暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えてたくさんの高評価、感想ありがとうございます!

今回も投下しますのでお付き合いください……!


145話 期末の時間 4時間目

 

「プシュュュュュ……」

 

「おい!?圭一がまた煙上げてるぞ!」

 

「はーい、ごめんね〜通してね〜。圭ちゃ〜ん?糖分補給の時間だよ〜!はい、あーんして。氷飴のぶどう味、美味しいよ〜」

 

「あー」

 

「はい、上手に開けられました♪」

 

 今日も今日とで詰め込むのは参考書の内容。しかし、ゾーンに入って思考を回しすぎた弊害が知恵熱が出た。

 ヒナに口へと放り込まれた飴をレロレロと口の中で転がして溶かす。溶けて液状になった部分を飲み込むと頭が少しだけ楽になった様な気がする。我ながら能力に身体が付いていけてないようで情けない話だ。勉強関連でゾーンを使うと高確率でこうなる。

 

「前に煙出してから何分?」

 

「……10分だな」

 

「乃咲の体感的には?」

 

「じゅ、10時間……」

 

「そりゃオーバーヒートすんだろ……」

 

「なんか、死神と戦った後に乃咲くんが時間感覚を引き延ばせるって聞いた時は確かにズルイって思ったけど……そうしてみると本当に延ばせるだけなんだって実感するよね」

 

「あぁ……。ちょっと集中するだけで時間感覚が伸びてそれに気付かないまま考え続けると知恵熱出るとか、むしろ不便じゃね……?今の乃咲の体感だって1分あたり1時間だろ?1日の睡眠を8時間だと仮定して、朝からずっと集中してたとすると……」

 

「16時間×60分で960分。1分の集中で体感1時間なら、単純計算で1日あたり960時間活動してることになるね」

 

「うげっ……」

 

「確か一般的な企業が1日8時間労働で月に20日稼働だから1ヶ月あたり160時間でしょ……?」

 

「一般企業の残業なしで過ごした1ヶ月分の労働の6倍は活動してることになるね。1日で」

 

「の、乃咲ぃ……」

 

「ふはは、怖かろう。しかも集中の深度を深めることで更に体感時間は延ばせる……!お前たちは1日が24時間で終わる有り難みを知らんだろう。そして時の牢獄に閉じ込められる恐怖もな……!俺はいずれ全人類にゾーンの能力を与えてみせる!」

 

「こいつ、なんか突然ラスボスみたいなこと言い出したぞ」

 

「それも自分以外の人類を自分と同じステージに上げようとしてる系のな。人類を思っての行動か、自分勝手な都合なのかで賛否と悪役だけど悪じゃなかったかで意見分かれるタイプな」

 

 いや、そうやって計算すると恐ろしいことしてるな、俺。実際には16時間も集中しっぱなしってわけじゃないし、ゾーンに入るのもある程度はコントロールできる様になってるから実際はそこまででもないけど。

 でもあれか。残業なしのフルタイム労働が大体8時間だとして、俺が本当に8時間ずっと1分が1時間に感じられるレベルの集中を持続していたのなら、1日で480時間分は頭を回転させてることになるのか。そんでもって完全週休2日制だとしてそれを20日となると9600時間……………。

 

 え、なにそれ。高卒の初任給が大体18万あれば良い方だろうけど……俺、高卒で就職したらガチのやる気で8時間ぶっ通しで集中してもそんなもんしか貰えないの……?流石に割に合わないどころの騒ぎじゃないぞ。

 そりゃあ常人感覚の8時間ぶっ通しで集中とか流石に俺も無理だけどさ。人間の集中限界時間は90分とか言われてるけど、その時点で俺、90時間くらいは頭使ってるってことだよな……。

 

 よし、この考えはやめよう。金と数字で考えると虚しくなるだけだ。傷付く前に思考を切り替えよう。

 それはそれとして本気で将来を考えた方がいいとは滅茶苦茶思ったけど。少なくともやりたくないことで稼げるタイプじゃないわ。480時間やりたくないこと考えるとかどんな拷問か。

 

 っていうか、そんな時間勉強に費やしてるのに一向に全教科で満点を取れない俺は一体どんだけ要領悪いんだろう……。それに引き換え、カルマと学秀は俺と同等以上の成績だし……。

 

「…………ふぐっ……」

 

「うわっ、今度は何!?」

 

「唐突に天啓が降ってきた……」

 

「なんて……?」

 

「なんでそんなにやってるのに満点取れないの?って」

 

「とんでもない自虐きたな……」

 

「でも実際、日数に直すとどんなもんだ?」

 

「えっと…………さっきの1日8時間睡眠で残り16時間を〜って計算だと乃咲の脳の活動時間は960時間だったから………それを24時間で割ると………40日?」

 

「ふごっ………」

 

「わぁっ!?圭ちゃんがぁぁぁ!!?」

 

「1日で1ヶ月ちょっと分の勉強出来る癖に満点取れない俺ってぇ………!!」

 

 ますます情けない話である。俺ってばもしかして自分で思ってる以上に要領悪い?

 自分で言うのもなんだが、自分のことを馬鹿だとは思ってない。頭だって悪い方ではないはずだ。だが、こうして事実を正面から叩きつけられると才能の無さを疑うばかりである。

 

「ほらほら、そんな卑屈にならずに。今日はみんな勉強会行けるって言うしさ、喫茶店行こ?プリンくらいなら奢るからさ」

 

「茅野の優しさが沁みる……」

 

「んじゃ、私はコーヒーを……」

 

「……………ごめん、ヒナ。俺実はコーヒー苦手なんだ」

 

「……えっ!?」

 

「実は今までカッコつけてただけで……そんなに好きじゃない」

 

「うそぉぉっ!?えっ、どういうこと?喫茶店行った時とか、浅野くんを下の名前で呼ぶきっかけっが高いコーヒー奢ってくれるって言ったからって私確かに聞いたよ!?」

 

「だって、学秀の奴……1年の頃からブラック飲んでたんだぜ?アイツに絡みに行くのに砂糖とかミルクとか入れてたらカッコつかないじゃんか。だから実は内心では角砂糖2つ入れてミルクたっぷり入れたかった」

 

「ちょっと待って!?確か圭ちゃんって1年の頃の勉強会からずっとコーヒーをブラックで頼んでたよね!?私、アレみて『うわっ、主席って大人な味が分かるもんなんだな〜』ってちょっと憧れてたんだけど!?」

 

「実は学秀が俺の注文の直前にブラック頼みやがってさ、普段アイツに絡みに行ってた分、ジュースとか頼み辛くて引くに引けずに勢いでブラックコーヒー頼むことになっちまって……」

 

「……3年間、痩せ我慢してコーヒー飲んでたの?」

 

「……うん」

 

「え、えぇぇぇ……」

 

「これまた凄いカミングアウトだね……」

 

 ヒナと茅野が流石に表情を引き攣らせていた。

 

「実は1人で行ってる時も飲む練習で頼んでた。内心では『あー。ココア飲みてぇな。冷たい奴』とか思ってホットブラックを啜ってたよ。まぁ、モノローグではコーヒー飲める風の語りをしてたようなしてた様な……」

 

「乃咲って謎に意地張るところあるよね。嫌なことからは割と素直に逃げてたとかいう癖に登らなくていい壁を必死に登ってるっていうか、二歩進んで二歩退がった後に斜め前に一歩踏み出すみたいな?『やらんでいい!やらんでいい!だからって戻らんでいい!ちょーい!お前どこ行くねーん!』みたいなさ」

 

「言えてると思う……」

 

「お前ら酷くない?俺はこう見えて引き際を弁えてる立派な殺し屋ですとも。『口に出すのは実行する時』ってのと、『無駄はやっても無意味はやらない』のが俺のモットーだぜい?」

 

「後半の奴は初めて聞いたかなぁー」

 

 悠馬からもバイト中に出したコーヒーとか実は嫌だったか?などと心配そうな言葉を掛けられた。流石に気遣いで出してもらったものにそんなこと言えるわけもなく、思わず咄嗟の判断で苦手であって嫌いではない。眠気が退くのも事実だから勉強中は嬉しいと言うことにしておいた。

 なんだか、勉強中にコーヒーを飲まなきゃいけない理由が増えてしまった様にも思うが……。

 

「っていうかさ、乃咲?」

 

「ん?」

 

「なんで今更、3年もカッコつけたことカミングアウトする気になったの?そのまま続けても良かったんじゃない?」

 

「あー。うん……まぁ、もういいかなって」

 

「圭ちゃん、そういうところあるよね。この前、圭ちゃんの椚ヶ丘の実家に連れてってくれた時も言ってなかった?」

 

「………へぇ。乃咲、倉橋さんを連れ込んだの?」

 

「いや、2人だけだったし。それまでの勉強会で金使いまくってたからさ。たまには金使わないでゆっくり出来るところって思ったのと……ヒナなら良いかなって」

 

「……………ふ〜ん」

 

 茅野が脇腹を指で刺してくる。

 ツンツン、なんてレベルじゃない。ドスっドスっと茅野の指が突き指しないか心配になるレベルである。

 

「んで?それでなんで乃咲クンは『もういいかな』って気分になったわけ?俺的には乃咲クンってそう言うの隠し通しそうだなって思うんだけど。言わなきゃバレないだろうにさ」

 

「ヒナを家に連れ込んだ時にさ、俺の育ての親っていうか、親代わりしてくれてる家政婦さんと偶然鉢合わせて。好物とかゾーンに入ってる俺を無理やり戻す方法を教わったみたいで。なら、今更カッコつけんのもダサいかなぁって」

 

「それで3年続けたことをパッと止めようと思うあたり、乃咲も色々と執着しないっていうか、思い切りがいいよね」

 

「……なぁ、岡野。これ、乃咲が着々と倉橋に外堀埋められるのツッコミ入れるべき?」

 

「私に聞かれても………」

 

 茅野さんや、脇腹を抓るのは止めなされ。

 ヒナさんや、流石にみんなの前で腕組むのは止めなされ。そういうのは正式に付き合うまでお待ちなされ。 

 

 ………はぁ。んでも、嫌ではないんだよなぁ。女子の胸を当てられて嫌がる男はいないみたいな風潮があるけど、実際には興味がない、嫌い、そんな相手に当てられても正直怖いだけだ。

 痴漢冤罪やたまたま当たっただけでも悪くなるのは男側だし。今どき、ボディタッチ系のラッキースケベが現実に起きたとして、その場その瞬間で喜ぶ男の方が少ないだろう。偶然だと理解と納得を示して貰った上で大事にならなければ別かもだが、絶対に触った瞬間は頭が真っ白になり、次に思うことは『詰んだな……人生終わった』とかだろう。

 よく女子の大きな胸を悪ふざけで凶器と呼ぶことがあるが、事実、電車の揺れやら何かしらの外的要因で当たってしまっただけでも男の人生が高確率で詰みかねないという意味で、女子の体は凶器と言えるだろう……。

 

 まぁ、あくまで俺の持論だが……。

 

 って、めちゃくちゃ脱線したが、ともかく、ヒナにはそういう類の恐怖を感じない。自分でも驚くくらいに警戒すら皆無だ。むしろ嫌どころか嬉しいまである。

 我ながら半端なことは自覚してるし、俺自身のヒナへの好感度の高さも知ってる。けど渚が今言ったような思い切りの良さが本当に俺にあるなら、とっくにヒナと恋人になってる訳で。

 

 この前もキュンとさせられた実感はある。ヒナになら良いと思っただとか、そんなセリフが出てくる理由に気付かないフリをしてるだけで実際は分かってるさ。

 俺は確かに陽菜乃が好きなんだろう。そうでなければ女子の胸は人生を詰ませる凶器とか思ってる奴がいくら気を許してる相手でも自分の家に連れ込むなんてことはしない。

 やばいとか、みんなの心配をする時に大体真っ先に思い浮かぶのは陽菜乃だ。その時点で言い訳なんて出来ない。流石に俺もそこまで自分の気持ちに鈍感ではない。

 

 では、なぜ今だに告白を受け入れないのか。

 答えがあるとすれば、俺が彼女に何を求めたいのか分からないから………違うか。きっとこれに対する答えもわかってる。全部、見て見ぬ振りをしてるだけだ。自分が求めてることなんて、小さい頃から分かってた。

 ある種の自分のコンプレックスと言える願望。ただ告白してくれてる女の子に求めるにはあまりにもハードルが高く、受け入れて貰えるか分からないもの。あまり知られたくない願い。

 

 ヒナやユウジくん、あとは女誑しで遊びまくってる前原が如何に勇気があるのか分かる。受け入れて貰えないかも知れないのに自分の気持ちや付き合って欲しいという願望を曝け出す勇気が俺にないだけだ。 

 彼女が伝えてくれたのだから、俺も伝えるべきだ。好きだと向こうが言ってくれたからこれ幸いと受け入れてなし崩し的に自分の願望を叶えるみたいな相手の好きの上であぐらをかいちゃいけない。こっちも伝えなきゃ対等じゃいられない。

 

 んでも、その覚悟が決まらずにズルズルと伸ばすことが不誠実なことくらい分かってる。俺にはフるという選択肢はないし、仮にフッたとしても自分のことを伝えないのは不誠実だ。終わるのなら、俺のことを伝えた上で拒絶されて終わるべきだ。

 

「……おや」

 

「えっ…………あー」

 

 山を降りて本校舎の歩道と合流した時、ちょうどというか、ばったり出会ってしまったというべきか……。

 歩いた先、ちょうど俺たちからは死角になっていた場所から5英傑が姿を現し、榊原と目があってしまった。

 

「……E組か。どうだ、そっちの調子は」

 

「ボチボチだ。珍しいな、お前らが開口第一声に俺たちを馬鹿にしてこないなんて。なんかあったか」

 

 瀬尾のぶっきらぼうな問い掛けに首を傾げながら言葉を返すと学秀以外がバツの悪そうな顔をした。

 なんなんだ、一体。いつもなら開口一番に俺たちを馬鹿にして、俺がカルマが煽って悠馬や学秀が宥める流れなのに。

 

「そう言ってやらないでくれ、圭一。今、A組では理事長による強化授業が行われている。僕らは強化授業の必要なしと言われて残らずに済んでるが、残った連中の惨状を目にしてショックを受けてるんだ。少なからずな」

 

「あー。そうか。理事長の洗脳教育な……」

 

「………正直、ゾッとしてる。この前、乃咲くんが呼び戻してくれなかったら僕らもあんな風になってたのかと思うとね。いくらなんでもあの執着は異常だ」

 

「そんなに酷いのか……?」

 

「……あぁ。認めんのは癪だけどよぉ。E組は強くなった。乃咲や赤羽だけじゃなく、お前ら相手に余裕を見せて勝つなんて絶ってぇに無理だ。けどよ、理事長先生はそれをやろうとする」

 

「僕らですら追いつくのがやっとだ。あのまま続けたらドイツもコイツも潰れるだろうね」

 

「E組潰すだの、E組殺すだのとブツブツ延々と呟き続けながら板書を取って計算して教科書を読んで。正直アレで勉強した内容が頭に入ってるのが不思議だね。思わずノートに口に出してる内容書いたりしてないのが奇跡だ」

 

「想像以上の修羅場になってるな……」

 

「……あぁ。僕らがA組に復帰した時も周りの余裕の無さは感じていたが、そこまでのものではなかった」

 

 竹林の戦慄、5英傑の語るA組の惨状。これから勉強会に行こうという空気がドンよりと重くなった。

 ふと、そんな中で学秀が意を決した様に俺たちに視線を向けると口を開いた。かつてない重々しい口調で。

 

「圭一、赤羽……いや、E組のキミたちに頼みたいことがある」

 

「お、おい、浅野?」

 

 学秀が俺たちに視線を向ける。今まで何度も見たような何かを企むような目ではなく、真摯な目だ。

 悠馬もその姿勢の変化に気が付いたのか、言葉を投げる。でも、ここで掛けるべき言葉はそれではない。

 

 だから、俺の方から問い掛ける。

 悠馬より前に半端だけ出ると、彼は俺に任せるかのように俺が出た分だけ後ろに下がり、行先を見守ることにしたらしい。

 

「……俺たちに何をして欲しいんだ?」

 

「理事長の……父さんの教育方針を殺して欲しい」

 

「どうやって?言っちゃ悪いが、賛同するつもりはないし、手放しで褒めることもできない。でも理事長の方針は確かにアレだけど、思想は間違ってないと思うぞ。その辺の凡夫ならまだしも、あの大魔王が相手じゃ並大抵のことじゃ思想に基づいた方針を殺すなんて出来ないと思うけど。その辺考えてるのか?」

 

「あいつは自分の教育の正しさを証明する為にA組で教鞭を取っている。それなら教えた生徒に勝つことがあの怒りと憎しみだけを原動力にした教育方針を否定する手段にもなるはずだ」

 

「もともと頼まれずともA組に負けるつもりはない。でも、それってE組がA組に勝つってことだぞ。今までのお前の方針とは真逆だ。体育祭で外国人の精鋭を呼んだり、複数箇所にカメラ仕掛けて情報共有したり、色んな手を尽くしてきたお前らしくない頼みだ。なんの意図がある?」

 

「『父親であろうが蹴落とせる強者になれ』と僕は教わったし、実践してきた。人がどうあれ、それが僕ら親子の形だ。だが……僕以外の凡人は違う。今のA組はまるで地獄だ。E組への憎悪を唯一の支えに限界を超えて勉強させる。もし、あれで勝ってしまえば……彼らはこの先その方法しか信じなくなるだろう。………お前になら、分かるんじゃないのか、圭一」

 

 それは思いもしない問い掛けだった。

 俺になら分かる。一体何を指してそう言っているんだろう。結局のところ、勉強でコイツを越えたことはないのに。

 

「あの人はお前こそが自分の教育方針の理想に近いと言っていた。正直に言えば、僕もあの人の理想の体現は僕ではなく、お前なんだと感じてる。お前も時々……父さんと似た様なことを言うことがあるからな」

 

「……………頷き辛いな」

 

「そういうな。僕は浅野學峯が経営する学校の生徒という意味でのモデルケース、お前は浅野學峯が個人的に思う強者への道を歩いてるモデルケースなんだろう。悔しいがきっとそれが最もあの人の僕らへの印象を端的に表してる説明だ」

 

 そうだろうか。確かに浅野先生は比較的に俺のことを気にかけてくれてる教師の1人だろう。あんまり嬉しくない甲斐甲斐しさではあるが、入院した時にお見舞いに来てくれたし、なんというかわりかしフレンドリーだ。

 俺があの人のお気に入りの後輩の息子というのも無関係ではないだろう。それに俺の思う強さと先生の思う強さは違う。それは実際に何回か直接話した時に意見を交換したことがあった。

 浅野先生に俺は確かに認められてるのだろう。直接強者認定を受けたことすらあったのだから。でも、学秀の様なそれこそ生まれた時から英才教育を受けてた奴と並んでモデルケースなんて呼ばれ方するほど俺は優秀ではない。悔しいけど。

 

「このままでは、彼らがモたない。負けるかも知れない恐怖との戦いとは、他人に強要されるべきものではないし、自分由来の感情じゃないそれは長持ちしないだろう。このまま続けたらきっと倒れるだろうし、キミたちに勝ってしまえば彼らの勝ち方に対する考え方が固定化されてしまう」

 

「……A組の連中が、夏休み明けの乃咲みたいになっちまうかも知れねぇってことか」

 

「……………それは………見たくねぇ光景だな」

  

 E組に復帰するまでの俺の様子を知ってるみんなが表情を曇らせた。みんなには迷惑をかけたし、怖い思いをさせた。俺1人で28人もの人間をこんな表情にさせてしまっているのだから、30人いるA組ほぼ全員があの頃の俺と似た様な状況になったとしたら、曇る人間の数は単純に30倍になるかもしれない。

 

 別に見知らぬ誰か、あんまり好きではないA組連中の関係者がどれだけ曇ろうと薄情な言い方をすれば、俺には関係ない。

 だが、同じことをやって周りを傷つけた経験がある者としては、どうでも良いと切り捨てる訳にはいかなかった。

 

「なにより、A組のクラスメイトは高校に行っても僕の手駒(仲間)だ。偏った強さ、思考の手駒では支配者(ぼく)を支えることが出来ないんだ。だから、どうか——正しい敗北を僕の仲間たちと父に」

 

 学秀はそういうと静かに頭を下げた。

 その姿に俺たちの間には少なからず動揺が走る。プライドの高いコイツが他人を本気で気遣って頭を下げている。その事実に対して俺たちの行動は2つに分かれた。

 

 5英傑はリーダーに倣うように並んで俺たちに頭を下げた。対する俺たちは自体の深刻さに思わず言葉を失った。

 学秀は他人の為に頭を下げるタイプではない。自分が頭を下げることがない様に事前にあらゆる手を打ち、可能性自体を潰すタイプだ。部下のやらかしに責任は持つが、そもそもやらかさない様に事前に教育を徹底するから責任追及される様な場面にはしない。それが強者を作り、支配する強者としての浅野学秀だ。

 

 その学秀が打つ手を無くし、俺たちに頭を下げるしかないレベルまで追い込まれてる事実はこれ以上ないくらい俺たちを驚かせた。思わず言葉を失ってしまうほどに。

 

「え、他人の心配してる場合?浅野くん今度こそ引き摺り下ろしてそこに座んの俺なんだけど?」

 

「————ピキっ」

 

 うわっ、口でピキって言ったぞコイツ。

 どんだけ今の言葉がイラっと来たんだ。

 

「言ったじゃん。次はE組全員容赦しないって。1位は俺で、2位は乃咲クン。そっから下も全員E組で、浅野くんは10位くらいが良いところじゃない?5英傑の人らは29位以降って感じだよ〜?A組が全員50位以内に入ることはないから安心しなって」

 

「あっ?」

 

「は?」

 

「おっ?」

 

「ギシっ?」

 

 カルマの煽り文句に5英傑もピクッと反応した。

 あ、いや、ピクッどころがピキッてる。頭下げてて見づらいけど、おでこの辺りが明らかに動いたわ。

 

「おぉ〜。カルマがとうとう1位宣言」

 

「1学期期末と同じ結果はゴメンだけどね」

 

「今度は俺にも負けんじゃねぇーのか、えぇ!?」

 

「くっ……!」

 

 吉田、竹林、寺坂からの煽りに対してカルマは案の定簡単にプッツンしたらしく、無言で寺坂を蹴りながら八つ当たりしていた。いや、まぁ、まだ頑丈な寺坂にしてる辺り、理性的か。

 

「なぁ、浅野」

 

 そこで悠馬が口を開いた。

 さっき俺がやった様に俺の半歩前に出たので、その分だけ今度は自分が後ろに下がって彼に道を譲る。

 

「今までだって本気で勝ちに行ってたし、今回だって本気で勝ちに行く。それで良いんじゃないか?勝ったら嬉しくて、負けたら悔しい。これまでもそうだっただろ?んで、勝負が終わったら格付けとかは無し。もうそろそろ、それで良いじゃんか」

 

「『コイツらと戦えて良かった』ってA組(お前ら)が感じてくれる様に俺たちも頑張るからさ。互いにベストを尽くそうぜ?」

 

 悠馬が爽やかに声をかけると、寺坂に八つ当たりというか、照れ隠ししてスッキリしたのかカルマが指で首を掻っ切るジェスチャーをしながら挑発的に言い放った。

 

「余計なこと考えないでさ、全力で殺す気で来なよ。浅野くんも5英傑(お前ら)も。それが一番楽しいよ」

 

 殺気を放ちながら言うカルマに5英傑は息を飲んでたじろぐが、それを向けられた学秀と言えば……ゆっくりと顔を上げて口角の吊り上がった攻撃的な笑みを浮かべていた。

 

「面白い。ならば僕も本気でやらせてもらう」

 

 ニッと音がしそうな笑みを見せて言い放つ学秀とその笑みを見て面白そうにしているカルマを見ていると、俺なんかよりもよっぽどコイツらの方がライバルしてるよなって疎外感を覚えるのは何故だろう。ジェラシー?

 

「————圭一」

 

 内心もやっとした何かを感じていると、学秀が今度は俺を見た。カルマに対して向けていた不敵な笑みではなく、真剣そのもの。まるで決闘を挑むかの様な面持ちだ。

 

「僕は……お前に勝ちたい。1学期の期末から完全に復活したお前に一度も勝てていない。テストでは引き分け続きで、体育祭では完全敗北。学園祭では確かに勝ったが、お前たちが2日目の最後まで営業していたらどうなっていたかは分からなかった。A組のリーダーとしては満足できる結果だ。でも、僕個人はそんな勝ちで満足は出来ない。白黒着けたいんだ。お前と」

 

 意外な宣戦布告だった。

 てっきりいつもみたいに絶対負けないと涼しげに一言残して去ると思ったのに、カルマに向けたモノとは桁違いと言えるほどの熱量が俺に向けられていた。

 

 良い機会だ。この際、はっきり聞こう。

 

「俺としてもお前に勝ちたい。途中で挫折して腐っていじけてたが……俺の椚ヶ丘の生徒としての初めての目標はコレだった。でも、一つだけ聞いて良いか」

 

「なんだ」

 

「お前は俺をライバルだと言ってくれた。腐ってどうしようもなくて、周りから人が離れる一方だった俺に対してお前はずっと声をかけてくれた。それは何故だ?確かに俺は成績面で言えばお前に比肩していた時期もあったが、期間で言えば榊原たちとお前で5英傑だと持ち上げられる様になった時間の方が長い。俺が折れた時には既に榊原たちの方がよっぽどライバルに相応しかったはずだろ。なのになんで俺をライバル呼びし続けた?」

 

「お前が僕に『絶対に勝つ』と初めて言い放った奴だからだ」

 

「………1年の頃か」

 

 俺の質問に学秀は答えた。短く息を吐く様に。

 

「僕は、浅野學峯の子供として生まれた。全国レベルで教育者として有名な父親。『浅野先生のお子さんなら出来てあたりまえ』そんな扱いは珍しくなかった。むしろ、そう扱わないやつの方が珍しかった。テストで満点、スポーツで優勝。ことあるごとに『流石、浅野先生のお子さんだ』と腐るほど言われた」

 

「……………」

 

 アイツの口から出てきたのは身に覚えのある話だ。

 

「右を見ても左を見ても、僕よりもレベルが低い奴ばかり。何かあれば浅野くんに聞けば良い。困ったら浅野くんに頼れば良い。そんな話を何度も聞いたし、何度もされた。幼稚園や小学校や塾。その全てで僕の後ろに着いてくる奴はいても、隣に立つ奴はいなかった。椚ヶ丘の入学式のあの日までは」

 

「主席が2人いた入学式。乃咲と浅野くんが挨拶してたっけ」

 

「そう。過去に例がなかった主席2人による新入生の挨拶。僕はそこで初めて自分に並ぶ奴を見た。それが圭一だった」

 

「浅野にとって乃咲が初めて対等な相手だったのか」

 

「瀬尾の言う通りだ。圭一は初めて見るタイプだった。僕に頼らず、僕に聞かず。マウントを取りに来る様にアレだコレだと知識をぶつけて来て、張り合って来る奴は。最初こそ少し鬱陶しかったが、次第に張り合いが出て来てこっちもつい熱くなってしまったんだ。早い段階でお前が俗に言う天才ではないことは気付いた。正直に言えば落胆もした。だが、必死こいて喰らい付いてくる姿を見て……何処までお前が着いてくるのか気になった」

 

「それがお前が俺を見離さなかった理由か……」

 

「勉強でも、ゲームでもお前は直ぐに張り合って来た。張り合って、実際に僕と並ぶレベルでこなして。こっちも意地になって張り合い返して、どんどん楽しくなっていった。努力で僕に喰らい付いてくる様な奴が挫折して堕ちていくのが見てられなくて声をかけ続けた。それが僕がお前に拘った理由だろうな」

 

 学秀の語った、俺に拘っていた理由。

 それは少し前の自分では共感も理解もできなかったことだろう。同じ目線に立つ奴が現れて期待を持った学秀と同じ目線に立つ奴が現れて怯えて格を付けたがっていた俺。

 いまなら分かる。コイツの気持ちが全部分かるわけじゃないが、根っこの部分は多分俺たちは同じだった。

 きっと同じ目線で対等でいてくれる奴が欲しかったんだ。俺は俺自身を対等に見てくれる存在が。学秀は自分と対等に渡り合える競争相手とでもいうべき存在が。

 

「でも、今はそれだけじゃない」

 

「………」

 

「さっき、モデルケース云々言ってる途中で自覚した。僕は、浅野學峯が手放しに褒める乃咲圭一という強者を倒したい。あの人に褒められたことがないわけじゃない。でも、父が求める強者然としたお前を倒せれば……それは、アイツの求める強者より僕が目指す強者像のほうが勝った証明になる」

 

「俺は別に理事長やお前の語るような強者じゃないぞ」

 

「それを決めるのはお前じゃなくて周りの人間(ぼくら)だ。第一、倒れるまで努力を続け、この僕に喰らい付き、全国からエリートが集められたこの学校で主席まで上り詰めたんだ。100歩譲って勉強面で僕より下だったとしても、学校の成績で測れない部分を考慮したらどうなる。その上で自分は強者ではないと言うのか?」

 

 確かに俺は普通の人間よりは強い。殺せんせーよりも早く動ける人間が弱いわけがない。そこに対する自負はある。烏間先生から技術を学んでいるのだって俺の努力だ。勉強をしているのだって俺の努力だ。いくら体感時間を引き延ばせてその分周りよりも多く時間が使えると言っても、それを選んで周囲の何十倍かは努力してることを否定される謂れはない。

 でも、その辺を鑑みても、俺が強いのは全て自分の努力によるものではなく、父さんが母さんに施し、母さんが俺にくれた強化人間染みた生い立ちによるところが大きいだろう。

 あんまり認めたくないが、チートと言って過言じゃない。ゾーンが母さんから受け継いだものだと知るまではコレも自分の才能だと思っていたが、出所を理解した後で同じことを言えるほど厚顔無恥ではない。だが、それでもコイツやカルマに勝ちたくて自分のチカラとして使っている。

 

 それを踏まえて誰が自分を彼や理事長の定義する強者と名乗ることができるわけがないだろう。

 

 そんな俺の内心など知る由もないだろう。しかし、そんな学秀が言葉を紡いだ。かつての俺の言葉を引用して。

 

「お前は前回のテストで言った。今の自分を椚ヶ丘学園(ウチ)に入れなかった奴らに誇れるのかと。逆に聞くが、お前は何故誇らない?不合格者(かれら)を下して入学した強者たちの頂点に立った癖に自分は強者ではないと言う。それは、不合格者を含めた1位未満の生徒ほぼ全員を見下しているのと同義だ」

 

「俺は……」

 

「分かってるさ。そう言うつもりじゃないんだろう。それでも今のお前が自分を強者であることを否定するのは、お前を否定するだけではなく、今日まで乃咲圭一に負けて来た連中をも否定することになるんだ。お前の好きそうな言い回しに変えるなら……『お前には強者を名乗る権利と義務がある』ということだ」

 

 学秀が突きつけて来たのは俺が無意識に周りを見下しているという事実だった。でも、言わんとすることは理解できる。

 仮に俺が初めて学秀に負け、2位になったあの時にコイツが『僕なんてまだまだだ。運が良かっただけだよ』だなんて言っていたのなら、自分のケアレスミスなんて忘れてた頭に血が上っただろう。運が良いだけの奴に負けるわけないだろ、バカにするんじゃねぇと叫んだだろう。

 

「頂点に立つとはそう言うことだ。強者を名乗る権利と義務。それを背負うことが人の上に立つことで、負うべき責任だ。自覚を持て。まだ2位、3位の奴が『自分はまだまだです、上には上がいますから』というのは謙虚だと言える。だが、それを1位の奴がやるのは嫌味だ。少なくとも、そのコミュニティの中では頂点にいるのだからな」

 

 半ば睨むようになりながら必死に伝えてくるそれは浅野学秀という強者が持つ持論であり、強者としての矜持なんだろう。頂点に立った者の権利と義務。それを背負う責任。

 ヒナに告白された時、似た様なことを考えたっけ。自分の言動とその結果伴う責任。俺は結局のところ何も成長してないのかな。なんて思わずにはいられない結果になってしまった。

 

 あるいは、強者を目指していた学秀と結果的に強者に並んだ俺の根本的なスタンスの違いとでも言うのか。

 しかし、それでも学秀の言葉は耳に痛いものだった。強さには責任が伴うのだ。大いなる力には大いなる責任が伴うと言う様に、俺が自分のゾーン(チカラ)に殺せんせーを殺せる可能性を感じ、実現させることこそが自分のやるべきことであり、果たすべき責任だと感じるのと同じ様に。

 

「悪かった。確かに学秀の言う通りだ。気を付ける。そうだな、俺はこの学園の生徒を最下位から抜き去って1位になった。順位が落ちる苦悩も、最下位にいる辛酸も、上にいる奴らを追い抜く努力の厳しさも噛み締めたことのある……強者だ。だから、まだ追い抜いたことがない唯一の相手であるお前に必ず勝つ」

 

「それでいい。それでこそ僕のライバルだ。これは格付け云々じゃない。単純な闘争心だ。文句はないだろ、磯貝?」

 

「お前と圭一が良いなら好きにしろよ……」

 

 俺が宣言すると、学秀は不敵に笑った。

 目が覚めたという言い方は間違っているだろう。だが、それでも俺にも持って通すべき意地が出来た。

 テスト本番でゾーンを使うつもりはない。それは同じ土俵で戦ってるとは言えないから。それは学秀の語る強者として、1位未満の生徒を追い抜いて来た俺のプライドを守る一線だ。しかし、その本番に向けて手段を選ぶつもりはなくなった。もともと選んでいたわけではないが、それでも気が変わった。

 

 一日960時間の努力をしてやる。親から貰った能力がどうとか知ったことか。もともとコイツの言った様に天才ではない俺だ。時間を引き延ばすことで天才に追い付く努力ができるのなら、躊躇わない。卑怯だのチートだのと言うつもりもなくなった。

 自己正当化?知ったことか。それで卑怯だのなんだのと言ってくるのであれば聞き返してやる。1日で960時間自由に使えるとした時、それを全て勉強に、努力に割くことができのか?と。

 

「……凄いことになってきたな」

 

「うん。理事長の教育方針を殺すって話からいつの間にか浅野くんと乃咲くんの最終決戦みたいな感じになったね」

 

 宣戦布告され、宣戦布告し返した。

 

「ちょうど良い。なら、このまま勉強会と洒落込むか。互いの戦力アップと行こうじゃないか。お前と僕なら正しい意味で高め合えるだろう。なんなら1学期の期末からやってる賭けでもするか」

 

「別にいいぜ。俺が負けたらなんでも一つ言うこと聞いてやるよ。確か1年の頃、シリコンバレーで起業するのが夢とか言ってたな。なんなら、その時、お前に恭しく仕えてやろうか」

 

「……!ははっ、それはいい!ますます負けられない理由が出来た。なら僕も同じ様にお前の要求をなんでも一つ聞いてやるさ」

 

「なら、俺が勝ったらお前に言いたいことがある。恐らくはお前が生まれてから凡そ本気で、真剣に言われたことがない単語だろうが……怒らず、否定せず、粛々と受け止めるこったな」

 

 互いに半ば高笑いしながら歩き出した俺たちに5英傑とE組の面々が苦笑したような、半分引いた様な表情で着いてくる。

 

「乃咲の奴、大丈夫かよ……」

 

「圭ちゃんなら心配ないよ。倒れる前に私がストッパーになるし。『口に出すのは実行する時』って言ってる圭ちゃんが宣言したんだから、絶対に勝つよ」

 

「ま、それもそうだわな」

 

 その後、学秀の知り合いがオーナーをやってる喫茶店で5英傑とE組という異色の組み合わせの勉強会が始まった。

 互いに打倒するべき相手と思ってる俺たちが並んで勉強している姿は椚ヶ丘学園の歴史上では最も異色な光景だろう。

 

 そこには、1年の頃のように俺と学秀で檄を飛ばしながら知識で殴り合うかの様な光景が広がっていた。

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