暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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今回も投下しますのでお付き合いください……!


163話 対話の時間 2時間目

 

 あれから目が覚めて、殺せんせーといくつか言葉を交わした。走馬灯が見える程の臨死体験は普久間島以来か。あの時にみたのは創作とか体験談で聞いたような普通の走馬灯とは少し違っていたような気がするが。

 

「……死神の鎌、か」

 

 相手に死を自覚させる技。肉体よりも先に精神を先に殺し、極まればそのまま肉体を無傷のまま殺せる奥義。

 今には死ぬ感覚が残っている。身体から力が抜ける感覚も、目が見えなくなった暗闇を、身体から触感がなくなる浮遊感を、音が聞こえなくなる孤独を。走馬灯を見る感触を。そして何より、それを相手に叩き込む技術とその使い方を。まぁ、使ってる武器が武器だから、鎌ってより剣とか刀って呼ぶべきなんだろうけど。まぁ、鎌の方が死神っぽいか。

 

 実際、受けてみてわかった。あれは防ぎようがない。

 

 速度も膂力も関係ない。本当に技術がモノを言う。殺気を纏う殺し屋の気迫、殺気を込めた武器へ意識を誘う視線誘導、相手に死を実感させる技量、そんな攻撃を毛先にすら当てずに紙一重で通過させる技術。死神という殺し屋の技術の粋を集めた、正しく奥義と呼べる技。総合芸術とすら言えるだろう。

 

 実際に使う機会なんて来ない方がいい。でも、単に殺せんせーの模倣ではなく、自分なりに派生させる方法は模索するべきだな。殺せんせーから教わったってことは、殺せんせーには通じない可能性があってことだし。

 もっとも、殺せんせーに撃ったところで効果があるのかは分からないけど。HPは減らさないけど即死させられる攻撃とかなら、ゲームとかだと大体のボス格は耐性あるもんだしな。んでも、その辺の耐性を無視できるのが死神ってことか。

 

 殺せんせー。俺はまだ死神って呼ばれるには未熟じゃないかな。技術的にも、精神的にも、何もかも。

 

「……………雪村先生」

 

 そんな風に継承された技に思考を巡らせながら、俺は先生の墓に来ていた。先生が居なくなるまでにあったくだらないやり取りを何気なく思い出しながら。

 思い返してみると、本当にくだらないことばかりやっていた。乃咲くんならできるよ!という無責任な後押しにイラつくことも沢山あった。でも、確かに俺は雪村先生のことが苦手ではあったけど、嫌いではなかった。

 どんなに好ましい相手でも、直して欲しいところの一つや二つあるだろう。俺にとってそれが、あの無責任なまでの明るさから繰り出される、生徒を信じて疑わない後押しだったのかもしれない。それが、当時の俺には重荷だった。

 

「妹さんの名前、思い出しました」

 

 ポツポツと語る。そこにいるかは分からない。話したところで何も変わらない。時間が巻き戻るわけでも、先生が生き返るわけでも、まして、茅野が救われる訳でもない。

 それでも、モノ言わない石に故人を重ねて言葉を投げてしまうのは、誰かに、あるいは……そこにいると見立てた人に聞いて欲しいからなのかもしれない。

 

 雪村先生について、知りたいことは沢山ある。

 なんで殺せんせーの前の姿である、初代死神と接触していたのか。なんで3月12日の爆発事故に巻き込まれたのか。なんで、殺せんせーが雪村先生が死んだ現場に居合わせて、その上で茅野が殺せんせーが雪村先生を殺したと思うような状況になってしまったのか、見てしまったのか。

 

 答えは……出ているのかもしれない。俺の中では。

 

 殺せんせーは二代目に裏切られて、どういう経緯かは分からないけど、あの日に爆発した研究所にいた。そこで雪村先生と出会ったのだろう。そうして交流が始まり、初代死神は雪村先生に"先生としての師"と呼べるだけのモノを見出した。

 殺せんせーが研究所に送られた理由は……人体実験。恐らくは、触手を人間に埋め込んだ場合のデータを取ったりするための。そして、ある日、月の大半が蒸発する事件が起きた。

 月ではきっと、似たような研究が行われていた。そして、失敗した。原因は触手の暴走なのかもしれない。殺せんせーが言っていた、彼自身の寿命が1年しかないという情報はもしかすると、その時点で判明したのかもしれない。

 そして、月で起きたのと同様に触手が暴走しかけ、なんとか地球が蒸発するような事態にはならなかったが、雪村先生はその事故に巻き込まれて亡くなった。先生の遺言が何かで俺たち3年E組の担任を引き継いだ、と言うのが俺の見立てになる。

 

 実際、どのくらいあってるか分からないけど。

 でも、当たらずとも遠からずってところだろう。

 

 そして、殺せんせーが雪村先生の最期を看取った所に茅野が現れた。茅野からしたから、得体の知れない化け物が姉の亡骸の側にいるのだから、自分の姉はコイツに殺された、と思ってしまうのも不思議ではない。

 

 その上で殺せんせーと茅野の会話を思い返すと、なんだか、やるせない想いになる。

 

 雪村先生が事故で亡くなったのなら、でも、その事故の原因が殺せんせーの暴走なら、自分が殺したと思うだろうし、俺が殺せんせーの立場でなんで先生が死んだのかと聞かれたら、自分が殺したようなモノと言うだろう。

 そして、それを雪村先生が死んだ理由を聞いても、自分が殺したようなモノとしか言わない殺せんせー。茅野からしてみれば納得できないだろう。殺せんせーと接して、この人が殺した訳でないのかも、と思い始めているのに釈然としない答えが来る。彼女からしたら、殺せんせーが何を思ってるのか、考えているのか分からないはずだ。

 

 肝心な部分で言葉が足りていない殺せんせー。

 殺せんせーの抱えてる真実を知りたい、本人を信じたいのに何を考えてるのか分からなくて不安な茅野。

 

 何処かで見た構図だ。

 

 言葉が足らない父親と何を考えているのか分からなくて不安な息子。そんな関係を俺は知っている。

 

 父親は子供を愛しているし、大切にしている。

 子供もそれはわかってるつもりではあった。

 

 『もしかしたら、こうなのかもしれない』ってネガティブな想像に歯止めが効かなくなる。頭では分かっているつもりなのに、明確な言葉がないから不安になって怖くなる。

 まして、茅野は殺せんせーが雪村先生を殺したのかも知れないという疑惑から入った。そこからどんどん、殺せんせーが犯人じゃないのかも、なんて思い始めていたのなら、その不安は計り知れないだろう。信じている相手に疑惑を持つのではなく、疑惑がある相手を信じようとしているからこそ。

 

「…………俺が、必ず助けます」

 

 前回、ここに来た時。彼女は"助けて"と言い掛けていた。

 それが俺の想像する不安から来ているのか、それとも触手による苦痛からの来ているのか。分からない。でも、確かにアイツは俺に助けを求めた。それは事実だ。

 

 雪村先生に対する罪滅ぼしではない。

 助けを求められたから、と助けるほどお人よしでもない。

 

 アイツが俺の友達で、仲間だから、助けたいから助ける。

————うん、あかりをお願いね。乃咲くん。

 まずは連れ戻す。暴れたいのであればそれに付き合ってやる。男女平等パンチを繰り出すかはさておき、いざとなったら本当に死神の奥義を使うことになるかも知れない。それでも、絶対に助ける。だって、口に出したんだから。必ず助けると。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

「……来たね、連絡」

 

「…………あぁ」

 

 俺とヒナはスマホを見ていた。そこには、町外れのススキヶ原で待つと、まるで果たし状のような一言が表示されていた。

 実際、ようなではなく、果たし状なのだろう。彼女はきっと、そこで殺せんせーを殺すつもりに違いない。

 

 制服の上着に袖を通し、刀の入った袋を持つ。

 俺の言葉が届かなかった時のために。

 

「……………」

 

 そんな俺を恋人は無言で見ていた。複雑そうな表情で、刀袋を背負ったこちらに視線を向けて、目があった。

 

「やっぱり、戦うことになりそう?」

 

「一応、保険のつもりではある。でも、イトナの時のことを思えば、言葉は通じない可能性の方が高い。その場合は力ずくて止めることになるだろうな。殺せんせーは触手を取る時のために体力とかは温存しておかないとだし。そうなったら触手持ちの相手をまともにできるのは俺だけだ。コレはその時のために持っていく。殺すんじゃなくて、生かす為に」

 

 殺せんせーから教わった奥義は、絶対に殺す為の技。裏を返せば、奥義として完成するには"絶対に殺してはいけない技"でもある。殺せんせーは極めれば傷一つ付けずに殺せる技になると言っていたし、もちろん目指すべき境地としてはそこなんだろう。

 でも、殺してはいけない。殺せんせーがこの技をまず、俺に教えたのは、最も強力な殺す為の技であると同時に、対峙した相手を殺さず無力化する上でも最も強力な技だからだろう。

 

 殺し屋としての才能では俺よりも優れている渚や、一番弟子である二代目よりも俺に向いていると言ったのは、何も、俺が似たような系統の技が得意だからとかそれだけじゃない。

 殺しの技術を殺させない為に教える。それはきっと、通常であれば殺した方が手っ取り早いような場面にもしも陥ったとしても、俺は一瞬を数時間に延長できるから。渚や二代目が即座に判断しなきゃいけない状況でも、俺はじっくりと考えて自分の中の最適で最善な選択肢を選べる。

 どんな瞬間でも極限まで考え抜いて、自分なりの選択肢を取る。もしも、考え抜いた上でどうしようもないと思ったのなら、この技を使えば相手を殺さずに無力化できる。言ってしまえば立ち位置的には最終手段なんだ。

 

 俺の他人にない強みは、時間を周りよりも多く使えること。この技は殺せんせーからの『もしもの場合に使える最終手段はあります。だから、キミは安心して殺さない為の最良を考え抜いてください』というメッセージのように感じた。

 それが、殺せんせーかこの技は俺に向いていると言ってくれた意味なんじゃないのかなって思ってる。

 

 もちろん、この技が最良の手になることもあるだろう。でも、やっぱり最終手段であるべきで。だからこそ、俺は殺せんせーから死神の技を学ぶんだ。最終手段に頼るようでは未熟。どんな状況でも、どんな局面でも、この技に頼ることなく解決できるだけの知識と技術を身につける為に。

 

 でも、使うべき時には躊躇いなく使う。

 例え、それが仲間でクラスメイトであったとしても。

 

「………うん。なんだかこの前、殺せんせーを殺そうとした時より、晴れやかな顔してるよ、圭ちゃん」

 

「そう?」

 

「うん。状況としては何一つとして良いことはないけど、でも、あの時と違って悲壮さがないみたい。なんだろ、圭ちゃんのこと心配してないわけじゃないけど、なんか、今の圭ちゃんなら大丈夫って感じする。殺す為じゃなくて、生かす為だから?」

 

「さぁ……?どうなんだろう。でも、確かに言われてみると言うほど気は重くない。緊張してないわけでも、思い詰めてない訳でもないなのに………。もしかすると、"殺さなきゃいけない"と"助けたい"の違いかもな強迫観念と自主的な行動みたいな」

 

「そっか。やっぱり、圭ちゃんには殺し屋は向いてないんじゃない?助ける為にやる気が出てるってことでしょ?」

 

「だからと言って正義のヒーローになるつもりもないけどね。欲張るのは手が届く範囲で充分だ。………そろそろ行こうか」

 

「うん。あ、でも無理はダメだからね?圭ちゃんなら大丈夫って信じてる=心配してないって訳じゃないんだから。無理せず、でも、絶対にカエデちゃんを助けてあげて。その為に出来ることならなんでもするから」

 

「………………じゃあ、終わったらいっぱい褒めて」

 

「ッッ………ほんと、こう言う所だよね!うちの彼氏」

 

 不意にギューっと抱き締めてくる陽菜乃。

 嬉しいけど、それは褒めてくれる時に取っておいて欲しい。今はイチャイチャしてる場合ではない。

 

 それはそれとして抱き締めて返しはするけども。

 

 そうやって少しイチャイチャして茅野が指定した場所へ向かう。ヒナとはどうすれば茅野に俺たちの言葉を届けられるのかをずっと考えていたが、やっぱりちょっとやそっとでは届かないだろうという結論になった。

 でも、きっと言葉を投げることは無意味じゃない。だからずっと呼びかけ続けることは止まないようにしようって決めた。

 

 目的地に向かう道中、何人かの仲間と合流した。

 まぁ、同じ街に住んでいて、目的地も同じなんだから当然だろう。1人、また1人と合流していくうちにイトナが現れた。

 

 まるで目的地は同じなのにこっちを探し回っていたみたいに汗をかきながら、何故だか俺を見つけると……正確には俺と目が合うと少し思い詰めたような顔をしながら駆け寄って来た。

 

「イトナくん?どうしたの、そんなに汗かいて」

 

「あぁ……。乃咲を探してた」

 

「…………俺?」

 

 やっぱり目があったのは偶然ではなかったらしく、駆け寄って来たのは俺を見つけたからで間違いないらしい。

 みんなでキョトンとしているとイトナはブレザーの胸ポケットから一枚の紙を取り出した。横長の長方形の少しクシャクシャになっている、和紙。なんかのチケットみたいだなぁ、なんて思って見ていると、イトナはそれを俺に向かって差し出した。

 

「これを使いたい」

 

「【イトナくんのいうこときいてあげる券】」

 

「あぁ。俺の触手を取った時、お前が渡して来た」

 

 そういえばそんなもんも渡した。

 長方形の和紙に書かれていたのは、筆ペンか何かで無駄にやたらと達筆に【イトナくんのいうこときいてあげる券】というもっと別のネーミングはなかったのかと思う文字列。

 

 前原や杉野たちからの『お前、そんなの渡してたのか』という少し引き気味の視線を受け流しながら、イトナの言葉に耳を傾ける。きっとこの状況でコレを引っ張り出してくるってことは、彼なりに思うことがあるからなのだろうと。

 

「俺は触手に蝕まれる苦しさを知ってる。自分で望んだとはいえ、あの激痛や苦しさを誰よりも知ってるつもりだった」

 

「でも、それはメンテナンスされた上での苦しさだった。この一年、一度もメンテナンスを受けずに耐えていた今の茅野の苦痛は正直に言って……想像すらできない。その精神力の強さも」

 

「だから、頼む。茅野を助けてやって欲しい。俺たちの中で一番可能性があるのは、実績的にもアイツ本人との距離感的にも、お前だと思ってる。あの苦痛から解放してやってくれ」

 

 正直、ちょっと驚いてる。

 

 触手を捨てて、同じクラスで過ごすようになってコイツは悪い奴ではないと言うのはわかったつもりだった。

 ノリも良いし、毒は吐くけど仲間をよく見てる。作戦の為に協力は惜しまないし、シロの下で聞いていた殺せんせーの弱点や狙い目を共有してアドバイスをしてる姿もよく見ていた。

 

 だけど、ここまでするのは驚きだった。

 

「任せろ」

 

 だから、答える。短く手短に、そしてはっきりと。

 差し出された【イトナくんのいうこときいてあげる券】を受け取ると、カルマが口を開いた。

 

「イトナくん、良いの?それ、使って」

 

「構わない。俺なりに考えていた。茅野を連れ戻す、助ける方法を。でも、俺は言うほどアイツと親しくない。俺の言葉では届かない。もしも、同じ痛みを知ってる身としては茅野にしてやれることがあるとすれば……コレくらいしか思いつかなかった」

 

 イトナの言葉にほぼ全員がそれぞれの反応を見せる。

 俯く者、苦い顔をする者、空を見上げる者、腕を組んで考える者。そして、問い掛けたカルマが答えた。

 

「そうだよね。俺らも何も思いつかなかったし。精々が声をかけ続けることくらい。俺たち、茅野ちゃんを呼び止めて未練を感じさせるようなこと、貧乳ネタとかプリン以外に何も知らないもんね……。ずっと一緒にいたのにさ」

 

 流石のカルマも沈んでいる。

 

 俺が悠馬や陽菜乃を始めとした修学旅行の時の班員と行動することが多かったように、カルマや渚たちも同じ班だった茅野と行動することは多かった。暗殺の時とか班行動のときは特に。

 

 コイツも周りを見るようになった。おちょくることもあるし、バカにすることだってたまにある。でも、いじりで済む範囲内だと思う。明確に見下すことはなくなった。

 だから、余計に悔しいだろう。暗殺という殺気が出やすい場面で気付けなかったことや、参謀になったり、渚や茅野を始めとした班員たちの指示役に回ることが多い身としては。

 

 仕方ない。珍しく落ち込んでる親友の為に人肌脱ぐか。

 

「あーおほん」

 

 ごく自然な咳払いと共にカルマの肩にポンと手を置く。

 

「知らないなら、これから知っていけばいい。その時間はいくらでもあるはずだし、その時間を守る為に茅野を連れ戻すんだろ?俺はそのつもりだけど、お前は違うのか?カルマ」

 

「…………そういう所だよね、乃咲クン」

 

 なんか、一瞬だけキョトンとしたあと、カルマの奴が急にニンマリしていつもの調子に戻った。

 

「こりゃ、倉橋さんも大変だね」

 

「そうなんだよ。悪い所じゃないんだけどね、今回の件でカエデちゃんの脳をこんがり焼いちゃわないか心配だよ……」

 

「既に焼かれかけてると思うけどね……」

 

「やっぱり、カルマくんから見てもそう?」

 

「というか、それしか考えられないよね」

 

「………だよねぇ」

 

「なに、なんなの?そういう所だぞって言い方、もしかして流行ってる?基本的に非難というか、あんまり良い意味で使われ方はしないイメージあるけど」

 

「大丈夫、俺は褒めてるつもりだよ」

 

「私は半々だけど」

 

「解せぬ……」

 

「「()せ」」

 

「解せってなによ!?」

 

 ギャーニャー!と騒いでいると、学級委員が持ち前のリーダーシップを発揮してパンパンと手を叩く。

 

「はい、戯れ合いもこの辺にしよう。そろそろみんな緊張もほぐれて来ただろ?この続きは茅野を連れ戻してから、な?」

 

「磯貝くんの言うとおり。これから何が起きるか分からない。でも、柔軟に動く為にも、まずは緩まりすぎず、緊張し過ぎずが大事よ。一旦、空気を引き締めましょう」

 

 その言葉で緊張し過ぎないように気を引き締め直し、佇まいを直したり、拳を握り締めたり、持って来た物を深く抱き直してみんな再び歩き始める。きっと俺たちが知らないことが沢山明かされるであろう場所へ。

 

「乃咲クン」

 

 そんな中でカルマに呼び止められた。

 振り返り、首を傾げて問い掛けるとアイツは短く言った。足を止めることなく、俺を追い抜きながら、でも、どこか照れ臭そうというか、気恥ずかしそうに一言だけ言い残して言った。

 

「ほんと、変わったと思うよ。お前」

 

 交流期間が一番長い奴にそう言われる。

 なんだか、こっちまで気恥ずかしくなってしまった。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

「来たね、じゃあ。終わらそうか」

 

 殺せんせーたちと合流し、彼女の待つ場所へ向かう。

 歩き続けると、見知った姿に、見慣れない触手を生やした少女が姿を現して、俺たちを視認すると、短くそう言い放った。

 

『乃咲くん。まずは先生に話させてください』

 

『大丈夫なんですか?』

 

『触手は命を蝕みます。しかし、彼女が私に向ける憎悪は初手からいきなり刈り取って良い物ではない。だから、まずは話をしたいのです。触手が本格的に蝕む前に、まだ話し合いで打つ手があるうちに。命を助けるべきだと判断して、触手を奪ったキミがイトナくんの時に感じた思いと似たような物です』

 

 そう言われると俺は弱かった。

 確かにまずは言葉を掛けるべきだろう。例え、それが届く可能性が低くても、いきなり対話の選択肢をかなぐり捨てて良い理由にはならない。それが、大事だと思う相手なら尚更。

 

「茅野さん。その触手を使うのは危険すぎます。このままでは命に関わる。今すぐ抜いて治療しなければいけない」

 

「……かもね。でも、どうでもいいんだよ」

 

「良くありません。私を殺したいのであれば、触手を抜いた後にいくらでも殺されます。あの日の出来事を聞いてくれるのであればいくらでも聞かせます。キミのお姉さんが私にくれたもの、伝えてくれたこと、全てを」

 

「……………」

 

「だから、まずは生きてください」

 

 本当ならここに、『お姉さんのことを想うのなら』と言いたい所だろう。『お姉さんはキミが命をすり減らした復讐を望む人ではなかった』と語りかけたいだろう。

 でもそれは、彼女の神経を逆撫でするのだろうと殺せんせーも理解している。だから、言わないのだろう。

 

「うるさいよ。今さら何言ってんのさ。私はアンタを殺す機会をずっと待っていた。でもね、待ってる間、同じだけ見てた。本当に殺せんせーが殺したのか。確証が持てなかった。だから聞いたじゃん。本当に殺したの?って。それにはっきり答えてくれなかったのはそっちでしょ」

 

「…………」

 

「みんなも聞いてた。殺せんせーに何者?って。でも、結局ははぐらかしてばかり。お姉ちゃんとの関係も、触手のことも。話す機会なんていくらでもあったはずでしょ。それなのに、一度も話さなかったじゃん」

 

「アンタなりに考えてたのかもしれない。でもね、これまで何も話さなかったことも事実。生徒の為に命を賭けるところも見て来た。でも、情報を出さない所も見て来た。触手を抜いた所で、真実が聞けるか分からないのに、そんな誘いに乗る訳ないじゃん」

 

 茅野の言葉は重たく、そして鋭い。

 何よりも、それは事実だった。

 

「もう、待てない。待たない。だから殺すんだよ。話してくれないならそれで良い。もしも話すつもりがあるなら、今すぐ話してよ。それが誠意なんじゃないの?」

 

「伝えたいこと、話さなきゃいけないことが沢山あります。それこそ、いくらあっても時間は足らないくらいに。私の過去、触手について、なによりキミのお姉さんが私にくれたものを。全て伝えるには、触手というタイムリミットは短すぎるのです」

 

 茅野の波長が乱れる。殺せんせーの言葉や想いは届いていない訳ではないのだろう。でも、きっと、両者にとって時間が足らないんだ。茅野は待つ時間が。殺せんせーは話す時間が。

 

 歯痒い。どちらの言い分も理解できるから余計に。

 

「茅野……」

 

 渚が口を開く。

 

「僕は……僕たちは殺せんせーを信じたい。でも、茅野の言うことも……正直、分かる。殺せんせーはこの一年の核心を何も話してくれてないから。雪村先生が亡くなった悲しさも茅野程じゃないけど、分かるつもりだよ」

 

「……なら、止めないでよ」

 

「でもっ、殺せんせーは僕らを悪意で騙したことなんて一度もないのも本当のことじゃないか!黙ってたこと、話せなかったことはあるけど、でも、いつでも僕らを守ってくれたでしょ!?」

 

「ッ、だったらなによ!?騙してないから言わなくていいの!?お母さんはとっくに死んだ、お父さんは忙しくて帰ってこない!私にとってお姉ちゃんはほぼ唯一の家族だったのに!!」

 

 その叫びは悲痛だった。

 母親がいないことは知らなかった。父親が忙しくて帰って来れないと言うのも初耳だった。彼女の境遇は俺に似ていた。

 もしも、俺だったら、トメさんが俺と血の繋がった家族で、その上で誰かに殺されたのだとしたら。俺は……俺はきっと、そいつを死ぬまで追い詰めたかもしれない。この手で殺すか、死んだ方がマシだという思いをさせるだろう。

 

 でも、ここで彼女の叫びに共感しちゃいけない。

 これはあくまで2人の問題だ。俺たちのやるべきことは、2人の問題の行末を第三者として見守りながら、彼女を連れ戻すこと。俺たちに敵味方はないのだから。

 

「俺は、ここで茅野に口を出す資格はないのかもしれない」

 

 イトナが前に出た。

 

「だが、それでも触手に身を任せて自分の身を滅ぼす復讐はするべきじゃない。俺は雪村先生って人のことを知らない。でも、触手で苦しんでるお前を見たら悲しむんじゃないのか?」

 

「っ………」

 

「身体は熱いのに首もとだけ寒いはずだ。触手の移植者に出る特有の代謝異常だ。その状態で戦うのは本気でやばい。やがてコントロールを失い、触手に生命力を奪い取られて、脳をトゲ虫が這いずり回るような苦痛を感じながら、そう遠くないうちに悶え苦しみながら干からびて死ぬぞ」

 

「うるさいなぁぁぁッッッッ!」

 

 イトナの忠告が終わると同時、触手が振るわれた。

 横薙ぎに振るわれる、黒く染まった触手。およそ人に振るって良い威力ではないソレは、ゴゥと陽炎を伴って燃えた(・・・)

 燃えるような熱さを纏ったとか、そんな比喩ではない。本当に炎を出して半ばから先端に向かって燃えている。

 

 どれだけ異常に発熱したら、あんな風になる?

 摩擦ではなく、触手の温度だけであんな熱を発生させているのだとしたら、茅野が危ない。炎を出すほどの熱が触手を伝って首を昇り、脳に届いたら。助けても後遺症が残るだろう。

 

「身体がね、熱くて仕方ないのっ、でもねっ!熱いならもっと熱くすれば、触手に熱を集めれば、こんな風にできるっ!!どんな弱点も磨けば武器になるって、先生が教えてくれたんだよっ?」

 

 揺れ続ける波長。彼女は狂気的に笑いながら、燃え盛る触手をもう一薙すると、茅野と殺せんせーを囲むようにススキへ火をつける。炎が囲む円で隔てられた俺たちと2人。まるでこの炎はリングのようだった。

 

「これで邪魔は入らない。始めよっか、殺せんせー」

 

「全身が敏感になってるの。身体は熱くて、首は寒い。なのに、それが少し気持ち良いの。ちょっとした風の流れも、今なら感じ取れる。先生の隙だって見逃したりしないんだからっ!」

 

 艶っぽく笑う彼女から伸びた触手が火山弾のように殺せんせーに襲い掛かる。頸から首をなぞるように黒い神経のような、血管のようなモノが茅野の顔に向かって侵食を進める。

 殺意を込めて殺せんせーに叫ぶ姿を見て思う。死んで、死んでよ!と叫んでいる側の方が今にも死んでしまいそうで、その叫びら懇願するようにも聞こえるし、悲鳴のようにも聞こえた。早く終わらせて楽になりたい、と。

 

「——流石に見てられないな」

 

 いや、違う。これ以上、傍観したくないだけだ。

 刀袋から二刀を取り出す。右手の指で柄を2本挟んで左手で鞘から抜き、そのまま鞘を投げ捨て、左手に脇差、右手に打刀を握る。初めてまともに握るはずの刀は何故だか良く手に馴染んだ。

 

「乃咲くん、何を……!?」

 

「……乃咲、アンタ……」

 

「烏間先生、ビッチ先生、止めないでくださいね。横槍が入ったら却って危ない。俺も茅野も」

 

 みんなの視線を受け、それを流しつつ、俺は徐に左足を持ち上げて、そのまま全力で横に向かって蹴り払う。

 たったそれだけのことで吹き荒れるように音を立てながら風は2人を囲んでいた炎のリングを消し去った。

 

「きゃはっ!すごっ、乃咲ってばそんなこともできたの?そんなことより見てよ、これ!殺せんせーの触手、千切ったらビチビチしてるのっ!!乃咲もヤらない!?」

 

「殺せんせー、下がって」

 

 茅野と殺せんせーの間に立つ。

 前提として茅野は助ける。絶対に。

 

 でも、俺は中立だ。茅野の言い分も、殺せんせーの気持ちも分かるつもりだ。だから、どっちが悪いとか言うつもりはない。2人が納得するまで言葉を交わす様を見届ける。それはやぶさかではなかった。けど、思った以上にそんな時間はなさそうだ。

 

 だから、まずは茅野を助ける。その為に殺せんせーと協力する。そして、その後で2人の決着を見届ける。

 殺し合いの決着ではなく、すれ違いを。すれ違ってしまったその先で2人が和解できるのかどうか。その為に俺に何ができるのかを。2人に何をしてやれるのかを。

 

「え、なになに?今度は乃咲が相手っ?いいよっ、乃咲ってば触手プレイ好きだったもんね、一緒にシよっ!ほら、見てよっ、私のこんなにトロトロだよっ、まぁ、触手の粘液だけど!」

 

「悪いが、俺は触手で攻められる側になるのは専門外だ。どうせなら攻める側になりたい。それに………俺が実写の触手プレイを見たいのは、この世界で潮田渚ただ1人だ」

 

「……潮田渚………ぇ、僕!!?」

 

 なにやら渚の声が聞こえたが、今はスルーだ。

 正面から炎を纏って叩きつけられる触手を避ける。

 

「はぁっ!!?私と渚、どっちがいいのよっ!!」

 

「そこじゃないよね、茅野!?」

 

「正直、茅野に攻められる渚はアリだ」

 

「乃咲も何言ってんの!!?」

 

「このっ、変態っ!!!」

 

「男が変態で何が悪い。でも、罵倒しながら攻めてくる茅野もアリだが、解釈不一致だ。だから——"茅野カエデ"を殺す」

 

「酷い暴論だよっ!!」

 

 触手を避けながら、俺は刀を握り直した。

 その仮面を引っ剥がす為に、まずは殺す。

 "茅野カエデ"という役を。




あとがき

はい、原作よりも茅野が荒れてます。
原因は嫉妬とかではなく、原作と違って触手を温存出来てなかったからですかね……。みんなの為に使ったのが今になって響いてます……。

次回、本格的に茅野戦ですっ。
決着を見守ってください………!

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