加えて、たくさんの高評価、感想ありがとうございます!
昨日投下したIFルートが思った以上に受け入れていただけているようで安心すると同時に嬉しくなりました。みなさま、今後とも生暖かく見守って貰えれば幸いです。
以下、本編になります。かなりヘビーな内容な気がしますが……。どうか最後までお付き合いください……!
殺すと言い放った瞬間、空気が凍った。
両手に握った2挺のエアガン。暗殺が始まった時に支給されたガバメントと両利きになった時に趣味で買ったファイブセブン。それらをいつでも撃てるように意識を固める。
狙いは二箇所。殺せんせーと彼の足元。
「……殺すとは穏やかではありませんねぇ」
口ではいつもの様に穏やかに言うが、彼の警戒のレベルが明らかに跳ね上がるのが伝わってくる。
そらそうだろう。さっきまでの理事長からの暗殺のダメージが回復しきれていない。柳沢の情報だったか。触手を回復させることにもかなりのエネルギーを使うのだとか。
で、あれば。殺せんせーは弱ってる。
「暗殺——はじ——」
頼んだ通り、烏間先生が片手を挙げ、口火を切る様にそれを振り下ろそうとした。いつも通り、暗殺開始の合図を〜。そんな意図を汲み取ってくれた烏間先生は『いつもの』で通じてくれた。
だから、全て言い終わる寸前に動いた。
左右のハンドガンで狙い通りの箇所を撃ち続ける。足元と触手を左右でタイミングと規則性を読まれない様に、不規則に、しかしそれでいて可能な限り正確に。
「ヌルフフフフ、合図が終わってないのに攻撃を始めるだなんてせっかちですねぇ」
「俺は烏間先生にいつものって言っただけで、合図があったら始めるだなんて一言足りとも言ってないから」
左右で26発ずつ。合計52発を撃ち切る勢いで連射する。
殺せんせーは弾を避ける為に一ヶ所には止まらない。
剥き出しの触手を狙えば、服でダメージが与えられないと言うことはないし、足の役割をしているモノを狙えば、避ける為には必ず足を動かさなきゃいけないし、動かした先をまた別のハンドガンで狙っている。
避けなければ触手が壊れ、避けたとしても足元に転がる、あるいは跳弾した対先生弾が先生に喰らいつく。
さっき、対先生弾を顔面に喰らっても死なない所をしっかりとこの目で見た。ならば、現在の情報で殺せんせーを銃撃で狙う上で一番効率的なのは足と足元だ。
機動力を削ぐ可能性もあり、そして床に散らばった対先生弾はそのまま先生にとってダメージを与える床に変貌させる。
「なるほど、足を狙いつつ、床にBB弾をばら撒いて先生にとって足の踏み場を無い状況に持っていく。キミの戦術は理にかなってます。しかし、先生の触手はその気になれば、地面との設置面を多少なりとも少なくできます。1手、足りませんねぇ」
殺せんせーの言葉と共に弾丸が尽きる。
弾がない銃なんてただの飾りだ。でも、これはただの飾りにはならない。だから、ちょっとした細工をして両手の銃を左右へ投げ捨て、腰のロングナイフ2本を引き抜く。
「そういえば、今回の私の勝利条件を聞いていませんでしたね」
「そうだな。俺も折角のフルアーマー装備だし、袖に仕込んだワイヤー以外の全ての武装を手放したら俺の負けってことで。あとはいつも通り、この教室から出たほうが負けでどうです?」
「ヌルフフフフ、フルアーマーあるあるですねぇ。追加装備や装甲を全て失いつつ継戦し、全ての武装を失ってステゴロになる展開。いいでしょう。では、キミはさっき投げ捨てた武装をまずは2つ失ったってことですね」
「そう言うことで」
言いながら俺は殺せんせーに向かってガバメントの予備マガジンを投げ付ける。無論、このまま当てたとしても効果はない。このマガジン自体は対先生弾が入ってる以外はただの弾倉に過ぎない。だから、ゾーンに入って自ら投げたそれに追い付き、ナイフを叩き付ける。ただ、力任せに。
すると、マガジンはたちまち粉砕され、構成していた部品ごと殺せんせーに向かって中に入っていた対先生弾が飛散する。
「なんと……!」
が、それも避けられる。
けれど避けられたとして俺の作戦に支障はない。外れた弾丸は壁にぶつかり、跳ね返り、して床に転がる。これでまた殺せんせーが自由に使える足場が減った。
「乱暴ですねぇ……」
「不良なもんで」
続けて、爆竹を取り出し、専用の超体育着に付けて置いた粗い紙やすりに導火線を尋常ではない速度で擦り付け、火を灯す。
爆ぜる寸前のそれを殺せんせーの顔面目掛けて投げ付けると、狙い通りに爆竹は激しい破裂音と共に弾けた。
「にゅ……!?」
それとほぼ同時、ぱしゃっと水音が響く。
今だにいくつかは爆発を続ける爆竹の煙の中で、黄色いドロリとした体液を滴らせた触手が床に落ちた。
「ただの爆竹じゃない……!」
「あぁ。殺せんせーは環境の変化に弱い。それはなにも湿気や気温だけじゃない。恐らくは鋭い感覚器官。例えば目や鼻や耳や舌。そこに作用する変化も同じ。だから、爆発すると大きな音が鳴り、煙を上げることで視界に変化を生じさせ、煙臭くなる爆竹は瞬間的に殺せんせーの意表を付けると思った」
煙が晴れると、奥からは触手に穴が空きまくった殺せんせーが体液を滴らせながら現れた。
「うそっ、なんで!!?」
窓の外から聞こえる声に応える。
「爆竹の裏側に対先生弾を貼り付けて置いた。それもひび割れてちょっとの衝撃でも砕けそうな奴を。爆竹の爆発で砕けて飛び散るそれに、もともと初速は殺せんせー以上の膂力を持つ俺が投げた時の速度が上乗せされることで即席の手榴弾になる」
淡々と説明する俺と冷や汗をかいて触手を再生させる殺せんせー。しかし、生やしたばかりの触手は床に触れた途端に一部は再び弾け、また別の部分はじわじわと溶け始めた。
「そして、飛散した対先生弾の細かな破片は床に散らばる。さっきまで連射したり、マガジンをぶっ壊してばら撒かれた正常な対先生弾に紛れる。殺せんせーは、この床を足場として使うのなら、足元に転がる球ころと、爆発で不規則的にばら撒かれた破片にも気を付けなくちゃいけなくなった」
「……徹底的ですね」
「殺すと口にした以上、最後までやり切る。それが俺の責任です。責任を果たす者、それが俺の目指す強者だと言った以上、全力を尽くして殺せんせーを殺します」
「責任を果たす者……。なるほど、キミらしい目標です。口ではあれこれ言いつつ責任感が強いキミに実に合っている」
「ありがとう、殺せんせー」
礼を言いながら、俺は再びマガジンを砕く。今度はファイブセブンの弾倉をバラバラに粉砕する。
プラスチックや一部金属部品の割れる音と対先生弾が床に散らばる音を聞かながら、それでも言い放った。
「だからこそ、手加減はしない。最初に乱射した52発とマガジンをぶっ壊して散らかした52発。合計104発の対先生弾とそこら中に散らばる無数の破片。さて殺せんせー、この状況でもご自慢の機動力を維持できるか」
「………」
「触手を再生させるなら位置を考えないと回復した端からダメージを喰らう。回復させないとしても、触手を失った状態では1本につき機動力が20%低下する。再生する側にエネルギーを割きながら機動力を維持するか、機動力を犠牲にエネルギーを維持するか。どっちを選ぶ?もっとも………足場を考慮した跳び方の生半可な速度なら俺のほうが早いと思うが」
殺せんせーの機動力を殺す最も簡単な方法。それは、そもそも足場を使わせないことだろう。
彼は原因不明の念動力で浮いてる訳でもなければ、実はブースターを搭載したタコ型UFOと言う訳でもなく、鳥の様に翼で揚力を得ている訳でもない。彼のそれは飛んでいるのではなく、跳んでいる。つまりは足をバネに使ったジャンプの凄い版でしかない。より高く、より早くジャンプするには、深く踏ん張って飛び上がることが必要だ。
なら、床を彼が触れただけでダメージを受ける様にすれば、着地場所を選ぶ隙や着地しても充分にジャンプ力得られないことで機動力の低下を生じさせることができる。
彼は触手を再生させることを選んだ。場所を選び、慎重にしかし再び生えたそれはやはりジワジワと溶け始める。
「にゅぅぅ……」
だが、悪いが回復したばかりのそれをゾーンに入った俺の斬撃が容赦なく斬り飛ばし、勢いよく体液を撒き散らしながら触手がべちゃりと窓に当たってズルズルとずり落ちる。
「仮に回復したとしても……俺が斬り捨てるけどな。今みたいに何度でも殺すまで繰り返す」
「これは……流石に厳しいですねぇ」
殺せんせーに勝つ方法がないわけではない。お互いに教室から出たらその時点で負けだ。
しかし、彼の言う最高速度のマッハ20であればまだしも、教室の中でそんな速度が出せるわけもなく、何度も言うが平時であれば俺のほうが速いのだから、殺せんせーが俺に触手を伸ばして来ても、斬り捨てる方が先だ。
加えて、何があってもこの人が俺たち生徒を傷付けることはない。契約的にも人物像的にも。理事長に脱皮を使ったこの状況では、一番最初のイトナの暗殺の時の様に皮にくるんで窓の外に投げるなんてこともできないだろう。
「………色々と気になる点はある。だが、まさか乃咲くんにここまでのチカラがあったとは……」
「両親に貰って、殺せんせー、烏間先生、ビッチ先生。そして仲間やこの教室に育てられたチカラです」
窓の外から重々しく聞こえる理事長の言葉。
それに対して答えると、彼は質問を投げて来た。
「乃咲くん。責任を果たす者がキミの思う強者のカタチだというのは分かった。だが、キミはそれでいいのかい?」
「仮に俺の思う強者のカタチが間違っていたとしても、やるべきことは変わらないでしょう。殺せんせーを殺さないと来年度には地球がないかもしれない。自分が生き残る為に
「………」
俺の言葉に理事長が押し黙る。
分かってるさ、先生が言いたいのはそう言うことじゃない。俺の暗殺に興味があると言っても成功するとは思ってなかったのだろう。どんな手法を取るのか知りたかっただけなんだろう。
だからこその問いかけなのだと思う。キミはこのまま殺せんせーを殺してしまっていいのかい?と。
「散々悩んだ。殺したいか、殺したくないのか。理解と納得ができるのかどうか。でも、理解はしても納得は出来なかった。他の誰かに出来るのならそれでもいいと思いたかったけど、やっぱりそれも納得できない。殺せんせーを自分の手で殺すこと。それが俺やこの教室の生徒に出来る最大の恩返しのはずだ」
俺は殺せんせーに視線を向ける。
自分の攻撃でボロボロになった彼に向かって。
「ヒナやE組の仲間、学秀やようやく和解できたA組の連中。家族や友人、綾香ちゃん達わかばパークの後輩に、今日まで縁が繋がって来た殺し屋やユウジくん、森先輩や永井先輩たち。来年の3月には全員死ぬかもしれない」
ナイフの柄を握りしめて吐き出す。
「この教室で最も殺せんせーを殺す確率が高いのは俺だ。その俺が暗殺からふける訳にはいかないだろう。そうでなくても、暗殺を辞めたら……今日まで繋いだ縁も、烏間先生が俺たちに掛けてくれた労力も、ビッチ先生が教えてくれた努力も、殺せんせーと過ごした時間も仲間たちと考え、動き、殺す為に研鑽し合ったあらゆる思い出も意味がなくなってしまう」
「圭一……」
「俺は両親のお陰で特異なチカラを持ったし、この1年で先生やみんなに強くして貰った。わかばパークの一件で、自分の力を自覚し、力に責任を持つことを学んだ。一歩間違えれば相手を傷付けてしまうかもしれない、この教室で得たチカラは守る為に使うとみんなで決めた」
「…………」
そこまで言って苦笑する。
こんなことが言いたい訳ではなかった。でも、口が止まってくれなかった。自分でもキャラじゃないことを自覚しながら、それでも未だに色んな感情が渦巻く中で最後の覚悟を決める為に口にした。口に出すのは実行する時だから。
「だから、みんなや何も知らずに死ぬかもしれない奴らを守る為に、殺せんせーを殺す。例え気持ち的にその選択に納得していなくても、そうするべきだと自分を説得して最善を尽くす。それこそが選択肢を与えられた強者の果たすべき責任だと思うから」
秘密兵器の封印を解く。
両手に装備していた水筒のキャップに着けていた細工を調整し、中に入れていた対先生粉末を混ぜた水をゆっくりと滴らせ、ロングナイフの刀身を濡らしていく。
「水……?」
仲間達の困惑を背中に受けながら、水に濡れたナイフを振るった。思ったことだろう。確かに先生は水が弱点ではあるが、たったそれっぽっちの水では大した効果はないのでは?と。
実際、水は先生にとって弱点ではあるが直接的なダメージを与えられる訳ではない。水はデバフ要因だ。
でも、そこに対先生粉末を混ぜれば話は変わる。
俺の振るったナイフから前方に向かって勢い良く飛び散る。水が蒸発しない程度の速度で、それでいて殺せんせーの反応と回避速度がギリギリ及ばない程度の速度で。
「にゅやぁっ!!?」
飛んだ水は殺せんせーの触手を溶かしながら進み、やがて彼の触手を断ち切った。それは切断というより、溶断と形容するべき攻撃だろう。
対先生粉末を最初に使った菅谷のメヘンディーアートでの攻撃。粉末を混ぜたインクを殺せんせーに乗せたらそこからジワジワと溶けていった。あの時、殺せんせーは嫌がらせ程度の威力だと言っていたが、知識を付ける中で、ふと思った。
砂漠の砂嵐は時に岩を削ることがある。細かい砂の様な粒を高速で当てることで金属を研磨する手法がある。
現実としてそう言うことがあるのなら、菅谷の対先生粉末も高速で当てれば、殺せんせーの細胞を削り取れるのではないのか。メヘンディーアートの時、殺せんせーに嫌がらせ程度のダメージしか与えられなかったのは、速度や勢いが足らなかったからなのではないのかと。
だから考えた。
殺せんせーを仕留めるには点より線、線より面での攻撃が有効だ。対先生弾を砕いて潰して出来た粉末でなら面での攻撃も可能だろうが、それこそ砂漠レベルの量を用意しないと効果はないというか、サンドブラストの様な威力は生めない。
そんな量を用意できないし、そんな見え透いたモノが殺せんせーに通じるとも思えない。
ならば、面での攻撃は一旦おいておくとして、次に考えるべきなのは線での攻撃だ。こっちの方が量は少なくて済む。
点での攻撃に関しては、そもそも対先生弾をそのまま使えば済む話だから、やはり線での攻撃を考えるべきだ。
しかし、粉末を殺せんせーが避けられない速度で一定方向に打ち出すのは難しい。そこで頭を捻って出て来た策が水と混ぜ込むことで粉末にある程度の収束性を持たせつつ、それをナイフに纏わせることで振った方向に向かって水滴ごと飛ばせるようにするというモノだった。
「飛ぶ斬撃……というにはチャチなもんだけど、男のロマンだよな?こういうの。対先生粉末を混ぜた対先生水溶液で溶かしながら、水の勢いで切断する。実際にはウォータージェットと溶断の中間みたいなもんだけどさ」
「……斬撃が飛ぶというフィクションの光景を現実の物にして実戦で使う。発想と身体能力の為せる技です。まさしく飛ぶ斬撃と言って差し支えないでしょう。でもキミの狙いはそれだけではないはずです。ケイドロをした時、キミの攻撃に耐えきれずに律さんお手製のマチェットは溶けてしまった。どうやらキミのナイフは耐熱性を高めて作られた対先生合金性の様ですが……水で濡らすのは、キミの攻撃による摩擦熱で溶けないように少しでも冷却して継戦能力を維持する為でしょう?」
「……そこまで見抜かれてるか」
先生の見立て通り、このナイフは耐熱性を突き詰めて烏間先生に準備して貰ったものだ。先生の細胞を切れるようにしっかり対先生性能も持っている。流石に対先生ナイフより威力は落ちるが、俺の膂力で振れば微々たる問題だ。
「律のマチェットと同様、俺の全力に耐えられる耐久性はない。だから、先生の言った通りの目的もある。でも、それだけじゃない。この程度の量の水じゃ大した延命措置にもならないかもしれないが……刀身の熱で水が蒸発しても、刀身の表面には対先生粉末は残る。長くは持たないが、攻撃力も一時的に底上げ出来る」
もっとも、思惑はそれだけではないが。
「まじかよ……。俺の趣味全開な暗殺が乃咲にこんな形で応用されるなんて想定外も良いところだぞ……」
「それだけ使い勝手が良いアイディアだったんだよ、菅谷。クリエイター向いてるわ、お前」
唖然とする菅谷に背中を向けたまま賞賛する。
それだけアイツがやった対先生弾を加工するという発想は素晴らしいと言えるアイディアだった。
「まぁ、勢いで水溶液とか言っちまったが………プラスチックは水に溶けづらいって話だけど、水"に"溶けてるのか、水"で"溶けるのかの違いってことで細かいツッコミは勘弁な」
口を動かしながら、右腕で持ったナイフを振り上げる。地面スレスレから勢い良く、天井に向かって弧を描く。
その次の瞬間、刀身に滴っていた対先生水溶液と床に散らばっていた無数の対先生弾が勢い良く標的に飛散する。
先生にとっての溶解液と触れたら細胞を破壊される物質による弾幕。水は避けようとした先生の触手を溶断し、襲い掛かる対先生弾は彼の顔や腕、脚を容赦なく削って行く。
しかし、殺せんせーも良く反応する。
確かに初速は俺の方が早い。屋外であったのなら、お互いに教室がぶっ飛ばないように風圧を心配する必要も多少は少なくなるからもっとスピードは上がるが、それでもやっぱり極限まで集中した俺の方が早いだろう。
この室内で出せる最高速度は互いに同じくらい。その上で俺の方が初速は早いのに、こっちの攻撃を致命傷にならない程度に躱わせているのだから、殺せんせーの反応速度や避け方の上手さに思わず舌を巻かずにはいられない。
でも、それでも殺せんせーは着実にダメージを受けていた。
ナイフで削がれ、水で溶け、弾で抉られ、更に彼に当たって跳ね返った弾は視界外から襲い掛かり、仮に避けても床に転がり、足場を失わせる。加えて俺たちが動き回る度に発生する風で床の対先生弾やその破片は常に場所を変え続ける。絶えず変化し続けるそれを考慮しながら動けば、俺への集中が削がれ、俺に気を取られ過ぎれば床に殺される。
「ッ————!」
鋭く息を吐き、振り下ろした一閃は殺せんせーの衣装ごと、彼の肩口から触手を切り裂く。
「ガッ……!?」
おふざけなしの苦しそうな声。聞くに堪えない。こんな性格の悪い戦術を取ってるけど、なにも殺せんせーに苦痛を与えたい訳じゃない。だから、出来るだけ早く終わらせよう。
左手に装備していた水筒を放り投げ、ナイフで真っ二つにし、その中に入っていた水が彼に掛かるように誘導する。
力尽くの斬撃でナイフの刃がダメになってしまったが、別にそれでも構わない。ここで殺せば、こんな装備は必要なくなる。だこらこそ、今回はかなり手荒く自分の装備を使っていた。
これで終わるから、という慢心ではなく、これで終わらせるからと言う心で。失敗したら再起は難しいと自分を追い込む為に。少なくとも、自分なりの覚悟をもっと堅くする為に。
「いつまでもされるがままと言う訳には……!」
そう言ってスポイトを取り出す殺せんせー。懐かしい。一番最初、カルマが先生に向かってスープをわざとぶちまけた時、それで一滴残らず空中で回収していた。
あの頃は訳も分からず、全てが終わった後の結果だけを見て、殺せんせーの素早さに驚嘆していたが、今は違う。
「遅い」
スポイトを持ち上げた触手を斬り飛ばす。
宙に浮くそれに拳を叩きつけて壁に向かって飛ばし、ダメ押しに投擲用のナイフを投げて壁に完全封印する。
バシャッ!と音を立てて殺せんせーが水浸しになる。これはそんな勢いがなかったので彼を切断するには至らないが、それでも細胞を溶かす硫酸を被ってしまったようなものだった。
殺せんせーはもはや満身創痍。それでもダメージを受けながら飛び上がり、壁を蹴り、天井を蹴り、対先生弾やカケラが目視できる限り見当たらない場所に着地する。
そこでなら、ひとまず再生できると思ったんだろう。彼の立っている場所はさっきまで俺が立っていた場所。
だから、弾や破片が少ないのはある意味で当然。俺の攻撃で殺せんせーに吹き飛んで行ったのだから。
でも、それこそが過ちだ。
途中で切れた黄色い触手を力ませ、ズボッと音を立てながらそこから新しく欠損した部分が生えてくる。
それが床についた瞬間のこと。ジューっと音を立てて床と設置してる部分が蒸気なのか煙なのか分からないものを上げながらジワジワと溶け出していた。
「なぜっ………」
誰かがそんな声を漏らした。
しかし、殺せんせーはハッとしたように俺を見た。気付いた様だ。対先生水溶液に俺が期待していた3つ目の効果に。
1つ目は殺せんせーを溶かすこと。2つ目は刀身の冷却と水が乾くか蒸発したことで取り残される対先生粉末で斬撃の威力を上げること。そして、3つ目に水が掛かった場所に対先生粉末を張り付かせること。
俺たちの攻防はかなりの風を発生させる。だから、少し水を溢したくらいなら水は直ぐに乾いてしまう。
経験がないだろうか。ジュースやソース、タレなど溢して気付かずに放置してしまうと、そこにその液体の色のシミが残ったり、洗剤を溢したら乾くとそこが粉が張り付いたみたいにザラザラするってこと。
俺がぶちまけたり、殺せんせーが避けた水は教室の色んな部分を濡らした。対先生粉末をたっぷり含んだ水を。それが乾けば粉末だけが残り、そして床や天井や壁に粉末が張り付く。
ぱっと見では何んの変哲もない壁や床だが、触れてしまえばダメージを受けるトラップになるわけだ。
「……さて、詰みじゃないか、殺せんせー」
「………えぇ。どうやら正攻法では打つ手はなさそうです」
「液状化しても床から受けるダメージに変わりはなく、そもそもドロドロになった状態では俺を教室の外に叩き出すことはおろか、武器を全て取り上げるなんて不可能。そしてこのまま続けても俺の方が速い以上、武器を取り上げることは現実的じゃない」
ナイフを殺せんせーに向ける。死刑宣告するように、ゆっくりと刃を向けて問い掛けると彼はあっさりと頷いた。
「——でもね、乃咲くん。想定が甘いです」
殺せんせーはそういうと触手を一点に集めた。
あまりにも唐突で意表を付いたその動き。瞬間的に触手に集中する眩い光。それは、触手を持っていた頃のイトナが最後に仕掛けた暗殺を防いだときに使っていた破壊光線。
身体中のエネルギーを触手に集めて放つ、殺せんせーの必殺技とでも言うべき奥の手。本来なら生徒相手に向けることはない筈だった禁じ手でもあるそれが今、俺に向かって向けられていた。
流石に光線は避けられない。そっちの方が俺より遥かに速いだろう。威力次第とは言え、まともに食らったら教室の外に吹っ飛ばされるだろう。
だからこそ、その光を見た瞬間。俺は距離を詰めた。
正直、エネルギー波なんて食らったことはない。つか、俺の水と細かい粒を使った飛ぶ斬撃なんかより、こっちの方がよっぽど現実離れしてる。
だから、食らったらどうなるかなんて確証はない。だが、そもそもそんな確証なんてもの、俺と殺せんせーの間では必要がないのだから、ゾーンに入って一瞬で距離を詰めた。
「なっ……!なぜ!?避けようとしないのです!?」
そんな反応と共に触手に集まっていた光が霧散する。まるで何もなかったみたいに集まっていた触手は解けた。
その様子を見届けたあと、驚愕の声と表情を浮かべる殺せんせーに対して今日のどの瞬間よりも強い確信を込めて言った。
「殺せんせーが俺たちを傷付ける訳がない。天地がひっくり返ったとしても絶対にあり得ないんだよ」
「っ……!?」
彼は俺の言葉に動揺した。驚いたような、嬉しそうな、複雑な表情を浮かべ、距離を詰める俺から少しでも離れるように背後に向かって飛び退こうと足に力を込めるのを見てとった。
そうだろう。俺が殺せんせーでも後退を選ぶ。相手を傷付けられない、その上で相手の方が速いのだから、手を伸ばして拘束するなんて無理だと分かりきっているのだから、せめて必殺の間合いから逃れようとするだろう。
破壊光線で意表を突かれたこと以外はほぼ全て計算通りだ。
だから、俺は一番最初に用意していた策を使う。
「殺せんせー、おかしいと思わなかったか。今日まで散々練習してきたワイヤーをこの一大作戦で使わないこと」
両手の人差し指を指をくいっと曲げる。内側に向かって織り込むように。その刹那、殺せんせーの後方でカラッと乾いた短い音がした。硬いものが何かに擦れるような音が鼓膜を叩く。
「………まさか!?」
先生が思わずと言った様子で顔だけ振り向いたその先。
目にも止まらない速度で床のわずか上をスレスレで飛んで来る2つのエアガンがあった。きっとそれは見覚えがあるだろう。
「使わなかった訳でも、使えなかった訳でもない。最初から使ってた。トリガーガードにワイヤーを結んでいつでも引き寄せられるように。偉い人が言ってただろう?戦いとは常に二手三手先を読んで行うものだって。だから、初めから使っておいた」
次の瞬間、殺せんせーの足が弾けた。
「覚えてるよな、一番最初の合同暗殺。アンタは俺の銃に対先生コーティングがされてることに気付かず触手を一本失った。あれ以来、俺の装備は基本的に同じ処理を施して貰ってる。先生にとって警戒するべきなのは弾だけでなく、銃本体もだった。装備をただ投棄するのは勿体無いからな」
足を失い、背後に向かって倒れていく殺せんせーの首を左手で掴んで持ち上げ、そのまま身を翻すように勢いよく床に向かって投げつけるように、叩きつけるようにぶつけ、勢いを殺すことなく、床の上に大の字になって身体を投げ出す形になった殺せんせーに馬乗りになる。
「……終わりだ、殺せんせー」
彼にナイフの刃の先を向け、静かに告げる。
「……えぇ。完敗です。よくぞここまで強くなりましたね、今回の暗殺でキミが使った作戦はほぼ全て、この一年で一度は使われたことのあるアイディアの発展系でした。爆竹を正面から投げつけスキを作るのは……死神由来の作戦ですね」
「………………アンタには懐かしい手だったか、"先生"」
「簡単に手に入るものを上手く活用する。それは一流の殺し屋の条件です。手段を選ばないのは、手段に拘る必要が無いくらいの知識と技術を持っているから。今のキミになら、3代目が務まるでしょう。以前、条件を出しましたね」
「殺し屋になるのなら、"先生"を殺してから。それは、2代目がそうやって巣立って行ったからですか」
「……えぇ。もうすぐ2年が経ちます」
彼は認めた。声は小さく、教室の外にいる仲間たちには聞こえない程度で。そして、聞こえていてもイマイチピンとこない言葉選びでの会話ではあったが、殺せんせーは認めた。自分が2代目が口に出した"先生"であると。
そんな人物がなぜ、こんな所にいるのか、なぜこんな姿なのか、なぜ……雪村先生のことを知ってるのか。
俺にはまだ、わからない。知りたい。でも、きっと、こうなってしまったからにはそんな語らう時間は残ってないだろう。
「乃咲くん。一つ、聞かせてください」
「……なんですか」
殺せんせーはこの場で死ぬ。俺が殺すから。
刃を握り直したとき、殺せんせーが言葉を投げる。
「今回の暗殺で確信しました。キミは、別に近接戦でなくても先生を殺せた筈です。キミの超体育着が近接戦に強く調整されているから。それは合理的理由に見えてそうでは無い。もっと効率よく殺す方法はいくらでもあったのではないですか」
おそらく、殺せんせーの言うとおりだ。
殺せんせーを殺すことが俺の責任であるのなら、みんなを指揮した上で俺が止めをさせるように作戦を組み立てればいい。きっとやりようはいくらでもあったのだと思う。それでも理由を挙げるとするのなら……。
「殺せんせーを殺した感触を忘れない為だ。人を殺したときの引き鉄を引く感覚を忘れられないと言う人達を否定するつもりはない。でも、きっと、刺し殺した、斬り殺した感触はもっと手に残るだろ?刃越しではあるけど、相手に直接触れるんだから」
「………それは、自分の手を見るたびに殺しの記憶が脳裏を駆け巡り、終わらない悪夢を見続けるかもしれない選択肢です。それでも、それを選ぶのですか」
「それが、他者の命を奪うということに対する責任だろう。尊敬した人、自分を助けてくれた人、変えてくれた恩人を殺す。それは倫理的に絶対に許されないことだし、許しちゃいけないし、この状況に至った今でも必要性は理解しても納得していない。それでもこの選択を取った俺が追うべき責任だ」
「…………見事な覚悟です」
殺せんせーがそう言うと彼も死ぬ準備が出来たらしい。
静かになった彼に俺はナイフを逆手に持ち替えて先生のネクタイの下に狙いを定めてゆっくりと息を吐く。
殺す。これから殺す。殺せんせーを。
この腕を下ろせば……殺せる。
————駄目だな、頭が真っ白になる。
殺すと責任だと散々イキり散らかしたが、いざ、殺そうとすると息が荒くなり、腕が震え、自分でも意識の波長が乱れ始めていることが自覚できるほどに気がつく。
先生の胸ぐらを掴み、ナイフを心臓目掛けて振り下ろすだけのこの状況で、頭が真っ白になる。視界が狭まり、頭から血の気が引き、背中が冷たくなり、キーンと耳鳴りがする。
でも、やらないといけない。
責任がどうとかじゃない。殺せんせーを殺さなきゃいけないのは確かに変わらない。でも、ここで俺が殺さなければ、仲間のうちの誰かが俺と同じ思いをするかもしれない。
アドレナリンが引き、冷静さを取り戻した中で恩人に、尊敬した人に、好きな人に、変えてくれた人に刃を向けるこの感触を、感情をみんなが同じ思いをするかもしれない。
だから、俺が殺す。
そんな思考を辛うじて取り戻したとき。身体が動いた。殺したくないと思う感情を素通りするみたいに、心と身体が切り離されたみたいに思考だけが身体を動かし始めた。
ナイフを持ち上げ、狙いを定め、身体がそれを振り下ろす。勢い良く、寸分の狂いなく一撃で仕留めるように。
その瞬間……。
「圭ちゃん、ダメっ——————!!」
聞き慣れた好きな子の悲痛な叫びとこの教室で再び聴くことになると思わなかった鋭い銃声が響き渡った。
あとがき
はい、あとがきです。
作戦としては成功でしたが、やはり、あの子は圭一が進もうとする方向を案じて引き留めることを選びますよね……。
今回の話を通して殺す為の覚悟や感情と身体を切り離す感触を覚えてしまった圭一。彼はある意味で殺し屋として完成してしまったのかもしれません。
はてさて、どうなることか……。圭ちゃんのこれからに乞うご期待……!
ご愛読ありがとうございます!