暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えてたくさんの高評価、感想ありがとうございます!

あと、誤字報告下さった皆様、ありがとうございます!
はい……最近落ち着いたと思ったらまだまだあったみたいです………。

今回も投下しますのでお付き合い……!


101話 噂の時間

 

 最近、気になることがあった。

 下着ドロ事件の時に茅野に対して何気なく言った一言。『変態……?女装してケーキバイキングに行く教師と夜の校庭を奇声上げながら走り回る変態の2人いるけどどっち?』

 

 実は、この問い掛けの後半部分。夜の校庭を奇声を上げながら走り回る変態についての噂話しを最近よく聞く様になった。

 下校中、本校舎の生徒がしている噂話程度ではあるが、『E組の校舎に不審者が出る』というのが広まりつつある。

 

「と、言うわけだ。流石に生徒会長としても、キミたちの暗殺の協力者としても。この状況は見過ごせない」  

 

「ま、それもそうか」

 

 という話を現在進行形で浅野に拉致られ、そのまま入った喫茶店で聞かされるハメになっていたのだった。

 

「えぇっと……ご注文は……?」

 

「コーヒー2つ」

 

「か、かしこまりました………」

 

 口元を引き攣らせながら接客する店員。何事もなかったかの様に注文を済ませた、我らの生徒会長様に対し、耐えかねた様に店員……無断アルバイト中の悠馬がおずおずと口を開いた。

 

「あ、浅野……?何も言わないのか?」

 

「ん?失礼だがどちら様だろうか。確かにうちの学校の磯貝に似ているが、世界には同じ顔の人間が3人はいるという。あの優等生然とした奴が2度も無断バイトをするなんて考えられない。そう言うことだから、仕事に戻って貰って結構だ。あまりジロジロみられていたのでは、話せることも話せない」

 

「………かしこまりました。ごゆっくりお過ごし下さい」

 

 悠馬は頷き、深入りしないように店の奥に消えた。

 下手くそか、とか、ツンデレか、とか言ってやろうと思ったが、コイツなりの気遣いだ。あえて触れてやるまい。

 

 それに、1回目の時、俺の口から咄嗟に出て来た「お友達代」に比べたらよっぽどマシな言い分である。

 

「圭一。暗殺では個人の金を使うこともあるのか?」

 

「……………ある」

 

「そうか」

 

 唐突に振られた話題。その意図を考え、短く返すと、浅野は満足そうに薄く笑って頷き、悠馬とは違う店員が持って来たコーヒーを砂糖やミルクを入れずに啜った。

 

「さて。どうして僕がお前にこの話をしたのか。分からないとは言わないよな、圭一?」

 

「噂の真相を確かめるから着いてこいってことだろ。生徒会長自ら問題解決に踏み切り、証人としてE組の生徒も同行させ、真相を暴き、噂の沈静化を図り、本校舎での人望を上げる。それと同時にE組に向けられる興味をなくさせるってところか」

 

「ふっ……理解が早くて助かる」

 

 まぁ、上手く利用してくれるこった。

 暗殺の外部協力者としてE組に向けられる視線を逸らす。それはそれとして生徒会長としての功績を作る。

 

 でも、今回はE組の山で起こってることだ。俺も無関係ではないし、機密保持の為と考えるなら協力しない理由はない。

 

「そんで?決行はいつよ」

 

「都合が良ければ今日から行こう。お前達の機密的にも噂が早く消えるに越したことはないだろ?生徒会としても妙な噂で一般生徒が浮き足立つのは防ぎたいところだしな」

 

「そういうことなら問題ない……けど、E組代表の証人が欲しいなら俺より悠馬とか片岡の方がいいだろ。学級委員だし、人望的にもこの2人は本校舎では俺より発言力ある」

 

「………それもそうだな。僕と並び立っているお前なら文句を言う奴はいないだろうが、その意見は尤もだ。それなら磯貝に声を掛けよう。片岡は女子だ。いくら学校の敷地内とは言え、夜に出歩くのは褒められたことじゃない」

 

「お前、割とマトモなこと言うよな」

 

「失礼な奴だな、相変わらず」

 

 コーヒーを啜り、今話した内容を悠馬に送る。 

 すると、割とすぐに既読がついた。そう言えば、俺たちの注文を取って以来、店の中で顔を見てない。コーヒー持って来たのも知らん人だったし。もしかすると休憩中だったのかも。

 

「悠馬も了解だとさ。今日なら動けるとよ」

 

「なら、予定通り今日の夜決行だな」

 

 そこまで話すと訪れる無言タイム。しばらく2人してズルズルとコーヒーを啜る。話すことがないわけではないが、別に改めて話題にするほどのことでもない。故の無言。

 

「ところで………」

 

「あん?」

 

 そんな沈黙を破ったのは浅野だった。

 

「磯貝の奴はいつの間にか名前で呼び捨てになってるのに、僕はいつまで苗字呼びされるのだろうか」

 

「それ、男に言って虚しくならねぇ?」

 

「親友に一方的に苗字呼びされ、一方的に名前呼びを続ける方が虚しい………。他の五英傑にも言われるんだ……。『浅野くん、良い加減、乃咲に絡みに行くの止めてあげなって。乃咲の奴ずっと苗字呼びで距離とってるじゃん』と」

 

「アイツらもたまにはまともなこと言うよな。5人中4人は俺に抜かれて実質6位が混ざってるのにうちの学校のトップ5を気取ってまだ五英傑を名乗ってる連中とは思えないくらいに」

 

「お前はアイツらに対してやたらと毒舌というか、切れ味鋭いな。何か嫌なことでもされたか?」

 

「E組差別と妙なタイミングでお前を押し付けてくる」

 

「………なんも言えねぇ」

 

「口調崩れてんぞ」

 

「それで、いつになったら名前呼びになるのだろうか」

 

「続くのかよ、この話題。お前を下の名前で呼ぶと、一部の連中が『アーッ!』するから嫌なんだよ。分かるか、1年の半ばくらいに『ねぇねぇ、乃咲くん!浅野くんのこと下の名前で呼んでみて!』とか言われて試しに呼んでみたら奇声上げられた俺の気持ちが。浅乃とか誰が上手いこと言えといったか」

 

「それは確かにアレだが、下手に気にするからガチっぽく見えるんじゃないか?」

 

「うっせぇほっとけ。誰がお前を下の名前で呼ぶものか」

 

 結論を投げつけ、コーヒーを飲む。

 今の気分と同じ様に苦々しい。

 

「…………週に一回のペースでデラックスパフェとエクストリームコーヒーを奢ってやる」

 

「学秀くん。一生着いていくわ」

 

「プライドはないのか?!」

 

「プライドで飯が食えるとでも?」

 

「いやいや、お前はもっとこう……気高いとは言わないが、もっと意地を張る奴だっただろっ!!?」

 

「意地とプライドで腹は膨れぬさ。気高さやらプライドの重要性を説くのであれば、誉でも食って飢えを凌ぐがいい!」

 

「誉は浜で死んでしまったか……」

 

 こうして、俺、浅……学秀と悠馬という異色のトリオで夜のE組校舎へと乗り込むことになったのだった。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

 ガサガサと揺れる草木は果たして風か、あるいは生き物たちの生命の証か。俺たちはもうすっかりみんな下校して人気のなくなってしまった夜の校舎に来ていた。

 厳密に言えば、校舎のある裏山なのだが。そこは気分の問題だ。深く気にしてはいけない部分である。

 

「浅野、夜の山を歩いた経験は?」

 

「校外の山岳仲間と何回か」

 

「お前の交友関係も相当謎だよな」

 

「そういうキミたちは?」

 

「最近は夜間訓練なんかもしてる。暗い中で動き回る練習だな。だから、この山の中限定にはなるが、問題ない」

 

「なら、今回はキミらの後ろを着いて歩くとしよう」

 

 パーティ編成は終わった。

 3人で縦に1列になりながら山に入る。

 

 しかし、勝手知ったる山とはいえ、やはり夜に来ると普段とは雰囲気違うよな。山に限らず一般校舎も同じだけどさ。

 

 なんとなく夜行性の動物も動き回っているのだろう。無数の気配も感じる。でも、この山には熊とかの危険動物はいないので安心しても良いだろう。

 遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声を聴きながら歩く。

 

「なんかさ、別に珍しい鳥でもないだろうけど、キジバトが鳴いてると田舎って感じするのなんでなんだろうな?」

 

「さぁ?でも、お前の言ってることは分からないではないな。なんとなく、自然がある場所で聞くことが多い」

 

「へぇ。さっき言ってた山岳って奴でも聞くのか?」

 

「高度が低いと聞くな。なんなら、お前も今度来てみるか、磯貝。体力も着くし、足場に囚われない歩き方も身につくぞ。何より登り切った時の達成感は一入だ。成功体験も得られる」

 

「浅野からそんな誘いを受ける日が来るとはな……。でも、確かに暗殺の観点でも、成功体験的な意味でも山登りはやってみて良いかもしれないな。今度みんなで行くか」

 

「なら、良いところに連れてってやる。この山よりも少しだけ険しいが、上り甲斐のある良いスポットがある」

 

「へぇ。そいつは楽しみだ」

 

 雑談を交わしながら歩く山道。

 なんか、学秀とこうやってE組の山を登るのは新鮮だ。

 

「にしても、キジバトってなんかモヤモヤするタイミングで鳴き止むよな。デッデ、ポッポポー、ポッ。ってなんか歯切れ悪い感じがするって言うかさ」

 

「その気持ちはわかるかもな。どうせならポッポポーのところで終われば良いのにって聞いてると思うかも」

 

「ただ、あの鳴き声って聞く人によっては違う音にも聞こえるらしいぞ。デ、じゃなくてドゥに聞こえたりするとか。ここにいるのはみんなデ派みたいだけどな」

 

「それ、実はキジバトだと思ってたら違う鳥だったとか、違う種類のハトだったとかじゃない……?実際に俺たちもキジバトが鳴いてるのを見たことがあるわけじゃないし」

 

「その説も否定は出来ないな」

 

 いつの間にかキジバト談義になってしまった。

 そんな俺たちに緊張感を持たせるかの様に、俺の耳は遠くから薄っすら聞こえてくる異変を捉える。

 

「圭一?」

 

 足を止めた俺を後ろから見た学秀が俺の名前を不思議そうに呼び、俺の前を歩いていた悠馬が同じく足を止めて振り返る。

 

「しっ」

 

 人差し指を立て、口の前まで運び、静かに。とジェスチャーで伝えて耳に意識を集中させる。

 体調が戻って視力やら聴覚が勝手に鋭敏になることはなくなったが、その鋭さは健在だ。使おうと思えばいつでも使える。

 

 耳を欹て、2人の心音や息遣いを意識から外し、声のした方を探る。聞き間違いでなければそう間を空かずしてまた聞こえるはずだ。そうでなければ噂になったりもしないだろう。

 

「いぃぃぃやっはぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 ……聞こえた。

 

「方角このまま。正確な距離は掴めないし、草木や環境音で掻き消されているが何者かが叫んでるのは間違いない」

 

「………聞こえたか、磯貝」

 

「いや……。すごい聴力だな。………しかし、方角このままって。このまま真っ直ぐに進んだ先にあるのは……」

 

「あぁ。E組校舎だ」

 

「普通に不審者の可能性もあるか。一応、フェンスで囲まれていて、学校の正門からじゃないと入れない様になってはいるが、決して登れない高さではないし、愚連隊がいても不思議じゃない」

 

「どうする、引き返すか?」

 

「……いや。愚連隊の可能性があるってだけで実際は違うかもしれない。下手に通報したら話が大きくなり過ぎる。生徒であるなら注意するべきだし、不審者なら然るべき対応も必要だ。わざわざ大声で叫ぶあたり、頭は良くないだろうし、森の中から様子だけでも見てみよう」

 

「了解。ま、実際に不審者でもこっちは3人もいるし、うち2人は暗殺者、1人は武道有段者だ。負けることはないだろ」

 

 そう考えると頼もしいメンツである。

 俺たちは頷き合い、気配を殺して進む。

 

 俺の耳は引き続き、何者かの叫び声を捉え続けており、ある程度距離を進めると2人の耳にも入ったのか、俺に視線を向けて『この声か?』と問い掛けてきたので頷き返す。

 

 どうやら不審者も近い。念のため、悠馬を下がらせて俺が戦闘に立ち、少しの機微も見逃さない様にゾーンに入る。

 集中の深度は、2人との意思疎通の為に浅目にしているが、いつでも深度を深められる様にしておく。

 

「いぃやっふぉぉぉいっっ!!!」

 

「………そう言えばそうだったわ」

 

 声の発生源が見えた瞬間、俺は頭を抱えた。

 

「あれは……三村?」

 

 学秀の声に頷く。

 

「前、暗殺の自主練を遅くまでやって完全に日が落ちてから帰ることがあったんだけど、そん時に俺、たまたま見たんだよ。三村がエアギターしてんの」

 

「そう言えば球技大会の時、三村に向かって『エアギターの物真似するぞ』って脅してたな、圭一」

 

「いや、どんな会話の流れでそんな脅し文句が飛ぶのか気になるんだが?っていうか、なんでエアギター」

 

「知らん。実際にギター弾けないからじゃね。知らんけど」

 

 まぁ、何はともあれ怪異は解決か。

 とりあえず、不審者でなかったことに安堵した。

 

「おい、三村」

 

「Fooo………って乃咲!?磯貝に浅野まで!?」

 

 ひとまずは三村に声をかける。

 絶頂寸前だったらしく、彼の心の目にだけ写っているであろうギターを抱えて大きくジャンプし、最後のシャウトをかます瞬間だったようだ。悪いことをした。

 

「三村。気持ちは分からないが、せめて校舎の中でやってくれ。お前のエアギター、新しい七不思議になってるぞ」

 

「は………?」

 

 ぽかんとする三村に事情を説明する。

 どうやら本人もそんか話になってるとは思わなかったらしく、途中から身を縮こまらせていた。

 

「そうか……ごめん。それは迷惑をかけたな」

 

「エアギターをやるなとは言わないが気を付けてくれ。生徒会長としても、暗殺の外部サポートとしても見過ごせない」

 

「つか、そんなにギターやりてぇなら始めれば良いのに」

 

 ごく当たり前のことを指摘する。

 そして、中学生としてはごく当たり前な答えが来た。

 

「バカ言うなよ、始めるにしても金がねぇって」

 

「……………そうか」

 

 これには俺も沈黙するしかない。

 しかし、ギターやりたい欲をこうやって発散させてるって相手に迷惑だから止めろとは言い難い。

 街中とか人目が着くところでやってるならまだしも、彼は場所を選んでこんな山の中でやってた訳だし、それを頭ごなしに否定してやるのは少しかわいそうだと思う。

 

 少し考えて、俺は代案を出した。

 

「なら、中古ショップとかでジャンクでも買わないか?」

 

「ジャンク?いや、あまりにボロボロな奴でやってもな……」

 

「圭一、直して使う気か?」

 

「新品とか状態の良い中古買うより、そっちの方が安く済みそうだし、自分で直した分、愛着も沸くだろ。幸い、うちらには器用万能な殺せんせー、電子関係なんでもござれなイトナがいる。レストアを甘く見るわけじゃないけどさ、楽しそうじゃん」

 

「悪くない考えなんじゃないか?本当に始めるつもりなら僕が教えあげるよ。圭一、お前もな。三村がやる気になったら、言い出しっぺなんだから、そこは責任とれよ」

 

「……………まぁ、しゃーないか。んでも、学秀がそんな俺たちに教えるとかどんな了見だよ?」

 

「暗殺には金が掛かるのは、この前のプリン爆殺で分かった。その上で暗殺の為にある程度、自由に使える金があるに越したことはないと思ったんだ。僕が教えれば上達も早いだろうし、ある程度形になれば、バンドでもやって金を稼げば良い」

 

「お前、それは流石に舐めすぎじゃね……?」

 

「僕の知り合いのバンドマンの手を借りれば、ある程度はなんとかなる。確かに技術も必要だが、あれは信者を作れた者勝ちだ。僕、圭一、三村。確定でこの3人はやるとしても、この時点でルックスは悪くない。面食い女子なら釣れるだろう」

 

「黒い、黒い部分が出てるぞ、浅野……」

 

「つか、俺は浅野の人脈の広さが一番気になるんだが」

 

「俺も同意だ。山岳仲間ときて、今度はバンドマンか。この分だと海外の格闘家とかと知り合いとかでも俺は驚かねぇわ」

 

「いるぞ?」

 

「「「いるのかよ」」」

 

 ツッコミどころが多過ぎる。

 まぁ、こんな感じで問題が解決した。

 

——そんな空気が流れると同時。それは聞こえた。

 

「いぃやっふぅぅぅぅぅいっっ!!!」

 

 聞こえて来た、歓喜の絶叫。

 俺たちは無言で顔を見合わせる。

 

「三村、お前以外にもいるのか、エアギター」

 

「エアギターから離れてくれ……。俺は知らないよ」

 

「ふむ。となると……第二の不審者か」

 

「……俺も不審者扱いされてたのか」

 

 ショボンと肩を落とす三村を慰めるように肩に手をおく悠馬。しかし、そんな気遣いをしていても問題が解決するわけではないと結論を出し、新たにエアギター三村を加えた4人で声のした方に向かう。この方向はグラウンドだ。

 

 次は誰が何をしてるのか。

 圧倒的な恐怖とほんの僅かな好奇心に突き動かされた俺たちは足跡を殺しつつ、校舎の影からそこを除く。

 

「Fooooooo!!!」

 

 視線を向けた際にあったのは、校庭を走り回る肌色だ。坊主頭に裸ネクタイのそれは奇声を上げながら楽しそうに駆け回っている。色んな意味で名状し難いモノを揺らしながら。

 

「自身の常識が通用せず、この世のモノとは思えない光景を見たあなた方はSANチェックです」

 

「いや、確定で発狂するだろ。つか、発狂してるのあっちじゃん。あんな格好でぶらぶらさせながら走ってるもん。SAN値というか、チン値が昂ってるじゃん。こんな山の中で全裸で笑顔とか新手のアガリビトだろ、あれ」

 

「SAN値改め、SUN値か」

 

「やかましいわ」

 

「お前ら随分余裕あるなぁ!?」

 

 まあ、これが見ず知らずの誰かなら恐怖が勝るだろうが、あそこで奇行をしてるのは岡島だ。

 アイツには悪いが、別にやっていても不思議ではない……と思ってしまう自分がいる。

 

 しかし、だ。

 

「…………」

 

 ピタッと岡島が動きを止めた。

 

「なんだ……?止まったぞ」

 

「あぁ……。凄い急停止だ」

 

 突如として止まった岡島を見守ること数秒。奴に動きがあった。体と首を連動させた動きでグルンとこっちを見た。

 つい、反射的に全員の身体を押して物陰に引っ込む。やばい、あれは見つかったらヤバイやつだと反射的に理解してしまう。

 

「…………」

 

「…………何も聞こえなくなったな」

 

「あぁ………」

 

 校舎の影に隠れるが、岡島の声は止んだまま。

 そして、隠れているからあっちの様子を把握するのも難しい。聞き耳に集中しているが、音的にはさっぱり動きがない。

 

「………様子、見てみるか?」

 

「……………俺が見る」

 

 三村の言葉に返事を返し、チラリと出来るだけ姿勢を低くし、盗み見る様にグラウンドの方へ視線を向ける。

 

「…………あっ」

 

「————ニィ」

 

 目があった。見つめると吸い込まれそうになる淀んだ瞳と合った。見たかった。見られた。

 そう思った瞬間、奴は歯茎を見せ、ニタァと嗤う。

 

「おおぉぉぉい!!乃咲ぃ〜!みんな〜!」

 

 奴の興味の対象は俺たちになってしまった。

 

「逃げるぞ!!!」

 

「まっ、待てっ!!」

 

 ぶらぶらと揺らしながら片手をブンブンと振り、友好的そうなポーズで駆け寄って来る岡島にそこはかとなく漠然とした恐怖を感じた俺はみんなに告げて、駆け出す。一拍子遅れてみんなも弾かれた様に走り出した。

 

「待ってくれょぉぉぉぉ〜!!!」

 

「ひぃぃぃぃ!!追ってきたぞ!!?」

 

「どうする!?」

 

「ひ、ひとまずバラバラに逃げるぞ!奴は1人、こっちは4人!1人犠牲になるが、3人は逃げ切れる」

 

「意義なしだ!」

 

「よぉぉし!じゃぁ、散開!」

 

 みんながバラバラの方へ走る。門の裏に隠れたり、そのまま走り続けたり、倉庫の裏に回り込んだり。

 俺は、開いていた校舎の扉を開けて、屋内に逃げ込んだ。

 

「三村ぁぁぁ!」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

 どうやら、タゲは三村に言った様だ。

 

 くそっ、どうしてこんな事に……!

 俺は足音を殺し、身を低くしながら教室に入る。これまた音を立てずに扉を開閉して窓に近づき、外の様子を見る。

 

「みんなぁぁぁぁぁ、どこだぁぁぁぁぁ……?」

 

 怖い、怖過ぎるぞアイツ!!?

 なんで裸ネクタイなんだよ!?

 

『乃咲さん……?どうしたんですか、こんな時間に』

 

 窓際で息を殺していると、律が話しかけてくる。

 スマホの中にいる、モバイル律ではなく、教室に据え付けられた律の本体が、不思議そうな表情を液晶に表示させ、こちらに身体を向けるようにモノリスが向く。

 

 それは、俺が窓際にいる以上、必然的に教室の外を向く。夜の暗闇に律の液晶が光を差し込む。

 ………そう、差し込んでしまった。

 

「……いたぁぁぁぁ」

 

「ヒッ……」

 

 声が漏れた。喉の奥で空気が滑り、口から勝手に溢れる様になった音が教室に響く。こうしてはいられない。奴はこうしている間にも走ってくるだろう。1秒でも早くここから離れないとやばいことになってしまう。

 

 そんな漠然とした恐怖から流れる様に俺は駆け出す。もはや音を立てるとかそんなことは気にせず、ガチャガチャと扉を開けようとするが、扉は音を立てるだけでびくともしない。

 窓の外をみるが、そこには岡島の姿はない。恐らくは昇降口に回ったのだろう。となると時間の問題だ。

 

 扉が駄目なら窓だと、慌てて駆け寄り、ロックを外して開けようとするが、やはり窓はうんともすんとも言わない。

 

 頭の中で警鐘が鳴り響く。もう、ひたすらに『やばい』という単語しか頭の中に出てこないレベルで追い詰められている。

 俺は窓からの脱出も諦め、最後に掃除ロッカーのドアを弄る。

 

「あっ……」

 

 掃除ロッカーはあっけなく開いた。

 一瞬呆気に取られるが、そんな場合ではないので駆け込む。

 

 ロッカーの中でガタガタと震えながら息を押し殺し、ロッカーのドアに設けられた謎の隙間から外を伺う。

 

「乃咲ぃぃぃぃ」

 

 声と共にさっきは何をやっても開かなかった教室の扉はいとも容易く開き、岡島がゆらり、ゆらりと入ってくる。

 

 なにアレ怖い……。歯が噛み合わずにカチカチと音を鳴らしそうになるのを口を抑えて無理矢理に止める。

 というか、岡島の奴、明らかに様子がおかしい。というか、なんか本当に色々と妙だ。いくら岡島でも、ほぼ全裸で他人を追いかけ回すような倒錯した趣向は持ってないだろう。

 

 というか、危ないのは律だ。

 さっき、律は起動した。シャットダウンしてなかったのなら、彼女は今、岡島の岡島を目の当たりにしているだろう。

 

 どうする、飛び出して岡島を処理するか?

 クラップスタナーなら使える。最悪、ミゾを突いて沈黙させるしかないだろう。俺だけではなく、律も危ないなら。

 

「………っ………!」

 

 覚悟を決める。拳を固め、ゾーンに入り、臨戦態勢に移行する。いざ、ロッカーの扉を内側から蹴破ろうとした瞬間。

 

 俺は、違和感を覚えた。

 

 位置的に俺からは律の背面しか見えないはずだ。それなのに、今は、律の表裏面よりも薄い側面が見えている。

 つまり……律が動いている。よくみると、彼女の液晶がある面の正面の床は淡い光を反射していた。

 

 律が、ゆっくりゆっくりとこっちを向いている。

 

 それを悟った瞬間、かつてないレベルで身体が硬直した。

 金縛り、まさにそんな言葉が似合うだろう。俺の体はピクリとも動かない。手足はおろか、開けた瞼すら閉じることができない。いま、呼吸をしていることが奇跡の様に感じられる程に身体がいうことを聞かなかった。

 

 それでも、律は止まらない。ゆっくり、ゆっくりと俺の入っているロッカーに向かって振り返る。

 その後ろで、様子のおかしい岡島がギョロっと身体ごと俺のいるロッカーを睨みつけるように動いたのを感じた。

 

 ゾーンに入る。恐怖と緊張から深度が深まる。世界から色が失われ、モノクロに染まった景色がほぼ止まって見える。

 体は動かない。普段、この段階ならば、空気が物理的に重く纏わり付くような感触がありながらも動くことは出来た。だというのに、今の俺にはそれがなかった。

 

 ほぼ止まって見える世界で律が動く。

 ゆっくり、ゆっくり、ジワリジワリと確実に。

 

「————————っぁ」

 

 その時はやって来た。目があった。

 律と……いや、律が映っているべき液晶に映り込んだ、明らかに正気を失った様子の岡島の目と。

 

「のおぉぉぉざあぁぁぁぁぁきぃぃぃ……」

 

 ガバッと、いつの間にかロッカーの扉の前にやって来ていた岡島が狂った様にロッカーを揺らす。そこに俺が入っているのを理解して、ガタン、ガタンと。大きく揺さぶってくる。

 

 おかしい、明らかに正気じゃない。それに、いくら鍛えてるとは言え、成人男性並みの体重の俺と金属の塊であるロッカーを常人がこんなに激しく揺さぶれるわけがない。

 

 目の前の、岡島に似た狂人。

 しかし、そんなこと気付いた所で体の動かない今の俺になす術があろうはずもない。されるがまま、揺られる。

 

 やがて、ドキャッとけたたましく軋む音を立てながら扉が破られる。比喩でもなんでもなく、箱の中のティッシュを取るみたいに、最後の砦は無惨に、抵抗すらなく奪われた。

 

 迫る絶望。眼前に迫る、異形。

 悲鳴もなく、抵抗もなく、俺は、それに喰われた………。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

「————はっっっっ!!!?」

 

 飛び起きる。寝汗でビッショビショなシャツ、オネショしたんじゃないかってレベルで濡れてるシーツ。

 念の為、下着が汚れてないか確認して、セーフだったことに安堵しつつ、俺はゆっくりと身体を起こした。

 

 なんか、やべー夢だった。

 なんだよ、裸ネクタイの岡島にそっくりな不審者に追いかけ回されるって。夢は深層心理の願望が形になるとか聞いたことあるけど、そんなわけないよな、流石にこんな願望はないぞ。

 

 ため息を吐きつつ、朝からシャワーを浴びて、着替え、洗濯物を出す。まさかこの歳で爺ちゃんと婆ちゃんに寝小便を疑われるハメになるとは思いもしなかった。朝から誠に遺憾である。

 

『あの、乃咲さん。大丈夫でしたか?凄く魘されてましたよ?起こそうと声をかけたんですが、起きてくれなかったので』

 

「いや、気にしないでくれ。変な夢見ただけだ」

 

『どんな夢なんです?』

 

「浅野と悠馬と俺でE組の噂を確かめに行ったら、三村がいて、そのあとグラウンドで走り回る裸ネクタイの岡島もどきに追いかけ回された挙げ句、食べられた」

 

『それはなんとも……。でも、あんな時間に学校に行くからでは?その夢も途中まで現実にあった景色ですし』

 

「………………なんて?」

 

 律からとんでもない情報が投下された。

 今の、全部が夢じゃないのか?

 

『昨日、乃咲さん、浅野さん、磯貝さんは喫茶店でE組の山にまつわる噂を確かめるという話をしたらしく、日がくれた後に学校に行きました。そこでエアギターをしていた三村さんに遭遇したんです。あと、乃咲さんの浅野さんへの呼び方が下の名前になってたのがとても印象的でしたね』

 

 まて。その流れは寸分違わず俺のまた光景と同じだ。確かにそういう流れで俺たちは不審者の調査に向かった。

 

『そして三村さんと合流したあと、乃咲さんが頻りに帰りたがったんです。『早く帰ろう。こんな時間にぶらぶらしてるのは良くない』って。なんだか鬼気迫る様子で。皆さん、驚かれてましたね。そんなに言うなら帰るか。と』

 

「待ってくれ、俺はそんなこと言ったのか?」

 

『……?えぇ。覚えてませんか?』

 

 覚えてはいる。だが、俺の記憶と一致しない。

 俺はそんなことは言ってないはずだ。

 

 なんだか釈然としないまま家を出る。

 だが、律が話してくれたことは事実だった様で、昨日の面子から心配の声が来ている。

 どうやら、現実と夢は本当にグラウンドを見に行くか、行かないかくらいの違いしかなかったらしく、三村からは『俺、やっぱりバンドとかやって見てぇ!』とメッセージが来てた。

 

「やっぱり夢だったのかな…………」

 

「あっ!圭ちゃん!おはよー!」

 

 俯き、呟き、頭を抱えて歩いてると倉橋さんの声。

 あぁ……。なんだか安心する声だ。普段はそういうのを聞いたりしないが、今回ばかりは倉橋さんのASMRとかないなぁなんてついつい反射的に考えてしまった。

 

「おはよう、倉橋さん」

 

「おはよ!どうしたの?なんかどんよりしてない?」

 

「変な夢を見た」

 

「変な夢……?」

 

「裸ネクタイの岡島風な化け物に追いかけ回されて、教室で食べられる夢」

 

「……………えぇ…………」

 

 流石に倉橋さんも困った様子だ。

 いや、ほんと、なんであんな夢を見たのか。

 

 倉橋さんとの会話もなんだか朧げな中、なんとか足を動かして学校に到着する。夢見のせいか、体調があんまり良くない。家を出るまでは何ともなかったが、考えれば考えるほどに悪化してる気がする。

 

「あ、乃咲に倉橋。おはよう」

 

「みんな、おはよー!」

 

「おはようさん……」

 

 みんなに挨拶して歩き、席に着く。

 すると、見知った面子が近寄って来た。

 

「どうしたの?乃咲、顔色悪いよ?」

 

 心配そうな茅野。

 

「やっぱり昨日、なんかあったのか?」

 

 不思議そうな悠馬。

 

「なぁ、体調悪いんじゃね?一旦、殺せんせーのところ行ってこいよ。前ほどじゃないけど元気じゃないのは分かる」

 

 気遣ってくる三村。

 

 渚や杉野、矢田さんや岡野たち。なんだかんだでカルマとイトナもぶっきらぼうではあるが、心配してくれてる。

 周りに言われるとやっぱり気になってくるので、みんなの言葉に従って殺せんせーの所に向かう。

 

「………はぁ」

 

 思わずため息。

 

「おっ、乃咲ぃ〜、おはよ〜」

 

 そんな中、今、ある意味では一番聞きたくない声が。

 

 振り返る。

 

「お〜い!」

 

 ブンブンと手を振りながら笑顔で駆け寄ってくる岡島。

 

 その瞬間、脳裏にあの光景が過ぎる。

 

「のおぉぉぉざあぁぁぁぁぁきぃぃぃ……」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!?」

 

「ちょっ!?なんで逃げる!!?」

 

 思わず全力で悲鳴を上げながらゾーンに入り、全力疾走。

 普段の空気が物理的に重くなる段階をすっ飛ばして、殺せんせーに禁止された段階まで一気に加速する。

 

 目指すのは職員室。

 

「殺せんせぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「にゅやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」

 

 俺の剣幕に驚いたらしい殺せんせーが飛び上がる。

 まだ他の先生方はいなかったらしく、俺が驚かせてしまったせいか、殺せんせーの机の上にあった無数の写真が飛び散った。

 

「どどど、どうしましたか!?そんなに血相を変えて!?」

 

「お、岡島が夜に、裸で、ネクタイでぇ………!!」

 

 改めて口にすると酷い字面である。

 しかし、殺せんせーには伝わったようで。

 

「あぁ。もしかしてこれですか?」

 

 一枚の写真を手渡してくる。

 

 そこに映るのは………。

 深夜のグラウンドを全裸にネクタイという奇妙な姿でニヤけながら走り回る岡島の摩訶不思議な様子。

 

 普段であれば、ドン引きするか、笑い飛ばしたであろう、その写真をみて、俺は一気に悪夢がフラッシュバックする。

 

「————ぴぇぃ」

 

 身体から力が抜ける。

 

「ちょっ!?乃咲くん!?乃咲くーーーーんっ!!?」

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

「————はぁっっっ!!!?」

 

 掛けられていた布団をめくり、身体を起こす。

 視界に映るのは見慣れた校舎の保健室。

 

 どうやら、気絶したらしい。

 

 ふらふらとした足取りで保健室を出て、グラウンドを見る。

 体育をしているらしく、みんながナイフを素振りしてた。

 

「……?」

 

 しかし、なぜだろう?一瞬だけ、バスケットゴールの下に見覚えのない男子がいたような気がする。

 

 目を擦り、もう一度視線を向けるが、そこには誰もいない。多分、気のせいだろう。気を取り直し、職員室へ向かう。

 

 起きたことを伝え、今日は早退させて貰おう。

 なんだか気だるい肩をほぐしながら歩く。

 

 忘れよう。流石に夢に振り回されすぎだ。 

 深く深呼吸。そうだ。全部夢だ。

 

「のおぉぉぉざあぁぁぁぁぁきぃぃぃ……」

 

 だから、この声も。きっと幻聴だ————。

 




あとがき

はい、あとがきです。

まさかのネイキッド岡島回でした。
無論、うちの作品の世界線でも岡島はネイキッドになってますが、流石にその姿のまま他人を追いかけ回すようなことはしません。

果たしてこの後、圭一がどうなってしまったのか……。
それは誰も知らないのであった…………。

今回もご愛読ありがとうございます!
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