暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えてたくさんの高評価、感想ありがとうございます!

今回も投下しますのでお付き合いください……!


144話 期末の時間 3時間目

 

 今日も一日生きられた……などと参考書片手に呟き帰り支度を進めては、机の上板から顔を上半分だけ出してこちらを見てるヒナに手を振り、帰るぞーとアピールして席を立つ。

 最近は放課後になるとみんなで勉強会ってノリでファミレスに行ったり、教室に残ったりしていたが、茅野が具合悪いとかで今日は不参加を表明すると、それに続くように続々と予定があるとかで欠席者が出てきて、残ったのは数人だけ。

 

「今日は何処でやる?」

 

「そうだな……」

 

 残った数人でやっても良かったが、今日は各自で文房具を買い足したりとかの準備に充てる運びとなった。

 しかし、俺とヒナは昨日の勉強会の後で一緒に帰った時にコンビニで必要なものは買い足してしまったから準備とかの必要が特になくなってしまったので、2人だけで勉強会をすることに。

 

 それにまぁ、加えて"お試し期間"中だし。そういうのも良いだろうと2人で話してこれから適当な所で勉強会をするつもりだ。

 

 けど、困るのは開催地である。

 折角なら飲み食い出来た方が良いよねってことで学校は却下。でも、この辺の喫茶店とかはみんなで行ったから少し飽きが来るのは事実。それに連日喫茶店で〜というのは中学生の財布に厳しいのだ。となると、いよいよネタ切れ感がある。

 

「雨風凌げる場所がいいよな」

 

「飲み食いできる方がリラックスも出来るよね」

 

「トイレの行きやすさとかも大事だよな、集中するなら」

 

「あとはゆっくりできるところ。ファミレスとか喫茶店は定期的に注文すれば気にならないけど、あんまり金使うのもねぇ」

 

「かと言って漫画喫茶とかネカフェは色んな誘惑が多いからなぁ……。漫喫いくとついエアギア読みたくなるし……」

 

「あ〜。確かに面白いんだけど全巻揃えるにはお小遣い足らないし、かと言って100巻以上出てる長編とかは読み切れないから、その辺の30巻ちょっとの奴とかちょうど良いよね」

 

「ヒナも漫喫とかいくの?」

 

「前に出かけた時に親とね。あの時は君に届けとか読んでたかな。適度に長くて、歯抜けになってなくて、部屋から近かったから手に取ったんだけどね。なんとか読み切れたよ」

 

「ほぇ〜って……駄目だ。この流れだと漫画喫茶で勉強するどころじゃない展開になってしまう」

 

「…………だね。ついこのまま行こっか?とか言うところだったよ。テスト期間中だしそう言う脱線は良くないね……」

 

「けど、他にアテがあるかと言われるとなぁ……」

 

 あんまりお金をかけず、そして誘惑の類が少ない場所。

 そんな都合のいい場所があるだろうか。パッと思い浮かぶのは家くらいだが、流石にじいちゃんとばあちゃんいるし誘惑も少なくないからNG。かといって友達兼恋人(仮)のヒナの家にいきなり連れてってとは言いづらい。

 

「………あ、いや、まてよ……」

 

「どったの?」

 

「あるかも。金かけず、集中できて、長居しても文句言う奴がいなくて、トイレもあるし、飲み食いもできる場所」

 

「え、ほんとに?」

 

「あぁ。ヒナさえ良ければ……だけど」

 

「行きたい!」

 

「分かった。んじゃ、行こうか……」

 

「ちなみにどこ?」

 

「俺の家」

 

「…………………ふぇ?」

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

 あのあと、ビシッと固まったヒナを引き摺ってドラックストアで適当なジュースとお菓子を買って俺の家に向かった。

 玄関の鍵を回して扉を開くと、割と最近までトメさんがいてくれたらしく、ホコリとか溜まってる様子もなさそうなので、安心してお客を迎えられる確信を持ってヒナを家にあげた。

 

「ほら、大した場所じゃないけど上がって」

 

「オ、オジャマシマス」

 

「なぜカタコト……」

 

「コチラオミアゲデス。ケイイチクンニハオセワニ——」

 

「それ、俺に渡しながら言うセリフじゃないよな……」

 

 散々お土産なんて要らないと言ったのに、強引に俺を押し切って買ったソレを何故か俺に渡してくる。これは相当テンパってるな、この子。水でも飲めば落ち着くか?

 

 カタカタと不自然な音を立てるヒナを………うん、リビングでいいか。とりあえずリビングまで背中を押して運び、ダイニングテーブルに座らせて、コップと皿を出す。

 なっちゃんをコップに注ぎ、ポテチをキッチンペーパーを敷いた皿に盛り付けて彼女の待つテーブルまで運んで座る。

 

「………ヒナ?」

 

「ウン」

 

 座ったのはいいが、何処か様子のおかしい彼女に声をかけてみるが、うわの空というか「真っ白モード」に入っていた。

 すっげ、俺以外にあぁなる奴を見るのは珍しい。でも何でヒナが真っ白になってるんだろう……?

 

「なんかあったのか?」

 

「ウン」

 

 うん、会話にならない。目の前で手を振ってみるが全然戻ってくる様子がない。一体、何があったのか。

 

「今日はいい天気だな」

 

「ウン」

 

 今日、曇りですけど……?

 

「烏間先生、寝癖付いてたな」

 

「ウン」

 

 寝癖なんてついてなかったけどな……。

 

「ねぇ、ヒナ?」

 

「ウン」

 

「コ」

 

「ウン」

 

 返事がない、ただの倉橋のようだ。

 マジでどうしたんだろう。教室を出るまでは普通だったのに、お菓子やジュースを買うちょっと前から様子が変だ。

 もしかして本当は違うお菓子とかの方が良かったか?俺のセレクトセンスが彼女の好みと真逆だったのかな?

 

 仕方ない。あまり褒められたことではないが少しばかりイタズラしてみるか。無論、直接無体なことはしない。

 

「……今日もパンツ穿いてないの?」

 

「ウン……ん!?違うよ!?今日は穿いてるよ!?」

 

「ふむふむ……。今日"は"穿いてると……」

 

「言葉狩り!!今日も!毎日穿いてます!!」

 

「えー、本当にござるかぁ〜?」

 

「本当だよ!?」

 

「シュレディンガーのネコって知ってるか……」

 

「箱の中に入れたネコが生きてるか死んでるのかは観測するまでわからない……みたいな思考実験………って!?」

 

「ニチャァ……」

 

「圭ちゃん!!!」

 

「流石に冗談」

 

「流石にタチ悪いよ……」

 

「だって何言ってもウンしか言わないんだもん」

 

 イタズラの真意を伝えると、彼女はクワッ!と食い気味に目を見開きながら身を乗り出した。

 

「だって!急にお呼ばれされると思わないじゃん!!私の視点で少し考えて?告白して返事保留されてるけど、お試し期間で彼氏(仮)になってる相手に何の脈絡もなく家に連れ込まれてるんだよ!?緊張もするでしょ!?」

 

「勉強する場所がなかったからウチに来たわけだし……脈絡はあったんじゃないかなぁ?」

 

「そうかもだけど!!まさかの圭ちゃんの家に来れるだなんて考えてなかったんだもん!!」

 

「………ぁ、そうか。すまん。今更ながら確かに第三者のいない室内で2人きりは嫌だったか?父さんは海外だし、母さんはとっくにいないし、トメさんは何処いるか分かんないし……男の家で2人きり……確かに配慮に欠けてたかも」

 

「ますます緊張する情報出さないでよ!?」

 

「ん……。いっそ誰か呼ぶ?茅野……は体調不良って言ってたし……矢田さんとか渚とか悠馬あたり?」

 

「違う、そうじゃない……!狙ってやってる?狙ってるよね?美味しい状況を自分から潰すわけないじゃん!?」

 

「美味しい状況なのか……?」

 

「クソボケぇ……!!っていうか、何で真っ先に出る名前が男の子じゃなくてカエデちゃんなのさ……!?」

 

「いや……異性と2人きりだとアレだろうし、かと言って男の人数が多い方が不安になるだろうから女の子の方がいいかなって思って……。あと茅野なら気軽に声かけられるし。なんか2ヶ月くらい前から良く話すようになったから俺も接しやすいし……」

 

「そういうところだよ圭一ぃ……!」

 

「ぁ……」

 

「今度はなに……!?」

 

「いや……。ヒナに下の名前で呼ばれるの新鮮だなって」

 

「そういうところだよ圭ちゃん!!!」

 

 ぜぇぜぇと息を切らしながら怒涛のツッコミ連打を見せた後で、一つため息を吐くと持ってきたコップの中身を一気に飲み干した。グビリグビリと良い音を立てて飲みますなぁ。

 

「あーもう……。クソボケなのかトンチンカンなのか……。なんか勉強するような頭じゃなくなっちゃったよ」

 

「それは困ったな………。どうする?理事長の真似して耳元で思考誘導型ASMRでもしてみる?」

 

「それ洗脳される奴………。ちなみに耳元でどんなことを言うつもりなの……?」

 

「え?そりゃお前……『力が欲しいか!!力が欲しいのなら…………くれてやる!!』って」

 

「じゃ、シャバウォック……!!?それARMS……!!確かに4文字で使ってるアルファベットが同じだけど別物でしょ!?」

 

「4文字、AとMとRとS使ってるし、頭に直接響くような音声って意味では似たようなもんじゃね?」

 

「箇条書きマジックだ!?圭ちゃんがやらかしがちな『おもしれー男』と『めんどいオタク』の中間みたいな属性なんなの!?ネタ知らなかったらガチで変な人ムーブだからね?」

 

「ヒナなら知ってるかなって。俺も流石に男子の好きなものに理解のない女子にこんな接し方しないよ。こんなノリで接してる女の子はヒナだけだよ、今のところは」

 

「圭ちゃん………そんなこと言っても騙されないよ……!綾香ちゃんとカエデちゃんがいる時にした恋バナでいきなり霞スミカが初恋とか言ってたの忘れてないからね!?なんで4なの!?ACFAのオペレーターって言った方がわかりやすいよね!?」

 

「ほら、ヒナもそう言うところだよな……。フロム脳女子を否定するつもりはさらさらないが……普通の女子中学生はアーマード・コア、フォーアンサーなんて言葉知らないし、霞スミカとセレン・ヘイズが同一人物だとか把握してるわけないのよ……」

 

「それは…………だって……一年の頃の勉強会で雑談してる時にACが好きだって言ってたから……」

 

「……………………っす」

 

 え、わざわざ調べたの?女子がわざわざロボゲーを?

 いまどきガンダムが好きな女子とかはあんまり珍しくはない気がする。でもわざわざACだなんてマイナーゲームを調べるたりしてそこまでの知識を持つのは珍しいよな。

 

「その、当時は圭ちゃんとか浅野くんのこと言い方を選ばなければガリ勉系だと思ってたからさ……学年トップの人がやるゲームってどんな感じなんだろうって気になったのと、楽しくお話しできたらなぁ〜って。そしたら好きって程じゃないけど、男の子の趣味も悪くないかなって思うようになって。ネットとかでスラングになってる元ネタとか興味本位で調べてくうちに……」

 

「色々詳しくなったと……そうか………。うん、ありがとう」

 

 ヒナは割と男子の好きなものに寛容だった。

 前原や岡島の下ネタにも女子の中ではかなり優しい方だし、ついスラングというか、ミーム的なワード使っても反応を返してくれたのでつい嬉しくなって俺自身も彼女に対してその辺の遠慮をしなくなっていったが……。

 

 いや、気持ちは嬉しいし分かる。

 俺もヒナとある程度話すようになって、動物というか生き物が好きだってことを知ってからは何となくその辺に詳しくなった。スズメの種類だとか見分け方だとか綾香ちゃんに教えることができたのは、ヒナと生き物関連の話題で話すタイミングがあった時にしっかり相槌を返せるようにしておきたかったからだし。

 

 自分の好きな話題で自分だけペラペラ話すってのは寂しいもんだからな。ヒナが相槌打ってくれるように俺もそうしたかった。マウント取らない程度に話題を打ち返して楽しく話せたらと。

 

「………うん、勉強する雰囲気じゃなくなったな」

 

「…………」

 

 コクンと頷き、無言になる。

 いや、実際は勉強しようと思えばできるだろう。教材広げてペンを握ることは余裕だ。しかし、その先集中できるかは微妙だろう。おそらく互いを意識して気が散る。

 しまったな……。良かれと思ってウチに来たが洗濯を間違えたかも知れない。これなら今住んでる方の乃咲家……じいちゃんたちの家に言った方が良かったか……?

 

「……ちょっと気分転換しようか」

 

「そうだね……。何する?」

 

「…………ゲームとかし出すと本末転倒だし、家の案内でもするか?一応、トイレ洗面所とか」

 

「あ、うん。じゃあそれで」

 

 立ち上がり、リビングを出てトイレと洗面所へ。

 我ながらもっとマシな選択肢はなかったのかと自分に呆れながら、間を持たせる為に言葉を紡ぐ。

 

「ここがトイレだ。一応、ボタンとレバー両方使えるから好きな方を使ってくれ。タオルが……ないな。このまま洗面所行くか」

 

「……?うん……」

 

 何か返事までに少し間があったが、何かあったのかな。

 ちょっと気にしつつ洗面所へ。

 

「ここが洗面所な。タオルはこっちの棚に置いてあるから、ジュース溢したとかなんかあったらこっから持っててくれ……ってここにもタオル掛けてなかったな」

 

「………………」

 

 案内して、トイレと洗面所にタオルを設置。

 あっという間に気分転換で提案した内容が終わっちゃったよ、どうしよう……。

 

「………えと、他にも気になるところある?」

 

「…………んじゃあキッチン」

 

「これまた特殊な所気にするな……?」

 

 リクエストに答えてリビングに戻り、そのままキッチンを見せる。我ながら何をしてるのか分からなくなりつつ案内すると、ヒナが徐にキッチンの方へ歩いて行き、視線をあちこちに向ける。

 

「…………ねぇ、圭ちゃん」

 

「なんじゃらほい?」

 

 一通り見て満足したのか、彼女は流し場の前に立つと声をかけてきた。どこか真剣な雰囲気を纏って。

 

「本当にここに住んでるの?」

 

「………え?」

 

 聞かれたのは予想外の質問。思わず聞き返すとヒナはキッチンの所々を指差しながらゆっくり喋る。

 

「こことか、普通に料理する人の家ならタオルとか食器拭きとかあると思うんだけど、何もないじゃん……。三角コーナーもそう。今日がゴミの日なら分かるけど、ゴミの日でもその前日でもないのに、生ゴミ入ってないし、特に濡れてる感じもないよ。トイレも洗面所もそうだけど……生活感がないって言えば良いのかな。人が暮らしてるって言うには綺麗すぎる気がする」

 

「……あー」

 

 やらかしたかも。その辺、事前に話しておくべきだったかもしれない。あまりに自然にここなら大丈夫かと思って連れてきたので、そもそも普段ここに住んでないことを伝えてなかった。

 

「えっとな……。お察しの通り、ここには住んでないよ。俺が今住んでるのは母さんの実家」

 

「どうして……?」

 

「あー、なんつーか。色々あって」

 

「私にも言えないこと……?」

 

「いや、言えないって程じゃないんだぞ?でも何つーか、難しいな……。誤解なく伝えられるかどうか……」

 

 ヒナの雰囲気的にあんまり良くない想像をしてるのかも知れない。そして実際、数ヶ月前までは如何に俺が悪かったと言っても俺の伝え方次第ではその嫌な想像を半ば肯定することになりかねないし、当事者として理解している俺やトメさんや祖父母と違って客観的に見た時に第三者からすれば父さんの対応も良くないことは流石に実感してるし。

 

「まず前提な?俺と家族……父さんの仲は今は良好だってこと。夏休み明けまでの俺を見てくれてれば分かるかもだけど、確かに少し前までギクシャクしてたが、お互いにすれ違っていたって納得済みだし、父さんにも謝られて、俺も謝った。だから周りがもうとやかく言う余地はないってとこだけ念頭に置いて欲しい」

 

「……うん」

 

「結論から言えば、この家には誰も住んでない。俺が完全に挫折するまではここに住んでたけど……父さんとトラブった時に俺がここを出て、母さんの実家に住むことになったんだ。父さんもちょうどその頃から海外での仕事が多くなって、家を空けるようになって、家政婦のトメさんが椚ヶ丘に来る前の俺の実家とこの家を管理してくれてる」

 

「………なんで圭ちゃんはこの家を出たの?」

 

「先に言っとくけど追い出されたわけじゃないぞ?まぁ、完全に挫折した時に父さんに怒鳴ってしまってさ。俺になんて興味ないんだろ?って。そんであの人なりに、自分がいても今更感とあてつけ感が出てしまうだろうから、自然に俺に接してくれる人の所にってことでじいちゃんとばあちゃんの家に住むことになった。それに、海外での仕事が増え出した時期だったから、遅かれ早かれそうなってたんだと思う」

 

「でも、圭ちゃんは悲しくなかったの?」

 

「正直に言えば悲しかった。『あぁ、本当に興味ないんだ。見放されたんだな』って思ったけど……まぁ、同時に納得もしてた。俺なりに父さんの苦労も知ってるつもりだったから、苦労掛けてる側の俺にこんな言い草されたらそりゃあ追い出したくなるよなって。でも実際に追い出された訳じゃなかったからな?もしそうだったら、じいちゃんたちがキレただろうし」

 

「……そうは言うけど、実際、話だけ聞いてると追い出されたんだなって思っちゃうもん。圭ちゃんが気にしないで良いって言っても、誰が聞いてもそこは引っ掛かるんじゃないかな……」

 

「そこは俺も同意だなぁ……」

 

「寂しくなかった?お父さんと離れ離れで」

 

「そこは別に……。寂しいかどうかで言えば寂しいんだろうけど、そこは慣れっていうか。基本的に夜になったら自分の音しか家にはないってのは……俺にとっては当たり前だったし。むしろじいちゃんたちと住むようになって、初めてどの時間でも自分以外の誰が同じ屋根の下にいるって環境になったから……父さんがいない寂しさとはまた別の意味で寂しくなくなったかな」

 

「……っ」

 

「まぁ、そんな理由でこの家は基本的に無人だ。トメさんが半月ごとに実家とこの家を行き来してるから、埃とかもあんまりないはずだし。溜まり場にするにはもってこいだろ?」

 

 これ以上うだうだと話していると自分語りするハメになりそうなので最後に戯けて話を切り上げる。

 ここまでで充分に自分語りしてたし、これが続くとヒナとしても勉強しに来たのに気分が落ち込むかもだしな。

 

「ねぇ……じゃあ、一つだけ聞いて良い?」

 

「なんだろうか?」

 

「どうして私をこの家に連れてきてくれたの?普段の圭ちゃんなら、今みたいな空気にならない為に……たぶん、この家に誰かを連れてくることは避けるんじゃないかなって」

 

「それなぁ……」

 

 言われてみるとその通りだと思う。

 普段の俺ならそこまで頭が回っただろう。そう言えば、父さんと和解してこの家に来ること自体に抵抗がなくなったあとも……ここに誰かを呼ぼうと考えたことはなかった。 

 友達も遊ぶと言っても家にお呼ばれされたり、祖父母の家の方で遊ぶことが専らでこの家を候補に考えたことすらなかった。基本的に無人で精々トメさんがいるか居ないかくらいしか気にする要素のない絶好の溜まり場だと言うのに。

 

 答えあぐねて、間を繋ぐように口を開く。

 

「分かんないや」

 

「えぇ……?」

 

「確かにヒナの言う通りで普段なら誰が呼ぼうとか思ったことがなかった。その証拠に友達との溜まり場にしたことなんて一度もない。この家に来たことがあるのは……そうだな、住んでた時……1年の頃に学秀が1度だけって感じだ」

 

「なんか……圭ちゃんらしくない感じ……」

 

「だな。でも、ヒナを連れてくることに大した抵抗は感じなかった。さっきみたいな説明をするかも知れないって考えもせず、ごく自然にこの家を候補に考えてた。もしかすると、ヒナになら良いかもって思ったのかもな」

 

「……そっか。それなら嬉しいかな……」

 

 特に誤魔化しなく、深く考えることもせずに思ったことをそのまま垂れ流すようにヒナに伝えると、彼女は真剣そうな空気はそのままに……でも、顔は笑っていた。思わず表情が崩れているみたいなはにかみ笑い。言葉を選ばずに言えば少しニヤけるような口元も見せていた。

 

「……ヒナ?ニヤけてる?」

 

「………………だって。ヒナになら良いなんて言葉がキミから出ると思わなかったんだもん。ニヤけたり、笑ったりする場面じゃないのは分かってるけど……嬉しいじゃん」

 

「俺としては笑い飛ばしてくれる方が気が楽なんだけどな」

 

「そんなことしないけど……もう一回言って?」

 

「…………ヤダ」

 

「お願い!」

 

「ヤっ!」

 

 真面目な空気は何処へやら。謎に恥ずかしいセリフを言わせようとしてくるヒナからよ要求が繰り返される。

 流石によくよく考えれば小っ恥ずかしいセリフだったので徹底的に拒否し続けると、ポケットのスマホから声が聞こえた。

 

『倉橋さん、もしよろしければ音声データ送りますか?』

 

「律!?録音してたの?」

 

『"ヒナになら良いかも"』

 

「言い値で買いましょう!」

 

『売りましょう!今なら乃咲さんの"ヤっ!"もお付けします』

 

「買うな売るな!つか律!俺のプライバシーは!?」

 

『大丈夫です。本当に個人的なモノは売るつもりはありませんので!乃咲さんのムフフな趣味は私以外だれも知りませんので安心してくださいね!』

 

「オヤジ臭くなったなぁーお前。なんなの、死神にハックされた時になんか仕込まれた?」

 

『えっへん正常です!』

 

 新手のウィルスでいいだろコイツ。ファイアウォール仕事しろよ、プライバシー抜き取って言い値で売り飛ばすとか悪質すぎるだろうが。まぁ、本気でやることはないだろうけどさ。

 

「……絶対にムフフな趣味とやらは広めんなよ」

 

『お任せください!墓場まで持って行きます!』

 

 本当に大丈夫だろうか……。

 

「圭ちゃん?ムフフな趣味って?」

 

「何でもないよ」

 

「……ヘイ、律!圭ちゃんのムフフな趣味を教えて」

 

『検索します』

 

「お前らなんなん……?そんなに俺のことを辱めたい?つかそんなの知ってヒナはどうすんの……?脅し以外で使い道ある?」

 

「……………まぁ、知っとくに越したことないじゃん?」

 

「越したことあるだろ……。メンタルの問題で。なんで告白保留中の彼女(仮)に性癖知られねばならんのだ」

 

『……?性癖ってなんのお話しですか?』

 

「「………え?」」

 

『私は乃咲さんがよく眺めてるちょっとお高めな絶版プラモデルの情報だと思ってたんですが……。殺せんせーとか良くそう言う趣味のことをムフフな趣味とか言ってるのでてっきり共通なのかと思ってましたが……』

 

 キョトンと心底不思議そうな眼差しで俺とヒナに視線を向けてくる画面の中のクラスメイト。

 なんということだろう。インターネットという人間の欲望の煮凝りの様な世界に身を置いている彼女は純粋だった。

 

「………ヒナちゃんのムッツリスケベ」

 

「ちょっ!?圭ちゃんも同罪でしょ!?」

 

「知らない!俺は、知らない!!」

 

 早足でヒナから距離を取り、逃げ出そうとしたその時。ガチャリと不意に玄関の扉の鍵が開き、光が差し込んできた。

 父さんかトメさんの予想外の来訪に俺は思わず気を取られ、立ち止まり、それが致命的なミスを招いた。

 

「圭ちゃん!?急に止まっちゃ……!」

 

「うぇぁ!!?」

 

 ヒナが反射的に俺を小走りで追いかけて来ていたらしく、急に立ち止まった俺と衝突する。

 完全に無防備な状態での衝突は俺に彼女を受け止めるだけの余裕を与えてくれず、せめてヒナが尻餅をつかない様に、身を引きつつ、壁との間に立ってクッションがわりになることだけ。

 

 ドン!と派手な音を立てながら、ヒナの小さな手が俺の顔の横に突き立てられた。

 

「…………」

 

「…………………っ〜〜!?」

 

「………マジでぇ……?」

 

「えっ、あの、しょのっ……これは違くて……!」

 

 何ということでしょう。今だに壁ドンの一つも経験したことない、壁ドン童貞だった私ですが、まさかのされる側に回ってしまったではありませんか。

 この展開にはさしものヒナも予想外だったのか、真っ白モードを発動させてゴニョゴニョとじわじわと顔を赤くしながら懸命に言葉を紡ごうとしている。

 

 目と鼻の先にヒナの顔。もう少し勢いがあったのならおでこをごっつんこしていた所だろう。危なかった。

 しかしながら壁ドンという奴の威力は凄い。世の夢みがちな少女たちが幻想を持ちたがるのか分かった気がした。

 これは凄い。うん、すんごい。あのまま手が顔に当たっていたらと思うと想像した痛みに悶えるし滅茶苦茶怖いが、なんかこう、俺の中の乙女な部分がトゥンクした。死神や烏間先生と対峙してる時とは違った緊張感が脳裏を駆け巡る。

 

「————あら」

 

 けれどそんなアハ体験は長くは続かず、玄関を開けたまま呆気に取られた様な表情で固まり、俺たちを見ていたトメさんと目が合う。否、合ってしまったと言うべきか。

 とんでもない場面を見られてしまった。そんな焦りとヒナの良い匂いととりあえず言い訳を並べないとという思考がぐちゃぐちゃとかき混ぜられ、口を開く。

 

「ち、違うぞトメさん!これはじごっ……舌噛んだ……」

 

「ちょーい!!?ここ一番で噛まないでよ!?舌大丈夫!?」

 

「…スゥ-。お二人とも、とりあえず正座なさい」

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

「今時の若者の価値観と私のソレがズレてる可能性は否定しませんが、女子が男子にあの様な迫り方をするものではありませんよ、はしたない。グイグイ行くことを悪いは言いませんが、踏むべき順序があるでしょう」

 

「はい……ごめんなさい……」

 

「坊ちゃんも坊ちゃんです。迫られるより迫る側になりなさい。男子でしょう?誘い受けの様な立ち振る舞いはお止めなさい。どうせ奥手な坊ちゃんのことですから、毎回あんな感じなのでしょう?嘆かわしい。自らグイグイ行ったらどうなんですか」

 

「はい……申し訳ございません……」

 

 トメさんに玄関で正座させられ、ヒナと並んで説教される。こうやって彼女に叱られるのも久しぶりだ。

 なんとなく懐かしさに浸っていると、それに気づいたトメさんに更に注意を受けてしまったが懐かしさが勝つ。

 

「お説教もここまでにしましょう。それでお2人は勉強会をする為にこの家に来たのですね?」

 

「うん。そうなる。途中で色々と脱線したけど」

 

「倉橋さんと仰いましたね」

 

「は、はいっ」

 

「面食らってしまったとは言え、急にお説教をしてしまい申し訳ありません。お詫びというのもなんですが、よろしければ夕食を食べて行きませんか」

 

「そんなこっちが謝らなきゃいけないことですから!急に押しかけてきて……。でも、お誘いはとても嬉しいですけど……流石に夕飯まで頂くのはご迷惑じゃないですか?」

 

「そこは気にしなくていいと思うぞ?トメさん、基本的に丁寧だけど宗教とか新聞とかNHKとか面倒で迷惑だと思った相手には容赦なく皮肉をぶつけて迷惑さをアピールする人だから」

 

「坊ちゃん?余計なことは言わなくてよろしいです」

 

「あと、トメさんの飯は美味いから食っていけば?倉橋さんの親からOK貰えればだけどさ。海原雄山とか山岡士郎も文句の付けようがないくらいアレコレこらすから」

 

「ふふ……美味しんぼは義務教育です。坊ちゃんが幼い頃からじわじわと沼に漬け込んだ甲斐がありました」

 

「圭ちゃんがたまに見せる異様なくらいの美味しんぼ推しは家政婦さん由来だったかぁ……」

 

「おや、そんなことをしていたのですか?」

 

「はい。この前も学園祭で『味はいい。だが皿がなぁ』って紙皿にケチつけて調理担当の子から怒られてました」

 

「坊ちゃん?外でやっちゃいけないとアレほど」

 

「外で醤油マヨしてないからいいじゃん」

 

「そう言う問題じゃありません」

 

 ピシャリと言い切られた。これはまたヒナが居ないタイミングでお説教されるコースだな。

 

「んでも、圭ちゃんの美味しんぼ推しの理由が知れて納得だよ。世代違うのにあんな推してるのか結構なぞだったからさ」

 

「俺の趣味っていうのかな。その辺はトメさん由来だぞ。アニメと言えば美味しんぼかSDガンダムフォースだったし。AC好きもトメさんがやらせてくれたプロジェクトファンタズマからだし」

 

「地雷伍長に勝てずに泣いてましたね」

 

「いや、あの辺は普通の子供にやらせていい難易度じゃないだろ……。まぁ、悔しかったから勝つまでやったけど」

 

「ロボット好きとかフロム信者なのも!?圭ちゃんを構成する要素の大体がトメさん由来なんだね!?」

 

「周りの小学生が『デュクシ』してる時、俺は相手の後ろに回り込んで『ズゥゥゥン』ってしてた」

 

「子供のごっこ遊びでバックスタブとってたの……?」

 

「英才教育の賜物ですね」

 

「それは世間一般的に洗脳というんじゃないかってツッコミはさておき……まぁ、今の乃咲圭一を作り上げたと言っても過言じゃない人の手料理だ。味は保証するぞ」

 

「圭ちゃんを育てた人の手料理……お袋の味?」

 

「………まぁ、そうとも言うか」

 

「お袋の味……胃袋………掴む……」

 

「ごめん、ヒナ。なんて言ったの?」

 

「…………………お客様にこの手の提案をするのは本来避けたいことですが、倉橋さんがよろしければ、ご一緒にいかがでしょうか?家庭科の授業と洒落込んでお料理でも」

 

「……是非っ!」

 

「なぜっ!!?今回は技術・家庭科ないだろ!?」

 

「坊ちゃん。それだからいつまでも坊ちゃんなんです。昔から相手を慮ることはできるのに妙な所で察しが悪く鈍感なんですから。言わなきゃ伝わらないとは言いますが、言わなくても伝わる所は察しなさい。というか、解りなさい」

 

「はい……ごめんなさい………」

 

 トメさんはそういうと徐にテレビを付けて動画サイトのサブスクから美味しんぼをかけるとテレビの前の小さなテーブルに俺の筆記用具関係を移動させた。

 ここで勉強してなさいということなのだろうと察し、おずおずと流れる様に準備されていたクッションの上に腰を下ろしてペンを握り、数学Ⅲの参考書を開く。

 

「すごい……圭ちゃんがタジタジだ……」

 

「さ、倉橋さんはこちらへ」

 

「は、はいっ」

 

 トメさん。基本的には俺に甘いんだけど、時々妙に容赦がないことがある。いや、そう言う時は大体俺が悪いんだけどさ。

 まさか……今回トメさんに察しろと怒られたのはアレだろうか。実はヒナが胃袋掴む的な作戦を思いついたのをトメさんが察したので料理を教えるのを提案したのに俺が邪魔しそうになったとかそう言う感じなんだろうか。

 

 ………流石に考えすぎか。

 

 気を取り直して殺せんせーから渡された参考書と向き合う。

 数学Ⅲとか流石に先取りし過ぎではないだろうか。こんなんやれちゃったら下手な高校に行く必要なくなる気がするけど。

 あ、いや、もしかして俺が海外進路への進路を選んだ場合を想定してこの詰め込み具合なのかな。父さんの話では俺の卒業と同時に今年の秋から始まっている学年に編入されるって話だから事実上の飛び級だし、色々と前倒してるのかもな。

 

「ギシャァァァァァ」

 

「わっ!?パンデモニウムだ!?」

 

「実は冷蔵庫にパンデモニウムとアプリコットピューレしか入ってなかったのです」

 

 どんな組み合わせだよッッッッ!!!?

 何をどうまかり間違ったらそんなキテレツな組み合わせになるのか教えてくれっ!つか、トメさんアンタ、パンデモニウムはキャラ弁って言ってたよな!?なんで俺らが来るとか知らなかった癖にそんなの作ってんだ!?

 

 やべ、めちゃくちゃ不安だ。ヒナをあの人に任せていいのだろうか。あったが気になり過ぎて勉強に集中できんぞ!?

 

 っくそ、駄目だ。トメさんのペースに巻き込まれてはいけない。集中しよう。人並み外れた集中力こそ俺の最も大きな才能だろう……!例え正面のテレビから『おい、山岡ぁ〜っ!』とかいう甲高いおっさんの声が聞こえても集中を乱すなっ!

 

 頭の中でカチッと今度こそ集中のスイッチを入れる。

 

 やる気スイッチとでも言うのだろうか。自分を切り替えるルーティーンとか作った方がやっぱり良いのかな。本気を出す予備動作というか……。漫画だとありがちなのは頭脳系だと思った奴が実はバリバリの武闘派で眼鏡を外すと誰も手をつけられないくらいの戦闘狂になるみたいな。

 

 いっそ伊達眼鏡でも着けるか?厨二病的には眼鏡がやる気スイッチなのも捨て難いが、前髪をオールバックに掻き上げて目をかっ開くのもなんか良いよなぁ。

 でも動作をスイッチにするんじゃなくてあくまで自分の中のイメージでONとOFFを切り替える展開もあるよな。銃の撃鉄を起こすとか、トリガーを弾くとか。どうすれば良いかなぁ。

 

 うーむ。でもそう言うやる気スイッチって長い付き合いになるだろうし……良い年したおっさんになっても撃鉄を起こすイメージをわざわざしてるってのなんかイタイか……?

 んまぁ、こんな思考自体がイタイのかもしれないが。でも、イメージは大事だろう。でも、かと言ってトイレの照明の様な味気ないスイッチってのはダサいよなぁ。やっぱ無骨なら撃鉄が起き上がる瞬間とかの方がロマンあるよなぁ。

 

 などと勉強するつもりだったのに、いつの間にか自分なりに気持ちを切り替えるカッコイイ方法みたいなこと考えてしまった。反省しなければ……。この辺も切り替えできていない証拠か。

 

 今度こそ気を取り直して参考書と睨めっこ。

 数式をノートに書いて、記述を黙読する。すると長年染み付いた癖と言うべきか、今度こそ勉強の方に集中できた。

 これまで俺が満点を逃したのは証明だとか自分の考えを〇〇字以上、〇〇字以内でまとめろ的な問題が多い。その辺の課題を解決出来なければカルマにも学秀にも勝てないだろう。

 

 そう言う意味で殺せんせーからの得意な科目を教え合う的な授業は本当に参考になっている。特に国語が得意な神崎さんともともと国語は苦手だったけど殺せんせーからの言葉で誰かに気持ちを伝える語彙力の大切さを学んで克服した奥田さんのソレははっとさせられることが多い。

 会話でなら割と相手の言葉の裏みたいなのを読もうと意識している節があるから特に苦手意識はなかったが、これが文字になると一気に苦手になる。これが直接話すのとLINEやメールでやり取りするときの気持ちの齟齬みたいなものに繋がるのだろう。

 そう言うとき、神崎さんの『ここにはこんな意図があると思うの』とか奥田さんの『ここはこんな伝え方がいいと思います』って言葉は見落としてた部分への理解とそう言う解釈があるのかと納得させてくれる。

 

 やっぱり国語ってのは日本の教育では一番重要だろう。ネットとかでも新社会人に求めるのは要領の良し悪しよりも、言葉が通じて日本語を正しく理解できるか否かの方が比重的にも大きいと言ってるスレを見たことがある。

 論文も証明も、日本語として破綻していたらそりゃあ、正解が貰えるわけがない。毎回部分点ばかりで満点じゃないのは俺が相手に伝わる書き方をしてないからだ。

 

 試行錯誤しながら参考書を眺め、ペンを走らせ、スマホで証明問題の模範解答はどんな書き方をされてるのかを調べるなりしているうちに俺はいつも通り、ゾーンに入っていた。

 

 なんとなく理解でき、納得も目の前まで来たかと言った所で不意に俺の視界に白くて細い誰かの指先が入る。

 ゾーンに入っていたのでスローモーションに見えるその指に気付くのに時間が掛かってしまったらしい。集中を解くとモノクロで緩やかだった世界に色とスピードが戻る。

 

 スッと俺の視界に差し込まれたその手のひらの上にはブドウ味の飴玉が乗っていた。なんだか久しぶりにやられた様な気がする、その気の引き方に苦笑しつつ、流石にヒナがいるんだから止めてくれと口を開きながら顔を上げた。

 

「トメさん、お客もいるんだからそれ止め——」

 

「えへへ、引っかかったね」

 

 顔を上げたとき、思わず言葉が止まった。

 そこにいたのはいつもの涼しい顔で『ご飯できましたよ』と伝えてくるトメさんではなく、イタズラが成功した子供そのものの様な無邪気な笑みを浮かべた陽菜乃だったから。

 

「………ぁれ……?」

 

 その笑みを見たとき、何故だか俺の中で何かが落ちた気がした。

 何の前触れもなく、なにか特別なことをしているわけでもなく、その表情を見たことがないわけでもない。

 小さい頃から勉強とかに集中して周りが見えなくなってる時によくトメさんが俺を引き戻す為にやる手を伝授されたのであろうヒナがトラップを仕掛けたり、その成果が出たときに見せるイタズラな笑みを見せただけ。

 

「渡しておいてなんだけど……これは明日にでも食べてね?これからご飯だし。それはそうとトメさんから圭ちゃんが好きな生姜焼き教わったんだよ?はい、一枚味見して〜。はい、あーん」

 

 ぼんやりと飴を開けると、机の端に置いていた小皿と箸を持ち上げ、肉を掴むと口元にそのまま差し出される。

 

「………あー」

 

 やられ慣れた仕草、見慣れた笑顔、昔から食べ続けてきた味。たったそれだけのこと。本当に特別なことなんて何もない。やられなれたことを、見慣れた笑顔と一緒に向けられただけ。そう、本当にたったそれだけのことなのに。

 

——そう、平たく言えば『キュンと来た』って奴か。

 

 胸が締め付けられるとかではない。ただ、確かに心臓が一度ドキリと跳ねたと思ったら、そのまま胸の奥の方へ落ちていったような。今の言語化するのなら、まさにそんな感じだった。

 

 無防備に開けた口に食べ慣れた、少し濃いめの生姜焼きの味が広がる。うん。美味い。トメさんの味そのものである。

 

「……ふむ。どうやら坊ちゃんも完全な朴念仁という訳ではなさそうですね。私、安心しました」

 

「んぇ?えっと……?私、なんかしちゃった?」

 

 当の本人と言えば理解が及んでないらしい。

 キョトンとそんなことを首を傾げながら言いやがる。

 

 あの言葉はこんな時に使うべきなんだろうか?

 俺はここ最近でやたらと言われる様になった、そのセリフを迷いながらも生まれて初めて他者に言った。

 

「陽菜乃のクソボケ」

 

「…………圭ちゃんがソレ言う!!!?」

 

 彼女からの猛烈なツッコミが炸裂する。 

 トメさんは雇い主に似たのか、何処からか赤飯を取り出しやがるし。ヒナと言えば普段クソボケ扱いしてる俺にクソボケ呼ばわりしたことがよっぽど心外だったのか、笑ってない目でグイグイと生姜焼きを押し付けてくる。

 

 とんでもねぇカオスになってきてるな、この家。

 その後、目が笑ってなかったヒナに誠心誠意謝りながら食卓を囲み、出された料理をひたすら褒め続けることになった。

 

 調理実習以外で初めて食べる同級生の女の子の手料理にドギマギしつつ、半ばご機嫌取りの様になってしまったが大袈裟に陳列した美味いという感想は本当で。白飯のおかわりをした辺りからようやく機嫌を直してくれた。

 

 トメさんから勉強には甘いものが良いとのことで特製プリンのレシピを俺宛にLINEで送ってきたので、いつの間にか鼻歌混じりに歩くまでに機嫌を良くしてくれていたヒナに共有しつつ、今日は彼女を送ってお開きになりましたとさ。

 




あとがき

はい、後書きです。

また思わず大長編ボリュームです……。
エイプリールフールに向けて大長編をもう一本書いております。
そちらはぶっちゃけ書き終わるか微妙なところなので、4月1日に投下されなければ間に合わなかったんだなぁ……でこのコメントは見なかったことにしてください……。

今回もご愛読ありがとうございます!
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