる様に話したことを』
「乃咲クン、そんなことしてたんだ?」
カルマに流し目で見られる。別に隠す必要もないのであの時のことを語った。
「イトナを見た時、触手は人間にも移植できるのか?と気になったんだ。殺せんせーを暗殺しやすい場所に身を置く為とは言え、イトナはどこから見ても中学生。普通の環境で育った人間に触手なんて生えるはずがないし、シロなんて怪しげな人物が保護者をしてる。かなり妄想を膨らませて、もしかして、堀部イトナは触手を人体に適合させるために生み出されたデザインベイビーなんじゃ?とか思ったんだよ」
「こ、これまたぶっ飛んだ発想だな………」
「あぁ。実際、ぶっ飛んでた。俺の想像したSF展開はなかったよ。堀部イトナは実在する人間だった」
そこまで語って律に視線を戻す。
「それで、その後の情報がわかったのか?」
『はい。あの時、私は役場のパソコンに潜り込み、堀部イトナの戸籍を確認して、彼について調べました。その結果、彼がとある製作所の社長息子だという所まで突き止めることが出来たのですが………彼のお父さんが経営していたその町工場は小規模ながら、世界的にスマホの部品を供給していたようですね』
「スマホの部品。そうか、もしかすると、それが携帯ショップを襲う動機ってことなのかな」
『えぇ。小規模ながら優秀な成果を出していた町工場でしたが、不況の煽りには勝てず、一昨年、多額の負債を抱えて倒産。社長夫妻は息子を残して雲隠れしたとのことです』
「……でもよ、それって八つ当たりじゃん」
「そうでもない。町工場ってことは少人数で運営してたんだろう。それこそ従業員の一人一人が技術も知識もあるプロ。工場が潰れて、行き場をなくした技師が別の企業に就職して、技術とかが流出するってのは、歴史上、何度もあったことだ。そう考えると、今のイトナには、街で扱ってるスマホは倒産した父親の会社の技術を盗んで作られたものに見えてるのかもしれないな」
流石、歴史が得意なだけある。それに加えて悠馬の広い視点と相手を理解しようとする姿勢のよく現れた良い考察だ。
エネルギーが欲しい、電気が欲しい。何処からか補給したい。そんな状態のイトナが携帯ショップを襲撃の対象に選んでいる動機。あるいは深層心理にある本能なのかもしれないな。
「不況に負けてお父さんの会社が倒産して、両親がいなくなった。それがイトナくんが勝ちや力に執着する理由なのかも」
渚の言葉に俺を含めた全員が重々しく俯く。
イトナは、ある意味で俺に似ていた。親に関する事柄が原因で身を削りながら目的の為、勝利の為にふらふらになりながら進むことを躊躇わない部分とか。きっと、あの頃の俺は、今のイトナの様に見えていたのかもしれないな。
そう思うとどうにかしてやりたくなるのか人情だ。
だが、情けないことに力に対する執着なんてものを断ち切れる意見を俺は持ってないし、説得できる自信はない。
俺が振り切れたのは悠馬を始めとしたE組のみんながきっかけになり、父さんと話し合う機会を得る事ができたからだ。
同じ条件でアイツを助けようにも、親に半ば捨てられて恨んでる可能性がある。そんな環境で触手の暴走を起こしてるイトナを合わせようものなら大惨事になりかねない。
今の俺にはイトナを救う手段がない。方法も考えつかない。
「……触手は意思の強さで動かすものと言いましたが、それは同時に強い渇望がある限り、決して宿主から離れないということでもあります。彼に力や勝利への病的な執着を捨てさせない限り、触手は強く癒着して離れません」
「………それは難しいんじゃないのか?」
「えぇ……。ですが、時間もありません。このままでは、肉体が強い負荷を受けたまま衰弱して行き、最後には触手ごと蒸発して死んでしまうことでしょう。そうなる前に彼を止めなければ」
みんなの顔が一段と暗くなる。
そりゃぁそうだろう。商売敵とは言え、相手は同級生で、その生い立ちも知ってしまった今、見捨てるのは忍びない。
「寝込みを襲うのは?」
「寝ているからといって執着は消えません。悪夢でかつてのトラウマを見るとかその典型。今の彼はむしろ悪夢としてトラウマが蘇り、さらに癒着してしまうかもしれません。夢なんか見ない、深層心理すら消し飛ぶ程の勢いで気絶させられれば話は別でしょうが………」
殺せんせーの顔が曇る。
一瞬、何とかする方法は頭に浮かんだ。
普久間島で使いこなせる様になった、必ず殺す為の技。あれは、意識の波長が激しく揺れれば揺れるほどに威力を増す。冷静さを失い、本能の赴くままに興奮し切ったイトナが相手なら望む結果を得られるだろう。
クラップスタナー。ロヴロさんから伝授された技。
殺す技ではなく、殺す為の技。それを、殺さず、死なさない為に使う。そう言えば聞こえは良いだろう。
だが、それは、イトナから力を無理矢理奪い取るのと同じだ。執着を捨て、自分から手放すのと、周りに奪い取られるのでは意味がまるで違う。仮にそれで無事に生きていく事ができたとしても、彼は納得するだろうか?
もしも、あの頃の俺が無理矢理勉強道具を取り上げられ、努力もなにも出来ない状況に放り込まれたら?納得できたか?そんな風に自分の頑張る為の手段を無理矢理奪われてもきっと納得しなかっただろう。少なくとも俺は。
「……殺せんせーは助けに行くの?」
「えぇ。もちろんです」
「シロの性格はだいたいわかった。アイツは他人を『当たればラッキー』程度の駒としてしかみてない。そう言う奴の戦術は読みづらいから、本当なら行かないのが得策だと思うよ。シロが完全にイトナから手を引いたとは思えない」
カルマが真剣に言う。コイツもなんだかんだで殺せんせーが心配なんだ。そこは茶化さないでおく。
「それでも行きます。先生はね、先生になる時に誓ったのです。『どんな時でも自分の生徒から
けれど、殺せんせーの決意は揺るがない。
これは俺たちが何をいっても聞かないだろう。
「……しゃーねぇ。俺たちも行くか」
「だね。ほっとくのも夢見が悪いし」
「あーあ、メイドオタとファザコンの次は不登校児か。俺たちもお人好しになったもんだなぁ、竹林、乃咲?」
「ふっ……。僕は君たちがしてくれたことを彼にするだけだ。僕は彼に伝えたい。巨乳が全てではない。控えめな胸にこそ、メイド服の萌えはあるのだと」
「……あぁ。アイツは触手の使い方を間違えてる。触手は壊す為のものじゃない。悦ばせる為のものだ。ね?殺せんせー?」
「ちょぉっ!?そこで先生に振られたらまた、先生が変態扱いされるじゃないですかぁ!!」
「ってか、俺らもお前らに乳と触手についてなんて一言たりとも語ってねぇけどな!?」
適当なところでオチをつける。
正直、イトナを助ける方法なんて思いついてないし、なんなら本当に助けられるかどうかすら危うい。
でも、考えてばかりでうじうじしていても、良いことはないことを知ってる。だから、ひとまずは行動することにした。
出もしない答えを考え続けて何もしないのは、なにも選ばないのと同じだ。イトナに手を差し伸べもせず、殺すこともしない逃げだ。それはきっと、考えられる結末の中で一番ひどい。
これまでのイトナの行動範囲から次にアイツが現れる場所を予め目星を付けておき、昨日、イトナと殺せんせーがやりあった場所で拾った対先生大型ナイフを装備しておく。
対先生ナイフは今のイトナに対して威力がありすぎる。対して、このナイフは昨日見た限り、対先生グローブと同様に触手に触れても少し溶かす程度だ。もしもの時の護身用に使えるだろう。
準備できることは全てやった。
何とか説得して、力への執着を断ち切る方向で俺たちの方針は概ね決定。あとは彼と直に対決するだけだ。
何とかしてイトナを助けてやりたい。
何処となく、昔の自分に重なるから尚更そう思うのかも知れない。どんな方向に転んでも、せめてアイツが満足できる結果を。
そんな思いと共に俺たちは放課後を迎えた。
あとがき
はい。あとがきです。
今年ももう4月なんですね……。なんか時間が経つのがあっという間過ぎて泣けてきます。朝、通学路を歩く黄色い帽子とランドセルカバーを付けた小学生を見ると「拙者にもあんな時代があったでござる……」としみじみ思います……。
さて、なんだかんだでトータルの話数が次の投稿で100に到達します……。思えば遠くまで来たもんです。100話記念は月曜あたりに投下する予定ですので良ければまたやってくださいませ……!
それでは今回もご愛読ありがとうございます!