暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えてたくさんの高評価、感想ありがとうございます!

今回も投下しますのでお付き合いください……。


97話 反撃の時間 2時間目

 

 結論、2〜3滴ほどやらかした。

 車のスピードで引き摺り回され、ガラスは刺さるわ、タイヤで跳ね上がった石が当たるわ、摩擦で熱いわ、体を打ちつけるわ。これに恐怖心を煽られない奴がいるなら紹介して欲しい。

 

「ははは、楽しいね、圭一」

 

「てめぇに親しげに名前で呼ばれる筋合いなんかねぇぞ、不審者が。そのフード取ってみろや、どーせ中身はおっさんなんだろ?そのブサイクなニキビだらけの面見せてみろって」

 

「……もっとスピードを上げろ」

 

「これ以上速度を上げたら流石にその子の命が……」

 

「心配ないよ、コイツは人の皮を被った化け物だ。ちょっとやそっとじゃ死にはしないさ。多分ね」

 

 人の皮を被った化け物。

 シロの口から出たフレーズには聞き覚えなんてない。流石にそんな罵倒はされたことがなかったから。しかし、心当たりなんて一切ないと言えば嘘になるだろう。

 

————強化人間。

 

 それはあくまで母さんが勝手に名乗り、父さんが便宜上その呼び名を使ったに過ぎない呼称だ。しかし、俺を表現する上でこの上なく適切な表現でもあった。

 こんだけ乱暴されても、傷付いてるのは身体の表面だけ。骨が折れるどころか、身体の中身と言える部分は至って健全そのものであるのは何となく感じ取れた。

 

 だが、疑問は残る。

 俺のことを知っているのは、父さんや殺せんせーくらいなもんで、それ以外に知ってそうな奴に心当たりはない。

 と、なると、この男はどうして俺のことを知っているのか?という疑問に行き着いてしまうのは当然だろう。

 

 けれど、それは"俺のことを知ってる人物" に限定した時の話だ。これに母さんを知る人物も対象に加えると、なんとなく、その正体に影と形がチラつき始める。

 

・乃咲圭一が普通じゃないことを知ってる。

・その理由は母である、乃咲圭を知ってるから。

・シロは触手に対しての知識が異様に深い。

・最初に会った時、『お父さんによろしく』と言ってた。

・上記から、父さんと面識があると思われる。

 

 これらの特徴が当てはまりそうな人物が1人いる。

 父さんと殺せんせー。この2人の口から挙げられた、共通の名前。もっとも警戒するべき人物。

 

 シロの正体があの男ならば、全てに説明が付く。

 

 触手の特性や弱点などを詳細に知っているのは、それの研究を行っていたからだ。イトナに触手を植え付け、メンテナンスが出来るのは、それの作り方などを熟知しているからだ。

 

 俺や母さんのことを知ってるのは、父さんの研究に携わっていたから。そして乃咲圭が旧姓、柳沢新一の幼馴染なら、その兄弟であるこの男も当然、面識があることだろう。

 

 父さんの研究成果を持って行き、その理論を応用して触手を作った。もしかすると、殺せんせーが俺の叔父は触手に深く関わっていると伝えてくれたあの時にもっと考えていれば気付けたかも知れない。シロ——いや、柳沢誇太郎に。

 

 ゾーンに入って思考に耽っていると、車が加速し出した。

 ドライバー役も流石に躊躇ってるのか、その加速は本当に緩やかだ。けれどシロからの『早くしろ』という催促に負けたようで、車は1段階ほどスピードを増す。

 

「ぐぅぅぅ……!」

 

「良い様だね、大人に舐めた態度を取ってるからだ」

 

「舐める?ふざけんな、グラマラスな姉さんならまだしも、テメェみたいな加齢臭の漂う非モテの中年親父なんて誰が好き好んで舐めるかっての。おとといきやがれってんだ」

 

「ほんと、心底舐め腐った態度だねぇ」

 

「生憎と腐ったおっさんを舐め回す趣味はねぇんだわ」

 

「その態度がいつまで続くかなぁ」

 

「相手がアンタなら死ぬまでさ」

 

 しかし、何なんだろう。この嫌悪感。

 父さん達とコイツの間に何があったのかは知らないが、俺個人は別段、柳沢誇太郎という人物に思うところはなかった。

 警戒しろ、というから警戒心を抱いていた程度で、実を言うとあまり興味がないと言うか、ほぼ眼中になかった。

 

 だと言うのに、コイツが柳沢誇太郎だと思うとなんだか言い表すことのできない嫌悪感に襲われる。

 これが虫唾が走るという感覚なのだろう。本当なら媚びを売って少しでも助かる可能性を上げるべき場面なのは知ってるが、こと、この男と対峙していると、そういうブレーキが効かない。

 

 けれど俺の口とは裏腹にトラックはそこから少し進んだ所で停止した。そしてそれから間もおかず追いついてきた殺せんせーがトラックの前に立ち塞がる。

 

「そこまでです!シロさん!」

 

「随分と遅かったなぁ。何してたんだい、殺せんせー?見なよ、乃咲くんの腕。ボロボロじゃないか。可哀想に」

 

「可哀想なのはテメェの頭だろうが、すっとこどっこい」

 

 何やら殺せんせーを挑発するシロの言葉に被せて更に煽る。もうほとんど本能的なものだが、少しでも強がってないと痛くて泣きそうなんだ。大目に見て欲しい。

 

「……さっきからこんな調子なんだ。どんな教育をしてるんだい?こんな状況なのに調子に乗って言いたい放題。やれやれ、イトナがどれだけ可愛げがあったのか考えさせられるねぇ」

 

「子供をトラックで引き摺り回す大人が何を言いますか!!イトナくんのこともそうです!あなたには彼らが受けた教育も、彼らの可愛げについて語る資格すらありません!!」

 

「一丁前に人道を説いてるんじゃないよ、モンスターが」

 

 シロを素通りして殺せんせーが脚に力を入れて跳躍する。

 

「乃咲くん!!」

 

 俺の名前を呼びながら飛んでくる殺せんせー。

 直ぐ横に着地すると駆け寄って来る。

 

 体に絡み付く網を剥がそうと触手を伸ばし、そして弾けた。網に触れた瞬間、パシャっと音を立てて先生の指が弾ける。

 

「対先生繊維のネットか……!」

 

「……なるほど、イトナを捕獲するならこれ使うわな」

 

 何気なく納得すると同時に違和感を覚える。

 妙じゃないか?殺せんせーはあの時、俺たちと一緒に対先生物質の粉塵を喰らって反応が鈍っていた。

 普通、殺せんせーを殺そうとするなら、あの場面でこのネットを使うべきはイトナではなく、殺せんせーなんじゃないのか?

 

 そして、なんでわざわざトラックの2台にランチャーまで積んでイトナの捕獲に臨んだ?人質にするだけならあの場から動く必要はなかった。なのに、なんでわざわざ移動した?

 

 しかもトラックの停止した理由が分からない。

 殺せんせーに追いつかれた?いや、殺せんせーが来る前にトラックは止まっていた。自分から止まったのだ。

 

 ……誘拐、人質、自発的な移動の放棄。

 

 相手の目的は殺せんせーの殺害。

 

 彼らの情報から導き出される結論は………。

 

—— 殺せんせーの誘導。

 

 咄嗟に周囲を見渡す。

 よく見ると木々の上に何人もシロと似たような格好をした連中がアサルトライフルを構えていた。

 流石に対先生弾発射用のエアガンだろうが、それらは一寸の狂いもなくこちらに向いていて。それだけでなく、よく見ると葉っぱの間からはきらりとガラスのような何かが反射している。

 

 癪だが、その手腕はすごいと思った。

 普通、生徒を攫ったトラックがいるなら視線はそっちを向くだろうし、地面ではなく、木の枝の上に陣取らせることで気配を殺し、下には俺とターゲットしかいない状況なのだがら、誤射とかそういう射線を気にすることなく一方的に撃ち下ろせるポジションを取ってる。

 

 この男、性格と倫理観が致命的に終わってるが、確かに手強い相手だ。流石に父さんの弟なだけ————。

 

「……バカか、俺は」

 

 頭を振って脳裏を過ぎる一言を消す。

 

 危ない。相手が敵、何故だか知らないが嫌悪感マックスな奴であるが、自分がされて嫌だったことを無自覚にする所だった。

 俺はコイツが嫌いだ。必要なら、俺がやられて嫌だったこととか関係なく、凡ゆる手段で潰すだろう。だが、初手からこのカードを切るのは、相手を見れる人間になるという目標を自ら否定することに他ならない。

 

 この一言は、コイツの持ち札全て見た後でも遅くない。

 

「殺せんせー、逃げろ!」

 

「にゅ!!?」

 

 でも、そんな一瞬の無駄が俺の一手を遅らせた。

 俺に集中していた殺せんせーの反応が遅れた。

 

 声をかけたとほぼ同時。葉っぱで隠されていたライトが一斉に点灯し、俺たちを照らす。

 殺せんせーの短い声。しかし、その声の切羽詰まった感じとこの状況で理解する。殺せんせーを殺そうと言うのに準備する明かりがただのスポットライトである訳がなかったのだ。

 

「いやはや、本当に察しの良いガキだ。流石に乃咲新一の息子なだけあるねぇ。いや、それともお母さんの底知れなさを受け継いだのかな?何処までも忌々しい家族だよ」

 

 言い終わると共に枝の上にスタンバていた連中が一斉に銃撃を始めた。殺せんせーではなく、俺に向かって。

 

「乃咲くん!!」

 

 殺せんせーが射線に割って入る。

 

「へぇ、服と風圧で防いでるんだぁ?でもそこまでする必要あるかな?その子は触手を持たない表面上はただの人間だよ。この程度の大きさのプラスチックの塊なんて当たっても少し痛い程度じゃないか。尻尾巻いて逃げなよ、誰かを生かすなんてお前には無理なんだから」

 

「痛い程度で済む?そんな訳がないでしょう……!さっきから聞こえる僅かな発射音とこの速度。使っているのがプラスチック弾なだけで、私に当てるために相当改造している筈だ。こんなものを子供に向けるなど……!!」

 

「吠えるねぇ。でもしんどいんじゃない?前々から集めていたデータでわかったよ。お前は自分への攻撃には敏感だけど、周りへの攻撃には鈍い。自分の身しか守れない身勝手な生き物だ」

 

 殺せんせーが守ってくれてるが、流石に分が悪い。俺がいなければマッハで瞬殺なんだろうが、俺がいるせいで守りに徹しなくていけなくなってる。

 しかもあの銃。確かに撃ってるのは対先生弾だが、その弾速は俺たちが普段使ってるものより格段に速い。

 殺せんせーにも、俺にも当たることのなかった弾丸は地面にぶつかるとバウンドすることもなく、そのまま砕けてしまう程に。

 

「殺せんせー、俺は良いからコイツらの殲滅を!」

 

「冗談ではありません!!これ以上、君に傷を一つでもつけさせてたまるものですか!!」

 

「泣かせる師弟愛だねぇ。でもいつまで保つかな?」

 

 余裕そうなシロ。

 正直、この状況だ。BB弾すら避けるのは厳しいし、腕が困難だから盾がわりにもできない。それでもこの状況を切り抜けられるなら、と殺せんせーに殲滅を提案してみたが案の定、却下された。嬉しいけど、俺には少しわからない。自分が死ぬかも知れないのにそうやって意地を張り倒そうとする姿勢が。

 

「いつまでも保たせる必要はないよ、だって、俺らでアンタらボコせば済む話だし。ね?みんな」

 

 這いつくばっているといつもより気持ち低いカルマの声が聞こえ、その直後、枝の上の射撃手が何人か情けない悲鳴を上げて何者かに雑に蹴り落とされていた。

 

「せーの!!」

 

「「「ふんっ……!!!」」」

 

 蹴り落とされた連中は無惨に地面にぶつかり、怪我をすることなく、ピンと張られた何処から持ってきたのか分からない大きなシーツの上に落下し、そのままゴロゴロと転がされ、ガムテープで縛られて簀巻きにされた。

 

「なんだ!?このガキども!!?」

 

 音も気配もなく現れ、殺せんせーを囲む布陣の一角を壊したE組のみんな。彼らの登場に驚愕しつつも銃を向けた者が数名。

 

「おーい、出番出番!」

 

「……分かっている」

 

「ふぎゃぁっ!!?」

 

 そんな男たちはカルマが声を掛けた予想外の人物によって強烈な打撃を受け、強かに背中を打ち付けると気を失った。

 

「……へぇ。まさかまだ動けたとはね」

 

 感嘆の声を漏らすシロ。

 それもその筈だ。俺も驚いている。

 

「てっきりあのまま消滅、よくて廃人コースだと思ってたよ。負け犬の悪あがきにしては大したものじゃないか、イトナ。できれば私と組んでいる間にそのガッツを見せて欲しかったものだよ」

 

「……俺は……っ!負けてない……っ!!」

 

 そこにいたのは、触手に制服のシャツを巻き付けて、心底苦しそうに頭を抑えるイトナの姿があった。

 

「マジかよ、まだ動けるのか」

 

「イトナくん……!」

 

 俺と殺せんせーの反応は似たようなものだった。

 でも仕方ないだろう。予想してなかったのだから。

 

「それで?キミは何をしに来たんだい?見ようによっては、今の行動はそこのモンスターを庇ったように見えたけど」

 

「借りを……返しに来た。そこの銀髪に……」

 

「へぇ?モンスター同士の傷の舐め合い……いや、これもある意味で兄弟の絆と言うべきなのかなぁ。天然か人工的かの差異はあれど、惹かれ合う部分でもあるんだろう」

 

 シロの言葉が終わると同時にイトナが触手を叩きつける。 

 が、どういう反射神経をしているのか、奴はその攻撃を余裕そうに避け、トラックの荷台から飛び降りた。

 イトナの攻撃がトラックに設置されていた砲台を破壊したことで、そこから繋がっていた網が一気に緩くなる。

 

「圭ちゃん!」

 

「圭一!」

 

 倉橋さんと悠馬が駆け寄り、網を一気に外してくれる。

 

「ありがとう、2人とも」

 

「ッ……その腕……!!」

 

 倉橋さんの顔が歪む。悠馬の顔が苦々しいものになる。

 立ち上がった俺をみて、E組のみんなは似たような反応を見せる。地面で削れ、ガラスで裂かれてボロボロになった血塗れの腕。我ながら随分と痛々しい傷が出来たもんだ。

 

 腕が特に酷いというだけで、胴体にもそれなりにダメージがあった。シャツなんかは血の斑ら模様が出来ている。

 

 こうして見ると重症だ。なんだろう、子供って転んで泣くより、転んで出来た怪我を見て泣き出すことがあると思うのだが、その気持ちがなんとなくわかる気がする。

 思うに、あれは怪我を見て驚き、転んだことを実感し、そこで痛さに気付いて泣いてるんじゃ無いだろうか。

 

「ほんと参ったもんだ。2、3滴ほどチビったぞ」

 

「ッ……よく、2〜3滴で済んだな。俺だったら間違いなく全部出してるね。大したもんだよ、お前」

 

 こう言う時、一番最初に乗ってくれるのは大体前原だ。

 割と強がってるから、こういう風に空気を読んで合わせてくれるのは本当にありがたいと思う。

 

「……ふむ、どうやら失敗のようだね」

 

 殺せんせー達の方も決着が着いたみたいだ。

 まぁ、みんなが射撃手を倒してくれたし、イトナのおかげで俺も自由になった以上、殺せんせーを押させられる奴が残ってるわけもなく、もうシロが残っているだけだった。

 

 死屍累々。殺せんせーの黒く染まった触手が奴らの乗っていたトラックを完全に破壊し、道路にクレーターを作る。

 それを間近で見ていたシロの仲間たちの目には俺たちなんて写ってない。恐怖と絶望。自分たちとは違う世界に住んでいて、俺たちでは感じ取れない何かを感じているみたいにこの世の終わりみたいな表情をしていた。

 

「去りなさい、シロさん。あなたはいつも周到な計画を立てますが、生徒達を巻き込めばそれも台無しになる。この私の命を常に狙ってる彼らがそうそう思い通りになるわけがないという当たり前のことにそろそろ気付いた方がいい」

 

 殺せんせーにしては珍しく突き放すような言葉だった。

 

 声のトーンはいつもと変わらないのに、その奥底にある冷え冷えするような冷徹さのような物が感じ取れる。

 

「モンスターに小蝿達が群がるクラスか。大層うざったいね。だが、確かに私の計画に根本的な見直しが必要なのは認めよう。このクラスにはイレギュラーが多すぎるしね」

 

 シロが言い終わると同時に、俺たちの横を一台の車が猛スピードで通り過ぎ、シロの横で止まる。

 

「そんな子はくれてやるよ、辛うじて正気を保ってるようだが、どうせ長くは保たない。精々、仲良しごっこでもしてるといい」

 

 吐き捨てるように車に乗り、逃げるように発車する。

 しかし、このまま何もせずに流すのは消化不良だ。

 

 みんなが色々やって精々したのは確かだが、ここまで散々やられて俺自身は何も仕返し出来てないのは癪に触る。

 

「菅谷、今朝返したペイントボールまだあるか?」

 

「ん?あ、あぁ」

 

 問い掛けるとキョトンとしながら手渡してくれる。

 受け取り、みんなより数歩前に出て、ゾーンに入り、ボールを思いっきり振りかぶって、腕を振り下ろしながら投げる。

 

 これでも夏休みまでは杉野の野球の特訓に付き合ってたんだ。全力投球の心得くらいはある。

 そこに加えて音速に迫る膂力。発進したばかりです加速の足りないクルマなんて容易に補足することができる。

 

 俺たちから50メートル程度離れた位置にいた車のサイドミラーに俺の投げつけたペイントボールはぶつかり、そのままパシャ!と弾けて、白塗りの車をピンクの斑らで染める。

 

 流石に予期していなかったのか、背後からの奇襲を受け、反射的に被弾した方向から逃げるようにハンドルを切ったのだろう。キュルルルル!!と派手な音を立ててバランスを崩していた。

 

「ざまぁ見ろ」

 

 しかし、事故ることなく、ひしゃげたサイドミラーを引っ提げてそのままフラフラとインクを滴らせながら、シロたちを乗せた車は走り去って行く。

 

「律、街中の監視カメラであの車追えるか?右のサイドミラーがピンクに染まったセダンだ」

 

『お任せください!』

 

 律からの頼もしい返事を受けて車を見送る。

 

「乃咲……えげつねぇ肩持ってんな」

 

「腕と肩の筋肉を余すことなく使う投げ方ってのを実践してみたんだ。詳しいことは……そのうち話すよ」

 

 ゾーンのことは一旦誤魔化しておく。

 皆にもそのうち話したいところだ。俺の能力は殺すだけならすごい役に立てるだろうし、それに何度かみんなの前で瞬間移動みたいなこともしている。温厚なみんなもそろそろ不信感を抱いてもおかしくはない。

 

「でもまぁ、ひとまずはボスも追っ払ったことだし、一件落着かな……?」

 

「いや、まだイトナの触手があるだろ」

 

 シロがいなくなってホッとしたのか、空気が一瞬だけ緩む。

 けれど俺は油断しない。だって、吉田が今言ったようにイトナの触手に関しては何にも解決していない。

 

「殺せんせー、今のうちにイトナを」

 

 この展開を何度か見た。空気が緩んだ瞬間、また何か起きるのは想像に難く無い。創作物でお馴染みのトラブル呼び寄せ呪文。いわゆる、『やったか!?』と同じだ。

 

 だから、先んじで手を打とうとした。

 でも、少し遅かったらしい。

 

「ぐぅぅぅぅあぁぁぁぁぁッッッッ!!?」

 

 そらそうだ。雑事ならまだしも、生徒の命が掛かっている状況で、殺せんせーの動きが俺たちの気付きより遅いわけがない。

 この状況で殺せんせーが俺たちより早く行動しないのは、動かないでなく、動けないからなのだろう。

 

「恐らく、シロさんを追い払えた……つまり、勝ったことで彼の根本的な渇望が多少満たされ、気が抜けたのでしょう」

 

「緊張の糸が切れたってこと?」

 

「……えぇ」

 

 カルマの問い掛けに殺せんせーは頷く。

 なるほど、シロに仕返しをする一心でなんとか平静を保っていたが、勝てたことで自分を保つ土台が崩れたのか。

 皮肉な話だ。勝つことを求めていた奴が、勝てたが故に自分の身を滅ぼすことになってしまうなんて。

 

「イトナくんはどうなるの?」

 

「…………力ずくでも、力への執着を捨てさせる、あるいは忘れさせるしかありません」

 

 渚の質問に苦々しく答える殺せんせー。

 しかし、みんな彼の言ってる内容が極限的に難しく、絶望的なことだと悟っているのか、やってやろうぜ!という声はない。

 

 だが、諦めたくない気持ちは同じなのだろう。だれも『それは無理だろ』という否定的な言葉は出さない。

 それでも、時間は刻一刻と過ぎる。イトナの命はもはや風前の灯火と言っても過言ではないだろう。時間がない。

 

「……ねぇ、渚。鷹岡先生にやってた技使えないかな?」

 

「……クラップスタナー?」

 

 茅野が渚に問い掛ける。

 みんな、希望を見たみたいに渚に視線を向けた。

 

「……確かにアレなら、イトナくんの思考を一旦、真っ白にすることはできるかもしれないけど……」

 

「…………あぁ。あの猛攻を掻い潜っていけるのか?」

 

 杉野がイトナに目を向ける。 

 頭を抑え、這い蹲り、触手をビタン!ビタン!と地面に叩きつけて踠いている。あれに下手に近づいたら、自分に襲い掛かってると言うのは考えるまでもないことだろう。

 

「殺せんせーが触手を防ぎながらとか!」

 

「えぇ。それしかないでしょう」

 

 殺せんせーも覚悟を決めたらしい。

 

「乃咲くん。腕の治療はもう少し待てそうですか?」

 

「問題ありません」

 

 痛いけど、流石に目の前で泣きながら暴走する同級生をほっぽり出して優先して欲しいとか言うレベルじゃない。

 それに、そんなカッコ悪い我儘言えるかっての。

 

「……でも、殺せんせー。本当にそんな有様でいけます?イトナの攻撃を防ぎながら近づいて、頭に根付いた触手を取り払うなんて超精密で高等な手術をさ」

 

「………やれる、やれないじゃありません。必ずやり遂げるのです。目の前に助けを求める生徒がいる。これに手を伸ばさない者を誰も先生とは呼んでくれませんよ」

 

 殺せんせーの決意は硬いらしい。

 

「わかった。そう言うことなら渚。悪いけど見せ場貰うぞ」

 

「…………え、乃咲……?」

 

 手を解しながら渚を押し退けて前に出る。

 ぶっちゃけ、やりたいかやりたくないかで言えばやりたくない。だって、俺が今からするのは、アイツから力を取り上げる行為だ。力を求めて、信じて、拠り所にしていた奴からそれを取り上げる。残酷すぎる行為だ。

 

 でも、やらなきゃイトナが死ぬ。

 それに、俺ならあの程度の速さの触手なら捌ける。殺せんせーに守ってもらう必要はない。

 

「手術には精密性が求められます。万が一もないように体力消耗は抑えて、万全に備えるべきだ。殺せんせーはイトナの手術と万が一のみんなへ飛び火した場合の対処に注力してください」

 

「…………………わかりました」

 

 殺せんせーが頷いた。

 この中で、誰よりも俺の能力を知っているから、無理矢理自分自身を納得させたのだろう。

 さっきまでのシロ達からの攻撃で負傷した箇所は既に再生しているものの、再生には多大なエネルギーを消耗すると言う。きっと、見かけ以上に殺せんせーの疲労は溜まっているはずだから、これが最善だ。たぶん、だけどな。

 

「の、乃咲……」

 

「渚……。帰ったら一緒にプリン食べようぜ。いい店知ってるんだ。みんなを誘って、殺せんせーの奢りで行こう」

 

「こんな時にフラグ立てないでよ!!」

 

「ま、なんとかするさ。口に出したからには実行する」

 

 手短に悲壮感漂う空気感を払って歩き出す。

 

「圭ちゃん……。頑張って……!」

 

「ありがと、行ってくる」

 

 こんな時『ダメだよ』と止められるより、こうやって倉橋さんのように『頑張って』と送り出してもらえるのって嬉しいな。

 声と波長から凄く動揺してるし、とても怖がってるのが伝わってくるのに、気丈に振る舞える強さは好きだな。

 

「ぐぅぅぅ……!?の、乃咲……。来るなっ!」

 

「名前、覚えてくれたんだな?ありがとう。んでもって、悪いけど少し我慢してくれ。俺も痛えの我慢するから」

 

 言葉が終わると同時にスタートを切る。大型ナイフを抜き放ち、跳躍するように前へと。

 一歩踏み込んだと同時、触手のパーソナルスペースとでも言うべき範囲に入ったのか、一斉に黒い触手が飛んでくる。

 

 それに血を塗りたくりながら、腕で弾き、軌道を変え、出来た触手同士の隙間を縫うように距離を積める。

 ゾーンに入っていれば、この程度は造作もない。まぁ、腕が痛くて痛くて仕方ないけどな……!

 

「ッッッッ!!」

 

 イトナと目が合う。驚愕に彩られた瞳。

 そんな瞳とは対照的に触手は絶えず襲いくる。がむしゃらに、本当にイトナの意思とは関係ないみたいに、まるで彼に寄生した別の生き物が勝手に判断して動いているようにも思えるそれは、俺の目には止まって見えた。

 

 たぶん、対先生物質への潜在的な恐怖でもあるのかもしれない。距離が縮む度に触手の抵抗は激しくなり、イトナの苦痛に満ちた顔がますます歪んでいく。

 

「止めろ……っ!止まれェッ……!!」

 

 口の端から涎を垂らしながら低く叫ぶイトナ。

 肉薄までコンマ数秒。文字通り最後の抵抗となるだろう瞬間が訪れる。触手が今日一日の速度と威力でこの体を貫かんと迫る。命を刈り取る、容赦のない一撃だった。

 

 なるはずだった。

 

「終わりだよ」

 

 イトナの……否、触手の意識がナイフに向いているのを悟った俺は、最後のスパートをかけ、その目と鼻の先に迫り……横薙ぎに一閃すれば決着が着くという距離で、俺はナイフを宙に置くように手を離した。

 

 まさに決着が着く。この一振りで全てが終わる。そして、それを意識させる為に、わざわざ『終わりだよ』なんてセリフも吐いた。現状、俺が持っている中で唯一、触手を破壊できるこの武器に一際強い警戒を抱かせる為に。

 

 そしてそれは見事にうまく行った。

 

「————は……?」

 

 ポカンと呆気に取られた顔。何が起きているのか理解できないって表情。その気持ちを俺は知ってる。ロヴロさんにやられた時、俺も似たような顔をしていただろうから。

 

 こんな状況で武器を手放すなんてあり得ない。勝つことに拘る彼なら、勝つための唯一の手段であるナイフを手放すなんてのは絶対に意識の外にある行動のはずだ。

 

 イトナの意識が一際強く山を作り、頭が真っ白に染るその寸前。俺は両手を彼の目の前で大きく炸裂させた。

 

 ズパァァァァァン!!!と、この前聞いた本物の銃声に迫る破裂音が夜の街中に反響する。

 

「かは………っ…………」

 

 身体が弛緩し、黒く染まっていた触手は燃え尽きたみたいな灰色に染まり、だらんと垂れ下がって、彼ごと倒れ込んでくる。

 

「………ごめんな、イトナ」

 

 聞こえていたかはわからない。だが、それでも一言声をかけた。助けるための緊急避難。仕方のないこと。

 それでも俺だったら納得できなかったと思うから。

 

「殺せんせー。あとのことは頼みます」

 

「……もちろんですッ!!」

 

 こうしてイトナは一命を取り留めた。

 驚愕と安堵に彩られる仲間達。

 

 そんな彼らをよそに、俺は傲慢な罪悪感を抱いていた。

 




あとがき

はい、あとがきです。

最終的な決着はイトナにとっても、圭一にとっても不本意な物になりました。

イトナの気持ちもわかる為、できれば説得で力を手放させたかった圭一ですが、触手の侵食の状況から強行手段を取ることに。
やれることをやり続けた結果で、色々と仕方ない部分もあるだろうけど、気持ち的にはやり切れず、自分ならもっと上手くやれたんじゃないのか?と考えてしまったのが圭一の傲慢な部分なのかも知れませんね……。

次回、イトナの勧誘回……!

今回もご愛読ありがとうございます!

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