暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えてたくさんの感想、高評価ありがとうございます!

IFルートを思った以上に楽しんでもらえているというコメントが多くて安心している反面、上がったハードルに戦々恐々としています(笑)

さて、今回も投下しますので最後までお付き合いください……!


152話 圭一の時間 Ⅲ

 

 俺はどうしてここにいるのだろう。

 少し、頭がぼーっとする。なんとなく覚えているのはヒナの悲鳴に似た悲痛な叫びと鋭い銃声。そして腕に訪れる途方もない衝撃だった。

 

「………圭ちゃん、大丈夫?」

 

「んぇ……?あ、あぁ」

 

 気が付けば、俺は家にいた。ぼーっとする頭と思考、そして俺の手を握って一緒に並んでリビングのソファーに座る陽菜乃。状況から察するに、俺は暗殺を失敗したのだろう。

 正確に言えば、暗殺を阻止されたと言うべきか。あのとき響いた銃声の主は知っている。あれは、ビッチ先生がいつも持ち歩いてる小型のリボルバーの銃声だ。何度か聞いたから分かる。

 

 詳しいことは覚えていない。殺せんせーを殺そうとして、頭が真っ白になった。それでも言葉を現実にする為にナイフを振り下ろして、銃撃でナイフをお釈迦にされた。突然の強い衝撃に対してつい、反射的に柄を強く握ってしまったのが良くなかったのだろう。弾き飛ばされることなかったが、衝撃が逃げず、刀身が割れてひん曲がり、使えなくなった。

 

 それからビッチ先生に手を引かれて、保健室で窓の外を眺めて過ごして、ヒナに手を引かれて家に来た。けど、何時間が経ったのかは覚えてない。ゾーンにも入らず、ただ時間が無為に過ぎて行くのはいつぶりか。

 

「はい、ココア。コーヒーよりこっちのが好きでしょ?」

 

「……あ、あぁ。うん、ありがと」

 

 入れて貰ったココアは温かかった。そう言えば、この家はじいちゃんとばあちゃんの家ではない。俺と父さんが住んでた家だ。ヒナはどうやってここに入ったんだろう。

 

 ……あ、俺が開けたのか。

 

 駄目だ。頭が今だにぼーっとする。殺せんせーに止めを刺すと決めた時、感情と身体がバラバラに動き出した時からずっと頭が回らない。ゾーンに入ることもできず、時間経過すらまともに認識出来ていない。俺の長所全てが機能を失ってしまった様だ。

 

 頭が真っ白になったとき、背筋が冷えた。呼吸が荒くなった。ビッチ先生に連れ出された時、俺は過呼吸を起こしてたんだっけ?背中をさすられていたような、ビッチ先生が何か言ってた。確証はないけどそんな気がする。

 

「ほら、熱いからゆっくり飲んで」

 

「…………え?ぁ、ココア……?なんで?」

 

 なんで俺、ココアなんて持ってるんだろう。

 両手で包み込む様に持っていたココアの入ったカップを眺めて首を傾げて、そう言えば数秒前に受け取ったんだ。

 

 いかんな。頭の回転が鈍くなってる所の話じゃない。完全に気が動転している。今し方起こったことを忘れているのは異常だ。駄目だ。しっかりしないと。これ以上、ヒナに心配をかける訳にはいかない。本当にことあるごとに彼女に心配させている。

 

 自分の波長を意識して波を沈め、冷静さを取り戻す為に肺の中に溜まった凍える様な冷たさの古い空気をゆっくりと搾り出すように吐いて息をゆっくりと吸い込み、それをココアに吹き掛けて冷まし、チビチビと啜る。

 

「……温かい」

 

 彼女が淹れてくれたココアは甘くて温かく、中には溶けたマシュマロが入っていた。普段、ココアはアイスの方が好きだし、マシュマロを入れると言うのは知識として知っていたが、実際にこうやって飲むのは初めてだった。

 けど、飲んでみると背筋が温まる様な感覚があった。ジワジワと芯を外から包み込むように温める様なホッとする心地よさ。

 

 吐き出した息は、さっきの冷たい物とは比べ物にならないくらいに温かかった。そうやってココアを口に運んで、下ろして、口に運んでという動きをしばらく繰り返して全て飲み切った頃、胸がジンワリと熱くなる。

 

「……どう、落ち着いた?」

 

「うん、どうにか」

 

 自分用に淹れたのであろうカップには手を付けず、俺の隣で見守る様に、観察するように心配そうにずっとこっちを見ていたヒナは俺の返事に対して安心した様にはにかむとゆっくりとカップを持ち上げてココアを飲み始めた。

 

 そう言えばアレから何時間経ったのだろう。気が付けばリビングに電気が付き、カーテンも閉められていた。

 

「今は何時……?」

 

「17時を過ぎたくらい」

 

「そんなに経ってたのか」

 

 言われて時計を見てみると、確かに短針は5時を少し過ぎた辺りを指していた。つまり俺は最低でも5〜6時間は呆然としていたのか。その間、ずっと彼女に心配をかけてたのか。

 

「ごめん、ヒナ。こんな時間まで付き合わせて。家族が心配するだろ、送るから帰ろう」

 

「…………本気で言ってる?」

 

 俺なりに気を遣って言った言葉に彼女は明確に怒りの色を見せた。ヒナにしては珍しく、言葉に込められた怒気がはっきりと感じられる声音と言葉だった。

 

「今の今までにずーっと上の空。どんなに話しかけても『あぁ』とか『そうか』しか言わなかった癖に漸く少し調子が戻ったかと思えば私の心配?まずは自分の心配しなよ、今の圭ちゃんを放っておける訳ないじゃん」

 

「でも……」

 

「家族のことなら桃花ちゃんに口裏合わせてもらってるから問題ないし、圭ちゃんの方もお爺ちゃん達には理事長が誤魔化してくれてるから大丈夫。晩御飯とかの買い出しも殺せんせーがしてくれたから外に出る必要もない。今日はトイレ以外は1人にしないからね。このままお風呂に入れたらそのまま寝て沈みそうだし、放置したらご飯も食べずにまたぼーっとするでしょ」

 

 正直に言えば否定できない。ヒナを家まで送ったら、適当な食べ物を買ってこの家に戻って来て……何をするつもりだったのかな。我がことながら、さっぱり考えていなかった。

 

 でも、確かなことがあるとすれば、じいちゃんたちの家に今日は帰ることはしなかっただろう。流石に今のまま帰ってしまえば2人に心配をかけることは分かる。その程度の理性はあった。

 

 そうか。だから理事長が誤魔化してくれたのか。

 

「だから、今日は何がなんでも一緒にいます。お泊まりセットもしっかり持って来たんだから!」

 

 ふんす!と息を鳴らすヒナが掲げたのはどこから取り出したのか分からなかったちょっとした小さなバック。

 

 まぁ、ありがたい話ではある。でも、そこまですることなんだろうか。確かにずっと呆けていたが……。

 

 いや、違うか。ヒナは結構スキンシップが激しい側だったけど、決定的な一歩は踏み込んで来なかった。それこそ、男の家に泊まるなんて言い出すことはしなかった。それはまだ中学生なんだし当たり前の感覚ではあるのだが、彼女は下ネタに寛容ではあるけど、ガードが緩いタイプじゃない。

 そんなヒナがここまで強引な手段に訴えてくるのだから、側から見た自分は、少なくともヒナから見た俺は弱っているのだろう。そして俺はそれだけ心配をかけているのか。

 

「ごめん」

 

「……謝ることじゃないよ」

 

 俺が謝るとしょんぼりした様子で得意気に持ち上げていた鞄を下ろし、俺の頭の後ろに手を伸ばすとそのまま力を込めて、彼女の膝に向かって俺を横向きに押し倒した。

 されるがまま、彼女の膝に頭が着地するとゆっくりと普段、ネコや犬たちにするみたいに優しい手つきで撫でられる。

 

「今日、圭ちゃんの暗殺で……みんな気付いた。殺せんせーを殺すって実はとんでもない覚悟が必要なことなんだって」

 

 ポツポツと語り出したヒナ。身体の向きを変えて彼女の顔を見上げると、とてもじゃないが俺の語彙力では一言で表すことはできない複雑な色が見えていた。

 言われてみれば、俺はかなり過激なことをやっていた。普段みんなとやっていた暗殺とは比べ物にならない殺伐とした作戦。殺せんせーの弱点を徹底的に攻め、彼の機動力をひたすらに削ぎ落とし、持続ダメージを与え続け、彼の腕や足を再生する端から容赦なく破壊し続けた。

 

 あの時の俺は、周りからどう映ったのだろう。

 

「私はもともと圭ちゃんが悩んでるの聞いてたからかな、みんなよりショックは少なかったけど……。殺せんせーを殺す責任は考えてなかった。考えない様にしてたってのが正解かな。私だけじゃなくて、きっとみんなもね」

 

「……みんながその辺で悩まない為に動いたんだけどなぁ。そっか……結局、俺は失敗したんだな」

 

「うん。きっとそうなんだろうなってみんな思ってる。みんな殺せんせーの暗殺に真剣でふざけてるわけじゃないけど、それでも何処か、恩人を殺すって心構えじゃなかったんだと思う。なんて言えば良いんだろう。私たちはみんなでクリアを目指す無理難題ってくらいの立ち位置だったんだよ。それがあの場での私たちと圭ちゃんの違いなんだろうね」

 

「………俺は、怖くなかった?」

 

「圭ちゃんが怖いって空気じゃなかったかな……。どっちかって言うと、殺せんせーが死に掛けてるって現実が怖かったのかも。圭ちゃんの戦術も容赦とか全くなかったけど、そうじゃなくて、私たちの中では何だかんだ、弱点だらけだけど無敵だった先生が本当に殺される半歩手前まで追い詰められる所を見て、はっきり殺せんせーだって無敵じゃなくて死ぬ生き物なんだって実感したって言えばいいのかな」

 

「………それは」

 

 身に覚えのある感覚だった。烏間先生の指揮で銃撃をメインに据えた暗殺を仕掛けた時に俺が感じたこと。

 ボロボロになって、片腕を失って体液を垂れ流す殺せんせーを見た時に俺も同じことを思った。

 

「私さ、今日圭ちゃんが暗殺仕掛けるって言った時、黙って着いていくつもりだった。そう決めたなら応援しようって思った。だけどさ、心のどこかで思ってたんだと思う。きっと何だかんだで殺せんせーは生き残るって」

 

「………」

 

「圭ちゃんが失敗するって知ってたって訳じゃないんだよ?でも、きっと明日以降も昨日までと同じ毎日が続くんだって思ってた。けど、そうはならなかった。結果的に殺せんせーは死ななかったけど、キミは殺せんせーにトドメを刺す寸前まで追い詰めてた。殺せんせー自体、もう抵抗を止めてたしね。殺されることを受け入れてたんじゃないかな。ビッチ先生が割って入らなかったら防衛省からの依頼は終わってたんだと思う」

 

 ヒナの顔を見上げる。

 

 そう言えば、こういう視点は新鮮だ。誰かに膝枕されるのなんていつぶりだろう。小さい頃、トメさんに耳かきされてた頃依頼か。頭の下にある柔らかい感触となんとなく感じる良い匂い。でも、それを楽しめる余裕はなく、ただ泣きそうになってる陽菜乃の顔が視界一杯に映っていた。

 

 家族以外にされる人生最初の膝枕で見る景色が自分の大切な子の泣き顔だなんてな。我ながらつくづく度し難い。

 

「でも、殺せんせーも死ぬ生き物なんだって理解して、圭ちゃんはそんなこととっくに理解して、その上でみんなに殺す殺さないで悩まない様に責任を1人で背負って自分と殺せんせーを殺そうとしてるんだって思ったら……つい、ダメって言っちゃった」

 

「ヒナ……」

 

 確かに意識がはっきりしていた時の最後の記憶は、ビッチ先生の銃声と彼女の悲鳴に似た叫び声だった。

 

 手を伸ばし、彼女の顔に触れた。

 頬は柔らかく、溢れそうになってる涙を指で拭って見たら火傷しそうなくらいに熱かった。いつも暖かく天真爛漫に笑うヒナがこんな表情をしている。俺はどうすれば良いんだろう。

 

 俺は今日、一つの確信を得た。誰かに伝えたら……きっとみんな暗殺を躊躇うであろう情報。前々から薄々感じていたが、本人に確かめたわけではないので確定させられていなかったこと。

 殺せんせーは初代死神である。それはつまり、彼は人間であること。今の姿を生態を人間と言えるかはさておき、少なくとも彼は元人間だった。だから、端的に言えば殺せんせーを殺すことは人殺しと同じだと言うこと。

 

 また重たい情報をみんなより一歩先に手に入れてしまった。自分から聞いて手に入れた情報ではあるのだが、どうしてそう言う真相に辿り着ける様な情報が俺にばかり集まるのだろうか。

 

「圭ちゃん、まだ自分だけで抱えてることない……?」

 

 心配そうな目が俺を見下ろしてくる。

 

 どうするべきだ。話すべきなのか、話してもいいのか。巻き込んでいいのか。今ならまだ彼女は暗殺教室の生徒のままでいられる。地球を破壊する超生物を殺すことを国から依頼された少し変わった中学生でいられる。相手は元人間なのだという残酷な真相に気付かずにいられる。

 

 俺はそれでいいのか。俺の知ってる情報は自分から取りに行ったことで入手した物だ。だから誰かに教えるのが惜しいという訳ではない。だが、この情報は知ろうとしなければ知らないままでいられたものだ。それを重荷に感じてるのは自分の身勝手だ。それをヒナに植え付ける様に渡してしまっていいのか?

 

 それは身勝手で無責任じゃないか。

 全部、俺が知ろうとした情報で、俺が考察した内容だ。

 殺せんせーが元人間なのも、彼が初代死神であることも、彼が二代目の言っていた"先生"であることも、きっと雪村先生となんらかの繋がりがあることも。全て俺が確認した事実と考察から行き着いた予想でしかない。

 

 そんなものを彼女に渡していいのか。

 

「…………ねぇ、圭ちゃん」

 

「……うん?」

 

 俺が悩んでいることを理解したのか、彼女はやはりこちらを覗き込みながら困ったような顔で一言。

 

「お腹減らない?」

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

「はい、どうぞ。あったかいうちに〜」

 

「ありがとう……」

 

 彼女は俺を膝から下ろすとキッチンに立った。

 あまりに突然の行動に面食らっていると、手際よくヒナは冷蔵庫やらフライパンやら皿を準備し始めた。

 

 それが食事の準備であることをようやく理解し、手伝おうとしたら結構遠回りにお断りされてしまった。

 別に慣れてる訳じゃないが、俺だって料理くらいできるんだし手伝いくらい〜と思ったが、まぁ、しつこくして怒られるのも嫌だし、申し訳ないので、今日は彼女が泊まるということを思い出し、代わりに風呂や布団の準備をしておいた。

 

 そして一通り準備が終わった頃、ヒナに呼ばれてリビングに向かうとテーブルの上には出来立ての湯気を上げる料理や食器類がびっくりするくらい丁寧に並べられていた。

 

「生姜焼き……?」

 

「うん。圭ちゃんの好物なんだよね?ちょっと味が濃いめの生姜焼き。この前、トメさんに教えて貰った時に連絡先を交換して圭ちゃんの好きな料理とか作り方とか教えて貰ってたんだ〜」

 

 なんだってそんな……とか言わないようにしないと。自分で言うなという話だろうが、俺の為なんだろうな。

 ひとまず席に座る。口であれこれ言うより実際に食べて感想とお礼を伝えるのが作り手に対する誠意だろう。

 

「……いただきます」

 

「めしあがれ〜」

 

 彼女も席につき、手を合わせる。熱々の肉をタレに絡めて口に運ぶと慣れ親しんだ安心する味がした。

 

「……美味い」

 

「えへへ、特に力を入れて練習してたからね。一緒に作ったトメさんの味に一番近い自信あるよ!」

 

 えっへんと胸を張るヒナ。しかし、彼女には申し訳ないが、俺の耳は声に傾けられずただ箸だけが動いていた。

 肉を食べて白飯を口に運び、付け合わせのキャベツを肉で巻いて口に運び、味噌汁を飲む。

 

「うん………。美味い。安心する味だ」

 

「あはは……お味噌汁の方はインスタントだけどね」

 

 それでも充分に温かい。湯気が立つ食事が熱いという意味ではなく、精神的に胸に染みる様な温かさがある。

 ヒナが作ってくれた特別感もある。けど、何よりさっきまで感じていた心の芯から冷える様な感覚があった。

 

 パクパクと食べ続けていると、視界がふと滲んだ。何故だろうか?自分でも理由は分からないが目の前の同い年の女子はこっちを見て驚くでも狼狽えるでもなく、目を細めると立ち上がり、隣に座ると子供でもあやす様に頭を撫で始めた。

 

「………凄いな、ヒナ。急に泣き出したのにこんな対応できるのか。ドン引きするよりも先に」

 

「圭ちゃん以外なら多分びっくりしてたよ。たぶん、今日じゃなきゃ、圭ちゃんでもびっくりしてたと思う」

 

「そうかな……」

 

「そうだよ。それに、もしもだけどさ。圭ちゃんは仮に私が泣いてたらまた見ぬふりする?」

 

「しないと思う……」

 

「でしょ?」

 

「うん……。泣かせた奴をぶっ殺す………」

 

「あはは……。今のところ私を一番泣かせてるの圭ちゃんだけどね。無茶するし、すぐに抱え込むし」

 

「ごめんなさい………」

 

「なんだか素直だね。普久間島の時も弱ってた時は凄く素直って言うか、かなり幼児退行してたって聞いたよ?」

 

「………だって、仕方ないじゃん。チカラ入らなかったし、ペットボトル開けられなかったし、苦いの嫌だもん」

 

「ほらぁ。だもんとか言い出すんだもん。て言うか、その口調だと弱ってるよね。わかりやすいなぁ……。今後は圭ちゃんが弱ってる基準にできそうだね。その弱々口調」

 

「弱々口調……」

 

「びっくりしたり疲れ果てた時の"真っ白モード"、弱ってる時の"弱々口調"、ゲームとか漫画とかに出てくるフィクションみたいな時間停止に片脚突っ込んだ"ゾーン"。圭ちゃんの形態変化はなんて言うか極端だよね……」

 

「申し開きの言葉もない……」

 

「あーあー。真っ白モードになっちゃった」

 

 あれこれと言葉を交わしながらも彼女の手は止まらない。

 終始、俺をあやすみたいに撫で続けてくる。なんとなく、好きな子に、好きだと言ってくれた子にこんな感情を抱くのは気持ち悪いことなのかもしれないけど、それでも某赤い彗星の言ってたことが分かったような気がする。

 

 我ながら、情けない話だとは思うけど。それでも、感情より責任を重視して生粋の超生物ではなく、人間を殺そうとした事実でガチガチに縛り上げられていた内面が少し弛緩した。

 

 あぁ。そうか。今の俺は安心してるんだ。

 

 ヒナに頭を抱かれて撫でられて。その上で安心してる。こうしてると俺って心底マザコン気質なんだろうか。

 マザコンでファザンとかどんだけ親好きなんだって話だな。カッコいいところを見せなきゃいけない相手に心底カッコ悪いところばっかり見られてしまってる気がする。

 

「落ち着いたらまたご飯食べよ?お腹いっぱいになってお風呂入ってそのままゆっくり寝れば安心するよ。きっとね」

 

「……うん」

 

「相変わらず口調弱々なんだから。はい、あーん」

 

 正直、味に就いては頭に残らなかった。確かに美味かったし、安心できる懐かしい味だった。温かい食事だった。どんな風に美味かったとか、どう言うところが好みだったかを後から聞かれたらしどろもどろになる自信がある。でも、一つ言えるとするなら、きっと、俺はこの味を忘れられないのだろう。

 

 他人に正しく伝える自信がないこの美味さと温かさを。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

 食事が終わった、風呂も上がった。泣きながら食べるなんて初めての経験だった。安心して涙を流すって感覚も初めて知ったかもしれない。本当にいろんな初めてが多い一年だ。

 家から水着持って来た!とか言って風呂に入れようとしてくるヒナだったが、その頃には俺も論理的な思考が戻って来ていた様で、このままお風呂入れたら溺れそうじゃん!と言う彼女をなんとか説き伏せて入浴した。

 

 無事に風呂は上がったのだが、やはり身体を包むふわふわ感というか、妙に現実味のない浮ついた感触は中々消えてくれなくて、彼女にはのぼせたんじゃないかって心配されてしまった。

 

「んでもさ、同じ部屋で寝る必要はなくない?」

 

 見慣れないパジャマ姿にドギマギしつつ口を開く。

 

「え?でも圭ちゃん夜泣きしたら直ぐに声かけたいし」

 

「ヒナの中で俺どんな奴なのか小一時間問い質したいな」

 

「うーん。一言で言うと……めんどくさい人?」

 

「本当に俺のこと好きなんだよね!?」

 

「こう見えて結構ガード固いつもりだけど、圭ちゃんは私が好きな人以外にこんなことすると思う?」

 

「いや、その割に容赦ない言い方だと……」

 

「好きな人だから容赦なく行かないとね。そう言う遠慮が不仲を招くのよってビッチ先生に念押しされてるし」

 

 何言ってくれてるんだ、あの人。確かにそう言う側面があることは否定しないけどさ、俺の様なメンタル弱者にそれは劇薬ですぜ。遠慮なく言い合える関係ってのは確かに心地いいけどさ。

 

「さ、寝るよ寝るよ〜」

 

「はぁ……。分かったよ、ならせめてベット使ってくれ」

 

「ふふ、圭ちゃん。私にだって羞恥心くらいあるんだよ。好きな人のベットでいきなり寝ろだなんてハードすぎると思わない?勢いで誤魔化してるけど、現在進行形で心臓バクバクだからね」

 

「余計別の部屋で寝ようよ!?」

 

「はーい、電気消しまーす。いい子の圭ちゃんはお布団に入ってくださーい」

 

「ご、強引すぎる……」

 

 しかし、言っても引かなそうなので、ここは素直に従おう。ヒナが寝た頃に気配を殺してリビングに行けばいい。

 電灯から吊り下げられたヒモで彼女は完全消灯するとそのまま腰を下ろした。色々と迷惑を掛けたが、なんと言うか、ヒナのこう言う時の強引さは強い。

 

 つか、俺も俺だよ。同級生の女の子、それも告白された相手、そしてこっちの事情で伝え渋っているだけで、実際はこっちも好意を抱いている相手と同じ部屋で寝ろとか寝れるわけねぇだろ。

 

 ため息を吐きそうになるのを堪え、暗闇の中で天井を眺める。

 さて、どうしたものか。これでヒナがあっさり寝息を立てていたら一人相撲も良いところだが、起きてるか確認もかねて寝落ちするまで何か話を振ったほうが良いのか?

 

 そんなことを思って暗闇に目が慣れて来た頃、ふと視線を彼女がいるであろうベットの下の布団に向けると、もぞもぞと俺の入ってる布団が蠢き始めた。具体的には何かが入って来たみたいに布団が不自然に膨らみ始める。

 

「お邪魔しまーす」

 

「ひゃぁぁぁん!!?」

 

 そして、視界の下の方からひょこっと顔が生えて来た。

 見覚えがあるというか、数秒前まで話していた女の子の顔。

 あまりに予想外の事態に素っ頓狂な悲鳴をあげる。

 

「圭ちゃん、本当に大丈夫?私が布団に潜ったの全然気付いてなかったよね。普段なら気配で気付くだろうに」

 

「誰が自分の布団に女子が入ってくると思うんだよ!?できれば出て欲しいんだけど!?」

 

「ふっふっふー。言い訳並べてベットで寝るのを断ったのはこの為だよ。圭ちゃんが布団で寝たらこうやって入り込んでも簡単に逃げられちゃうだろうけど、ベットなら私がこっちから入れば圭ちゃんは壁側に行くしかない。逃げようとすれば私を退かさないといけないもん。そうすれば私がベットから落ちちゃうし、圭ちゃんならそんなことをしないだろうからね!」

 

「俺がハメられた……!?」

 

「本調子じゃない証拠だよね〜。ほら、詰めて詰めて」

 

 ギュウギュウと押されると引かざるを得なくなる。

 あぁ、Noと言える日本人になるのは難しい。何よりも同じ布団に誰がいてくれる感覚とそれがヒナである嬉しさが自分の中の理性的な部分をじわじわと削って行く。

 なにも手を出すつもりはない。なんたってまだお互いに中学生だし、なにより自分を心配して来てくれた相手に手を出すほど落ちぶれてもいない。まして、こっちから気持ちを伝えてないのだから尚更だ。

 

「ほら、あったかいよ?」

 

「……っす」

 

 うん。あったかい上に柔らかいです。

 俺の中の理性くんはいつまで持ってくれるだろうか。

 

 彼女から逃げる様に壁にピッタリ背中を押し付けていると言うのに、ヒナは更に距離を詰めてくる。俺臭い布団から未だかつて感じたことがない良い匂いがする。女子ってスゲー!

 

 そこまで考えてふと、気がつく。

 どうやら俺はそう言う情欲的な部分に関心が向けられる程度には回復して来ているらしい。

 

「ヒナ」

 

「うん?」

 

「ありがとう。だいぶ楽になった」

 

「……お礼を言うのはまだ早くない?」

 

 手が伸びてくる。スッと頭の後ろに回される。

 何かと思えばそのまま引き寄せられた。

 

「……普久間島の時以来だね。こうするの」

 

 喜ぶべきか、逃げるべきか。抱き寄せられた先にあったのは柔らかい感触だった。自分にはない、あるいはここまで発達していない部位。同じ人間という種族の筈なのに、ここまで身体の感触に差が出るのかと思わず考えたくなる。そんな控えめだが確かに"ある"双丘に顔が沈んだ。

 

「あの時はイタズラだったけど、今回は違うよ?」

 

「………色々とやばいんで離して貰えると……」

 

 柔らかくて、温かくて、良い匂い。そんな自分でも失笑ものな気持ち悪い感想しか出てこないのに、言葉とは裏腹に半ば反射的に手が伸びた。いつも寝る時に抱き枕にそうする様に、ヒナに、彼女の背中に手が回った。

 

「身体は正直みたいだよ?」

 

「…………誤解、とも言えないな。この状況じゃ」

 

 いつものニッコリした笑みではなく、静かに微笑む。

 見慣れない笑みに自分の心臓が思わず跳ねたのを感じた。

 

「……凄いね、心臓の音が伝わってくる」

 

「…………気のせいじゃない?ヒナの胸に顔埋まってる俺ならともかく、ヒナに伝わるかな、この体勢で」

 

「はい、雰囲気ぶち壊し罪。私の横で就寝刑!」

 

「今のは就寝と終身を掛けてるのか……?」

 

「やっぱり圭ちゃんってめんどくさいよ」

 

 分かってるさ。ヒナの心臓は驚くくらいにバクバクと音を立てている。それを表に出さないのは彼女からの配慮なんだろう。ここで彼女までしどろもどろになったら朝までただ気まずい時間が流れたに違いない。

 

 だから、会話を続ける。雑談でもいい。この状況で無言になったら俺のメンタルが持たないと思う。

 

「めんどくさいといいますがね、ばあさんや。あちきのどの辺りがめんどいとおっしゃるのかね?」

 

「ふぉっふぉっふぉ。そうですなぁ……。とりあえず1人で抱えるところですかな。今回は相談もらって明確な答えを出せてなかったワシ……私が悪かったけどさ。それでもやっぱり抱えすぎ。そう言うところ変わんないよね」

 

 あれ、これ、お説教されるパターンかな。

 いや、嫌なわけじゃないけど墓穴掘ったか。

 

「なんだろうね。もうちょい楽に生きられないかな」

 

「楽に生きる?」

 

「うん。なんかさ、自分は知ってる、自分は選べる。だから知らない、選べない人たちを守る為に自分を殺して9割の人の為の最善を取る。それが強者としての責任ってさ。立派だと思うけど生き辛くない?」

 

 生き辛い。なんだか、懐かしい言葉だ。

 俺と同じことを彼女は思ったのか、口を開く。

 

「圭ちゃんがA組から戻ってくる前。電話で相談してくれたよね。このままE組で生きていたらいろんな技術や知識が身につくけど、活かせる場面は少ない。それって息苦しい生き方になるんじゃないかって」

 

「よく覚えてるな……」

 

「圭ちゃんが初めて相談してくれたことだから」

 

 あの時は律に半ば強制されて自分から相談したわけではなかったが、それでも確かにヒナに向かって自分から悩みを打ち明けたのはあの時が初めてだったっけ。

 

「今の圭ちゃんは自分から息苦しい生き方をしようとしてる様に見えるよ?あの時はそれで散々悩んでたのにさ。仮にそれが圭ちゃんの言う強者の責任だったとしてもね、昔の考え方とは矛盾してる様に思うよ?」

 

「……ヒナに理詰めされるとは」

 

「え〜?私は圭ちゃんならこんな風に詰めるんじゃないかってイメージしながら話してるだけだけど?」

 

 俺、こんな詰め方してたのか。

 

「改めて聞くけど、ヒナの中で俺どんなキャラなの……」

 

「うーん。そうだね、言葉を尽くさずに単語で表現するなら……高潔で傲慢で潔癖な人かな。ちなみに念の為に言っておくけど潔癖って潔癖症とかの意味じゃないからね」 

 

 高潔で傲慢で潔癖。

 

「なんか容赦ないな……」

 

「好きな人だからね」

 

「そうですか……」

 

 というか、俺ってそう見えるのかな。

 確かに傲慢なのかもしれないけど、別に高潔でも潔癖でもないと思う。そんな気高くないし、楽が出来るならズルいことも俺は厭わないと思うけど。

 

「納得してないって顔してる」

 

「そりゃあね」

 

「じゃあさ、想像してみてよ。凄く強い人が1人とその他数人が事件に巻き込まれました。凄く強い人は1人で事件を解決できるだけの能力を持っています。みんなで解決しようとする中でいろんな情報を手に入れて、1人を殺せばみんなと世界を守れることを知りました。でもその1人はみんなが好きな人です」  

 

「…………今の暗殺教室の構図だな」

 

「そう。んで、重要なのはこれからね。凄く強い人にとっても殺さなきゃいけない人は大切な人です。でも、他のみんなと違って1人で解決できるチカラがあります。だから悩みました。結果、自分と同じことをみんなに悩ませない為に、責任を他の誰かに押し付けない為に、自分が殺すことに決めました。だってみんなより自分がやるほうが確実だから」

 

「俺は…………」

 

「周りにはそう見えるよ。少なくとも私には。【自分にはチカラがある。だからみんなより強い自分がやらなきゃいけない。他の誰かに責任を押し付けたくない】それをやってるのが今の圭ちゃんだよ。やっぱり、高潔、傲慢、潔癖の三拍子じゃない?」

 

 俺は、そんな風に見えていたのか……?

 自分が傲慢だったのは認める。でも、彼女の言葉が俺を責めているように感じてしまうのは俺が未熟だからなのかな。

 前提として"めんどうくさい人"という評価から始まってるのだから手放しで褒めてくれる訳がないとは思う。でも、事実とは言え、自分なりに考えて、みんなの為に動こうとした側面もある。だから、責められていると感じてしまうとなんだか、途端に悲しくなる。仕方ないと思いつつ、やっぱり、そう思う。

 

 そんな内心が身体に現れてしまったのか、彼女に回っていた手に少しチカラが入る。そんなことをすれば、彼女に気取られると分かっていた筈なのに。

 

「圭ちゃんのこと、責めてるつもりはないんだよ?」

 

「そうかね」

 

「そうだよ。最初に言ったでしょ?もう少し楽に生きられないかなって。さっきの三拍子だと圭ちゃんの良い部分が雁字搦めになって発揮できないんじゃないかなって思うんだ」

 

「雁字搦め……?」

 

「うん。別にめんどうだから直してってことじゃなくてね。それも圭ちゃんの良さだと思う。結論、責任感が強い人ってことなんだから。でもね、視野が狭まるんじゃないかなって」

 

 視野が狭まる。そうだろうか。今日の俺は少なくとも何かを見落としてはいなかった筈だ。あの暗殺中はむしろ視野がクリアで殺せんせーの機微にもすぐに反応できた。驚いたのは破壊光線の準備態勢に入った瞬間くらいだ。

 

「……例えばね、今の圭ちゃんは結果論に縛られて見えるって言えば良いのかな。結果論を前提に行動して見えるって言うか、可能性が一番高い奴がやるのが確実って突っ走ってる」

 

「それが一番良いだろ……」

 

「そうだね。私もそう思うよ?」

 

「じゃあ、別に視野が云々の話には————」

 

「でも、それって"見てる"って言えるのかな?」

 

「…………」

 

 口が開いてくれなかった。動いてくれなかった。

 なんだか、ヒナの言葉がグサっと刺さった気がした。

 




あとがき

はい、あとがきです。

えーはい、すみません。収まり切らず、その上で微妙に消化不良な展開になってしまったので書いて消して書いて消してをしてるうちに投稿日を迎えてしまいました。
本来1話で終わらせるつもりでしたが、来週も今回の様な話になりそうです。

あぁ……。なんというか、二次創作の難しいところですね。このキャラはこれを言う、言わないのエミュというか。あんまりかけ離れた事をやってしまうと原作へのリスペクトが感じられない内容になってしまうし……。かと言って思い切ったことをやらせられないと凄く薄味になってしまう。リスペクトと二次創作を両立させられる人ってほんと凄いわ…………。そう言う人が原作者以外でスピンオフとか外伝とか書いたりするんだろうなぁ。

さて、弱音も吐いたところで今回はここまでと言うことで……。

次回も圭一と倉橋さんの語らいは続きます。
……こいつら、ベットで抱き合いながらこんな会話してるんだよなぁ……。弱ってるとは言え、圭一をハメられる倉橋さんだいぶ強かやで……。

ご愛読ありがとうございます!



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