暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えてたくさんの高評価、感想ありがとうございます!

本編……の前に一つお知らせです。
中盤に差し掛かって来た死神編ですが、書いてるうちに道程はともかく、着地点が明確に見えて来ましたので、それに伴って【プロローグ】の前半部分に修正を入れました。乃咲圭一の物語が何処に向かうのか。もうしばらくお付き合いください……!

それでは本編になります。


122話 死神との時間

 

 ゆらりと陽炎が揺れるようにその姿の輪郭がボヤける。

 奴が動いた。そう理解すると同時、ほぼ本能的に盾にした腕から凄まじい衝撃が突き抜け、ガードした腕ごと脚が胴に叩きつけられ、激痛と焦りが背筋を駆けた。

 

「つぅ……!」

 

 咄嗟に繰り出した銃撃もまるで手応えがない。

 

 まずい。コイツは強敵な上に俺の天敵だ。

 

 俺にはある種の勝算があった。

 これまでの強敵たちとの戦闘で俺がなんだかんだで致命的な痛手を負わなかった理由。それは敵の害意に無意識に反応して咄嗟にゾーンに入ることが出来たことにある。

 

 鷹岡との時は明確な悪意。

 ガストロとの時は初めての殺気。

 シロの時は明らかな敵意。

 イトナの時は触手から感じた殺意。

 

 それらに反応し、俺はスムーズにゾーンに入ることが出来ていた。だからこそ、俺は弾丸を避けたり、触手の間を掻い潜るという芸当ができてしまっていたのだ。

 

 しかし、この男には悪意も殺気も敵意も殺意もない。感情の起伏から咄嗟に身の危険を感知できる材料がない。だから、咄嗟にゾーンに入って瞬間的な回避に専念することが難しい以上、かなりの無茶になるが、常に超集中状態を維持するしかない。

 

 意識の波長を読むのがもっと上手ければ……衝動的に回避することはもっと簡単だったかも知れないが。無い物ねだりか。

 

 加えて、かと言って、全力で戦うわけにもいかない。本気で戦うことは出来ても、全力なんて出したらいくら相手が殺し屋の頂点に君臨する男でもただではすまない。最悪、殺しかねない。

 

「分かるよ、キミの考えてること。全力を出すのを渋ってるでしょ。盗み見たデータの中でその異常な身体能力は特筆するべきものだったからよく覚えてる。もし、こんな風の逃げ道もない密閉空間で全力を出したら……風圧だけで僕を殺しかねない。なんなら、キミの後ろを走る仲間たちすらも危ない……だろう?」

 

「……っ」

 

 読まれてる。心に盗聴器でも仕掛けられてるのではないかと思うくらいに精度良く、懸念点を言い当てられた。

 

「だからここにしたんだ。殺し辛さで言えばタコ、容赦のなさでは烏間、そして危険度で言えば圭一。キミたち3人がこの教室でもっとも厄介だ。だが、タコも烏間もいざとなったら何をしてでもキミたちを守ろうとするのに対してキミはそういう意味で手段を選んでくれる分、やりやすい。僕自身が人質になれるんだからね。まずは圭一を無力化するに限る」

 

 流暢に話しながら、下から鳩尾に向かって抉り上げる様に放たれる掌底を半歩下がって回避する。

 やれる。反撃は出来なくても、ずっと集中していれば回避くらいはなんとかできるかもしれない。

 

「反撃しないのがその証拠、キミの反応速度なら僕に反撃できた。でも、中途半端に加減した一撃では僕に絡め取られる。かと言って全力を出せば僕を殺してしまう。状況的には緊急避難は確実に認められるだろうけど、人を殺したキミを仲間たちが迎えてくれるか分からないからだ」

 

「……別に攻撃しなくても俺の目的は果たせるっ!」

 

 奥田さんの催涙弾を連射する。しかし、当たらない。蜃気楼を通り抜けるみたいに弾が飛んでいく。いくら動く標的とは言え、射撃を外したのは殺せんせーと烏間先生以外では初めてだ。

 

「そうだね。みんなが逃げる時間を稼ぐ。そう言う意味ではキミが僕に勝つ必要はない。みんなが逃げてくれればキミの目的自体は果たせるだろう。でも、そうもいかないだろ?」

 

 図星だ。俺の目的は時間稼ぎ。だから……極論、コイツに勝つ必要はない。狡い手を使って、埃に塗れてでも最終的にみんなを追わせなければそれでいい。それは間違いない。

 

 だが、常時ゾーンに入りながらそれをするのは体力的に難しい。普段、勉強する時にみたいに思考だけ加速させてるのとは訳が違う。避ける為には動かなきゃいけない、動くには警戒しなきゃいけない。平常時と比べて倍近くタスクがある分、消耗する体力はバカにならない。

 

 普段から奥の手を鍛える為にもちょくちょく使って体力作り、精神力の増強は図っていたが、それでも本物の……それも世界最高の殺し屋が相手となると話は全く別だ。

 

「キミの集中、いつまで持つかな?」

 

 死神は嗤うとポケットから何かを取り出し、俺の方へと鋭い角度とえげつないスピードで投げる。

 奴の手から離れたのは煙を上げる小さくて赤い筒の連なり。不良時代に見たことがあったのでその正体は即座に理解できた。これは爆竹だ。それも爆裂寸前の。

 

 殺し屋の投げる得体の知れないナニカ、そして、それがとんでもないスピードで迫るのであれば、誰しも咄嗟に後ろに回避を試みるか、防御の為に身を固めるだろう。

 しかし、ゾーンに入った俺は投擲物の後ろから、ゆらりと迫る死神の姿を見落とすことはなかった。

 

 喰らえばただでは済まない。下がっても爆竹は回避できない。防御したら死神に刈り取られる。

 まともな方法ではろくな目には遭わないだろう。そう判断し、爆竹を足元に叩き落とし、動作を切らず、それを死神目掛けて蹴り抜くと爆竹は俺たちの間で爆ぜた。

 

 凄まじい破裂音が響いた。とても爆竹から発せられたとは思えない真っ白な煙が視界を支配した。

 それも一瞬のこと。俺の右側から煙を切り裂きながら拳が飛んで来た。明らかにさっき投げて来た爆竹の比ではないスピードで打ち抜かれる鉄拳をサイドステップで避ける。

 

「ここまでで3秒。キミ、これを何分も続けられる?」

 

「がふっ………!!?」

 

 再度繰り出される蹴り払い。ガードが間に合わずに直撃した。

 

 バキバキっ!と嫌な音がする。今の音からして、どうやら超体育着のダイラタンシー防御フレームが正常に作動してくれた様だが、残念ながらダメージを殺しきれていない。

 

 どれだけ防御力が高くても、勢いを殺すこと自体は出来なかった。俺は嘘みたいな勢いで壁に叩きつけられる。ずるずると身体が崩れ落ち、無様に膝を着いてしまう。

 

「キミの集中力には波がある。行動前は恐ろしく凄まじい集中力があるが、動作の間に僅かに隙があるんだ。加減してる今は尚更。本来なら隙にならない隙、針に糸を通すような見切りが必要だけど……死神のスキルはそれを可能にする」

 

 死神が俺を見下ろす。追撃すれば俺を落とせるだろうに、それをわざわざしないのは慢心か、わざとか。

 悔しいが、実力が違い過ぎる。俺は決して手を抜いてない。不殺の為に出力を落としてるだけで、技術的な面では何も縛っていない。だが、それは向こうも同じの様だ。

 

 その気になれば俺を即死させられただろうにそれをしない。手を抜いて、その上で死神は俺より強かった。

 

 頭の後ろから耳鳴りの様な音がする。どうやら壁に叩きつけられた時、頭を打ったらしい。装備のおかげで怪我はないが、衝撃が脳を揺らしているのが分かった。

 

 それでも、そのぼんやりした頭で体を動かす。

 

 俺は、マガジンに残ってる催涙弾を打ち尽くすつもりで銃を連射した。下から上へ。死神の顔へ向かって。

 

「残念、ハズレだ」

 

 いつぞや、手品を見せてくれた時の様な調子で語る。

 だが、あくまで狙いはコイツじゃない。死神の顔に向かって撃ったのは、俺の射線上にコイツの顔があっただけのこと。

 

 空を切った弾が天井に当たり、割れる。

 奥田さんの使った催涙弾は何かに打つかるだけで簡単に割れる。割れた時、中に封入された薬が飛び散って効果を発揮する。そう言う作りになっていた。

 

 狙い通り、砕け散った弾丸から薬品が飛沫を撒き散らす。

 

「へぇ」

 

 感心した様な声を漏らして死神が距離を取り、俺も同様に奴とは逆方向へと地面を蹴って転がりながら再び相対する。

 

「やるね。作ったのは事前情報的に奥田さんかな?よく出来てる。キミたちE組は粒揃いだね」

 

「そいつはどーも……。あとで本人に伝えてやるから回れ右して帰宅してくれても良いんだぜ?」

 

「はははっ、無理無理。僕も仕事だから」

 

 臆面もなく舌打ちして立ち上がる。ぐらぁ、と視界が歪む。これはやばいな、多分、脳震盪を起こしてる。

 それでもゾーンに入り、再び戦闘態勢を取る。さっきと違うのは既に銃の中に弾はない。だから、さっきの爆竹のお返しと言わんばかりにハンドガンを投げつけ、予備のナイフを抜く。

 

 笑いながら銃は弾かれた。壁に叩きつけられて砕け散りカラカラとパーツが転がるエアガン。

 おかしいな。間違いなくエアガンの射撃なんぞより威力も速度もあった筈なんだが。やっぱり強い。

 

「それじゃ、そろそろ本気でいこうか。殺しはしないよ。キミは温室で丁寧に生けてあげるからさ」

 

 催涙弾の中身が全て霧散した頃。目にも止まらない速度で死神が突進する。振り抜かれた手刀は本物の刃物の様な威圧感があって、半歩で躱せた筈なのに、思わず飛び退く。

 

「そうだよね、キミの感は正しい。僕の袖にはナイフが入ってる。もし紙一重で避けようものなら……真一文字の傷が出来ていた。でもね、飛び退くのは愚策。地に足が着いてないとその機動力は活かせない。こんな搦手も躱せなくなる」

 

 その時、何も持ってない筈の腕が振るわれる。

 ここまでの強者が無意味なことをするとは思えない。一体、何が目的なのか。そんなことを考えると同時、僅か1秒にも満たない滞空が突如と終わりを告げた。

 

 宙にいた筈なのに、まるで背後に壁でもあるみたいに身体が一瞬静止した。きっと外面的には何もない。ただ俺が飛び退いただけの光景。だけど、当事者にしか気付けない猛烈な違和感があった。人間が空中で停止するなどあり得ない。

 

 瞬きすら許されない刹那の瞬間の後、俺の身体はまるで不可視の腕で鷲掴みされたみたいに宙を滑る様に移動した。

 理解が追いつかない。人類最高峰の殺し屋は超能力すら使えるのか?得体の知れない能力に思考が加速する。世界が止まり、五感が研ぎ澄まされ、世界から色が失われた。

 

「っ………!」

 

 死神が俺に向かって振り払った腕。それがまるで自分の身体に引き寄せる様に引き絞られていた。

 その腕から伸びる、不可視の糸。この薄明かりの中では見切ることなどおよそ出来ないであろう細くて強靭なそれの正体を俺は知っている。なにせ、自分の装備にも搭載されているのだから。

 

 ワイヤーだ。確かに昼も使っているところは見た。

 しかし、まさか空中にいる大の男を片腕だけで引き寄せられるとは思いもしなかった。絶対に普通のワイヤーじゃない。なにか、特殊で強靭な材質だろう。

 

 加えて、ここまでで嫌という程に体感させられたのは、その技量の高さだ。敵の癖に思わず見惚れそうになるくらい、死神の動きは一つ一つが洗練されていて、芸術的だった。

 

 烏間先生に憧れるより先に、コイツに出会っていたのなら。あの頃の俺は間違いなくこの男に着いて行っただろう。

 

「くあぁっ……!!?」

 

 ワイヤーで引き寄せられた後に見舞われる拳。

 再び防御機構がダメージを軽減するが、腹を突き抜ける衝撃が激しい嘔吐感を呼び起こし、口から無様に唾が溢れる。

 

 なんとか押し殺そうとしていた恐怖が顔を覗かせる。

 

 でも、このまま終わるわけにはいかない。

 まだ時間は全然稼げていない。

 

 ダラリと下がった手に持っていたナイフを態と落とし、流れる様にスタンガンを引っこ抜いて死神に向ける。

 

「いいね、その根性。でも残念、届かないよ」

 

 パッと死神が離れる。

 

 駄目だ。この男の動きが見切れない。

 ゾーンには入りっぱなしだ。でも、届かない。

 

「それから一つ。アドバイスだ。キミは僕を殺す気がない。それが分かった上でキミのナイフを警戒してあげるほどお人好しではないよ。それはブラフ。渚くんが鷹岡にやった様に本物のナイフを当たる寸前で振れば怯むとか思ってるのかも知れないけど、殺意がないのを知ってるんだから、意味はない。僕は、キミのナイフ以外の全てを見てるからね」

 

「……ほんと、憎たらしいくらい強ぇ……」

 

 無様だ。本当に無様だ。

 初めて暴力を振るった日から、訓練以外の戦闘でここまで手も足もでないことは無かった。

 

「まあ、殺し屋になってからまず極めたのは近接戦闘だったからね。お昼に言った通り、これがないと1%の標的を殺り漏らすかも知れない。最高の殺し屋が強いのは当然さ」

 

「俺なんてワイヤーをいくら練習してもボンレスハムみたいになって終わりなのに……アンタは自在に操ってみせる。教えてくれよ、どれだけ頑張ればその領域に辿り着ける?」

 

 吐き捨てる様に言いながらふらふらと立ち上がる。

 流石に意識が朦朧として来た。

 

「…………頑張った…………………?」

 

 しかし、死神はそんな俺を見てキョトンとした顔をすると、次の瞬間には破顔して嘘みたいに笑い出した。

 

「あははははっ!なんだこの状況で出た言葉がそれかい?最高の殺し屋を前にして中学生がそんな言葉選びをするとはね。頑張った……。そうか、頑張ったか。キミは僕を認めてくれるんだね」

 

 死神が笑う。嗤うのではなく、本当に本心から笑っているのが伝わってくる。ケラケラと笑い、しみじみ呟く。

 何故だ。笑われる様なことを言ったか?別に特別なことは言ってない。この状況で相手を認めることがおかしかったか?

 

「ごめんごめん。にしても……ふふふ、そっか。そんな風に言われるとは思わなかったよ。先生は僕を見てくれなかった。クライアントは死神の姿を知らない。褒めてくれる奴がいないのは当然だけど………まさか、初めて認めてくれるのが自分と同じ顔、同じ声をした子供のキミとはね」

 

 笑いを引きずりながら、死神が息を整える。

 訳がわからない上に、コイツが呼吸を乱した理由が笑いと言うのもなんとも複雑な気分だ。

 

「よし、決めた。圭一、僕と一緒に来ないかい?」

 

 死神が握手を求める様に手を伸ばす。

 思わぬ展開に今度はこちらが呆気に取られた。

 

 そんな俺の様子を見ていながら気に留めていないのか、死神は変わらぬ様子で飄々と言葉を紡ぐ。

 

「一目見た時から……利用価値を見出していた。同じ顔、同じ声。そして殺し屋としての訓練を受けた経験。この手で育て上げれば僕の仕事はもっと広くなる。そんな確信を抱いたんだ」

 

「……俺を殺す気がないとか、愛でるとか言ってたのは」

 

「キミの心をへし折ってからゆっくり洗脳していけばいいと思ってたんだ。生花ってそう言うものだろ?生まれた場所から摘み取られ、命綱である根っこを切除されて、無理矢理生かされる。そういう感じで育てようかと思ったんだけど気が変わった」

 

「………」

 

「それは勿体無い。なによりキミがチカラを付けられたのはそう言う心の面があるだろうからね。長所を殺すのは止めるよ」

 

 手を伸ばし続ける。まるで、俺がその手を取ることは決定事項だと言うように、まるで俺が手を取ることを疑っていない。

 

 恐ろしい話を聞いた。ビッチ先生の心配をしていた時点で洗脳技術を持ってることは想定していたが、その牙が自分に向けられていたと考えるとゾッとする。もしかすると、コイツはやる気になれば俺なんて簡単にいつでも捕獲出来たのかも知れない。

  

 いや、事実簡単に捕獲出来たのだろう。そして、捕まった後の末路はきっと悲惨なものだ。

 

 フォアグラでも作るみたいに無理矢理色んな技術を叩き込まれ、成熟した頃には肝臓だけ取り出してそれ以外を破棄するみたいに、俺は思考能力を奪われ、言われるがままに殺しをする機械にさせられたのかもしれない。

 

 死神の例えを借りるなら、俺は生花というトロフィーを作る為の装置になったのかも知れない。人の死体というトロフィーを。

 

 この男の店の花は大体が花束用の花だった。根が切り落とされ、長く生きられない、或いはもう死んでる花の死体。

 生花を花の死体と捉えるならば、人の死体を花でも摘む様に容易に作り出せるコイツにとって花屋と言うのは天職だろう。

 

「……断る。俺は……人殺しになるつもりはない」

 

「知ってる。たとえ緊急避難が認められるこの状況でもキミには殺意はないのだから相当だ。だから、その心を手折っていく。殺しはしない。ただ、力の差を理解させる。僕の先生がそうやって、僕に技を、知識を教えた様にね」

 

「ッラアァァァァァッ!!!」

 

 言葉の終わり、死神が初めて殺気を出した。

 鋭く、冷たく、寒い。向けられて生きた心地のしない感触。殺意がないと知っていても、ようやく刺激された俺の本能的な部分が勝手に身体を動かしていた。

 

 繰り出すスタンガンの突き、突き出した腕を軸にした回し蹴り、動きを切ることなく繋げた掌底、半歩前に出て打ち出す肘鉄。殺せんせー暗殺の任務を受けてから習って来た格闘技、烏間先生から見て盗んだ技術を一心不乱に。

 

「おおっ、すっげぇ………!」

 

 感嘆した様に死神が言う。

 

 そして躱される。悔しいことに、悲しいことに、拳を突き出せば片腕で弾く様に軌道を逸らされ、蹴りは半歩下がって、掌底は上から叩き落とされ、肘鉄は空を切る。繰り出す技の悉くが決定打どころか有効打にすらならない。

 

 殺せんせーにすら使ったことのなかった体術を使っても意味をなさない。初めて使った技、頭の中で組み立てるだけだった動き、その全てをスイスイと躱される。

 

 攻撃が当たらない感覚はどこか、殺せんせーに似ていた。

 

————まるで、俺の技を全て知ってるみたいだ。

 

「知ってるよ。僕はよろずに通じた殺し屋だからね。だから当たらないし、当てられない。知ってるからね、技の威力、予備動作、対策法、そこから派生するであろう動きも一通り。ほら、アクションゲームとか極めればノーダメージでクリア出来るだろ?それと同じ理屈さ。知ってるから当たらない」

 

「ッッッッ!」

 

 地面に落としていたナイフの柄をワイヤーで絡め取り、握って振るう。ナイフによる二刀流。例え俺に殺す気はなくても、刃物自体は脅威のはずだ。拳と違って対処法はかなり限定されるだろう。少なくとも、回避で隙は作りやすくなる筈だ。

 

「……二刀か」

 

「ぐっ……!!?」

 

 ナイフを握った腕を掴まれ、そのまま身体を壁に押し付けられ、ナイフの刃先が首元へと近づけられる。

 

「通用しなかったね?まずは基礎を極めた方がいい。殺せんせーや烏間先生は教えてくれなかったのかな?」

 

 そのまま手を離され、体も自由になる。

 死神は笑う。何処からでも来いと言う様に。

 

 だから、あらゆる技術を出した。

 

 そして、悉くを打ち砕かれた。

 

 迎撃され、打ち落とされ、押さえ付けられ、弾かれ。死神はよろずに通じているというのが事実であると主張する様に俺の知らない技、動き、知識を使って俺の全てを打ち砕いた。

 

 いや、打ち砕かれているのは技だけではない。

 

 戦えば戦う程に自分が精神的に疲弊していくのが分かった。

 

 得意とした技を、渾身の技を、隠していた技を、組み立てていた技を苦もなく打ち砕かれる。今日まで訓練して来た成果が意味を成さない。積み上げたジェンガを崩されるような、もしくは自分以上に遥か高くまで積み上げられたモノを見せつけられるみたいな虚しさが胸に去来する感覚に疲れる。

 

「ガッ……アァァァァァっ!!!!」

 

「おっと……」

 

 振り抜いた拳が死神の前髪を掠り、しかし捉えることが出来ず、その勢いに身体ごと引っ張られ、右拳がコンクリートの壁に大きなクレーターを作る。

 

「流石に追い詰めすぎたかな……。にしても凄い膂力だ。お父さんは遺伝子のプロ、お母さんもお父さんと同じ道を通ったんだっけ。はははっ、経歴からして厄ネタの臭いが香ばしいけど………このチカラ、やっぱり欲しいなぁ……!」

 

「っ……はぁ……はぁ……」

 

 避けてくれて助かった。感覚に任せて振るった拳は今の集中状態で出せる最大の威力があった。

 仮に当たっていたのなら、殺していたかもしれない。もっとも、そんなことを言ってる場合でもないかも知れないが。

 

 負けたらどうなるか分からない。そう言う意味で、俺は死神を殺してでも生き残る姿勢を持たないとダメかもしれない。

 

 思考だけは死神の動きを捉えているが、この状況で出せる力が奴の動きに追従出来ていない。

 ゾーンを対人戦で使ったことは殆どない。それこそ、鷹岡との初対面で無意識で使ったあの時くらいだ。だから、必然的に俺の基準はあの時のスピードになるのだが……それでは悔しいことに、死神に届かない。

 

 加減が分からない……というのは言い訳か。

 そもそも素の実力で上回っていればこんな考え方しなくてよかったわけだし、やっぱり実力不足か。

 

「……力の差は充分に魅せた。あとは、連れ帰ってじっくりと教え込むとしよう。きっと理解してくれるさ。ねぇ、圭一。もしもキミが僕と感性まで似てるなら……僕のチカラ、死神の技術の美しさを手に入れたいと思うだろ?」

 

 息を切らす俺に向かってアイツは指を向けた。

 

 まるで子供が指で鉄砲の形を使って撃ち合う遊びでもするみたいに、人差し指と親指を立てた右腕を俺に向かって。

 

 なんの変哲もない動作だった。とびっきりの殺意が込められているわけでもない。ありきたりな仕草だった。

 

 だが、俺は知っている。散々理解させられた。

 

 警戒できないことが一番怖い。

 

 この男に意味のない動きなど一つもなく、指先の動き、何気ない仕草ですら何かしらの技であり、よろずを越える技術はその根幹を千を越える基礎技術が支え、それらを組み合わせることで万を越える技を作り出しているに違いない。

 

 となれば、退くのは得策じゃない。飛び退いても、またさっきと同じ様に狩られるか、或いはまた別の手段で撃墜されるだろう。なら、ここは距離を詰める。

 相手は俺を殺すつもりがない以上、致命的な一撃は来ない。なら、ここはあえてゼロ距離に持ち込むことで選択肢を減らす。

 

「勇気ある選択だ。だから読みやすかった」

 

 笑ったあと、死神の蹴りを繰り出す。

 顔面を陥没させんばかりの鋭い蹴り。何か来る。そう読んでいたことが功をそうし、その蹴りを完璧に回避する。半歩下がって躱す最低限の回避だった。

 

 それが命運を分けた。

 

「だよね。ゲームセットだ、圭一」

 

 その足の裏からプシュッと何かが噴射した。半歩分だけ前にある死神の靴底から霧状の何かが。

 それをもろに喰らった。顔面で受けたそれは目に入り、鼻へ侵入してしまったことで俺は否応なく敗北を突き付けられた。

 

 身体に力が入らず、沈む奴に膝から崩れる。

 

「君たちが南の島で戦ったスモッグ。彼が使ったガスを弱めたモノだ。ゾウを昏倒させる程の威力はないけど、人一人、気絶させるには充分だ。残念だったね。戦闘能力は高かったけど、総合力で僕には勝ることが出来なかった」

 

 霞む視界、落ちる体。

 

「おやすみ、圭一。キミはこれからもう1人の僕になる」

 

 意思に反して重くなる瞼が言うことを聞かずに勝手に閉じる。目を閉じた先にある暗闇に吸い込まれる様に意識が薄れていく中、そんな闇の中で死神の声とさっきまで見ていた奴の動きが脳裏で再生され続けていた。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

「っ……圭一がやられたっ!」

 

「……マジかよッ!!?まだ5分しか経ってねぇぞ!?」

 

 通信を聞いていた磯貝くんが呟く。

 途中合流した脱出班の寺坂くんが驚愕の声を上げる。

 

「いや、5分も保たせる事自体、普通はできない。戦闘中の5分ってそれくらい長いんだわ。むしろ奇跡だよ。でも、このままじゃ駄目だ。みんな、作戦を変える。こんな調子じゃあっという間にみんな追い付かれるから、等間隔で1人づつ止まろう」

 

「そんなことしたら捕まるだろ!?」

 

「でも少しでも時間は稼げる。1人でも逃がさないと……乃咲クンが稼いだ5分を無駄にすんな。それに死神にとって俺らは殺せんせーを誘き寄せる為の餌だから殺されはしない筈だよ」

 

「……カルマの案で行こう。背に腹は変えられない。1人でも逃がすことを考えるべきだ。この中で一番脚が早いのは木村だけど……流石の死神もここから完全に脱出した奴を追いかけることはしないだろうし、この際、逃げ足は二の次にしよう。1秒でも稼ぐために……悪いが、木村……」

 

「わあってるよ。この状況で女子よりも先に逃げたくねぇ。それに……乃咲の仇、取るつもりでいくぜ」

 

「……だな。俺も2人の案に賛成だ」

 

 みんな2人の意見に頷く。

 そんな中でみんなの視線が私に向く。

 

「茅野、木村の次にすばしっこいのはお前か岡野だ。でも、お前は岡野ほど戦闘力はない。だから、全力で逃げてくれ。俺たちは1秒でも長く時間を稼ぐから……1秒でも早く脱出してくれ」

 

「で、でもっ……!」

 

 流石にそれは抵抗があった。

 私には一つ、目的がある。ここにいるみんなのことはその道程で出会った見知らぬ誰か。そんな風に割り切りたかった。

 

 お姉ちゃんを殺した奴と大好きなみんな。それだけで本来なら唾棄するべき相手であっただろうに、困ったことに私は……みんなを大事だと思ってる。

 だって、良い人たちだもん。手放しにいい奴だったり、不器用だけど優しかったり、色んな人がいるけど、でも、きっとみんな良い人だって今は思ってる。

 

 

————俺とお前は同じ思いであっても、それは絶対に同じ大きさじゃない。茅野の方が俺の何倍も悲しいだろ。嫌じゃなければ分けてくれないか?話を聞くくらいしか出来ないけどさ。

 

 

 たった1人、全部じゃないけど私と同じ想いを共有してくれた奴。不器用で、優しいヒトで。

 そんなアイツが捕まった。通信越しにその奮闘は知っていた。それでも乃咲が負けたことが信じられなくて、今、アイツが危ないと思うと……チカラを使ってでもなんとかしたいって思う。

 

 実際、このチカラなら死神くらいは簡単に殺せるだろう。

 でも……そんなことをしたら私の目的はきっと果たせなくなるし、仮に……人を殺した私をあの時みたいに受け入れてくれるか分からない。それが今、たまらなく怖くて仕方なかった。

 

「大丈夫、茅野っちならやれるから、こっちはうちらに任せてよ。足止めくらいはするからさ」

 

「そうだね。それに……乃咲がやられて悔しいのは僕らも一緒だから。1発くらいお返ししないと」

 

 頷く仲間たち。そこまで言われたら、もう、私には走り抜ける意外の選択肢は残されていなかった。

 

「まずは俺が残るよ。言い出しっぺだしね」

 

 そう言ってカルマくんが立ち止まった。

 振り向きもせずに走り去る。

 

「次は俺が残る。作戦変更はなし。茅野、頼んだぞ」

 

 磯貝くんが身を翻して銃とスタンガンを抜く。

 

「んじゃあ、次は俺だな。磯貝が行ったならさ」

 

「その次は僕が行く。茅野、お願いね」

 

 1人、また1人とみんなが止まる。適切な距離なんて分からない。それでも各々がここだと思う位置で止まる。

 私に一声かけてみんなが立ち止まった。私は竹林くんから受け取った爆弾を持って走り続ける。

 

 でも、困ったことに出口なんて分からない。地下である以上、適当に穴を開けて脱出なんてしたらみんなが危ない。だから、闇雲に、殆ど感に任せてひたすら全力で走る。

 仮に脱出できなくても、私が見つからないことで死神たちの計画に綻びが出せるのなら。そうやぶれかぶれに考えながら。

 

————そんな時だった。

 

『その先の別れ道、左に行きなさい』

 

 スマホと連動させた通信機から声が聞こえた。

 聞こえていたのはビッチ先生の声。

 

『……こちらカルマ。死神が来た』

 

『くそっ、速いなっ!』

 

 スマホを見ると、倉橋さんのスマホから私だけに通信して来ているらしかった。だからか、そんな声の裏でカルマくんから死神が来たと言う連絡が走っているのに、ビッチ先生の声には誰も反応しない。一体どうして……?

 

 足を止めずに考えていると、本当に別れ道が現れる。

 

 言うことを聞くべきか悩んだ。

 乃咲の言葉が脳裏を過っているから。曰く、ビッチ先生が洗脳されてるかも知れないから気を付けろ。

 

 普通にあり得る話だ。でも、私には時間はない。カルマくんが突破されたのか、磯貝くんから連絡が来た。

 

『……カエデ。死神からガキどもを助ける為に手を貸して』

 

「………わかった。信じるよ、ビッチ先生……!」

 

 加速して左に曲がる。実際、信じたことで吉と出るか凶と出るかわからない。でも、確実に何かはある。

 そう信じて走り続けると扉があった。扉に着いた何かの機械。これが虹彩認証って奴なんだろう。と言うことは、やっぱり何かある。そう確信して爆弾を仕掛けて扉を通る。

 

 吹き飛んだ扉を尻目に一瞬だけ振り返ると、機械はどうやら出入りで求められるタイプだったらしい。

 出入りに認証が必要なのは判断に困る。入る時だけ必要なら、自分が奥に向かって進んでる可能性を考慮できたから。

 

 自分が奥に向かっているのか、それとも外に向かっているのか。分からないままビッチ先生の指示に従って走る。

 

『その先が出口よ。タコとカラスマに連絡お願いね』

 

 最後の扉らしきものが見えると、ビッチ先生の声は止まった。引き換えにますます大きく聞こえてくるのは仲間たちからの死神との遭遇報告。遭遇したあと、報告した人から連絡が来ない理由を考えるとゾッとし、迷ってる暇はないと自分に言い聞かせて扉を竹林くんの爆弾で開ける。

 

 すると、確かに外に繋がっていた。

 私たちが入った場所とは違うみたいだけど、確かに空が見えた。思わず安堵しそうになった時、最後に別れた岡野さんから死神発見の報告が上がる。

 

 もう迷う時間も立ち止まる暇もない。

 森の中に向かって走り出す。自分が思う最短ルートを駆け抜ける。私の全力(・・)を使ってひたすらに。

 

 みんなが危ない。乃咲が危ない。殺せんせーなら……どうにかしてくれるかも知れない。そんな思いを抱いて。

 殺せんせーなら助けてくれるって、仇に向かってそんな信頼を抱いている自分から全力で目を逸らしながら。

 




あとがき

はい、あとがきです。

圭一の敗因は……。
・ゾーンの出力を出し渋ってしまったこと。
・人間を殺さない程度の力加減が分からなかったこと。
・不殺を意識しすぎたこと。
・シンプルな技量差。
こんなところでしょうか。舐めプと言われても仕方ないかも知れませんが、倫理観がそれなりにしっかりしてる分、殺すこと、殺したあとで仲間に拒絶されるのが、死神と対峙するのと同じくらい怖かったんですね。

まぁ、そんな圭一の心理を読み取って自分を人質にする死神も相当悪辣なので今の圭一じゃ勝てないのは道理なんですけども……。

次回、時間軸としては同じで今度はビッチ先生救出班に編成された倉橋さんの視点になります。

今回もご愛読ありがとうございます!
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