暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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先週は急遽休んでしまい、申し訳ございません!!
ちょっと体調を崩してました……。今回から復帰しましたので、今回も何卒お付き合いください!

UA637000件、お気に入り3820件!
加えてたくさんの高評価、感想ありがとうございます!


141話 学園祭の時間 4時間目

 

「なぁ、昨日の売り上げ速報みた?」

 

「うん。見た。A組に思った以上に大差付けられてるね。定期的にお客さんで席が埋まったりしてたからうちらのボロ負けってことはないけど……」

 

 通学路を歩いていると、次々とクラスメイトたちと出会った。最初から一緒にいたヒナはもちろん、途中合流したカルマや菅谷、三村に片岡や矢田さんなどなど顔見知りと一緒にゾロゾロと歩く通学路で持ちきりだったのはやはり学園祭のことだった。

 

「私らもかなり良い線は行ってるはずだよ?なのにこんなに差がつくのはなんでなんだろう?」

 

「やっぱり浅野くんの集客力とか大きいわよね」

 

「それもそうだけど、それだけじゃないだろうな」

 

「どういうこと?」

 

「アイツら、教室を二つ使ってるんだよ。本校舎の一部の特殊な教室は部屋を数枚の引戸で仕切ってるだけだから、必要に応じてイベントを切り替えられる。教室Aでイベントが終わったら教室Bで別のイベントをってのを交互にな」

 

「ふむふむ……」

 

「そんでイベントタイプの出し物は入場料が掛かる。入ったタイミングで金を取るんだな。教室Aのイベントが終われば、教室Bのイベントが始まる。これを繰り返すことで客から延々と入場料を取るって仕組みだろうな」

 

「そんなに上手くいくの、それで……?私だったら入場料が勿体なし、次のイベントが始まるまで待つけどなぁ」

 

「そこが浅野くんの上手い所よね。AとBではそれぞれ違うイベントをしてる。Aでアイドル、Bでお笑いって感じで。一枚壁を挟んだ向こうで違う盛り上がり方をしてたら気になるだろうし、アイドルライブチケットとか普通は八千円以上、お笑いの場合はかなり上下幅あるけど、それでも千円以上する。それが500円で見れるなら……財布の紐も緩くなるってことよね?乃咲くん」

 

「片岡が言ってくれた通りだ。それに加えて、アイツの場合は呼んでるアイドルも芸人も人気がある人達だからお得感も強いだろうし、なによりスポンサーが無償提供してる飲食物を無料で出してるから、掛かるのは入場料の500円だけ。そんなワンコインでアイドルもお笑いも堪能しつつ、ジュースもポップコーンとかも無料で飲み放題。そりゃあ、人気も出るわな」

 

「うげぇ……マジかよ。聞いてて素直に行ってみてぇって思ったのがなんか悔しいんだけど」

 

「………あとは、俺の考えすぎかもしれないが……。ある程度はうちらへの妨害の意図もあるだろうな」

 

「そう?」

 

「だってアイドルも芸人もノーギャラで出てる、飲食物も無償提供。入場料の500円はそのまま利益になるけど、それだったら、俺ならドリンクバー100円、食べ放題100円とか値段付けるな。イベント系の最大単価は500円って決まりがあるけど、そこで提供するモノに値段を付けちゃいけないって決まりはないからな。稼ぐならやりようはある。でも、アイツはそれをしない。学秀なら考えついても良いはずなのに」

 

「それは……確かに。そんだけ色々と充実してるなら、ドリンクも食べ物も屋台の最大単価の300円は取ってもいい気がする。それをしないのが浅野くんの策ってこと?」

 

「たぶんな。俺が客でもそんだけの充実ぶりなら普通に金出すと思うし。でも、それをやらないのは『たった500円でこんだけ楽しめんの!?お得じゃん!!』って部分を最大化させる為だろうな。イベントを教室を切り替えながらやることで値段と内容で客を巧みに誘導して延々と500円を搾り取りつつ、『あ〜楽しかった』ってなる頃には腹もぱんぱんだろう。それこそ、わざわざ山を登ってまでつけ麺食べに来ようとは思わないレベルで」

 

「……そっか。俺も山登ってつけ麺食うより、たった500円でそんだけ楽しめるイベントあるなら、そっちに行くわ」

 

「んで、これがクチコミで広がって客は本校舎の方に流れるわけね。その上、A組のイベント会場は割と昇降口に近いから、下手すると奥の方まで客が行くことなく、A組で満足して帰る可能性すらある。相変わらずあの坊ちゃん凄いねぇ……E組(うちら)どころか、他のクラスすら潰しに行ってるじゃない」

 

「あぁ。これが普通の団体主催のイベントとか祭りなら、人気のある店は奥の方に配置してそこに至るまでの客の興味を惹こうとするもんだけど、うちらの場合は出し物対決なわけで……。場所取りも重要な戦略だしな。普通なら抗議とか行きそうなもんだが『あの浅野くんがやってる』ってことで大体の生徒は盲信する。正面からやり合うには手強すぎるんだ、学秀は」

 

 ぼやきながら歩く通学路は、何故だか普段よりも人通りが多い。学園祭の開店準備の為にある程度は早く出てる俺たちと同じくらい早くからこれだけ人が歩いてるのは珍しい。

 

「やっぱり、なんだかんだ圭ちゃんと浅野くんはライバルなんだね。手放しでそう評価してるの聞くと思うよ」

 

「……まぁ。でも、実際その通りだしな」

 

 そう思うと、浅野親子は少し強さのベクトルが違うよな。

 学秀の方は確かに小細工もするけど、基本的には盤外戦術は使わない。棒倒しの時の外人部隊もどちらかと言えば事前準備で通るだろうし、カメラで俺らの位置を把握していた以外に小細工はなかった。事前準備して正面から叩き潰そうとするのが学秀のやり方だと思う。

 そして浅野先生は盤外戦術を多用する。正面から戦っても最強レベルだが、そもそも戦わせない手段を取る。強いからこそ正面からやろうとするのが学秀で、強いからこそ戦わずして勝つのが理事長と言ったところか。

 

 けどまぁ、こんな考えをしていても今はあんまり意味はないか。既に俺たちは同じ土俵に立ってしまっている。もはや今の俺たちは戦わずして勝つ策なんて取れっこない。

 そんなことを思いながら、それでも今からでも打てる最善手を考える。少しでも売り上げを伸ばすなら、山の入り口あたり……寺坂たちがアッシーしてるあたりでサイドメニューでも売ってみるか?うなぎ屋は煙を食わせるとか言うし、それに倣って露天焼きでもしてみれば……いけるかな……?

 

「ちょっ……!?なんだこれ!?」

 

 顎に手を当てながら客引き方法を考えていると先頭を歩いていたら岡島が驚愕の声を上げていた。

 何事かとヒナと顔を見合わせてから駆け足で立ち尽くす彼の方に寄り、彼の立ち尽くす、E組の山への道が見え始める曲がり角で同じ方向をみると、確かにそこには思わず声を上げるくらいの驚嘆に値する景色があった。

 

「…………すっげぇ、なんだこれ」

 

 愕然と視線を向けた先には、かつてないほど人で賑わうE組の山があった。正確に言えば、俺たちの校舎に通じる道。昨日は殺し屋や顔見知りばかりがいた俺たちの出し物の会場に続く道に長蛇の列という言葉が生温く感じる程の人混みがあった。

 本校舎からE組の校舎まで約1キロ。少なく見積もって1mに1人くらいの感覚で並んでいたとしても、軽く千人は越える人達がまだ開店すらしていない俺たちの店に並んでいた。

 

『いま、軽く原因を調査してみたのですが……どうやら、1人のインフルエンサーが私たちのお店を紹介したようてす』

 

「インフルエンサー?」

 

『はい、正確に言えば個人で運営しているブロガーですね。食レポ専門のサイトらしく、本人は裕福な家庭で育ち、親から貰ったお小遣いで食べ歩きしているから舌には自信があるようです。実際、彼のレポートはかなり正確らしく、当たりが多いとのことで食通たちからは人気があるみたいです』

 

 律から入った補足説明に俺は首を傾げた。

 それっぽい人なんて昨日いただろうか?偏見なのは分かってるし、ボンボンってところでは人のこと言えないけど、金持ちのボンボンで、そんだけ影響力がある人なら……なんとなく、それらしい目立つ格好してそうなイメージだが。

 

 そんな俺のスマホに律はサイトの運営者の顔写真を表示させた。割と記憶に新しい上に、俺たちに因縁というか、縁がないわけでもない相手。特に渚にとってはそうだろう。

 

「ユウジくん……!?」

 

 法田ユウジ。普久間島と学園祭初日で俺たちが遭遇した男。普久間島では渚の気を引くためにダンスを披露した結果、ヤクザにぶつかり、人目を集めるなど迷惑を掛けられたが……。

 頭の中にあった、彼への印象を思い返しつつ、律が送ってきたグルメブログに記載されたE組の紹介記事を見る。

 

【椚ヶ丘の学園祭でメチャ美味い出店と出会いました。詳しいメニューは次の記事で書くけど、人生観が変わりました。不利な立地を逆手に取った自給自足の食材の数々!『欠点や弱点を武器に変える』店で働く友達がそう言ったのを聞いて……偉大な親の影に隠れて甘やかされて、それに後ろめたさを感じていた自分が……なんかアホらしくなりました。甘やかされた小遣いだって自分の武器。皆の役に立ちゃいいので、開き直ってオススメ情報を発信します!まずは人生観の変わる山の上の店、味わえるのはあと1日だけ!】

 

 綴られた紹介文の中には俺たちが作ったホームページへのリンクと渚が食わせたであろうメニューと味の評価や感想が並び、閲覧者用のコメント欄には前向きなコメントが寄せられていた。

 

「友達だってさ、良かったな。渚」

 

「……うん」

 

 昨日、酷いことをしてしまったと落ち込んでいた渚の肩を叩き、目の前の長蛇の列を改めて見つめた。

 人の縁ってのは不思議なもんだと改めて感じた。正直に言えば、余裕がなかったのもあって夏休みでは邪魔だとしか思わなかったのに、たった数分だけの付き合いだったはずが、いま、こうして千人以上の人物と接する機会を運んできた。

 弱点を武器に変えるというのは、殺せんせーの教えだ。彼の言葉を受け継いだ渚がたった数分の出会いでこれだけの人数を引き込んでくるチャンスを運んで来た。

 

 思わぬところで、思わぬ誰かの言葉が意図せず誰かを救うこともあるのだろう。なんとなく、そう思った。

 

 思えば、昨日来た客のほとんどが今年出会った人だった。迷惑を掛けた人だったり、知らぬ間に同じ標的を狙っていた相手だったり、迷惑を掛けられた相手だったり。

 ビッチ先生がよく言う技術と知識と人脈があるのがプロなのだという言葉の意味を漠然とだが理解できた気がする。

 一つ一つの縁を大事にすれば、意外と大体のことはなんとかなるのかも知れない。もちろん、なんとかならない例外もあるのかも知れないけど、そんな例外を作らない為にも人との縁は大事にするべきなのかもな。

————アイツにはそう言う出会いはなかったのかな。

 ふと、とある人物のことが脳裏をよぎったが……まぁ、今は目の前の学園祭を全力で楽しみに行こう。

 

「こんなところでぐだぐだしてらんねぇ!いくぞみんな!早く行って開店準備しようぜ!!」

 

「だな、よぉーし、A組に追いつくぞ!」

 

「「「おーう!!」」」

 

 やる気いっぱいの声が響き、俺たちは教室に向かって駆け出す。道中、まさかのテレビの中継カメラまで来てるのが目に入り、流石のみんなもそれには思わず一時停止したが、それでも何とか気を取り直して再び駆け出す。

 棚から牡丹餅というか、本当に狙って手繰り寄せたチャンスでないことが口惜しいけれど、みすみす逃す手はない。

「うんうん……。みんな、頑張って!」

⬛︎

 

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 山の中を全力疾走することしばらく。ようやく迎えた休憩時間に俺は適当な木陰に腰を下ろし、肩で息をする。

 

「ぜぇ……ぜぇ……っくそ、訓練以外で息が切れるのいつ振りだ……?まだ鍛え方が甘いな……」

 

 ユウジくんの影響力は想像以上に大きく、予想外の客入りに急遽机や椅子をありったけ出して客席を増設。それに伴って俗にいうホールスタッフを増員することになり、材料調達班から数名引き抜かれることになった。

 俺はそれと引き換えに状況に応じて役割を変えるのではなく、調達班専属になり、ゾーンをフル活用しながら、出来るだけ素早く食材を供給できるように山中を駆けずり回っていた。

 

「ヌルフフフフ、お疲れ様です。乃咲くん」

 

「あ、殺せんせー」

 

「一杯頑張ってるようですねぇ。これ、差し入れです」

 

「ありがとうごぜーます」

 

 渡されたスポドリを受け取って一気飲みする。

 汗だくになった身体に程よく冷えたスポドリが沁みる。運動後の冷たい飲み物は本当に美味いよな。

 

「大活躍ですねぇ。キミがこちらで頑張ることで接客班に人員が増えた。そのおかげでお客の回転率も良好です」

 

「そいつはなにより……」

 

 それで売り上げが上がるのは願ったり叶ったりだ。

 回転率が上がれば、長い行列にげんなりして列を離れて客が本校舎に持ってかれることも減るだろう。

 

「どうです?キミの見立てでは実際のところ……A組に勝てると思いますか?」

 

「……どうだろうな。正直な話をすれば厳しいと思います。どんだけ回転率を上げても、列に嫌気がさして並ぶことすらしない人もいるだろうし、そういう人は折角来たんだからって本校舎の方に行くでしょう。そんで、そこで一番目につくのはA組でしょうし。追いつけても抜かすのは至難かと。もう一つ心配が」

 

「ほぅ、それはどんな?」

 

「……山の材料に底が見え始めました。最初は少し動けばすぐに見つかったのに、今は息を切らしながら駆けずり回ってやっとっす。少し足を伸ばせばまだまだあるだろうけど……。採りすぎると生態系が崩れるんじゃ?って」

 

「ヌルフフフフ、正解です。環境に配慮できる視点は素晴らしい。もしかしなくても……倉橋さんの影響ですね?」

 

「………動物と戯れてるところ見るの好きなんで」

 

 朱色の二重丸を浮かべた殺せんせーは自然に目を向けた。

 微笑み、慈しむように、木々や草木を見た後で俺を見る。

 

「どうでしたか、この学園祭は?きっと普段の生活ではあまり目にすることのない部分に触れることが出来たでしょう」

 

「はい。なんていうか、縁って大事なんだなぁって今更ながら感じましたよ。ビッチ先生の言葉の意味も分かった気がします」

 

「えぇ。私もそれを知って欲しかったのです。生態系とは食物連鎖で、生き物たちが紡いで来た行動が"()"となって恵みになる。どれほどの縁に支えられて今日まで生きてきたのか、これから何を大事にするべきか」

 

「………実際、俺たちはA組には多分勝てない。それは、きっと学秀が今日まで広げてきた交友関係という名前の縁を大事にしてきたから。だからこそ、次があるのなら、負けないように。これからの縁を大事にします」

 

「大正解です!思いがけない自分の言葉が、思いがけない誰かの救いになることもあれば……思いがけない誰かの傷になることもある。今回の法田くんと渚くんのようにね。それを忘れず、仲間と自分の言葉を大切にしてください」

——それは、実体験ですか。殺せんせー。

 殺せんせーに頷き、俺は何気なく想いを馳せた。確かに縁というのはバカに出来ない。もしかすると……俺たちと殺せんせーを繋いだ縁も何処かにあるのかな。

 

「殺せんせー。たぶん、今回も授業だったんでしょうけど……教えてくださいよ。俺たちとあなたを繋いだ縁は何なんですか?」

 

 何気なく問いかけた質問に彼は空を仰いだ。

 まるで、そこに誰かいるみたいに。

 

「いろんな縁がありました。私の教師としての先生、触手を作ったキミの叔父、そして私がこの姿になるきっかけとなった……教え子。どれから話せばいいでしょうか……」

——教え子。やっぱりアイツのことだよな。

 少し意外だ。また笑って誤魔化されると思っていたから、話す姿勢を見せてくれたことに驚いた。

 

「先生の先生ってどんな人だったんです?」

 

「ふむ……。そうですねぇ。とにかくめげない人でした。いつも溌剌としていて笑顔の絶えない……そんな女性でした」

 

 女性か。ここでヒトと言わないのはあえてそうしているのか、あるいはヒト、隣人としてではなく、その人物のことを無意識に女性として見ていたという裏返しなのか。

 

「その人は?」

 

「…………亡くなりました。私が浅慮だったばかりに」

 

 問いかけて、しまったと口をつぐもうとした時には遅かった。女性でした(・・・)と過去形な時点で察するべきだった。

 

「ごめんなさい……」

 

「キミが謝ることはありません。でもね、私は彼女から見てもらえる嬉しさを教わったのです。だから、それをキミたちに返したい。それが私が教師になった理由でしょうか」

 

「……そうですか」

——答えになっていない。

 自分がされて嬉しかったことを伝える為に教師になった。救急隊員に救われた子供が同じものを志すのと同じかな。

——それは、動機であって、俺たちとの縁じゃない。

 そういうことなら理解できる気がする。別に俺は烏間先生や殺せんせーに憧れたから、2人と同じ職に就きたいとは思わないけど、でも、彼らがしてくれたことを誰かすることを憚ることはしないだろう。

——なんとなく疑問があった。なぜ、彼はわざわざ椚ヶ丘中学校のE組の担任になると名指ししたのか。

「いつか、その人のこともっと聞かせてください」

——彼の"先生"について思い当たるヒトがいる。

「ヌルフフフフ、キミが私を殺せる日が来たらその時に」

——人柄も、亡くなっている事実も重なる女性が。

「………そうですね、もしかしたらテスト明けにでも、また暗殺を仕掛けるかもしれません」

——きっと、そういうことなのかも知れないな。

「えぇ。楽しみにしています」

 

 頭の中にふと過った可能性を頭の片隅に置き、俺は殺せんせーに倣って空を見上げた。雲はあるが、何処までも広がる綺麗な青空がそこにあった。

 結局、覚悟はまだ出来ていない。殺すか殺さないか。やっぱり俺は殺せんせーが好きなんだろう。

 

「……なぁ、殺せんせー」

 

「どうしましたか?」

 

「もしもだぞ。らしくないことを聞くのは分かってる。でも、答えてほしい。俺が本当にアンタを殺す瞬間が訪れた時。きっと葛藤すると思う。悩んで、考えて、その果てに手を下すことを選んだとしたら……アンタのことが嫌いってことになんのかな」

 

 自分でも答えは持ってるつもりだった。憎くて殺すわけじゃない。嫌いだから殺すわけじゃない。でも、それは殺す側の一方的な言い訳に過ぎないんじゃないかって思った。

 

「いいえ。そんなことはありません。私はキミから悪意を感じたことはない。出会った頃は猜疑心こそあれど、それは抱くのが自然なものでしかない。カルマくんとイタズラすることはありますが……。私はキミに嫌われているとは思いません」

 

 けど、殺せんせーは俺を見た。いつもと変わらない笑みでそう言ってのけた。少し前、俺に片腕を奪われるほどの攻撃をされ、あと歯車が少しだけ噛み合ったのなら死んでいたかもしれないのに。どこまでも穏やかな微笑みで。

 

「だからね。いつでも殺しに来てください。本当にキミに私を殺す覚悟が出来たのなら……最期にキミの成長を見せてください。もしも、彼女に会えたのなら……その時に、キミたちを自慢できるように。キミたちとの縁を誇れるように」

 

 触手が優しく俺を撫でた。

——肯定して欲しかった。

「………分かった。覚悟が出来たら……殺します」

——殺すというのは嫌うことなのだと躊躇えたのに。

「さて、それでは学園祭を楽しみましょう!もしかすると最後の学園祭になるかもしれませんからねぇ!ヌルフフフフ!」

——口に出したからには……殺さないと。

「せいぜい、最後にならないように足掻きますよ。だから臆病風に吹かれて逃げないでくださいね。」

——それが、俺の人生で憧れた姿なのだから。

「その調子です!さぁ、あと少しだけ頑張りましょう!」

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

 山を駆けずり回ることしばらく。どうやら校舎の方の在庫も尽き始めてきたらしい。そんな中で村松から連絡があった。

 

『悪りぃな乃咲。ずっと山ん中走らせてよぉ……』

 

「気にすんな、みんなやれることをやってるんだ。正直言えば疲れてはいるけど、この山を走ることは嫌いじゃないから」

 

『へへっ、そう言ってくれるとこっちも気が楽だ。実は大体のメンバーが昼休憩を取ったからよ、次はお前が取ればいいんじゃないかって思ってな。賄いもあるぜ?つけ麺だけどな!』

 

 そう言うことか。そう言えば、水分補給で休んだりはしたけど昼休憩はまだだったな。

 初日の一番最初に休憩に行かせて貰ったから、今日は一番最後で良いと実はみんなに予め伝えておいた。

 昨日と違って今日はとんでもなく繁盛してるし、他の出店を回る時間もないだろうから、ヒナと時間を一緒にしてるわけじゃないし、みんなも特に気にすることなく頷いてくれた。

 

 しかし、俺の中には一つだけ心残りがあった。

 

「村松、近くにヒナはいるか?ちょっと聴きたいことがあってさ。1分あれば確認できるんだけど……」

 

『ったく、人のスマホであんまイチャつくなよ?おーい!倉橋ぃ!お前の彼氏が話したいとさ!』

 

「彼氏じゃねぇけどな……」

 

『そう思ってねぇのはお前ら2人だけなんだよ……。人の色恋にとやかく言うつもりはねぇけど、あんま待たせてやんなよ』

 

「……善処する」

 

『頼むぜまったく……』

 

 スマホの奥からパタパタと駆け寄る声がする。

 厨房で走るのは……とか、思ったけど村松が休憩中で厨房の外にいる可能性もあるし、気にしなくて良いか。

 

『はーい、お電話変わったよ〜!』

 

「ヒナ?悪いな、走ってきて貰って」

 

『うんん!気にしないで!それよりどったの?』

 

「例の件について聴きたくてさ」

 

『例の件……あぁ、渚くんのお母さんね。まだ見てないよ』

 

「……そっか、ありがとう。引き続き頑張ってくれ」

 

『うん、圭ちゃんもね!』

 

 手短に要件を済ませて息を付く。

 まぁ、かなり忙しそうな人だったもんな。できるキャリアウーマンみたいな感じで。もしかすると、来れたとしても時間ギリギリになるかも知れないのか。

 しかし、そうなると……少し心配だ。このままだと来たのは良いけど、品切れで何も出してあげられません。みたいな味気ない感じになってしまうだろう。

 テレビでも中継されてたし、グルメブロガーに紹介されたことでかなりE組の魅力みたいな部分は出せたが、折角なんだから、この山の良さみたいなのを知ってほしいと思ってしまう。

 

『よぉ、変わったぞ。なんだ?渚の母ちゃん来んの?』

 

「あぁ。口約束だけどそう言ってた。村松、悪いけど俺の1食分は本当にあの人が来た時の為に取っておいてくんないか?折角来たんだし、美味いもん食わせたいだろ?」

 

『……はぁ。お前、本当にそういうところだぞ乃咲。なんで渚すっ飛ばしてそんなやりとりしてんのか知らねだけどさ……しゃーねぇ、一食分は取っといてやらぁ。けどお前が食わねぇのも許さねぇぞ。そんくらい俺がなんとかしてやるから、さっさとメシ食いに来い!美味しんぼごっこに付き合わされた代金はそれでチャラにしてやるからよ』

 

「……お前も大概いい奴だな。んじゃ、お言葉に甘えるわ」

 

 電話を切って、移動を始める。

 教室に向かって歩きながら、採取できるものは採取して、無線の方でみんなに休憩に入ることを伝える。

 戻る頃には、客足も多少は落ち着き始めたのか今朝程の列はなく、ピーク時の飲食店特有の戦場のような空気は薄まっていた。

 

 村松と原さんが用意してくれていたメシを食って、落ち着いてから再び山に戻る。その頃には、殺せんせーから皆に向けて俺に言ったようにこれ以上は生態系を壊してしまうかもしれないから打ち止めにすること。そして様々ないモノとの縁を大事にすることと言う金言を伝えられ、客足が落ち着くのとタイミングを同じくして緩やかに店を閉めることになった。

 

 最後の客で最後のサイドメニューが品切れ。

 残ったのは俺が依頼していた一食分のどんぐりつけ麺と一杯分の山ぶどうジュースだけ。

 売り上げとしては上々どころか初日の遅れをひっくり返すほどで、どうやら学秀たちを抜いた時期もあったらしい。

 

「くぅー!勝ちたかったなぁ……!!」

 

「いや、これ本当にトップ狙えたよな!」

 

 品切れにより、学園祭の閉会を待たずして俺たちの店は閉店。口々に今回の感想を言い合いながら、片付けを始める。

 本当に学秀は強かった。俺とアイツで一番違うのはこう言う人脈関係の強さだろう。自分に足らなかった部分を改めて知るという意味でも今回の学園祭は良い経験になった。

 それはそれとして、みんなと同じく勝ちたかった気持ちは本当だ。次があるのなら負けたくないな。

 

「あれ、つけ麺一食分余ってんじゃん。どったの?」

 

「あぁ、それな。乃咲に頼まれてたんだ」

 

 家庭科室の床を拭いていると、麺の残りに気付いたらしい前原がそういうと村松から説明が飛んだ。確かにあんな盛況だったのに中途半端に一食だけ残ってるのは驚くよなと補足する。

 

「食わせたい人がいるんだ。でもまだ来てなくてさ」

 

「まだ来てないの……?それって乃咲くんのお父さんとか?」

 

「あの人じゃないよ。みんなとも面識というか……見たことある人。少し約束しててさ。食わせてやりたいんだ」

 

「ふーん……。じゃあ、席一つは片付けない方がいい?」

 

「そうしてくれるとありがたい」

 

「りょーかい。みんな、そういうことだから」

 

『はいはい、了解』

 

『また1人でなんかやってたのね……』

 

『あはは……。でも、今回は私も相談受けてたから。1人で無茶してたわけじゃないんだよ?』

 

「ちなみに俺もさっき相談受けたから保証すんぜ。早く言って欲しかったとは思うけど。んまぁ、コイツらしいだろ」

 

『へぇ。ちなみに誰が来るの?』

 

「それは————」

 

 無線の向こうだったり、一緒に片付けしてる奴らに説明をしようとしたその時、山の麓で寺坂組と看板関係の片付けをしていた矢田さんから無線が入った。

 

『あの、みんな。お客さんが来たよ。連れて行って大丈夫?』

 

『もしかして乃咲が言ってたひと?』

 

『たぶん?ねぇ、乃咲くん。言ってたのって渚くんのお母さんであってるのかな?』

 

「あってるよ。悪いけど案内お願いしていいかな?」

 

『う、うん。了解!』

 

 明らかに動揺した様子を無線越しに見せた矢田さんだが、彼女なら特に心配することはないだろう。

 しかし、ここで黙ってられない奴も1人いるだろう。

 

「乃咲……?どういうこと?」

 

 渚だ。彼は困惑した様子で俺を見た。

 

「この前、駅前でばったりあってさ。E組がどんなところなのか知りたいって言うから学園祭にぜひ来てくださいって話してたんだよ。ごめんな、言ってなくて。E組にいる自然体なお前を見て欲しかったからさ」

 

「そ、そうなんだ……。とりあえず僕、迎えに行ってくるよ」

 

「そうしてあげてくれ」

 

 パタパタ走っていく渚を見送る。

 売り上げが思った以上に良くて店を早めに閉めることになったが、あの2人がゆっくり話す時間を作る意味では良かったのかも知れない。あるいは、渚がユウジくんと縁を作った結果、この結果を手繰り寄せることが出来たのかもしれないな。

 

「よっしゃ、んじゃ、最後の一仕事と行きますか!」

 

「悪いな、村松。頼むよ」

 

「俺らのフィクサーはお人好しだもんな。気にすんなや」

 

 腕枕しながら、調理を始める村松と彼に続いて何か余った材料で一品作ろうとする原さんを尻目に窓の外を眺める。

 

「乃咲、また誰も知らないところで動いてたの?」

 

「これに関してはたまたまだけどな。渚にしてみればお節介かもしれないけど、俺としては母親がいるなら大事にしてやって欲しいんだよ。これが暴力満載の虐待してる毒親ならまだしも、なんとなく、あの人はそんな悪い人ではないと思うからさ」

 

「…………そうだな。俺も圭一に同意。うちの場合は母親はいるけど、父さんがいないから。家族が健康で酷いことされてないなら……俺も両親は大切にして欲しいよ」

 

「俺もそう思う」

 

「そっか。お前らは……そう思うよな」

 

 俺の言葉に頷く悠馬とイトナ。俺たち3人をみて前原が納得したように頷いて、片付けの手を再び動かす。

 

「んでもまぁ、色々と空回った感は否めないよなぁ。渚が女装してる時なんてまた拗れると思ったから、フォローの為に慌てて女装するハメになったし……あれはあれで楽しかったけど」

 

「乃咲の女装は渚の為だったんだ!?」

 

「決してヒナに意味深な意味で改造されたわけじゃないんだ」

 

「うん。私は"まだ"そんなことしてないよ」

 

「"まだ"ってなぁに……?」

 

「ひょっ!?倉橋さん怖いよ!?乃咲怯えちゃったじゃん!震えるチワワみたいになって私の背中に隠れたよ!?」

 

「どいてカエデちゃん……!」

 

「2人とも妙に男女仲逆転してることあるのなんなの!?」

 

「圭ちゃんが総受けなのは共通認識でしょ?」

 

「なんで当たり前みたいに言うの!?乃咲もなんか言ってよ!?私の肩掴んで盾にする前にさ!」

 

「——俺は、母さんがいなくて寂しかった。だからかな、生きてる家族を大事にして欲しかったんだ。だから、これは渚の為とかじゃなくて……俺のエゴなんだよ」

 

「締めくくりの言葉を言えって言ってないから!確かに乃咲のそう言う風に周りを気遣えるところ良いなぁーって思うけど、でも今じゃない!今欲しいのは倉橋さんに立ち向かう言葉だよ!?」

 

「…………かの偉大なる魔法使いは言いました。『敵に立ち向かうのはとても勇気がいることじゃ。だが、仲間に立ち向かうのは、もっと勇気がいることじゃ』だから、俺は立ち向かえましぇん……根性なくてごめんなしゃい……」

 

「えぇっ……!?それがみんなを庇って死神に立ち向かって行った人のセリフ?!いや、仲間に立ち向かってるわけじゃないから使い方はあってるの……?あれっ……?」

 

「圭ちゃんって気を許した相手には割と言動幼くなる部分あるし、カエデちゃんにも気を許してるってことだよ……たぶん」

 

「………(ガタガタ)」

 

「弱ってるようにしか見えないけど!??」

 

 渚たちの様子は見に行かなかった。流石にそれは野暮だろうし、仮になんかあっても渚なら上手くやるだろう。

 俺は内心でそんな風に学園祭を終わらせつつ、目の前に迫る貞操の危機に怯え、茅野を盾にしながら震えて過ごした。

 

 結果的に負けてしまったが……学びの多い学園祭だった。

 

 楽しそうに笑いながら後片付けをする仲間たちと殺せんせー。そう遠くない未来にこの光景も失われることが寂しくて仕方ない。やっぱり、俺は彼を殺すよりも殺したくない理由の方が多いことを思い知った。

 

 

 

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