暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えてたくさんの高評価、感想ありがとうございます!

今回も投下しますので最後までお付き合いください……!


158話「死神」の時間 3時間目

 

 英字新聞とトロピカルジュース。その組み合わせに懐かしさを覚えた。確か私が赴任してきてから間もない頃、彼と一番長く接した時間に手元にあったのがその組み合わせだった。

 気付こうと思えば気付けた疑問。しようと思えばいつでも出来た質問。それでも、あの日の彼以外、誰もしてこなかった問いかけを受けた瞬間を思い出す。

 

「こうして向き合って問答するのも何回ですかね」

 

「さて。先生も正確な回数は覚えていません。ですが、回数も分からないくらいこうして向き合っているのは確かです。それはキミがいろんなことに、私に興味を持って見てくれていることと同義です。そう言う意味では、キミは目標にする前から"見る"ことは出来ていたのかもしれませんね」

 

 あの日、いや……私がこの教室に来た時に真っ先に視界に飛び込んできた、かつての教え子と瓜二つな少年。

 この子もさまざまなことを経験した。挫折、成長、努力、承認、そして殺意。この1年で私の……彼女の教え子たちは一般人では経験することのないような体験を何度もして来た。

 

 そして、そんな体験を経て成長したこの子が正面から私を見据えている。あの頃のような胡乱げな目ではなく、いろんなことへの諦観を感じさせる話し方でもない。

 真っ直ぐに目を逸らすことなく、自分の力と責任を自覚し、諦める為ではなく向き合う為に私と対峙している。

 

「成長、しましたね」

 

「え?」

 

 思わず口を吐いた言葉に少年はキョトンとした。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 照れ臭そうに笑う顔はこの一年で何度も見て来た。自分自身を褒められることに慣れていなくて、褒められても一瞬、自分のことを褒めているのだろうかと逡巡する癖は抜け切っていないようだが、それでも充分だ。

 彼は、本当に成長した。もちろん、まだ未熟な部分は多い。それでも、大勢の為に自分が責任を背負おうとする姿勢は並の大人では持ち合わせないものだろう。

 乃咲くんだけではない。このE組の生徒たちはもはや、何処へ出しても恥ずかしくないと胸を張って言えるだろう。

 

 私は、彼の笑顔を見るたびに思い出す。彼を通して、その面影を垣間見る。かつて同じ笑顔を向けてくれていたのに見向きもしなかった相手を。たった1人の一番弟子を。

 この姿になってから、あの子のことを調べなかった訳ではない。だが、もともと優秀で才能に溢れていた一番弟子は、その痕跡すら私に掴ませることはしなかった。

 

 あの子は、変装技術で私を越えた。裏切りを企てていることすら気付かせず、そして私が教えたが故に弱点も知っている情報隠蔽のスキルを私に破らせない程に技術を高め、その幅を増やしていた。いつかは私を越えると思っていた。そして、それは思いの外に早かった。

 だから、私は彼の追跡を打ち切った。私を越えたあの子になら、死神の名を任せていいと思った。もう、一人前なのだと自分を納得させて、あえて自ら接触することなかった。

 

 けれど、私は根本的に間違えていた。

 あの子は人間的に未熟だった。それも当然だと今なら分かる。技術だけは世界最高峰という歪んだ男に育てられたのだから。そして、あの子の親を殺し、自分のスペアやバックアップとして引き取ったその男は、その子に見向きもしなかったのだから。

 

『ねぇ、圭一。僕とキミで何が違った?』

 

 烏間先生に敗れた時、彼が言った言葉は鼓膜に焼き付いている。私は、その問い掛けに対する答えを知っている。

 

 父親に、あるいは父親代わりになるべき人間に認められる為に努力した。努力をし続けた。その果てに挫折した。

 

 努力の果てに『それでも』と挫折と摩耗を繰り返して荒み切っても、根底で認められたいという自身の原動力を完全に捨て切ることが出来ず、周りの人間を見限り、切り捨てることもができなかったのがあの頃の乃咲くんで。

 努力の果てに、私に認められることはなく、挫折と摩耗を繰り返して『それなら』と認められたいという欲求と認められたかった相手を見限り、切り捨てる選択をしてしまった、させてしまったのが、あの子なんだろう。  

 

 私はあの子を見ていなかった。2人は似ている。本当にお互いの環境が逆だったのなら、彼らは逆だったのかもしれない。

 けれど、やっぱりあの子があんな選択をしたのは私の責任だ。2人の違いは近くに認めてくれる相手がいたかどうかなのだ。

 

 乃咲くんは言っていた。周りは自分を認めていないのだと思い込んでいた。認めてくれていることに気付いていなかったのだと。それも仕方ない境遇だと思うが、そうはいいつつ、彼も根底では何処かで気付いていたのかもしれない。周りも自分を認めてくれているのではないか?と。 

 

 そこが決定的な違いだった。彼の周りには多くの人がいた。あの子のそばには私しかいなかった。彼の周りにはしっかり自分を認めてくれる相手がいた。あの子のそばにいた私は認めるどころか見向きもしなかった。

 

 それがあの決別に繋がったのかもしれない。

 

 そして、決別して再び出会った。なんの因果か同じ顔をした私の教え子同士が出会ってしまった。

 あの時、私は自分を責めるばかりだった。自分が愚かだったのだと、教えたものの導き方が悪かったのだと。

 

 そんな時ですら、乃咲くんはあの子を見ていた。教えた者が悪かったと言うのではなく、それでも死神は自分で選んだのだと。怖がるのでもなく、同情するのでもなく、同じ目線であの子が選んだのだと言う意思を見ていた。

 

 あの子は乃咲くんに執着しているように見えた。

 それは、自分に取り込もうとしていた獲物への執着であると同時に、あるいは彼も乃咲くんのそう言うところに惹かれたのかもしれない。死神というある種のブランドではなく、あの子自身を認めてくれた相手として。

 

 そんな乃咲くんが今、再び私に向き合う。

 もはや、私が所謂、初代死神であると認めた今、かなりの精度で私の過去も推測していることだろう。

 

「さて、殺せんせー。改めて確認です」

 

「はい」

 

「色々と聞きたいことはあります。なんでこの教室の担任になったのか。やっぱり雪村先生と何かしらの関係があったのか。でも、その辺は一度置いておきます。それを聞くのはみんなに話すタイミングで構いません」

 

「………もう、ほとんど真相に気付いているのですね」

 

「伊達に他人の何百倍も時間を使えるわけじゃないですから」

 

 苦笑気味にそう言って、彼は息を吐き、言葉を出した。

 

「あなたの正体は、死神。俺たちと戦った二代目の師匠って認識であってますか?」

 

「えぇ。その通りです」

 

「…………そっか」

 

 分かってはいたし、だからこそ確認したこと。それでもショックを受けるかどうかは別問題なのだろう。

 乃咲くんは、複雑そうに頷いて、呆然と空を見上げた。仰ぎ見るように顔だけ上に向けて、ため息を吐きながら。

 

 何を考えているのだろう?思慮深いことは基本的にいいことだ。でも、全ての状況において良い方向に転ぶ訳ではない。相手を慮ることは、時として自分を傷付ける。考えるからこそ、自分の立ち位置を明確に理解してしまう。

 

「アイツから見たら、俺はどんな風に見えるんですかね」

 

「………それは、あの子にしか分からないことです」

 

 そう。本音は本人にしか分からない。

 でも、察することはできる。そして、その察する力こそが思慮深さなのだろう。聡さ故の自傷行為。もちろん、自ら傷付きにいってるわけではない。だが、それでも、結果として聡さが自分を傷付けている。

 

 乃咲くんには、そういう傾向がある。

 

 自分の問題を自分だけで抱えて周りに相談しないのは、正しい答えなんてなく、かと言って間違った選択を取りたくもない。誰かのアドバイスでもしも間違った道を選んだ時に、その相手を恨み、責任を追及するようなことをしたくなかったから。

 

 いざと言うとき、仲間たちを逃して自分が時間稼ぎをしようとするのは自分の力を正しく理解しているから。例え勝ち目が薄く、怖い相手であっても、事実として自分が残ることが最適解だと知っているから。

 

 そして今回。私に刃を向け、1人で殺す覚悟を完了させて暗殺を決行したのは、自分がそうするまでに経験した、考えたことを誰かに背負って欲しくなかったから。例え必要なことであっても、知らないままでいられるのなら、それに越したことはないのだと経験しているから。

 

 彼は成長した。クラスメイトたちを遠巻きに眺めて、話しかけられるまで自分から話題を振ることをせず、孤立気味だった頃とは比べ物にならない程に。

 けれど、その成長が彼に様々な視点を与え、時に背負い込んでしまう要因になっているのもまた事実だった。

 

 それが、大人になるということなのかもしれない。

 ただ、それでも彼のそれは一般的な大人への成長とは違う。

 

 学校で、クラスで決められた役割を果たすために頭を回し、責任を自覚し、今度はそれを背負って周りを導けるように進んでいく。その過程で部活の部長だとか、委員会活動で委員長になったり、クラスで学級長となり、それを繰り返して社会に出る。

 それが有り体に言えば王道な子供から大人への成長と言えるだろう。無数にある大人への階段の一つだ。

 

 その一方で彼の場合はどうだろう?

 自分の役割は担任を殺して地球の未来を守り70億の命を守ること。そして、その為に必要な諸々を考え抜いて色んな思いをして、それでも自分には実行できるチカラがあるからと。それが自分の義務だと責任を背負って殺す覚悟を決める。みんなを守り、仲間に自分と同じ思いをさせない為に。

 

 考え方だけで見れば大人だと言えるだろう。むしろ大人ですらそんな覚悟を決めることが出来る者の方が少ない。

 それでも、やはり中学生が背負う責任でも覚悟でもない。

 

 そして、中学生にそんな思いをさせているのは間違いなく私なのだ。今の教室の雰囲気は私が殺すということ、その事実と現実についてはぐらかしてきた結果だ。それなのに、私の正体に気付き、それでも責任を背負って殺人の覚悟をした目の前の少年が打ちのめされた時、私は何のケアも出来なかった。

 

 あぐり。私に、何が出来るのだろうか。

 

「……別に、俺がアイツの居場所を奪ったとか思うつもりはないんだ。二代目は自分からアンタを裏切った。それは自分が選んだ結果だ。その果てに強くなって死神の名前を手に入れたと言うのなら、それもまた事実だし、自分からアンタの元を去ったのも事実だ。だから、自分を責めるつもりはない」

 

「そうですか……。少し安心しました。このことに関してキミには非なんてありませから。根が真面目なキミのことだから、自分を責めるのではないかと心配でした」

 

「俺だってそこまでお人好しじゃないっすよ。でも……人間は理屈だけでも感情だけでも成立しない生き物だから。理屈ではそうでも、それはそれとして面白くないとは思うだろうなって」

 

 理屈だけでも感情だけでも成立しない生き物。この言葉にやはり彼の成長を感じずにはいられなかった。

 乃咲くんは最初、理屈ばかりみていた。初めての合同暗殺の時も何だかんだ根底にあったのはその方が効率がいいからという合理性。律さんがやってきたばかりの頃も彼女に理屈と合理性を解いて、生徒たちから不評だった暗殺を阻止していた。

 

 そんな彼が理屈を語ったあと、感情論を並べるようになった。それが嬉しかった。昨日の暗殺もそう。実力という理屈を並べて、それでも最後には仲間たちに同じ思いをさせたくないという答えを持っていた。

 

 そう、これが乃咲圭一という少年だ。

 あの子とは違う。この子とあの子は違うのだ。

 

 あの子とは違う……けれど、それでもやはり、乃咲くんが仲間たちと笑っている姿をみると思うのだ。私がもっと見ていれば、興味を持っていれば、あの子にもこんな風に笑える未来があったのではないかと。

 

 私の技術を越え、いくら私の内面で独り立ちしたと思っていても、この手の悔恨がなくなることはない。

 

「だから、今日は殺せんせーに一つお願いがあって来ました」

 

「……お願いですか?」

 

 彼の口から飛び出して来たのは、予想外の単語だった。

 あの子の話題がどのようにして、"だから"と何に繋がるのか。思わず首を傾げて聞き返すと、その返答もまた予想外のものだった。

 

「俺に死神の技を教えてください」

 

「……………本気、ですか?」

 

 乃咲くんの言葉に問い返すのは仕方ないだろう。

 彼が将来について悩んでいるのは分かっている。自分の力は将来の自分を生き辛くするのかもしれないと考えている姿も見ていた。現に、ついさっき、防衛省から警戒されていると言われたばかり。それは記憶に最も新しいはず。

 そんな彼がわざわざ自分の危険度を引き上げるようなお願いをしてきたことが私にとって衝撃的でならなかった。

 

「……殺せんせー、俺はアンタに……初代死神に三代目が務まると太鼓判を押されました。それなのに、死神由来と言える技術は何一つとして継承できていません。それこそ、二代目の技を見様見真似で本人より劣る精度で使えるくらいです。だから、もしも本当に俺を認めてくれるなら、技を教えてください」

 

「あの子の技を見様見真似で使える。仮に本人より劣っているのだとしても、まだ若いキミにはあの子以上の伸び代がある。それはキミが思っている以上に素晴らしいことです。出来る者の方が確実に少ない。それだけでは物足りませんか?」

 

「足りません」

 

 私の質問に彼は即答する。

 あの子によく似ていると思ったこの子のことが分からない。出来ることを増やすと言う意味では生きやすいだろう。だが、表社会で全能力を行使することは難しい。そんな力半分で生きることを生き苦しいと言った彼がどんな意図でこんなことを言っているのか、私は知りたかった。解りたかった。

 

「それは何の為に?」

 

「知る為、解る為です」

 

 だが、奇しくも帰って来た答えは、私が彼に対して今抱いていた感情と全く同じものだった。

 彼はさっき、"だから"と接続語を使った。それに対する答えがこの後に提示されるのだろう。一度口を閉じて彼に続きを促すように真っ直ぐに目を見つめると、乃咲くんは怯むことなく、まるで睨み返すような勢いで続けた。

 

「二代目は烏間先生に倒された後、俺に言ったんです。正直、声が聞こえたわけじゃなくて、口の動きで何を言ってるのか、察しただけなんで、本当にそう言ってたのか分からないけど。俺の見立てが違ってなければ、アイツは俺に質問してたんです。『僕とキミで何が違った?』って」

 

 そう、確かに言っていた。そして、曲がりなりにも教師として2人に接した私はその問いに対する答えを持っている。

 

「俺、頭の中でずっと考えてた。みんなといる時も訓練してる時も、テスト受けてる時も頭の片隅でその問いに対する答えを。でも、結局、仮に何かの間違いで再会した時、アイツが納得してくれるような答えは見つかりませんでした」

 

 けど、それは2人と第三者の視点で接したことがある私だけが持ち得るもの。乃咲くんに知る由などあるはずもなく、そういう意味で、この子の現状の答えは仕方のないもの。

 

 だから、仕方ない。キミは悪くないと伝えようとした時。乃咲くんは私の考えを先読みしたかのように答えた。

 

「だから知りたいんです。アイツが納得するような答えを、俺なりに持っていたい。二代目は言っていた。環境さえ違えば、俺はアイツに、アイツは俺になっていたって。それは俺も同意です。でも、それなら、似たような環境に身を置けば、アイツの考え方を感じたものを俺も感じ取るくらいなら出来るんじゃないかって思ったんです。だから、知りたいし、解りたい」

 

 真正面からそう言ってのける彼が眩しかった。

 二代目を本当の意味で知る者はいない。間近で技を教えていた私が見ることをしなかったばかりに、あの子には自分を知ろうとしてくれる相手も、知っている相手もいなかった。

 それなのに、そんな世界最高の殺し屋のことを、現役の中学生が本気で理解しようとしている。誰も知らないから、自分で追体験することで、あの子のことを"見ようと"している。

  

 先日のあの子が起こした一件で、彼がこの子に拘っていた、執着を見せていた理由が分かった気がする。

 きっと、感じ取ったのだろう。あるいは片鱗を見たのか。乃咲くんの相手を見ようとする姿勢や考え方の一端を。

 

「………解りました。そう言うことなら」

 

 ここまで言われて拒否することは出来ないだろう。

 いつか、また再会したのなら私なりに彼に対して反省を伝えなければならない。それはそれとして、いま、こうしてあの子のことを理解しようとしている子を応援し、背中を押す。それが、師匠としてあの子に出来る数少ない償いなのだと感じたから。

 

「最近、烏間先生も忙しそうにしていて朝練と言っても1人で反復練習する時間になりがちだったでしょう。その時間に私の授業を入れることにします。その方がお互いに気を揉まずに済むでしょうしね。烏間先生には私から言っておきましょう」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 お礼を言うべきなのはこちらなのではないだろうか。

 残り半年。死神の技術や知識を教え込むには時間がなさすぎる。それでも、あの子の時とは違う。見られる嬉しさを知った、生徒を見ることの大切さを知った。それをフルに活かして一番最初の弟子を見ようとしてくれている、新たな弟子を育てる。

 

 たとえ、それがあの子の反感を買う行動であったのだとしても。私はそれを甘んじて受け入れる。その反感も含めて私が向き合わなくてはならないことだと、彼女と出会って、この教室で過ごした時間で思い知ったのだから。

 

「厳しく行きますよ。上手く使えば人を生かせる技と知識であると同時に、死神として殺す為に磨いた技と知識でもあります。下手に身に付けることが一番危ない類のチカラだと言うことを忘れないでください。いいですね?」

 

「……はい。絶対に間違ったことに使いません」

 

 目を真っ直ぐに見てそう力強く違う彼に頷く。

 これからは、この子はただの教え子というだけでなく、死神としての弟子と言うことになる。

 絶対に間違えられない。同じことを繰り返してはならない。これからは学校の先生としての顔だけでなく、殺し屋としての顔もこの子に見せることになるのかもしれない。時に冷酷で残酷な本性が出てしまうのかもしれない。

 それでも、今度こそ最後までやり通してみせる。離別してから認めるのではなく、成長を見届けてから「卒業おめでとう」と。この新しい弟子の背中を押してやれるように。

 

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⬜︎

 

⬛︎

 

 殺せんせーに死神としての技術や知識を継承することを約束して貰った。これで頭の片隅を支配していた一つの問題に対する答えを俺なりに出すことができるようになったかもしれない。

 正直、本当に三代目を名乗るのかは分からない。そんなことしないに越したことはないのかもしれない。だが、もしも名乗る必要が出た場合に名前だけの継承者では格好が付かないからな。

 そう言う意味でも、死神の技術と知識の継承は必要だし、あるに越したことはないと思っての側面もある行動だった。

 

 ヒナが示してくれた、何でも屋という選択肢は割と真剣に考えている。まぁ、よろずに通じることができるのなら、それこそこれ以上にない天職と言えるだろうから。

 

 高校についても……ある程度、考えた。

 今度、ヒナに話そうと思うが、高校は父さんに着いて行って海外の父さんの友人が経営してるという高校に通おうと思う。

 もちろん、日本に残ってそのまま自立する道も考えなかった訳ではないが、やっぱり、この15年で出来なかった親子としての時間を大事にする期間にしたいと思った。

 理事長にも言われたしな、天国の母さんを泣かせるようなことはしちゃいけないって。それに、日本に残ってそのまま自立したら父さんと顔を合わせる機会はそれこそこれまで以上に激減するだろう。いつか、大人になった時にもっとこうしてればよかった、なんて後悔をしない為にも。

 

 それに、来年も地球があるなら……見てみたい。この目で、殺せんせーが遺した世界を。

 

「………ここに来るのも何度目かなぁ」

 

 そんな俺は、すっかり道を覚えてしまった墓地へ来ていた。

 売店の人にも顔を覚えられたのか、軽く挨拶して、こっちからアレをくださいと言う前にこちらの商品ですか?と先んじて渡されて、それに苦笑しながら会計を済ませる。

 前に教えて貰ってから、最低でも月1くらいのペースでここに来ている。あんまり来ても遺族の方に迷惑かもしれないが、毎回軽く掃除しているのである程度は大目に見てほしいかな。

 

 今日は報告に来ていた。

 さっき、殺せんせーにはみんなに話してくれるまで俺は待つと言った。でも、彼の言う通り、殺せんせーと雪村先生の間には何かしらの関係があることは察しが付いている。

 だから、今回の事件に対してどう向き合うのかを整理するのと同時に、なんだかんだ、ずっと心配かけていたから、俺なりに考えた進路を報告しておきたかった。

 

 今回も軽く掃除して、花とお菓子を供えて手を合わせる。

 口には出さず、内心で心情を吐露するように語りかけ、顔を上げる。口に出して報告したいところだけど、生憎とこの墓地にいるのは俺1人ではない。ぽろっと溢した国家機密を誰が聞いているか分からないから。

 

 さて、そろそろお暇しようかと思った時。

 

「……のざき………?」

 

 聞き慣れた声が鼓膜を叩いた。

 今日は体調不良で休んでいる筈のクラスメイト。そして、俺にこの場所を教えてくれた人物でもある。

 

「茅野……?」

 

 驚いて顔と視線を向けると、呆然と立ち尽くす茅野が感情の読めない表情のままうわ言のように俺の名前を呼んでいた。

 

「のざき………のざき………」

 

「——————」

 

 なにか、変だ。まるで悪夢に魘されているみたいに、何故だか助けを求めているように感じるような声色で茅野が虚な瞳で俺を見ていた。心ここにあらずと言った様子で。

 

 なんとなく彼女を観察する。なんか、おかしい。流石に11月も半ば。いい加減、寒さの方が目立つこの季節に彼女は半袖だった。本当に暑いのか、薄ら汗をかいてる。それなのに、首にはマフラーが巻かれていた。

 季節感的にもファッション的にもミスマッチと言える格好。しかもよく見れば、服は着ているけど、本当に着ているだけというか、所々、着崩しているというより、着崩れている。俺もこんなこと言いたくないし、人のことを言えないが、簡単に言えば、なんとなくダラシない格好に見えた。

 

 ふらふらと、俺の名前を呼びながら茅野が歩いてくる。意識の波長を確認すると、普段の彼女からは想像できないくらいに乱れていた。もしも彼女に心電図が繋がっていたのなら、けたたましく電子音をあげていただろう。

 実際に見たことがある訳ではないが、今の茅野はまるで夢遊病の患者の様な印象を抱いてしまう。

 

「だ、大丈夫か!?」

 

 馬鹿か、俺は。明らかに大丈夫ではない。

 それなのに、今の彼女に対して大丈夫か?以外の言葉が見つからない。そんな自分のボキャブラリーの無さが憎かった。

 

「のざき………たすけ————ぅうっ……!?」

 

 何か言いかけた時、彼女が首筋を押さえて呻きだした。

 駄目だ、明らかに普通じゃない。異常な雰囲気を感じてここが墓地であることを忘れて駆け出し、茅野の両肩を掴む。

 

「大丈夫か————寝てなくて平気か?」

 

 おもわず、大丈夫か、なんでそんな状態で外出してるんだ?と説教が出そうになる悪癖を抑え込み、言葉を選ぶ。

 けれど、やっぱり辛そうな彼女は半ば脱力したように倒れ込む。たまたま正面に俺がいたので抱き止めることができたが、もし、ここにくるまでに倒れていたら、と思うとキモが冷える。

 

 抱き止めた彼女の身体は異様な程に熱い。

 何度あるんだ、これ……!?インフルとかの高熱が可愛く思える程の熱。頭を冷やしてやらないと危ない。手早く冷やせそうなのは、雪村先生に供えたばかりのお茶くらいだ。かなり罰当たりだか、雪村先生なら許してくれるだろう。

 

 外気で冷えたお茶に手を伸ばしたとき、腰に回ってきた熱くて細い腕の感触に思わず腕を止めた。

 

「茅野?」

 

「のざき……のざきぃ……」

 

 様子が変だ。まるで執着するみたいに腰に回された茅野の手に力が入る。うわ言のようだった俺を呼ぶ声は、まるで求めるような、縋るような色に変わっていった。

 

「なんで……?」

 

「………どうした?」

 

 彼女の言葉が変わる。俺の名前ではなく、弱々しく問いかけてくる。親に置いて行かれた幼子が泣きつかれた様子で追い縋る様な、そんな弱々しさで彼女は言った。

 

「なんで……終わらせてくれなかったの………?」

 

「なにを………?」

 

 意図がまったく掴めない彼女の質問に、思わず問い返す。

 顔を擦り付けるように縋ってくる茅野を落ち着かせる為に、背中と頭の上に手を回し、ゆっくりと撫でてみる。

 

 すると、ビクッと身体を震わせ、ハッとした様子で体を離す。

 その挙動の全てを見守っていたせいか、顔を上げた彼女と目が合った。明らかに驚き、動揺を隠しきれていなかった。

 

「乃咲……?なんでここに……?」

 

「い、いや……。雪村先生に報告しておきたいことがあったから、なんとなく…………。茅野こそ、なんでここに……?大丈夫じゃないだろうけど、身体は大丈夫か……?」

 

「え………あ……れ?そう言えばなんでだろ……」

 

 まさか本当に夢遊病だったのだろうか。首を傾げると、茅野は今の状態に気付いたのか、わっ!?と声を出しながら離れる。

 

「ご、ごめん!なんか恥ずかしいことしちゃってた……」

 

「いや、気にしないでいいけど……。本当に大丈夫か?すごい熱だったぞ。今すぐ病院行くか?もしくは家くらいまでなら送って行くぞ?というか、帰るなら絶対に送って行くからな。このまま放置とか絶対にできないし」

 

「お、大げさだよ!それに、乃咲だって大丈夫なの?昨日、すごく辛そうだったのに」

 

「俺は大丈夫。ヒナのおかげで持ち直せた」

 

「……そっか。うん、乃咲が元気になったなら良かったよ。うん、そう言えばE組のグループLINEで乃咲と倉橋さんが付き合うようになったって話題飛んでたもんね。おめでとう」

 

 そういう茅野の表情は複雑そうだった。

 本当にどうしたんだろう?

 

「本当に大丈夫なのか?俺が嫌なら殺せんせーとか——」

 

「だめっ!!」

 

 もしも、俺に家を知られるのに抵抗があるのなら、と殺せんせーの名前を出して見たが、返ってきたのは張り裂けんばかりの否定。遠慮してるとか、そんな雰囲気ではない。

 なんだかんだ、辛辣なことはたまに言うけど、基本的におおらかな彼女が見せたのは、一言で言えば拒絶だった。

 

「私は本当に大丈夫だよ。それより、乃咲もちゃんとしないと駄目だよ?倉橋さんの彼氏なんだから、安易に女の子に送って行こうか?なんて言っちゃ勘違いされちゃうよ」

 

「多少は妬いてくれるかもだけど、ここで具合の悪い茅野を送り届けるのを勘違いしてくるような子ならヒナを好きになったりしない。ここで放置したら俺を叱ってくれる子だから好きになったんだ。だから、遠慮ならする必要ないんだぞ?」

 

「…………ほんと、そういうところだよね。乃咲は。好意に鈍い癖に妙に相手や周りの本質を突いてくれたら嬉しい言葉とか、話してて良い奴っぽさを出してくる。ある意味で毒だよ」

 

「……それ、褒めてる?」

 

「褒め7割、批判3割ってところかな」

 

「何故気遣ってるだけで批判されるのか……」

 

「悪意も下心もなく本当に純粋に気遣ってるだけで何人か落としてるからでしょ、鈍感。クソ野郎じゃないけど、乃咲も前原くんと同じタラシ属性持ちでしょ」

 

「前原は岡野の言うようなクソ野郎じゃないと思うけど……。孤立してる俺に普通に接してくれたし。あだ名だから仕方ないけどさ。つか、俺も別にタラシ属性じゃないし。っていうか、そんなことより、お前は早く帰れよ。本当に心配したんだからな」

 

「……はぁ、もぅ。分かったよ」

 

 俺の必死の説得に茅野はようやく折れてくれた。

 でも、このまま歩かせるのも怖いので、念には念を入れてタクシーを呼ぶ。茅野の家が何処かは知らないけど、まぁ、金が足らないなんてことはないだろう。

 

 茅野を座らせて、事情を話してお坊さんから熱さまシートを譲ってもらい、自販機で買ったポカリを握らせる。

 タクシーが来るまで会話を続けて、タクシーに乗り込んだ後も様子を見ながら言葉のキャッチボールを繰り返す。

 

 茅野は言葉を交わすうちに表面上は最初の様子が見る影もないくらいには持ち直したようで、おすすめのデートで喫茶店とかそんな話題ばかり振ってくるようになってしまった。

 前原からもLINEで似たような話題とオススメリストが送られてきていたので、多少げんなりしたが、それでも少しは元気になったみたいで安心する。それでも、表面には一切出ていないが、無理をしているのはなんとなく感じ取れたので心配なことに変わりはないけどな。

 

「……乃咲って、変な奴だよね」

 

「藪から棒になんだ?」

 

「さっきまであんなに頭の中がぐちゃぐちゃしてて、眩暈が酷くて、頭も痛くて気持ち悪かったのにさ。抱き止められて、一緒に話して、そうしてるうちに楽になってきた」

 

「俺のことをバファリンか何かだと思ってない?」

 

「あはは、倉橋さんに使用料払わないとかな」

 

「現在進行形でレンタル料発生してるからね」

 

「いくら?」

 

「1分20円。1時間で1200円と行きたいところだけど、友達割で1000円だな」

 

「1000円で1時間も乃咲を借りられるならリーズナブルかな」

 

「今なら3000円で全身真っ赤に塗装されたアズナブルな乃咲くんをレンタルできるぞ」

 

「えー。赤くなる以外にオプションないの?」

 

「マザコンになる。あと、定期契約したあとで7回利用したら8回目はノースリーブにグラサンをかけた特別な衣装を身に付けた乃咲くんを借りられるぞ」

 

「お、お得感がなくなってオタク感が出てきた……」

 

「…………まぁ、レンタル云々は冗談だとしてもだ。茅野もなんかあったら周りを頼れよ。お前が言うなって話かもしれないけど、1人で抱え込んでても本当に碌なことないし。お前だって1人じゃないんだからさ。クラスのみんながいるし、みんなに言いづらいことなら先生たちもいる。先生たちが駄目なら、雪村先生について共有してる俺がいる。だから、体調が悪いとかでも良いからなんかあったら相談はしろよ?」

 

「………乃咲ってさ、お人好しだよね」

 

 実際、そんかことはないのだろう。

 今回に関しては、茅野がそれだけ心配だった。もしかして、持病か何かあるのかもしれないと思うくらいに。

 

「………ねぇ、乃咲」

 

「ん?」

 

「……もしもさ、私が助けてって言ったら助けてくれる?」

 

「あたりまえじゃん」

 

「即答なんだね……。うん、ありがとう、元気出た」

 

 茅野は笑った。満面の笑みではなく、ただ静かに微笑んだ。

 何故だか、その笑みが儚げに見えてしまった。

 

「あ、ここで止めてください」

 

 茅野はタクシーを止めると降りる準備を始めた。金を出そうとしていたので、それを無理矢理止める。

 

「駄目だよ、こういうのはしっかりしないと」

 

「分かってるって。でも俺が勝手に呼んだから。もしも気になるなら、また喫茶店に行った時にでもプリン奢ってくれ。それに、まだバケツプリンしてないからな」

 

「……あっ、そういえばそんなこと言ってたね」

 

「何気に楽しみにしてるんだから。乃咲くんには社交辞令とか通じないからな。もうちょいクラスの雰囲気と暗殺が落ち着いたらやろう。プリン奢らなくていいから、それでチャラな」

 

「…………うん」

 

 茅野は頷くと、ドアを開けて車外に出る。

 しかし、真っ直ぐマンションの中に入って行くことなく、彼女はそのままタクシーの窓を下げて、と言わんばかりのジェスチャーをしてこちらを覗き込むように身を屈めた。

 

「どうした?」

 

「指切り、しよ?」

 

 窓を開けると、彼女が右手の小指を立てた状態で手を向けてきたので、条件反射的に同じように小指を立てて、そのまま俺のよりも一回り小さい茅野の指に絡める。

 

「絶対にバケツプリンやろうね」

 

「…………………なんか、死亡フラグっぽいぞ」

 

「もう、そう言うところだよ、乃咲。私だからいいけど、倉橋さんにやって雰囲気ぶち壊して怒られても知らないんだから」

 

「キヲツケマス……」

 

「よろしい。それじゃあね、送ってくれてありがと」

 

 茅野はそう言い残して一歩下がる。

 俺はそれを見届けて、窓を閉めて発車をお願いする。

 

 曲がり角で見えなくなるまで見送ってくれた茅野に、具合悪いんだから早く部屋に戻れば良いのにと苦笑しつつ、彼女との会話を何気なく思い出す。

 

——のざき……たすけ——ぅうっ……!?

 

——助けてって言ったら助けてくれる?

 

 アイツ、もしかして何かに悩んでるのかな。

 雪村先生という肉親を失ったのだから、そりゃ抱えることもあるだろうが、本心では助けを求めてるのに、何がそれを邪魔しているみたいな、そんな印象だった。

 

 もう少し、気にかけた方がいいのかもしれない。

 ヒナにも女子しかいない状況になったら気にかけるように頼んでおこう。俺たちに何ができるとはわからないけど、でもやっばり、そうやっていざって時の姿勢を万全に整えるに越したことはないだろうから。




あとがき

はい。あとがきです。

いや、ジークアクスがまたとんでもないことになってましたね。
11話の感想としては下のような流れででしたね……。
視聴前「まじか……(唖然)」
視聴中「まじか……(驚愕)」
視聴後「まじか……(鳥肌)」
「まじか」しか言ってねぇな、コイツ。とか思いつつ、それ以外の言葉が出てきませんでしたね……。いや、ほんと、ラストの方なんて生きててよかったと思いましたもん。

いや、ほんと、1クールに詰め込んだ感があってテンポはいいんですけど、2クール使った掘り下げを見たかったなぁ〜とか思う今日この頃です。2期くるかなぁ……。

ご愛読ありがとうございます!
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