暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えてたくさんの高評価、感想ありがとうございます!

今回も投下しますのでお付き合いください……。


154話 死神と引鉄の時間 2時間目

 

 倉橋さんの悲鳴と鋭い銃声が僕らを支配する。

 直後に鳴り響いた甲高い金属音とビッチ先生の声が惚けた僕らを現実に押し戻した。

 

「……凄い握力ね。持ってるナイフに銃撃受けたのに、手を離さずに握り締めてるだなんて」

 

「ビッチ……先生……?」

 

「えぇ。あんたらの大好きなイェラビッチお姉様よ」

 

「なんで……?なんで止めた………?」

 

「見てらんなかったから」

 

 茫然自失という言葉がよく似合う様子の乃咲がビッチ先生に濁った瞳を向ける。何を考えているのか分からないその目は真っ直ぐに彼女を見据えていた。

 

 そんな視線を受け止めながら、先生は窓を開けて腕で反動を付けなら土足で教室に上がり込み、殺せんせーに馬乗りになってる乃咲の腕を引っ掴む。きっと引き上げて立ち上がらせたかったのだろうけど、乃咲は立とうとして、そして膝から崩れ落ちた。

 

「……あ……れ………?」

 

「一時的な解離性障害ね。簡単に言うと思う様に体が動かない状態のこと。間違いなく殺すべきって理性で殺したくないって本能を捩じ伏せた弊害。しばらく続くわよ、それ」

 

 現状を淡々と述べる様な、それでいて心配する様な声音でビッチ先生は生まれての子鹿みたいにぎこちない足取りの乃咲を支えて歩き出したが、一度振り返る。

 

「暗殺の妨害したこと、怒る?カラスマ」

 

「……いや、よくやってくれた。俺も肩を貸そう」

 

「止めておきなさい。乃咲がこんなになるまで自分を追い込んでそこのタコを殺そうとした理由に少なからずアンタへの恩返しも入ってんのよ?これ以上ないくらいに上手くいって、マジで殺す寸前まで追い詰めて失敗した。今はそっとしておくべきよ。まぁ、妨害した私が言えることじゃないけど」

 

「………………わかった。彼を頼む」

 

 ビッチ先生はヒラヒラと手を振って廊下の方へと歩いていく。きっと保健室へ運んでいるんだろう。

 そんな中、教室の中に取り残された殺せんせーがゆっくりと身体を起こして2人の去った方へ視線を向けた。

 

「殺せんせー」

 

 そんな中で理事長が声を掛けた。

 殺せんせーの顔はいつもと変わらない。三日月の笑みと黄色い顔。いつもと変わらないから、たった今、死に掛けたと言うのに何を考えているのか分からなかった。

 

「未熟だった様ですね、お互いに」

 

「……えぇ」

 

「…………早退させるのであれば、口裏を合わせましょう。保護者への連絡が必要ならそちらも引き受けます。彼がもう一度登校してきたら、私にも話をさせてください」

 

「助かります」

 

 理事長は言葉数少なに語って去っていった。

 あの人も普段から何を考えているのか分からない。でも、今回ばかりは理事長も考え込んでいるのが分かった。

 きっと乃咲が言っていた通りだ。殺せんせーを殺して地球を守るというのは、僕らにとって人を蹴落として、殺して生き残るのに等しい。そんな生き様を強者と定義した彼から見たら、今回の暗殺は理事長の教育の縮図のようなものだと思う。

 だからこそ、実際に殺せんせーを弱者と思わせるほどのチカラを見せた乃咲のあんな様子を見て思うところがあったんだ。

 

「………今回、先生は死んだも同然です。イリーナ先生が割って入らなければ、私は乃咲くんに殺されていた。彼の能力を低く見積もっていた訳ではない……。それでも、あの子は実力という面ではとっくに独り立ちしていたのでしょうね……」

 

「…………」

 

 その声に言葉を返せる者はこの場にはいなかった。

 乃咲は友達で仲間。それは絶対に変わらないけど、でも、今回の件で格の違いとでも言うべき部分が明確に見えた。

 

 世界中の軍隊や最新鋭の戦闘機や兵器が一切有効打にならなかった殺せんせー。そんな彼を僕らは協力して何度も追い込んだ。知恵を出し、足らない部分を補い合い、自分たちに有利なフィールドに誘い込んでようやく。

 

 それなのに彼は1人でやった。攻撃しながら自分に有利なフィールドを作り、僕らの目に止まらない速度で攻撃し続けて、暗殺というより戦闘と呼べる戦術で真正面から殺せんせーを殺した。殺せんせーは死んでないけど、死んだも同然だった。

 

 乃咲はやろうと思えば殺せんせーをいつでも殺せるだろう。2人の会話は僕らにも聞こえていた。小声で話していたけど、でも、静寂に包まれたあの空間ではしっかりと僕らの鼓膜を叩いていた。乃咲の過酷な覚悟が。

 

「さてと、アンタら、教室入って来なさいよ」

 

「ビッチ先生……。圭ちゃんは?」

 

「ダメね。しばらく戻ってこないわ、あれは」

 

 乃咲を保健室に連れていったビッチ先生は戻ってくると、僕らに教室へ入ってくる様に指示を出す。

 

「タコとカラスマもよ。そっちのタコはともかく、これから話すことはアンタにとっても重要なこと。暗殺技術を指導する側としてカラスマにも知っておいて欲しいのよ」

 

「………わかった」

 

 ビッチ先生の言葉に頷いた烏間先生の後を追う様に僕らは教室に入った。机や椅子はそのままに、乃咲の戦闘で使われたBB弾すら今は放置して床に腰を下ろす。

 

「さて、たまには暗殺者らしい授業でもしようかしら」

 

「……暗殺者らしい授業って?」

 

「そうね、曲がりなりにも学校の授業時間でやることだから、道徳と洒落込んで………人を殺すってどう言うことなのか」

 

 先生の言葉に息を呑んだ。言葉の凄みではなく、一瞬で僕らの知ってる緩くてとっつきやすい年上のお姉さんのような雰囲気から、見ているだけで背筋が冷たくなる様な殺気を感じさせる空気を纏った切り替えに。

 

「結論から話すとね、人を殺すってアンタらが思う以上に簡単なことよ。それこそ1+1なんてくだらない問題よりもね」

 

「算数はやり方を知ってれば出来る。逆に言えばやり方を知らなきゃできない。でも、人殺しはやろうと思えば出来る。どんなに識字率が低くても、どんなに一般教養のレベルの基準が低い国でも、殺人事件は絶対に発生するんだから、そんなことは改めて説明するまでもないわよね」

 

 当たり前の様に言うビッチ先生。でも、僕らにとって彼女の言葉は常識とはかけ離れていた。

 考えたこともなかった。殺人が1+1の問題より簡単だなんて。思いもしなかった。今日まで一度たりとも。

 

「人を殺すのは悪いこと、それは単に命は尊いとかそう言う問題だけではなくて、殺すって言うのは最も簡単で手っ取り早い手段だから。殺す前にもっと努力の余地はなかったのかって責める意図もあるはずよ」

 

「逆に言えば余地がない場合は責められることはない。日本には緊急避難って法律があるでしょう?カルネアデスの板って言えば分かりやすいかしら。自分が生き残る為にやむを得ず、害意なく他者を害してしまったって話し」

 

 聞いたことがある。殺せんせーが公民で法律について教えてくれてる時に物の例えで出していた話だ。

 

「じゃあ、ここでアンタらに質問。そこのタコを殺すことは緊急避難の対象になると思う?」

 

「…………なると思います」

 

「でしょうね。そいつが法律的に人権が認められてないとか、そもそも地球を破壊する超生物って点を差し置いても、そいつを殺さなきゃ地球が終わる。友達も家族も仲間も恋人もみーんな仲良く一緒に死ぬんだから」

 

 ビッチ先生は核心を突く質問をした。

 

「じゃあ、次の質問。殺せんせーを殺したい?」

 

「殺したいよ。だからみんな暗殺の技術を磨こうと頑張ってるし、弱点を探す為に目を皿にしてるんだもん」

 

「それはどうして?私が聞きたいのはなんで殺したいのか」

 

「……それは………俺たちは殺せんせーに色々、本当にたくさんのことを教えて貰ったし、どこの馬の骨とも知らない奴に殺されるくらいなら、俺たちの手で殺すのが恩返しになるから……。乃咲だって言ってたじゃんか」

 

「違うのよ。アイツはもっと先にいる。いい?私が聞いてるのは、そもそもそこのタコに生きてて欲しいか、死んで欲しいかって話しなの。仮によ?コイツが地球は壊しません、悪いことしませんって言ったら、アンタらはどうしたいの?」

 

 ビッチ先生は質問を重ねる。

 

「私はアンタらに不幸になって欲しいわけじゃない。平和な国の平和な街に生まれたんだから相応に幸せになって欲しい。でもね、私から見た今のアンタ達は歪んでるのよ。だって、ガキ共から見たそのタコは私にとってのロヴロ師匠だもの。その上でもう一度聞くわよ、アンタらは殺したい?」

 

「僕らは……」

 

「もっと踏み込んだことを聞くけど、もし、私やカラスマが地球を破壊するって言った時にアンタらは私たちを殺せる?殺さないのだとしたらなんで?私たちは殺せないのに、なんでタコは殺せるの?さっきの理屈で言えば、私たちを殺すのはやむを得ない。だから罪に問われることもない。なのにどうして?」

 

「イリーナ先生、それ以上は……」

 

「私も酷なことを言ってる自覚はある。でも、元はと言えばアンタが先延ばしにして来た結果でしょう、殺せんせー。乃咲が想定外に強かったのは分かる。私だってここまで行くとは思ってなかったもの。でも、いつか話して考えなきゃいけなくなることを先延ばしにした結果、アイツが一歩早く気付いて背負うことになったのよ?今は黙って聞いてなさい。じゃなきゃ、乃咲が背負い続けることになる。それはフェアじゃないわよ」

 

 ビッチ先生からの鋭い言葉に殺せんせーが項垂れる。

 ここまで弱々しい彼をみるのも珍しい。暗殺や僕らの精神攻撃でボロボロになってるのとは違う。触手がなくなって満身創痍って訳でも、精神攻撃で恥ずかしがってる訳でもない。的確に例えるなら……打ちのめされているっていうのかな。

 

 普段、僕らに教えるときの自信ある姿とはかけ離れた、弱々しい姿がそこにあった。まるで自分のやり方を疑っているような、そんな姿を見たのは初めてのことだった。

 

「いい?まずは考えなさい。なんで殺したいのか。殺さなきゃいけない理由は地球を守る為、自分たちが手を下すのはそれが恩返しだと思うから。なら、それを踏まえた上で殺したい?」

 

「殺したいのだとしたらどうして?仮に殺さなくて良いのだとしたら殺さない?それでも殺す?」   

 

 その質問にも僕らは答えられなかった。

 けど、ビッチ先生の言葉は止まらない。

 

「乃咲だってそこまで考えていたのかは分からない。でも、少なくともアイツは殺すべき理由と殺したい理由の違いに悩んでたわ。その末に選んだのが"責任を果たす"って選択肢ね。一般人より多くのことを知ってる、そして自分はE組でトップの実力がある、さっき見た通りに単独で殺せる能力もある。だから、自分の手で殺すのが俺の責任って」

 

 責任。乃咲もそう言っていた。

 

「さっき、カルネアデスの板を例えに出したけど、実際には微妙に違う。『2人までなら沈まない板にあなたが捕まっています。もう1人くらいは助かるだろうと思っていた所に2人現れました。片方は自分にとって恩も情もある人、もう片方は見知らぬ誰かです。自分が手を差し伸べれば片方は助けられます。あなたはどっちを選びますか?』って質問が本質かしら」

 

 その恩も情もある相手っていうのが、きっと殺せんせーのことで、見知らぬ誰かって言うのが事情を知らない人たちなんだろう。ビッチ先生が言いたいのはきっと。

 

「歯に衣着せぬ言い方をするなら、ここで選ばれなかった方は死ぬ。その上でどっちを殺すの?前者を殺していいの?本当に?」

 

「…………分からない……です」

 

 磯貝くんの答えにビッチ先生は頷いた。

 

「そう、それが今のアンタたちに足りない部分。だから、考えなさい。殺すってどう言うことなのか。それが殺し屋としてアンタ達にしてやれる数少ない設問よ。精々悩んで納得できる答えを出しなさい。暗殺を再開する前にね」

 

 言いたいことを言って満足したのか、ビッチ先生は教室を出て行こうとして……不意に立ち止まって烏間先生に視線を向けた。

 

「アンタもよ、カラスマ。乃咲はさっき見た通り、そこのタコを単独で殺せる実力は手に入れた。きっとアンタの指示があればアイツは殺しに行く。もしも即座に殺せって命令をするなら、その意味とその結果として乃咲が背負うものをよく考えることね。もちろん、乃咲に限った話でもないけれど」

 

「………あぁ。分かった。忠告感謝する」

 

 殺せんせーを殺したいのか、殺して良いのか。

 そもそも殺すってどう言うことなのか。

 

 僕らはその答えをどうしても出すことは出来なかった。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

「圭ちゃん」

 

「………あ、あ?どうした?」

 

「大丈夫?」

 

「あ、うん……平気」

 

 乃咲は変わらず惚けている。ヒナノが隣に座って声をかけてるのに、返事は上の空で話しかけられて最初の一言を出すまでに間があるあたり、やはり、十全とは言えない。

 

「これは駄目ね、早退させましょう」

 

「…………うん。でも、早退して元気になる問題なのかなぁ」

 

「無理ね」

 

「……即答なんだ」

 

 私の言葉にヒナノがポツポツと返す。

 この子も気持ちも分からない訳じゃない。惚れた相手が自分の想像を超えた悲痛な覚悟で自分たちの恩人を殺そうとしていた。その結果、殺さずに済んだものの、やっぱり無理をしていたのか、終わった後で放心状態になっているのだから。

 

「ヒナノ、アンタさ、本当に怖いって思ったことある?」

 

「そのくらい誰でも思うんじゃない……?」

 

「本当にそうかしら。私はある。初めて人を殺した時、怖かったわ。そうしなきゃ自分が死ぬって分かってはいたけど、頭の中が真っ白になって、手足は意思と関係なく震え出して、身体が底冷えする感覚だけがあった。私の経験から言わせて貰えば、本当の恐怖ってね、感情じゃなくて寒さなのよ」

 

 ヒナノは私の言葉が理解しきれていないのか、あるいは想像がつかないのか、心配そうに、それでいて困った様に眉を寄せる。

 だから、イメージがしやすい様に当時の経験と感じたことを織り交ぜながら教え子に説明する。

 

「私が初めて人を殺したのは12歳の時。当時、私の国では民族紛争が激化していてね。家族と住んでた町にも戦火が伸びて来た。親は問答無用で殺されて、私の手元には父の手から転がり落ちた拳銃があった。撃てば当たる程の至近距離、殺さなきゃ殺される状況で私は迷わず引き金を引いたわ」

 

「………」

 

「迷わずというか、迷ってる暇がなかった。パパとママが殺された、怖い。今度は私が殺される、嫌だ。撃てば相手は死ぬ、でもそれは悪いこと。頭の中ではそんなことがグルグル回ってるのに指先は引き鉄を引いていた。頭が真っ白になるのは銃声と手に伝わる銃の反動による痛みを感じた瞬間よ。頭が真っ白になって、顔や身体に浴びた返り血で現実を思い知るの」

 

「両親は殺されて守ってくれる人はいない。民兵を殺してしまったから見つかったら確実に殺される。だから、敵の死体を地下の蔵に押し込んで、死体とスシ詰めになってそこに隠れたわ。一晩かけて緩くなっていく死体の感触は今でも覚えてる」

 

「死体ってね、最初は熱いのよ。でも、血を失うに連れてどんどん冷たくなっていく。熱いが暖かいになり、それが緩くなり、最後に冷たくなる。それだけじゃないわ。死体ってね、色んな臭いがするの。硫黄みたいな臭いだったり、血の臭いだったり、あとは死んだ後って身体が弛緩して糞尿が出てくるの。それも酷い臭いだった。でも、それだけじゃない」

 

「自分からも色んな臭いがする。怖くて震えてかいた冷や汗、怖さで失禁したおしっこの臭い、死体の感触で吐き出した吐瀉物の臭い、死体とスシ詰めになるともっと酷くなる。見つからないかってかいた汗、身動き取れずに垂れ流しの自分の糞尿の臭い。それが狭い蔵の中に充満する。この世のモノとは思えない酷い臭気。そうね、私にとって恐怖は寒さ、死は臭いってところ」

 

 これまでの経験を総合的にまとめるとこうなるのか。

 この評価や表現が合っているのは分からないけど、でも、今の私の感性で言語化するならこれしかない。

 

 そんな自己評価は教え子に伝わったのか、ヒナノはただ黙って私の話をきき、俯きながら瞳に涙を溜めていた。

 

「ごめんなさい……知らなかった、ビッチ先生がそんな経験して来たなんて考えもしなかったよ」

 

「いいのよ。結果は結果。どれだけ言葉を尽くしても人を殺した事実は変わらない。過程を見ようとするカラスマや乃咲の姿勢はきっといいことなんでしょうけど、それでも私はプロだから。だから結果に拘る。だからね、実際にあの日に殺しを経験したから今の私がいる訳だし、泣いてもらう必要はないの。いま、アンタがそれを向けてやらなきゃいけないのは、目の前のオトコでしょ。気持ちは嬉しいけどね」

 

 ヒナノは真っ赤にした目を乃咲に向ける。

 近くでこれだけ話していると言うのに、相槌の一つもなければ、身振り手振りなどのリアクションもない。ただ漠然と呆然と空を見上げていた。

 

 学園祭の少し前、乃咲が悩んでいるのは知っていた。その悩みは殺すことが当たり前ではない堅気の人間が暗殺、それも知人の殺しをするという状況では考えるのが当たり前の悩みで、でもそれを言葉巧みにあのタコがぼかし続けて焦点が生徒たちの大半の目が当たっていなかった部分だった。

 だから私は嬉しかった。子供や大人ですら悪気なく言うことがある殺すという言葉の意味を真剣に考えて、天秤を傾けようとしている姿勢が。ただ、殺せと言われたから殺すという思考を放棄した行動ではなく、理性で判断しようとしている姿勢が。

 

 もちろん、乃咲だけが気付いているとは言わない。他にも薄々考えている奴はいたのかもしれない。それでも、明確に悩んで考えて、自分なりの結論を出して、行動を起こして、かつての私の様に殺すという行為に恐怖している姿を見せてるコイツに肩入れしたくなるのは人情でしょう?

 

 別に、思考放棄して殺すのが悪いとは言わない。それではいつか絶対に後悔するとは思うけど、それでも、大前提として地球の危機。70億の人間の命とその他無数の生き物の命が掛かっているのだから。本当はどんな理屈があっても目を背けて、70億以上の命を守るために殺すべきだとも思う。端的に言えば、思考放棄していいとすら言える。それこそ緊急避難って奴だ。まして、自分と相手ではなく、自分と70億に対して1人という事例なんだから。考えるでもない。

 

「乃咲は殺さなかった、私が阻止したから。仮に私が止めなければ、あの場でアンタ達の任務は終わっていたのだとしても、殺せなかった。それが結果であることに変わりない。でも、コイツなりに考えて考え抜いて、責任を全て自分が背負って、殺そうとしたって言うのも一つの結果。だから、私は自分なりの価値観でコイツをリスペクトしてやりたい」

 

「圭ちゃんをリスペクト……?」

 

「乃咲は責任を果たす者こそが強者だと言った。その価値観に対して意見を言うつもりはない。確かに結果的に暗殺は失敗した。でも、70億の人命の為に恩人である1人を殺すって思考放棄が許される状況でも妥協せずに殺すという言葉と行為の意味を考え抜いて、実質殺したも同然な結果を残したコイツは、私からしたら、殺し屋としての責任を果たしたと思う」

 

「自分が語った理想を違えることなく、結果を残した。これでコイツを軽んじる奴がいるのなら、私はプロとしてそいつを認めない。15歳の時に同じ選択が出来たと証明しない限りはね」

 

「ビッチ先生……」

 

「ヒナノ、アンタはどう?乃咲のこと、どう思う?」

 

「……私は、少し嫌だな。圭ちゃんやビッチ先生の言うことも分かるし、正しいと思うけどさ。結果が全てでその為に頑張って、やり遂げられなかったらダメって、まんま圭ちゃんが1年生の頃に挫折した時と同じだもん。だから、結果に拘るのは……」

 

 ヒナノは乃咲の隣に座って手を握る。

 握られた本人は、それから数拍子置いて首を動かし、ただ正しく彼女の名前をポツリと呟く。

 

「今の圭ちゃんを認めちゃったら、圭ちゃんが昔に戻っちゃう気がする。だから……なんて言えばいいのかな……」

 

「…………」

 

「それに、ビッチ先生の圭ちゃんへの評価も結果論に見えて実は過程も見てるじゃん。結果だけで見たら、圭ちゃんは『殺しの意味を考えて、責任を果たす為に頑張ったけど殺せなかった』になるはずだもん。だから……私は、結果だけ見るのはイヤかな」

 

「だって目的を果たしたって結果の為なら過程がどうでも良いってわけじゃないじゃん。極論だけど地球を守る為に70億人を犠牲に似て殺せんせーを殺す。仮にこれが出来たとしたら、結果論で評価するなら、これも正しいことになっちゃうもん。圭ちゃんにそんな風になって欲しくないよ」

 

「アンタ、割とレスバ強いわよね……」

 

「そんなことないんじゃないかな………。私のは好きな人にこうあって欲しいってわがままだから」

 

「……そのわがままが今は必要なのよ。乃咲を本当の殺し屋にしない為にはね」

 

 私の言葉にヒナノはこっちに顔を向けた。

 

「自分語りに戻るけど……殺しの記憶は消えないわ。きっと、殺そうとした記憶もね。薄々は気付いてるでしょ、アンタたちが殺せんせーって呼んでるあの生き物も元は人間なんだって」

 

「……ビッチ先生も気付いてたの?」

 

「そりゃあね、あいつ、動きが人間臭いのよ」

 

「…………そう、だね」

 

「きっと乃咲も気付いてるでしょ」

 

「…………うん」

 

 いや、きっと気付いているだけではないのかもしれない。このやたらと聡い少年なら、元人間ってだけでなく、その正体にすら勘付いてるのかもしれない。私たちすら知らない何かに。

 

 でも、今は置いておこう。重要なのはそこじゃない。

 

「だったら、乃咲がさっき殺そうとしたのは、地球を壊す超生物ではなくて、自分や仲間を導いてくれた"人間"ってことになる。あの時、アンタの惚れた男が覚悟してたのは、人殺しなのよ」

 

「…………」

 

「その人殺しの覚悟の果てに、ケイイチは理性と感情を切り離す術を身に付けてしまった。今後、ケイイチは実力面だけじゃなくて、文字通り、殺そうと思えば感情を殺して実行できるでしょう。殺せんせーを単独で殺せる実力を持った感情と理性を切り離せる殺し屋。正直、"死神"以上の殺し屋になれるわよ」

 

「私はそうなって欲しくない。修学旅行の時に言った通りよ、せっかく戦争も無くて治安のいい幸せな国の一般的な家庭に生まれたんだから、環境に感謝して相応に幸せになって欲しい。なんだかんだ、アンタらは確かにクソガキだけど、私はそれでも大好きよ。だから、本人が望んでないなら殺し屋になって欲しくない。ヒナノにもケイイチにもね」

 

「………はい」

 

「私が殺し屋になったのは、初めて殺しをしたあの日の恐怖を飼い慣らす為。でもね、ハニートラップ専攻の殺し屋になったのは別の理由。ロヴロ師匠が手配してくれた女殺し屋に房中術を仕込まれたからって理由だけど、たぶん、師匠が私に房中術を仕込む様に依頼したのは、メンタルケアなのよ」

 

「そうなの?」

 

「確証はないわ。でも、恐怖という寒さが忘れられなかった時、房中術を文字通り手取り足取り教えてくれた殺し屋の肌は温かくて……安心した。見知ったとおり、私ってばスタイル抜群の美人だし、下手に南の島で会った殺し屋みたいな育て方をするより、女の武器を活かした殺し屋に育てるのが合理的だったのかもだけど、死人の冷たさを乗り越える為にまずは生きてる人間との触れ合いでメンタルを回復させようとしてたのかもね」

 

 もちろん、私の勝手な想像だけど。

 でも、ロヴロ師匠にはそんな意図もあった気がする。

 

「さて、ヒナノ」

 

「はい」

 

「実際の経験則として、こういう時に一番メンタルケアに効くのは人肌よ。あんた、やる気ある?」

 

「ひ、人肌………」

 

「あんたがやらないなら私がやる。もちろん、"そういうこと"をする可能性もゼロじゃない。身体で慰める〜なんて言葉があるけど、文字通りのことするかも知れない。まぁ、ケイイチの状態次第だけど、覚悟はしておくべきね」

 

「私がやるって……ビッチ先生はいいの?烏間先生のこと好きなのに。別の人とってイヤじゃないの?」

 

「あら?大前提、私はビッチなのよ?」

 

「いや、そうかも知んないけどさ……!?」

 

「それに言ったでしょ。私はコイツをリスペクトしてる。だからケイイチがこのままなのも放っておきたくないの。それに、本当にどうしようもなくなった時、この子に頼るしかない。本当は時間を掛けてゆっくり癒してやれればいいんでしょうけど、そう簡単に治るもんでもない。だったら、強引にでも人肌の温かさを感じさせて復活させるしかないわ」

 

「…………………」

 

 ヒナノが尻込みする様にケイイチを見る。

 尻込みするのも同然だと思う。でも、私の経験談としてもこのやり方が一番手っ取り早くて、効果がある。寒いなら温めてやる。それだけの至極単純な動機。

 むろん、本当にそういうことをすることになったら、最悪の場合はケイイチを依存させることになるかも知れない。人を殺す覚悟はそれだけの傷を負わせるし、それを癒すっていうのはそうさせるだけの感情を抱くきっかけにもなる。

 

 その辺はあえて伝えない。今は単純に彼女がやりたいかどうかが重要だ。意思があるなら背中を押す。

 この2人は側から見ていてとても歯痒い。ヒナノはアピールしてるけど、ケイイチはどこか素直になれていない。でも、ケイイチの方だって憎からず思ってることは見てて分かる。

 

 もちろん、ケイイチがそこまでのことをヒナノに求めるかは分からない。本人の性格的に求めないかも知れない。でも、結局は覚悟の問題だと思う。相手に好意を伝えるのは確かに覚悟がいる。その点で言えばヒナノはケイイチ以上に覚悟が出来ている。

 

 でも、今回は覚悟のベクトルが違う。本当に私やE組の子供たち、各国政府があのタコを殺せなかった場合は実績があるケイイチに白羽の矢が立つだろう。

 そして、ケイイチは自分がやるしかない場合なら、手を下すという確信もある。でも、それはケイイチにとって恩人殺しであると同時に今度こそ人殺しになるってこと。

 

 もしも実行して、殺せてしまったら、今回ですらこんな状態の彼がどれだけショックを受けるかなんて想像すらできない。

 もしかしたら、もう立ち直れないかも知れない。仮に立ち直っても、無理に笑って、無理やり平凡に生きようとするかも。

 

 その時、支えてやれるのか。それを聞きたかった。

 ヒナノは可愛い教え子だと思う。トウカと並んで妹みたいに思ってる。でも、ケイイチとて小生意気ではあるが、大事な教え子で、プロとしてリスペクトしようと思える相手だ。

 

 ここでやると答えられないなら、きっともっと悲惨なことになるであろう"次の機会"に対応できると思わない。

 それなら依存させる覚悟で私が対応したほうが良い。少なくともその方がケイイチとヒナノの為になる。

 

 だから、問い掛ける。

 

「どうする?正直、10代半ばの生娘には荷が重いと思うケド」

 

「私がやる」

 

 問いかけると、案外早く返事が来た。

 そのことに驚きつつ、最後の確認をする。

 

「本当にいいの?」

 

「うん。ビッチ先生に圭ちゃんを盗られるの嫌だってそんな単純な話しじゃないんだろうけど……いや、たぶん、その通りなのかも。ビッチ先生にもカエデちゃんにも渡したくないから」

 

「気持ちは分かるけど、後悔するかもよ?」

 

「でも、このまま何もしない方が後悔すると思うし。だったら何もしないよりして後悔したい。まぁ、後悔するとは限らないし、たぶん後悔しないと思うけど……ね」

 

 そう、そこまで覚悟してるのね。

 それなら、私から言うことはないのかも知れない。

 

「それにね、最近は圭ちゃんもかなり気を許してくれてるって分かるんだ。この前なんて圭ちゃんとお父さんが住んでた家に連れてって貰ったし、偶然だけど育ての親にも会えて、紹介してくれたの。お袋の味みたいなものも教えてもらって……」

 

「え、なにそれ、聞いてない……」

 

 ヒナノから出てきた内容に思わず溢す。

 あら?もしかして、恋愛的な部分で私ってば教え子に抜かされちゃってる?まだしっかり付き合ってるわけじゃないけど、実家に連れて行ってもらって、育ての親に挨拶済ませて………え?

 ちょっと待ちなさい。ケイイチの奴、そこまでやって今だにこの子からの告白に返事してないとかマジ?

 

「だから、私がやる。あの時ヒナになら良いって言ってくれたから。私もなにか、圭ちゃんにならって言ってあげたいから」

 

「……そう、そこまで覚悟出来てるのね」

 

 ケイイチの鈍さというか致命的なまでのクソボケ具合に頭を抱えそうになりながらも、ヒナノが見せた覚悟に頷く。

 

「いいわ、そう言うことならアンタに譲る。鈍くて素直じゃない乃咲も悪いけど、いつまで経っても落とせないヒナノも悪いんだからね。アンタも良い加減、男の1人でも落としてみなさいな」

 

「……え〜?ビッチ先生がそれを言う?それと圭ちゃんのこと苗字呼びに戻ってるし」

 

「……そうね、堅物に苦労してるのはお互い様かしら。私なりに認めた証として下の名前で呼んでみたけど、やっぱり、コイツは乃咲って感じがするから私はこれで良いのよ」

 

 誰に似たのかか生意気なことを言うヒナノを立ち上がらせる。ポケーっと天井を焦点の合ってない目で眺める乃咲も一緒に立ち上がらせてみるが、彼は暗殺の時に見せていた気迫や力強さはどこへやったのな、「うわぁっ」と情けない声を上げて膝から崩れ落ちていた。

 

「………分かっていたけど、相当重症ね」

 

「だよね……。まぁ、でも、やってみるよ私なりのやり方で」

 

「ヤリかた?ヒナノってばやらしいわね」

 

「いろいろ台無しだよっ!!?」

 

 乃咲に肩を貸して歩き出そうとするヒナノ背中を押す。いや、パシンって音が鳴ったから半ば叩く形になってしまったけど、まぁ、口が回るようになった弟子への気合注入ってことで。

 

「せいぜい頑張んなさい、男なんてベットに連れ込んで慰めてやればイチコロなんだから!」

 

 廊下に出た2人を見送る。なんだかんだ言ったけど、ヒナノなら大丈夫でしょう。無邪気で天真爛漫で、それでいて強かな部分もあるし。あの子がいるならケイイチも立ち上がれる。

 

「ほら圭ちゃん、今日はもう帰ろう?」

 

「…………んぇ?あ、もう放課後………?」

 

「ちょっと早い放課後にしよっか。たまには勉強も暗殺も放り投げてぼっーっとしよ?何か食べたいものとかある?」

 

「食べたいもの………?トメさんの生姜焼き……………?」

 

「おっけい、まかして!」

 

 頑張んなさいよ、いつか"ヒナの"って言わせなさい。

 まぁ、私なりに先生やったことだし、次に登校してきた時に何があったのか聞くくらいはしてもいいわよね?

 




あとがき

はい、あとがきです。

前回の話で倉橋さんが圭ちゃんの元にいる経緯みたいなものを書いてみました。やっぱ、女性視点って難しい……。

次回はその後の烏間先生視点かなぁ……?

ご愛読ありがとうございます!
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