暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えてたくさんの高評価、感想ありがとうございます!

今回も投下しますのでお付き合いください……。


157話 意思の時間

 

 昨日の夜、そして今朝とヒナとヤってはないけどやらかしたと言っても過言ではない時間を過ごしてなんとか登校した朝。

 教室の雰囲気はどんよりと沈んでいた。正確に言えば沈んでいるというのは言い過ぎだが、ぎこちない。みんなが無理していつも通りの生活を送ろうとしてるような、そんな気がする。

 

「あっ、圭一」

 

 そんな雰囲気を感じ取って教室の入り口で思わず立ち止まっていると、悠馬が俺に気付いて声をかけて来る。

 それに釣られて他の面子もこっちに気が付いたらしく、驚いたように立ち上がり、俺の前にやって来る。

 

「今日は休むかと思ったぞ、大丈夫なのか?」

 

「あぁ。ヒナのおかげでかなり楽になった。みんなには心配かけてばかりで悪いな。今回は焦りすぎた」

 

「………すこしびっくり。乃咲くん、夏休み明けみたいなテンションになってるかと思ったのに。思ったより元気そう」

 

「考えなきゃいけないことはまだまだ沢山ある。今回、結論を出さなかった分だけ問題を後回しにしてることになるのかもしれない。でも、俺だけが焦って答えを出しても仕方ないことだってあるって。そう思うようにしたから」

 

「………そっか、そう言うことなら安心した。俺らこそ……ごめん。あのあと、ビッチ先生が話してくれたんだ。殺すってことの意味と乃咲がどんな事を考えて暗殺を挑んだのか」

 

「概要だけだけどヒナから聞いた」

 

「俺ら、お前に頼りすぎてたよな……。強化人間パワーがどうのって毎回桁外れの結果やサポートをしてくれるからつい……」

 

「別にそこまで過剰に頼られたとは思ってない。それに俺のはちょっと自意識過剰が過ぎただけだよ。だから今回のことに関しては俺のことは気にしないでくれ。俺も気にし過ぎない様にするからさ。それこそ力が欲しければいつでも貸すから、今回のことで変に遠慮とかもしないでくれ」

 

「…………わかった、ありがとう。圭一」

 

「こっちこそ。1人だけ悟ったことを考えずにみんなに話せば良かったんだ。心配かけて悪かった。ごめん」

 

 今回の件、俺も謝ったし、みんなからも謝られた。でも、きっとどっちが悪いと言うこともないんだろう。殺せんせーがみんなに気付かせないように振る舞っていたからみんなが目を向けられないのは当然だ。俺は気付いてしまったけど、みんなが気付かないように気を遣って動いてしまった。

 そう言う意味では俺や殺せんせーに非があるのだろう。包み隠さず話せばこうはならなかったかもしれない。でも、初めから全て話すことが最善であるとも言えない。だから、きっと非があるという言い方になっても、どちらが悪いとは言えないと思う。

 

 なんとなくみんなを見渡す。すると1人だけ見覚えのある顔がないことに気が付いた。

 

「そう言えば茅野は?」

 

「体調不良だってさ」

 

 そうか。もしかすると昨日の一件で精神的に弱ってしまったのかもしれない。彼女にとって俺はこのクラスで雪村先生の死を共有した唯一の相手だ。そんな奴が殺す覚悟を決めて担任に牙を剥いたのはショックだったのかも。

 

 あとでLINEでも送っておくか、心配だし。

 

「おはよう、みんな」

 

 そうしていると烏間先生が教室に入ってきた。

 声をかけながら入ってきたのでみんな口々に挨拶を返していると、烏間先生と目があった。あからさまに目を見開くようなことはしていないが、意識の波長から俺の姿を見て動揺していることがつい分かってしまった。

 

「……乃咲くん、おはよう。体調は大丈夫か?」

 

「おはようございます、烏間先生。大丈夫です。今日からまたご指導よろしくお願いします」

 

「…………驚いた。暗殺は続ける意思があるのか……?」

 

「はい。殺せんせーを今すぐ殺すかは別問題ですけど、でも続けたいとは思ってます。あんなことがありましたけど、それでもやっぱり暗殺をどんな形でもやり通すのが責任だと思ってますから。だったら果たせるかどうかは置いておいて、果たそうとする意思は示し続けたいです」

 

「それは強者になろう(・・・)とする為か?」

 

「強者であろう(・・・)とする為です」

 

「……そうか。少しマイルドな考え方になっていて安心した」

 

 僅かに口角を上げて微笑んだあと、烏間先生は切り替えたように表情を引き締めなおし、俺に視線と言葉を投げた。

 

「それでも昨日の今日だ。キミに色々と確認しなくてはならないことがある。申し訳ないが少し顔を貸してくれないか」

 

「構いませんよ」

 

 烏間先生に頷き、みんなに対して自習しているようにと告げると教室を出た彼の背中を追う。

 みんなからの心配の視線が背中に刺さったが、それこそ昨日、あんな姿を見せたのだから仕方ないって奴か。

 

 後ろ手で扉を閉めるて先生を追いかけて職員室に入ると、そこには殺せんせー、ビッチ先生、そして何故か理事長が座っていた。なんで今日もあるんだろうか、この人。

 

「おはようございます、乃咲くん」

 

「おはようございます、殺せんせー」

 

「おはよう、乃咲。どうだった、ヒナノの抱き心地は」

 

「抱き締め心地は最高でした」

 

「なによ、まだ卒業してないのね。でも良かったわ、なんとか立ち直れた見たいね」

 

 少し気まずそうな殺せんせーと俺に視線を向けて安心した様に微笑むビッチ先生。それはそれとして、職員室に入った時からなんとなく気になっていたが、ビッチ先生の机の上に置かれた、隣の机まで余裕ではみ出しているその木箱はなに……?

 

「おはよう、乃咲くん」

 

「おはようございます、理事長先生。なんでこんなところに?」

 

「キミの様子を見にね。出勤して車を降りた時、キミと倉橋さんがE組の山に向かっていく様子が見えたものだから」

 

 まぁ、理事長も十中八九、俺のことを心配してくれてるんだろうな。それこそなんだと言うように昨日の今日だし。

 なんだかんだ、昨日の俺の暗殺は理事長の他者を踏み躙ってでも生き残る者こそが強者という思想の究極みたいな光景だっただろうし、彼にとってもショッキングなら光景だったろう。

 それでも、俺を後で理事長室に呼ぶのではなく、こうしてわざわざ山を登って様子を見にくるあたり、自分の教育に歯向かう者には容赦ないが、根本的に子供好きだよな。

 

「まぁ、キミと倉橋さんの付き合いに口を挟む権利など誰にもないが、しっかり節度ある付き合いをするように。大人として、とこの学校の理事として、そして小さい頃から知ってるおじさんの立場として言わせて貰うよ」

 

「……………まぁた知らねぇ情報が出てきた……」

 

「キミの両親は私の大学の後輩なのは話しただろう?キミが生まれたことを聞いてお祝いに行った時に赤ん坊だったキミを抱かせて貰ったこともある。なんなら、本当に物心つく前、ようやくハイハイ出来るようになった頃にキミと学秀は遊んだこともあるんだよ。懐かしいものだ」

 

「えっと…………まじか……………」

 

 絶句した。理事長とそんな因縁があるとは思わなかった。

 っていうか、あれ?そう考えるとこの学校に入学してから理事長がやたらと俺に絡んでくるというか気にかけてくれることもなんとなく理解できるような気がしてきたぞ……。

 つまり、この前聞いた学秀の言葉を借りるなら……理事長にとって理想の生徒(強者)像にもっとも近かったのが、生まれたばかりの頃に抱いたことがある、後輩夫婦の子供だったと。

 その上、母さんが産後間も無く亡くなってしまったわけだから、理事長にとって俺は後輩の忘れ形見でもあるのか。

 

 つか、俺ってば生まれて間もない頃から既に魔王一家と接触してたのか。学秀の奴は知ってるのか……?

 うーん。知っててもおかしくないし、知らなくても構わないが、知ってるとするならアイツのやたらと俺に絡んでくる部分も納得できる気がする。こっちを気に掛ける理由に単にライバルというだけでなく、ある種の愛着というか思い入れがあるってのが追加されるわけだし。

 

 なんなら、父さんが俺を椚ヶ丘に入れた理由も納得だ。

 息子のまだ付き合ってもいない女友達の過去三代にわたっての犯罪歴を調べるような親バカが場合によっては俺が差別される可能性のあるこの学校に俺を入れたのも、実際に差別されてもモンペにならなったのも、小さい頃から俺を知ってくれてる相手だからと信頼していたのか。

 父さんの影響力を考えるならセキュリティがもっとしっかりしてるところに俺を入れたりとかできた筈だ。それなのにその選択をしなかった理由を考えるなら、これしかない気がする。

 

「とまぁ、諸々の昔話はそのうち話すとしよう」

 

「あ、はい……」

 

「単刀直入に聞こう。キミはまだ暗殺を続けるかい?」

 

「続けます」

 

「理由を聞いても?」

 

「殺すかどうかは別として、暗殺を止めるってのは、当事者じゃなくなるってことだと思います。それは嫌ですから。俺は先生方が思う以上に今回の事件の当事者というか、渦の中心にいると思ってます。だから、殺すにせよ、殺さないにせよ、殺せないにせよ、最後まで見届けたいと思ってます。それが責任です」

 

 理事長の目を見て真っ直ぐに答える。

 彼もしばらく正面から俺の目を見つめ返していたが、しばらくするとフッと口元を緩ませ、懐かしむように言った。

 

「キミはやはり、圭くんに似ている。外見だけでなく、芯の強さとでも言うべき部分が特に」

 

「……母さんを知ってる人にはよく母親似だと言われます。父さんには似なくていいところが私に似ていると」

 

「だが、こうと決めたことには一直線に進もうとする姿は2人譲りだ。それに、似なくていい部分が必ずしも悪い所というわけでもない。母親の悪いところを父親の良い所が別の形に引き立て、父親の悪いところを母親の良い所が同じように良い方へ引き立てることだってある。ご両親から受け継いだ良さを大事にしなさい。いつか、キミに子供ができた時、既にいない圭くんの分までその良さを繋いであげられるように」

 

「………はい」

 

「ないとは思うが、本校舎に来たければいつでも来たまえ。なにも気持ちの問題だけではない。もしもなにか危険だと思うことがあったら避難所代わりにしてもいい。絶対に、キミを一度も抱くことが出来ずに逝ってしまったお母さんを泣かせるようなことはしてはいけないよ。分かったね?」

 

「はい」

 

 理事長は俺の返事に満足そうに頷くと立ち上がり、先生たち3人に彼を頼みますと残して出て行ってしまった。

 

「………教育狂いかと思ったけど、案外まともなヒトだったのね、理事長」

 

「もともと愛情深い人です。かつて可愛がっていた後輩2人の子供であり、出産と同時に亡くなってしまった後輩の忘れ形見。そして彼はこの学校でもっとも乃咲くんの成長を長く見守っていた人物でもある。時に息子のライバルとして、時に自分の教育の理想として、時に年相応に反発する子供として、なにより生徒として。成長する姿を見ていたから可愛いのでしょう」

 

 ポンと頭の上に乗る触手。昨日、俺が殺していたらこの感触は今頃ここにはなかったんだよな。

 

 人の生き死に。俺にとって最も身近な死は母さんだった。もっとも一緒に過ごした思い出なんてないけど。それでも、俺にとって死という言葉で連想されるのは母さんだった。

 でも、冷たい言い方をするなら、生の声も温もりも知らないヒトだ。いない寂しさは知ってるけど、いなくなる悲しさは俺にはまだわからない。

 

 俺にとって、この触手の温もりが初めて経験する差別の喪失になる。もしも、本当に殺すことになったのなら。

 

「乃咲」

 

「なんです、ビッチ先生」

 

 背中に手が添えられた。頭に乗っかる触手とは太さが駆け離れた華奢な腕がぴっとりと。

 

「殺すってどういうことか理解した?」

 

「……はい、とは言えません。きっとそれを本当の意味で理解できるのは自分の手で誰かを殺したことがある奴だけです。そしてそれはきっと身近な人を亡くす喪失感とはきっと違う。だから、死については部分的に知ってるかもしれないけど、殺すってことについては俺は何も知らないと思います」

 

「じゃあ、殺す覚悟はどんなものだった?」

 

 静かに問われたのは昨日の覚悟だった。

 柔らかい声で、けれど殺し屋の声での問い掛けに俺は答える。昨日、暗殺中は無視していた感触を。

 

「寒かったです」

 

「今日殺せば、明日以降会うことはない。いつも通り登校して教室に行っても殺せんせーはいない。ある日、ぱったりとその人の存在が消える。いたという記憶を遺して2度と会うことはない。そんな思いをクラスのみんなにさせることになるって」

 

「2度と頭を撫でられることはない。この触手()の柔らかさや温かさを無くすということ。殺せる寸前にそれをふと自覚して、背中が冷めて、頭から血の気が引いて、キーンって真っ白になって。それでも、俺がやらないとみんながいつか、同じ思いをするって。そう思いました」

 

 俺の答えにビッチはもう一つ言葉を投げる。

 

「みんなに恨まれるとか思わなかった?」

 

「…………ありえるとは思います。でも、やっぱり、あの時の俺は殺すことを選んだと思います。みんなに同じ思いをさせたくないし、それが力ある者の責任だと思ってましたから。だからせめて、殺せんせーを殺した感触を忘れない為に近接戦を仕掛けました。きっと銃でも引き鉄をひいた感触は忘れられないだろうけど、ナイフの方が鮮明に残るし、思い出せると思ったから」

 

「……………そう、なら。持ってきて正解だったわね」

 

 ビッチ先生はそう俺の耳元で呟くと背中に回していた手を離す。仕方なさそうに笑うような、少し呆れたような、それでいて嬉しそうな、何とも形容し難い息を吐いて自分の机に歩き出す。

 

 彼女が手を伸ばしたのは、入室した時から気になっていたやけに細長い木箱。なんとなく、ビッチ先生にミスマッチな組み合わせに思えるそれに結ばれていた紫色の紐を解くと、こちらにちょいちょいと手招きする。

 

 なんだろう?と誘いにのって歩いて行くと、間近で見たその木箱の質感に驚く。なんていうか、超が付くほど丁寧に仕上げられている。特に何が書かれているわけでも、彫られているわけでもないのに、その仕事の丁寧さからかなり格式の高い所で使われていたのでは?という印象から抱く。

 

「ほら、開けてみなさい」

 

「え……と。はい……」

 

 困惑しつつ、箱を観察し、よく見ると上の方に継ぎ目の様なものが薄ら見えたので両手を広げて左右から挟むように持ち上げる。重厚そうな見た目に反して案外、するすると抜けるように持ち上がった蓋の下にあったのは2本の刀だった。

 

「…………刀……?」

 

「えぇ。アンタにやるわ」

 

「ぶっ……!!?」

 

 思いもよらないモノの登場と思いもよらない言葉に脳が追いつかなくなり、思わず吹き出してしまった。

 反射的に先生や刀の方から顔を逸らした自分を褒めてやりたい。あまりにも予想外が過ぎるだろう。

 

「なによ、もっと喜びなさいな。男子は好きでしょ?」

 

「いや、刀が嫌いな日本男児はいないだろうけど……。いや、でも、なんで!?流石に理由もなく受け取れませんよ」

 

「うちにあっても邪魔だもの。ヤクザとか誕生日やらクリスマスにそういうの送ってくるのよ。最初は物珍しくて喜んでたんだけど、流石に保管するのも場所がいるし、かと言って放置してたら錆びるし、それって勿体無いじゃない。だったら使える奴に譲った方がゴウリテキでしょ?」

 

「邪魔って………」

 

 ビッチ先生の言い草に少し呆れながら、木箱の中を覗き込んで息を呑む。本物の刀を見たのが初めてというのもあるが、その存在感というか威圧感に圧倒された。

 箱の中に並んで横たわっているのは打刀と脇差って奴なんだろうか。正直、刀ついては知識なんて無いに等しい。だが、なんとなくこの2本は同じ造りをしているように見えた。こういうのを拵えって言うんだったか……?

 

「昨日、アンタのロングナイフ壊しちゃったでしょ?そのお詫びというか弁償みたいなもんよ。対先生コーティングを刃の部分にしてやれば使えるでしょ?」

 

「こんな立派なもんにそんなんできるかぁ!!!」

 

「えー?でもこの重たいのを運んでまた山を登り降りするの私は嫌よ?アンタが使わないならここで錆びるだけだから」

 

「いやいや!!もったいねぇ!!」

 

「思うなら受け取ってちょうだい。それにアンタの得物としてはちょうどいいでしょ?」

 

 俺が受け取り渋っていると、殺せんせーが箱の中に一緒に入っていた何やら古そうな紙を手に取る。

 

「ふむ、無銘ですか」

 

「えと……名前がないってこと?」

 

「えぇ。誰が何処で作製したのか彫られていないモノなどを指します。無銘になる経緯も数ありますが、これは判断が難しいですね。刀というのは作製した時に同時に複数本作り、作製依頼者に良いと思ったものを選んで貰って銘を入れるのが通例でしたが、その時に選ばれなかった刀には銘が彫られず、そのまま売りに出されたそうです」

 

「……つまり、刀を作ってくれって依頼するような人のお眼鏡に敵わなかった品質の悪い刀ってこと?」

 

「いいえ、イリーナ先生。実はそういうわけでもありません。腕の確かな職人が作ったモノであるのなら、例え銘がなくても傑作であることに違いはないでしょう。そう言ったモノを掘り出し物と言ったりするわけですね。それに加えて神社や身分の高い者に対して奉納・献上する場合は銘を入れることが恐れ多いとされ、無銘のモノを納めるそうです」

 

 殺せんせーは語りながら視線を刀へと移した。

 

「イリーナ先生。失礼ながら、この刀はどういうヤクザのどう言った方から贈られたモノですか?」

 

「集英組の組長だけど?」

 

「ちょっ!?なんてもんくれようとしてるんすか!?」

 

 集英組。確か夏休みで矢田さんがビッチ先生から借りていたバッチ……代紋がそこのだった気がする。

 そして確か、少人数ながら超武闘派が多いことで有名なヤクザの組織だったか。そこの組長ともなると……想像できんな。

 

「ふむ。であるなら、この打刀と脇差は身分の高い者への献上品だった可能性がありますね」

 

「なんで?」

 

 殺せんせーは一言断ると刀を持ち上げ、そっと鞘から抜いた。きらりと露出した刀身が太陽の光を斬ったように屈折させる。そうやって刀身を眺めて、納めて、脇差にも同じように触って感嘆するようにしみじみと語った。

 

「見たところ、これを作った刀工は同一人物でしょう。同じ人物が作った無銘の打刀と脇差。そして間違いなく業物と言って差し支えない出来栄え。昔は差料と言って脇差と打刀の2本を腰に差すことが武士の証とされていましたから、これはそれなりに権力のある者に刀工が心血注いで鍛え上げて献上した刀ではないかと。そうでなければ、わざわざ同じ刀工の甲乙付け難い出来栄えの無銘がこの時代まで脇差と打刀が揃った状態で保管されているというのは中々考え難いかと」

 

「でもそれってヤクザ関係あるの?」

 

「まぁ、彼らは妙に格式の高い姿勢を取りたがる上に見栄を張りたがる人たちですから。組長というのであれば尚更ね。彼らに限らず、ある程度の立場にあると相手に下手なモノを贈るのは恥と考えるでしょうし、本命なら妥協はしないはず。そういうことなら、昔献上品として扱われていたモノをプレゼントで贈る〜なんて小洒落たことをしても不思議ではないかな、と」

 

 アニメや漫画の様なチャキッという音を立てることなく、スッと鞘に納めて木箱に戻した殺せんせーがニンマリと笑う。

 

「いやぁ、いいモノを見させていただきました」

 

「アンタ、刀剣の鑑定なんて出来たのね」

 

「正確に言えば鑑定ではありませんがね。ただ、刀の組織構造を見て良品かどうか、癖がないか、この二刀でその癖は共通してないかを視ただけですので。こればっかりは刀剣を扱って数十年の鑑定士には勝てませんね」

 

 いや、なに専門の設備が必要そうなことを素面でやってるんだ、この人。え、なに、刀の炭素構造的なモノを肉眼で見て判断したってこと?よっぽどヤベェことやってねぇ?

 

「とまぁ、鑑定もどきをしてみて分かったことですが、先生的にこの2本はキミに相応しいと思いますよ」

 

「いや、献上品とかいう話を聞いた後でそんなこと言われても……。社会的に認められていて身分というか、ある程度、地位があるのは父さんであって、俺じゃないし」

 

「だからこそです。質を保証された銘のある存在でなくても、誰が心血注いで鍛え上げたものかもしれない。今はまだ社会的に通じる()がなくても決して質が悪いわけではない。この無銘はそんなキミに似合っています」

 

「いや、でもさ、それでも刀だぞ!?それも2本。昔のそれなりに権力のある武士とかに献上されたものだってんなら、俺以上に相応しい相手がいるというか、博物館とか美術館にでも寄贈するべき品物でしょ、これだけで何百、何千万かも知れないのに、おいそれと受け取れねぇよ……」

 

「そう?なら、コイツはここで錆びるのを待つだけね」

 

 な、何がなんでも俺に渡そうとしてくるな、この人。

 モノがモノだけに、ここで錆びさせるくらいならって考えが脳裏を過ってしまうのが本当に悩ましい。

 

「ちなみにですが、献上品云々はあくまで正式な鑑定士ではない先生の推察に過ぎないことをお忘れなく」

 

「ここに来てハシゴ外さないでくださいよ!?それに、ビッチ先生的にもいいんですか、資産価値があるのは勿論ですけど、交流を持った相手からのプレゼントでしょ?組長さんの気持ちを考えると、それを俺が受け取るのは申し訳が……」

 

「そういうアンタだからよ」

 

「はい?」

 

「私だけじゃなくて、私の後ろにいる、それをプレゼントしてくれた人のことも見てるアンタなら、粗末に扱わないでしょ。そうじゃなきゃ、いくら私が壊したナイフの代品だとか邪魔だとか言ってもこんなのくれてやろうなんて思わないっての」

 

 ビッチ先生がずいっと箱を横に滑らせて俺の前まで動かす。まるで受け取るまで続けるぞと意思表示するみたいに。

 

「今後、アンタが何かを殺すって思った時、あるいは殺さないといけないと思った時。得物としてそれを使いなさい。殺した時、手に残る感触を忘れない様にと言うならね」

 

「乃咲は殺すと言うことに自分なりの価値観と拘りを見つけ出した。もちろん、アンタはまだまだ未熟だけど、それでも私から見たら殺し屋としての本当のスタートラインに立った。だから、これは餞別みたいなもの。教えることはまだあるけど、リスペクトするべき商売敵になった生徒へのね」

 

 ビッチ先生が俺を見る。いつの間にか、烏間先生や殺せんせーの様に俺たちのことを正面から真っ直ぐに見てくれる様になったこの人からの餞別。明確に俺を商売敵と言った、彼女からの言わば卒業証書みたいなものなんだろう。

 教わることも、教わりたいこともまだまだある。でも、尊敬する人にここまで言われて頑なに受け取りを拒否することはできないだろう。まだ、かなり抵抗が残っているけど……。

 

 だが、ふと、気になって烏間先生を見る。

 これ、犯罪になったりしないだろうか。なんだかんだ、超体育着の導入と同時に対先生ロングナイフとか、投擲ナイフとか銃刀法に触れそうな装備を使っているので今更感が強いが、これは殺し屋から渡される商売道具といっても過言ではない。

 

 烏間先生は俺と目が合うと口を開く。

 

「受け取ってやってくれ。対超生物装備にするのであれば、こちらであれこれ申請できる。そして、本来考えない方がいいことだが、俺としてもキミたちには護身用の装備を持っていてもらった方がいいと考えている」

 

「そうなんですか?」

 

「暗殺が無事に終わり、来年も地球が存続するとなった時。キミたちは事件の中心にいた重要参考人の様な立ち位置になる。地球の存亡に関わる事件の情報だ。悪用のしようなんていくらでもある。いざという時に身を守れる武器は必要だ。これに関しては超法規的措置として上層部の過半数が承認している」

 

「…………そうですか」

 

 情報の悪用、いざという時。つまり、仮にこの事件が無事に終息したとしても俺たちはまた何かしらの陰謀に巻き込まれるかも知れないってことか。その時の為に護身用の武器を持つに越したことはないと。

 万が一、俺たちが何者かに捕まって、何かしらの情報を吐いてしまえば、場合によってはまた世界滅亡系の事件が起きるかも知れない。そうなるくらいなら、超法規的措置で銃刀法を踏み倒すくらい惜しくはないと。

 

「だが、過半数の承認といっても反対意見は多い。今回、俺がキミを呼んだのはその事について話しておきたかったからだ」

 

「みんなではなく、俺に?」

 

「あぁ。キミの身体能力については、これからのことも考えて控えめに報告してある。それこそ、シロに手術されたことで一時的に身体強化を受けていた堀部くんと同程度と」

 

 そうだったのか。なんというか、烏間先生には苦労かけてばかりだ。なにか暗殺以外でも恩を返したいもんだ。

 

「だが、それでも今回の超生物を単独で殺しかけた事に関しては打てる手は打ったが、それでも誤魔化しきれてはいない」

 

 それはそうだろう。そも、殺せんせーを単独で追い詰めると言う事自体が自分で言うのもなんだが、それなりの偉業だ。言葉尻的に烏間先生は報告内容を濁したり、自分の所感であるのとを強調することで誤魔化してくれているのだろうが、単独でやった部分を改変すればそれは解釈による事実とのズレではなく、完全な虚偽だ。先生がそんな嘘をでっち上げるとは思えない。

 

 殺せんせーを単独で殺しかけた、と言う事実が大き過ぎてそれ以外の部分による誤魔化しが効きにくくなってるのか。

 

「上層部は……基本的にどんな過程よりも超生物を殺すと言う目標を第一にしているが、その次に考えているのは地球が存続した後のこと。彼らは怖いんだ。キミの牙が自分達に向けられることが。超生物を単独で殺す人間がいる事実が」

 

 苦々しく言う烏間先生。

 

 彼の言葉を聞いて、口には出さないけど理不尽さを覚えた。俺は確かに自分で言うのもなんだけど超人染みた身体能力を持っている。そして生まれ的にも力を磨けばいつかはこの能力を開花させていたことだろう。それは想像に難くない。

 だが、それでもこの力が開花したのは、間違いなくこの事件がきっかけだ。自分で自分の尻拭いすら出来ない大人のやらかしで俺たちは暗殺者になった。

 この力が完全に目覚めたのは鷹岡の雇ったガストロに銃撃された時だった。もともと鷹岡は防衛省の人間で、俺たちに拒絶され、渚に負けたことを逆恨みしたアイツが暗殺で使うはずだった資金を盗んで雇った殺し屋が原因だ。

 

 あの時の俺は考えが足りていなかった。鷹岡のことは嫌いだし、アイツのやり方が正しいとは今も思わない。でも、地球の危機に手段は選べない。教官を選べる訓練性がいるわけがない。地球滅亡の危機に緩いやり方は出来ない。そんな主張は今にして思えば正論だった。

 だが、それでも結局は烏間先生に対する劣等感が根幹にあり、そんな私欲から俺たちを服従させる為に自分から挑んだ勝負で負けて逆恨みして、ガストロたちの機転がなかったら俺たちは死んでいたかも知れないほどの事件に発展した。

 

 それを止められなかったのは防衛省の監督不行き届きの所為だ。自分の組織の人間を制御できず、暴走を許した彼らの責任だろう。俺の力はその所為で開花してしまったと思う。

 

 正直、烏間先生とその部下の鵜飼さんたちは信頼も信用もできるが、防衛省という組織自体はもはや信頼も信用もできない。暗殺のバックアップには感謝してるが、それでもそれはそれ、これはこれだ。その上でこんな話を聞いてはますます溝が深まる。

 

「いえ。仕方ない事です」

 

 でも、それをあえて口に出すことはしない。これを話してくれたのは烏間先生からの誠意なんだろうし、俺としてもこの人を信じてる。俺なりに彼を慮るなら、ここは事実は事実として認めることしかできないだろう。

 

「すまない。俺としても理不尽な話だとは思う。我慢を強いて申し訳ない。だが、本題はここからなんだ」

 

「……本題?」

 

「そう。俺がキミにその武器を受け取ることを推奨した理由。それは、キミたちの監視と超生物の暗殺の為に"神兵"と彼が率いる傭兵部隊が投入される事に決まった」

 

「神兵ですって……?」

 

 なにやら、ビッチ先生は知っている様だ。殺せんせーもその単語を聞いてあからさまに焦りを滲ませた。

 どうやら知らないのは俺だけらしい。死神に続いて神兵か。名前的に死神の兵士バージョンって感じか?戦場では百戦錬磨、負け知らずで敵を悉く殺す〜みたいな?

 

「そんなにすごい人なんですか?」

 

「技の死神、力の神兵。みたいな言い方をされるくらいにはね。これまたとんでもないビックネームが出てきたもんね」

 

「えぇ。イリーナ先生のおっしゃる通りです。しかも生徒の監視と言いましたか?」

 

「あぁ。彼らの主な任務は生徒……乃咲くんの監視だ。上層部が最も警戒してるのはキミだからな。無論、他の生徒へ視線が向く可能性もゼロではない。それに監視と言っても四六時中見張っているわけではなく、登下校や外出の時に目を配るくらいなものになると聞いているが、正直なところ、俺にも情報はこれくらいしか降りてきていない」

 

 なるほど。あんまり面白くない話だ。

 けどまぁ、言わんとすることは分かる。俺が周りから見たら危険因子だということだって重々承知している。

 それで仲間や家族や知人に悪影響が出ないのであれば、別に放置していても構わないだろう。

 

「彼らとてプロだ。無益なトラブルは起こさないだろう。だが、いざと言う時は身の安全を第一に考えてくれ。キミたちE組の生徒の命は地球より重い。死神と交戦したあの日に言ったこの言葉に偽りはないし、撤回するつもりもない。身の危険を感じたらいつでも頼ってくれ」

 

「はい、ありがとうございます、烏間先生」

 

 しかし、この情報は明らかに俺に打ち明けて良いものではない。なにかあった、あるいはなにかあったことに気付くことで烏間先生に頼ってしまうと、彼が情報を漏洩させていることに勘づかれてしまうかもしれない。

 今の俺に何かできることがあるのなら、そんなことにならない様に立ち回って烏間先生を頼らない様にすることだな。

 

 自分を納得させる様に深く頷き、ビッチ先生に差し出されてから横目で見ていた刀の入った木箱に向き合う。正直、護身用というには大きすぎる。何処かの居合道場に通ってますとかでもない限り、こんなものを持ち運ぶのは気が引ける。

 

 対先生兵装にする為に手を加えるなんてもっての外だ。

 

 でも、ありがたく使わせて貰おう。

 

 刀は日本人にとってある種の力の象徴と言えるだろう。権力だったり、知力だったり、武力だったり。歴史的にも日本刀を持った人物はそれらのいずれかを持っていた。無論、そうでもない奴だって持っていただろうが、それでも、そんな奴らにとっても喧嘩道具で力の象徴であったことは間違いない。

 

 そんな刀を殺しの道具として使う。それは、力の象徴を間違った方向に使わないという自分なりの意味を持たせた誓約にもなるだろう。誰に誓うわけでもない、自分だけのルールたが。

 

 俺は、素手の方が強い。俺の全力に耐えられる武器が存在しないのだから、必然的に一番強いのは拳になってしまう。

 だから、武器を持つことで人を容易く殺せる全力を封じて、なおかつ、この大切な武器が壊れない人間の力の範疇で戦うという足枷にもできる。いざとなったら誰であっても簡単に殺せるという考え方を捨てる為に。

 

「ビッチ先生。この刀、ありがたく受け取ります」

 

「えぇ。そうしてちょうだい」

 

 実を言うとまだ色々と畏れ多い。でも、それはそれとして自分の中の中二というか男の子な部分が刀という存在にワクワクしてるのも事実だ。なにより、ある種の一人前の証として武器を貰うという展開が嫌いな男子はいないだろう。

 

 まぁ、対先生コーティングは必須だろうけど。

 そこだけは、やっぱり勿体無い感あるよな。

 

「烏間先生、コーティング頼んでもいいですか?」

 

「あぁ。承った。ついでに各種手続きをしておく。言うまでもないが、持ち歩く時は細心の注意を払い、絶対に一般人には見つからない様にすること。あくまで超生物への対抗装備であると同時に護身用とはいえ、基本的に後者の目的で使う状況自体ないに越したことはないから、可能な限り、使わなくていい様に立ち回ること。それでも危ない場合は躊躇いなく使え。いいな?」

 

「はい」

 

 刀を軽く手に取って、眺めた後、烏間先生に預けた。

 護身用の武器を認めさせた烏間先生とこの刀をくれたビッチ先生の顔に泥を塗らないようにしないとな。

 

 さて、クラスメイトたちや先生方とも一通り会話した。もう大丈夫なことと、暗殺に継続して参加する意思も伝えた。これでひとまずは挨拶回りも済んだと言えるだろう。

 

「殺せんせー」

 

「……はい」

 

「久しぶりに腹を割って話しましょう。いつぞや見たいに英字新聞とトロピカルジュースでも嗜みながら」

 

 俺の言葉に殺せんせーは重々しく頷いた。




あとがき

はい、あとがきです。
最近、時間の流れが早すぎてやばいです……。
ジークアクスはとんでもない展開になってるし、夜渡りになってしばらく経つのにナメレスに殺され続けて3日経ちました……。ビビりがソロで挑むのはやっぱり無謀なんかなぁ……。7割くらい削って力尽きてしまう……。

まぁ、死んで覚えるしかないかなぁ。初見クリアできる人たちってマジで人間辞めてると思う今日この頃……。たまにはフロムゲーマーらしく、作中登場したアイテムのフレーバーテキストでも書いてみるかなぁ。

ビッチ先生が刀を贈ったのは、自分の趣味です。はい……。
だってかっこいいんだもん……。

【無銘の二刀】
イリーナが一人前の証として圭一に贈った品。
刀工の名など生産元を示す情報は何も残っていない業物。

殺しの為の得物として贈られたそれは刀本来の
用途に反する願いが込められている。

この刃が血で濡れる日が来ないように、と。
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