暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えてたくさんの高評価、感想ありがとうございます!

今回も投下しますのでお付き合いください……!


132話 悩みの時間 3時間目

 

「それではイリーナ先生。副担任の貴女にお伺いします。普段の授業や日常生活でも構いません。なにか、うちの渚へ接する際に意識している教育のモットーのようなものはありますか?」

 

「……そうですわねぇ……。その質問にあえてお答えさせて頂くなら『一体感』ですわ、お母さま」

 

「それでは、具体的にはどの様なご指導を?」

 

「はい。まず渚くんにはキスで安易に舌を使わないよう指導しています。まず唇の力を抜いて数度重ねるうちに相手から緊張が消えて唇が柔らかくなります。密着度があがり、どちらの唇か境界が分からなくなった頃……『一体感』を崩さない様、そっと舌を忍ばせるのです」

 

「へ、へぇ………。こ、個性的なスタンスですね。しかし、あくまで物の例え、ある種の表現であったとしても、性的な内容を連想させる指導とは如何なものかと思いますが」

 

「うふふ。そうはおっしゃいますが、経験があるに越したことはないでしょう?充実した体験をできるかは、それこそ渚くんの将来の満足感に関わります。ですので、手始めに……渚くんには初対面でキスのなんたるかを教えて差し上げましたわ」

 

「そ、それはもちろん、あくまで知識の伝承ですよね?」

 

「付け焼き刃の知識と技術が役に立たないのは、ナニ事に置いても同じこと。今だに控え目なのは気になりますが……うふふ。息子さん、とってもお上手に成長しましたわよ」

 

「な、なんなのよアンタ!!それでも教育者なの!!?うちの渚によくもそんな破廉恥なことしてくれたわねぇぇっ!!渚ぁ!!アンタ、最近妙に反抗的で言うこと聞かないと思ったらこのビッチに変なこと吹き込まれてたんでしょっ!!!」

 

「のざ……母さん、落ち着いて!」

 

「口答えしない!!お母さんはねぇ!アンタの為を思って言ってるの!!!帰るわよっ!!!私は勉強と学歴で苦労したからアンタにそうなって欲しくないのっ!!こんな所にいたらこのビッチに拐かされるっ、そんなの絶対に認めませんからねっ!!!!見てさない!!今にアンタの目を覚まさせてやるんだからぁぁっ!!」

 

 一通り捲し立てて渚の手を引き、強引に教室を出る。

 ガラガラ、ピシャリ。扉がしまった矢先に再び開け放ち、渚の手を離して放心しているビッチ先生の正面に座った。

 

「……ふぅ。まぁ、こんな所かな」

 

「「「「「怖いわっ!!!」」」」」

 

 頭の中であの母親がやりそうな言動をイメージし、実際に見せてみたが、クラスメイトたちからは不評のようだ。

 しかし、俺の横で演技を見ていた渚はと言うと、何やら複雑そうな顔で苦笑にも見える引き攣った笑みを浮かべていた。

 

「いや、こんなもんだよ、うちの母さん……。むしろしっかり聞き取れる分、今の乃咲は優しい部類だと思う……」

 

「ま、まじかよ………」

 

「て言うか、乃咲もよく母さんのモノマネ出来たね。言われてる内容とか、本人に言われてるような気がして途中から胃が痛くなったんだけど……。もしかして、昨日うちに来た時にされた?だとしたら本当にごめんね……」

 

「いや、そんなことはないから安心してくれ。ただ話してみてこんな感じの人物なんだろうなぁ〜って掴めたからエミュっただけ。もしかして俺ってそっち方面で才能ある?」

 

「……いや、あると思うよ。まさかあんなヒステリックな乃咲を見る日が来るとは思わなかったもん。初対面の相手の真似をして子供に認められるなんて相当だよ」

 

「茅野に言われると自信つくな」

 

 不評かと思ったら案外好評だった。どうやら役に入りすぎて俳優が嫌われるのと似たような現象だったのかも。

 と、まぁ、調子に乗った自画自賛は置いておいて。どうするかなぁ。ビッチ先生がこれじゃいよいよ厳しいぞ。

 

 ビッチ先生も真面目なら決して悪いことは言わない。

 だが、いかんせん、彼女の言葉はこれでの凄絶な人生の賜物だ。早い話、事情を知ってる俺たちと渚の母ちゃんでは先生の言葉で受ける印象が全く違う。それがネックだ。

 

「い、今のが俗に言うモンスターペアレントなのね」

 

 涙目のビッチ先生が引き攣った笑みを浮かべる。

 

「えぇ。どうです?対応できそうですか?」

 

「ムリ」

 

「即答!」

 

「いや、乃咲の演技が真に迫りすぎたからなのか知らないけど、怖すぎるもの。私は絶対に相手したくないわ」

 

「まぁ、そうだわな。ビッチ先生の場合は純然たる外国人だし、最終奥義『ニホンゴムズカしぃ』を使えば会話にならないと諦めてくれるかもだけど……根本的な解決にはならないよな」

 

 腕を組んで唸る。今だに頬をイジってくる陽菜乃を背中で感じながら、頭を回転させる。

 正直な話、お手上げじゃないだろうか。ビッチ先生もダメとかうちの教師陣は全滅してると言える。

 

「ぬ〜ん……」

 

 流石に俺達が変装して教師役をするのは無理がある。

 なにか、切り抜ける方法はないだろうか。

 

「ヌルフフフフ。むしろ簡単です。烏間先生に化ければ良いんでしょう?任せなさい。先生は万能ですっ!」

 

 窓の外から聞こえてくる自信満々な声。

 それが出来ないと見切ったから別の案を出してるんだが。

 

「殺せんせー。旅行の時みたいにすれ違うだけじゃなくて正面から30分は対面するんだよ?いつものじゃ無理だって」

 

 優しい陽菜乃ですらやる前からNGを出してる。殺せんせーの変装はそう言うレベルで使えないと思われてるんだ。

 やる気満々の殺せんせーには悪いが別の策を考えるしかないだろう。なんて考える俺たちを無視して自信に満ちた声が響く。

 

「心配無用!今回は完璧ですっ!」

 

 ガラガラっ!と開かれた扉。期待半分、呆れ半分で視線を向けた先に立っていたのは、100点中37点くらいのコスプレをしたソーセージみたいな触手を自信満々に見せる殺せんせーだ。

 

「俺たちの烏間先生をなんだと思ってるんだテメェッ!!似てるの眉間のシワだけじゃねぇか!!そんなんで良く今回は完璧とかほざきやがったゴラァッ!烏間先生はもっとカッコいいの!!そんな切り分ける前のソーセージみたいな触手をあのスケベな筋肉と同列に語るんじゃねぇぞアァン!!?今すぐぶっ殺されたくなかったらそのふざけたコスプレ止めるか、クオリティ上げてこいやぁっ!!せめて50点くらいの変装してこい!仮にもタコ名乗るならちゃんと擬態しろ!野生のタコの擬態能力舐めんなっ!!」

 

「ひぇぇぇぇっ!!?ごめんなさぁぁぁい!!」

 

「乃咲がブチギレたぁぁぁ!!?」

 

「今まで見たことないキレ方してて草」

 

「圭ちゃん、どーどー」

 

 思わず渚母のエミュをしながらキレてしまった。しかし、これは仕方ないだろう。烏間先生ファンクラブとしてはキレざるを得ない。流石にあれをクオリティ高いとか言うのは冒涜だ。

 天地神明烏間先生が許したとしても俺が許さん。なんというか、烏間先生はもっとカッコよくて、包容力があって、ニヒルで、素敵じゃなくちゃいけないんだ。

 

「えっと、乃咲の暴走は置いておいてさ。確かに殺せんせーのコレ、もうちょいどうにかしないと人前には出せないよね」

 

「だね。やっぱり正面から向き合うのは無理がある。顔も体も大きすぎるし。そもそも人間じゃないってバレないのをまず祈る部分から始めることになりそうだよ」

 

「ここで人間ではないとバレたら大きなロスになるので、祈ります!ってRTAチャートはごめんだしな」

 

「これまではギャグのノリで誤魔化して来たけど、真剣に考えると殺せんせーを人間に見せかけるのって難しいしね。そもそも殺せんせーの口のパターンっていくつあるの?」

 

「あ、人間に見える形の奴な」

 

 そうして見せられるのは4つのパターン。真顔の時の口、数字の3をひっくり返した様な口、ポカンと開かれた口、そしてぺこちゃん。どれもこれも烏間先生には似ても似つかない。

 

「ぺこちゃんパターンはまず烏間先生絶対にやらんだろ」

 

「鷹岡はやってたけどな」

 

「喋ること考えると、出来るだけ口を小さく見せるために窄めて口を開くしかないんじゃない?」

 

「それが一番無難だよな」

 

 口のパターンは決定した。

 

「顔のデカさはどうする?」

 

「………うーん」

 

 みんなが唸る中、一つアイディアが出た。

 

「なぁ、殺せんせーって湿気で顔膨らんだよな」

 

「あ、そういえば」

 

「だったら、逆に乾燥させれば萎むんじゃね?」

 

「乃咲……天才か?」

 

「ちょ!?水くらい飲ませてつかぁ〜さい!!いくらなんでもそれは酷がすぎると言うもんです!!タコに人権を!!」

 

 激論の末に顔のデカさも全体的に窄めることで解決させた。

 さて、あとは体のデカさだが………。

 

「どうする?流石に身体のデカさは誤魔化せなくね?少し削る?ゴリゴリ擦れば案外いけるか……?」

 

「そんな寸法に合わないから修正しようか?みたいなノリで提案しないでください乃咲くん!!先生のことなんだと思ってるんですか!!?優しく、もうちょっと優しくお願いします!!」

 

「え〜。でもよぉ、乃咲じゃねぇけどそれが一番手っ取り早いって。どうせ再生すんだし」

 

「猟奇的!?ちょちょっ!?ナイフを持ってにじり寄ってこないでぇぇ!誰か助けてぇ!!」

 

 悪ノリしながら殺せんせーににじり寄ってると、ポンと大天使矢田エルが殺せんせーに救いの手を伸ばす。

 

「だったらさ、机の下に押し込んじゃおうよ!それなら殺せんせーも物理的に身を削る必要ないでしょ?」

 

「矢田さん……!先生信じてました……!!」

 

「それでも入らない部分は仕方ないよね?」

 

「ちょっ!!?矢田さん!?そんなキャラじゃないでしょ!!?にゅやぁっ!?待って!そんな強引に!!」

 

「うっせ!削られたくなければ大人しくしてろ!」

 

「殺せんせー、身体を下の方に絞り出せない?それなら体型も人間に近づいて効果的かも」

 

「あとは座ったままの方が良さそうだな。少しでも動いたら人間じゃないってバレかねない」

 

「よし。なら烏間先生に似せた眉毛とか顔のパーツはこっちで作っておくわ。乃咲、倉橋、監修頼む」

 

「俺は厳しいぞ。カラスマイスターだから」

 

「私も厳しいよ?カラスマスターだからね」

 

「事情知らねぇ奴が聞いたらすげぇカラスに詳しい人みてぇな肩書きだな……」

 

 こうして、担任の殺せんせーの代役の烏間先生の代役をする担任本人という紛らわしい構図が誕生し、俺たちは無事に渚の3者面談を乗り切る為にあの手この手を尽くすことになるのだった。

 

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 そして、迎えた放課後。

 旧校舎の校門前で待ち構える渚を見守ること数分。山の中では歩き辛そうなヒールを履いた渚の母ちゃんが現れた。

 

「結構美人じゃん」

 

「うん、渚ってお母さん似なんだね」

 

「けど確かにキツそうだ」

 

「キツいぜ、実際。俺たちすげぇ目で見られたもん」

 

「ほんと。渚くんには悪いけど、俺も苦手かもなぁ。あれと初対面でセーラームーン談義できる乃咲クンって実は相当メンタル強者なんじゃねって思うレベル」

 

「か、カルマがそこまで言うか。乃咲は?実際に話してみてどんな印象だった?」

 

 遠巻きに眺めているとそんな質問が飛んでくる。

 その質問には即答できないよな。内心でこんな人物だろうなって思う分にはまだしも、俺の感じた内容をそのまま話すとシンプルに人の親の悪口みたいになるので嫌だな。

 

「大体は渚が言ってた通りの人物だ。オブラートに包んだ言い方をすると、良くも悪くも完璧主義。自分と同じ轍を踏ませない為に色んな方面に強烈な拘りを持つ教育ママってところ?」

 

「うーん。そう聞くと悪い人って感じはしないけど」

 

「確かに悪い人ではないんだ。ただ、あの人にとっての悪くない人の定義は『自分にとって都合が悪くない人』ってだけ。まぁ、数分接した俺の上辺だけの感想だけどさ」

 

 そんなことを口から垂れ流しながら職員室に入って行った渚たちの会話に耳を傾ける。

 殺せんせーの悲鳴と俺たちの汗によって可能な限り人間に近付けた殺せんせーもとい、殺す間先生は案外、あの母ちゃんともびっくりするくらいスムーズに会話を進めていた。

 

「……さすが、殺せんせー。相手の関心を掴んだな」

 

「うん。結構機嫌が良さそうな笑い声が聞こえてくるね」

 

「よく渚の母ちゃんが好きなお菓子とかジュースを準備できるよな。それもたった1日でよ」

 

 流石に窓の外にいれば中の声も聞こえてくると言うもの。聴力を強化してなくても聞こえてくる会話に感心する。

 プライバシーの侵害……とは言うが、まぁ、なんだかんだ渚が心配なのはみんな同じだ。

 

 だから、殺せんせーが穏便に話を進めてそうで安心する。

 

————だが、それはそれとして。

 

 ふと、疑問が浮かぶ。

 

 確かに凄い手腕だ。子供の担任、生徒の親とはいえ、赤の他人。そんな相手の好きなお菓子やジュースを一晩で準備すること自体、確かに先生のスピードでなら、出来なくはないだろう。

 

 だが、彼はその情報をどうやって知った?

 なんで知ってる?渚から三者面談を聞かされたのは時系列的に昨日の夜の筈だ。たった一晩で調べられるものか?

 

 昼であれば近しい人たちに聞き込みなんかも出来るだろうが、夜中だぞ?夜中に2m越えの巨漢が友人、知人について質問して来た時、素直に応じるだろうか?

 答えは否だろう。俺だったら答えない。そんな怪しい奴に陽菜乃や悠馬のことを聞かれたとしても、絶対に。

 

 となると、考えられるのは2つ。

 元々知っていたか、本当に一晩で調べ上げたか。

 

 どちらにしても普通じゃない。

 

 殺せんせーが俺らのことを調べてるのは知ってる。だが、前者の場合は異常だ。精々、生徒の親に対してなら何処に勤めているか、どんな家庭環境なのか。その程度で知識としては充分な筈だろう?そもそも、殺せんせーが人間と変わらない姿ならまだしも、あんなタコみたいな見た目でどうやって趣味趣向まで調べるんだ?仮に張り付いて調べるにしても限度がある。平日は俺たちに授業して、暗殺されて、土日も基本的に誰かと一緒に何かしてる。社会人に張り付いて趣味趣向を調べる暇はないだろう。

 

 一晩で調べ上げると言うのは以上の内容から更に現実的じゃない。だって、張り付くにも夜中では既にターゲットは家にいるし、普通の家庭ならカーテンを閉めて家の中を観察するのは普通は不可能だ。さっきも考えた通り、聞き込みなんてもっての外。

 

 殺せんせーは、どうやって情報を得ている?

 

 俺の知る限り、殺せんせーは万能だ。学校の勉強はもちろん、律の改造、木で実寸代のバイクの模型を疲れるほど手先は器用で、情報収集にも優れているし、俺の治療とかもしてくれてることから医学にも明るい。奥田さんに自分に効く毒を教えるくらいだから並の科学者以上に知識がある。

 

 暗殺について、一番最初。烏間先生が来る前に俺たちに教えたのも殺せんせーだ。ナイフの振り方、銃の撃ち方、基礎的な部分を教えてくれた。一言で言えば、殺し方を教えてくれた。

 

 死神の時、奴の隠し球にも殺せんせーは気付いていた。あの芸術としか形容出来ない業を殺せんせーは見抜いていた。

 

 優れた殺し屋は(よろず)に通じている。

 

 ビッチ先生、烏間先生、俺たちの前に現れた死神、そして他ならぬ殺せんせーが認めたこの言葉。もし、この言葉の理屈通りなら、数多いる殺し屋の頂点である死神のある種、奥義とも言える部分を見抜いていた、殺せんせーの正体はやはり————。

 

 死神との出会いから脳裏を掠めていた、とある可能性が輪郭を帯びてきたその時、中から聞き逃さないワードが飛び出した。

 

「私、烏間唯臣はズラなんです!!」

 

「………スゥッ。すまない、ちょっと失礼する」

 

「ちょっと待て、失礼すんじゃねぇ」

 

 対先生装備を徐に掴んで立ち上がると同時、寺坂に首根っこを掴まれて足止めされてしまった。

 隣にいた陽菜乃に武器の類を全て没収され、悠馬に両腕をテープでぐるぐる巻きにされ、前原に脚を固められ、カルマに落書きされて、茅野に木の枝で突かれる。

 

「あんのタコっ!俺らの烏間先生になんて暴言をっ!」

 

「圭ちゃんストップ!気持ちは分かるけど落ち着いて!殺せんせーが渚くんの為に言ってることだからっ!」

 

 陽菜乃からの必死の説得もあってひとまず落ち着く。

 俺が殺せんせーの考察に頭を巡らせている間、どうやら殺せんせーが渚母の地雷を踏んだらしい。

 

 元々は渚母の機嫌を良くするために容姿を褒め、渚は母親似なんですね。と話した所、それでスイッチが入った母が暴走したらしい。自分の過去をツラツラと並べ、息子には私の歩けなかった道を歩いて欲しいと言い放ったようだ。

 

 自分が出来なかったお洒落、自分が行けなかった難関大学。渚の容姿からもしも息子ではなく娘だったのなら、自分の理想通りに育て上げることが出来たのにとかなんとか。

 

「……なるほど、確かに殺せんせーもキレるか」

 

 一通り説明されて完全に落ち着く。

 

 あの母親の言葉は息子の価値観の否定だ。これまで渚の中で育って来たものをひっくり返して否定し、自分の色で染めようとするある種の侵略、あるいは洗脳教育と言える。

 

 その流れでズラ宣言するってことは、殺せんせーなりに思うところがあって、それを伝える為に必要なんだろう。

 

 烏間先生に人知れずズラの疑いが向けられてしまうだろうが……。まぁ、本人へのフォローというか、事情説明くらいは手伝ってあげるか。事情はどうあれ、生徒の未来の将来や価値観の為と言えば…………流石にズラ疑惑には嫌な顔はするだろうけど、無体なことはしないだろう。

 

「お母さん。髪型も大学も高校も、親が決めるものじゃない。渚くん本人が決めるべきものです。彼は貴女のコンプレックスを隠す為の道具じゃない。渚くんの人生は渚くんのものだ。どれだけ育てても、渚くんは貴女にはなれないし、貴女は渚くんにはなれない。理想を持って育てても、結局は別人なのです」

 

 殺せんせーが渚の母ちゃんに毅然と言い放ったその言葉を聞いて、なんとなく、俺が感じていたあの母親への印象が鮮明になる。単なる教育ママではなく、言わば、もう1人の自分を作る、あるいは自分がなれなかった理想の自分を作る為のお膳立てってのが正解だったのか。

 

 どうやら他人の思考を読んだり、少しの会話で相手の本質を見抜く部分は俺もまだまだらしい。当たらずとも遠からずって感じなのがやっぱり悔しいよな。

 

————おやすみ、圭一。キミはもう1人の僕になる。

 

 ふと、脳裏にもう1人の自分の言葉が過ぎる。

 そう言えば俺もそんなこと言われたっけ。

 

 自分と同じ顔、同じ能力があれば仕事の幅は広くなる。アイツはそう言って俺を勧誘した。

 アイツの固執していた、"先生"もそうだったのかな。もう1人の自分を作る為にアイツを育てたのかな。なぁ、殺せんせー。アンタは今、どんな気分で渚の母ちゃんと話してるんだ?

 

「何なのよアンタ!教諭の分際でなんて言い草だ!!我慢すんのも限界ね!!!ハァッ!!?人の教育にケチ付けてアンタ一体何様なの!?こんな山中に学生集めて教える様なバカ教師に説教される筋合いなどないわっ!!言っとくけどね!!私、アンタなんかよりよっぽど世の中のこと知ってるんだからぁっ!!」

 

「やべぇ。渚の母ちゃんめっちゃキレてるぞ」

 

「渚っ!アンタ最近妙に逆らうと思ったら!!この烏間ってズラの担任に要らないこと吹き込まれてたのね!!見てなさい!!今すぐアンタの目、覚まさせてやるんだからぁっ!!」

 

 捲し立てるような捨て台詞を残して渚の母は教室を出る。

 今すぐに目を覚ますとか言って何処行くねーん!とのツッコミはしないでおこう。藪蛇ってやつだろうし。

 

「きょ、強烈な母ちゃんだな……」

 

「あぁ……。さっきの乃咲のエミュ、相当本質捉えてたな」

 

「そうね……。捨て台詞なんて殆ど一緒だったし」

 

 そこに関しては我ながら驚いてる。まさかイメージしてたセリフが殆どそのまま出てくるなんて思わないじゃん。

 窓の外にいた俺たちに気付くことなく、渚母がツカツカと怒りに任せて歩を進めるのを遠目で見送って呟く。

 

「あんな感じな人でも……いないより、いてくれる方が良いって思うけどなぁ」

 

 ボソリと呟いた声は、一番近くにいた子の耳に届いたらしく、拘束されて這いつくばってる俺の後頭部を優しく撫でた。

 

「殺せんせー……」

 

「うーむ……。すこし強めに言い過ぎてしまいましたか。しかしね、渚くん。もっとも大事なことはキミ自身がキミの意見をはっきり言うことですよ。それこそが大人への一歩です」

 

「でも、まだ1人じゃ何も出来ない子供みたいなもので。1人じゃ何も出来ないうちは母さんの2週目の方がいいんじゃ……」

 

「1人じゃなにも出来ないなんてことはない。キミの人生の1週目は、この教室から始まっているのです。殺す気があればなんでも出来る。それとも、キミの人生を始めることは、ここに居る、次の3月には地球を破壊してしまう、マッハ20の超生物を殺すことよりも難しいことですか?」

 

 殺せんせーのこういう時の言い方は少しずるい。

 だって、それが現状では世界最高レベルで難しいことなのだと俺たち自身が身をもって知っているのだから。

 

 でも、同時に励ましになるのも確かだ。

 位置的に見えないが、室内の渚の雰囲気が少しだけ明るくなる気配を感じ取ることができた。

 

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 今日も今日とで訓練は続く。例え烏間先生が出張でも、やっぱりできることはやっておきたいから。

 それに、昨日みたいに友達と遊ぶのも楽しいが、放課後に訓練するのがもうルーティーンになってるんだろう。身体を動かさないとなんとなくだが、なんか物足りなくなる。

 

 烏間先生から教わった一連の訓練をこなし、終わったら自主練だ。千葉たちは射撃の精度を上げるためにひたすら撃ち、悠馬たちは連携の為に模擬戦を行い、イトナや吉田、菅谷、奥田さんを筆頭としたサポート班は道具の作製や発明に精を出す。

 

 俺は、そんなみんなから少し離れた場所で頭の中に焼き付いて離れない、死神の動きをひたすらにトレースする。何を思ってこの動きをしたのか、どんな思いでこの技術を身に付けたのか、動作を繰り返しながら考え続ける。

 あの日、俺の中へ流れ込むように漠然と理解した死神の術理を自分のものにする為に、アイツと俺、何が違ったのか知る為に。何度も何度も反復練習し続ける。

 

 例えば奴の気配のぼかしかたは異常だった。

 

 そこに居るのに、実体が掴めない。そこにいるか、いないかではなく、そこにいるのに気配が一定ではないから、顔……いや、貌と言うべきものが見えないんだ。きっとそれは死神の気配が目まぐるしく変化し続けるからだ。

 

 こんな風に理屈は分かる。だが、どうやってそれを実行してるかが分からない。そんな風に感情をくるくると回し続けることなんて出来るのだろうか?

 あの時、俺は思った。きっと俺にも出来ると。けれど同時にその為には死神と同等以上の努力が必要だとも。

 

 逆上がりのやり方は知ってる。でも、実際に出来るわけじゃない。今の自分を端的に表すとこんな状態だ。知ってるやり方を実践する為に努力するフェーズにいる。

 

 先はまだまだ遠そうだ。

 

 あの気配のばかし方、本当にどうなってるんだろう。

 言ってしまえば、理屈としては扇風機や回転するファンのようなものだ。止まってみれば羽が数枚あるのが分かる。でも、高速回転させると、一枚一枚を追い切ることが出来なくなって、そこで回ってる輪郭だけ見えるようになる。

 感情が羽で、それを高速で回し続けるという理屈はわかるが、あそこまで感情を高速で切り替え続ける方法が分からない。

 

「………ほんと、どんだけ頑張ってたんだろうな」

 

 想像しても理解は出来ない。

 分かることは、少なくとも俺以上に頑張ったんだろうってことだけ。恐らくは"先生"に褒めて貰うために。

 

 スイッチを押してワイヤーを巻き取り、空を見上げる。

 大きくて、手を伸ばせば掴めそうな雲。しかし、実際には何百、何千メートルという距離があって、実際に近づいても決して手に取ることは出来ないし、今度は全貌が見えないそれが、アイツと俺との乖離のように思えて仕方ない。

 

「け〜ちゃん、まだやってる?」

 

「いや、そろそろ引き上げようと思ってたとこ」

 

 木陰からヒョコっと顔を出した陽菜乃。そろそろ暗くなるし、引き上げるには良い時間だろう。

 付けていたナイフやらマチェットやらの装備を外し、身軽にしてから肩をぐるぐると回す。

 

 俺が外した装備を眺めながら陽菜乃が口を開く。

 

「なんて言うか、こうして装備だけ見てると本当に圭ちゃん専用なんだなって感じするなぁ……」

 

「そう?」

 

「だって、烏間先生が言った通り、ナイフとか刃物ばっか。本当に相手に張り付いて近くから仕留めに行くって構成じゃん。私達のは標準装備と精々が竹ちゃんの爆弾だけど、圭ちゃんのは標準のナイフとエアガン、竹ちゃんの爆弾に加えて、ワイヤーに投擲武器にマチェットにって選択肢が多いもん。出来ることは多そうだけど、私だったら誰を使えば良いか迷っちゃいそう」

 

「いや……むしろ少ないから烏間先生に追加で色々と作ってもらってる所だよ。死神相手には俺の技量もそうだけど、通用しなかったし、学んだことも多い。色々無駄にしない為にも、まだまだこれからだ。少なくとも人間相手に負けることがないくらいにはならないと。鷹岡の時も、死神の時も、なんだかんだで現場で真っ先に脱落してるのは俺だからな」

 

「それだけ頑張ってくれてるってことじゃん」

 

「それでも負けたからな。死神が殺す気なら誰も助からなかった。その上で頑張った、工夫した、手を尽くしたとか言っても、結果が出せてないんだから意味がない」

 

「ストイック……」

 

「やるに越したことはないだろ。そうじゃなきゃ、陽菜乃を守れない。俺は少なくとも人間の常識に収まらない程度には身体のスペックは高いんだから、せめてあの状況でみんなを逃がせる位には強くならないと。それこそ死神に負けないくらいに」

 

「……もう。またそう言うこと言い始める」

 

 とてとてとやって来た陽菜乃からテシッとチョップが降って来たのでなんとなく、白刃取りする。毎回食らっていては芸がないだろうし、陽菜乃も張り合いがないだろう。

 

「急にチョップなんてして。どしたん?話し聞こか?」

 

「それ意味わかってて使ってる?」

 

「シンプルに相手の話を聞こうとするスタンスを表した言葉なんじゃないの?」

 

「クソボケ……いや、世間知らずの方かな……。圭ちゃん、それ、他の人に言っちゃ駄目だからね。チャラい男の人が女の子をお持ち帰りする為の常套句なんだから」

 

「………ま?」

 

「ま。人によってはカモネギだからね。勘違いされるか、圭ちゃんがお持ち帰りされる側になるかだから」

 

「勘違いはあるかもな……。気をつけるわ」

 

「後者もだよ」

 

「俺を持ち帰る奴なんておらんやろ」

 

「ここにいるけど?」

 

「………さいですか」

 

「そゆこと。だから一緒に帰ろ?」

 

「へへぇ〜。クラハシエルの仰せのままに〜」

 

「うむ、よきに計らえ」

 

 一通り戯けたやり取りを繰り広げて、帰る準備をする。超体育着を脱ぎ、装備をまとめ、教室に戻ってロッカーに突っ込む。

 帰る準備万端ってところで校舎を出る頃には、俺たち以外のメンバーもぼちぼち自主練を切り上げて帰り出す所だった。

 

「珍しいな、乃咲と倉橋が早いの」

 

「偶にはな。昨日は遊んでたし、その分ガッツリってのも身体に悪いだろ?メリハリは付けようと思って」

 

「そう?まぁいいや、じゃあな、2人とも」

 

「うん、前ちんもまた明日〜」

 

「お先〜」

 

 教室に戻ってくる面々と適当に言葉を交わしながら山を降る。流石に秋。日が落ちるのも早い。

 陽菜乃と帰ることを考えると、今後もこのくらいには練習を切り上げた方が良さそうだな。いくら都内で人通りが途絶えることがないとは言え、女子に夜道を歩かせるのは気が引ける。

 

「ねぇねぇ、圭ちゃん?」

 

「なんじゃらほい?」

 

「私たちって頼りない?」

 

「そんなことないけど」

 

 ごくごく自然に握られた手を握り返し、藪から棒に飛んできた予想外の質問に首を傾げながら否定する。

 

「俺にはない長所を持った頼もしいクラスメイトたちですとも。むしろ、強化人間名乗っておいてイマイチ成果がパッとしない俺の方がよっぽど頼りないと思うくらいだぞ」

 

「そんなことないと思うけど……」

 

「あくまでそう思ってるってだけだからあんまり気にしないで。そんなことより、なんで急にそんなこと?」

 

「さっきも話してて思ったんだけど、圭ちゃんにとって私たちって守る対象にしかなってないんじゃないかなってさ。そら好きな男の子から守ってやるって言われるの嫌じゃないよ?でもさ、それじゃあ私って何ができるんだろうって思うんだよ。守られるだけなら誰でも出来るじゃん。なら、私が圭ちゃんにしてあげられることってなんなんだろうって。圭ちゃんが私じゃなきゃ嫌だって言ってくれること、なにか出来るのかなって」

 

「……それに答えられたら、俺はとっくに大手を振って陽菜乃を恋人に出来てるよ。陽菜乃じゃなきゃ嫌だって言える理由を見つけられないから告白に良い返事をできなくて、それでも好きだって言ってくれたお前を手放したくなくて、考えたいとか言い訳して保留なんて最低なことをしてるんだし」

 

「………まぁ、あの場で速攻振られるより、チャンスあると思えるし、保留に乗っかって"お試し期間"なんて提案したのは私だから。クソボケ発言にはかなり思う所はあるけど、でも、クソボケはクソボケだけど、真剣に色々考えてくれてるんだなぁって伝わってくるし、圭ちゃんは最低じゃないと思うよ?」

 

「でも、やっぱり全部解決できるスイッチが目の前にあるのに押してないのは俺だからな。問題は俺にあるんだよ。だからさ、せめて守るくらいはしたいじゃん。好きになってくれた恩返しでもなければ、謝罪の意を込めてって訳でもないけど。こんな半端な事してても好きだって言ってくれるのを裏切らないように好きでいて貰える為の努力は止めちゃ駄目だ」

 

「——なら、まず私は好きになって貰える努力をしないとね。圭ちゃんが私じゃなきゃ嫌だって縋り付いてくるくらいのさ」

 

 ほんと、俺には勿体無い良い娘だよな。

 視線を俺から外せば良い男なんてたくさん居る。それこそ陽菜乃なら引く手数多の選り取り見取りだろう。

 本当はこっちが気を遣わなきゃいけないのに、こんな風に気遣ってくれて、寄り添ってくれて。天真爛漫、快活、周りに元気を与える娘。動物や虫の命を当たり前に大事にする。性格が良くて、その上に容姿も良い。

 

 こんな娘に告白されてるのになんで俺はこんな煮え切らない態度しか取れないんだろうか。

 

 そうこう考えていると、陽菜乃はこんな奴の何処が良いのかが分からなくなる。告白の言葉は一言一句覚えてるし、その中に何処が好きとか言ってくれていたから、一応、分かってはいる。分かってはいるが、やっぱり理解に苦しむ。

 俺以上に頑張ってる奴なんて沢山いるだろう、カルマとか飄々としてるけど最近のアイツは裏での努力を欠かしてない。本当に困ってる奴にしか手を差し伸べたり、寄り添ったりしない奴よりも誰にでも優しい奴の方が魅力的だろう?それこそ悠馬とか。有言実行とか言っても烏間先生の方がよっぽどかっこいい。

 

 分かってる。いま名前を挙げた奴らではなく、陽菜乃は俺のことが好きだと言ってくれたし、つい照れてしまって聞き返した時にも目を逸らさずにしっかり答えてくれた。

 でもやっぱり、彼らにいま挙げた項目で優っているとは思えない。カルマの方が頑張ってて、悠馬の方が優しくて、烏間先生の方がかっこよくて。そんな彼らではなく、俺を好きだと言ってくれた陽菜乃に今の俺が出来ることと言えば、やっぱり、好きだと言ってくれた部分を伸ばして、好きでいてもらう為の努力をすることしかないだろう?

 

「恋愛って難しいな」

 

「だね〜」

 

 笑う陽菜乃に救われながら歩く。

 手から伝わってくる柔らかさと体温は心地良い。俺はやっぱり、誰かと触れ合ったりするの好きなのかもなぁ。

 

 その理由はなんとなく分かってるけど。

 ……まぁ、言わなくていいか。かっこ悪いし。

 

「まぁ、そんな訳で決して頼りにしてないわけじゃないから。今の俺がしてあげられるのはそれくらいだよなってだけ」

 

「分かったよ。ごめんね、空回りして」

 

「そんなことないって」

 

「圭ちゃんもして欲しいこと見つかったら言ってね?」

 

「………世界征服?」

 

「ムリ」

 

「AC系列のリメイク?」

 

「殺せんせーの賞金で株主になればワンチャンあるかも?でも、今はまだ難しいかなぁって」

 

「……んじゃ、もう少しこのままで」

 

「それなら叶え続けてあげられるね」

 

 他愛のない話を続けながら帰路を歩く。

 陽菜乃と繋いでない方の手が手持ち無沙汰になっていて、何気なしにポケットに手を突っ込んでみる。

 すると、いつもならそこにあるはずの物がないことに気が付いた。現代人の必需品とも言えるスマホがない。

 

「あっ」

 

「ほぇ、どうかしたの?」

 

「スマホ学校に忘れた」

 

「ありゃりゃ……」

 

 陽菜乃が言いながらスマホを取り出し、俺の電話番号を呼び出して掛けてくれるが、やっぱり手持ちにないらしい。

 がっくり肩を落とすと通話を切った陽菜乃のスマホに律が現れ、元気そうに挨拶すると俺を見つけたのか声を掛けてくる。

 

『こんばんわ。倉橋さん、乃咲さん。一緒に居てくれてちょうどよかったです。乃咲さんが学校にスマホ忘れてましたって伝えたかったので、どうしたものかと思ってましたから』

 

「だよなぁ……。取りに戻るの面倒いし明日でいいか」

 

『大丈夫ですか?乃咲さんの端末の方を確認しましたが、電池残量も少ないですし、流石に夜は冷えて来ましたから、自然放電で明日の朝には電池切れというのも想定できますが』

 

「あ……それは嫌だな」

 

『何より、日課の乃咲さんが寝る前のしりとりができないじゃないですか!何気に楽しみにしてるんですからね!』

 

「圭ちゃん、律とそんなことしてたの?」

 

 スマホで騒ぐ律と、意外そうに俺を見る陽菜乃。

 ため息混じりに経緯を話してみる。

 

「俺、律に色々と監視というか観察されてて。また無茶して倒れそうだから〜とかでさ」

 

『はい、不調に直ぐに気付けるようにモニターしてます!』

 

「流石に寝る前まで監視されてると意識して寝れなくなってさ。寝落ちするまでしりとりでもするかって流れで」

 

「ほぇ〜。ちなみに勝敗は?」

 

『乃咲さんに連敗してます。この人、『ぷ』で攻めてくるんです。濁点とは外しちゃ駄目ってルールでやってるのでやりずらいのなんの……。おかしくないですか?私、人工知能ですよ?ネットに繋がってるんですよ?』

 

「……圭ちゃん、"しりとり"」

 

「"リアップ"」

 

「"プール"」

 

「"ループ"」

 

「……"プリンカップ"」

 

「"プロトタイプ"」

 

「………うん、律、かんば」

 

『私、思わず台パンする悪い子になっちゃいました……』

 

「今日も付き合ってやるから。ひとまず陽菜乃を送ったら取りに行くよ。それまで首洗って待ってな」

 

『今日こそ勝ちます……!』

 

 そう言って画面から消えた律に陽菜乃が笑う。

 

「圭ちゃん、スマホ取りに戻るんでしょ?私も付き合うよ?」

 

「駄目です。友達以上恋人未満の相手がそんなこと許しません。女の子が夜に山を歩くなんてメっ!」

 

「え〜、そうくる?」

 

「そう行きます。夜中に後ろから『ヌルフフフフ』とか笑う何処の馬の骨とも分からない不審者が出たらどうすんの!」

 

「は〜い。でもそれは知ってる馬の骨だと思うよ?」

 

 返事しつつ、少しぶーたれる陽菜乃ではあるが、素直に足を動かして帰路をしっかりと歩く。

 彼女をしっかり家の近くまで送り届けて、手を離す。握る対象をなくした手のひらが寒くて名残惜しい。

 

 誰かの体温って心地良いよな。

 

「送ってくれてありがと」

 

「うむ。気を付けて家に入りなさい。寝る前にはしっかりお風呂入ってトイレ行って歯磨きするのよ」

 

「は〜い。おやすみなさい、お母さん」

 

 陽菜乃が手を振りながら家の方に走っていく。

 敷地に入る前に手を振って来たので、振り返す。笑顔を浮かべた陽菜乃はそのままパタパタと走って姿を消した。

 

 さぁ〜て。来た道を戻りますかねぇ。

 

 振っていた手を下ろして振り返り、来た道を歩く。

 日はすっかり落ちているが、それでも前が見えないほどではない。それに歩き慣れた道だ。多少暗くても問題ない。

 

 しかし、それはそれとして変な感じだな。火が沈んだ後で学校に向かうのは。普段は中々やらない行動だ。

 夜間訓練でも散々走り回ってるだけあって、道に迷ったりはしない。しかし、ふと歩き慣れた道に違和感があった。

 

「………タイヤの跡?」

 

 地面に見慣れない跡があった。

 轍というほど深くはない。しかし、確かに車が通った痕跡があるのはしっかりと見て取れた。

 変だ。ビッチ先生も烏間先生もこんな所を車で通ったりしない。それに、さっきまで明らかになかった。

 

 なんだか妙な感触を覚えて道を外れて草木の間を潜り抜ける道を選ぶ。もしかしたら、なにかよくないことをしようとしてる奴が入り込んだのかもしれない。よし、サーチ&デストロイだ。見つけ次第にぶっ潰す……まではしなくても通報はしよう。

 

 足を進めて遂には校舎の前に着く。

 見慣れたE組の校舎の前。そこに立っていたのは……。

 

「………」

 

 無言で火のついた松明を持った無表情の女だった。

 足下に転がる小柄な人物とその無表情が異質さを際立たせる。

 

「……何アレ……怖っ……」

 

 俺は思わず呟くのだった。

 




あとがき

はい、あとがきです。

圭一がラストで見たのは原作の『渚の時間』でたいまつを持ってた渚母の虚無顔です。いや、ほんとあのコマだけ異質な怖さがありますよね……。

さてさて、渚編は次回でラストです。渚編が終わったら、例の烏間先生が計画した暗殺を挟んで、テストして、理事長やって……んで、圭一が抱える一つの問題と一つの疑問に決着を着けます。

ゆっくり描写していきますので最後までお付き合いよろしくお願いします……!

今回もご愛読ありがとうございます!

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