暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えてたくさんの高評価、感想、誤字修正ありがとうございます!

今回も投下致しますのでお付き合いください……。


109話 追憶の時間

 

 眠っているとふと、確信することがある。

 あぁ、俺は夢の中にいるんだって。なんとなくぼんやりと、でも妙な輪郭を帯びた確信をもって断定する。

 別に身体がふわふわと浮遊しているような感覚もなければ、夢の世界だと断定できる判断材料があるわけでもないし、夢を案内する妖精みたいなファンタジーがあるわけでもない。

 

 ただなんとなくそう思うだけ。

 

 だが、今回はそんな確信を肯定するみたいに、あるいは正解を当てられたご褒美だと言わんばかりに視界の凡ゆる所に線で絵が描かれ、影で立体感が生み出され、色が付くことで現実に変わってゆく。まるでラフ画がアニメーションになる過程の一部始終を見せられているみたいだ。

 

 そんな景色の中で懐かしい人を見た。

 

「初めましてってのも少し変かな?来年の3月からキミの担任になります。よろしくね、乃咲くん!」

 

「……え、いや……。えっ?E組の山からわざわざ?」

 

 自分の口が1人でに動く。

 これは過去の記憶なのだろう。恐らくは雪村先生と会話したという意味で初めての出会いのワンシーン。

 

 あの人は校内でも人気の先生だった。若くで元気で愛想が良くて、容姿も整っているのだから嫌われる理由がない。

 強いて嫌厭する理由があるとすれば、彼女がE組の担任であったという点くらいなモノだと思う。

 

 だが、俺はそんなあの人のことが苦手だった。

 

 俺のE組行きが決まってからは毎日毎日顔を見に来た。あんな山の奥からわざわざ放課後に降りて来て、顔を見て、一方的に話して去って行く。そんな毎日だった。

 会うたび会うたび楽しそうに笑い、やり甲斐感じてます!と行動で示す様に疲れた素振りを見せず、頼んでもいないのに会いに来るのが正直に言えば鬱陶しかった。

 

 だから聞いてみた。なんで俺に関わるのか。教師と生徒だからだとしても、それは次の3月からで良いはずだ。なのにわざわざE組の山からしんどい思いをしながら降りてきて、一方的に話しかけてまた山を登る。そんな苦行というか修行染みたことをなんでするのかと気になって仕方なかった。

 

 そんな時だった。あの言葉を聞いたのは。

 

「先生。なんで俺みたいな不良にそんな関わるんですか。アンタは生徒指導部の人でもなければ俺の担任でもない。繋がりといえば次の3月からの担任って程度だ。それなのにツンケンして会話が成り立たない不良になんでそうやって手間をかけて接するんですか?時間の無駄だと思いません?」

 

「乃咲くんはヤンキーだけど不良なんかじゃないよ!」

 

「……答えになってませんが。つーか、その2つって似たような意味でしょ。どんな違いがあるんですか」

 

「うーん。ヤンキーは不器用で居場所が見つけ辛い人。不良は不真面目で自分の居場所を自分から捨てちゃう人かな?」

 

「だったら俺は後者でしょ」

 

「え?違うでしょ。乃咲くん悪い子じゃないもの。周りの期待に応えようとして頑張って、周りの勉強を見てあげたりとか。磯貝くんを恐喝したって話も本当は庇ってあげたんでしょ?今は何をやれば良いのか分からなくて迷走してるだけだと思うから。だから乃咲くんは不良じゃなくてヤンキーだよ!」

 

「…………どうだか」

 

 雪村先生の言葉が胸に響くことはなかった。ただそのポジティブな考えに呆れて、口から出まかせに俺のことを分かってる風に言葉を並べてるだけなんだと。当時は思っていた。

 

「それに、乃咲くんがヤンキーとか不良とか関係ないの!だって私の生徒だもん。先生がみんなの為に動く理由なんてそれで充分でしょ!それが教師ってもんです!」

 

 俺はその言葉を信じなかった。綺麗事だと切り捨てた。だって『なんで父親は優秀なのにお前は出来が悪いんだ!?』とその教師に言われて大して時間が経っていなかったから。

 自分に問題がないとは言わない。だが、それでもタイミングが悪くなかったと言えばそれは絶対に間違いだ。

 

 でも、それが言い訳に過ぎないのもまた事実で。結局、殺せんせーと雪村先生が入れ替わる様に現れ、去ってしまうまで俺はただの一度もあの人に心底から心を許すことはなかった。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

 目が覚める。胸に去来するのは罪悪感と申し訳なさ。

 何気なく見た夢でこんな気持ちになるとは思わなかった。熱でもあるのかと計って見るが普通に平熱だ。

 

 もし、あの人を夢に見るきっかけのようなものがあるとすれば……恐らくは茅野の言葉だろう。

 

「ヤンキーではあったけど、不良じゃない……か」

 

 雪村先生と茅野に言われた言葉を呟く。

 本当にどうしてその言葉を思い出したのかは分からなかった。雪村先生のことは終始苦手だったし、教師というか周りの大人というか、そんな人たちに対して不信感を抱いていたあの頃の俺に彼女の言葉は響いていないと。そう思っていたから。

 

 だが、こうしてよりにもよってその言葉を思い出すあたり、何かしら救われる部分は合ったのだろうか。

 

 考えてみる。考えてみるが、結論はでない。

 そもそも、俺が出そうとしてるのは何に対する結論なのだろう?また夢について思わず本気で考えこむ。

 

 良いや、またあとで考えよう。

 そう思考を一旦区切って、スマホのメモ帳に一応打ち込んでおく。夢の内容なんてすぐに忘れてしまうのでなんとなく忘れないようにと。普段からやってるわけじゃないけどね。

 

 さて、今日は何をしようか。

 

 体育祭は終わり、今日は土曜日。学校は休みだし、烏間先生も仕事で学校に来れないらしいので訓練も特にない。偶には自主練を休むのも良いだろう。久しぶりに街を散策するか。

 

 そうと決まれば婆ちゃんが作ってくれた朝食を食べて財布を持ち、家を出る。今日はスマホに律も居ない。なんとなく思考を今朝の夢について割きたいので彼女には悪いが『エロ本買いに行ってくる』と伝えておいた。

 顔を真っ赤にさせて何かあったら呼んでくださいと画面から消えたのは流石に予想外だったが、あの子はいつの間にか羞恥心も持つようになったんだなぁ、と感心した。

 

 しかしまぁ、実際にはエロ本なんて目もくれずに街中を無軌道にぶらぶらと歩き回る。プラモデル屋に行ったり、電気屋に行ったり、ゲームショップを覗いたり、とうとう1人でもメイド喫茶に入るようになったらしい寺坂を見つけたり。

 

 これと言った目的地も持たずに歩き回る。 

 なんというか、ルンバの方がまだ規則的に動いているだろうと自分でも思うほどに節操なくあちこちを歩き回った。

 

「あぢぃ………。夏真っ盛りだな……」

 

 しかし、それでも頭の片隅にあるのはやはり今朝の夢。中々レア物のプラモを見つけても、やってみたかったゲームがセールされててもあんまり感動しなかったのはその所為だろう。

 

 でもまぁ、そんな集中力が散漫な状態でも気付くことがある。

 

「………工事多いな」

 

 行く先々で見つける工事中の建物。工事中というか、建設途中というか。発展目覚ましいな。椚ヶ丘はニュータウンと言うわけでもない。決して狭くはないが広くもない。だから、なんとなく工事してる建物の多さに少し驚く。

 

 この街に企業というか、人の目を引くようなものなんて対してないと思うのだが……。

 あ、いや。殺せんせーという国家機密がいるのである意味では世界各国首脳たちに一番注目されてる街ではあるか。

 

 しかしまあ、そんなこと民間企業が知るわけもないので何となくスマホを取り出して調べてみる。

 気になることは即確認したくなるのは現代っ子の特徴なのかな。それでもそんなニーズに答えられる情報網を誰でも持てるのは便利なものだ。椚ヶ丘で何かあるのか、あったのかを調べてみると案外色々と出てくるものだ。

 

 一番新しいのはイトナのやらかした電気屋襲撃、続いて殺せんせーが正体であろう椚ヶ丘の七不思議、そして研究所爆破、イトナの実家の倒産……。こうしてみると色々起こってる。

 

 だが、研究所爆破とはなんだ?椚ヶ丘に住んで結構経つがそんな事件聞いたことがない。

 

 不意に興味を引かれて調べてみると、知らない理由に納得した。今年の3月12日にガス漏れとかで町外れにある研究施設が爆発したらしい。

 今年の3月12日と言えば月が蒸発して三日月になった日だ。そりゃあ街の小さな研究所の爆発なんて話題も掻っ攫われる訳だ。なんだか嫌な納得感を得てしまった。

 

 しかし、3月12日という日付は呪われているのだろうか?実を言うとその日は俺の誕生日であるのだが………同時に母さんの命日でもあり、月が蒸発した日でもあり、研究所が爆発した日でもあり、なんなら人類が滅亡するかもしれない日でもある。

 

 なんとも受け取りたくない誕生日プレゼントである。

 

 ………誕生日プレゼントか。そう言えば、あの日、雪村先生から貰ったっけ。『ほら!先生とお揃いだよ〜!』と腹八分目とかプリントされたクソダサいTシャツ。

 

 一度も着てなかったが、今度着てみるか。

 

「………不思議なもんだなぁ」

 

 なんとなく呟いてみる。

 雪村先生のことを考えて、街で何が起きてるのか調べて、誕生日について考えて、雪村先生に戻ってきた。

 人の思考というのは根幹で考えている部分にどんどんやっていくモノなのかもな。余所見して歩いていると見てる方向に寄っていってしまうのと同じなのかもしれない。

 

「何が不思議なの?」

 

「んぇ?」

 

 何気ない独り言に返事が来て驚く。

 聞き慣れた声なのに注意力が散漫になっていた所為なのか、その気配に気付くことが出来なかった。

 

「珍しいね、乃咲とこんなところで会うなんて」

 

「茅野?そっちこそ。休みの日に出会すのは初めてだな」

 

 不思議そうに首を傾げる茅野がいた。

 珍しいこともあるもんだ。E組が始まってから結構経つ。みんな同じ中学に通ってるだけあって住んでる場所も近いから外出先で見かけることは珍しくない。でも、こうして茅野を見つけるのは初めてだ。考えてみると少し不思議な話だな。

 

「それで?何が不思議なさ?私でよければ話聞くよ?」

 

「うーん……。誰かに話すほどの事でもないんだけどさ。茅野は大丈夫なのか、みたところ買い物帰りでしょ?」

 

 そう、茅野の手を見てみるとこの辺のドラッグストアのレジ袋が握られていた。お使い帰りかな。

  

「まぁね、家の痛み止めがキレちゃって。買いに来たら乃咲がいましたとさ。良いよ、これくらい重くないし。それにこれまでの流れ的に乃咲が1人で何か考えてるの心配になるんだよねぇ」

 

「あはは……面目ない」

 

 そう言われると弱い。ある意味で考え過ぎた結果ぶっ倒れてしまった実績がある以上、下手に断れないな。

 

「わかった。近くの喫茶店で良い?話聞いて貰うわけだし、プリンと飲み物くらいは奢るよ」

 

「え、ほんと?ラッキー!」

 

「現金な奴め……」

 

 明らかにテンションが上がった茅野に苦笑しつつ歩き出す。ただまぁ、聞いてもらって何の答えが出るのかは正直未知数だけどな。前の担任を夢で見たとか相談されるのって困るだろう。

 そもそも茅野は今年度からE組に来た。タイミング的に雪村先生と会ってないので知らない人の話題になる。

 

 これがまだクラスの女子が夢に出たとかなら恋バナとかに発展してもおかしくはないが、話がどんな風に展開するのか想像もつかない。さてどうなることやら。

 

「それでそれで?悩み多き年頃の男子は何を考えてたのかなぁ?お姉さんに話してみてよ〜」

 

「同い年だろ」

 

「乃咲って確か誕生日3月でしょ?殺せんせーが『にゅやぁ!?先生と同じ誕生日です!!』とかはしゃいでたし」

 

「そうだけど。なら茅野は?」

 

「1月だもん。私の方が2ヶ月お姉さんです〜」

 

「たった2ヶ月じゃん……」

 

「言うても乃咲があと1ヶ月遅く生まれてたら学年違うからね?数週間でも案外バカに出来ないもんだよ」

 

「それはそうだけどさ……。まぁいいや。俺が何を考えていたのか、だったよな?別に面白いことは考えてないぞ?」

 

「まぁまぁ、いいから。ほら」

 

 結構押しが強い茅野に口を割る。

 まぁ、喫茶店で話すか、ここで話すか。たった数分の違いしかない訳だしな。いつ言っても変わらないか。

 

「前の担任についてだよ」

 

「………………ぇ?」

 

 俺の答えに茅野が固まる。ピシリと石に亀裂が入るように、あるいは一瞬で石化したみたいに動きが止まり、目を見開きながら今までみたことがない表情で俺に目を合わせてくる。

 意識の波長を意識してみると、波が激しい。どうやら彼女にしては珍しく本気で動揺しているみたいだった。

 

「………前の担任って雪村先生……だよね?」

 

「茅野知ってたのか?ってまぁ、名前自体は何処かで誰が出したのかもな。何故か夢に出て来たからさ。少し気になった」

 

「………………ふーん………」

 

 喫茶店に着く。店員に適当な席に案内される。その道中、茅野の様子は何処か上の空でなんだか、心ここに在らずと言った様子。なにか、彼女の琴線に触れるところでもあったのか?

 

「茅野、注文は?」

 

「………とりあえずプリンならなんでも良いや……」

 

「分かった」

 

 去ろうとする店員を慌てて捕まえて、プリンとコーヒーを2つ頼み、改めて茅野と対峙する。

 

 彼女はなにやら考え込んでいる様だった。

 それだけ真剣に俺の悩みの様なモノを考えようとしてくれてるとも捉えられるが、そう言うには俺から出した情報はあまりにも少ない。なにか、別のことで考え込んでいるのか?

  

 内心で首を捻っていると、茅野の口が動く。

 

「それで………どうして急に前の担任の話?」

 

 どうやら一旦は俺の事を聞いてくれる気になったみたいだ。別にそのままスルーしてくれても良かったのだが、聞かれた以上、胸を借りるつもりで答える。

 いつもなら借りられる程の胸はないだろう、なんて茶々を入れて、茅野から強烈な反撃を貰う場面だが、今回は相談に乗ってもらってる側なのでやめておこう。

 

「さっきも言ったけど、夢に出たんだ。俺としてはそれだけのことなんだ。でも、どうして今更になってそんな夢を見たのか気になってさ。街をぶらぶらしながら考えてた」

 

 俺の言葉に茅野は特に頷く事もなく運ばれてきたコーヒーを啜り、考え込むようにカップの中の黒い水面を見つめる。

 

「……そういうのってさ、何かきっかけがあるもんだよね。何か合ったんじゃない?思い出すような何かが」

 

「あるにはあった。茅野さ、体育祭の時に俺に言ったよな?乃咲はヤンキーだけど不良じゃないって」

 

「うん……。言ったね」

 

「同じこと、雪村先生にも言われた。多分、きっかけはその時にあの人を強く意識したことなんだと思う」

 

「………夢に出たきっかけみたいなのは分かってるんだ?じゃあさ、何にそんな考え込むことがあるの?」

 

 もっともな質問だ。茅野に対して出した情報だけなら今のが結論になってしまう。しかし、少し躊躇する。

 茅野は何処となく、雪村先生の話題が出た時から様子が変わった。動揺してるのは間違いない。でも、それ以上に何か警戒してるように見える。ふとした時に見せる無理した笑顔すらそこにはない。何となく、見定められてる気がする。

 

 そんな相手に、俺の思ってることを話して良いものか。

 

 ゾーンに入る一歩手前の思考で考える。そして話してみることにした。今の茅野は誤魔化されてくれそうにない。何となく、そんな気がしたのと、今、本音を話さなかったら何か踏み外してしまいそうな気がしたから。

 

「雪村先生を思い出す材料があまりにも少なかったんだ。あの人を思い出すだけならE組の教室でも出来た。なのにあんまり思い出さなかった。だから不思議だったんだよ。茅野と先生の言葉が似てるってだけで思い出して夢にまで見たのがさ」

 

「それだけ雪村先生の言葉が響いてたってことは?」

 

「断言するのは忍びないが、ない。正直に言うと俺は苦手だったから。多分、雪村先生が、と言うより教師というか、大人が。だから先生には悪いけど夢に見るほど感動したとかはない」

 

「ん〜。じゃあ、さっき言ってた不思議なもんだなってのは?それなのに夢に出て来たことに対する感想?」

 

「いや、夢のことを考えながら気分転換ついでに歩いてたんだけどさ。最近椚ヶ丘で起こってることを調べてみたら、3月12日にこの街の研究所が爆発したって情報に行き着いてさ」

 

「——ッ」

 

「………茅野?」

 

「ん?どうかした?」

 

 なんだろう。茅野の波長が一瞬乱れた。

 

「なんでもないなら良いや。んで、そう言えば誕生日にプレゼントって先生とお揃いのシャツ貰ったなぁ〜って思い出してさ。最終的に話題があの人に戻って来たんだ。人の思考ってこうやってループするのかなぁって。それが不思議だったんだよ」

 

「………なるほどね。そう言うことなら私もあるかなぁ」

 

 口調は穏やかな茅野。しかし、言葉の節々に間がある。まるで言葉を選んでいるような、考えを整理してるみたいな間隔が。

 珍しい。茅野は割と率直に意見を伝えるタイプだと思っていた。事実、結構辛辣なこと言われるし。

 

「でも、夢って人が無意識に気にしてることが出るって言うよ?多分、雪村先生関連で何かあるんじゃない?」

 

「………かもなぁ」

 

 彼女の顔は真剣だ。笑みはない。ただ、真っ直ぐに俺を見てくる。正面から見据えるように、目の奥を覗き込むみたいに視線を向けてくる茅野と視線が交錯する。

 

 なんだか懐かしい感覚だ。どうしてだろう。

 

 過去を振り返る。その懐かしさと、雪村先生のことを気にするきっかけとでも言うべき瞬間を思い出すように。

 

「……ぁ」

 

 そして、脳裏を一つの記憶が過った。

 

「何か思い出した?」

 

 茅野の問いに首を縦に振って答える。

 

「あぁ。思い出した。夏休み明け、俺が倒れた時に思ったんだ。『周りは意外と俺のことを見てくれていた。雪村先生は俺のことをしっかり見てくれていた人なんじゃないのかな』って」

 

 言いながらあの人が俺を尋ねに来ていた頃を思い出す。

 

「E組に落ちることが決まった日。あの人はE組の山から飛んでくるみたいに走ってきていきなり挨拶してくれたんだ。次の3月から担任になる雪村です!ってさ。びっくりしたよなぁ」

 

「でも、さっきの話だとそれも嫌だったんじゃない?」

 

「だな。正直に言えばウザかった。俺が一番スレてた時期でさ。どんなに頑張っても上手くいかなくて、褒めてもらえなくて、認めてもらえてない気がしてて。すごく鬱屈してた。そんな時にめちゃくちゃテンション高い人に絡まれたら疲れるよな」

 

「確かに暗殺教室が始まったばっかりの頃の乃咲はそんな感じしてたかなぁ。話しかければ答えてくれるけど、基本的に進んで話しかけるタイプじゃないって感じ」

 

「スカしてただけだよ。今もその気は抜けてないしな。んで、当時は雪村先生に苦手意識を持ってたんだけど……あの人はそんなの関係ねぇって言わんばかりに毎日会いにきた。よく進路指導室に引き摺り込まれたもんだ」

 

「……あ〜。精神的にまいってる所にテンション高めな人が絡んでくるのかぁ……。確かにそれは苦手意識持つかも」

 

 何やら妙に得心したらしい。しみじみと頷いている。

 だから言葉を続けた。少し前に病院で何気なく思い至った結論。たった一言の結論だったけど、これを機に雪村あぐりという人物に対する造詣を深めるのも悪くないだろう。

 

「でもさ、それって多分、先生が俺のことをしっかり見ようとしてくれてた……いや、見てくれてたからなんだと思う」

 

「………そう?」

 

「まぁ。今にして思えばって奴だけどさ。俺は誰かに認めて欲しかった。でも結局誰にもそれを伝えられず、周りからの評価も悪い部分しか見ることができずにいた。だから自分を見てくれない周りが嫌いで。でも、内心では認めて欲しいって拗らせて。そんな部分を見抜かれてたんじゃないかなって」

 

「どうしてそう思うの?」

 

「多分、俺が心底から人との関わりを嫌がってたらあの人は動けなかったと思う。俺が周りの評価は関係ない、自分は自分だってスタンスを徹底してる、ある種の自律をしてるなら本格的に担任になった時に指導すれば良かった。でもそうしなかったのは俺が中途半端にフラフラしてたのが危うかったからなんだろう。言ったよな、茅野に言われたのと同じことを言われたって」

 

「ヤンキーだけど不良じゃないって?」

 

「そ。俺はその二つの違いを聞いたんだけどさ。『ヤンキーは不器用で居場所を見つけられない人』って言われた。んで、その時の俺は周りとの軋轢で孤立してた。学校に居場所がなかった。まさに先生のいう通りだった」

 

 思い出す。あの頃は周りが全部敵のように見えていた。どいつもこいつも俺と父さんを比較する採点者で、父という100点を合格基準にして俺という80点を不良品と切り捨てる独裁者に見えていた。そんな周りが嫌いだった。

 

 E組に馴染む前に言われていた『周りに興味なさそう』というのもあながち間違いじゃなかった。

 認められたがっていた癖に俺は周りを認めなかった。なまじ昔は出来ていたという自負があったから周りを一切見下していないかったと言えば嘘になる。だから、廊下の真ん中を馬鹿笑いしながら我が物顔で歩く連中が嫌いだった。

 

「先生に毎日の様に進路指導室に連れこまれて、聞いても居ないのに色んなことを話して。実は婚約者がいる〜とか、実家が製薬会社だとか、俺たちと同じ学年の妹がいるとか。殆ど聞き流してたけど、あんな風に強引に同級生たちから話してもらってなかったら俺は問題起こしてたかもしれないし。やっぱり、あの人はしっかり見ててくれたんだろうなぁ……」

 

 口に出して見ると考えが整理される。

 そっか。雪村先生は見ててくれた"かもしれない"なんかじゃなくて、しっかり“見てた"んだろう。

 

 こうして振り返ってみると申し訳なさが積もるばかりだ。

 

「……乃咲、なんか気分沈んでない?」

 

「…………かもしれない。今更になって我ながら酷い態度ばかり取っていたと申し訳なくなってきた」

 

 茅野に内心を見透かされていたみたいで指摘が飛ぶ。

 否定出来ないくらいに俺の内心を捉えた言葉に頷く。

 

 しかし、茅野は意外と言うか、なんだか思った以上に親身に俺の言葉を受け取ってくれたらしく、神妙な面持ちで言う。

 

「でもさ、聞いてもないのにとか言ってる癖に先生の言ってた言葉は覚えてたんでしょ?じゃなきゃ婚約者だとか、妹だとか。そんな話を覚えてるわけないもん。当時のスレた乃咲なりにしっかり聞いてたんじゃない?根が真面目だから」

 

「そうなのかなぁ……?」

 

「だと思うよ?それにこうやって昔のことを振り返ってみて、乃咲は先生が自分をしっかり見てくれていたって気付けたんでしょ?……先生も嬉しいんじゃないかな」

 

「でも、人を見れるようになりたいって意識して、今になって思えばって。過去を振り返らなきゃ気付かないんだぞ?」

 

「それでも気付けたじゃん。昔のことでもしっかり見れたんじゃないかな。それに私はね、乃咲は人のことみてると思うよ。貧乳関係では要らないことばっかり言うけど。でも、しっかり見てるなって思うこと結構あるもん。それでクヨクヨしてまた倒れちゃったら、それこそ雪村先生も悲しいんじゃないかな」

 

「………そうかな」

 

「そうだよ。私が太鼓判押しちゃう。なんなら倉橋さんも磯貝くんも、渚も、ひねた言い方するかもだけどカルマくんも頷いてくれるって。だから元気だしなよ」

 

 茅野の波長は穏やかだ。本当に真摯に俺を諭してくれている。それが今の俺には伝わってくる。

 ほんと、俺は成長してない。E組に戻るかどうか考えた時、倉橋さんに話を聞いてもらってスッキリした。その時に思ったはずだ。人に聞いてもらうと確かに楽になることもあると。

 

 しかし、こうして自分に対して呆れていても、それこそ彼女たちの言う通り、また思考がドツボにハマって危惧された通りになりかねない。だから、気持ちは切り替えよう。

 

「聞いてくれてありがとう、茅野。うん、スッキリした」

 

「そっか、なら良かった」

 

 プリン分の仕事はしたよねぇ〜、といつの間にか届いていたプリンに手を着け、心底幸せそうに頬張っている。

 

 なんだか変な気分だ。最初は様子が少しおかしかったのに、いつの間にか凄く真摯に聞いてくれて、今はネジが緩んだみたいにプリンに夢中になっている。

 この子もコロコロ表情変わるよな。倉橋さんとは少し違うけどさ。プリン食べてる時はたまに見せる何処か無理して感情を隠そうと笑ってる顔とは違う素の様なものが見える。

 

「ん〜!ここのプリン美味しいね!?」

 

 笑う茅野。その姿が一瞬だけ別の誰かに重なった。

 

 やっぱり、俺は茅野を見て誰かを記憶の中から呼び起こそうとしている。それが誰なのかはわからないけど、夏祭りの時とか、それ以降たまに感じていた違和感が現れる。

 

 なんだ?この感覚。

 

「あれ?乃咲は食べないの?このプリン、冷たい方が美味しい奴だから早めに食べた方が良いよ?」

 

 キョトンとした表情。駄目だ。一度気になりだすと頭から離れなくなってしまって仕方がない。

 

「茅野、ちょっと良く顔を見せてくれ」

 

「——えっ!?ちょっ!?」

 

 じぃ〜っと顔を覗き込む。

 俺の行動に驚いた様に身体を跳ねさせ、前とは違って少し波長に乱れを見せながらも徐々に落ち着いたのか、少し居心地悪そうにしながらも茅野の顔が真顔に近いものに変わる。

 

「……プリン、追加で頼んで良いぞ」

 

「えっ!?ほんと!?」

 

 表情がパッと明るくなる。とは言え、今の顔を無言で見つめられる状況を思い出し、直ぐに落ち着いたが、茅野が見せた笑顔は俺の記憶に沈んでいた違和感の正体を呼び覚ました。

 

「ぁ………」

 

 その瞬間、全てに合点がいった。

 どうして茅野をみて既視感を覚えたのか。どうして彼女の言葉で雪村先生の言葉を思い出したのか。

 

「………なるほどな」

 

 満足して視線を自分の分のプリンに映してスプーンを握る。

 脳が糖分に喜ぶのを感じ取りながらムチを打つようにコーヒーを啜る。やっと気付いたその既視感の正体に興奮しそうになる自分を落ち着かせた。

 

「むぅ……。なにさ、なんなのさ?」

 

「いや、茅野さ。雪村先生に似てるわ。笑ってる顔が特にね」

 

「——————あ、ぇ……?」

 

 呆気に取られた顔をする。

 まぁ、そりゃあそうか。顔も見たことのない前担任と笑顔が似てるとか言われても混乱するだろう。

 

「夏休み最終日の夏祭りで磨瀬榛名に似てるって言ったの覚えてるか?俺が倉橋さんの浴衣だけを褒めて皆んなに詰められて、お前がこういう時は〜って教えてくれた時の」

 

「……うん。覚えてる」

 

「あの時、初めて茅野の顔をまじまじとみて実はもう一つ引っかかってた。あと1人、誰かに似てる気がするって。それからも度々脳裏を掠める誰かが居たけど……ようやく分かった。多分、俺は雪村先生と同じ言葉で連想したんじゃなくて、雪村先生に似てる茅野の雪村先生と同じ言葉だったから思い出したんだ」

 

 話の中で彼女の心臓が跳ねる音が聞こえた。 

 

「なんでだろうな?正直、顔はそんなに似てると思わないんだけどさ……。ふとした表情というか、雰囲気が似てる気がする」

 

 彼女、雪村先生と何かあるんだろうか?

 今日の彼女の言葉は何処か確信みたいなモノがある様に感じた。特に雪村先生がどんな風に考えるのかを話してくれる時は。

 

「……………そっか……そっか」

 

 彼女の口から『そっか』と聞くのは今日何度目だろう。

 だけど、これまで聞いたその短い言葉に込められていた、納得や安心とかそう言うニュアンスよりも、何処か今の呟きには嬉しそうな色が強く混ざっている様に感じた。

 

 その後、少しだけ無言になった。

 茅野は結局、プリンの追加注文することなく、お互いに無言のままプリンを食べて、ゆっくりとコーヒーを啜り、どちらとも無く立ち上がって会計を済ませて喫茶店を出る。

 

「ごちそうさまでした。ここ美味しかったね」

 

「だろ?」

 

「うん、今度……いや、また一緒に来たいな」

 

 今、何を言いかけたのだろう?

 気になったが、言い直したということは深くツッコむのは野暮って奴なのかもしれない。少し戯けて言う。

 

「次は会計は別な」

 

「ちぇー」

 

 それに乗ってきた茅野が隣に並ぶ。

 店を出て、しばらく歩く。いつの間にか茅野と出会った道まで戻って来ていた。まだ昼前だし、もう少しぶらつこう。

 

「さて、んじゃ。ここまでにしようか。今日は話聞いてくれてありがとうな、茅野」

 

「え……ぁ、うん……」

 

 お礼を言って解散を切り出そうとすると彼女の口調が少し歯切れ悪くなり、ほんの少しだけ雰囲気が沈んだ。

 もしかして、今度は茅野の方が何か思うところが出来たのだろうか?もしそう言うことならさっきのお礼をかねてこの後付き合うのもやぶさかではない。暇だしな、今日は。

 

「……………」

 

「えっと…………その……」

 

 うん、何かを切り出そうとしているのは分かる。しかし、会話が前進しない。モジモジしてると言うより、言葉を選びながら言うべきか、やっぱり言わないでおくかを決めあぐねている茅野と話を聞くにもどんな風に切り出すべきか分からない俺。

 

 ここは一時退却するか?

 戦略的撤退も視野に入れるべきかも知れない。

 

 そうだ、今日は一旦退いて茅野の様子を落ち着かせてから改めてこういう風に話す場を設けるのもアリでは?

 

 そうだ、そうしよう。それとなく悩みがあったらいつでも聞くぞ!とか去り際に残し、家に帰ってから時間を空けて寝る少し前くらいの時間に改めて『今日はありがとう、茅野もなんかあったら声かけてくれ』とかLINEで送れば完璧じゃね?

 やっべぇ!俺ってばコミュ力高けぇ〜!!これはマスター倉橋も感動のあまり免許皆伝をくれるに違いない。

 

「焦らなくていい。少なくとも来年の3月まではいくらでも考える時間はあるんだし、茅野が何を言いかけてるのか分からないけど、それまでで良かったらいくらでも待つからさ、言いたくなったらまた声かけてくれ。いつでも付き合うからさ」

 

 よーし決まった!あとはクールに去るだけだ。

 

「それじゃ、また————」

 

「まって……!」

 

 身体を放って振り向きつつ、少しカッコつけて去ろうとしたところで袖が掴まれる。弱々しい呼び止めとチマッとした掴み方。その割にしっかりと腕は止まった。

 どうやら何かを話してくれる決心は着いたのか?それとも出来れば今日話したいからまだ行かないでという意味なのか。

 

 何はともあれ、彼女がこの場で言いたいのならもう少し待ってみよう。どうやら話したいことがあるのは確定していて、俺に話してくれようとしてるのは決定らしいから。

 

 俺の思考の速度がそうさせるのか、あるいは現実でそれだけの時間が流れているのか、少し長く感じる沈黙の後。茅野は意を決した様に顔をあげるとそれでも恐る恐ると言った具合で口を開く。俺が予想しなかった言葉を伴って。

 

「雪村先生に………会いたくない?」

 

 喫茶店で潤したばかりの喉が乾いていくのを感じた。

 

 




あとがき

はい、あとがきです。

遂にパンドラの箱に触れた圭一。
箱を開けた先にあるのは破滅か救いか!かつての恩師と対面した圭一は何を思うのか!

それではまた来週お会いしましょう……。
今回もご愛読ありがとうございます!

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