暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えてたくさんの評価、感想ありがとうございます!

今回も投下しますのでお付き合いください……!
また、1日ということでエイプリールフール企画の続編の二代目ルートを番外編の所に投下しましたので、そちらも見てもらえると嬉しいです……!

それでは、どうか最後までお付き合いください……!



164話 対話の時間 3時間目

 

 ふざけた会話から始まった戦闘。

 だが、その激しさは今までの中では類を見ないほどに激しく、危険を伴うものだと自覚していた。

 

 茅野の燃える触手は色んな意味で脅威だった。

 まず第一に、茅野本人への負担。第二に周囲への被害。第三に俺自身へのダメージの大きさが懸念として挙げられた。

 

 やっぱり炎を出すほどの高熱を放っているものが脳に近いところから生えているというのは不味いだろう。この戦闘を短期決着で終わらせなければならない大きなな理由。

 

 そして燃える触手はその辺の草に触れただけで引火してしまう。俺や触手自体の風圧で鎮火して被害自体は広がっていないが、なんかの拍子で一気に飛び火したら不味いだろう。

 

 んで俺自身へのダメージの大きさは……まぁ、どうとでもなる。当たらなければどうと言うことはない。

 

「きゃはっ!すっごい、ずっと見てたけどやっぱり速〜い!!この前の殺せんせーの暗殺の時よりよっぽど速いよ乃咲ぃ……!なんで!?なんでそんなチカラを持ってるのに殺してくれなかったのッッッッ!!」

 

「………」

 

 茅野自体、触手からの侵食がすごい勢いで進んでいる。首筋から見える、黒い血管のような、神経の様なものが顔まで伸びて来ている。その所為か、かなり情緒不安定だ。

 容赦なく叩きつけられる触手を避け、突き刺してくる触手を裏拳で叩き落とし、彼女を観察し続ける。

 

 触手を避けること自体は簡単だ。叩き落とすのも苦じゃない。でも、正直、壊せないのは厄介だ。

 周りへの被害を考えると早急に切り落としたいところだが……以前、茅野本人がイトナと俺が戦った時に言っていた。『いま触手を壊したら大変なことになる』って言葉。それはきっと彼女にも当てはまるだろう。

 

 なら、さっさと終わらせればいいと思うだろう。

 俺もそれが最適解だと思う。でも、同時に思うんだ。

 

 茅野が力に任せて全力で暴れながら本音をぶちまけられるのは、この先も含めて今しかないんじゃないかって。

 俺は、みんなに迷惑かけたし、心配かけたし、情けないところを見せて、申し訳ないと思ったけど。それでも、ずっと溜まっていたものを吐き出せた時、スッキリした。胸が軽くなった気がした。なんとなく、救われた気がした。

 

 だから、思ってしまう。

 

 今、茅野を助ける手段を持つのは俺だけだ。

 でも、憎悪の対象になってしまってる殺せんせー以外で、彼女の相手をしながら本音を引き出せるのは俺だけなんじゃないのかって。それは、今の俺しか出来ないんじゃないかって。

 

「夏祭りの時、磨瀬榛名に似てるって言われてからっ、乃咲のことアレからずっと見てたよ。あんまり好きじゃなかったのに、私たち、思った以上に似たもの同士だったもんね。お母さんがいなくて、お父さんも忙しくて構って貰えなくて。夏休み明けてから親近感みたいなの感じてたッ」

 

「乃咲が私のこと、私の笑い方が、笑う時の雰囲気がお姉ちゃんに似てるって言ってくれたの嬉しかったっ、今までそんなこと言われたことなかった、見た目も含めて似てるなんて一言もッ!苦手だったとか言ってても、しっかりお姉ちゃんの言葉を覚えてくれてたことも嬉しかったッッ!」

 

「だから乃咲なら良いかなって思った!乃咲に復讐を手伝って欲しいって思ったこともあったけど我慢したッッ、だって乃咲良い奴だもん。分かり辛い部分あるけど、でも優しいもんね。だから止めた。巻き込んじゃいけないって思ったのにッッッ」

 

「アンタはそれでも殺すことを選んだっ、自分の為じゃなくて、みんなの為に。みんなが自分と同じ思いをしない為にって。悩まないで済む様にって、暗殺のことを知らない人たちを守る為にって暗殺を仕掛けた時、乃咲になら任せても良いって思ったんだッッッッ!」

 

「だって私も真逆の気持ちなんだもんっ!復讐なんて自己満足じゃなくて、みんなの為。殺したいからじゃなくて、殺さなきゃいけないから。みんなだって、殺せんせーだって、私の独りよがりで暗殺が終わるよりもよっぽど良いし、納得も理解もできる結末になるって!そう思ったのにッッッッッ!!」

 

「ッッッッッッ、なんで終わらせてくれなかったの……?」

 

 攻撃を捌きながら、死にそうな叫び声を聞いた。

 そこには、夏休み明けから今日まで。茅野が俺に向けていた思いが、感情が詰まっていた。

 それだけじゃない。彼女の本心もそこにあった。命を散らす様な叫び声の中で確かに聞いた。自分の独りよがりという自覚と何故、終わらせてくれなかったのかという問い掛け。

 

 茅野だって分かってるはずだ。

 

 こんなことは誰も望まないんだと。本当は殺せんせーを殺したいんじゃなくて、終わりたいだけなんだ。憎むのも、怒るのも疲れることだ。だから、楽になりたいんだ。

 その片鱗が、彼女の本心のカケラが、この前、雪村先生の墓前で見せた、あの熱に浮かされたような姿なんだろう。縋るように助けを求めて来た彼女なんだろう。

 

 自分でもどうすればいいか分からないはずだ。

 感情がぐちゃぐちゃになって、止まりたいのに止まらない。俺も、みんなに吐き出した時はそうだった。

 それが、触手によって制御できなくなってる。止まりたいのに止まらない。そんな苦しさが望まない方向に暴走しているのだろう。きっと、触手を自分に植え付けた時の憎しみを触手が持ち続けているから。

 

 かつて、殺せんせーはイトナに言った。触手は感情でコントロールするものだと。でも、今の彼女は触手にコントロールされているように見える。もしかすると、触手は外付けの拡張された身体のパーツというより、寄生虫に近いのかもしれない。

 

「答えてよ乃咲ッッ、声を聞かせてッッ!なんか言ってよ!私に、私の為に何か言って……ッ!あの日、お姉ちゃんのお墓の前でしてくれたみたいに、私の欲しい言葉をちょうだいッッッ!乃咲の言葉がッッ、乃咲のことが欲しいの……ッッ!」

 

 見てられない。俺はそう言ってここに立った。

 でも、今はどちらかと言えば聞いてられない、と言うべきかもしれない。絞り出すような言葉が掠れていく。

 

「さっき言ってたじゃん、殺すって!アンタが私を()かせてくれるんでしょっ!!?」

 

 茅野カエデの断末魔。なにより、その仮面を外したがっているのは彼女なんだろう。茅野カエデという復讐者の役を辞めたがっている。でも、それを触手が許してくれない。

 

 もう充分だろう。彼女の本音は聞けた。

 あとは、助けた後にいくらでも付き合おう。愚痴でも、嘆きでも、なんでもいい。悠馬やみんながそうしてくれたみたいに、彼女の独白があるのなら、いくらでも。

 

「————分かった。お望み通り、盛大にイかせてやる」

 

 全ての触手を手の甲で打ち払い、触手を避ける為に上げていたスピードを落とし、わざと大きく足音を立てて、その場に立ち止まり、ゆっくりと彼女に歩み寄る。

 

 ガサリ、ガサリ。念の為に履いて来た超体育着のブーツが雑草や倒れたススキを踏み鳴らし、音を立てる。

 

 俺の足音以外、音はない。

 風も、燃える触手が爆ぜる音も、みんなの声も、茅野の荒い息遣いですら、何処かに置き忘れたように静寂に包まれる。

 

 俺だけ速い訳じゃない。ゾーンからは抜けている。みんなと同じ速度の世界で歩き、茅野に近付く。

 

 距離は10m。左手の脇差に殺気を込めながら歩く。

 

 殺気の込められた脇差に茅野が反応する。ビクりと肩を震わせ、目が俺の左手に落ちるより先、触手が動いた。

 イトナの時もあった、触手が意思を持って動いているような現象。恐らく、宿主である茅野以上に触手が俺の殺意を感じ取ったのだろうが、当然だ。触手を刈り取る為の行動なのだから。

 

 触手が動く。僅かに後退するように付け根が後ろに下がる。真っ直ぐ、こちらを刺し貫く為の予備動作だ。

 それは半ば、茅野というより、触手の防衛本能みたいなものなんだろう。彼女の黒く染まった触手がいざ、こちらに伸びる瞬間を見計らって、俺は左手の脇差をポイっと投げ捨てた。

 

「————ッ!!!?」

 

 まるで育ちの悪い奴が道端に飲み終えた空き缶を投げ捨てるような無造作な動きで、本当にポイっと。

 動き始めていた触手は俺ではなく、脇差に向かって伸びた。殺気の元を追いかけて刺し貫かんとばかりに。

 

 そのタイミングで右手に握っていた打刀へ殺気を入れ直す。両手で握り、上段に構えながら、地面を踏み抜いた。

 ゾーンに再突入したのは、ちょうどその瞬間。投げ捨てた脇差が宙を舞い、超スピードで飛んで来る触手が、そして俺へ視線を向けていた茅野が、世界の全てが止まった。

 

 彼女の目の前に到達すると同時にゾーンから抜ける。

 高速移動によって生じたススキを根本から薙ぎ払う様に吹き荒れる突風が飛び火して燃え上がっていた炎を掻き消し、俺とすれ違う様にして誰もいない地面を抉り、突き刺さった茅野の触手が再び炎を大地に灯す。

 

 ぶわっと、燃え広がるそれが星空の暗闇を照らし、茅野と俺、そして、彼女を上から真っ二つに叩き斬らんと月明かりを反射する刃を一際鋭く、そして冷たく輝かせた。

 

 彼女と目が合う。驚愕と恐怖に彩られた瞳。

 

 わざわざゾーンから抜けたのは、これから彼女にこの刀を振り下ろすのだと認識させる為。自分が死ぬのだと認識させる為だ。ゾーンに入ったまま振り下ろしても、きっと死ぬ感覚を上手く伝えられないだろうから。

 

「————じゃあな、茅野」

 

「………………ぁ」

 

 一言だけ"茅野カエデ"に別れを告げて刀を振り下ろす。

 燃えるススキの爆ぜる音の中で彼女の全力の触手ですら及ばない程の重たく鋭い風切り音がこの場を支配した。

 

 真っ直ぐに放たれた斬撃は、彼女の鼻先0.2ミリを通り過ぎて茅野カエデの意識を断ち切る。

 激しく乱れ、落ち着きのなかった意識の波長は脇差を捨てた段階から大きな感覚を空けて途切れ途切れになり、"死神の鎌"を振るった直後、その一切の拍動を止めた。

 

 刀を下ろす直前、あるいは彼女が意識を手放す寸前。茅野は穏やかに笑った。安心したように微笑み、はにかみ、目元に薄っすら涙を溜めて眠る様に落ちた。

 

「…………………」

 

 間違いなく、彼女を無力化することには成功した。

 その証拠に、触手自体も宿主が、あるいは自分が死んだと思ったのだろう。黒く染まっていたそれは、力を失う様に緑色に戻り、そして灰になるように白く染まった。

 

 片手を刀から離して崩れる"彼女"を抱き留める。

 万が一にも刀に触れて傷付く状況ではなくなったことを確認してから握っていた刀を出来るだけ俺たちから離した場所に置き、以前、千葉や速水さん、イトナにやった様に首の弱々しく動く動脈に手を当て、語り掛ける。

 

「————"あかり"」

 

「ぇ…………?」

 

 声に反応する様に波長が戻る。

 そりゃそうだ。俺が見てるのはあくまで意識の波長。心電図ではない。意識を失ったから波長が消えただけ。実際には死んでいないのだから、声を掛ければ目覚めれば、波長も復活する。

 

 ゆっくりと目が開かれる。そして、今日3度目。また目が合った。今度は瞳の奥は透明で、暗い色はない。

 

 でも……参った。言葉が出てこない。

 

 ヒナに言ったような、彼女を説得する為の言葉が出てこない。名前で呼ぶことはできた。走馬灯を見てまで思い出した甲斐があった。でも、言ってやろうと思ってた言葉が口から出てこない。頭には浮かんでるのに、喉に引っかかってるみたいだ。

 

 なんて言えばいいんだろう。事前に決めていた、名前を呼ぶことで彼女の素顔を垣間見ることはできたのに、セリフが言葉として出力されない。あれだけ助けると息巻いたのに、情けない話だと我がことながら苦笑すら出てこない。

 

 なんて言えばいいのか分からない。

 なんて言えば励ませるのか分からない。

 なんて言えば笑ってくれるのか分からない。

 なんて言えば連れ戻せるのかなんて分からない。

 

 でも、なにも言わないことには始まらない。

 あの日、悠馬に言われたじゃないか。言わなきゃ伝わらないこともある。と顔面にドキツイ一発を喰らいながら。

 

 ……あぁ、そうか。そう言えば良いのか。

 

「あかり。お前はどうして欲しい?」

 

「逝かせて欲しいとか、触手プレイだとか。そう言うんじゃないくて、ただ死にそうな声で叫ぶだけでもなくてさ。こっちに手を伸ばして、言葉で伝えて欲しい。何がしたいのか、何をして欲しいのか。言ってくれなきゃ、分からないこともある」

 

「聞かせて欲しい。お前の声で、言葉で。この前、雪村先生のお墓の前でなんて言い掛けたのか。何を言いたかったのか」

 

「もう一度だけ聞く。雪村あかり。お前はどうして欲しい?」

 

 瞳を覗き込む。真っ直ぐに瞬きをも忘れて。

 じっと実際にそうすることで見える様になる訳でもないけど、心を覗き込む様に。僅かな機微も見逃さないように。

 

 言葉が届いたのか、彼女の瞳が揺れた。

 

 明らかに触手の影響下にあった時とは違う反応。よく見ると、雪村の顔に伸びていた触手の根の様なものはすっかり退き、それらしい痕跡は一つもない。あれだけ暴れいていたのに、首筋から伸びる触手も依然として灰色に燃え尽きたままだ。

 

 雪村が震える手を持ち上げる。力無く、風前の灯火という表現が適していそうな程に弱りきった身体で、震える唇を懸命に動かして掠れたか弱い声で、それでも確かに彼女は言った。ようやく、本心から願いを口で紡いでくれた。

 

「たす、けて……」

 

「分かった。必ず助ける」

 

 刀を離して空いた手で、雪村の手を握る。

 まぁ、そうは言っても、実際に助けるのは俺じゃないんだけどさ。そこは少し格好が付かないよな。

 一言告げて気を失ってしまった雪村を引き続き支えながら、俺は待機していた殺せんせーに声を掛けた。

 

「先生、お願いします」

 

「えぇ。見事な技でした。ここから先は私が根性を見せる番です。何かなんでも障害の一つでも残してたまるものですかっ!完璧に触手を引き剥がして見せますッ!」

 

 ピンセットを握った見慣れた黄色い触手が俺の目にすら止まらない速度で忙しなく動く。風切り音が響く中で雪村の首筋に生えていた触手が徐々に剥がれ始める。

 ゆっくり、ゆっくり浮かび上がる様に、それでいて何処となく引っこ抜かれる校庭の雑草のように長く、そして刺々しい触手の根が露出して肌から離れる様子に安堵を覚えた。

 

 こんなものが首に生えるとかゾッとするし、生えたまま生活する苦痛とかとてもじゃないが想像できない。

 一体、どれだけ苦しかったんだろう?雪村先生の死は彼女にとってどれくらい重い出来事だったのだろう?ここで"それくらい重かったのだろう"と言葉にするのは簡単だ。でも、今度こそ向き合いたい。大切な姉を失った妹としっかり認識した上で、彼女がまた話してくれるなら。

 

 触手が完全に抜かれるまで時間は掛からなかった。

 やはり、神経に癒着した異物を引き剥がすのには相当の神経と体力を使うのだろう。殺せんせーは息を切らしながら、それでも俺やみんなを安心させる様に言った。

 

「これで大丈夫。触手の根は完全に抜き取りました」

 

「カエデちゃんは大丈夫なの?」

 

「もう心配はありません。今回の無茶で相当消耗していますし、しばらくは要安静ですが……後遺症の類はありません」

 

 その一言にみんな息を吐いた。

 張り詰めていた糸がプツっと音を立てて千切れる前に緩んでくれて良かった。そこかしこから安堵が伝わってくる。

 

「乃咲くん。ありがとうございました。また無茶をさせてしまいましたね。今回、彼女の侵食は前回のイトナくんと比にならない程に進んでいました。少しでも手が狂っていたら、後遺症も残さず助けることは出来なかったでしょう」

 

「やっばり、そんなに酷かったのか……?」

 

「イトナくんは直前まで調整を受けていたことが幸いしましたが、茅野さんはメンテナンスもせずに半年以上も過ごしていたことがやはり、強く影響していました。そして、どうやら、触手を使ったのも、今回が初めてではなかった様です。ずっと温存していたのなら、少しは違ったかもしれませんが、何処かで使用したことがあるのでしょう。私の暗殺以外の何処かで」

 

「…………死神が、ちょっかいを出してきた時」

 

「雪村っ!!?」

 

 殺せんせーの推察に耳を傾けていると、雪村が薄っすら目を開けてポツリと言葉を紡ぎ始めた。

 

「……あの時、みんなが危ないと思った。乃咲が危ないって、乃咲が負けたって聞いて、乃咲までいなくなるかもって。それが怖かった。みんなが逃がしてくれてさ。だから私も助けないとって。殺せんせーなら助けてくれるかもって。死神のアジトを出た時、触手を使ったんだ……」

 

「っ、あの時か……」

 

 俺は意識を失っていたからみんなから伝え聞いた話だが。

 茅野がめちゃくちゃ早く助けを呼んでくれたと。

 

 その時、触手を使ってくれたからか。

 

「そうか。ありがとう、俺たちを助けてくれて」

 

「っ……お礼を言わないといけないのは私だよ……。みんなも、殺せんせーも。ごめんなさい。急にこんなことしちゃって」

 

 雪村の言葉にみんながを見合わせた。

 困った様な、仕方なさそうな顔をして言う。

 

「別に謝られる様なことはしてねぇよ。そら心配したけど、結局、俺らに被害はなかったし。むしろ、死神の時に俺らの助けを呼ぶために触手を使って酷くなったってんなら、俺らはむしろお礼言わないとだしよ」

 

「それに、今回は私たち何も出来てないし。一番心配してたのは殺せんせーで、一番頑張ったのは乃咲だからさ。2人に言ってあげて。私たちの方こそ謝んなきゃ。ごめん。ずっと一緒にいたのに何も気付かなかったよ」

 

「それこそみんなは悪くないよ………。私も頭では分かってたつもりなんだ。考えてたつもりだったの。でも、気が付いたら止められなくなっちゃった」

 

 腕の中で溢すように雪村が吐露し始める。

 

「初めは純粋な殺意だった。お姉ちゃんを殺した奴が憎かった………でもさ、殺せんせーと過ごすうちに殺意に確信が持てなくなった。本当に殺したのか、何か私の知らない事情がこの先生にはあるんじゃないのかって」

 

「でも……止まらなかった。もしかしたらって思い始めた頃には触手に宿った殺意は膨れ上がってて、止まることを許さなかった。お姉ちゃんのこと、私のことを知ってる乃咲が殺せんせーとあの事件のこと話してるのを見て疑心暗鬼になって。純粋に心配してくれた人たちを見てなかった。私にはお姉ちゃんしかいなかったのにって酷いこと言っちゃった」

 

「……バカだよね。みんなが純粋に暗殺を楽しんでたのに、私だけ1年間、ただの復讐に費やしちゃった。それが正当なものなのか、確かめもせずに…………。やらかしたなぁ……」

 

 自重する様に言葉を搾り出す雪村。

 どうしたものか、と視線を上に上げると、俺の方をまっすぐ見るヒナがいた。目が合って、俺から視線を外すと雪村に視線を向け、再度俺を見るとウィンクしてくる。

 

 どうやら、俺の恋人はこの状況をなんとかしろと仰せのようだ。俺がコミュ症なのはお前が一番知ってるだろうに。

 でもまぁ、雪村の言うことも分からなくはない。流石に家族を亡くした彼女とは話題の重さが全然違うけど、年単位で力を入れていたのに自分は何をやってるんだろう。と虚しくなる感覚なら身に覚えがある。これを話してみるか。

 

 なんとなく、今、落ち込んでいる雪村を抱えているのが殺せんせーなら、雪村先生ならそうするだろうと思って握っていた手を離し、そのまま彼女の頭の上に置いて懐いてくれる動物たちにそうするように出来るだけ優しく撫でる。

 

「………乃咲?」

 

「べつにいいんじゃないか?1年ちょっと迷走するくらい誰にでもあるって。俺なんて14年も暴走してたんだぞ?周りにそう言われる気がするって気張って、そんなことしなくてもしっかり見てもらってた、愛されていたのに14年暴走して、最後にぶっ倒れて、みんなに泣きギレしながら愚痴ってさ。優しくて暴力に頼らない奴の悠馬に殴られるまで止まらなかった。対して1年で気付いたんだから、お前は利口な方だろ?」

 

「そうかな……?」

 

「きっとな。それに14年間暴走してたけど、そのおかげでヒナやお前、みんな、殺せんせーたちに出会えた。父さんからの期待に応えなきゃって気張ってなければ、俺は椚ヶ丘にいなかった。だから、決して迷走したことも、暴走したこと全くの無意味じゃなかったって今は思ってる」

 

 さっきと同じ様に目を見つめる。

 正面からその奥を覗き込む様に。

 

「お前はどうだ?この1年、復讐の為に使ったって言った。でも本当にそれだけだったか?楽しいと思えたこと、嬉しいと思えたことは何もなくて、ただ怒って悲しくて憎いだけの時間だったのか?お前が居た時間が、お前と過ごした時間が楽しいと思っていたのは俺たちだけだったのか?」

 

「——————それは、違うと思う」

 

「なら、それが答えじゃん。まだお前の憎しみが的外れなモノだったのか、それは分からない。でも、決して無意味な時間じゃなかったってことだ。俺たちにとっても、お前にとっても」

 

 殺せんせーを指差す。

 

「もともと名前もなかったこの人に『殺せんせー』って名前を付けたのはお前だ。みんなも、そして本人もそれを気に入って呼び続けている。雪村が名付けてくれなかったら……この教室での時間は、もっと味気ないモノだったはずだ。きっとな」

 

 渚を指差す。

 

「渚は長い髪がコンプレックスだった。母親からの執着が原因の根深い問題。でも、お前があの髪型を教えてくれたって前に渚が言ってた。アイツは少し楽になったんじゃないか?少なくとも、髪の長さを気にする場面は減った様に思う」

 

 イトナを指差す。

 

「イトナの事件で暴走した触手を壊すことの危険性を叫んだのはかなりリスキーな行動だったはずだ。なんでそんなこと知ってるんだよって聞かれるかもしれない危険があった。それでもお前は俺に忠告してくれた。もしかすると咄嗟だったのかもしれない。でも、お前はその咄嗟の判断で他人を優先できる奴だ」

 

 みんなを、そして俺自身を指差す。

 

「死神の時。お前が危険を承知で、温存しておきたかった筈の触手を使ってくれたから、みんな無事でいられた。俺に至っては、もしかするとアイツに"教育"されて今頃、本当の殺し屋になる未来もあったかもしれない。その可能性を潰して、危険を顧みず、リスクを背負って助けてくれたのはお前だ」

 

 こう言う時、優しく笑いかけてやるべきなのかも知れない。でも、上手く笑うことができない。自分でも深刻そうな顔をしてるであろうことは自覚している。でも、今は開き直って言葉を続けて、俺の考えを伝えるべき時だ。

 

「もしかすると、茅野カエデとしてE組の中で激痛に耐えながら過ごした時間は、お前にとって復讐の為の演技だったのかもしれない。少なくともその時々ではそう言う認識なんだろう。でもな、真相はどうあれ、事実は変わらない」

 

「お前は俺たちを何度も助けてくれた。お前は演技だと言うのかもしれないけど、俺たちにとっての事実は変わらない。だったらそれでいいじゃんか。お前が来てくれたからこの一年があった。救われた奴がいて、楽しいと思えた奴がいた」

 

「いつぞやのコードネームの時、殺せんせーが言っていただろ。名前なんてのは、その人間の足跡に付けられる記号みたいなものだって。俺たちにとって、"茅野カエデ"という足跡は本物で、確かに刻まれたもの。だから、お前は決して、ただやらかして一年を無為にしたってことはないと思う。少なくとも俺はな」

 

 口達者にいろんな言葉が出てくることに驚いた。

 自分で自分の言葉に驚いていると、雪村が俺を見上げたまま問い掛けてくる。何処に向かえばいいのか分からない。そんな印象を感じさせる声音で、恐る恐る。

 

「でも、私はみんなを騙してたよ……?みんなと居るのは楽しかった。好きだった。でも、話してないこと沢山あるよ……」

 

「そんなのこれから教えてくれればいい。俺なんて話してない情報の保有数だけで言えばE組最多だぜ?」

 

「でも、私のは演技で……」

 

「俺たちにとっては演技じゃなかった。それでも演技だったって言い張るなら、教えてくれ。お前のこと。本当のお前は、雪村あかりは何が好きで、何が嫌いなのか。そんなくだらないことでもいいから」

 

「それで…………本当にいいの……?」  

 

「やってみろよ。まずは元気になってからな。その上でまた俺たちと過ごして考えるのでも遅くないだろ?お前が言ってたことじゃんか。役者は自分の役から抜けられないこともあるって」

 

「……覚えて……くれてたの?」

 

「………まぁ、なんだ。上手く言えないけどさ。役から抜けられないって、別に悪いことでもないだろ?俺たちにとっての茅野カエデは巨乳嫌いで、プリンが好きで、割とズバッと容赦ないことを言う奴で。演技が上手くて、周りをサポートするように動ける奴で。決して悪い奴じゃなかった。むしろ、良い奴だった」

 

「………」

 

「だから、"茅野カエデ"について考えてみてさ、やっぱりこんなの私じゃないって思うなら、演技だったってことでサッパリやめて良いと思うし。茅野カエデとしての自分が好きだって思えたのなら、いつの間にか演技じゃなくなってたってことでいつも通り過ごすで良いんじゃないか?どっちにせよ、もう演技をする必要も、演技だと思う必要もなくなるだろ?」

 

「私は………私は、もう、演技しなくていいの……?」

 

「あぁ。痛いなら我慢せずに痛いって言っていい。助けて欲しいなら声を掛けてくれていい。今回、痛感したからな。俺たちは思った以上にお前のこと知らないんだって。だから、これからは教えてくれ。雪村のこと。巨大プリン爆殺作戦の時、電話でしたバケツプリンの約束、まだ果たしてないんだからな」

 

「……うん……うんっ。ありがと……ッ」

 

 我ながら臭いセリフだった。

 あとで布団の中で悶えたくなる奴だ。でも、まぁ、後悔はない。啜り泣き始めた可愛い女子に胸を貸しているのだから。ある種の役得の代償だと割り切ろう。

 

 それはそれとして、あとでヒナにはしっかり謝らないとな。

 別に悪いことはしてない筈だが、それでも、乙女心的に付き合いたての彼氏が別の女子に胸を貸してるのをみるのはあんまり面白い光景ではないだろう。

 

 半ば彼女公認で俺なりに言葉を尽くした結果だ。ヒナもこの状況でとやかく言う子ではないだろうが、だからと言って甘えてばかりいるわけにもいかない。俺が逆の立場だったら、仕方ないと思いつつ、それでも複雑な気持ちになるしな。

 

 今後の動きをなんとなく決める。

 でも、とりあえず雪村は病院に運ばないとだよな。

 

 なんて思った刹那。

 ズパァァァァァン!と鋭い銃声が響いた。

 

 




あとがき

はい、あとがきです。
なんとか2話とも投下できてホッとしてます……。

ちょっと原作よりも例の2人の登場が遅れました。
本当に終盤に入ったんだなぁって感じしますね……。

完結目指してがんばりますっ!

今回もご愛読ありがとうございます!
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