加えてたくさんの高評価、感想ありがとうございます!
今回も投下しますのでお付き合いください……!
ここ最近、紹介される殺し屋の質が目に見えてガクッと落ちた。素人同然の身のこなし、仕事以前の態度、繰り出される舐めた言葉の数々。これならうちの生徒たちの方が何倍もプロとして頼りになる。しかし、殺し屋の質の低下には心当たりがある。
ここ最近、ロヴロとの連絡が取れない。殺し屋という存在と縁がなかった我々日本にとって重要なパイプだった彼と突如として連絡が取れなくなってからしばらく。向こうからの折り返しはない。引退したとは言え、殺し屋。そういうこともあるのだろうかと考える様にしているが…………。
連絡と言えば、最近、イリーナも見ていない。生徒たちと誕生祝いをした日から一度もだ。
ターゲット曰く、教室に匂いがあったからあの日の翌朝に一度は教室に来ているらしいが、流石に顔を見ないと心配くらいはする。何かあったのだろうか。
思考の片隅で考えながら、たった今、面接し終えた殺し屋にお帰り頂く。この男も殺し屋としては論外だ。
「……はぁ」
思わずため息が溢れる。
生徒たちは優秀だ。実際、学生と暗殺者という異色の二足の草鞋で良くやってくれている。確かに最も近くで狙える位置にいるアドバンテージはあるだろうが、それでもプロの暗殺者より実績を出している。だが、生徒たちの特徴をよく捉えているのがあの超生物だ。いずれ、手詰まりを起こす日が来るかも知れない。
そんな時こそ、プロの大人の暗殺者達に彼らへ良い刺激を与えて欲しいものだが、これでは暗殺はおろか、生徒たちに刺激を与えるなんて言うのも夢のまた夢だろう。
その点、本当にロヴロやイリーナは優れていた。
プロとしての経験を語り、実践する教え方で実によく生徒たちの力を伸ばしてくれていたと思う。鷹岡を仕留めた渚くんの技も元はロヴロのものと言うことを考えると、やはり、信頼できるプロの殺し屋にスキルを伸ばして貰うのは彼らにとっても、きっと良い経験になるだろう。
「…………良い経験、か」
自分の考えていた思考の一部を切り取り、思わず肩を竦める。プロの殺し屋と言えば一人一人が必殺の一撃を持つある種、究極の手札だ。それなのに、いつの間にか俺は、そんな手札を直接の殺しの為ではなく、生徒たちの経験や成長の為に切ろうとしている。我ながら、すっかり教師が板についてしまった。
苦笑していると、電話が震えた。
着信元を確認してみると、噂の人物の片割れだった。
殺し屋ロヴロ。ようやく連絡が着いたか。
「もしもし、烏間だ。ロヴロさん、今まで何をしていた?」
『……死にかけていた』
「………!!!?」
連絡が着かなかった相手へのある種のありふれた俺からの問い掛けに返ってきたのは、とんでもない答えだった。
思わず息を呑んだ俺に対し、彼は電話越しでも伝わるほど鋭い警戒を露わにしながら口を開く。
『この電話は安全か?』
「あぁ……。傍受されない特別な電波帯を使用している」
『そうか、何よりだ……。下手に"奴"の情報を漏らしてはまた狙われる。今度は1ヶ月の昏睡では済まないだろう』
「奴……?ロヴロさん、何があった?」
電話から伝わる緊張、返ってくる只事ではない言葉の数々に痺れを切らして俺が問い掛ける。
『カラスマ、今すぐ殺せんせーの暗殺から手を引き、乃咲圭一を安全な場所へ匿うんだ。でないと、後悔する事になる……!』
「どう言うことだ……?なぜ、そこに乃咲くんの名前が出てくる……!?俺の知らないところで何が起きている!?」
予想だにしなかった返答、出てくると思わなかった名前。生徒の名前が出て来たことに動揺し、捲し立てる様に言葉を紡ぐ俺に、彼は諭す様に語る。
『カラスマ、よく聞け。今、殺し屋業界でとんでもないことが起きている。"殺し屋殺し"。私の子飼いや提携関係の殺し屋だけでなく、名うての殺し屋までもがターゲットにされ、"ある者"にやられている。その鮮やかな手口と凄腕たちを難なく仕留める技量。殺し屋「死神」だ。奴がとうとう動き出した』
「……確か、あんたの言っていた世界一の殺し屋か」
『そうだ。キミも知っての通り、優れた殺し屋は万に通じる。誰も彼の顔を知らないのは変装技術が超一流だから。殺し屋たちの居場所を難なく突き止めたのは情報力が超一流だから。腕利きの殺し屋たちが簡単に仕留められたのは暗殺技術が超一流だから。彼らを仕留めた手口の凄まじい難度が"奴"の犯行の何よりの証拠だ。俺が助かったのは既に引退したことで大した障害にもならないと思われたからだろう。運が良かった』
「つまり、腕の良い商売敵を排除してから満を持して殺しに掛かると言う訳か。だが、そこになぜ、彼の名前が出てくる?」
一旦、状況を整理してから本題を投げる。
そして返ってきたのはまたしても俺の予想を斜め上に向かってぶっ飛んだ答えだった。
『……あの時、俺は死神と接触した。奴の不可視の刃が俺を刈り取るその瞬間に……奴の顔と声を知った』
「なにっ……?」
『奴は……死神は、乃咲圭一と瓜二つだった。生き写しなんて言葉は生ぬるい。顔も、声も、何もかも……あの2人は重なる。世界には自分と同じ顔の人間が3人はいると言うが、もはや、同じ顔ではなく、同じ人間と言って差し支えない』
「乃咲くんと……あの死神が?」
『その通り。そして、不味いのは2人がこれ以上ない程に似ていると言う点だ。この業界と言うか、俗に言う裏社会において顔と声が自分自身と一致する人間なんて使い道はいくらでもある。アリバイ工作、スケープゴート、そして、乃咲圭一の場合はその高いポテンシャル。彼が最も殺せんせーにダメージを与えていると言う情報程度、奴なら持っているだろう。噂によれば、死神は洗脳技術もあると聞く。俺の目から見ても、乃咲は優れた殺し屋になれると思う。あとは分かるな?』
「乃咲くんが死神に捕まった時、最悪、洗脳され、好き勝手利用された挙句に使い捨てされる可能性がある……!」
『そう言うことだ。その様子なら、まだ切羽詰まったことは起きていないようだが、あくまで起きていないだけかも知れん。キミの知らない間に既に接触してる恐れすらある。電話を切ったら直ぐに動くことだ。奴は女子供でも容赦なく利用する。下手をしたら、そう遠くない未来で地球の未来か、子供達の命か。どちらか選ばなければならないかもしれん』
電話が切れる。
冗談と思いたい忠告を残してロヴロは電話を切った。そこには恐らく、今すぐにでも行動しろと言う意図が込められているのだろう。そう察した俺は直ぐに乃咲くんへと電話を掛ける。
数コールして電話が繋がる。ほんの少しだけいつもより応答が遅い事に心配をしてしまうのはさっきの話の所為だろう。
『はい、どうしましたか、烏間先生?』
「乃咲くん。今はまだ学校か?」
『え?はい、みんなと次の暗殺について話しているところですけど……どうかしましたか?』
「みんなといるんだな?奴はどうした?」
『奴……?あぁ、殺せんせーですか。あのタコならブラジルまでサッカーの観戦に行きましたよ?』
「………………分かった。何もないならそれでいい。少し気になることがあっただけだ。遅くならない程度に帰るんだぞ」
『は、はい。了解です』
電話が切れる。それと同時、携帯に登録していたターゲットの電話番号を呼び出し、俺は走り出した。
『烏間先生?どうかしました?』
「緊急事態だ。今すぐ戻って来い……!」
『っ……承知しました。何かあったんですね?』
「移動しながら話す。電話は繋げたままにしろ」
『わかりました、すぐに戻りますっ!』
「間に合ってくれっ……!」
俺は部下の静止を振り切って走り出した。
「ビッチ先生、今日も来ないね……」
「…………だな」
誕生会をした翌日から先生の姿を見ていない。
教室の中から眺める窓の外。いつもならビッチ先生が山中なのに歩き辛いだろうヒールを履いてズカズカ歩いてくる頃合いになっても姿を見せることはなかった。
今日は烏間先生も居ない。会議とか、うちに送り込む暗殺者の面接があるとかで1日防衛省に詰めるらしい。
ビッチ先生も烏間先生もいない、殺せんせーだけが教員としている状況はなんとなく懐かしかった。それこそ、烏間先生が体育教師になる直前以来だろう。だが、懐かしさはあっても、それは決して心地の良い感触ではなかった。
その殺せんせーもブラジルまでサッカー見に行ってるし。
殺せんせーなら、いつまでもビッチ先生が現れないこの状況をもっと心配しそうなものだが、本人曰く、俺たちがプレゼントを渡した翌日の朝、校舎の中にビッチ先生の匂いがあったから何か新しい手段で暗殺を仕掛ける為の下準備かも知れないと言って深く気にしてない様だった。
そら、ビッチ先生の本業は殺し屋で、その下準備の為に休むってのは理解できるし、手の内を見せない為にそれを態々俺たちに伝える必要はないってのも分かる。でも、やっぱり身近な人を心配するのは人情だろう?
倉橋さんもしょんぼりしてるし、お陰様でこの前買ったチケットも渡せていない。
……と言うのは責任転嫁か。
「なぁ、そう言えばさ。ビッチ先生って殺し屋だよな?普段は俺らの授業とか殺せんせーの暗殺やってるけど、それ以外の……所謂通常業務はどうしてるんだろ?」
「通常業務って言うと、普通の暗殺?」
「それ。もしかして急な仕事が入ったとか、そう言うこともあるんじゃないかなって」
千葉の意見はあり得なくない話だった。
確かにその線はあり得る。本来の仕事は暗殺なんだから、少なくとも半年は結果を出せていない現状、業界で自分の名前が薄れるのを防ぐために一仕事すると言うのはなんら不自然はない。
「それは無いよ。殺せんせーなんて弩級のターゲットがいるのに新しい標的を作るのは時間の無駄だ。情報網が優れていて、遠距離狙撃の腕も超一流、それを可能にする武器や土地勘があるなら2日、3日で終わるだろうけど、彼女の細腕じゃそんな長物は使えないからね。そんな無謀をするほど、彼女は馬鹿じゃない」
「そっか、確かに普通なら下調べとか何日、下手したら月単位で掛かるかもだもんな。新しい仕事ってのは難しいか」
「そうそう。まぁ、もっとも、今の彼女は仕事なんてやろうと思っても出来ない状況にいるんだけどね」
「それってどう言うことよ、乃咲」
「………………え、俺は何も言ってない……」
「………………………え?」
聞き流していた。いや、正確に言うなら違和感を感じなかった。自分と全く同じ声がしたのに、自分と全く同じ顔が教室に入って来たのに、なんの違和感もなく、俺はこの動きを見守り、その声を聞いていた。
俺に投げかけられた問い。それに対する俺の解答。そこでみんなが違和感に気付く。俺ですら問われるまで気付かなかった。自分と同じ声がしているのに、なんの疑問も違和感もなく、声を聞いていた。見覚えのある花瓶を持ち、教壇にたったもう1人の自分に視線を向けながら。
「乃咲くんが……2人………!?」
「不正解です、奥田さん。確かに僕と彼は似てるけど、別人だよ。そうだよね、乃咲圭一くん?」
「……花屋の兄ちゃん」
みんなの視線が俺とそこに立つ男に向けられる。
しかし、この前、ビッチ先生に送る花束を準備した連中は俺と彼が同じ空間にいる姿を見ても動揺は少なかった。
それは、松方さんとの事故の後片付けで彼と俺と同時に遭遇した倉橋さんと茅野も同じだったらしい。
「そうだね。僕はキミにその顔しか見せたことがない。でもね、他にも色んな顔を持ってるんだ。あの時、その一端をキミに見せたんだ。手品も得意なのは知ってるよね?」
「…………そうだな。鮮やかだった」
「あはは、そう言って貰えると嬉しいね。んじゃ、嬉しいついでに問題です。花屋に手品のスキルは必要でしょうか」
「……基本的に要らないだろうな」
「そうだね、その通り。基本的には要らない。でもね、世の中どんなスキルが役に立つか分からないもんだよ。もしかすると、必要になるかも知れない、どこかで使えるかも知れない。そんなこんなで片っ端から色んな技術や知識を蓄えた。さて、ここで更に問題です。最も優れた殺し屋はどんな奴だと思う?」
最も優れた殺し屋とは何か。
この教室ではきっと誰もが一度考えるテーマだろう。そして、俺はその問いに対する答えを3度聞いた。殺せんせーから、ロヴロさんから、烏間先生から。だから、澱みなく答える。
「
「正解!満点の解答だよ。優れた殺し屋は万に通ず。ぱっと見は必要なさそうな技術も、それがあるのとないのとでは確率が変動する。99%必要ない技術でも、そのたった1%を見逃した所為で"確実"って言葉が使えなくなる。成功率99%って残り1%は失敗するかもってことだからね。結果を出す秘訣さ」
「………………つまり、アンタは殺し屋なのか」
「ご明察。ま、ここまで言えば流石に誰でも察すると思ったけどね。授業はここまでにして自己紹介といこうか。はじめまして、僕は"死神"と呼ばれている殺し屋です。どれくらいの付き合いになるか分からないけど、よろしくね、E組のみんな!」
朗らかな笑顔。自分と同じ顔から繰り出される途方もない善人の様な笑みに思わず思考が停止しそうになる。
俺にも同じ表情ができるだろうか、と薄ら繋ぎ止めた理性が思案する。そんな的外れな思考に支配される程、目の前の男に対して警戒心というものを抱けずにいた。
もし、コイツに『僕が生き別れのお兄さんだよ、寂しかったよね?こっちにおいで、圭一』なんて言われたら理性や思考を放棄してホイホイ着いて行ったかもしれない。
「時間は有限だ。手早く用事を済ませてしまおう。律さん、今、画像を送りました。みんな見える様に表示して」
まるで合図でもしたみたいに彼が言い終えると同時にメールが届き、彼女がそれを驚いた面持ちで画面に表示する。
「っ……ビッチ先生」
そこには両手両足を縛られたビッチ先生が箱詰めされている様子が写されていた。予想外の展開にみんな固唾を飲む。
「渚くん。花を買いに来たキミたちに教えた様に、花は美しさや香りにより人間の警戒心を打消し、心を開かせますが……。この魅力的な花々が本来、美しく、芳しく進化してきた本来の目的は虫を誘き寄せる為です」
死神は続ける。歌う様な、談笑するかの様な軽やかな口調で物騒な肩をペラペラと特になんでもないみたいに。
「彼女の命が惜しければ、決して先生方には言わずに君たち全員で僕の指定する場所に来なさい。あっ、別に来たくなければ来なくてもいいよ。その時は彼女の方を君たちに"届けます"。全員に行き渡る様に小分けしてね。そして、次の花は君たちのうちの誰かにするでしょう。だから、よく考えてね?」
話している内容は物騒で、危険で、恐ろしいことこの上ない筈なのに、この期に及んで直感的な部分がコイツへの警戒体勢を取るのにブレーキを掛ける。理性では危ないことを理解しているのに、本能的な部分が動かない。
「……おうおう、兄ちゃん。ここまで好き勝手にくっちゃべってくれてたけどよぉ、この場で俺たちにボコボコにされることは考えねぇのか?うちのファザコンにクリソツだけどよぉ。そんなん、躊躇う動機にはならないんだぜ?」
「第一、俺たちにあの高飛車ビッチを助かる義理はねぇ。それに俺等への危害も匂わせてるが、そんなこと、烏間の先公やあのタコが許さねーぜ?その辺、どう考えてるんだよ、誘拐犯よぉ」
寺坂たちが死神に詰め寄る中、俺のスマホから着信音。
緊張感が漂う教室内に響く場違いなメロディーに全員の視線が俺に向く。このまま無視しようかと思ったが、死神が言う。
「誰からだい?」
その言葉を合図にポケットからスマホを取り出し、念の為、液晶画面を見せながら答えた。
「烏間先生だ」
スマホに触った瞬間、律に指示を出して外部に連絡を取ってもらおうかとも考えたが、奴と寺坂たちの距離が近過ぎる。俺の行動次第では彼らが危ないと思うと軽はずみに動けなかった。
「へぇ、タイミングが良いんだか悪いんだか。放課後のこの時間に烏間先生からの電話なら普段のキミは出るだろうし、ここで無視するのは不自然だ。どれ、そのスマホを貸してくれるかい?」
片手でクイクイと俺のスマホを要求しながら、もう片方の空いた手で寺坂を引き寄せ、首元に袖口から飛び出して来たナイフを押し付ける。思わず見惚れる程に流麗な動作であの寺坂を一瞬にして人質に取られた。
「床を滑らせてこっちに渡して欲しいな」
「……分かった」
更に下手に動けない状況に陥り、言われた通りにスマホを床の上で滑らせて死神に渡す。
それを一切屈むことなく、寺坂を押さえ込んでない方の腕から垂らしたワイヤーでまるで魔法の様に釣り上げる。ゾーンで視力を強化していなかったら、1人でにスマホが浮き上がった様にしか見えなかっただろう。
「律さん。ロックを解除して、電話を繋げて。余計なことをしたらお友達が1人減ることを忘れずにね?」
『………分かりました』
律すらも言いなりにさせ、奴が電話に出る。
「はい、どうしましたか、烏間先生?」
平然と、何の気負いもなしに、まるで自分が乃咲圭一ですと言わんばかりに堂々と俺と同じ声で。
「え?はい、みんなと次の暗殺について話しているところですけど……どうかしましたか?」
考える。この状況を打開する方法はないか。
ゾーンに入って制圧する?
できるか出来ないかで言えばできるだろう。しかし、殺せんせーと同等のスピードはおろか、弾丸を避けられるレベルのスピードも出せない。ある程度、開けている場所ならまだしも、こんな教室の中であのスピードを出したら、周囲にどんな被害が出るか分からない。
「奴……?あぁ、殺せんせーですか。あのタコならブラジルまでサッカーの観戦に行きましたよ?」
出せたとしても、ゾーンに目覚めたばかりの頃。鷹岡を一撃で沈めることが出来た時の速度が多分、この状況での限界だ。
しかし、それでコイツを仕留めきれなかったら?仕留めきれないどころか、攻撃を躱されたら寺坂が殺される。なんなら、行動の起こりを見られただけでそうなる未来もあり得る。
下手に動けない。
「は、はい。了解です。…………っと、はい、圭一。返すよ、案外心配されてるんだね?」
「まぁ、デートした仲なんで」
「この状況で軽口叩けるとは大した胆力だね。電話してる時もキミからの圧力は凄まじかった。少しでも隙を見せたら殺るって気迫が伝わって来たよ。そんなに警戒しなくても大丈夫さ。ほら、寺坂くんを解放するよ」
スマホと一緒に突き飛ばされる様に解放される寺坂。スマホは綺麗な放物線を描いて俺の元に帰って来たが、寺坂と吉田、村松は好き勝手されて頭に血が昇ってるらしい。
「このっ……!!」
離されて即座に殴り掛かろうとするが、それよりも早くカルマが寺坂の腕を掴んでその後の動きを制止する。
「なにしやがるっ!?」
「待て、寺坂。相手が悪い。行っても瞬殺されて終わりだ」
おふざけもなしなカルマの声に寺坂たちは冷静さを取り戻したらしく、ふっと息を吐いて拳を下ろす。
「意外と冷静だね。ま、実際その通りさ」
多分、今のロクに武器のない俺たちが襲い掛かったとしてもカルマの言う通り、瞬殺されて終わりだろう。ある程度距離があって、遠距離攻撃できる手段があるならともかく、近接戦しかできない奴が集団で固まってもそれは烏合の衆同然なのは不良時代の喧嘩で身に染みている。
「わ、私たちが行ったら、ビッチ先生は解放してくれるの?」
「それはどうかな?YESもNOもこの場でそれを答えるのは手札を捨てるのも同じだから僕の予定は黙秘させて貰うけど、そうだね……。キミたちは自分が思っている以上に彼女が好きだ。どれだけ話し合っても見捨てる選択は出来ないってのが君たちが今後取る行動に対する僕の見解かな」
死神。世界最高の殺し屋と言われるだけはある。俺たちの思考を見事に読んでいる。ターゲットの思考を読むのも殺し屋には必要なのだろうが、こうして言い当てられると言葉に詰まる。
「……だがよ、俺たちが無手、無策で行くと思ってんのかよ。呼び出しといてボコボコにされるとか情けねぇぜ」
「それは無理だね。人間が死神を刈り取るなんで出来はしない。畏れるなかれ、死神が人を刈り取るのみだ」
死神はポケットに手を突っ込み、何かを掴んだのかそれを頭上へ掲げる。奴の一挙手一投足を見逃すまいとようやく警戒姿勢を取ることができる様になって来たみんなの視線はそこへ集まる。
視線が集まりきった所でパッと開かれる拳。すると、その手の中にどれだけの仕込んでいたのかと考えてしまうほどの大量の花弁がヒラリヒラリと舞い落ちた。
てっきり閃光弾とか煙幕とかそう言う物が出てくると思ったのに拍子抜けする。舞い落ちる花びらを見送り、それらが床に落ち切ると同時、俺はようやく違和感を覚えた。
花びらの後ろにいるはずの死神の姿がいつの間にか消えていた。まるで奴自身も花びらになってしまったのではないか、なんて一瞬思考を巡らせてしまうくらいに極々自然に。
残されたのは奴が置いて行った花瓶と散らした花々に交えてゆらりと舞った一枚の紙切れだけ。
唖然とするみんなの前を通ってその紙切れを拾い上げると、表には地図、裏には文章があった。
「『今夜18時までにクラス全員で地図の場所に来て下さい。先生方や親御さんはもちろん、外部の誰かに知られた時点で君たちのビッチ先生の命はありません』ってさ」
「くそっ……!またそのパターンか!!」
「鷹岡やシロとおんなじだな、俺たちを人質にして殺せんせーを誘き出すのが目的だろう」
「くそっ……!厄介な奴らに限って先に俺たちを標的にするっ!なんなんだよドイツもコイツも!!」
「気持ちはわかるけどしょーがないでしょ、大金稼ぎの一等地にいるのよ、うちらは。1人でも捕まえれば……あのタコを簡単に釣ることが出来る。罠に誘き寄せるには最適のエサってわけ」
「狭間さんの言う通りだな。十中八九、これは俺たちと言うより、殺せんせーを呼び出すための罠だ。恐らくは一応賞金の掛かってる殺し屋、人身売買なら高値で売れる中学生複数人、加えて100億の賞金首。とんだわらしべ長者だな」
茅野と渚の2人を痛ぶるだけで満足しようとしていた鷹岡と、堂々と俺たち全員を捕まえようとする死神どっちがより悪辣なのだろうか。まぁ、少なくとも迷惑なことこの上ない。
「ってかさ、アイツよく堂々と入って来たよな。まるで烏間先生と殺せんせーがいないの知ってるみたいにさ」
「………みたい、じゃなくて知ってたんだろうね」
「どう言うことだよ、カルマ」
「思い出してみ、乃咲クンに成りすまして電話した時、アイツは殺せんせーがブラジルに言ってるのを知っていた。たぶん、何かしらの方法で情報を集めてたんだろうけど……」
「………まさか」
「圭ちゃん?」
カルマの話を聞いて気になった。いや、元々気になっていたと言うべきか。俺は教卓の上に置かれた花瓶を見る。
そこには、殺せんせーがめちゃくちゃ丁寧に世話してるおかげでかなり長持ちしている見覚えのある花々があった。
夏休み中、花屋の兄ちゃん……死神から貰った花束だ。
殺せんせーが花瓶に移して世話してくれていたのは知ってるが、死神は何故、わざわざ職員室に置かれていたこれを持って来たのだろう?持って来たくせに、特に話の引き合いに出すこともせずに、ただ置いただけ。
俺は花を引っ掴んで教卓に起き、花瓶の中を覗き込む。
「………あった」
そしてソレを見つけた。花瓶の内側に小さな機械が貼り付けられていた。この状況、この展開的に……。
「乃咲、それ、まさか盗聴器か?」
「…………だろうな」
「チッ、舐めてやがる!こんなもん仕掛けたヤツを堂々と置いて行きやがるなんてな!!おおかた、俺たちが先公に連絡しないかの見張りだろうぜっ!!」
寺坂が俺から受け取った盗聴器を地面に叩きつけると、そのまま容赦なく踏みつけた。
「………………」
本当にそうか?寺坂の言ってる内容が正解である可能性もある。いや、もしかして、"ついで"にそれを実行しようとしたのかもしれない。何か、本来の用途とは別……使い終わったから、見つかってもいいや、みたいな軽い気持ちで。
この花瓶は職員室にあった。烏間先生が今日は会議でいないって話も、殺せんせーがブラジルに行く話も、職員室で普通に出る話題だろうから、これが初めから仕掛けられていたのであれば、死神がこっちの事情を知っていても不思議じゃない。
しかし、だ。ならば、誰が仕掛けたと言うんだ?その盗聴器を。殺せんせーは鼻が効く。もはや俺たちのみならず、暗殺に携わる者なら誰でも知ってる情報だ。実際、シロはこの教室にあっても不自然じゃない匂いの持ち主として烏間先生の部下を防衛省から借りて小細工をしていた。
なら、死神はどうやって仕掛けた?いくら体臭に気を遣おうと、殺せんせーなら容易に見破ってくるだろう。顔や声だけでなく匂いまで俺と似てる可能性もあるが、体臭ってのは生活習慣でも変わる。俺が使ってるシャンプーとか、ボディーソープ、なんなら食生活まで一致してないと考え難い。
つまり、奴が俺のフリをして仕掛けるのは無理だ。香水とかつけたことないし、尚更考えられない。
となると、あり得る可能性は奴に協力者がいるパターンだが。正直に言ってこの路線は考えたくない。これ以上、暗殺のためなら俺たちがどうなっても構わないと考える大人がこの教室に出入りしてるとか疑いたくない。
例え、人類70億の命を守るためなら、30人程度を犠牲にするって考え方が合理的だとしてもだ。
俺たちは切り捨てられるべき側だ。人数差を合理的に考えるなら。でも、防衛省とか国の大人たちは鷹岡の様な奴ばかりではなく、烏間先生の様な人も沢山いると信じたい。
それでも冷徹な部分は思考を進める。協力者がいるなら、そいつは何処の誰なのか。考えて、既に答えに辿り着いている。
いるんだ。1人だけ。この教室に匂いがあっても不思議ではなく、数日前の朝イチにだけ現れて、それ以降、誰にも姿も声も聞かせていない人物がたった1人だけ。
今現在、俺たちに対する脅迫材料として拘束されている人物。彼女が死神に捕まったことを"接触"と捉えるなら。来なければ彼女を殺すと言う罠の中に、仮に助けられたとしても彼女自身が死神に着いている俺たちの敵だという更なる落とし穴がある可能性も捨ててはいけない。
……考えたくはないけれど。
でも、考えたくないという人情で動くのがこの場合は一番危ない。思考を切り替える。情ではなく理を取る自分へと。
「……使うか、これ」
寺坂が意外と几帳面に畳まれた超体育着を指差す。
その問い掛けに対する答えは決まっていた。
「守るために使うって決めたじゃん。今着ないでいつ着るの」
「ま、あんなビッチでも色々世話になってるしな」
「最高の殺し屋だかなんだか知らねーがよ、そう簡単に計画通りにさせてたまるかよ」
みんなの決意は一つ。
だから、ここで注意を挟む。
「みんな、聞いてくれ」
「……やっぱ、なんかあるよね。乃咲クン」
視線が俺に向く中、カルマが口を開いた。
「………今回、ビッチ先生を助けに行くに当たって、これが2段構えの罠である可能性を念頭に置いて欲しい」
「どういうこと?」
「俺たちは殺せんせーを誘き出す為のエサだ。でも、俺たちだって普通の中学生じゃない。死神の虚をついてビッチ先生を助けることも出来るかもしれない。だけど、死神がその可能性を想定してないと思えないんだ」
「つまり、ビッチ先生まで辿り着いた後にまた別の仕掛けがあるかも知れないってこと?」
「だと思う。だから、ビッチ先生まで辿り着いても……ビッチ先生とその周囲には警戒を怠らない様にして欲しい」
「………周囲はともかく、ビッチ先生まで?」
「自分自身で万に通じていると言い放った奴だ。……洗脳技術とか持っててもおかしくない。色々とおかしいから参考にならないかもだが、うちの理事長だって似た様なスキルを持ってるんだ。自分から万能だと言ってる奴が使えないと思えないし、あの人が3日前に誘拐されたのなら、洗脳に使う時間は充分にある」
「……そっか。確かにあり得ない話じゃないかも」
矢田さんが納得した様に頷く。
クラスメイトたちにそれとなく警戒を促す事に成功したが、ほんの少しだけ後ろ髪を引かれる。
割と口からで任せだったが、話していて無くはない線の話だと思った。しかし、同時にビッチ先生が裏切ってる可能性があると伝えるべきだったとも思ってしまう。
理をとる。そう考えようとしても、今日までなんだかんだで世話になったビッチ先生を心の底から疑う様な事はしたくないと考える自分が邪魔をした。そして結果的にみんなの士気を下げない程度の忠告で終わらせてしまった。
これは俺が未熟な証なのだろうか。それとも、躊躇いなく他人を身限り、必要ないと切り捨てる人間性ではなくなった成長の証なのか。後者であると願いたい。
そして、願わくば俺の嫌な予想が外れていてくれることを今は祈るばかりだった。
「戦闘は極力避けること。ただ、いざという時のために竹林の爆弾と奥田さんのクロロホルムと催涙弾は携帯。あとは最悪の事態に備えて各々の装備を状況に応じて使おう。第一優先は自分の安全だ。いざとなったら自分だけでも生き残って殺せんせー達に報告するってくらいの気概で行こう」
「今の圭一の言葉を念頭に起きつつ、もしもの時のためにチームを分けておこう。まずはビッチ先生を助ける救出班、次に脱出経路を確保する班、そして……最悪の場合、死神と戦闘する班。……でも、本当にやばい時はみんな逃げろ。いいな?」
俺と悠馬の言葉に全員が頷いたところで班が割り振られていく。クラスのメンバーを三等分した今回の作戦のための部隊。
戦闘班には戦闘力が高いメンバーに加えて小回りが利き、ある程度の逃げ足がある奴を。
脱出班には建築士志望で殺せんせーから色々と学んでる千葉を中心に空間計算や相手の心理を考え、理詰めも出来る奴らを。
救出班は片岡を中心にトラップに対する造詣が深い倉橋さんなどのサポートメンバーに加えて壁役として寺坂、イトナを。
考えられる限り一番バランスが良くて、最適なメンバーで編成することが出来たと思う。
「圭一。お前は戦闘班の先頭に立ってくれ。一番危険な役回りになるだろうが……。頼めるか?」
「悠馬。この学級のリーダーはお前だ。みんな信頼してるし、俺もお前の人選には異論はない。死神と一戦やるかも知れないって危険はみんな同じなんだ。だから気にすんな」
「……分かった。よし、みんな!行くぞ!」
号令に頷き、それぞれ動き始める。
流石にみんな緊張しているのが伝わってくる。
そんな中で冷静に考え続ける。"いざ"って時にどう動くべきなのか。他に考えなきゃいけないことはないのかを。
死神との出会いが乃咲圭一の人生にどんな影響を及ぼすのか。そんなこと頭の片隅にすら存在していなかったんだ。
あとがき
はい、あとがきです。
感想の方で質問来てたので、この場でお返事させて頂きます。
前回の話でプレゼント調達班には誰がいたのか、ということでお答えさせて頂きますと、『磯貝、渚、カルマ、千葉、杉野、中村、律、神崎』が想定していた基本メンバー担ってます。もしかすると+αはいたかも知れませんが……。
(寝ぼけて返信してて肝心な部分が抜けてしまってすみません……!なんでもするので許してください……!)
そしてはてさて本編ですが、圭一と彼が死神として対面してしまいました。しかしながら、今のところ死神の雰囲気に惑わされて警戒心を待ち切れてない圭一と仲間たち。どうなってしまうのか……!
今回もご愛読ありがとうございます!