暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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 小さい頃からずっと周りが羨ましかった。

 きっと幼い俺の根底にあったのは、嫉妬や僻みなんだろう。綺麗とは言えない感情をずっと煮詰めて生きて来た。

 

 世の中には俺以上に恵まれない子供や不幸な奴がいることなんて分かっていたつもりだった。

 片親どころか両親が居ない奴、親に捨てられた奴、逆に子供を失った親だったり、理不尽に大事な人を奪われる奴。

 

 そんな奴らに比べたら俺は幸福だった。

 食う物に困らず、家に1人という訳でもなく、欲しいおもちゃは苦もなく手に入り、片親の苦労や不便とは縁なく生きて来た。

 でも、幸福な奴にもそれなりの悩みはあるもので、なんでも手に入る分、手に入らないものが余計に羨ましかった。

 

 俺にとって、それは家族との時間だった。

 だから、羨ましかった。ゴールデンウィークとか夏休みとか冬休みに家族と出掛けたと自慢する奴らが。お母さんとお菓子を作ったとか、お父さんが遊んでくれたとか。そんな言葉が聞こえるたびに羨ましくて、妬ましくて、どうして自分にはそれが手に入らないんだろうって悔しかった。

 

 父は科学者だった。世界的にも有名で、サイエンス系の雑誌や番組ではレギュラーで、一時期は科学者とタレントどっちが本業か分からないほど引っ張りだこだったことがある。

 そんな父が忙しいのは当たり前だと思っていた。家にいないのも仕方ないと思っていた。トメさんに俺が寝かしつけられた後に帰って来るのはいつものことで、自然と気を使うようになった。子供の癖に、お父さんは忙しいんだと賢いフリをして、自分から距離を置いていた。

 

 俺にとって父は、テレビの中の人だった。

 たまに早く帰って来た時、幼稚園だとか学校であったことを話すくらいしか接点がなかったのだからそれも当然だ。

 けど、どんなに聡いフリをしても、子供心に自分を納得させても、我慢できないことってのはあるもんで。ある日、父と同じ番組に出ていた子役が彼と話しているのを見て思ったことがある。『どうして他所の子と話すの?』と。

 

 それ以来、父さんが出る番組を見る回数は減った。

 

 子供の頃から俺は褒められることが多かった。

 ずっと悩んでいた、『流石、乃咲先生のお子さん』というものが大半だったが、そんな枕詞の付かない褒め言葉の中には、おねしょしたことがなくて偉いというものがあった。

 

 事実、俺は物心がついた頃……オムツが取れて、トイレに1人で行くようになってからおねしょをしたことは一度もない。

 でも、それは躾がどうこうというより、小さい頃から経験していた地味に嫌だったことが起因だろう。

 

 俺は父さんと一緒に寝たことがない。小さい頃から自分の部屋があって、父さんの部屋とは別だった。

 周りからはそれを話すと『かっこいい』だとか『羨ましい』だとか言われたが、俺からしたら寂しいだけだった。

 

 トメさんは俺を寝かしつけるまで一緒にいてくれるが、寝たら居なくなって家事とかに戻ってしまう。

 父さんは基本的に俺が寝た後にしか帰ってこないし、同じ部屋にいないから当然同じ布団にいたことはない。

 

 夜中、ふとトイレに行きたくなって目が覚めた時はとことん寂しかったし、怖かったのを覚えている。

 一緒に行ってくれる人がいないから1人で豆電球の薄暗い部屋から出ると、続くトイレまでの長い道。照明のスイッチまで微妙に遠くて、時々聞こえる家鳴りが怖くて、そんな廊下を歩くのが嫌で、寝る前は必ずトイレに行くようになった。

 

 そんな夜のトイレを済ませても、幼い少年の苦悩は続く。

 

 想像したことはないだろうか?ベットから脚を下ろしていると床との隙間から手が出て来て掴まれる妄想、クローゼットや扉の隙間から誰かがギョロリと覗いてくる光景、外の風が誰かの声に聞こえたり、布団から身体が出ていると誰かに掴まれるんじゃないかって、根拠のない怖いシチュエーション。

 

 いくら1人で寝ることに慣れていても、子供は子供。やっぱり怖いものは怖い。

 だから、少しでも気を紛らわす為に布団を被る。枕や毛布を抱きしめて、身体が布団から出ないように丸まって眠る。

 

 例えトイレの為に起きなかったとしても、夜に目が覚めたらずっとそうしていた。布団を被って、枕を抱いて、丸まって、目を瞑って夜が過ぎるか、眠りに落ちるのを待ち続ける。

 

 なんの変哲もない、子供のあるあるだろう。

 

 けど、そんな思いをしても親がいてくれるから大丈夫とか、一緒に寝てくれるから平気だとか、そんな安心感は俺にはなかった。目が覚めた時に視界に入るのは体温を持った誰かではなく、抱いていた枕だったから。

 

 それが幼い俺の日常だった。

 1人で起きて、トメさんのご飯を食べて、学校に行って、褒められて、周りの子供を人知れず羨んで、また1人で寝る。

 

 だから、俺は欲しいおもちゃを買ってもらったとか、カードゲームでレアな奴が出たとか。そんなことよりも川の字で寝るとか、自分の部屋がないから親兄弟と寝てるとか言ってる同級生たちがずっと羨ましかった。

 

 まだ幼かった俺の記憶に、一緒に寝て、朝まで誰かがいた光景はただの一度もありはしなかった。

 

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⬜︎

 

⬛︎

 

「……んぁ?」

 

 目が覚める。どうやら朝が来たらしい。

 

 暗殺が始まってからは規則正しい生活を送っている。

 不良児から完全な健康優良児へジョブチェンジを果たしたことを誇ると同時に内心ではもう少し寝てたい気持ちを噛み締め目を開けた。いくつになってもこの瞬間の自分は強敵である。

 

「あー……またやってる」

 

 ぼやけた視界が晴れ、体の感覚がはっきりしてくると、自分がどんな寝相だったのか分かってくる。

 妙な肌寒さと腕や太腿の間にあるゴワゴワした感触。俺の視界には丸まった布団とそれを抱き抱える自分の四肢があった。

 

 昔の癖のせいか、たまにこうして布団を抱いて寝てることがある。寝る前は特に何も抱かず、枕は頭にあって、布団はしっかり自分に掛かっていたのに、目が覚めるとコレだ。

 

 小学生の頃、初めての外泊行事の時に周りに見られるのが恥ずかしくて矯正したはずの抱き癖だが、たまにこうして思い出したみたいにやらかしてしまうことがある。

 中学生3年生にもなって、何かを抱いて寝る癖があるというのはやっぱり恥ずかしいよなぁ……。

 

 いつもこうという訳ではない。本当にたまにやるくらいだった。修学旅行とかでやってたら間違いなくカルマ辺りにおもちゃにされてただろうから、その時期は確実にやってない。

 

 しかし、きっかけになったことなら心当たりがある。

 恐らくは……夏休み中のあの時だろう。

 

 なし崩し的ではあった、彼女曰くイタズラだった。

 

 でも、初めての経験だったのは確かだ。朝、目が覚めた時に自分以外の体温を感じたのは。比喩でもなんでもなく物心ついてからは一度たりとも経験したことがないことだった。

 

 目が覚めたら同じ布団に誰かがいる。たったそれだけのことに言い表せないくらいの幸福感が確かにあった。

 

「…………湯たんぽ抱き枕でも買うかな」

 

 これからの時期、絶対にこれをやったら風邪を引く。その対策は考えた方がいいのかも知れない。

 呟きながら着替え、朝飯を食べて、いつも通りの道で学校に向かう。今日は朝練をする日だけど、彼女はいるかな。

 

「あっ、圭ちゃんおっは〜!」

 

 いた。なんなら俺よりも早く来ていた。

 

「おはよう。流石に早くないか?」

 

「だってあんまり遅いと圭ちゃん待たせちゃうし」

 

「女子なんだから、あんまり身体冷やすもんじゃないよ」

 

「身体が冷えるのに男も女も関係ないよ〜だ!」

 

 ああ言えばこう言う。でもまぁ、このテンポの会話は嫌いじゃない。変な沈黙があるより気楽だ。

 

「………じぃ〜」

 

「どったの」

 

「名前……。まだ今日は呼ばれてない」

 

「………陽菜乃」

 

「うん!」

 

 名前を呼んだだけなのに笑ってくれてまぁ。

 安上がりなのか低燃費なのか。

 

「ん!」

 

「はいはい……」

 

 名前を呼ぶのが遅かったからか、繋げ!と言わんばかりに手を伸ばしてくるので苦笑しながら握った。

 手のひらから伝わる熱は温かくて、あの日のそれと変わらないように思う。だからこそ、俺は答えを出せずにいる。

 

 一緒にいてくれた陽菜乃だからいいのか、一緒にいてくれるなら陽菜乃でいいと思っているのか。

 

「よーし、じゃあ今日はこのまま走ろう!」

 

「流石に危ないぞ……?」

 

 俺の気持ちはどっちなんだろう……?

 今日も今日とでそんなことを考えながら俺は歩き慣れた通学路を進む。あと5ヶ月でこの一年が終わる。

 終わってしまった時、この道は地球諸共なくなってるかも知れないし、そうじゃなくても俺たちの教室に行く為にこの道を歩くことはどっちみち歩くことはないのだろう。

 

 思考を回しながら歩き続けた。一歩一歩踏み締め、手から伝わる体温を記録する様に考え続ける。

 自分はどうするべきで、何をしたいのかを。

 

 

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