暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えて沢山の感想、高評価ありがとうございます!

今回も投下しますのでお付き合い……。


114話 学ぶ時間

 

 生徒に対してどう向き合うのか。昨日、綾香という歳下の生徒を受け持つことになった時、それを考えた。

 しかし、やっぱり難しい話題だ。どう向き合うのが正解だとか、そんなのあるんだろうか。真剣に向き合うなんてのは正解なんかじゃなくて、そもそもの前提条件でしかない。

 

「………ん〜」

 

「ヌルフフフ、悩んでますねぇ、乃咲くん」

 

「…………殺せんせー。なんで朝っぱらから人の部屋の窓に張り付いてるの。それ、女子にやったら訴えられるぞ」

 

「まぁまぁ、そう言わずに。先生とお話しましょうよ」

 

 窓の外、カーテンを開けると殺せんせーがいた。

 けどまぁ、今更驚くようなことでもない。なにせ、日夜生徒の背後に張り付いては性犯罪にならない程度に隠し撮りをしている人だ。どこからどんなふうに現れても不思議では無いから。

 

「とりあえず上がってくださいよ。祖父母がいるのでお茶は出せませんけど」

 

「いえいえ。お気にならさず。お邪魔します」

 

 入って来た殺せんせー。そんな彼に質問を投げかけるべく口を開く。とりあえず、なんでこんな所にいるのか。

 

「それで、どうしたんです?この時間にわざわざ会いに来るのはだいぶ久しぶりですよね」

 

「キミが悩んでいるのでは?と思いまして。わかばパークで1つ歳下の生徒を受け持つことになったというのを聞きました。様子は見ていましたが、キミや渚くんは特に難しい生徒に出会ったようですから。何かアドバイスができればと」

 

 先生から欲しいアドバイス。その響きに殺せんせーに聞いてみたいことを連想するべく思考を回す。

 殺せんせーに聞きたいこと、か。思えば、そんなこと暗殺以外で考えたことがあっただろうか。

 

 基本、俺と殺せんせーの話題は暗殺関係だ。もちろんそれ以外の会話だってするが、殺せんせー個人について気になることを質問したことはあったかな。

 俺はみんなよりも殺せんせーについての情報を持っている。そしてある程度の考察の果てに、このマッハ20のモンスターが元人間であるという仮説に辿り着き、烏間先生もそれをお茶を濁す形で肯定した。

 

 だからかな。自分からこの人に質問しても殺せんせー的に答えられないんじゃないかって無意識のうちに考えて聞くことを避けていたのかもしれない。

 ……なるほど、そういう意味で俺は殺せんせーを見れていなかったのかもしれないな。なんて思い至った。

 

 そんなことを考えてふと疑問が浮かぶ。

 多種多様な技能や知識を持っている殺せんせー。人間だった頃は何者だったのか、それは勿論気になるが、どうしてそんな姿になってまで、教師をしているんだろう?

 

「殺せんせーはどうして先生になろうと思ったんです?」

 

 考えてみれば当然の疑問。どうしてそれを聞いてこなかったのか不思議になってくる問い掛け。

 それに対して殺せんせーは答えた。

 

「一番最初は……そうですね。簡単に言えば楽をしたかったから、でしょうか」

 

「……なんか随分と歯切れが悪いですね」

 

「すみません。どう答えたものかと、言葉を選んでまして……。そうですね……。私が教師……の真似事を始めたのは、私と同じ知識、技能を持つ者がもう1人いればやれることの幅が広がると考えたことがきっかけです」

 

「………忙しい時にあと1人自分がいれば〜とか考えるのと似たような感じですか?」

 

「そんな所です。私の一番最初の教え子も私のスキルと知識を求めた。利害関係から我々は師弟になりました。でもね、それが良く無かった。私は彼を見ることを怠ってしまったのです」

 

「殺せんせーの一番弟子……。俺たちの兄弟子か………」

 

「えぇ……。力を求める子でした。触手に侵されていたイトナくんとはまた違う。チカラへの羨望とでも言うのでしょうか。彼はそれに見合った才能も持っていた。私はそんな彼に望む力を与え、時として力関係を示し、能力を伸ばしました」

 

 殺せんせーにマンツーマンで付きっきりでチカラを伸ばされる。その上で彼に認められるだけの才能を持ってるとかどんな化け物に仕上がるんだろう?恐ろしい話だ。

 

「しかし、私は力しか伸ばさなかった。それが私の過ちでした。一番最初の教え子である、"彼"を"見る"ことをしなかった」

 

「………なんか、想像できないな。殺せんせーはいつも俺たちのことをしっかり見てくれてるのに」

 

「その評価は何より嬉しいです。私も君たちと出会えたことで成長できたということでしょうから」

 

 殺せんせーの声音は嬉しそうだ。いつものふざけまじりの声じゃない。本当に穏やかで、それでいて端的で。その雰囲気は普段の何倍も知的に見えてしまった。

 

「私が教師の真似事ではなく、本当の意味で“先生"になれたのだとしたら。それは私のことを見て、知ろうとしてくれた人が居たからです。彼女もまた教師でした。やる気に溢れていて、やり甲斐を感じてる姿をこれでもかと見せつけて、真っ直ぐに相手を見据える。そんな姿を私は真似ているのです」

 

 ポツポツと語る殺せんせー。なんだからしく無い。らしくないが、茶化す気にもならなかった。

 何処か楽しそうで、寂しそうで、悲しそうで、それでも俺に何かを伝えようとしてくれてるのは分かったから。

 

「……似た人を知ってる気がします。つい最近まで気づかなかったけど、あの人は俺と向き合おうとしてくれていた」

 

「……なら、先生からのアドバイスは一つです。教えることに悩んだら、その人の背中を思い出しなさい。相手を真っ直ぐ見据えて、目を合わせて、自分という存在を"見て"貰える嬉しさと大切さをキミは知っているはずです」

 

 そんな風に言葉を紡ぐ殺せんせーは俺に対して語りかけているのと同時にどことなく、その言葉を殺せんせー自身にも言って聞かせているように見えた。

 

「分かりました。俺にやれるだけのことをやってみます」

 

 俺の返事に殺せんせーは満足したように頷いた。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

「んで、本当にやるの?」

 

「まぁね。この2週間はキミの先生だから」

 

 そして今、俺は教え子の前にいる。

 国語の教科書と板書代わりのノートを広げて俺はいざ、教鞭を取ろうとしている。素人なりに必死に考えた内容で。

 

 正直に言うとかなり不安だ。この子にしっかり伝わるように教えられるのか、興味を引くことができるのか。

 内容自体はすっかり頭の中で組み上がっているというのに、いざそれを教えるとなると竦んでしまう。

 

 口を開こうとして言葉が詰まる。喉が乾く。

 正直、今ほどゾーンを使える体質で良かったと思ったことは無いかもしれない。そりゃあ銃撃されるよりはマシだが、それでも慣れないこと、性に合わないことをしようとしているのは分かるし、この体質じゃなかったらいつまでも無言で何も行動できなかったかもしれない。

 

 不安だ。不安だけど、やるしか無い。

 昨日、彼女に教えると決めた時はまだ楽観的だったが、その楽観視できるメンタルは死に絶えた。

 

 一呼吸おいて彼女を見る。

 綾香ちゃんは俺を見ていた。いや、正確に言えば、"こっち"を見ていた。相手の目ではなく、鼻を見ていた。

 相手の目を見れない時は鼻を見ろ、と。そうすれば顔は相手を向くから相手も自分を見られてる気になると。そんな感じの話を何処かで聞いたことがあるような気がする。

 

 そして思い至る。そう言えば、俺はこの子と目が合ったことがない。まだ出会って2日だが、目を合わせて話した記憶がない。

 

 それが何を意味するのか、俺には分からない。察することはできても、彼女の口から聞いたわけでは無いから正解とは限らない。俺に一体、何ができるのか。そんなことを考えた時、ふと、殺せんせーや雪村先生の姿が脳裏を過ぎる。

 

 そう言えば、あの2人は顔を上げるといつも真っ直ぐにこっちを見ていた。目が合うタイミングをいつまでも待ち続けているかのように辛抱強く俺の方を見てくれていた。

 

 なんとなく、そんなことを思い出すと教壇に立つ2人の後ろ姿も思い出される。思えば、チョークを握って板書をし、教科書を読み上げ、教材に載ってないポイントを語る時の2人の背中には迷いが無いような気がした。

 

 もしかすると、あの2人は迷いがなかったのではなく、本当は誰かに教えることが少し不安でもそれを見せないように振る舞っていたんじゃないのだろうか。自分たちの背中を見て追いかけ、育つ生徒たちが心配なく着いて来れるように。

 

 雪村先生は成績不振、素行不良の俺たちを導かなければならなかった。どんな風に向き合って、どんな方向に導いて、その為に何をすれば良いのか少しも迷わなかったのだろうか?

 

 殺せんせーは政府の方針と共に自分を殺す為の任務とは言え、普通の中学生だった俺たちを殺し屋、暗殺者に育てることに何の迷いも無かったのだろうか。不安も無いのだろうか?

 

 きっとそんな訳はない。そもそも教師というのは良くも悪くも生徒の人生を左右する仕事だ。間違った内容を教えたら間違った内容を覚えるし、正しいことを教えたら正しいことを覚える。

 自分の教えたことが全てではないにしろ、多少なりとも相手に影響を与えてしまう職業に着いていて微塵の迷いや躊躇いが無いわけがないと少なくとも今の俺は思う。

 

 殺せんせーは今朝言ってくれた。

 教えることに悩んだら、自分に向き合ってくれた人の姿を思い出しなさいと。きっと、それは俺の脳裏を過った人のことを指したのだろうが、俺にとっては殺せんせーもその1人だ。

 

 見てくれる、向き合って貰える嬉しさを相手に伝える。その為には彼らの様に迷ってる素振りを生徒に見せてはいけないだろう。少なくとも、生徒であるこの子の前では。

 

「それじゃあ、段落ごとに交代して読んで行こう。少し長いだろうけど頑張って。読めない漢字があったら都度教えるから遠慮しないで声かけてね」

 

「……はい」

 

 俺の呼びかけに彼女はしぶじぶと言った具合で頷き、そしてたっぷり30分かけて走れメロスの音読が終わる。

 やはり勉強が遅れてしまっていたり、学校に言ってないから教科書を音読する習慣がないのか、ところどころ詰まったりもしたが、無事に読み終わって一息吐く。

 

「はい、まずは水でも飲もう。流石にこんな長いのを音読すると喉が乾くからね」

 

「……いいの?授業中でしょ?」

 

「学校じゃないからね。それに夏は過ぎたと言っても暑いことに変わりないから。その辺は緩くやろう」

 

 俺が差し出した新品のペットボトルを開けると彼女はゆっくりと口を付けた。形とは言え、授業中に水を飲むのに抵抗があるみたいで、そういうところ、根は真面目なんだろう。

 

「さて、それじゃあ本格的に始めよう。水は喉が乾いたら随時飲んでくれて構わないからさ」

 

「……始めるったって、なにをさ。国語なんて内容覚えて、漢字の読み書き出来ればいいだけじゃん。それに昨日の三角算数とか覚えなきゃいけない理屈は分かったけど、じゃあコレは?走れメロスなんて何処で使うのよ?何処で使うかも分からないものに興味なんて抱けるわけないじゃん」

 

「それもマジレスすればって奴?」

 

「そうだけど………」

 

「じゃあ、今日は走れメロスをマジレスしていこうか」

 

「………は?」

 

 ポカンとする綾香ちゃんを他所に口を動かしながらペンを握って板書用に書いて来たノートに文字を書く。

 

「実は昔テレビで走れメロスで面白い授業を見たことがあってね。まずはそれを深掘りしていこう」

 

「……アンタにとって面白くてもアタシとってはちっとも面白くないとか思わないわけ?」

 

「まぁまぁ、そう言わずに。とりあえず俺が声を掛けた時に率直に思ったこととか適当なこと言ってくれれば良いからさ。んじゃあ、題して"走るなメロス"について解説していこうか」

 

「……既に原作のタイトル全否定じゃんか」

 

 初っ端からツッコミが来た。が、これは良い傾向だ。少なくとも話を聞いてくれていると言うことなのだから。

 

「物語の後半、メロスは親友との約束の為に必死に走ったよね。曰く『沈んでゆく太陽の10倍も早く走った』とか。これに関してはメロスがそれだけ必死に走ってたよって比喩表現なんだけどさ。実際に時速に直すととんでもない速度なんだよね」

 

「…………」

 

「まず太陽が沈む速度。これは地球の自転の速さで良いだろう。コペルニクスが天空が動いてるんじゃなくて地球が回ってるって言ってるからね。ガリレオも言ったとか言わないとか。んで、地球ってのは楕円形だから何処で計算するかで答えが変わるけど、メロスをガチ考察した人によると、走れメロスの舞台になってるシラクスの市ってのはイタリア南部あたりで北緯37度。ここでの自転速度は時速1300キロくらいだそうだ」

 

「数字が大きすぎて分かりづらい……」

 

「そうだね。んじゃあ、新幹線の大体4倍くらいって言えば想像しやすいかな。東京から名古屋まで15分くらい」

 

「それは……早いわね」

 

「でしょ?俺たちは普段、それだけのスピードで動いてる地面に乗ってるんだって考えるとなんか凄くない?こうして座ってるだけでも俺たちはマッハ1で動いてるんだぜ?」

 

「そう言われると確かにすごいのかもね」

 

 俺の言葉に頬杖を付きながらでは返事を返してくれる。視線もこっちを向いているようだし、どうやら興味は引けてるようだ。

 

「そう。凄いんだ。その上で思い出して欲しい。メロスは沈む太陽の10倍は早く走った。太陽が沈むスピードってのは地球の自転と同じだとすると、時速1300kmで、これの10倍となると、時速13000kmだ。これは約マッハ11となる」

 

「………東京駅から名古屋まで大体1分半……?」

 

「おっ、暗算早いね。そのとおりだ。計算上だとメロスは新幹線の43倍速いスピードで走れることになる。余談だが、ちなみに1里ってのは3.9kmでメロスの村とシラクスは10里離れてるらしい。つまりは39kmだな。メロスは理屈上、この距離を約11秒で走破できる。往復で22秒だ。凄いよな」

 

「化け物すぎない?なにチンタラ走ってるのよ……!?」

 

「そう思うだろ?でも、メロスくんが全力を出した瞬間、音の壁を突破したことでソニックブームが発生。周辺のガラスは一気に爆散するし、彼の通り過ぎた周辺の地形は空気との摩擦熱で発火、大火事になって不毛の大地になりかねない。だから、"走るなメロス"なんてまとめられたりするんだな」

 

「へぇ……」

 

 生徒の感嘆の声が出たことに思わずニヤけそうになるのを抑えて話の続きをするために続けて教科書を戻る。

 

 ちなみに、メロスのやばさについて語る中で殺せんせーはコレの倍は早いんだよな〜とか。ゾーンに入って弾丸避けたり、殺せんせーですら止まって見える世界で動いたりできる俺ってば実はメロスと殺せんせー顔負けの相当な化け物なのでは?とか思ったりしたが、考えないことにした。

 

「さて、それじゃあ少し面倒かもしれないけど今話した内容を頭の片隅に浮かべながらもう一度だけ本編を読んでみて欲しい。今度は声に出さないで良いからさ」

 

「………はーい」

 

 間延びしているが、彼女はさっきまでの気怠げな様子に比べるとかなり素直に頷いて教科書を読み始めた。

 音読に比べると黙読のスピードは結構なものみたいで、文字を追っているであろう目は忙しなく動き、ページもどんどん捲られていく。しかし、時々気になる部分でもあったのか、捲ったページを戻す場面も見受けられた。

 

 十数分後、ページを行ったり来たりしていた手が止まり、立てていた教科書を机の上に置くと息を吐いた。

 

「どうだった?メロスの本気についてマジレスした後にもう一度読み返してみた感想は」

 

「いや、メロスの奴クズすぎない?なに全力で頑張った感出してるのよ。本気出せば往復時間22秒でしょ!?セリヌンティウスに殴られる理由はあっても殴っていい理由はないでしょうに」

 

「でしょ?まぁ、他にもメロスの凄いポイントは沢山あるんだけどさ。マッハ11の時、メロス周辺の空気は摩擦熱でやばいことになってる〜とか。でも、その辺はツッコミ出したらキリがないから置いておくとして、実はこの話、なにも凄いのはメロスだけじゃないんだよ。メロスの周りの人も漏れなくやばい」

 

「どう言うこと?」

 

「まずはヤベー奴その1、王城の兵士。理由、激怒したメロスを捕縛できてしまってる」

 

 俺がそういうと、彼女は教科書をめくって指先でなぞるように文字列を追っていくと俺が指摘した部分を見つけたのか、短く『あっ』と声を漏らした。

 

「本気になればマッハ11。すごいのは脚力だけじゃないだろうに、激怒(・・)したメロスを捕えられる上に連行できるとか、コイツ何者だよ?激怒だぞ?普通理性は薄れて加減も出来ないだろう」

 

「確かに………」

 

「ヤベー奴その2、暴君ディオニス。理由、こんな化け物に命を狙われても尊大な態度を一切崩さずに処刑寸前まで追いやった上にメロスに匹敵するであろうヤベー奴を人質にできた」

 

「確かに……って、えっ?メロスに匹敵するヤベー奴って何?文脈的にセリヌンティウスよね。確かに兵士と王様のヤバさはなんとなく分かったけどセリヌンティウスの何処がやばいのさ?」

 

「んじゃあ、ヤベー奴その3、竹馬の友セリヌンティウス。この人に関してはそのヤバさは本編に描写されてるんだけどさ、この人、メロスを殴ってるし、逆に殴られてるんだよ。メロスに殴られるやばさは、もはや言うまでもないね?」

 

「まぁ、そうね。普通、こんな化け物に殴られたら爆発四散して大惨事になるんじゃない?」

 

「そう。でもね、なにより外しちゃいけないのは彼がメロスの竹馬の友ってこと。竹馬の友ってのは幼い頃から一緒に竹馬をして育った友達……まぁ、一緒に遊んで育った幼馴染って意味なんだけどさ。こんなバケモンも幼い頃から一緒に遊んで育ったとかやばくない?絶対コイツただ者じゃないよ」

 

「それは……流石に決めつけじゃない?メロスが子供の頃は大人しい少年だった可能性もあるじゃん」

 

「それはどうかな?確かに俺の偏見が混ざってるのは否定しないけど。この作品でのメロスはかなり破天荒な人柄をしてる。曲がったことが許せず、間違っているなら正す、その為なら王様殺しも躊躇わない。かなり短慮な人物だ。そんな彼が小さい頃は大人しかったかとか想像できる?」

 

「…………できない。そっか。確かにそう言われてみるとそうかも。そう言う考え方もあるのね」

 

「そ。あくまで俺の想像だけどさ、少年メロスはかなりやんちゃだったと思う。んで、メロスの膂力が大人になったら突然変異的に成長したとかでなければ小さい頃から今の片鱗はあっただろう。そんなやんちゃ坊主と遊んで育ったセリヌンティウス……とか言われるとコイツもヤベーなって思わない?」

 

「メロスが持ち上げられると相対的に周りも持ち上げられて行くのね。漫画とかでよく見る光景だわ」

 

「あぁ。けど僕らのセリ様の株の上昇はそれだけじゃ止まらないぞ。メロスを深掘りすると更に浮き彫りになるのは彼の聖人具合だよ。小さい頃から一緒に過ごした分、メロスの本気を理解してる彼からしたら時間ギリギリになってもメロカスが現れないって状況はガチで焦るだろうさ」

 

「うわ〜っ、ほんとだ。あたしだったら、こんな奴絶対に許さないわ……。殴るどころか、『何処でほっつき歩いてた?絶対に許さない、こいつの処刑は任せてくれ』って言いたくなるわよ。よく1発殴るだけで許したわね」

 

「ここでさらにセリ様もメロカスと同等の身体能力を持ってるかもしれない可能性を考慮すると、『処刑になるかもしれないが、いつまでも帰ってこない親友を信じて、いつでも逃げ出せる拘束に捕らわれ続けている』って状況になってしまうんだ」

 

「聖人すぎない!?」

 

「もともと聖人と名高いセリヌンティウスの株が更に上がるでしょう?メロスの身体能力が深掘りされると周りの評価が上がるに伴って本人の株が落ちていくって言うね。まぁ、ヤベー奴はまだいるんだけどさ」

 

「まだいるの!?」

 

「あぁ。メロスの妹も多分だけどヤバいやつだ。もっと言うなら、メロスの育った村人全員ヤベー可能性がある……と、まぁ。こんな感じで深掘りしまくった後でもう一度読んでみると物語から受ける印象がだいぶ変わるよ」

 

「へ〜」

 

 相槌を打ちながら彼女は再び教科書を立てた。

 さっきまでの"させられてる"感はない。それに今回は読めとは言ってない。これだけの知識を持った状態でもう一回読んでみると面白いよ、程度にしか勧めていない。

 

 それでもこの子は自発的に教科書を取ってくれた。

 俺が強制したからではなく、自分から読み出してくれたことが、自分なりに考えて教えていることが伝わっているみたいで嬉しかった。ほんの少し、教師も面白いかも、とか思った。

 

「……ふふっ」

 

 時折り笑みを溢しながらページを捲ること十数分。彼女は再び教科書を机に置くと笑いながら言った。

 

「走れメロスって面白いのね。さっきの話の所為で氾濫してる川とか飛び越えればいいじゃんとか、メロスの妹が出て来たところでこの子の旦那さんって凄い肝が座ってそうとか思っちゃった」

 

 そんな感想を伝えてくる彼女の波長には独特のブレはなく、その言葉が嘘では無いのだとなんとなく理解する。

 そして俺はいよいよ今回、なんでこんな教え方をしたのか。その本題を切り出すことにした。

 

「綾香ちゃん。気付いてるかい?今日、3回ほど走れメロスを読んだが、最後の1回。キミは自分から読んでいたよ」

 

「……そうね。悔しいけど認めるわ。初めは渋々聞いてたけど、途中からアンタの話が気になって自分から質問してた。あたしは興味が待てないとか言ってたけど、最終的に自分から読んじゃうくらい引き込まれてた」

 

 自分で言ってるようにその顔はやっぱり悔しそうだった。少し混ざる羞恥の色は、興味が持てないとか言いながら最終的に自分から食いついてしまった、半ば手のひらを返したような形になっていることに向けられているのだろう。

 

「俺はキミに勉強しろとか偉そうなことは言えないし、言いたく無い。俺が今回伝えたかったのは、興味が待てないと切り捨ててしまうのは勿体無いってこと」

 

「ここまでやったのに勉強しろって言わないの?」

 

「そこに関しては昨日も言ったようにキミの言葉にも一理あるからね。それを撤回させたいわけじゃないから。ただ知って欲しかったんだ。いつ使うか分からない知識や技術は思いもやらないところで武器になるって」

 

「知識や技術が武器に?」

 

「そう。北緯37度の地点だと地球の自転は時速1300kmで、これはおおよそマッハ1だとかそれこそ使い所が分からない知識だけど、こうやって物語に当てはめてマジレスすると結構面白かったりする。現に、メロスに興味がなかったキミを引き込ませるくらいに興味をくすぐることができた」

 

「……」

 

「ほんのちょっとでも興味を持ってみること。その面白さと大切さを少しだけでも伝えられたなら嬉しい。『沈んでゆく太陽の10倍も早く走った』このたった一言に興味を持つだけでここまで話を膨らませることができるってさ」

 

「そういえばそうだった。その言葉がどれだけ凄いことなのか深掘りするところから始めたんだっけ……」

 

「………俺の言いたいこと、少しは伝えられたかい?」

 

 俺の問いかけに対して彼女は首をゆっくりと縦にふった。やっぱり悔しそうにけど、何処か恥ずかしさに。

 

「うん。伝わ……りました」

 

「なら良かった。今後の2週間、俺が教えるのは勉強と言うより、こう言う考え方もあるんだぞってそう言う内容になるけど。それでもいいかい?」

 

「……はい、よろしく……お願いします。乃咲……先輩」

 

 再度の問いかけに彼女は少しだけ辿々しい敬語を使いながら、頷き、俺を先輩と呼んでくれた。

 

 まず、掴みは良好と言った所だろうか。

 経験上、この歳で勉強が嫌いなのではなく、興味が持てないと答える奴には何かしらの理由がある。

 

 少なくとも俺は頑張っているのに周りからもっと頑張れと言われるのは嫌だった。それでも自分なりに頑張ろうとし続けた結果、『これってそんなに大事なのか?』と思ってしまった。

 ちょうどその時期に挫折してしまったことで、勉強をする意義や頑張り方が分からなくなってしまったのが、グレてしまった原因の一つだったことは間違いないだろう。

 

 彼女からはそんな感じの雰囲気を感じる。

 

 そんな時、俺はどうするべきなのか。

 当時、やって欲しかったことをしてあげなさいと言う人もいるかもしれない。だが、俺はその行為にあんまり意味はないと思う。だって当時の俺は自分のことだけを認めるか、そうでないのなら放っておいて欲しかったから。

 

 そのどちらも俺はできない。認めてやろうにもまだ出会って2日だ。そんな中で『俺はお前を認めてる』なんて言っても、お前に何がわかる?と言いたくなるだろう。そして放って置くなんてのはもってのほかだ。

 

 だから俺は、自分がやって貰ったことをやる。

 殺せんせーの様に目を逸らさず、雪村先生の様に寄り添い、俺が烏間先生に憧れたことでやる気を取り戻したようにきっかけを作る。それが俺のやるべきことだろう。

 

 やるべきことを再認識して顔を上げると、視線を感じた。何気なくそちらを見ると、小さい子たちに囲まれてる倉橋さんが少し心配そうに俺たちの様子を伺っていたので笑いかける。

 すると彼女も安心したように微笑み返してくれた。たぶん、昨日、綾香ちゃんが大声を上げたのを見ていたから心配してくれていたのだろう。倉橋さんには心配をかけてばかりだ。

 

 この奉仕活動とテストが落ち着いたら喫茶店にでも誘って何か奢るか。日頃の感謝を込めてって奴。

 

 頭の片隅でそんなことを考えながら俺は、やる気を見せてくれた教え子に応えるべく、自分の記憶から引っ張り出して来た、うんちく混じりの授業を再開するのだった。

 




あとかぎ

はい、あとがきです。

算数ガバがあったらどうか、どうか優しく教えて貰えると嬉しいです……。いつだったか見た番組の内容に自分なりの解釈を足してみましたが……確かこんな感じだった気がする……!

自分は算数弱者なのでこう言うのが一番不安です……。

はてさて、圭一に綾香を導くことはできるのか……!
次回、圭一の口から語られる衝撃の恋バナ……!!

ご愛読ありがとうございます!

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