加えてたくさんの評価、感想ありがとうございます!
今回も投下しますのでお付き合いください……。
久しぶりに地の文多めになっております……。
ふらふらと何処か調子の悪そうな茅野に声をかける。
なんだか波長がいつもより荒い。と言うか、最近の茅野は妙に熱っぽいように見えてしまうのは何故だろう。
この前、雪村先生の墓前で会って以来、やっぱり体調が悪そうだ。一回無理せずしっかり休んだほうがいいよな。
「なに?どうしたの、乃咲」
「……実は茅野に話しておきたいことがあって」
「どったの?」
さて、どう話したものか。躊躇いながら俺はジャブのつもりで軽く話題を振ってみた。様子をみていつでも引けるように。
「殺せんせーがお姉ちゃんの知り合い?」
「あぁ。昨日、ちょっと話すことがあってさ。たまたま雪村先生の話題が出たんだ。前の担任だしさ。それで………」
殺せんせーが雪村先生の遺族に会いたいと言ったこと。そしてそれを彼女に伝えて、どんなふうに動くのか、動きたいが、そもそも生徒としてではなく、先生の遺族として会いたいのかの意思確認のつもりだっだ。
だけど、いざとなると言葉が出てこない。
俺は茅野になんて伝えれば良いんだろう?
ゾーンに入って少し考える。
でも、あんまり誤魔化しても良い方にはいかないだろうし、正直に伝えてみることにした。
「結論から言うと、殺せんせーが雪村先生の死に関わってることが分かったんだ。この言い方が正しいかは分からないけど……雪村先生の死の真相について知ることができる機会だと思う。茅野はどうしたい?殺せんせーに……遺族として会いたい?」
俺の質問に彼女は沈黙で返した。
少し考え込むかのように俯く。
握り込まれた拳は僅かに震えている。
感情を抑えているのか、あるいは昂らせているのか。だが、彼女を見て俺は何故だか違和感を感じた。
別に変わった所はない。自分の親戚を殺したかもしれない相手が身近にいた。それは怒るのに充分な理由だし、同時に殺せんせーがそんなことをするのか?と信じられなくなる気持ちも分かる。だから、感情を抑えるのも、昂らせるのも何も不自然じゃない。むしろ人間的には自然なことだ。
それなのに、なにか感じるものがあった。
不自然じゃないのにおかしさを感じる。彼女から震えるような何かを感じる。意識の波長を読む力がそれを伝えてくるのか、ついに俺に超感覚みたいなものが宿ったのかは分からない。
けど、今の彼女は普段と何が違う気がする。
「……わかった。殺せんせーと会ってみるよ。今回は生徒としてじゃなくて遺された家族として、ね」
そう言って浮かべた茅野の笑みは自然なものだ。
こっちに心配させないように浮かべているのは分かる。それを自然にやれるのは彼女の良いところで凄いところだ、
————でも、何故か違和感がある。
波長の乱れは体調不良によるもの。それで納得できる範囲ではある。最近の茅野を見ているとそう思っても仕方ない。だが、なんとなく、彼女の今の波長は暗殺を仕掛ける前の仲間たちに通じる部分がある。
これからの作戦に対して気が昂ってるとか、気が急いているというか、そんな印象を受ける波長に近い。
これはどっちだ?正直なところ、茅野の波長は読みずらい。他のみんなに比べると波長が一定すぎる。
別に普段から意識の波長を観測しながら動いてるわけじゃない。自分から見ようとして見るほうが稀なくらいだ。
だって波長の形を覚えてそれがどんな感情に当てはまるのかを整理していけば相手の思考が分かってしまう。もちろん、必要なら容赦なく使うし、気になるのなら躊躇わないが、それでも心を覗き見してるみたいで気が引けるのは事実だからだ。
それでも茅野の本心は読みずらい。
言動による波長の変化や反応で動揺したことを察知してなんで動揺したのかをそれまでの身の振り方を思い出しながら考察するしかできない。実際、それで彼女が割と無理して笑みを浮かべてることが多いことは分かっている。
だが、今回の笑みはそれではない。状況的には俺を安心させるために浮かべた物だと思える要素の方が多いのに、僅かな波長の機微から察するに、それが無理して浮かべたものではないと分かってしまう。
なぜ?いや、無理に笑って欲しいわけじゃない。本心から笑ってくれるに越したことはない。だが、それでも、今って、自然に笑みが浮かぶような状況だろうか?
「ね、乃咲。頼みがあるんだけど」
「……頼み?」
「うん。殺せんせーを体育倉庫に連れて来てくれないかな。私もみんなの邪魔をしたい訳じゃないからさ、まずはお姉ちゃんのこと、殺せんせーと2人きりで話したいの。よければみんなが来ないように見張ってて欲しい。お願い……できるかな?」
「…………あぁ。分かった。これからにするか?」
「うん。私、先に行って待ってるからさ。お願いね!」
茅野はそういうとパタパタ足音を立てて走る。
雪村先生のこと、みんなが知ったら動揺するかもしれない。だから、まずは自分が話したい。みんなに聞かれないように2人きりで。聞かれたくないから見張ってて欲しいと事情を知ってる俺に頼む。気持ちが揺るがないように早めにしたい。
全て自然なことだ。おかしいところなんてない。
そう、なにもおかしくない。
それなのに、俺の中には拭いきれない違和感がある。
なんなんだろう、この感じは。
俺は考えながら、職員室に向かう。殺せんせーはとっくに来てる。だから声をかけるだけの簡単なお仕事だ。
そう、本当に簡単なことのはずなのに、足が重い。胸の中に何が引っ掛かってるような、後ろ髪を引かれるような、虫の知らせのようなものが止まらない。まるで長期休み明け、宿題を家に忘れたことに気付かず、それでもなにか忘れてる気がしているみたいなそんな落ち着かないソワソワした感覚。
まぁ、長期休みの宿題を忘れたことなんてないんだけどさ。
「乃咲くん?」
「……?あ、烏間先生。おはようございます」
靴を履き替えていると、烏間先生が歩いて来た。
何やら、大きめの黒い革製の袋を持っている。
「ああ。おはよう」
「なんか、珍しい物を持ってますね」
「そうだな、珍品でもあり、貴重品でもある」
言いながら彼は袋を渡してくる。
袋というか、少しだけ幅のある細長い皮の鞄みたいなそれ。上の方にチャックがあったので下ろしてみると、中には紫色の竹刀袋に入った大小2つの棒状の何が入っていた。
いや、大小2つの棒状の何かと言うのは流石に惚け過ぎだな。これは、間違いなくこの前、ビッチ先生から貰った刀だ。
「頼まれていた対先生コーティングと所持と所有の申請が終わった。往来ではあんまり堂々と中身を出すのは勘弁して欲しいが、これでこの2本は正式にキミの物だ。イリーナの気持ちも汲んで大切にしてやってくれ」
「あ、ありがとうございます」
いざ受け取ると緊張するもんだ。
俺、本当に日本刀なんて手に入れちまったんだな。
袋のチャックを閉めてなんとなく眺めると、袋の真ん中より少し上の辺のポケットに何かラミネートされた表示が入ってることに今更ながら気が付いた。なんだろう、これ。
「椚ヶ丘居合道会…………?」
聞き覚えのない単語を思わず読む。
すると、すかさず烏間先生から補足が来た。
「いくら政府公認とは言え、大義名分もなく刀を持ち歩くことは容認できない。そこで、架空の道場を立ち上げた。放課後に居合道の教室に通っているなら刀を持ち歩く理由としては不自然ではないし、素人には模擬刀と本物の区別はつかないだろう」
「へぇ。実際、本物の刀も使ったりするんですかね?」
「上級者になると使うらしい。入りたての初心者でも先輩から模擬刀を借りて稽古するのも珍しくないとか。一応、架空の道場ではあるが、ホームページは作ってあるし、代表連絡先には防衛省で居合道の段位を持ってる人物のものが載っている。この偽装はその人物による発案だ。怪しまれないように教室も実際に活動させる予定だ。もっとも、今年度末までだが」
まぁ、それが無難だろう。
にしても居合道か。少し興味がある。居合というか、剣道というか。せっかくこんな立派な武器を貰った訳だし、ただ握って振るだけなのも情けない話しだ。相応しい使い手に!とは言わないけど、しっかり術理というか自分の動き方に合理性を持たせる為の手段として本格的に習ってみたいものだ。
「っと、すみません。ちょっと茅野を待たせてたんで失礼します。殺せんせー借りていきますね」
「いや、こちらこそ呼び止めてしまったな」
烏間先生に一礼して職員室に駆け出す。
一応ノックしてから入ると、殺せんせーは何かのノートを書いていた。ビッチ先生はそれを横から覗き込んでいるが、殺せんせーの書くスピードとページを捲るタイミングに追いつけていないのか、顰めっ面だ。
「おや、乃咲くん。どうかしましたか?」
「殺せんせー、生徒から呼び出しです」
「にゅ?」
思い当たる節がないのか、首を傾げながらノートを閉じる。その隙を狙って手を伸ばしたビッチ先生の動きを読んでいたかのようにノートを懐にしまうとヌルヌルと音を立てながら移動して俺の前まで来る。
「……例の件です」
「……………分かりました」
耳打ちすると、彼は頷いた。
ちなみに、耳打ちと言っても何処が耳なのか分かるないので、それっぽいところに小声で呟いただけである。
「なによ、男同士でコソコソしちゃってさ」
「そういうこともありますよ。ちょっとデリケートな問題でして。あ、それはそれとしてビッチ先生から貰った刀、今日正式に受け取りました。これからはこの刀をビッチ先生の玉のような肌だと思って大事に手入れします」
「ふ、ふーん。ま、まぁ?乃咲が珍しく素直に感謝してることだし?今回は追求しないでおいてあげるわよ」
「あはは、ちょろいわ」
「なんか言った?」
「自分の故郷の方言でありがとうって意味です」
「そう?ならばヨシ」
もちろん、そんな方言はない。
ビッチ先生を適当に言いくるめて、俺の後ろから来ていた烏間先生とすれ違いつつ、体育倉庫へ向かう。
ちなみに、殺せんせーと烏間先生が朝一ですれ違うところを見たのは初めてな気がするが、意外と2人が言葉少なではあるが挨拶を交わしていたことに驚いた。
もちろん、殺せんせーの方が声をかけるのが先だったが、烏間先生から殺せんせーに向かって「あぁ、おはよう」と返事が飛ぶのは意外だった。
そりゃあ、烏間先生はあの厳しいことで有名な自衛隊の出身だし、本人も人格者だし、俺という生徒もいる前だから規範になるような動きを取るだろうが、それでも、2人が心底不仲というわけではないことを改めて実感できて安心した。
まぁ、普段の殺せんせーがダル絡みしてるから対応が冷たくなるんだろうなぁとは見ていて感じるけど。
「……乃咲くん。ご遺族はなんと?」
「……とりあえず、生徒としてじゃなくて遺族として会うと言ってました。誰なのかは会えば分かることなのでこの場では言わないでおきます」
体育倉庫が見え始めたところでそんな会話をする。
俺は、殺せんせー伝えた方が良いのだろうか。茅野の様子が何処かおかしいことについて。
でも、殺せんせーなら俺が言うまでもなく、そういう機微には気付きそうだし、あえて言うほどでもないか?
思考を巡らせながら、体育倉庫の扉を叩く。
「入っていいよ」
「………茅野さん………?」
茅野の声が聞こえた。
俺はそこで殺せんせーに入室を促して3歩ほど下がる。
あとは2人の問題だ。俺が介入するべきことではない。遺族と重要参考人。2人の会話が気にならないわけではないが、それでも立ち聞きするのは良くないだろう。
殺せんせーが入っていたのを見届けて、俺は体育倉庫から背中を向けてなんとなく空を見上げた。なんとなくどんよりも曇った空が気分を下げる。さっきまで晴れていたような気がしたのに。
しかし、見張りと言ってもやることは殆どない。いまの俺は手持ち無沙汰だ。何気に刀を置いてくるのも忘れたし。かと言ってこんなところで本物を使って素振り始めるのもなぁ……。
生憎と殺せんせーが作ってくれた、この刀の重さと長さと重心がピッタリ同じ木刀も超体育着と一緒にしまった後だし。
やることがない。そうなると自然と気になることに対して思考が傾き始めてしまうのは仕方ないことだろう。
「………茅野カエデ……」
俺にとってはなんのこともない、クラスメイトの1人だ。
ヒナを除けば、一番話しやすい女子でもあるかもしれない。でも、それだけだ。雪村先生の死という秘密を共有してはいるが、良くも悪くもクラスメイトでしかない。
もちろん、大切な友人ではあるが、それはクラスのみんなに言えること。親友と言えるほど気心知れてるわけでもない。
おそらく、うちのクラスメイトにとっても大体が似たような印象になるだろう。茅野カエデはクラスのみんなと仲が良い。同性で特に仲が良いのは修学旅行の班が一緒だった神崎さんと奥田さんと答えると思う。異性となると渚とかか。
最近はあんまり見ないが、暗殺教室が始まった頃はよく渚と一緒にいたイメージがある。でも、やはり以前に比べて一緒にいるのを見ることは減ったように思う。喧嘩したわけでもないのは見てて分かるし、渚の方も特に気にしてなさそうだから、お互いに特別仲が良いわけでもなかったのだろう。
良く考えると不思議だ。茅野は人懐っこくて、毒舌なところもあるけど、人を傷付けることは言わないし、容姿だってヒナ程ではないが、可愛いと言えるだろう。それなのに、めちゃくちゃ仲がいい相手と言われると思い浮かばない。
神崎さんや原さん、狭間さんの様にみんなから一歩引いた場所で見守ってるタイプでもないから特に気になる。
以前、似たようなことを考えたが、やっぱり謎だ。
茅野と似たようなタイプで言えば、それこそヒナだ。人懐っこく、人に壁を作らず、それでいてのらくらと線引きしてるところある。だが、そんなヒナでも一番仲が良い友人は?と聞かれたら、俺は矢田さんの名前を出すだろう。
ちょっと性別が変わるが、悠馬だってそうだ。みんなの中心人物でみんなに平等。それでも特に仲が良い相手を聞かれれば、俺は迷いなく前原を推すだろう。
茅野のようなタイプで特別仲が良い相手を思い浮かばないのは、それこそおかしいと言うのは言い過ぎがも知れないが、よくよく考えてみると凄く違和感のある状態だ。
昔ならここで考えを留めていたが、今なら別の可能性も想像できる。それは学校の外に仲の良い相手がいる場合だ。
学校で友達を作る、特別仲の良い相手を作る必要というか考えに至らないくらいに仲の良い相手がいる。そう、例えば雪村先生の妹さんとか。話によれば俺たちと同い年らしいし、話も合うだろう。偏った言い方をすれば、雪村先生の死の悲しみを共有できる相手でもあるのだから、ある意味で当然だ。
そう考えると、クラスメイトと茅野の間には薄いけど頑丈な壁があるのかも知れない。雪村先生の死をみんなに知らせないようにしてるから。だから、みんな茅野と同じ悲しさを共有できないし、知る由もない。そう考えると、特別親しい相手がクラスにいないのはおかしいことじゃない。
————けど、なんだろう。この違和感。
例えば、例えばだが。雪村先生の死を教えてくれたという意味では俺は、このクラスで一番茅野カエデを知っていると言えるかも知れない。だけど、何故だろう。何か言い知れないところに強烈な違和感がある。
過去に得た情報も組み合わせると……茅野カエデは雪村先生と親戚。親が忙しくて、その代わりに雪村先生が面倒を見てくれた。雪村先生には妹がいて、恐らくは茅野と仲が良い。雪村先生のことも"お姉ちゃん"と呼ぶくらい仲は良好。
何も不審な部分はない。ない……はずなのに、なんだ、なんなんだ?この何かを見落としているような気持ち悪さは。
視界に映る全ての時間が止まる。
ゾーンに入り、色を失った世界の中でこの違和感を払拭する為に記憶を巡る。そこまでする意味があるのか分からないのに。
茅野カエデという人物のイメージに違和感はない。
なら、言動か?俺の中で何が引っ掛かってるのか?
明るくて、別け隔てなくて、優しい。そんな茅野の言動に対する違和感とはなんだ?これも思い過ごしか?
いや、なにかあるはずだ。彼女の言葉の誰かに俺の後ろ髪を引き抜かんばかりで引き寄せる何かがある。
きっとこの違和感は彼女と親しくなってからのものだ。
それまでは良くも悪くも見ていなかったから間違いない。俺が茅野に違和感を覚えるとしたら、夏と秋の真ん中あたり、喫茶店で一緒に過ごして雪村先生のお墓を教えて貰った、あの日あたりのはずだ。それ以前は考えにくい。
『本当はさ、誰にも話さないつもりだったんだ。お姉ちゃんと私の関係も、お姉ちゃんが死んじゃったことも……』
『嬉しかったんだ……。私とお姉ちゃんが似てるって言ってくれたの。そんなこと言われたの初めてだったから』
『ごめん……。あの時、実は乃咲のことそんなに好きじゃ無かった。偶にお姉ちゃんがやたらと気に掛けてるヤンキーの話をすることがあったんだけどさ、会って確信したんだ、『あぁ、コイツがお姉ちゃんを心配させてたのか』って』
『話が逸れたね、私が乃咲にこのことを教えた理由……か。正直なところ私も自分の本心が分からない。本当に誰にもこんなこと話すつもりはなかったんだ。ただ、乃咲が私に気付いてくれて、私のことを見てくれてるのが伝わって……それが嬉しかった。だから乃咲に知って欲しいって思ったのかな……?』
『多分、それだけが理由じゃないのも本当。お姉ちゃんが死んで、泣きたくなるくらい悲しかったのに涙は出なかった。それも辛かったし、お姉ちゃんが死んでしまったことを知ってる人が少ないのも悲しかった』
『……………たぶんさ、誰かに聞いて欲しかったんだ。見ず知らずの誰かじゃなくて、お姉ちゃんと私を知ってる人に。同じ悲しさを共有して欲しかったんじゃないかな』
まて。少しだけ言葉選びが妙じゃないか?
誰かに聞いて欲しかった。雪村先生と茅野を知ってる奴に同じ悲しさを共有して欲しかった。
考えすぎの枠を出ないかも知れない。だが、なんだかまるで、それまで誰とも悲しさを共有できてないみたいな言い方に聞こえてしまうのはどうしてなんだろう?
雪村先生には妹がいた。小さい頃から親が忙しくて面倒を見てくれた雪村先生。彼女をお姉ちゃんと呼ぶように姉妹のように育った。なら、雪村先生の妹ともそれに近い関係だったんじゃないのか?よっぽどのことがなければ、茅野の人物像的にその妹と不仲とは考えにくい。なら、その妹と悲しみの共有ならできていたんじゃないのか……?
そう、そういう意味では考えすぎの枠を出ない。茅野の言葉の意味が、あくまで姉妹ように育った相手以外に、という意味なら彼女の発言は何もおかしくはない。
だが、ここで俺にもう一つの違和感が生まれた。
『でもさ、聞いてもないのにとか言ってる癖に先生の言ってた言葉は覚えてたんでしょ?じゃなきゃ婚約者だとか、妹だとか。そんな話を覚えてるわけないもん。当時のスレた乃咲なりにしっかり聞いてたんじゃない?根が真面目だから』
思えば、俺は茅野から雪村先生の妹について何も聞いたことがない。俺たちの間で雪村先生の妹という話題が出たのはこの一度きりじゃないだろうか。
実際、俺が忘れてるだけで話題としては出たことがあるかも知れない。だが、俺は茅野の口から雪村先生の妹を心配する言葉をただの一度でも聞いたことがあっただろうか?
それに関しては何も思い出せない。
話題にしてなかっただけの可能性もある。あり得なくはない。俺とその妹に既に故人である雪村先生以外の接点はなく、あえて話題に出す必要だってありはしない。
だが、それでも人懐っこく、辛辣なところはあるが優しい茅野カエデが雪村先生の死についての話題でその実の妹を気に掛ける言葉を一つも出さないなんてことあるのか?
茅野には俺なりに励ましの言葉をかけたつもりだ。俺なりに彼女の言葉を、悲しさを聞いたつもりだった。でも、その言葉の中で『私より、◯◯の方が心配だよ。実のお姉ちゃんが死んじゃって』みたいな会話は一度もなかった。
別におかしくはない。その時、俺が聞いていたのは、あくまで茅野の気持ちだ。普段から先生の妹を気に掛けていたから、気に掛けられる側になって、その時は妹のことを忘れて話してくれた可能性だってゼロじゃない。
そのくらいは気にすることじゃなくて、それくらい俺に甘えてくれたというのなら嬉しいことだ。
だけど、茅野の性格的に実の妹という実の血が繋がった存在として誰よりも悲しんでいる可能性のあるソイツを心配する言葉が出てこないなんてことあるのか?性格的にポロッと「私より辛い子もいるし」とか言っても不思議ではないというか、その方が茅野を知ってるつもりの者としては自然に思う。
どう言うことだ?考えすぎの可能性は一旦捨て置くとして、この場合で茅野が先生の妹を心配する言葉を出さない理由。
心配する必要がない理由として一番考えられるのは、心配が必要な状態じゃないからとかだろうけど、実の姉が死んでそんな状態で居られる奴が茅野と仲良くなれるはずがないし、雪村先生の妹だとは考えにくい。
じゃあ、雪村先生の妹が目に入らないくらいに茅野が悲しみに暮れている?その可能性は否定できないが、あくまで一般的な可能性の話だ。茅野の性格的にそれはないと思う。
更にあり得ない可能性としては、雪村先生の妹の存在を忘れているパターンだが、これこそあり得ないだろう。
じゃあ、他に何がある?
茅野の性格で、自分以上に悲しんでいる可能性のある相手を心配する言葉が出てこないような理由ってなんだ?
考えてみるが、それらしい理由は出てこない。
彼女の茅野とのやりとりを思い出すが、大半はくだらないものばかりだ。俺の貧乳弄りに怒る場面が思い浮かぶ。
『本当にもう!なんでお姉ちゃんは"あぁ"なのに私はこうなのかなぁ……!乳の神様は不公平だよ!』
こんなこともつい最近言っていた。
親戚のお姉さんと比較しても仕方ない部分じゃない?どのくらい離れてるか分からないけど、遺伝子が違うわけだし。とか内心で思っていたっけか。
「……………親……戚………?」
そこで一つ、俺の中で未確認の情報があった。
ハッとした。つい、口が動いてしまうくらいに。
そう言えば、茅野は雪村先生とその妹とは親戚と言ってもどのくらい離れているのだろうか、と。
俺は精々が従姉妹くらいのもんだと思っていた。だが、そう言えばそれは、俺の思い込みでしかなくて、茅野には一度もどんな関係なのかを聞いたことがない。親戚?と聞いた時に「そんなもん」と答えられたくらいだ。
確かに雪村先生の胸と茅野のそれを比べてみると同じ血が流れてるのに〜!とか言いたくなる気持ちは分かる。だけど、それも同じ血の濃さによって変わるだろう。血縁が遠いほど、リアクションは薄くなるはずだ。
茅野の反応は……まぁ、巨乳に対する僻みや憎悪もあるだろうが、どちらかと言えばかなり近い血筋の人間のリアクションのように思う。もちろん、そうとは限らないけれど。
だが、それを踏まえると少し気になる言葉がある。さっき思い出したけど、別に不思議ではないと流した言葉。
『嬉しかったんだ……。私とお姉ちゃんが似てるって言ってくれたの。そんなこと言われたの初めてだったから』
この言葉はどうだ?まるで小さい頃から比べられているみたいな、そんな言葉。従姉妹同士とかなら、そんなに気にする必要のない部分だと思うのは俺だけか?同じ血は流れてるけど、親が違うのだから当然と言える部分だ。
歳上の女性に対する憧れ。それこそ慕っている従姉妹に似ていると言われて嬉しかったとか、その線もゼロじゃない。でも、本当にそれだけか?いや、本当にその考察であってるのか?
親や兄弟や姉妹。それを指す言葉でもっともポピュラーなのは、"家族"という言葉だ。しかし、家族という言葉で描かれがちだが、それらは親戚とも言い換えられる。
『……親戚だったのか?』
『うん、そんなところ』
あの時、俺の質問を彼女は肯定した。
そして、その時。俺も彼女も雪村先生との詳細な血縁関係について明確な質疑応答はしなかった。
茅野は嘘を言ってないし、2人の関係が従姉妹だとも姉妹だとも一言たりとも言っていない。
茅野の雪村先生に対する、お姉ちゃんという呼び方。
これがもし、文字通りの意味なら?
先生に似てると言われて嬉しかったのは姉妹だったから。
雪村先生が巨乳だったのに自分がまな板であることを嘆き、比較していたのは、同じ親を持つ姉妹だったから。
俺の親戚か?という問いかけを肯定したのは、それ自体は間違いでも嘘でもなかったから。
そして、茅野との話題で雪村先生の妹を心配する言葉が一つもなかったのは、そもそも自分のことだったから。
「…………まさか、俺はとんでもない読み違いを——!?」
そうと言われれば納得がいく。
確かに顔はあまり似ていない。苗字だって違う。でも、親が離婚して苗字が変わった説も十分にあり得る。成人してる雪村先生の苗字はそのままに、茅野だけ片親の方に変わったとか無理のない話だ。まさか、偽名でもあるまいし、その方があり得る。
『あのね、私にも乃咲くんたちと同い年の妹がいるんだよ?』
『へぇ〜。あ、先生。そっちのセロテープとってください』
『はい、どーぞ。名前は————っていうんだけどね。我が妹ながら凄く可愛いんだよ?今度紹介してあげよっか?』
『へぇ〜。あ、先生。そっちのアプリコットピューレください』
『そんなの何処にもないけど!?ていうか、セロテープとアプリコットピューレで何作る気なのかな!?』
『強いて言うなら……夢、ですかね』
『そんならしくないこと言ってどうしたの?大丈夫!?先生の話とかもちゃんと聞いててくれたよね!?』
『えぇ。大丈夫です。先生の1発ギャグのネタがフルメタルジャケットの微笑みデブの上官を殺す前と殺した後の呼吸音のモノマネしかないって話ですよね?ちゃんと聞いてましたから』
『なんで知ってるの!?違うよ!?妹の話!』
『妹さんもそのネタでモノマネできるんすか……』
『違うよ!?』
だめだ、くだらない所しか覚えてない。雪村先生は妹の名前をなんて言ってたっけか。
雪村先生の妹の名前。その正確な名前を全く覚えていない。だが、なんとなくカエデではなかった気がする。
となるとやっぱり考えすぎなのか?いくら離婚したからと言って下の名前まで改名するなんて考えにくい。
首を捻ってゾーンから抜ける。結局のところ、茅野カエデが偽名でもない限り、雪村先生の妹という線は薄い気がする。
でも、茅野は確か転校生だった筈だ。
3年生になって転校してきて、そしていきなりE組に来た。
別に彼女は優等生というわけではないけど、転校してきて早々にE組に落とされるって何をやらかしたんだろう。
点数が低いとかなら編入試験で落ちるだろうし。万が一、彼女が本当に先生の妹で、実は殺せんせーと雪村先生の繋がりに気付いていたとかなら、復讐か情報収集の為にわざとE組に落とされる何かをやらかしたとかもあり得るかもだが。
雪村先生の妹で俺の素行不良の話しを聞いていたのなら、E組に落ちる条件を知ってても不思議じゃないし、殺せんせーが来るのと同時期だがら納得感は生まれるだろう。
もっとも、その可能性があり得るとしたら、雪村先生の死に殺せんせーが関わっていると初めから知っていて、なおかつ、殺せんせーが椚ヶ丘中学校の3年E組に現れることも掴んでいないと無理というとんでもない前提があるわけだが。
流石に無理のある条件が揃い過ぎてる。
偽名の線だって普通は無理だ。相当な権力でもない限りは。
結論、俺は茅野や雪村先生について何も知らないことが分かった。というのが今回の思考と考察の成果だろうか。
「情けない話だな……」
誰より集中し、誰よりも時間や長く使える筈なのに過去の自分がもっと周りに興味を持たなかったばかりに活かしきれていないのだから。我がことながら歯痒いばかりである。
ため息を吐き、何気なく2人がいる倉庫を振り返る。
いま、どんな会話をしてるのか気になるなぁ〜なんて思った刹那、ドオォォォン!と腹の底に響くような轟音と共に体育倉庫の天井が吹き飛び、そこから何が飛び出すのが見えた。
「なんだ!!?」
吹き飛んだ天井の破片などを避ける為に思わず体育倉庫から離れるように横っ飛び。身体が空と倉庫を視認できる体勢になった瞬間に状況を把握する為に咄嗟にゾーンに入る。
今日2度目の色を失い、時間が止まった世界。
そんな世界で俺の視界に映ったのは、辺りに飛散した天井の破片と、俺の方にも飛んで来ているソレ。そして、そんな破片からまるで俺を守るようにキャッチする見覚えのない、
ゾーンに入り、世界が止まって見えることでバッチリと周りの状況は把握できる。そして、俺の頭の上を通過している緑色の触手の持ち主が女子であることは、ガッツリ見えてしまってる、スカートとその中身の水色の下着で理解できた。
俺は地面を手の甲で叩きつけるように自分の身体を更に倉庫から離れるように弾き飛ばし、着信してゾーンを抜ける。
殺せんせーと茅野のいる体育倉庫が爆発し、そこから触手を持った女子生徒が現れた〜なんて状況じゃなければラッキースケベを堪能できたんだろうが、流石に心理的にそんな余裕はなかった。だって、考える限り無理筋だと思っていた可能性に加えて予想してなかった要素が降って湧いたのだから。
「乃咲、無事だった?」
E組の校舎の屋根に着地し、聞き慣れた声でそんな風に問いかけてくる。誰だ?なんて問い掛ける必要はない。
だが、何者だ?と問い掛ける必要はあるだろう。あの場で殺せんせー以外に体育倉庫から出てくる可能性のある女子生徒なんて1人しかいないのだから。
「茅野………」
「無事みたいだね、良かったよ。アンタを傷付けるつもりはないからさ。ありがとね、色々と気を使ってくれて。おかげさまで————お姉ちゃんの仇が取れるよ」
体育倉庫を睨みつける茅野。
爆発音を聞きつけてE組の仲間たちが慌てたように教室から飛び出してくるのと同時、殺せんせーが地面から現れた。
殺せんせーは唖然と茅野を見つめ、みんなも茅野の姿に驚愕を隠し切れず、当然ながら、遅れてやってきた烏間先生やビッチ先生も全く状況を掴みきれていない。
だから、俺は茅野に問い掛けた。
一部始終に関わり、さっきまで彼女について考えていた者として、俺の中に浮かんだあらゆる可能性に答えを出す為に。
「茅野」
「ごめんね、乃咲。騙してて」
呼びかけると、彼女はそう言った。
申し訳なさそうに、寂しそうに。
そんな様子を一旦隅に追いやって言葉を紡ぐ。
「お前は、雪村先生の…………妹か?」
俺の言葉に、この場にいる誰もが少なからず動揺した。担任としての雪村先生を知る者は彼女の名前が出てきたことに。烏間先生は信じられないと言うように、ビッチ先生は誰のことか分からず首を傾げ、殺せんせーは目を見開く。
だが、この中で一番動揺していたのは……茅野だった。
「…………うん、正解」
彼女は俺の言葉を俯きながら聞き、顔を上げた。
目を見開き、そして嬉しそうに、悲しそうに、寂しそうに目を細めて、まるで何かを諦めたみたいに笑って肯定した。