暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えてたくさんの高評価、感想ありがとうございます!

今回も投下しますのでお付き合いください……!


132話 渚の時間

 

 忘れたスマホを取りに夜の校舎にやって来た俺が目にしたのは、松明を持って虚無顔で我々の学舎を見つめる渚の母と、その足下に転がるポリタンク、そして目隠しされた渚だった。

 いや、ほんとどんな状況だよ。まさか放火?それ不味くね?俺たちの校舎がなくなるどうこう以前にシンプル犯罪だぞ。

 

 しかも足下のポリタンク、まだ中身入ってるじゃねぇか。準備悪りぃよ。普通は火を付ける前に撒くだろ。ばら撒いてる最中に引火したり、いま手に持ってる松明落としでもしたら渚もろとも真っ黒焦げだぞ。勘弁してくれ。

 

 つか、そもそも近くに車見当たらないけど、もしかして適当な場所に停めて渚をここまで運んできたのか?何気にフィジカルエグくね、あのおばさん。ポリタンク2つでざっくり40キロ、渚だって40キロ以上あるだろ。一気に運んだのは流石に考えずらいけど、たかが1主婦が40キロの荷物を持って山を2回は登ったと考えると執念がすげぇ。

 

「って……そんな悠長なこと考えてる場合じゃない」

 

 止めないと。ゾーンに入った俺の蹴りでならあの程度の火を消すくらい造作もない突風を起こせる。

 最悪、高速移動してあの松明を消化してへし折り、足下のポリタンクを回収してやれば何もできまい。

 

 そんなことを思ってると、渚が起きたらしい。

 身体を起こしながら目隠しを取ると、目の前にある光景に唖然としているのが遠目でもわかった。

 

「こんな所に堕ちてから、アンタは血迷い始めた。私に逆らうようになって、言うことを聞かなくなった」

 

 轟轟と燃える松明を渡すように渚に向けると、母親は何処までも冷淡で反論を許すことなどないと感じさせる声で言った。

 

「燃やしなさい」

 

 狂っている。そこまでやるのか。

 

「な、なに言ってんだよ、母さん!?」

 

「アンタの中に溜まった膿を焼くのよ。その手で自らね。自分の手で校舎を焼けば、その罪悪感からE組の中の誰にも顔向けできなくなり、居場所を失う。そうやって退路を絶ってから本校舎の先生にお願いしに行くの。戻る場所がなければこそ、誠心誠意、跪いてでも頼めるはずよ」

 

 その狂った発想を俺は呆気に取られながら聞いていた。

 他人の、それも友人の親についてこんなこと言いたくないが、狂ってるとしか表現ができない。

 

 母親。これが母親なのか……?

 

 自分の理想を押し付けるまでは理解できなくはない。それだけ期待しているってことなんだろうから。しかし、ここまで来ると完全な狂気と言えるだろう。

 

 放火は言うまでもなく犯罪だ。かなり超法規的措置が取られている俺たちE組でも流石に親の私欲で建物に火をつけたと言うのは擁護しないだろう。そして、それを自分の手ではなく、息子の手でやらせようとしている部分が度し難い。

 

 男として生まれた子供に女なら良かったと言い放ち、ダラシないという着こなしの理由ではなく母親の趣味で男らしい格好を禁止させ、挙句に息子の自身の手で居場所を破壊し、帰る場所を奪う。それが母親のすることか?

 

 だめだ、流石に擁護できない。母親なんていたこと無いし、それがどんなものなのかすら分からないが、それでも言える。あんなのは母親ではない。人様の家に偉そうに怒鳴り込む趣味はないが反吐が出る。

 

「やだよそんなっ!!」

 

「誰が育ててやったと思ってんの!!どんだけアンタに手間と金をかけたかわかってんの!!塾行かせて!!私立行かせて!!仕事で疲れてんのにご飯作って!!その苦労も知らないで!!ツルッパゲの教師に洗脳されて!!逆らうことばっかり身につけて!!アンタって言う人間はね!!私が全部作り上げてあげたのよ!!」

 

 怒鳴り声が響き渡る。嘆くような、怨むような声。

 

 正直、悍ましいと思った。だってそうだろ。子供なんて親が作らなきゃ生まれない。作りたくて作ったわけじゃ無いとかほざいても、それは文字通りハメを外してはしゃいだバカな親の責任だ。あの母親はそこまで言ってないけど、言ってる内容としては殆どそれと同じことだ。

 

 生まれる場所を選べない。子供は作らなきゃ生まれない。そうである以上、作り、産んだ親には育てる義務がある。まして、私立に行かせたとか塾に入れたとか。それは完全に親のエゴだろう?渚が『中学は私立の椚ヶ丘に行きたい』とか言ったのか?違うだろ、渚はそういうタイプじゃ無い。

 

 仕事で疲れてんのにご飯作ってとか、子供に食わせること自体か親の義務だ。少なくとも日本ではそう言う義務がある。それが嫌なら日本から出ていくか、飯を作らなくて済むようにせめて外食なり買い食いなり出来る金を渡しておけば良い。

 

 けど、それはあくまで正論だ。感情を無視して法律を見つめ、そもそもの原因を突き詰めるだけの行為だ。

 育児放棄しているわけでも無い親が相手なら、あの母親の語る理論に反論できる子供はいないだろう。

 

 遠目に見た渚も俺の考えと同じようで反論しようと口を動かすが、それでも言葉を出し切れずに口を閉じる。

 殺せんせーが来る前、E組が始まった時の自己紹介の時。渚が言っていたことを何となく覚えている。確か、親が離婚してしまって苗字が変わったが、もし再婚して再び苗字が変わっても違和感がないように出来れば下の名前で呼んで欲しいって。

 

 それがいつの出来事なのか俺には分からない。だが、片親しか持たない子供の気持ちなら分かる。

 言いたいことなら沢山ある。でもそれを言うタイミングは中々見つけられなくて、何より忙しそうにしているのは自分の為なんだと理解して仕舞えば、言いたいことなんて言えなくなる。それこそ爆発するまで溜め込まない限り。

 

 そう言う意味で、子供が親に逆らう、親と正反対の意見を伝えることを育てた恩を仇で返したと言いたくなる気持ちは理解できなくは無い。俺が父さんに対して怒鳴り散らしたあの日、乃咲の祖父母に預けられた時、確かな寂しさや悲しさを持ちつつ、納得したのはそう言う面で納得していたからだ。

 

 あの母親の言い分は理屈としては間違ってる。

 しかし、事実としては間違っていない。けっしてそれを正しいとも俺は言いたく無いが、面と向かって反論もできない。

 

 どうすれば良い?今の俺にできることはあるか?

 仮に放火を止めることならできるが、あの親子の間に割って入るのは正しく無い。他所の家の事情に入っていけるほど、俺は人間として完成していない。そもそもそんな権利も資格もない。

 

 中立を保って場を納められるならまだしも、それでもやっぱり俺は気持ちとしては渚寄りだ。そんな器用なことはできない。

 

 だが、ここで何もしないのが一番の悪手だ。

 とりあえず、あの火だけでも消す。

 

 そう決めて茂みの中で脚を持ち上げ、蹴りを放つ態勢に持っていった所で、俺とは反対の茂みから何が飛び出し、渚母の持つ松明の上半分をぶっ飛ばした。

 

「……は?えっ……?」

 

「キーキーうるせぇよ、クソババア。ドラマの時間が来ちゃうじゃねぇか。こちとら入念な下準備して来てんだ。邪魔すんな」

 

 それはきっと松明を飛ばされた本人にも予想外の出来事で、俺たちにとっても予想していないことだった。

 ヒュンヒュンと得意気な音を鳴らして、振り回される細くしなる極太のワイヤーを革で覆ったヒモ状のそれは鞭だろう。

 

「だ、誰よアンタ!!邪魔しな——きゃっ!!?」

 

「邪魔なのはテメーらだ。奴は今期水曜からの10時のドラマは必ずここで見る。砲台と一緒にドロドロした女同士の感情を学ぶ為にな。銃は持ち込めなかったが、だからこそ鞭の出番だ。俺が使えば先端速度はマッハを超える。奴の初速は音速には及ばない。だったら一瞬で脳天ぶち抜いて殺してやるぜ」

 

 先端の尖った帽子に長めのレザーコートと黒いパンツに明らかに普段使いではない革のロングブーツ。そして手に持った鞭。間違いない。あれは殺し屋だろう。

 明らかに日本では浮く格好だが……外国人ならそんな不思議な格好でも無いのか?今後の為にも各国の流行のファッションとか勉強するに越したことはなさそうだな。こうしてみると。

 

 松明の残り半分もぶっ飛ばされて、悲鳴を上げる渚の母ちゃんはされでも曲げることなく、スマホを取り出した。

 

「殺すって何なの!?け、警察に……!」

 

「だからうっせぇよ。ガキを殺しちゃ、報酬がパァだが……ババアの方はぶっ殺しても構わねぇよなぁ!」

 

 ビシィっと激しい音と共に繰り出される鞭が渚の母が持つスマホを容赦なく弾き飛ばす。

 もはや見守ってる場合では無い。明らかな殺意を剥き出しにしている殺し屋が一般人を標的にした。ここで何もしないのは俺個人のポリシーに反するとかそう言う部分を越えて、烏間先生たちに顔向け出来なくなってしまうだろう。だって、俺たちのチカラは守る為に使うと誓ったんだから。

 

 マッハを越えるとか言っても先っちょがほんの少しだけ越えるってだけだ。俺の方が遥かに速い。

 

 いざ、殺し屋を無力化しようと思ったその時。渚が動いた。

 ゆらりと揺れる陽炎のように、まるで身構えもしない無造作な動きで通学路を歩くみたいに、松明から燃え移った芝生が作る炎の柵を乗り越えて、ゆっくりと歩き出す。

 

 そのごく自然な動きに目を奪われ、思わず手を止める。

 せめて、あの炎だけでも鎮火させた方がいいんじゃないか、なんて理性すら働かずに渚へと視線を向けていた。

 

「母さん。僕はこのクラスで全力で挑戦していることがあって、卒業までに結果を出します。成功したら髪を切って、育ててくれたお金は全部返します。それでも許して貰えなければ………」

 

 決して殺し屋を前にする会話では無い。まるで目の前の殺し屋を障害だとも思っていないみたいな自然体。ありふれた家庭の食卓でしていそうな会話をしながら、渚は駆け出した。

 

「————お母さんからも卒業します」

 

 短い宣戦布告と同時に繰り出されたクラップスタナー。

 目の前で音の爆弾が弾けた殺し屋は崩れ落ちる。

 

 ピクピクと痙攣しながら、それでも辛うじて意識を保ってるらしい殺し屋。渚はそれに気付いていない様だったので、今度こそ走り出そうとしたが、ふと、俺の視界に異物が入る。

 俺たちの烏間先生のデフォルメを強かに失敗したかの様なシルエットのその自分は俺の方に視線を向け、ウインクを飛ばす。

 

 どうやら、俺の出番は初めからなかったらしい。

 

「な、渚……!?何したの、そいつ何なの!!?」

 

「たまにこの辺は不良が遊び場にしている。夜間はあまり近づかないことをお勧めしますよ、お母さん」

 

 初めから見守ってるいたらしい殺せんせーが消化器で炎を消しながら語り掛ける。彼の突然の登場に渚母は呆然としていた。

 そんな様子も特に気に留めることもなく、殺せんせーは懐から取り出したテープで殺し屋をぐるぐる巻きにすると、渚に『マヒが甘い。まだまだ完璧とは言えませんので過信はしないように』と釘を刺すと、改めて保護者に向き合った。

 

「さて、お母さん」

 

 呼びかけにビクリと肩を震わせる。

 無理もない。目の前で理解の及ばないことが続いているのだから、そんな反応だってしてしまうだろう。

 

「確かに渚くんはまだまだ未熟です。でもね、今ご覧になった通り、もう護られるだけの小さな子供でもありません。忘れないでください。決してあなたを裏切っている訳じゃない。ゆっくりとチカラを付けて、誰もが通る巣立ちの準備を始めただけです。どうか、温かく見守ってあげて下さい」

 

「っ………」

 

 殺せんせーの言葉が終わると同時。渚の母ちゃんは我が子への手を伸ばし、それが伸び切る前にゆっくりと崩れ落ちた。

 倒れる直前の意識の波長的に、緊張の糸が解けてしまったのだろう。何度も言うが無理のないことだ。

 

「それではお母さんの車で家まで送りましょう」

 

 殺せんせーはちらりと俺を見る。

 視線がキミもどうです?と語り掛けてくるが、首を横に張った。生憎とまだ自分の目的を果たしてないし。

 

 律が首を長くして待ってることだろう。

 

 俺の返答に残念そうに肩を落とすと、殺せんせーは渚の母を持ち上げ、そのまま渚と一緒に山を下っていく。

 

 さて、俺もスマホ回収してさっさと帰ろう。

 

 茂みから出て、校舎に入り、1人寂しくドラマを見ていたらしい律に少しだけ付き合って本日2度目の下校タイム。

 

「くっそ……!!全然解けねぇ……!!」

 

 かと思ったら、地面で芋虫の様な動きをしている殺し屋と遭遇した。どうやら渚のクラップスタナーが解けたらしい。

 にしても、凄いのは渚の才能だ。恐らくはアイツも意識の波長が見えているのだろうけど、俺のようにゾーンがあるわけでもないのにしっかり波に波を当てて相手を麻痺させるとは。

 

 俺のクラップスタナーの威力はゾーンありきだし、そういう意味で俺には才能って奴がないんだろうな。

 ゾーンを使った瞬間レベリングでかなりの練度を誇ってる俺だが、やっぱり各位の得意分野で才能バトルになったら間違いなく俺は勝てないだろう。悔しいことこの上ないけどな。

 

 明確な才能がある奴はそれ自体が武器になる。

 もちろん、俺のゾーンだって親から貰った立派な才能なんだろうが、みんなの才能がいざって時に咄嗟に切れる手札なら、俺の才能は手札を切るまでの持ち時間の延長だ。

 結局のところ、その延ばした持ち時間で最も効果的な役を作る為にも俺は努力して切れる手札を増やすしかない。

 

「もっと頑張んないとなぁ……」

 

「っおいっ!そこのクソガキ!!なに黄昏てやがる!見てわかんねぇのか!?さっさとコイツ解けよ!?目の前で踠いてる人間を見て見ぬ振りして心が痛まねぇのか!?」

 

「わざわざ殺し屋の拘束解くわけねぇじゃん。質問に質問で返して悪いけど、人を殺すのに心は痛まねぇのか」

 

「チックショウ……!!」

 

 足下でうねうねする殺し屋のおっさん。

 多分、殺せんせーが戻ってきたら対応してくれるだろうが、それまでここに放置しておくのも……可哀想とは別に思わないが、拘束された人間を放置して帰るのも少し良心が痛むな。

 

「まぁまぁ、そんな暴れなさんなって。殺せんせーが戻ってくるまでは一緒にいてやるから」

 

「なんなんだ!その微妙な温もり!?」

 

 律儀にツッコミを入れる殺し屋。流石に暴れ疲れたのか、肩で息をしながらうつ伏せのままぼやいた。

 

「あ〜くそっ、なんなんだよ、お前の同級生。あれ、本当に中学生か?つか、てめぇもてめぇでもうちょいビビれよ、目の前に本物の殺し屋いるんだぞ。もっと反応あんだろ」

 

「本物の殺し屋って奴と何度かやり合ってるからな。毒盛られて、殺し屋が根城にしてるホテルに潜入して、銃撃戦までして。なんなら殺し屋から手解きまで受けてんだ。今更だろ」

 

「けっ、随分と波瀾万丈なこって」

 

 興味なさそうな反応である。折角、殺せんせーが戻ってくるまでの間、話し相手になってあげてるのに。

 いや、まぁ、別に頼まれたことでもないから偉そうにするのは違うって分かってるんだけどさ。

 

「ねぇねぇ、おじさん」

 

「おじさんって言うな。馴れ馴れしい……」

 

 その後、殺せんせーが戻ってくるまでひたすらに話しかけ続け、観念したのか徐々に会話に応じる様になってくれた殺し屋のおじさんと最近の殺し屋界隈について雑談したり、落ちてたおじさんの鞭を借りて、そのまま鞭の使い方に対して言葉だけではあるが、軽い手解きを受けた。

 

 やっぱり鞭とかワイヤーって攻撃手段としては優秀だよな。このおじさんの場合、先端はマッハを超えるって言ってるし、先端から下の部分だってそれに匹敵する速度になってるだろう。

 超速くて範囲も広い中遠距離の武器って言えばゲーマーならその厄介さをなんとなく感じることができるだろう。

 

 使い方に執着すれば、創作物界隈でスパイとかが愛用しているフックショットみたいな使い方だって出来るだろう。

 超体育着のワイヤー、強度上げられないかな。細さは今のまま、頑強さをもっと強く……流石に我儘か。

 

 なんだかんだ、殺せんせーが帰ってくるまで話し続けた殺し屋のおじさんとなんとなく連絡先を交換して、その日は帰途に着いた。ビッチ先生、ロヴロさん以外の殺し屋の意見を聞ける貴重なチャンスをますます逃すこともないだろうしな。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

 さて。それから数日後の放課後。

 そろそろ補充しておきたい文房具があったので、練習を抜け出して街中に出ることになった。

 

「あ〜あ、E組の不便なとこだよなぁ」

 

 椚ヶ丘には売店もある。そしてそのラインナップはかなり充実している。投資やらなんやらであちこちに幅広く手を伸ばしてる理事長の顔が効くメーカーから格安で仕入れ、格安で生徒に販売している。それも勉強関係に妥協を許さない理事長の意向でその辺の店で買うと野口が2〜3枚飛びそうな勉強の質を上げられる様な性能の値段の文房具がワンコインで買えてしまう。

 

 ちなみに、そんな明らかに費用対効果が釣り合ってなさそうなレートがどうしても成立してるのかを学秀に聞いた所、なんと理事長は椚ヶ丘の教師としての給料に加えて個人的にやってる投資の収益を学校の運営に回してるんだとか。

 

 浅野理事長に関して、職業が投資家で趣味で先生やってるって言った方が良くないだろうか?

 殺せんせーも似た様なもんだけど。給料は大体俺たち生徒との遊びに回したり、自分の為に使ってるのって精々お菓子とか食料関係だけだ。あの人もお金の為に働くんじゃなくて、やりたいことのついでにお金を貰ってるって印象が強いな。

 

 正直、売店が使える点に関しては本校舎の生徒が羨ましい。

 学校に金を落とす訳だし、売店だけはE組生徒でも使えるようにして貰えないかな。ちょっと暗躍してみるかなぁ……。

 

「もしくは学秀か進藤あたりに金を握らせて代わりに買ってもらうか?……流石にそんなパシリみたいなのはなぁ」

 

 いや、進藤とは正直に関わりが薄いのであれだが、学秀はその辺は頼めばやってくれそうだけど。

 

 でも、なんか気が引ける。

 

 まぁ、そんなこんなで俺は文房具を求めて駅前まで来ていた。その辺の適当な店で買うより、しっかりした店で買った方が安いし、自分なりに吟味できるしな。

 鼻歌混じりに入店し、顎に手を当てながら商品棚を行ったり来たり、時々しゃがんで一番下の段を覗き込んだり。あれだな。学校の売店は確かに利点は多いけど、そんなに広くないから、こうしてゆっくり選ぶって点は店の方が優れてるかもな。

 

 こういうのを選ぶ時間は嫌いじゃない。

 筆記用具とか、文房具だとか、工具だとか、趣味で言えばプラモデル、ゲームなんかをゆっくり眺めて選ぶのは好きだ。

 

 じっくり選んで、手に取った乃咲セレクションを片手にレジに向かい、会計を済ませて店を出る。

 

 さて、学校に戻って訓練と行きますかね。

 

 帰ろうと思えばこのまま帰れるのに、そうせず、また学校に蜻蛉返りして訓練に参加しようとするあたり、俺も仕上がってきたかもな。鍛錬マニアとか修行オタクとかそう言う方向に。

 

「……あら」

 

 足取り軽く、今日の訓練にはこの前、殺し屋のおじさんに教わった鞭の使い方をワイヤーに取り込む練習でもしようかな〜なんて考えていた矢先のこと。知った声が聞こえた。

 ここまで強烈なキャラを忘れられるわけもない。俺は数日前に抱いた複雑な感情を押し殺しながら視線を向ける。

 

「あ、ども、潮田さん」

 

「えぇ。こんにちわ」

 

 ペコリと頭を下げると、会釈が返ってくる。

 数日前のあの人と同一人物とは思えない。こうして正面から普通に話していると人当たりの良さそうな人なのに、あんな苛烈と言うか強烈な一面があるとは一目では見抜けないだろう。

 

 んで、それはそれとしてどうしたもんかな。

 

 最近はそう言う一面が出る場面が減ってきたが、俺こと乃咲圭一は超が付くコミュ症だ。出掛けた先で友達の母親と会った時って何をするのが正解?挨拶したし、このまま歩き去っていいのかな?それとも世間話でもした方がいい?

 

「あの、乃咲くん。今って帰りかしら?」

 

「……えぇ」

 

 自分の出立ちを見るて返事をする。

 念の為に持ってきた通学鞄、ぼちぼち冷えてきたから羽織ってる上着。確かにその姿は学校帰りの学生だ。

 わざわざこの格好で学校に戻るところです、なんて少しばかり違和感あるし、この前の件もあるから、放課後になるとあの山には不良が出るってことで止められるかもしれないし。

 

「だったら、よければなんだけど時間を貰えないかしら?」

 

「構いませんよ」

 

 今度はどんな話をされるんだろう。

 あり得そうなパターンを頭の中でシュミレートしながら潮田さんの後ろを歩いて、案内されるがまま、喫茶店に入る。

 

「好きなものを頼んでちょうだい。私の都合で付き合わせてしまってるわけだし、ここは払うから」

 

「そうですか?じゃあ、遠慮なく」

 

 目に付いたコーヒーを注文する。

 それから僅かな沈黙が流れ、あちらが口を開く。

 

「ごめんなさいね。他所の、それも息子と同い年の子供に相談する内容ではないと分かってはいるのだけど、等身大の中学生の意見を聞いてみたくて。頼れるの乃咲くんしかいなかったの」

 

「自分に答えられることならお話ししますよ?」

 

「ありがとう。じゃあさっそく聞いちゃうけど……。貴方にとって親の教育とか意向ってどれくらい重たいものなの?」

 

 この前の渚の"巣立ち"に何か引っ掛かってるのかな。

 渚の成長を受け止めようとしているのだろうか?

 

「ごめんなさいね。もしかしたら渚から聞いてるかもしれないけれど、うちは母子家庭で、その上……あの子とも上手く折り合いが付いていないところもあるの。だから、あの子の周りの子が親からの教育にどんな思いでいるのか知りたくて」

 

「なるほど……」

 

 口で納得を示しながら、内心ではあの日の出来事がリプレイされる。確かに、上手くやれてる家庭環境ではないだろう。

 表情に出さない様に頷きながら、自分なりに言葉を選び、まとめて会話を続けることにした。

 

「ひたすらに重いものでしたよ。まぁ、親の教育が〜とかじゃなくて、周りからのプレッシャーがですけど。自分を褒めるときに大体の人が枕詞に"流石、乃咲先生のお子さん"とか言ってくれるもんだから、周りの期待を裏切ったらまるで父さんの子供じゃないって言われてるみたいでね」

 

 コーヒーを飲む。口に含んだそれは酷く苦い。中学に上がり、学秀たちと勉強会で喫茶店とかを使うことが増えたときにカッコつけてブラックを飲む様になったが、やっぱり泣きたくなるくらい苦い。シュガースティックをがぶ飲みしたくなる。

 そして同じくらいに自分の過去を語るのは苦い思いがある。だが、こうして語る"流石、乃咲先生のお子さん"というフレーズは、なんだか酷く懐かしく思えてしまった。

 

「父さんは、『あれをしろ』『これをしろ』って言う人じゃありません。まともに会話したの自体が今年の夏休みが初めてでしたから。父さんが何を思ってるのか分からなかったくらいです」

 

「……初めて?」

 

「えぇ。読んで字の如く。一方的に俺が話しかけて、それに『あぁ』とか『そうか』とかしか返さない絵面を会話と言うのではあれば認識違いなんでしょうけどね。小さい頃からずっとそんな感じでしたよ」

 

「……それは……わがままとか言わなかったの……?小さい子って何かあったら見て欲しがって、褒めて欲しがるものでしょう?寂しいとか悲しいとか……」

 

 おすおずとした問いかけに合わせてコーヒーを飲む。

 昔は不幸自慢でもするみたいにスラスラと言葉が出たのに、今は言葉を出すのが苦々しく感じてしまう。

 

「潮田さん家は母子家庭って言いましたよね?」

 

「え、えぇ」

 

「うちは父子家庭なんです」

 

「っ、それは……」

 

「母さんは俺を産んでくれて間も無く亡くなりました。確かに父さんはその時点で世界的な科学者でしたけど、子供って育てるのにお金掛かるんですよね。いくらあっても足らないくらいに。それはお母さんの方が良くご存知でしょう?」

 

「………そうね」

 

「そういう事情って子供なりに察してしまうものなんですよね。朝起きた頃には既に居ない上に、帰ってくるのは夜遅くか、或いは帰って来られない親。それを見続けると『お父さんも忙しいんだ』って気を使うようになるんです。まぁ、よく言えば気を使う、悪く言えば顔色を伺うって奴なんですけど」

 

 口の中に残る渋みを噛み締めながら語る。

 聡いふりをして我慢して、その果てがあの爆発。所詮は知ったかぶりでしかなかったのだろうか。

 

「子供はそう言う部分も……見てるものなの?」

 

 恐る恐る慎重な問い掛け。

 答えは既に持っていた。

 

「まぁ、見てますよね。親が忙しそうだからと気を使い、親がなんで忙しいのかを考えて、その理由が自分であることを理解して、親に逆らうことが難しくなる。どんな言葉を投げても結局のところ子供なりに親の苦労を理解しているから。『誰が育ててやったと思ってる?』なんて言われたら黙るしかない。自分1人では生きられないって身に染みているから」

 

 そこまで言ってカップを置いた。

 

「だから、俺に取って親の言葉や意向は重たいものです。そうは言っても我々の場合は、そんな口論になる前に自分が我慢の限界を迎えて親に反発というか罵声を浴びせて親子で別居することになったんですけどね。でも、まぁ、見た感じ片親の子供は大体似た様なもんじゃないですかね」

 

「……そうなのね。耳が痛い話ばかりだわ」

 

 潮田さんが初めてカップに手を付けた。

 俺と同じくブラックで飲み、奥歯を噛み締める様な表情で黒い水面に写る自分の姿を眺める。

 

「でも、聞いた感じだと、お父さんとの仲は修復することができたのよね……?」

 

「はい。俺たちはお互いに非がありましたから。それを認めて、今では普通に会話できる様になりました」

 

「……もし、もしもの話だけど……。そのまま、仲直りができなくて、そのまま時間が過ぎたら…………その、ごめんなさい。本当に子供に聞く内容じゃないと思うし、上手い言葉も見つからないのだけど……。どんな関係になっていたと思う?」

 

 この前の潮田家の時と違った話し方に見える。

 あの時は、割といろんな節々で取り繕ってる部分が見えていたが、今回はこうして対面していて本当に申し訳なさそうに言葉を選んでる印象を受ける。

 

 おそらく、数日前のアレが拗れた場合。渚にどんな風に思われるのかを想像して怯えているのだろう。

 この前はアレな一面ばかり見せられたが、それでも本質的に悪い人ではないのだろう。そうでなければ、渚があそこまで善良に育つとは思えない。環境が人を作るからな。

 

「恨んでたと思いますよ。というか、ぶっちゃけ実際に恨んでました。さらに憎悪まで行ったかもね。俺は認めて欲しかった。ただ一言、頑張ったなとかそんな言葉を貰うだけでも違ったかも知れない。『俺に興味なんてないんだろ?』って言い放って、それが最期の会話になったかも知れませんでしたね」

 

「……………」

 

「俺、母さんに似てるらしくて。なんとなく、癖なのか、ノスタルジーに浸ってたのか、俺に昔の母さんを重ねて、母さんにしていたのと同じ対応をしてたらしいんです。母さんが話して、父さんが短く相槌を打って、そうするとますます嬉しそうに話してくれる人だったらしくて。まぁ、それを子供にもすんなっては思いますけどね。俺は俺であって、母さんじゃないんだから」

 

「っ………」

 

 お互いに苦い顔になる。あちらはやはり渚に自分の理想を押し付けていたことに何か思うことがあるのか、俺の言葉尻に顔を歪め、俺は俺で話していて複雑な気分になる。

 別に口撃する意図はないし、してるつもりもないが、図らずもそんな形になってしまっていることに気付いたから。

 

「けど、まぁ、父さんと腹を割って話して。そういうことだったんだなって分かれば、その話題を起点に母さんの話題に移り変わりました。祖父母の視点の母さんと、父さんの視点の母さんは微妙に違っていて。父さんから見た母さんがどんな人だったのか、そこで初めて知りました。自分のルーツって奴もね」

 

「子供のルーツ……」

 

「俺の名前は両親から漢字1文字ずつ取ってるんです。2人の良いところを継いで、他人に迷惑を掛けない程度に自由に生きて、満足して死んで欲しい。それが2人の願いらしいです。母さんは身体が弱かったから。父さんは実家が厳し過ぎて自由とは遠い生活だったから、せめてお前にはって」

 

 そう伝え終わる頃には黒い水面も干上がっていた。

 それでも手慰めに空になったカップを撫でる様に持つ。

 

 潮田さんは俺の言葉を最後に沈黙した。

 会話を続けようと言葉を選んでいるのかも知れないし、渚と自分の関係を改めて見つめ直しているのかも知れない。その内心を俺では見透かす事はできなかったが、それでも、以前のようなヒステリックを起こす寸前の様には見えなかった。

 

「………」

 

 待つ。だって聞きたかったから。

 

 相談に乗る事は頼まれたけど、別にここまで話す必要はなかった。ただ、それでもこんなことまで話してしまったのは、知りたかったからだ。子供を"見る"ことを忘れた親がどんな結論を出すのか。それによっては渚の今後の生き方が俺のあり得たかも知れない可能性になってしまうから。

 

 そんな悲惨なことになって欲しくない。渚は友達だし、やっぱり母親がいる家庭に対する憧れを捨てたくはない。

 俺の名前の意味なんて陽菜乃すら話した事はない。そんな内容をこうして顔を知って僅か数日の相手に話したのは、俺の中にそういう部分があるからだ。

 

「素敵なご両親なのね」

 

「放任主義が過ぎる部分もあるし、かと思えば唐突に交友関係を調べたり、仲の良い女子の家庭環境やら犯罪歴を調べる困った人ですけどね。でも………今の俺は否定しませんよ」

 

「……私と渚も間に合うかしら……?」

 

「少なくとも、渚は望んでるんじゃないですか?俺は"彼"じゃないので断言はしません。でも、それでも一つだけ、俺に言わせて貰えるなら……間に合わせてください。無礼な物言いなのは承知ですが、これは"やるかやらないか"の問題です。だったらやってください。親が自分を見てくれない辛さを、あるいはそう言う思い込みを、子供にさせないであげてください」

 

 しかし、口から出るのは説教の様な体をしたある種の懇願。

 そうしてしまうのはきっと、俺が思い込み、辛い思いをした側という意識が抜けていないからだろう。

 

 俺が悪かったんだとか言っても、でも、やっぱり心のどこかで思ってる部分は誤魔化せないってことか。

 絶対に許さない1人を除いたら、もう恨んでいるわけではないけれど、でも、確かにトメさんの言う通りで。俺はたった一言でも言って欲しかった。父さんに限った話ではなく、俺を誉めてくれた大人たちに『がんばったね、"圭一くん"』と。

 

 俺と渚は事情が違う。でも、似ている。

 だから、この親にはすれ違って欲しくない。せっかく、子供が元気で、母親も健在なんだから、関係を大事にして欲しい。もう遅いとか悟ったフリして"見る"ことを諦めないで欲しかった。

 

 少なくとも、この2人が持ってるものは、俺がどれだけ望もうと、努力しようとも絶対に手に入らないのだから。

 

「……大人なのね。乃咲くん。とてもじゃないけど、息子と同い年の男の子とは思えないくらい」

 

「俺なんかまだまだガキですよ。渚の方がずっとしっかりしてますし、よっぽど大人ですよ」

 

「あなたが言うなら……そうなんでしょうね。いえ……。そうね、きっと、私が思う以上にあの子は大人で、私とは別人なんでしょうね……。親にとって子供はいくつになっても子供。なのに、知らない間に大きくなっていくものなのね」

 

 潮田さんはそう言うと顔を上げた。

 答えが出たとは思えない顔だ。しかし、その内側には先日のドス黒くて悍ましい狂気は一切見えなかった。

 

「ありがとう。参考になったわ。ごめんなさいね、この前、うちに来てたのも本当は遊びに来ていたんでしょう?こんなおばさんに2回も付き合わせてしまって」

 

「あ、えっと………」

 

「また来て頂戴。あの子とこれからも仲良くしてあげてね」

 

 そう言って伝票を持って立ち上がる潮田さんの顔に浮かんでいたのは、友達の母親の微笑みだった。

 狂気でも、高圧的でも、威圧的でもない。優しそうな、朗らかそうなこのひとが浮かべた中で一番柔らかい顔だった。

 

 それをみて、何か言わなきゃいけないと思った。

 俺にはまだ、この親子の為にしてやれることがあるはずだ、いや、したいことがあるはずだと。

 

 ゾーンに入って、頭の中の情報を洗い出す。

 何か、ある筈だ。この人なりの答えを出す手伝いが、渚に俺と同じ様な思いをさせないための手助けが。

 

 けっして出来が良いとは言えないし、完成度が高いとも言えない頭をフル回転させて、たった一つの取り柄の体感時間拡張を全力行使して、答えを導き出す。

 

 あった。一つ、うちの学校の目玉イベントが。

 

「……学園祭」

 

「え……?」

 

 うちの学園祭は力の入りようが凄い。校風も相まって中高に関わらず、椚ヶ丘学園では出店の集客と売り上げを競っている。そのレベルは大人顔負けで、企業や大学の面接で通用する程に学外からも注目されている。

 

 もし、この人に渚の成長を、子供はいつまでも子供ではなく、もう渚が守られるだけの存在ではないと。その成長と力を示すことができる機会があるとすれば、そこしかない。

 

「今年のE組はA組と事あるごとに競ってます。だから、今回もあっちに対抗してかなりハイレベルなことをすることになるでしょう。もし良かったら、観に来てください。俺たちの中にいる渚を。お母さんが知らない渚の姿を」

 

「……………えぇ。必ず」

 

 俺の言葉に頷くと、渚の母ちゃんは席を立った。

 残された俺は、肺の中の空気をゆっくりと吐き出す。

 

 なんだか、どっと疲れてしまった。

 

「……俺、もしかしてチョロい?絆されやすい?」

 

 ひとりごちながら、ため息を吐いた。

 そんな態度をとりながらも、やはり、あの親子が上手くいくことを今の俺は願わずにはいられなかった。

 




あとがき

はい、後書きです。

なんでしょうね。渚の母がある種の狂人なのは今の自分には否定出来ないですけど、子供の頃に原作読んでた頃とか、アニメを見た時と比べると、お母さんの言ってることもわかる様にはなりました。

なりましたけど……でも、仕事で疲れてるのにご飯作ってとかの件、確かに子供は感謝するべきだとは思うんですけど、それってやっぱり親の義務だよなぁ。とか思ってしまう部分もあって複雑です……。

暗殺教室に限った話ではないですが、子供の頃は嫌な人に見えていたキャラとか大人になって見直してみると、真っ当なこと言ってるんですよね……。GTOの教頭先生とか、アルプスの少女ハイジのロッテンマイヤーさんとか。

こんなこと思ってると、自分も大人になったのかなぁと同時に、歳とったなぁとしみじみしてしまいます。

さて、今回はここまでと言うことで。
ご愛読ありがとうございます!

p.s ネトフリACのかっこよさに泣きました……。





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