暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えてたくさんの感想、高評価ありがとうございます!

今回も投下しますので最後までお付き合いください……!


134話 折り返しの時間

 

「……よもやここまでとは」

 

 千葉と速水さんの狙撃に俺の起こした衝撃波を上乗せして速度を上げた2発の弾丸は俺たちの標的を撃ち抜いた。

 竜巻も衝撃波も収まり、残ったのは静寂と佇む俺たち。そして、俺たちの視線の僅か先。無数の暴風たちによって荒れた地面に立ち尽くす、殺せんせー。

 

 しかし、殺せんせーは5体満足とは言えなかった。

 

 普段、俺たちが破壊していた触手が殺せんせーの指に当たる部分だとするなら、今回は肩口から肘の間を撃ち抜かれ、腕と言える部位を完全に喪失し、血が吹き出す様に暴れる触手が先生の服を汚していた。

 

 南の島でも暗殺はかなり上手くいった。実際に撃ったわけではないのに手応えを感じることができていた、

 しかし、今回はそれ以上だ。あの時は当たれば殺せる手前止まりだったのに、今回はしっかり当てた。触手を失って佇む殺せんせーを見れば……そのダメージは過去最大のものだと容易に把握することができたし、俺の衝撃波がもっと上手くコントロール出来たのなら、殺せていたことだろう。

 

「…………本当に、よくここまで成長したものです」

 

 ポツリと溢したのは賛辞か感想か、あるいは呆然とする頭を必死に回転させて絞り出した教師の意地の搾り汁か。

 彼が欠損したのは腕だけではない。頭も、反対の腕も、両脚も。その全てが削り取られたかの様にボロボロだ。

 

 かつてない手応えだ。

 心底惜しい結果だった。

 いずれは殺せるという確信を抱くには充分すぎるくらいに、みんなで決行した暗殺の中では手応えがあった。

 

 ————だというのに、なんだ、この感情。

 

 やったぁ!という喜びではない。

 惜しい!という悔しさでもない。

 

 それらの感情がない訳じゃない。けれど、胸を占める感情は違う。ただ、死ぬ一歩手前、殺す直前まで追い詰めた殺せんせーの痛々しい姿を見て、頭がぼーっとした。

 脳天から低周波で振動する棒を突き刺されたみたいに思考がまとまらず、頭の奥で何かが振動する虚脱感があった。

 

 そしてなにより、この手で先生を殺す寸前まで追い込んだという事実と実感。それが名前の付け難い感情を芽生えさせる。

  

 この感情の名前はなんだ……?

 喜び?怒り?悲しみ?愛?憎しみ?

 きっとどれも違うだろう。

 

 いくつか殺せんせーの服にあたり、地面を転がっていた対先生弾を拾い上げる。つまみ、手のひらに乗せ、無感動に眺めた。

 

 死ぬのか?これで、たかがこんな玉ころで。マッハ20の怪物が。万能を誇る無数の触手と万の技術と知識を持った殺せんせーが。弾丸すら体内で溶かし、ピンピンした様子で過ごす彼が。

 

————たった1発のBB弾で?

 

 ふと、脳裏にそんな考えが浮かぶ。

 そもそも、俺は殺せんせーを化け物扱いできないくらいには化け物だという自覚もある。有効打を与えられる武器さえあれば、今の俺は瞬殺出来てしまうだろう。あの手、この手を尽くして追い詰めようとしていたこの人を。

 

————殺したいのか?俺は、この人を。

 

 自問が過ぎる。俺たちに掛かった"魔法"を解いてしまう疑問。殺せんせーは好きだし、尊敬してる。だから、殺さなきゃいけないのなら、せめて俺たちの手で。

 それが俺たちが殺せんせーに示せるこの一年の成長の証であり、あれたちが結束した絆の証だと思う。

 だが、殺さなくていい(・・・・・・・)なら?殺さなきゃいけないという条件ではなく、殺さなくてもいいという状況なら?それでも俺はこの手で殺せんせーを殺したいのか?

 

 俺は、殺せんせーに生きていて欲しいのだろうか?死んで欲しいと思っているのだろうか。

 

「くっそぉぉぉ!惜しかったなぁっ!!」

 

「ほんとほんと!今までで一番惜しかったぁ!」

 

 口々にさっきまでの作戦の合間の行動を讃え合い、口々に惜しかったと溢しながらもかつてない手応えに悔しさ混じりの満足感が伝わってくる声音の仲間たち。

 

「………ぁ」

 

 気付いた。パンドラの箱に、俺たちに掛けられていた魔法に。恐らくは、E組が始まった頃の冷めた思考を続けていたのならもっと早くに気が付いていた現実に。

 こうして気が付き、少しだけ俯瞰したことで見えてしまった歪な事実。どうしてもっと早く気付かなかったのか。

 

 殺せんせーとの日々が楽しくて。みんなで同じことをするのが楽しくて。頑張って褒めてもらうのが楽しくて。成長してる実感を得られるのが嬉しくて。俺たちは目を逸らしていた。

 いつも真剣に暗殺に臨んでいた。でも心のどこかに遊び気分があったことは否定できないだろう。だからこそ俺たちは笑いながら殺しについて語ることができた。遊び半分で、たかがBB弾1発で死ぬ生き物を殺そうとしていた。

 

「乃咲、お前あんなサポートもできんのな!たぶん、射撃は得意だけど近接は苦手って奴にとってはめちゃくちゃ嬉しいぜ?なぁ、千葉、速水!一番手応えあったんじゃないか?」

 

「あぁ。前原の言う通りだ。まだ連携が足りなくて外れてしまったが、確かに普久間島で外しちまった時とは違う。"やった"って手応えが確かにあった」

 

「うん。今まで殺せんせーを狙って来たけど、一番手応えがあった。これからも頼らせてもらうね、乃咲」

 

「……あ、うん」

 

 口から出たのは自分でもどうかと思う覇気のない言葉。

 暗殺前だったら少し調子に乗って千葉や速水さんの狙撃技術を褒め、自分が起こした風の精度が悪かったと反省を口にするところだったのに、今の俺にはそんな余裕がなかった。

 

「乃咲……?」

 

 心配そうな視線を向けられる。

 

「少し疲れた……。周りに被害出ない程度かつ、殺せんせーに警戒させられるスピードかつ、足場の確認必須なフリーランニングの技術のフル活用ってのが結構しんどくてな……」

 

「その上に攻撃も織り交ぜてたら当然か……」  

 

 取り繕った理由はすんなりと受け入れられ、みんな口々に労い、頷き、それ以上の追求はしてこなかった。

 しかし、それだけで納得できない奴もいた。ポカンと口を開けた学秀が明らかに動揺を隠し切れていない。

 

「どうしたんだよ、学秀」

 

 それをスケープゴートに話題を変える。

 自分の中に芽生えてしまった不穏な色を誰にも悟らせない為に、動揺の理由なんて考えるまでもない奴に水を向ける。

 

「どうした、じゃないが……!?何ださっきの!?流石に訓練されたからじゃ説明付かないぞ。なんでお前ら平然としてる……?何が起きたかわからない僕がおかしいのか……?」

 

「それは————」

 

 水を向けたのはいいが、なんて説明しようか考えだしたその時、烏間先生が肩にポンと置いて前に出た。

 

「防衛省で開発した新装備だ。乃咲くんの超体育着は拡張性に重きを置いているからな。色々と試作品を搭載させて貰っている。身体能力を底上げするアンダーウェア型のマッスルスーツなどなど。信じ難いのは理解するが、マッハ20のタコ型超生物が目の前にいるんだ。受け止めて欲しい」

 

「……烏間さんが言うならそうなんでしょうけど。そのマッスルスーツ、他の連中にも渡した方がいいのでは?」

 

「試作品故に量産が進んでいないんだ。加えて作成費がバカにならない。極論、今回みたいな作戦が上手くいけば、その開発費は必要ないからな。その辺の有用性の確認も含めたテスターをまずは総合トップの乃咲くんにお願いしているのが現状だ。開発は世界各国の協力を受けているが、作製は国持ちだ。暗殺が失敗したら世界が終わるが、暗殺が成功したとしても、国費がなければ立ち行かない。慎重にならざるを得ないんだ」

 

「世知辛いですね………。でも、そういう理由なら納得しました。圭一がみんなの中でも精鋭なのは前原に力説されましたからね。この目で実際に見たら流石にね」

 

 烏間先生がそれっぽいことを言って誤魔化す。

 根が真面目で全面的に善人な烏間先生だ。こんな嘘を吐かせてしまったのは申し訳ない。これに関しては国家機密でも何でもないのに、俺のフォローの為にこんなこと。

 

「さて、それでは掃除を始めましょうか。今日も一日生き延びたと言う事実を掃除で実感し、一日の締めを烏間先生の"奢り"のケーキで飾る!うんうん、我ながら完璧なプランですねぇ」

 

「……くっ……!」

 

 緑の縞々をした殺せんせーが明らかに煽るように腕を組み、いつもの笑い声で高笑いする。

 悔しそうに財布を出す烏間先生に二重の意味で申し訳なくなった。嘘まで吐かせて、お金で出させて。

 

 けど、今までと違うのは……。

 次こそは、と意気込む気持ちが沈んでいることだろう。

 

「………圭ちゃん?」

 

 今後、俺は今まで通りに殺せんせーを殺しにいけるだろうか。いつもみたいに楽しくみんなと過ごせるだろうか?

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

「………はぁ」

 

 掃除も終わり、お開きになった今日の集まり。

 学秀からはこれまでの暗殺について聞きたいとカフェに誘われたが、そんな気分ではなかったので断った。

 まぁ、今日はアイツも乗り気だったとは言え、付き合って貰った自覚はあるから、そのうち埋め合わせするけど。

 

 いつぞや、カルマが飛び降りた崖に座って黄昏る。

 ここは本当に景色がいい。学校は勿論、その先で建設途中の建物まで見下ろせる。オレンジ色の太陽が照らす見晴らしのいい光景というのは、厨二病を抱えた男子が黄昏るには持ってこいのシチュエーションだ。

 

 足をぶらぶらさせて考えるのは殺せんせーのこと。

 

 いや、殺せんせーを殺そうとする自分のことか。

 

 あの時に拾ったBB弾を手のひらで転がしながら考える。このまま殺せんせーを狙い続ける。それが自分に出来るのか。

 

 今日、殺せんせーを殺しかけた。そもそも殺せんせーを殺しかけること自体は初めての事ではない。俺は、俺たちはこれまでに何度も殺せんせーを追い詰めていたのだから。

 でも、これまでは手応えはあっても、「次は殺せる」という展望が見えることはなかった。殺せんせーの方が速かった、完全防御形態という奥の手に気付かなかった、俺の全力に耐えられる武器がなかったとか、色んな理由でまだ届かないって心の中で思っていた。だからこそ、今日まで努力して来た。

 しかし、今回の暗殺でみんなはどうか分からないけど、俺は思ってしまった。展望が見えてしまった。「次は殺せる」ってボロボロの殺せんせーを見て確信してしまった。

 

 ただ一度、そんな確信を持ったからって調子に名乗るなって自分に対して思う部分もある。でも、見て思ってしまった。千葉と速水さんの撃った、たった2発のBB弾で腕を失った姿を見て。

 

"殺せんせーは、なんてか弱い生き物なんだろう"って。

 

 人間だって似たようなもんだ。銃弾1発で簡単に死ねる。でも、殺せんせーはそんな弾丸には耐えてしまう。

 けれど、殺せんせーはこんなプラスチックの弾に耐えられない。人間が当たっても痛いで済むこんな豆粒が当たるだけで殺せてしまう。水がダメで、力も弱くて、環境の変化で簡単に弱り、考えてることが顔に出て、人類によってたかって命を狙われる、BB弾1発で死ぬ、人間より強くて速くて、か弱い生き物。それも余命は残り半年未満ときたもんだ。

 

 頭の中が散らかり始める。

 殺せんせーはどんな気持ちで俺たちに命を使ってまで授業をしているのだろう。そこまでして俺たちに何を伝えたい?

 

 考えても答えは出ない。

 こういう部分で俺は、人を"見る"力が未熟だと感じる。

 

「はぁぁぁぁ……」

 

 重たいため息が口から溢れる。吸った息がそのままため息に変わるこの感じも懐かしい。入院してた頃以来か。

 

 全然答えが出せないでいるその時。

 

「そんなため息吐いて。幸せが逃げるわよ?」

 

 後ろから声がした。今までの高飛車な印象を受ける声ではなく、声は張りつつも前より落ち着いた印象を受ける大人の女性と言った感じの声になった、努力する姿勢で俺が尊敬してる人物。

 

「どうしたんですか、ビッチ先生?」

 

「どうした、じゃないわよ」

 

 なんか、こんな流れも今日2度目だな。

 何となく苦笑しつつ、自分に呆れる。夏休み前に比べてチカラを制御できるようになったからか、五感は昔よりも格段に鋭くなったというのに、ビッチ先生の接近に気付かなかった。もしくはシンプルにビッチ先生の気配の消し方が上手いってことかな。

 

「ヒナノに頼まれたの。『圭ちゃんがまた難しいこと考えてそうだから、話を聞いてあげて』ってさ。あの子、良くアンタを見てんのね。あんな良い娘をいつまでも待たせんじゃないわよ」

 

「すみません………ってのは、陽菜乃に直接言いますよ」

 

「分かってるじゃない。私に謝ってたら相手が違うでしょって叱るところだったわ」

 

 話しながらも彼女は足を進め、俺の隣に来ると同じように崖の下に脚を投げ出すようにして座った。

 

「危ないっすよ」

 

「アンタもでしょ。……んで、今度はどうしたのよ。夏休みの最後、帰りのフェリーで話した時と似たような雰囲気よ」

 

「そんなに酷いですか?」

 

「気付いてみればね。ただ、あの時よりは上手く隠せてると思う。ヒナノが言ってたのよ『あんなに色んなことがあったのに、圭ちゃんがそれでも隠すってことは相当だと思うの。だから、私よりも大人なビッチ先生に話を聞いてあげて欲しくて。色んな経験があるビッチ先生なら圭ちゃんも話しやすいと思うから』ってね。ほんと、幸せもんよ、アンタ。あんな良い娘とこんな良い女に心配されてるんだから」

 

「……陽菜乃には敵わないなぁ」

 

 しみじみと思う。前にもこんなことを思ったが、今回は心底そう思った。本当は俺の方が気を遣わなきゃいけないのに。

 色々と申し訳ないが、ここは素直に感謝して、わざわざこんな所まで脚を運んでくれたビッチ先生に話してみようか。

 

 ここで何も言わずに抱え込むことこそ、陽菜乃への裏切りだし、何より自分が何も成長してないって証明になっちまう。

 

 隣で俺が口を開くのを待つビッチ先生を横目で眺めて、自分なりに言葉と考えてることを整理して話し出す。

 

「殺せんせー、思った以上に弱かったんだなって。人としての在り方とか精神とかじゃなくて、生き物としてと言うか」  

 

「そう?機関銃の一斉放火を浴びてピンピンしてる上に小顔効果のあるリンパマッサージまでしてくる奴が?」

 

「はい。撃たれたミサイルをトロフィーにして持ち帰った挙句、撃って来た戦闘機を空中でワックスがけする奴が、です」

 

 こうして殺せんせーの奇行を並べるとか弱さのかけらもないなと思ってしまうが、それでも、俺は気付いた。いや、初めから知っていたことを改めて再認識した。

 

「それでも、彼はBB弾1発で死ぬんです」

 

「…………」

 

「俺は……ほら、両親にはこんな言い方して悪いけど……普通じゃないんで。銃弾も避けられるし、いざとなったら殺せんせーより速いし、脚をそれなりの力で振り抜くだけで衝撃波起こせるし。普通の生き物より遥かに強いから、こんな目線になっちゃったのかもしれませんけど」

 

 転がして見ていたBB弾をビッチ先生に差し出す。

 

「これは?」

 

「今日、殺せんせーの腕を奪った豆粒です」

 

「………そこまでのダメージだったのね」

 

「えぇ。スナイパー2人の狙撃を衝撃波で加速させて、殺せんせーの腕を奪ったちょうどその時にタイムアップ、暗殺失敗って運びでしたけど、多分、次があれば俺は殺せんせーを殺し切れるって思ったんです。それこそ、割とあっさりと」

 

「良かったじゃない?アイツを殺さなきゃ、地球の未来がない。アンタも、家族も、友達も、告白してくれた陽菜乃だって死ぬ。もしも本当に殺しきれたのなら、比喩なしに地球を救った英雄よ。その上に報酬も100億円。一生遊んで暮らせるじゃない」

 

「……そうなんでしょうけどね」

 

 ため息が出る。

 そうだ。そこだけ聞くと明るい未来が広がっている様に聞こえる。事実、殺せんせーを危険視する人らからしたら明るい未来なのだろう。地球が救われるのだから。

 

「じゃあ、何を躊躇うの?アンタは今、誰よりも超生物の命の近くにいる。もともとE組で腐っていた不良児が、世界を救った英雄になる。アニメとかマンガの主人公みたいになれるのよ?乃咲たちの歳なら憧れるでしょ?」

 

「憧れはしますね。短命な母を救う為に手を尽くした科学者が父親で、母体に施した手術の影響を色濃く受け継いだ強化人間が、色んな原因でどん底まで落ちて、恩師と出会い、過去を克服して、仲間たちと世界を滅ぼすモンスターを倒す。ありふれた展開ですけど、俺たちの歳で嫌いな奴はそういないでしょう」

 

「………でも、憧れはしても、好きとは言わないのね」

 

「出会った恩師の1人が世界を滅ぼすモンスターで、その上、主人公と仲間たちはソイツが大好きで、倒すってのは言葉を選ばなきゃ"殺す"ってことな訳ですからね。俺は漫画の主人公に憧れても、なりたいわけじゃないですから」

 

 そうだ。たぶん、そう言うことだ。

 魔王を倒してハッピーエンドのゲームとは違う。俺たちの人生はその後も続くし、倒した魔王こそが自分たちを底辺から掬い上げてくれた存在で、そんな相手を殺して称賛される。

 その後の人生できっと思うことだろう。今の生活は先生を殺して手に入れたものだ。とか、もしくは何かしらに嫌気が差したら、先生はこんなことの為に死んだのかとか。

 

 それに、きっとそれだけじゃない。

 

 話の本質はもっと単純で。そんな先の未来のことじゃない。

 

「そもそも、俺は、殺せんせーをどうしたいのかなって」

 

「………続けて」

 

「俺たちは殺せんせーのことが好きです。でも、俺たちは毎日、面白おかしく先生を殺そうとする日々を送っていて。俺自身、殺せんせーが部外者に殺されるくらいなら、俺の手で殺したいとも思ってます」

 

 でも………。

 

「でも……。死んで欲しい訳じゃない」

 

「……えぇ。そうね」

 

「暗殺者とターゲット。それが俺たちの関係で絆だってのは分かってますよ。けど、同時に同じくらいに生徒と教師でもある。俺はこれからもあの人に成長を見ていて欲しいし、褒めて欲しい。そんなことは前から理解してましたけど、今回、ボロボロになった先生と、それを見て惜しかったって話すみんなを見て、先生は無敵でも何でもない、か弱い生き物だって思ったら、なんて言うか、分からなくなってしまった」

 

「何が?」

 

「……俺たちの殺しを第一の刃、勉強を第二の刃って言うなら第一の刃を握る意味って言えば良いんですかね。俺はなんで殺せんせーを殺そうとしてるんだろう、殺せんせーはどうして自分が殺されそうなのに俺たちの成長を満足そうに笑うんだろう、殺すってどう言うことなんだろうって」

 

 もっと根本的に。そこを俺は理解していなかった。

 殺せんせーを殺してしまったら、次の瞬間からそこに彼はいなくて。その理由は自分が殺してしまったからで。それに俺は、俺たちは耐えられるだろうか。

 

 俺たちを育ててくれた先生。

 俺たちを守ってくれた先生。

 俺たちと遊んでくれた先生。

 俺たちを笑わせてくれた先生。

 

 そんな先生がいないと言う事実をふとした時に認識して、その理由が自分たちが手にかけたからだって理解する。それはきっと、理解しても受け止め難い苦痛なんじゃないのか。

 

 人がいなくなったと知った時の感覚は知っている。

 

 茅野が連れて行ってくれた雪村先生のお墓。あそこに立った時、頭が真っ白になった。頭の奥が痺れて、白くなり、言葉が見つからなくて、目の前の墓誌に刻まれた名前が現実のものだと認められなくて、先生が自分の為にしてくれたことを思い出して、感謝も謝罪もできない現実に打ちのめされる。

 

 あの時の思いに加えて、自分がそうした。自分が殺したと言う現実が重くのし掛かる。

 

 きっと、俺は耐えられないだろう。

 

「……そっか。ようやくそこに目を向けたのね」

 

「え?」

 

 俺の言葉にビッチ先生はまるでその時を待っていたと言わんばかりの言葉を溢し、一瞬理解が遅れて素っ頓狂な声が出た。

 

「暗殺が始まって半年以上。ターゲット殺害のビジョンが明確に見えて、暗殺も折り返しって所だけど、正直、殺す前にそこに気付いてくれて心底ホッとしてる」

 

「ビッチ先生……?」

 

 かけられた声は優しかった。向けられた瞳も同じだった。半年前、邪魔をしたら殺すとまで言い放った人物とは思えないくらいに優しくて、温もりのある瞳だった。

 

「この教室ね、異質なのよ」

 

 彼女は語り出した。抱いていた疑問を。

 

「殺せんせー。アンタたちが暗殺者になったきっかけで、どん底にいたアンタらの背中を押した教師で、単なる生徒と教師の距離感ではないくらいに仲がいい怪物」

 

「………」

 

「でもね、化け物って部分を取っ払ってアンタらの関係を私に当て嵌めるとね、私がロヴロ師匠(センセイ)を殺そうとしてるのと同じなのよ。なのに、アンタらには悲壮感みたいなのが一切なかった。いつも奇想天外な殺しを試して、殺される側も殺す側も笑ってる。そんな光景が私には歪に見えていたわ」

 

 子供の頃に殺しの世界に脚を踏み入れたビッチ先生のそんな言葉は重かった。殺せんせーを狙う側で最も死に触れた人物だからか、それとも、人を殺して怯えていた自分を救ってくれた人の大切さが身に染みているからか。

 

「だから、悩んでるアンタを見てホッとした。たぶん、その悩みに答えを出して殺しても一生引きずると思う。答えを出せなかったら尚更ね。そこを考えるのはきっとアンタたちにとっての一番の課題になるはずよ。殺せる殺せない以前に、殺したいか殺したくないか、死んで欲しいか死んで欲しくないかってね」

 

「……難しい課題ですね」

 

「そうでしょうよ。私なんてその繰り返しだわ。ハニートラップを仕掛ける以上、相手の好みは調べるし、何が苦手なのかも知ってる必要がある。いざ殺すとしても相手の懐に潜り込んだあとのこと。でも殺す段階になった時には相手のことを私は知ってしまってる。相手がどんな人物なのかをね。仕事と割り切っても、忘れることはできない。その経験が次に繋がるかもしれないから。そうして仕事をこなした分だけ記憶に残るの。どんな人物を、どんな手で、何人殺したのかがね」

 

 なんとなく、"らしい"と思った。

 出会ったばかりの頃は殺し屋とか殺人鬼とか思ってたけど、それでもあの頃からそう言う甘さみたいなのは出ていた。

 多彩なこの人なら、あの頃の俺たちなら思うがままに操る方法とかあっても不思議じゃない。でも、それをしなかったのはビッチ先生の人間性がラインを見極めていたからだろう。

 

「今回、ヒナノが頼ってくれて良かった。流石にアンタのその悩みは平和な国で育った普通の女の()には重すぎるもの。もちろん、平和な国で育った"普通"の男の()が悩むには重い問題でもあるけどね。あの子の選択は間違ってなかったわ」

 

 やたらと普通と子を強調するビッチ先生。

 彼女からすると、俺は男の子って呼ばれる子供で、平和な国で育った一般人でしかないのか。

 まだまだ子供だと言われてる様な、それでいて、殺し屋としての経験から普通を大事にしなさいってメッセージでもあるような。やっぱり女子語は難しい。

 

「精々悩みなさいな。まだまだ青いガキのケツを拭くくらい、私でもできるんだから。自分なりに考え抜いたなら走ってみなさい。オトナが見守ってくれるうちにね」

 

「……はい、もう少し考えてみます。どうして殺せんせーを殺すのか、他に道はないのかって」

 

「よしよし、案外、子供らしい素直な部分もあるじゃない。今はそれでいいのよ、ケーイチ」

 

 初めて下の名前で呼ばれて、頭を撫でられた。

 ……なんかズリー。ガチで子供扱いじゃんか。

 

「……………折り返し地点か」

 

 実際、そうなのかもしれない。期限としてはもうとっくに折り返してるが、ターゲットを殺す見込みが出た今がそうなんだろう。一心不乱に向かい続けてようやく掴んだ標的殺害の目処。

 殺せる確証を持った上で自分にもう一度問い掛けてみる。彼を殺すべきなのか、自分は殺したいのか、死んで欲しいのか。

 

 なんて言うか、今年は悩んでばかりだ。人生で最大の悩みを解決したと思ったら、恩師の命を奪うかどうかを迫られてる。

 

 先生の命、陽菜乃からの告白、自分の進路。

 

 我ながら節操のないラインナップだが、それでも自分なりに選んで答えて、果たすしかないのだろう。

 少なくとも何かを選ばないことには何も始まらないし、終わることすら出来ないのだろうから。

 

 結論を出すのは学園祭が終わってからにしよう。

 俺がどうしたいのか、どうするべきなのか。殺せんせーと仲間たちと全力で過ごしながら。




あとがき

はい、あとがきです。

みんなより先に暗殺教室の魔法が解けてしまいましたね、圭ちゃん。
殺せんせーをめちゃくちゃノリノリで追い詰めて、いざ殺せると確信した途端に冷静になってしまった。あんなに無敵ぶりを見せつけてきた殺せんせーはBB弾1発で死ぬのだと。

さて、うちの子はどんな結論を出すのやら……。

次回から学園祭編です!
なんか、原作はまだ10巻以上あるのに、学園祭が来ると終盤に来たんだなぁって感じがするのはどうしてなんでしょうね……。

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