暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えてたくさんの高評価、感想ありがとうございます!

今回も投下しますのでお付き合いください……!


128話 進路の時間

 

 歩き慣れた道を歩く。

 慣れすぎて最早、目を瞑ってでも歩けるだろう。車だったり自転車も気配で分かるし、一度くらいなら目隠し登校チャレンジもしてみたい様な気がする。

 まぁ、危ないので実行に移すつもりはないが。万が一、周りに迷惑をかける訳にもいかないし、俺がやらかしたら悲しむ人がいるのを強く自覚したばかりだ。

 

「圭ちゃ〜ん!おはよっ!」

 

「……あぁ。おはよう。陽菜乃(・・・)

 

 そんな歩きなれた道で出会った見知った少女。

 聞きなれた声、見慣れた姿。唯一馴れないのは、彼女の呼び方……いや、訂正。唯一ではなかった。

 

「うんうん、今回はしっかり呼んでくれたね」

 

「…………これ以上、情けない所は見せらんないだろ。自分のことを好きって言ってくれた女の子に」

 

「ッ!もう、直ぐそう言うこと口にする。普通に照れちゃうから不意打ち禁止!」

 

 ころころと笑う彼女との新しい関係。

 しかし、それは決して祝福されるものではない。周りから見ても、自分で考えても誠実さに欠けた彼女の善意と好意に甘えているだけの宙ぶらりんなものだった。

 

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「……圭ちゃんは……?」

 

「俺は————分からない……」

 

 彼女からの告白。それに対して俺は答えを出せなかった。

 情けない。みっともない答え。それをぶつけられて、怒りを見せることも、悲しそうな顔すら見せなかった倉橋さんにはどれだけ謝っても、どれだけ感謝してもきっと足らないのだろう。

 

 ただ、言葉の続きを待つみたいに俺と目を合わせ、視線を逸らすことをしなかった。何処までも真っ直ぐな瞳で。

 

「俺は……倉橋さんのことは好きだ。それは間違いないと断言する。告白されて嬉しいとも感じてる。でも……それが恋愛的な意味なのかは自信がない……。俺にとってキミは一番親しい異性の友達だ。だからなのかは分からない。でも、倉橋さんみたいな恋人がいたらな、と思っても、キミの相手に俺を……と自分の未来に当て嵌めて明確に想像したことがなかったんだ」

 

「…………そっか」

 

「……………ごめん」

 

「私………ふられちゃった……のかな……?」

 

 悲しそうに顔が歪んだ。

 瞳が涙で潤むのを見た。それを堰き止めようと瞼に力を込めたのを誰よりも近くで感じた。

 

「違うっ……!!」

 

 だから慌てて呼び止める。そうしないと伝えないことを伝えられず、父さんとそうだった様にすれ違ってしまうと思ったから。

 反射的に口から飛び出た叫びに似た声は裏返り、緊張で乾いた喉を更に乾涸びさせ、続ける言葉を掠れさせる。

 

 あの時、俺は父さんの言葉と言葉の間の僅かな時間すら怖かった。言葉を選んでいるその空白が重たくて好きじゃなかった。

 同じことを繰り返したくなくて、言葉を選ばず、ゾーンに入ることすら忘れて咄嗟に叫んでいた。

 

 彼女がそうしている様に、今度は俺が逃がさないと主張するように倉橋さんの華奢な両肩に手を乗せながら。

 

「少しだけ時間をくれないか。考えてみたいんだ。俺なりに真剣に。絶対に答えは出すから」

 

「………うん。分かった。こっちこそごめんね」

 

 彼女が謝ることなんて何もない。

 だからそれを制止しようとして、更に制止された。

 

「キミが謝ることじゃ………」

 

「それ、止めて欲しいな」

 

「…………え?」

 

「私のこと、"キミ"じゃなくて"お前"って言ってよ」

 

 向けられたのは、予想外の要求だ。

 なんとなく、女子ってそう呼ばれるの嫌じゃないのかなって思ってた。たまに女子にもお前呼びすることはあったが、自分なりに気をつけていたことだから、驚いた。 

 

「乱暴な呼ばれ方は嫌じゃないの?」

 

「嫌じゃないよ。むしろ距離が近くなった気がして嬉しいから。言葉が乱暴でも、乱暴なことはしないでしょ?」

 

 これは信頼されてるってことか。

 

「圭ちゃん。私さ、フラれてないんだよね?」

 

「俺はそのつもりでいて欲しい。俺なりに考えて、答えを出すから。その時まで待っていてくれないかな……」

 

「じゃあさ、2つだけわがまま言ってもいい……?」

 

「なんでも言ってくれ」

 

 むしろ2つだけで良いのかな。彼女がそんなこと言うわけないと思っているけど、サンドバックになれと言われても笑って従うくらいしなければならないだろう、今の俺は。

 でも、いくら優しい倉橋さんでも、こんなことをされたら殴るくらいしても仕方ないし、俺は文句を言わない。

 

 そうして思考を巡らせる俺を彼女は裏切った。

 

「圭ちゃんが考える間、"お試し期間"ってのはどうかな」

 

「お試し期間………?」

 

「うん。私は圭ちゃんが好き。だから一緒にいたい。圭ちゃんは私と一緒にいる未来が上手く想像できない。だから考えたい。だから……友達以上恋人未満って関係でどうかな………?」

 

「それは………流石に………」

 

 不誠実すぎやしないだろうか。

 分かってる。全部この場で答えが出せない俺が悪いのは分かってる。でも、それで良いのか?彼女にこんな提案させて、俺はそれを受け入れて良いのか?

 

 ついさっき思ったはずだ。自分の言動に責任を持つと。

 

 友達以上恋人未満なんて宙ぶらりんな関係が、責任ある人間の選ぶ選択なのか?

 

 でも、本当に俺に責任があると自分で考えているなら、俺はこの提案を受けるべきなんじゃないのか?例えそれで周りから不誠実と指を指されても、それが俺の背負うべきモノなんじゃないのか?こんな半端なことをしてしまった彼女の為にも。

 

 頭の中で会議が始まる。

 そうするべきと叫ぶ自分、不誠実だと訴える自分、倉橋さんの言い分に内心で共感している自分。

 

「——いや、分かった。日和ってごめん。こんな俺で良かったら倉橋さんの隣に置いて欲しい」

 

「あはは、これに関しては私がお願いしてることだから……。じゃあ、2年縛りってことで」

 

「携帯か何かなのか……?」

 

「………私だって、恥ずかしいんだよ……?こういうテンションじゃないと圭ちゃんを置いて逃げたくなっちゃうもん」

 

 考えて、思考をぶった斬って受けることにした。

 友達以上恋人未満。成り行き的になった関係ではなく、俺の優柔不断が招いた不誠実な関係。これに終止符を打つまで、誰になんて言われようとも退くことはない。何がなんでも必ず答えを出す。そう言う覚悟を俺なりに決めた。

 

「………あと、もう一つ」

 

「……言ってくれ」

 

「…………名前で呼んでよ」

 

 その一言はなんともいじらしいものだった。

 そんな要求されると思ってなかったので面食らう。

 

 倉橋さんの下の名前。

 流石に知らない訳はない。なんなら、E組復帰初日に呼んだことがあった。それを今後、彼女の呼び方にする。

 

 それだけだ。たったそれだけのことだ。

 でも、意識すると妙に恥ずかしかった。

 

「ひ、ヒにゃハシさん……」

 

「誰その女」

 

「ひ、陽菜乃…………さん」

 

「…………だめ」

 

「ひ、陽菜乃……ちゃん」

 

「…………もう一声!」

 

「……陽菜乃」

 

「ちゃんと胸を張ってはっきりと!」

 

 彼女からの要求に一度深呼吸して口を動かす。

 

「——陽菜乃」

 

「…………はい」

 

 改めて呼ぶと、彼女は照れた素振りを隠すことなく顔を真っ赤にした。そら、隠しようもないだろう。お互いの両肩に両手を置いているのだから。どちらが力を緩めないと離れようがない。

 

 彼女の15歳の誕生日。その思い出がこんなで終わってしまったことが申し訳なくて、でも、申し訳なさでこんなことを選んだとも思って欲しくない。

 

 だから、最後にせめてこの一言を伝えた。

 

「今日、まだ言ってなかったな。誕生日おめでとう。陽菜乃」

 

「うん、ありがとう」

 

 お互い、顔を少しだけ前に出せば唇すら触れ合う距離。けれど、まだその先に進むことがないこの距離感は俺たちの新しい関係を象徴するかの様で、自分が作ってしまった壁を感じずにはいられなかった。

 

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⬜︎

 

⬛︎

 

 友達以上恋人未満。それは周りから見て"アイツらもう付き合っちゃえよ"とつい思ってしまうような距離感を言うのだろう。少なくとも俺の認識はそうだ。

 今の俺と倉——陽菜乃は、そんな関係であると彼女は言ってくれているが、それはかなりマイルドな表現をすれば、と言う話しだ。俺のしたことを端的に短く言うなら"キープ"だろう。

 

 うん……。我ながら最低だ。

 しかし、だ。そんな態度を表に出すわけにもいくまい。俺以上に複雑な気持ちであろう女子が隣にいるのだから。

 

「ね、手繋ごうよ」

 

「……うん」

 

 くいっと袖を引かれ、その声に頷く。

 流石にキスは出来ないが、これくらいは別に良いだろう。きっと大丈夫な筈だ。何を基準にしてるかは自分でも分からないけど。そこに深い意味を持たせることは諦める。

 

 彼女の手にはあまり力は入っていなかったけれど、それでも自分のものでは無い温もりが伝わってくる。

 やっぱり人肌ってのは心地が良い。柔らかくて、温かくて。これまでの俺の人生とは正に縁遠いもので。

 

 だからこそ、分からない。この温もりとの付き合い方が。

 

 恋人って何をすれば良いんだろう?

 何をしたら恋人なんだろう?

 何をしたら恋人らしいんだろう?

 そもそも恋人って何なんだろう?

 

 そんな思考がループする。

 

 そもそも、俺は陽菜乃のことが好きなのか?

——彼女のことは好きだ。

 

 じゃあ、それは恋人にしたい好きなのか?

——分からない。

 

 それなら、陽菜乃としてみたいことは?

——一緒に出来る楽しいこと?

 

 駄目だ。自分の問いに対して疑問系で返しちゃってる。一緒に何がしたいのかに着いて自信がないらしい。

 

 つまり俺は、陽菜乃のことを見て"いいなぁ"と思うことはあっても、恋人にしてあれがしたい、これがしたいとか。そう言う思考には至っていないらしい。

 

 俺ってば情緒がまだまだ未熟なのか……。

 

 思考は回る。しかし進まない。本当にぐるぐると同じ場所を回っているだけだ。恋人って何が正解なんだ?

 

 考え込んでる間に学校に着く。結局は答えを出すことは出来ず、同じ思考を繰り返しているだけだった。

 

「おっはよー!」

 

「おはよう陽菜————あれ?」

 

 元気よく挨拶する陽菜乃に真っ先に気付いた矢田さんと目が合う。なにやらキョトンとした顔で俺たちを見比べた。

 

「ん?どったの、桃花ちゃん?」

 

「え、あっ、いや……。乃咲くん大丈夫?その、思った以上に思い詰めてる感じが……」

 

「……大丈夫。なんでもないよ。ただ、なんて言うか……思った以上に俺って誰かと一緒に何かをするってこと、考えてなかったんだなぁって実感して凹んでるって言うか」

 

 ため息混じりに答えると、みんな目を丸くしていた。

 多分、あんだけ堂々と誘った手前、ことの顛末が気になって陽菜乃にそれとなく聞いたのは良いけど、俺の中途半端な答えを聞いて、陽菜乃の心配をしつつ、俺の不甲斐なさにキレようかと思っていたら、思った以上に陽菜乃が気丈で、逆に俺が凹んでるから驚いたってところかな。

 

「……男子集合!」

 

 そんな時、前原が男子に号令を掛けた。

 もはや何事とは思うまい。先は読めている。

 

 前原に促されるがままに教室を出る。

 今度は教室の外でそのままと言うこともなく、校舎裏で俺を囲むのでは無く、ぐるりと円を使って座り込んだ。

 

「んで、何があった?嬉し恥ずかし初デート……成功したって顔でも無さそうだよな。倉橋はなんか嬉しそうだけど少し複雑そうだ。でも、お前は複雑さ80%って感じ。夏休み中よか顔色良いけどよ。またなんか悩んでそうだなって」

 

「実はさ……」

 

 みんなに話した。今回のデートであったことを出来るだけ詳細に。話してる時、茶化してくる奴はいなかった。寺坂組をはじめとして、カルマも前原も岡島も。

 

 そして最後の結論。俺の優柔不断の結末。

 

 話し終えて第一声。まず罵倒されるかと思ったが、飛んで来たのは岡島のため息混じりの一言。

 

「お前さぁ、難しく考えすぎじゃねぇ?倉橋のことはLoveか分からないけど、とりあえず好きな自覚あるんだろ?だったらとりあえず付き合えば良いじゃんか。倉橋的にもお試し期間だってんなら、友達以上恋人未満とかじゃなくて普通に恋人(仮)でいいじゃんか。頭じゃなくて股間で考えて良いんじゃね?」

 

「おまっ、途中まで良い話だったのに」

 

「岡島の言う通りじゃね?だってぶっちゃけ恋人って行き着くのはそこじゃん。お前、倉橋とエロいことしたくねぇの?」

 

「いやいやっ!」

 

「いやいやじゃねぇ、まずは答えろ」

 

 倉橋さんとシたいかどうか。

 

「いや、そら、できるなら………」

 

「なら良いじゃん。実際にヤるかは置いておいてよぉ?まだ中坊だしな?でも中学生の色恋とかそんなもんで良くね?乃咲、お前さ、恋愛に夢見過ぎなんだって」

 

 恋愛に夢見すぎ……。そうなんだろうか?

 いや、恋に夢見てるかどうかは一旦置いておくとして、確かに難しく考えている感はある。その自覚はあるんだ。

 

 しかし、しかしだ。

 

 恋人=結婚なんて重たい考え方はしていない。でも、だからと言って相手を見ない理由にも大事にしない理由にもならないだろう。俺の今の心情はそうする上で必要だと思う。

 

「……………圭一」

 

「ん、なんだ?」

 

 考えていると悠馬が声をかけて来た。

 神妙な顔をして、複雑そうに。

 

「たぶん、お前……」

 

「…………なによ?」

 

「……………いや、なんつーか。いや、かなりデリケートな問題だと思うんだけどさ、多分、お前さ。恋人に何を求めて良いのか分からないんじゃないのかなって。聞いてて思った」

 

「……言うほどデリケートか?」

 

「生い立ちの影響って言うのかな。育った環境と言うか、育つ上で見るべきものを見れなかった影響って言うか………。そういう意味でデリケートなんだよ。俺も経験あるわけじゃないから断言できないけどさ。多分、一般論の延長だけど」

 

 生い立ち、育った環境、育つ上で見るべきもの。

 つまり、幼少期から必要な何かが俺に欠落してるのかな。

 

「…………まぁ、確かに乃咲の生い立ちならそうかもね。なんて言うか僕は納得だ。なんだ、僕は応援するよ。倉橋さんとの関係ではなく、キミなりの答えを出すことをね」

 

「だねぇ〜。俺は『ごめん、倉橋さん。俺は父さんが——!』みたいなファザコン発揮してくれるのを期待してるけど、まぁ、乃咲クンなりの答えは必要でしょ。きっとね」

 

「てめぇの中で俺がどんな奴なのか分かったぞ、カルマ。体育の前に一戦やるかコラ。強化人間パワー見せちゃるぞ」

 

「おーおー、言う様になったじゃん。別に良いよ、強化人間パワーになんて頼って得意になっちゃってさ〜」

 

「はははっ、強化人間パワーに目覚める前からお前より遥かに、とんでもなく、強かったけど。これを機に分からせてやるわ」

 

「クク、銀の死神とか呼ばれて調子に乗ってるの、逆にこっちが分からせてやらないとねぇ〜」

 

「はははっ、悪魔が死神に勝てるわけねぇじゃん」

 

「そっかそっか………ちょっとグラウンド行こうか」

 

「良いじゃん良いじゃん。友達とスキンシップといこうか」

 

「…………」

 

「……………」

 

「「ははははは!」」

 

「怖い、コイツら怖い」

 

「なんだかんだ、コイツら仲良いよなぁ」

 

「物騒この上ないけどね」

 

 腕まくりしながらカルマと肩を組んでグラウンドに歩き出すと、悠馬と前原にそれぞれ首根っこを掴まれて引き戻される。

 

「ともかく!!乃咲、何はどうあれ……お前はひとまず倉橋と一緒にいることを選んだんだろ?なら、そんな小難しいこと考えずに1人じゃ出来ないことを楽しめよ。ゲームでも、街の散策でも、訓練でも良いから。倉橋は女子の中でも比較的に男の趣味とか理解あるし付き合いやすいだろ。アイツも顰めっ面のお前より、楽しそうにしてる方が嬉しいだろうしさ」

 

「ま、前原の言う通りだな。俺らとの付き合いとかも後回しでいいからさ。圭一なりの恋愛観を養って来いよ。たぶん、これからの人生で大事になるだろうしさ。そのまま付き合っちゃっても俺らは応援するよ。……………まぁ、誰とくっ付いても好意を持たれてるのがお前な以上、最終的に選ぶのはお前だしな」

 

「当の本人に自覚あるかは分からないけどな。こればっかりは早い者勝ちなところあるし。俺らが言っても仕方ねぇって」

 

 前原からのアドバイスを悠馬が肯定し、続く杉野がよくわからないことを言った。早い者勝ちってなんぞや。

 

「頑張れよ、乃咲。お前なら何かしらの答えは出せるって」

 

「うん。僕もそう思う。……まぁ、彼女いない歴史=年齢の僕らが言っても説得力ないだろうけどさ」

 

 木村に背中を叩かれ、渚が頷く。

 ぶっちゃけどうすれば良いのか分からないことだらけだが…。でも、みんなが応援してくれるのは分かった。

 あとはじっくり考えよう。彼女に愛想を尽かされない様に頑張りつつ、俺が恋人に何を求めてるのか見つける為に。

 

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⬛︎

 

「進路相談?」

 

「もし誰かが先生を殺せたのなら、君たちは自分の進路を進まなくてはいけません。どの高校に行くのか、その後は進学するのか就職するのかなどね。ま……今のところは考慮しておくに越したことはないってところですがねぇ」

 

「バカ言え。もう既に何度も追い詰められてる癖に」

 

「ヌルフフフフ。だからこそ考慮しているのです。君たちが私を殺せた後のことを。少なくとも、この教室が始まった当初に比べれば確率は月とすっぽんレベルで上がりました。これは、この一年で皆さんが育んだ技術や知識をどんな風に何に活かしたいか?という問い掛けでもあります」

 

 殺せんせーの問い掛けが重い。

 そうだ。全てが終わった頃にこの人はいない。その後の道で悩んでも殺せんせーに相談することは出来ないんだな。

 

「しかし、そう気負うことでもありません。皆さんはやれば出来る子です。それをこの一年で証明し続けて来ました。これは高校卒業、あるいは大学卒業までに何度も問われるうちの一回に過ぎません。気負うことなく、進みたい道を教えてください」

 

 殺せんせーはそう言うと各席の先頭から進路希望調査用紙を回し、出席簿を触手で持つと、相変わらずのヌルヌル音を立てて教室の扉に向かった。

 

「進路希望を書き終えた人から職員室に来なさい。もちろん、相談中の暗殺もアリです。それでは待っていますよ」

 

 彼はそう言うと教室から出た。

 先生がいなくなると、みんな割と自由にする。何処に進学するとか、将来は何になりたいとか。そんな話で盛り上がる。

 

 そんな皆んなと盛り上がることなく、俺はペンを加えて天井を仰いだ。これまで何度か考えて来たことではあるが、情けない話、俺は今だに将来の夢なんて持っていないのだ。

 

 烏間先生は前に自衛官という道を示してくれた。殺せんせー殺害後の俺たちには冗談抜きで地球を救ったと言う実績が付く。それに加えて既に特殊部隊が受ける様な訓練を受けた経験がある人材は重宝されるだろうと言うお墨付き。

 

 俺だけでなく、きっとこのクラスの全員にとってある意味で一番成功が約束されている道筋と言える。

 

 だが、実際にその道を行きたいかと言えば即答は出来ない。この教室で学んだチカラ、母さんから引き継いだチカラ。人の為に使う意思はあるけど、その道で生きたいとは言い切れない。

 

「なんだかな〜」

 

「どうした、乃咲?」

 

 ペンを咥えて椅子を揺らしていると菅谷や不破さんなどが声をかけて来た。

 

「なんかさ、やれる事とやりたいことって必ずしも繋がってるわけじゃないって言うかさ、やれることは思い付くけど、それってやりたいことなのかって言われると答えに困るって言うか」

 

「ま〜、そう言うこともあるよな。俺の場合はやりたいことは美術関係って初めからある程度決めてるからそんな悩むことでもないけど……。みんなはどうよ?」

 

「私も菅谷くん側かな。少年漫画が好きだから将来はJUMPとかの編集者とか。漫画に携わりたいって思ってるし」

 

「わ、私はどちらかと言えば乃咲くん側かも知れません。ただ、出来ることとやりたいことが繋がらないと言うより、どう繋げれば良いか分からないって感じだと思うんですけど……」

 

「ん〜。俺はやりたいことはっきりしてるからなぁ。やっぱり野球続けたいし。だからと言って勉強から逃げるつもりもないけどさ。目指したいよなぁ、プロ」

 

「そう言うことなら、私は奥田さんよりかな。ちゃんとした主婦になりたい。夫婦共働きの時代だけど、しっかり家のことを守れる人がいると安心すると思うし、必要とする男の人もいると思う。でも、その為にも色々学びたいけど、その為には何がちゃんとした主婦なのかって自分なりの答えを出さなきゃね」

 

「…………みんなしっかり考えてるんだなぁ」

 

 頭の後ろで手を組んで呟いた。

 いつの間にかクラスの前列にいる連中も俺たちの会話に混ざり、将来はあぁなりたい、こうなりたいと意見を交わし、励ましたり、背中を押したり、互いの将来の夢を肯定している。

 

 普通、こう言う時間に話し始めると関係ない話で盛り上がりガチだと思うが、線路がブレることなく同じ話題で意見を出し合って盛り上がれるのはこのクラスの良いところだよな。

 本校舎じゃこうはいかない。席を立ち上がった時点でアウトだ。確かに授業中に席を立つのは褒められた行為ではないのだろうけど、それを許してくれる先生も、その上で関係ない話しではなく、同じ話題で盛り上がれるこの環境も俺はやっぱり好きだ。

 

「……………」

 

 環境、か。

 俺は死神の時、殺せんせーに言った。人が環境を作るのではなく、環境が人を作るのだと。でも、それってきっと『卵が先か、鶏が先か』って話しと同じなんだよな。

 もし、俺が環境を作る側になるのなら、こういう環境を作れる人になりたい。でも、別に教師になりたいわけじゃないんだよなぁ。烏間先生、殺せんせー、ビッチ先生も尊敬してるけどさ。

 

 将来の夢……なぁ。不味いことにまだ受ける高校すら決めてないし……。色々と決めないと不味いんだよなぁ……。

 去年までは特に思い浮かばなかったから、名前を書けば受かると有名な高校とか、逆に外部受験としてはハードルの高い椚ヶ丘の高等部を適当に書いたりしてたけど。

 

 ある意味、高校選びって将来を選ぶのと同義だよなぁ。工業高校に行けば進学より就職選ぶ奴が多いだろうし、進学校なら、やっぱり進学する奴が多いだろうし。

 

 悩みどころだよなぁ。

 

 そういえば俺、父さんとその辺の話をしたことないんだよなぁ。まぁ、数ヶ月前まで比喩なしに会話したことなかったんだから当たり前なんだけどさ。

 そも、あの人は俺に進学して欲しいのかね、就職して欲しいのかね。好きな道を選びなさいとか言われそうだけどさ。

 

「ん……………ん、なぁ、陽菜乃」

 

「ん〜?」

 

 考えても答えが出ないのでみんなに混ざり、さり気なく俺の席の後ろに周り、俺の頭に顎を置いていた陽菜乃に声を掛ける。

 

「陽菜乃って旦那に何して欲しい?」

 

 その何気ない問い掛けに教室の全てが停止した。

 ピタッ……と音がしそうな程にみんなの動きが止まる。一切のズレもなく、まるで時間が止まったみたいに。

 

「え、えっと………!?」

 

 背中に当たっていた彼女の胸からバクバクととんでもなく荒ぶる心臓の音が聞こえてくる。

 考えないようにしていたが、流石にBは無い乳という括りではないらしく、しっかり柔らかかった。まぁ、ブレザーの生地でゴワゴワしてる感じも否めないが。

 

「ぶっちゃけ将来の夢とか大層なものは持ってないしな。そんで男が大人になったら何になる?って言われると漠然と父親かなって。もちろん、それが全てじゃないだろうけど。もし、そうなるとして、世の中の女性とか子供って旦那、あるいは父親に何を求めるのかなって。参考までに陽菜乃の意見が聞きたい」

 

「あ、なるほどね……」

 

 彼女が離れたのを感じ取って振り向くと、顔を赤らめた彼女がヒクヒクと口元を痙攣させながら口を開いた。

 

「わ、私は………その、自分も働きたいから……お金があるに越したことはないけど、あんまり旦那さんの収入は高くなくて良いかも……。私も好きなことで働きたいから、相手も好きで続けられる様な仕事が良いかな……」

 

「ふむふむ」

 

「そ、それで………えっと、その、しばらくは2人でいたいかな。正直、子供とか全然想像出来ないけど………。わがままかも知れないけど、周りに自慢できる様な仕事じゃなくてもいいから、私とか子供と一緒にいてくれれば………今は良いかなって……。ううっ、細かいこととか全然想像できないよっ!!」

 

「そっか……ありがとう」

 

「ううっ……。なんで私、急に公開処刑されたの……?」

 

「はいはい、陽菜ちゃんどーどー!」

 

「桃花ちゃ〜ん!」

 

 なるほどなぁ……。でもなぁ……。

 自分でなりたいものが分からないから求められるモノになる、と言うのもアリかと思ったが、どうやら上手くいかなそうだ。

 

「………ねぇ、乃咲」

 

「ん?どうした茅野っち」

 

「逆に乃咲はさ、奥さんに何して欲しいの?」

 

 茅野の質問は鋭かった。本人にそんな意図はないのかも知れないけど、今の俺にとって大事な考え事の一つだった。

 

「……分かんない。俺、恋人とか奥さんとか。何して欲しいんだろうな。とりあえずエロいことしか考えらんねぇわ」

 

「…………まぁ、最低とは言わないよ」

 

「そうか?自分としてはかなり最低な答えだと思うけどなぁ」

 

「中学生男子なんてそんなもんでしょ」

 

「茅野は大人だなぁ……(一部から目逸らし)」

 

「………乃咲、表出ようか?」

 

「冗談だよ。その辺を俺なりに考えたくて陽菜乃に答えを待ってもらってるからさ。真剣に考えるよ」

 

「もう……」

 

 茅野をイジると頭の上に戻って来た陽菜乃が頭の上で顎をグリグリさせてくる。痛い。絶妙に痛いぞ。

 茅野も茅野で腕を抓らないでくれ。案外痛い。なんなの、俺に攻撃するの流行ってるのか?

 

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「と言うわけで、教室から逃げて来ました」

 

「えぇ……?」

 

 進路希望に基づいた面談の名目で向かい合った殺せんせー。流石の彼も俺の話を聞いて困惑した様な声を溢していた。

 まぁ、それもそのはず。俺は結局、進路希望調査には何もかけていない。将来の夢、行きたい高校。それらに明確な答えを持っていなかった。漠然とした夢すらない。

 

「でも……正直な話、キミが将来のビジョンを持っていないのは意外でした。もともと、似た様な話を聞いたことがありましたが、この教室の中で第二の刃の大切さに一番早く気付いたキミのことです。何かしら、見通しは立てているとばかり」

 

「精々、俺に見えてるのは数歩先だけ。遠くにある山の輪郭とかはさっぱりだ。ぶっちゃけ、将来とか真面目に考えて来なかったからさ。今になってツケが回って来たのかも」

 

「そんなことはありません。私は学校の教師として生徒と向き合うのは君たちが初めてなので、強く断言はできませんが……キミの歳で明確に将来のビジョンを持ってると言う子の方が珍しいでしょう。大体の場合は『工業高校に行って就職かなぁ』とかで止まっていると思います」

 

「でも、俺は『どこそこの高校に行って〜』とかそんな土俵にすら立ってない。そこまで考えてる奴ほど立派じゃないです」

 

 俺の言葉を殺せんせーは首を横に振って否定した。

 

「キミには夢はなくとも、明確な目標がある。将来はどんな職業になりたいと考える子はいても、将来はこういう人物になりたいと明確に答えられる中学生は多くないでしょう。乃咲くんは、どんな大人になりたいですか?」

 

「相手のことを見てやれる人になりたい。烏間先生やアンタがそうしてくれたみたいに。相手の目から目を逸らさず、正面から向き合える様な……本当に困って助けを求めてるなら、寄り添ってやれる奴になりたいって思う」

 

 投げかけられた質問。それに対して持っていた答えをぶつけると、殺せんせーは普段よりもさらに優しく笑った。

 

「キミなら出来ます。事実、乃咲くんは我々が見ようとしなかった部分に唯一目を向けることが出来ていた」

 

「……俺だけが?」

 

「覚えていますか?死神の起こした事件を。キミだけだったのです。彼が選んだ道を肯定し、その上で強かったと認めたのは」

 

 確かにそんなことも言った気がする。

 でも、それは特別な事ではないはずだ。だってそれはきっと否定しようがない事実なんだ。アイツが道を選んだのも、強くなったことも。強くなる為に頑張る難しさを知ってるつもりだから。

 

「キミが私と出会ってから一番成長したのは、きっと『相手を見る』ことなのでしょう。好意に鈍いのは玉に瑕ですが、今の乃咲くんなら自分の目標とする自分物像へ進み続けられると太鼓判を押します。もちろん、今後も努力は必要でしょうけどね」

 

「………でも、それは結局、自分が"どうなりたいか"であって"何になりたいか"って進路には繋がらない」

 

 殺せんせーからの評価が小っ恥ずかしくて誤魔化す。

 すると彼は、その言葉にも笑って返した。

 

「キミに道を示すこと。それはきっと簡単です」

 

「……そうなの?」

 

 意外な答えだった。殺せんせーはそう言うところにこそ慎重になると思っていたから、意外だった。

 

「キミは私や烏間先生、イリーナ先生を慕ってくれている。敬意を抱いてくれている。そんな我々から"これを目指しなさい"と言われたのなら、キミは迷いながらもそこを目指すでしょう。先生たちが言うなら俺のことを考えてくれてるはずだ。なら、そこに間違いはない。と考えて」

 

「否定は……出来ないかも」

 

「それは教師冥利に尽きる。でもね、それはキミの可能性を狭めてしまう。キミが悩み、考え、出した答えにこそ価値がある。だから、先生から言えるのはキミが身につけた"力をどんな風に使いたいか"こそが大事だと言うことだけです」

 

 力をどんな風に使いたいか。

 先生たちはみんな同じことを言うんだな。

 

「ビッチ先生のプレゼント選んだ時に烏間先生にも同じことを言われました。俺のチカラなら自衛隊とかに入れば重宝されるだろうし、殺し屋になっても上手くやっていけるだろうけど、最終的にチカラを何に使いたいかを考えるべきだって」

 

「ヌルフフフフ。どうやら彼も教師沼にすっかりハマったようで。私の答えが彼と同じなのも嬉しいですねぇ。何はともあれ、キミはそれだけ期待されてると言うことですよ。何を成すのかではなく、何を選ぶのかをね」

 

「………やっぱり、難しい話題だわ」

 

「そうですね……。でも、そんなキミたちをサポートする為にいるんですよ、先生ってのはね。道に迷ったら先生に相談してください。ゴールを教えることは出来ませんが、進む方角を一緒に考えることは出来ます」

 

「殺し屋になる道を選んでもそう言ってくれますか?」

 

「キミは安易な選択をしないでしょう。その上で選んだのであれば私は肯定します。事実、乃咲くんのフルスペックを最も活かせるのはそういう裏稼業であることを否定しません。キミが本気の全力で殺し屋を目指すのなら、死神すら越える殺し屋になれる。必要ならばその名を継いだとしても文句はありません」

 

「…………そうですか。殺せんせーから見たら、この前の死神が2代目なら、俺は3代目になれるってことですね」

 

「はい。……でもね、もしも、キミが本当に殺し屋を目指すのなら、まずは先生を殺してからにしなさい」

 

 『はい』か。殺せんせー。否定しないんだな。俺の意図に気付いてないのかは分からない、偶然なのかも知れない。でも、この人は文脈的に違う取り方が出来そうな部分を見逃した。

 普段なら、世間体を恐る悪癖を全開にして、あらぬ誤解を恐れて慌てて俺の言葉を訂正しただろうに。

 

 そんな内心を悟られない様に会話を続けた。

 

「いや、殺せんせー殺さないと色々前提が狂うだろ……。殺さなきゃ地球がないかも知れないわけだし」

 

「それもそうなんですがね。まずは私の命で学んで欲しいのです。殺す感覚、殺した後のこと、命を奪う行為がどんなもので、身近な人物の死がどんな感覚なのか。命を奪う側としての姿勢を。それは殺し屋として生きる上で必要なものです」

 

「命を使った道徳の授業。みんなで育てた鶏を食べるとかそう言う授業も聞いたことあるけど……ある意味でその究極だな」

 

「私の命を使った教育を"道徳の授業"と解釈してくれるキミなら、きっと間違えることはないでしょう。学んでください。殺すというありふれた言葉の意味をね」

 

 俺の将来。それは今のところ輪郭すら見えていなかった。

 何せ、俺たちの未来はこの人の屍の先にある。そんな現実すら明確にイメージ出来てないのだから。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

 ふと、父さんとのLINEにメッセージが来ていた。

 話したいことがある。椚ヶ丘の家に来てくれと。

 

 俺が普段住んでいるのは祖父母の家だ。父さんと俺の家は一応また別にあり、トメさんは俺たちの地元の家とこっちの家を行き来して保全してくれているというのは改めて言うまでもないが、こうしてこの家に呼び出されるのは初めてだ。

 

 初めての出来事に少し驚きと緊張を抱きながら玄関を開ける。

 

「圭一。今晩はお赤飯だ」

 

 そこには、お茶目にピンクのエプロンを付けた父がてんこ盛りの赤飯をよそった茶碗を持って立ちはだかっていた。

 なにやら奇天烈な様相の姿を見て俺は思わず告げた。自分でも驚くほど冷静というか冷徹な声で。

 

「……………何してんの、アンタ」

 

 流石に気不味そうな父さんと視線がぶつかった。

 

 




あとがき

はい、あとがきです。

圭ちゃん、倉橋さんの手を取れませんでした。
磯貝とかは圭一が手を取れなかった理由になんとなく心当たりがあるというか、本人にもよく分かってない理由に察しがついています。

圭一にとって恋人はなんなのか。
前原は割と真意を突いてるというか、かなり良い線行ってますね。

さてさて、圭一の悩みは尽きません。
将来の夢、恋人に求めること。
まだ圭ちゃんは思春期ということで生暖かく見守ってください。

それはそれとして、圭一はいっぺん殴られるべき……!

ご愛読ありがとうございます!
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