加えてたくさんの高評価、感想ありがとうございます!
みなさまの応援のおかげでまた日間ランキングに載ることが出来ました。
…いや、まさかまたランキング入りするとは思ってなかったので嬉しい限りです。
今後とも完結目指して走り続けますので最後まで生暖かく見守って頂ければ幸いです!
「圭ちゃん、おっはー!」
「………あぁ……。浄化される」
「急になに!?」
いつも通り陽菜乃と合流する。
手を大きく振りながら浮かべている満面の笑みに俺は思わず浄化されてしまいそうになった。
やばい。狭間さんじゃないが、陽菜乃の笑顔は光属性過ぎて俺の闇属性が浄化され、体重が減ってしまう。
「どしたの、なんかやけに疲れてない?」
「昨日さ、渚の家でモンハンやってたんだよ。カルマと杉野も一緒に。そしたら渚の母ちゃんが帰って来て、ビッチ先生で学んだ対熟女マニュアル通りに対応して、安心した後にトイレに行って戻って来たタイミングで母ちゃんに呼び出されて、セーラームーン談義することになった」
「……ごめん、ちょっと整理させて」
陽菜乃はそう言うと顎に手を当てて考えだし、数秒の沈黙のあと、眉を顰めながら結論を出した。
「いや、そうはならないでしょ」
「なったんだよなぁ……コレが」
「ごめんなさいね、こんな風に呼び出したりして」
「いえ。なにかありましたか?」
渚の母ちゃんに呼び出された俺はホイホイとリビングに入った。何か気になる方があるらしい。
席に座る様に促され、おずおずと着席。頭の中でビッチ先生から教わったマニュアルを開いていると、俺の前に冷たい麦茶の入ったカップが置かれて、それと同時、あちらが口を開く。
「渚の学校での生活態度が気になってしまって。ほら、E組を外から見た様子は保護者会で伝わってくるけど、中の様子に関してはあの子が話してくれないことには伝わってこないから」
「あぁ、なるほど……」
確かに気になるだろう。
3年E組は学校中の嘲笑の対象である。成績不振、素行不良、そういった噂が目立って、本人たちの視点には見向きもされない。確かに親としては気になるだろうな。
「渚くんはクラスの中心にいますよ。みんなを引っ張って行くタイプではありませんが、何かをやりたい、挑戦したいと思ってる奴にそっとサポートしてくれる縁の下の力持ちですね」
「何かと言うと?確かE組は部活が禁止で本校舎にも入れないから委員会で何かをするとかも出来なかったと思うのだけど」
「えぇ。でも、実際にみんなで何かをするって機会はあったりするんです。この前の体育祭だったり、球技大会がそうですね。今例に挙げた球技大会はE組と野球部のエキシビジョンで学校側が画策したE組を辱める為の試合が毎年組まれるんですけどね」
「そうらしいわね」
「そうなんです。さっき、自分と渚くんの他に2人いたじゃないですか。そのうちの赤髪じゃない方の奴、杉野って名前なんですけど。アイツ、元野球部でその試合にすげぇ真剣に取り組んでたんです。息子さん、アイツの練習に文句の一つも言わずに付き合ってくれて。結果、素人の自分らが野球部に勝つことが出来ました。渚くんに目立った活躍があったかと言えば即答しかねますが、勝利の要因は、彼が投手の練習に根気強く付き合ったことでしょうね。そう言う意味で、彼はみんなの中心にいます」
「……そう。アナタたちが野球部に勝てたの」
意外そうに呟きながら、紅茶を啜る。
さて、本題はいつ来るだろうか。子供とは言え、わざわざあまり歓迎していない相手を自分の懐に誘い込んだんだから用件がこれだけの筈がないだろう。自主性を重んじるタイプの親ならまだしも、見たところ完璧主義そうなこの人が。
「乃咲くん。失礼なことを言うけれど、あなたを不快にさせる意図はないの。それを踏まえて教えて貰えないかしら」
「なんでしょう?」
「あなたの噂は良いものではなかったわ。本人に聞かせることではないでしょうけど、保護者会でも度々要注意人物として挙がるくらい。全国トップの進学校に似つかわしくない不良児と」
「耳が痛い話です」
ほんとに本人に聞かせる話じゃないだろ。
いや、受け止めるけど。それが自分のやらかしたことだって自分なりに真摯に受け止めるつもりだけどさ!!
「でも、こうして対面して話してみると随分と印象が違うのね。不良なんて思えないくらい礼儀正しいし、友達のことも見てる、クラス全体とは言え野球部に試合で勝って、何より今は全国随一の進学校で学年主席。凄く努力したのね」
複雑な心境の俺のことなど気に止めることもなく、目の前の女性は口を動かす。一見すると、褒めている様に見える。実際にその意図もあるかもしれない。俺の気をよくするために。
なぜそう思うか。それはこの人から本題が出ていないからだ。教えてくれと言ったくせに何も聞かれていない。
————だから。
「それで。それだけ優秀なのに本校舎には戻れないのかしら?」
こんな感じの本題があると分かっていた。
たぶん、これがこの人が俺を呼び出した本当の目的だ。
可能な限り礼儀正しく振る舞った。渚に主席と紹介された。この人の中でE組生徒で一番本校舎に戻れる可能性が高いのは俺だとを位置付けられたんだろう。
E組生徒が本校舎に戻るには、成績優秀者と認められ、尚且つ元のクラスの担任が許可するという条件がある。
実を言うと、現実的ではないが、生活態度が著しく優れている者も審査によっては成績優秀者として扱われ、本校舎に復帰を許可されるというルールもあったりする。だが、何度も言うが現実的じゃない。なぜなら、生活態度を評価できるほど本校舎から教師が視察に来ることなどないから。
だから、必然的に良い成績を取ることだけがE組脱出のチャンスだと言うのは椚ヶ丘の生徒なら誰でも知っている。
けどまぁ、それでもそんなルールがある以上、生活態度が優秀なら〜と希望を持つ者もいただろうし、成績が優秀で生活態度が良いのならE組に残っているのはおかしいと思っても仕方ない。
「ごめんなさいね、こんな不躾に。でもやっぱり気になるのよ。E組ってバカにされるし、あなた達的にも本校舎の方が良いんじゃなくて?空調もあって、舗装された道があって、学食もある。成績が良ければ相応の特典もあるもの」
「…………」
この人の意図は理解できた。
渚を本校舎に戻すには何が足らないのか分析しようとしているのだろう。確かに学校側の情報だけでは理解も難しい。
出されたお茶で唇と喉を潤す。
「自分は、一度はA組に復帰しましたよ」
「まぁ!」
食いつきが良い。やっぱりこれが目的だな。
「夏休み前の試験で主席になって、理事長に呼ばれて復帰するかどうか選択権を委ねられました。確かに嬉しかったですよ、自分の頑張りが学校のトップに認められたってことですから」
「……あら?でも、今は何処に在籍しているの?」
話の違和感に気付いたらしい。
「息子さんも言ってましたよね。クラスメイトだと。今の自分はE組です。A組から蜻蛉返りしました」
「えっと……それはなぜ?向こうの方が待遇いいでしょ?」
一応、理解しようとしてくれたのか、考える素振りを見せたものの、やっぱり理解できないと言った様子。
「確かにその通りです。待遇は本校舎の方がいい。なによりA組ということもあって色んな特権が貰えますから」
「だったら………」
「お母さんにご質問なんですが、福利厚生は良いけど現場の雰囲気最悪な職場と福利厚生が手厚いとは言えないけど雰囲気が良くて過ごしやすい職場だったらどっちが良いですか?」
「それは……でも、前者は我慢すれば良くない?我慢さえすれば最高の環境で周りからも羨望の眼差しを向けられるのよ?」
「そういう捉え方も出来ます。やれる人もいるでしょう。しかし、みんながみんな自分の仕事で手一杯で周りのことを気にしてられる余裕がないって職場って嫌じゃないですか?本当に自分のことを完璧に終わらせられるのは一握りだけ。誰かに気を取られたらそのまま自分も飲み込まれるって環境」
「………確かに椚ヶ丘の生徒に余裕がないのは分かるわ。登下校の時に参考書を開いてみんな二宮金次郎みたい。でも、努力ってそういうことでしょう?」
「否定しません。でも、それ強要してたら潰れますよ?環境に合わなきゃ体調崩すのは大人も子供も変わりませんから。速い話、過労で倒れる渚くんを見たいですか?お母さんは」
俺の質問に目の前の人物はギョッと目を見開いた。
ワナワナと口を震わせ、意識の波長が激しく揺れる。
たぶん、このまま沈黙したら爆発するな。この短時間で掴んだこの人への印象的に恐らくは『そんなこと望んでない』とかではなく『分かった様な気で言わないでちょうだい!』と俺の問い掛けにキレるのではなく、この人の言葉を否定する解釈もできる話し方にキレるタイプだ。
そして、わりとキツい物言いをするけれどこっちの話を聞こうとする外面がそんな言葉一つで急に揺れだしたあたり、キレたら相当ヒステリックなタイプだ。『あなたのことを思って言ってるの!!なんで分からないの!?』とか渚にキレてそう。
だから、そうなる前に先手を取る。
一言謝罪しつつ、自分なりの理屈を付けて。そしてイメージで話すのではなく、実体験を交えて根拠を提示する。
相手は社会人。ただ想像で語っているのならまだしも、経験談で語る内容を頭ごなしに否定したりしないと信じて。
「ごめんなさい。でも、そういう可能性があるって考慮して欲しいんです。実際、自分は中学に上がって2回過労で倒れました。1回目は救急車で運ばれて、2回目は先生から続けたら死ぬとまで言われました。自分の要領が良くないのも原因ですが、俺は友達の渚にそんな思いして欲しくありません」
実際に俺に死ぬぞと言ってきたのは医療に精通した殺し屋だったのだが……まぁ、俺は殺し屋が教師をやってる学舎の生徒だ。殺し屋を先生と表現することに嘘はないだろう。
『誤りと嘘に大した違いはない。微妙な嘘というのは、ほとんど誤りに近い』だったか。そんなセリフを小説で見たことがある。なら、これは嘘ではなく、誤りということで良いだろう。お茶を濁す為に必要な誤りと言うことで。
渚の母ちゃんは俺の口から『死』という単語が出ると再び目をギョッとさせ、正面から俺をねめつける。まるで今の言葉に嘘がないかを見抜く為、目を通して頭の中を覗き込む様に。
俺は引かない。その視線を正面から受け止め、目を泳がすことも、瞬きすらすることもなく、断固として見つめ返した。
こちらの視線を見てどうやら納得してくれたらしい。
ゆっくりと息を吐き出し、口を開く。
「……ふぅ……。そうなの。ごめんなさい。あなたにはあなたなりの理屈と経験があって言ってるのね」
「いえ。生意気言ってすみません。ただ、E組も悪いことばかりじゃないって知って欲しくて熱が入ってしまいました」
セーフ。深く息を吐いて落ち着いてくれた。
「今のE組にはA組から出戻った奴がもう1人います。彼も自分と大体同じ理由で戻って来ました。それに、実はA組よりE組の勉強の方が進みが早かったりするんです」
「えっ……そうなの?」
「A組とE組を行き来したことがある奴しか知らない情報なんで、やっぱり驚きですよね。でも、実際そうなんです。理由としては教師の質でしょう。本校舎は自分の科目専門で教えますが、うちは担任がほぼ全て教えます。だから、何処が遅れてるのか、逆に何処か先行しすぎてないかと言うのが1人で完結していて、その分だけ融通が効くんです」
「………確かにね。それに、実際うちの子の成績も驚くくらい伸びてるもの。その先生も相当優秀なのね」
「はい。体験談ですが、勉強に関して質問した時に言い淀むことはありませんから。それに、そもそもE組の名目は特別強化学級ですから。勉強に着いていけなかった者に全国トップレベルの内容を教えるのに凡庸な人材は使わないでしょう」
俺の言葉に納得した様に頷いた。
順調だ。このまま爆発させない様に話をまとめたいところだな。俺も渚が望んでないのに本校舎に行くのは止めたいし。
「本校舎の先生方を下げたい訳ではありませんが、あっちではこうはいきません。効率を突き詰めた授業と言えば聞こえは良いですが、教科書の内容を音読するだけならネットで音読してる動画を聞くだけで事足ります。授業の内容から少し外れはするけど、本質からはズレない小話で生徒の興味や、やる気を引き出すと言うのは必要な脱線ですからね。そういう部分がないただの読み聞かせ。それも捲し立てる様な読み方であっちの授業は分かりずらかったです。まぁ、自分の理解が足りないだけもですが」
「……いえ。言わんとすることは分かったわ。自分でも言うのもなんだけど、私は真面目な学生だった。それでも歴史の授業とか教科書をお経みたいに読む先生の奴はつまらなかったもの」
「そのお経を1.25倍速くらいして尚且つ声の抑揚がないバージョンが本校舎の生徒が受けてる教育です。まぁ、それでも成績がいい奴はいるので、まるっきり間違いだとは言いませんけど。でも、自分は本校舎の授業は身に付かなかったけど、E組の授業を受けて学年主席になれましたので」
「そうなの……。確かにそうなのかもね。実際に学年主席になってる子が言うなら私から否定は出来ないわ」
よし、納得してくれたみたいだ。
しかし、多分、本質的な解決は出来てない。多分、この人は自分の行動方針を決めるために俺の話を聞いただけだ。
それでも必要だと思ったら、この人は渚を本校舎に戻そうとすることだろう。なら、俺が渚にしてやれる手助けは……。
「自分から話せる内容はこんな所です。結論、E組はそこまで悪いところじゃないって頭の片隅に置いておいて貰えればお話しさせて貰った甲斐があります。それに、渚くんに限った話ではないですが、E組の生徒は去年に比べてかなり明るくなりましたし、笑う様になりました。最終的に決めるのは保護者である、お母さんですが……渚くん本人からも話を聞いてみてくださいと友人としてお願いさせて頂きたいです」
「……えぇ。参考にさせて頂きます。貴重なお話しありがとうね、乃咲くん。印象と違って、と言うのは失礼でしょうけど、驚いたわ。とてもしっかりしているのね」
「友達の家で、友達のお母さんへ自分のクラスのPRをするって稀有な状況に緊張してしまっただけですよ。所々失礼なこと言ってたらすみません」
「いいのよ気にしないで。こちらからお願いしたことだもの。私が学生の頃と比べてもあなたはしっかりしてると思うわ」
こんな風に渚の意見も尊重して欲しいと遠回しに伝えるくらいだろう。あとは当人同士の問題だ。
しかし、この後、俺たちが帰ったあとでこの話の続きをすると仮定するともう1発くらい援護射撃しておくか。
少しでも渚との話し合いで寛容になってもらえる様に機嫌を取るか。それだけでかなり変わりそうだ。
「所で、急に話は変わるんですが、お母さんが学生の頃と言うと……ちょうどセーラームーンとか世代じゃないですか?実はお話させて頂く中で声を聞いていて声優の三石さんに声似てるな〜って思ってたんです」
「あらっ!?」
うわっ、びっくりした。
「セーラームーン分かるの?男の子なのに!?」
「ふふふ、名作に性別も年齢も関係ありませんよ、奥さん。推しはマーズ、記憶に残ってるのは厚化粧回です。あの美容店の店員に扮した妖魔が『厚化粧しろ〜っ!』って口から光線出す絵面が面白くて笑ってしまいました」
「まぁ!まぁまぁ!なんてことでしょう!?」
セーラームーンの主人公に声が似ている。そこに着目して話を振ってみたが、どうやら話題のチョイスとしては正解だった様だ。大事だな、相手の世代と当時の流行りモノに対する知識。
ときどき、YouTubeであなたへのおすすめで唐突に現れる、今までの視聴傾向とは外れたジャンルの動画。そういえばタイトル知ってるけど中身を知らないと思って視聴してみたことが功を奏した。世の中、どんな寄り道が役立つか分からないな。
その後、1時間くらい渚の母ちゃんとセーラームーン談義した。無印最終盤は少年漫画顔負けのアツい展開だった事もあり、ご機嫌取りのつもりが普通に盛り上がってしまった。
いつまでもトイレから戻ってこない俺を探しにリビングまで来た渚が俺たちの様子を見て唖然としていた顔は面白かった。
「ってことがあった」
「うーん……。圭ちゃんらしいと言うか、なんと言うか……。話を聞かせて欲しいって内容に自分なりの考えをしっかり答えるのはいつのもって感じするけど………。セーラームーンに関しては自分から話題振ってるし、盛り上がったんじゃん……。ちゃんと楽しんでるっぽかったのに何でそんな疲れたの?」
「渚の母ちゃんが思った以上にガチ勢でさ。リビングのテレビでまさかのお気に入り回の鑑賞会スタートからのその話の魅力を熱弁。そんなに詳しくないから不快にさせない程度に相槌打ってたら更にヒートアップして……。渚に助けられなかったら俺、セーラー戦士になってたかも知れない」
「……着てみる?セーラー服」
「着ねぇよ、セーラー服」
当時はこの話にこんな反応がされてた〜とか、当時の時事ネタというか、そういう話を聞けて面白かったのは事実だが。
にわかがガチに絡むとどうなるのかって経験をさせてもらった。誰かに話を振る時はそれなりの知識を蓄えてからにしよう。
陽菜乃の提案をばっさりしたら彼女の頬が膨らんだ。
人差し指で押して空気を抜こうかと思ったが止めておく。
いや、にしても人の親にも色んな種類がいるよな。
うちの親みたいに変なベクトルに過保護なタイプ。
理事長みたいに試練を与えて逞く育てるタイプ。
竹林の親みたいにひたすら優秀であれとするタイプ。
渚の母ちゃんみたいに自分の理想を押し付けるタイプ。
でも、こんな人たちでも誰かパートナーを見つけて子供作ってるって共通点はあるんだよな。不思議なもんだ。
しかし、こうしてタイプ別にしてみると、なんとなくだけどある程度成長した子供への態度って実は恋人とかへの接し方に似ているんじゃないのかなって思う。
父さんは想像するまでもまなく、母さんは過保護だっただろうし、竹林の親はきっと優秀さを恋人にも求めただろうし、渚の母ちゃんはそういうタイプに見える。
唯一分からないのは理事長くらいだな。
思考を巡らせる。そういう理屈で言うと、俺は子供に何を求めるんだろう?居ないからあくまで想像しか出来ないけど……。
期待していない訳ではないが、別に優秀じゃなくていい。でも、出来れば元気で健やかに生きて欲しいし、裏表なく笑う子であって欲しい。それからイジメとかそう言うのとは縁遠い存在で居て欲しいな。博愛主義じゃなくて良いから、色んな命を当たり前に大事に考えて欲しい。
「…………」
「…………どったの?」
並んで歩く彼女を見る。だらりと下げた俺の右手を左手の人差し指でつつきながらこっちを見ていた視線とかち合う。
俺が子供に求める内容って陽菜乃に当て嵌まるよな。仮に子供への対応・望み=恋人への対応・望み説が成り立つなら。
「ちょっとした疑問と言うか疑惑と言うか。ふと頭の中でとある仮定が出来たんだ。んで、なんとなく陽菜乃に当て嵌まるんだなって少し自分の考え方の傾向が分かった気がする」
「へぇ〜。どんな仮説?」
「陽菜乃って子供が出来たらどんな風に育って欲しい?」
「………………………はぁ。まぁ〜た始まった。圭ちゃんの思わせ振りな問い掛け。心臓に悪いんだよねぇ」
「え、と……陽菜乃さん?」
「はいはい、子供が出来たらね。そうだな〜……。まず健康が一番だよね。健康で、優しくて、イジメとか差別しないのは前提かな。ほら、E組にいるとそういうの様々思うことがあったし」
確かにな。そこは俺も全面同意である。
その辺りは人間が子供に求めるデフォルトの設定みたいなもんか。いや、それもそうだよな。不健康でイジメる側に回って欲しいと願う親はきっと居ないだろう。
「あとは……うん。例え、その時は出来ないことでもめげずに努力して最後まで続けられる子になって欲しいかな?あとは優しいって言っても、誰にでもいつでも分け隔てなく手を差し伸べなくて良いからさ、本当に困ってる人を助けてあげようとする人になって欲しいと思うよ」
「ふむふむ………」
そういえば彼女に告白された時に似た様なことを言われたっけ。いや、似た様なって言うか殆ど同じだよな。
やっぱりこの仮説はそんなに外れてないのかもな。
「……それで、なんの質問だったの?」
「自分が恋人に求める条件、自分の子供の将来に求める内容と割と近い説〜!」
「…………あっ」
某バラエティのような発表を聞いてピンと来たのか、陽菜乃が数拍子空けて間の抜けた声を出すとゆっくり顔が赤らんだ。
「当たらずとも遠からずだったみたいだな」
「……わ、私はまだ何も言ってないもん」
「今言ってないだけで前に聞いたもんね〜」
「し、知らないもん」
「頑張り屋なところ、ときどきやり過ぎな部分はあるけど目標の為になりふり構わず頑張るところ。基本的に有言実行で妨害されて結果が出せないことはあったけど、それ以外では結果を出せてるところ。本当に困ってる人には寄り添おうとするところが好き。そう言ってくれたもんな」
「ッ……覚えてたの……?」
「今の俺が言っても説得力ないかもだけどさ。陽菜乃からの告白はそれだけ嬉しかったし、俺なりに真剣に考えてる………って思ってもらえると嬉しいかな」
「……もう。そう言うところ卑怯だよ」
「一言一句覚えてるからな」
「圭ちゃんのバカ」
「椚ヶ丘の主席だからバカじゃないも〜ん。全国模試1位の学秀と同点だから国内トップの成績優秀生徒だも〜ん」
「あっ、それズルい〜!じゃあ浅野くんに罵倒して貰うもん」
学秀の名前が出た時、ふと芽生えた悪戯心。
なんの気無しに、揶揄うつもりで口を開く。
「————陽菜乃」
「あっえっ……?」
できるだけ真剣な顔、剣呑な雰囲気を作り、鷹岡やかつて俺に罵声を浴びせた教師の顔を思い浮かべ、憎悪を馴染ませた声を意識しながら、一言ぶつけてみる。
「俺以外の男の名前を出すな」
「————————ぇ」
俺の言葉を脳内で処理するのに時間が掛かり、それでも理解しきれていない様子でキョトンと俺を見上げる陽菜乃に目を合わせる。そんな彼女と目の高さを合わせ、正面から喰らいつく様に、視線で射殺すような目付きで正面から見つめた。
「あっ、あっ………えっ……?」
「……………」
「あっぅぅ………」
向けられた視線に戸惑う様に瞬きが多くなり、圧力に突き崩されるみたいに頬に赤みが差してゆく。身動き取れず、まるで縮こまる様に腕を自分の胸の前に引き寄せ、呻き声のような、羞恥を漏らすような小さく、震える声が鼓膜を叩いた。
あ、やばい。可愛い。
「圭ちゃ…………」
「————なんて、言ったらどうする?」
その辺で満足し、一声掛ける。
さっきと同じ様にキョトンとした顔を見せたあと、俺の言葉の意味をようやく頭の中で噛み砕いたのか、フルフル震えながらくわっと勢いよく言った。
「ッ………からかったでしょ!!?」
「ははは、当たり前でしょ。流石にそんな束縛しないって。もしかすると親父が親父だし、愛は重い部類かもしれんが、生活するのに俺以外の男と話すなとか無茶振りはしないよ」
「だとしても驚かせないでよっ……!」
「かなりの名演技だったよな。昨日、お前と茅野が言ってた普段優しかったりする人の一面って話題、今なら同意できるわ。縮こまってる陽菜乃、可愛かった」
「ッッッ!このっクソボケぇぇぇぇ!!」
「あべらっ!!?」
陽菜乃の頭突きがクリーンヒット。
女子の攻撃がそれでいいのか、陽菜乃よ……。
避けられるそれをあえて受け、俺は崩れ落ちたのだった。
「んで、顔面凹んでると」
「可愛いって言ったら頭突きされた」
「そこっ!都合のいい様に端折らない!」
「……束縛系彼氏ごっこしたら陽菜乃の反応が可愛くてからかったら頭突きされました」
「そこまでやるなら付き合えよクソボケ」
「そんな言い方したら泣いちゃうぞ?」
「圭ちゃん泣かしたら私も連動して泣くよ?」
「んで陽菜乃が泣いたら俺がブチギレると」
「厄介だなぁ、こいつら」
「あぁ。2体同時に倒さなきゃいけないタイプのボスみたいだ」
「はぁ………」
「渚は渚でどうしたんだよ」
「うちの親、急に3者面談やりたいって言い出してさ。どうしよ、烏間先生出張で居ないから殺せんせーに対応して貰わないと。大変なことになっちゃったよ……」
「はぁ……。圭ちゃんのクソボケ具合にも困ったよ」
「はぁ……。恋愛ってなんなんだろ……」
「はぁ……。3者面談か憂鬱だよ……」
「「「はぁ………」」」
「な、悩みが多い……!しかも全部が全部微妙に突っ込みずらい……!いや、倉橋と乃咲のは乃咲にしゃんとせい!って突っ込めれば済む話なんだろうけどさ………?」
「あーあ……。母さんが健在だったら両親の姿を見て恋愛とは、その先にあるものとは、みたいなの理解できたのかなぁ……」
「……重いんだよなぁ……!!」
「乃咲のタチ悪いところだよな。家族関係の話題だと俺らの中でかなり重いから無遠慮に突っ込めないの」
いや、別に無遠慮に突っ込んでくれて良いんだけどな。
母さんがいないなんて今更だし、馴れっこだし。
にしても、俺が陽菜乃を受け入れないのはなんでだ?
冷静に色々と分析しても俺は陽菜乃のことが充分に好きだと言える。それなのに、やっぱり決定的な一歩が踏み出せない。
なんでだろ、何が足らないんだろう?こんなに可愛くて性格も文句の付けようがない美少女から告白されて何を躊躇う必要があるんだろう。これ以上言ったら贅沢になるレベルで良い子なのに、どうして俺は陽菜乃を恋愛的に好きだと言えないんだ?
自分で自分が分からない。
陽菜乃じゃなきゃいけない何かが足らないのか?
分からん。駄目だ、さっぱり分からない。
いいや、一旦置いておこう。このまま分からないで放置は出来ないけど、これ以上考えたらドツボにハマる。
「一旦は俺と陽菜乃の話は置いておいて。問題は渚の3者面談じゃね?殺せんせーしかいないのに大丈夫か……ってか、なんだってそんなことに?昨日話した感じだとそんな雰囲気なかったぞ」
ビッチ先生は……考えない方が良い様な気がする。
「それがさ。乃咲が色々と気を遣って母さんに話してくれたから、母さんも僕をE組から無理矢理抜け出させるって考えは一回しまってくれたんだけど……。学年最下位で学校随一の不良だった乃咲をあんな風に改心させた先生と話してみて、僕を任せられるか自分の目で確かめたいとか言い出して」
まじか。そんな話になっちまったか。
「その、なんかごめん」
「乃咲の所為じゃないって。たぶん、乃咲が色々と話してくれなきゃ今日はE組から僕を抜けさせる為の直談判になるかも知れなかったんだから。むしろ、よく母さんを怒らせないであんなに話せたね。おかげで凄く助かったよ」
息子から見てもやばいのか、あの母ちゃん。
いや、確かにヒステリックさはヒシヒシと感じてたけどさ。E組から抜けさせる為に直談判までする勢なのか。
ある種の親バカ。いや、バカ親と言うべきか。やろうとしていることは簡単に言えば裏口入学と似た様なもんだ。
子供のためにそこまですると言うのは、確かに子供を思っている何よりの証拠なのだろうが、行き過ぎた干渉も考えもんだ。
「へぇ〜。乃咲何話したの?」
「E組はそこまで悪い環境じゃないってこと」
「えっ、それで納得して貰えたの?」
「それが納得してくれたんだよ、意外と。だから僕も驚いてる。学校から差別される問題児の巣窟って肩書には難色してしてたけど、でも実際に乃咲と話してみてその通りかもって思ってくれたみたい。E組に残ること自体は認めてくれそう」
「いや、なんかつくづく意外。渚の母ちゃん、ちょっとしか関わらなかったけど、かなりキツい性格してそうだったし。人の意見より自分の正しいと思ったことを〜ってタイプに見えてたから」
「実際、その通りだよ。『私はこれで苦労した。だからアンタはこうするべき、こうしなさい』って怒るから。でも、だから乃咲の話が刺さったのかも。学年最下位の不良が主席になって、そこまでの苦労と経験でE組に戻ったって話し。結果が出てるから強く言えなかったんじゃないかな」
「渚クンも苦労してんね……」
「まぁね……。大事にしてくれるのは嬉しいことだけど、尊重はされてないって感じで……。いい加減、この髪切りたいなぁ」
渚の深々とした溜め息が残る。
ほんとに色々と苦労してるんだろうな、渚。
しかし、目下一番の課題は三者面談だな。
「んで、どうするよ、3者面談。外に向けてのうちらの担任って烏間先生ってことになってるだろ」
「うん、でも、その先生がいないからさ」
「………………いっそ、理事長拉致ってくるか」
「いや、無理だろ」
「案外いけるんじゃね。あの親子、何故か乃咲家に固執しがちだし。E組の山に父さんふんじばっておけばホイホイ来るだろ」
「圭ちゃんは理事長のことなんだと思ってるの!?」
「ヤベー奴」
「言い方……」
「その理屈だと乃咲家はなんなのよ……」
「浅野ホイホイ……?」
「自分で言ってて変な感じしねぇの、それ?」
「正直する」
「やめればいいのに………」
茅野のツッコミを流しつつ、そのまま対モンスターペアレント会議をしていた所、ビッチ先生がゆったりと現れた。
「あら、なに話してるのよ、ガキども」
高飛車な物言いは相変わらずだが、先生の格好を見て目を丸くする。いつもの白スーツではなく、白いセーターを着ている。もしかして衣替えだろうか?いや、にしてはなんか、ビッチ先生が着るには安っぽい。
「ビッチ先生。どうしたんすか、その服」
「………………えっ、今更?」
「…………………………えっ?」
俺の問い掛けにみんなから白い目が突き刺さる。
キョトンと置いてきぼりを食う俺に陽菜乃が耳打ちする。
「2日前くらいからだよ」
「………うそ」
「ほんとほんと」
気付かなかった。まじか。そういえば最近、四六時中陽菜乃のことばかり考えていた気がする。周りへの注意が散漫になってたな。これは反省しなければ。
「すんません。今気づきました」
「減点ね。罰として公開ディープキスの刑……といきたいけど、勘弁しておいてあげるわ。精々、青臭く青春なさいな」
おお……。ビッチ先生が大人っぽい。
流石に告白した、返事を保留してるって奴が揃ってる時にキスはしないようだ。安心した様な寂しい様な。
いや、寂しいと感じるのはまずいだろ。
しっかしろ、俺……!
「んで?渚の三者面談だって?」
頬を思いっきり叩いて気合いを入れる。
存外、大きな音が出て周りに引かれた。
力を入れすぎたのか、赤くなっていたらしく、『もう、思いっきり叩きすぎ』と陽菜乃が俺の後ろに回ると頬を両手で挟んでムニムニしてくる。拒む理由もないので、やりやすいように少し姿勢を比較しながらこの話題の行く先を見守る。
「うん。僕の成績をここまで上げた上に乃咲くんがあそこまで持ち上げるなんて、品行方正で、器が大きくて、生徒の未来を第一に考えるヒトに違いないって期待してて。どうしよう……。エロくて器が小さくて、地球を滅す
「すっげ……ものの見事に逆でやんの」
「いや、生徒には色目向けないし、生徒のやる事には寛容だし、『最終的に地球壊すんだよなぁ、コイツ』って部分を除けば生徒の未来を考えてくれてるのはそうなんだけどさ」
「でもさ、あのタコだろ?修学旅行とか夏休みの時みたいな低クオリティの変装じゃ誤魔化せないだろ。烏間先生の容姿は見たことある人なら知ってるだろうし、保護者間で認識に齟齬が生まれるのはまずい。そもそも、普段ですら人間ではないと気付かれないことが不思議なレベルだし……どうする?」
突如として降って沸いた国家機密漏洩の危機。
この教室においてはそんなに珍しくもない機会ではあるが、なんとかしないと。しかし、間が悪いことに烏間先生は出張だ。
「なによ。先生ならここにもいるじゃない」
ビッチ先生が拗ねる様に腕を組む。
セーター越しでも持ち前の巨乳が持ち上がるのは圧巻だ。
しかし、問題はそこじゃない。
「ビッチ先生。悩殺ポーズ一丁!」
「え、なによ、やるけど………」
俺からの唐突な要求に狼狽えながら俺はみんなに視線を向ける。ビシッとグラビアアイドルも敵じゃない悩殺ポーズを決めたビッチ先生を指差しながら問いかける。
「みんな、どうだ。この人」
「エロい」
「エロいね」
「エロいぜ」
「エロいわね」
みんなの感想は同じだ。ビッチ先生もその評価に満足しているのか、満足そうに頷いている。
さらに俺も大きく頷きながら口を開く。
「加えてビッチ先生……器大きいか?」
「小さいな、胸と反比例してる」
「あぁ……。一部分を除けば俺らと似た様な精神年齢だ」
「え〜?でもその方が接しやすくない?器小さいから歳が離れた相手って感じがしなくて親しみやすいよ」
「フォローになってないのよヒナノ!!」
フォローに見せかけてビッチ先生を刺した陽菜乃へのツッコミが飛ぶが、この問い掛けにもみんな小さいという方面で同意し、俺もまたそれに心の底から頷いた。
「最後に……この人の本職は……?」
「殺し屋」
「ビッチ」
「暗殺者……」
返ってきた答えに3度頷き、今だに悩殺ポーズ継続中のビッチ先生を手を使って大きく指しながら俺は言った。
「エロい、器小さい、人には言えないことしてる……。ビッチ先生は残念ながら殺せんせーと同じイロモノ枠だッ……!」
「くそっ、反論できねぇ……!」
「はっ倒すわよガキども!!進路相談くらい出来るわ!!トウカとヒナノの相談にも乗ってるし!!任せなさいっ!烏間は出張に行ったことをそのまま伝えて副担任の私がしっかり役目を果たすわよっ!見てなさい!!」
もうアピールするビッチ先生。
そんな彼女に俺たちは一つ、試練を課すのだった。
あとがき
はい、あとがきです。
圭一、なんとか爆弾を爆発させずに対応できました。
なんとなく、渚の母は誰に対してもヒステリックというより、自分の支配下にあるものが何か気に食わない状況になった時にヒステリーを起こすタイプな気がしたので、圭一なりに経験に基づいた話をしていると考え、別に渚の邪魔をしてる訳でもないし、と今回は矛先を納めた……って感じにしました。
ヒステリック母ちゃんを期待してた方々、すみません。
なんか、久しぶりに圭一が心理戦してた気がします。
それでもやっぱり説教くさいな、ウチの子……。
さて、今回も倉橋さんにクソボケかましたところで今回はここまでと言うことで……。
今回もご愛読ありがとうございます!
next乃咲ズヒント『ヒステリック圭ちゃん』