暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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3話 野球部の時間

 

 殺せんせーがハワイから買って来た英字新聞と朝っぱらから格闘していると、唐突に読んでいた新聞が吹き飛ばされるのではないかという突風が2度吹いた。

 風の通り過ぎる音が止んだと同時にポスっと乾いた音が鼓膜を叩く。音のした方へ顔を向けるといつの間にやらグローブを触手に着けた殺せんせーが何かを受け止めた所だった。

 

「おはようございます、杉野くん、渚くん」

 

「…………え!? え、え!?」

 

「2人とも、さ、挨拶は大きな声で!」

 

「お、おはようございます、殺せんせー」

 

 哀れ杉野、どうやら彼の魂の込められた渾身の一投はこの超生物には届かなかったらしい。

 

「ボールに先生の弱点、対先生用BB弾を埋め込むアイディアは素晴らしかった。これならエアガンと違って発砲音もない。けれど、ボールが先生に届くまであまりに暇だったし、直に触ると先生の細胞が溶けてしまうので……ちょっと用具室までグローブを取りに行って来ました」

 

 あっけらかんと言う殺せんせーに絶句する。

 杉野、元野球部でそれなりに自信あっただろうに、この超生物にへし折られただろう。いや、マッハ20に野球のボールを投げて当てることは結構無謀感あるけど、流石に泣いていいと思う。

 

 つか、ずっと隣に居たのに殺せんせーの動きが全く分からなかった。精々、強い風が2回吹いたなくらいしか感じなかったぞ。

 

「殺せるといいですねぇ、卒業までに」

 

「…………」

 

 杉野、完全に落ち込んでるわ。

 

「さ。3人とも朝のホームルームの時間ですよ」

 

 何事もなかった見たいに受け止めたボールをグローブで器用に弄びつつ、殺せんせーは歩き去って行く。

 ところでこの新聞、まだ俺が持ってていいのだろうか? いや、どうせ読めないんだけどさ。

 

 完全に気落ちした杉野と彼をフォローするみたいに励ましの言葉を掛ける渚。2人の後ろを歩きながら渚に倣って一応杉野を励ましておく。

 しかし、杉野の元気は結局、今日は戻らなかった。

 

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「ねぇ、乃咲。そう言えば今朝はどうして殺せんせーと一緒にいたの?」

 

「登校した時にちょうど、殺せんせーがいてさ。挨拶だけしてさっさと教室に入ろうとしたら絡まれて」

 

 放課後、帰り支度をしていると渚が声をかけて来た。どうやら朝、俺と殺せんせーが一緒にいた目新しさに興味を惹かれたらしい。

 しかし、一応はあの時話したことは他言しないと約束したのでざっくり一緒に英字新聞を読むことにした経緯だけを話す。

 

「あー、なるほど。結構簡単に想像できるかも」

 

「だろ?」

 

 渚の中でも殺せんせーは生徒に絡みたがる性分で覚えられてるらしい。俺の言葉に苦笑する彼に適当に相槌を打っておく。

 

「……」

 

「…………」

 

 そして、訪れる無言タイム。本日2度目。

 別に話す話題がない者同士、話題に一時的にでも区切りがつけば互いに無言になるのは必定。

 

「んじゃ、俺はこれで」

 

「え、あ、う、うん」

 

 気不味くなったので会話を切り上げる。

 今朝の殺せんせーとは違い、今回は上手くいった。ここに彼が居ればもっと生徒同士で交流しましょうよ、なんてダル絡みしてくるんだろうが、今は生憎とニューヨークに行ってるので不在だ。

 渚からも返事が来たことだし、さっさと帰ろうと鞄を手にした刹那、今度は正面から磯貝が来た。ため息つきそうな、苦笑を浮かべて。

 

「圭一、気不味くなったら直ぐに逃げる癖、直したほうがいいぞ」

 

 何やら急に失敬なことを言われた。

 

「逃げじゃない。戦略的撤退でもない。話題がないから会話を切っただけ。ごく自然な行為だろ」

 

「自然じゃない、ぜんぜん自然じゃないからな。話題なら殺せんせーって特ダネがある訳だし、今度暗殺の計画を一緒に進めないか、とか会話のタネならそこら中にあるだろ」

 

「……渚、今日は良い天気だな」

 

「え、う、うん」

 

「天気の話ってお前……話題に困ったお見合いじゃないんだから。なんつーか、日を追うごとにコミュ力が低くなってないか、お前」

 

「そうか?」

 

「あぁ、少なくとも一年の頃は友達も多かったろ。今より明るかったし、なんなら自分からアレコレ話振ってたじゃんか」

 

「まあ、その多かったとか言う友達とやらも俺がE組に落ちた途端に大体の奴らが掌返して、差別する側に回ったけどな」

 

「…………確かにそりゃぁ暗くもなるか」

 

 磯貝のポジティブな方向に導こうとする言葉をネガティブなオーラで反転させていると渚が会話に入ってこれないのか、あるいは入ってこないのか、少し意外そうに俺たちを見ていた。

 

「んだよ、渚。黙っちまって」

 

 一応、声をかける。

 

「うんん、なんか意外だなって。割と話してるの見るけど、乃咲と磯貝くん仲良いんだ?」

 

「良くはないぞ」

 

「お前はまーたそんなことを言う……。ちょっとした腐れ縁というのかな。コイツに言わせれば仲は良くないってことだけど、別に悪くもないぞ」

 

「そうなのか?」

 

「そうなんだよ」

 

「じゃあ、そういうことにしておく」

 

「そうしろ」

 

「やっぱり仲いいんだね」

 

 否定するのも面倒なので渚の言葉は聞かなかった事にする。磯貝が一番話してて楽なのは事実だし。

 

「それより2人とも。杉野の奴どうしたんだ? なんか異様に元気ないけど」

 

「すげーな磯貝。よく気付くな」

 

「みてれば気付くだろ、普通。友達だし、クラスメイトなんだからさ」

 

「そういうもんか」

 

 磯貝、良い奴だ。クラスメイト=仲間、仲間=友達みたいな考え方は素直に賞賛に値するだろう。

 少なくとも俺にはない価値観だ。

 

「実は今朝、暗殺に失敗したんだ。それからアイツ、ずっと元気なくてね」

 

「だからって落ち込み過ぎだとは思うけどな。そもそも簡単に殺せれば俺たちみたいな中坊に暗殺依頼なんて来ないだろうし、誰一人として未だに触手の一本も破壊出来てないんだからさ」

 

「あー、そういうことか。確か杉野は元野球部だったな。確かに落ち込むというか、自信失くすよな」

 

 磯貝も納得したらしい。一方で、話してるうちに杉野は帰り支度を済ませて帰ってしまった。

 仮に居たとしてもそっとしてやったほうがいいだろう。自分の得意というか好きな分野であっさりと返り討ちにあったんだからアイデンティティ崩壊寸前なのかもしれないし。

 

 杉野が出て行ったであろう教室の出入り口を何気なく見ていると、見覚えのある黒スーツのガタイの良い男が部下を連れて入って来た。

 

「烏間さん、こんにちは」

 

 学級委員兼優等生筆頭の磯貝が目敏く気付いて会釈すると彼もそれに倣って会釈を返す。

 ああ、なんか烏間さんってカッコいいよな。落ち着いてる雰囲気とか歩いてるだけなのに隙が見当たらない強者感とか、暗殺を依頼した相手とは言え、中坊相手でもしっかり礼を返してくるところとか。

 

「どうだ、奴を殺す糸口は見つかりそうか?」

 

「無理ですよ……烏間さん。アイツ、早すぎます」

 

 磯貝が愚痴るように烏間さんに伝えると渚もコクコクと頷いていた。確かにあのタコは早すぎる。

 思えば、磯貝も渚もこのクラスの中では暗殺に積極的に挑んでいる側だ。俺みたいな暗殺に不真面目な奴よりも殺せんせーの速さを実感しているのだろう。

 

「烏間さん、アイツの放課後の予定知ってる? ニューヨークまでスポーツ観戦だぜ? マッハ20で飛んでくヤツなんて殺せねっスよ」

 

 このクラスのイケメン2トップ、磯貝と双璧を成す、前原がくたびれた様子で投げやりに言う。

 彼もまた暗殺に積極的な生徒の1人だ。

 

「その通り。どんな軍隊にもアイツを撃ち落とすことは不可能だ。だが、君達……正確に言えば椚ヶ丘中学校3年E組の生徒にだけはチャンスがある。何故かヤツは君達の教師だけは欠かさないのだ」

 

 俺たち一人一人の目を見て断言する。チャンスが俺たちにはあるのだと。

 烏間さんは真摯だ。このクラスに落ちて自信喪失している連中は彼の力強く真摯な視線にやる気を出すだろう。なんなら、女子の2、3人は落ちてそうだ。

 

「放っておけば来年の3月には奴は必ず地球を滅ぼす。削り取られた月を見れば分かるだろう、人類は1人たりとも助からない」

 

 ——来年の3月。

 烏間さんと殺せんせーの話を合わせて考えると、俺たちのターゲットは来年の3月が寿命。その時、地球を巻き込んで死ぬかもしれないということ。

 

「奴は生かしておくには危険すぎる! 現状、この教室が奴を殺せる唯一の場所なのだ!」

 

 額に汗を浮かべ、初対面の時と同じように殺せんせーの危険性を説く烏間さん。

 そりゃあ地球滅亡まで実質1年もないのだから慌てるのも当然だろう。しかもよりにもよってそのモンスターがいるのは日本ときた。もはや一国の防衛省が担うには責任が重すぎる。

 烏間さん、苦労人なんだろうなぁ……。

 

 俺たちのような落ちこぼれが地球を救うヒーローになるチャンスを得た。そのチャンスを自分の好きな事でモノにしようと挑み、失敗した。

 そう考えると杉野の落ち込み具合も何となくだが理解してやれるような気がした。

 

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⬛︎

 

 翌日の昼下がり、当番だったので花壇に水やりをしていると、なにやらまだ昨日の暗殺を引き摺ってるらしい杉野と遭遇した。

 校庭に繋がる石階段に腰掛けて俯き、ため息を吐いているその姿は哀愁を誘う。

 

「……」

 

 別に放っておいても良いのだが、一応は同じクラスのよしみだし、愚痴くらいは聞いてやるか。

 

「…………となり、いいか」

 

「乃咲……? 勝手に座れよ」

 

 ジョウロを階段の下に置き、杉野の隣に座る。

 

「……」

 

「…………」

 

 まさかの無言タイム突入。

 

 おっかしいな、漫画とかだと愚痴を聞いて欲しそうな奴の隣に座ると聞きもしないのに勝手に語り始める展開が多いのに。

 これはアレか? 俺からアクション起こした方がいいか? でもどうやって? なんて話しかければいいのん? 自慢じゃないが俺はコミュ障ぞ? 

 

「……はぁ」

 

 ため息を吐く杉野。このため息はどっちだ? 俺との無言の時間が気不味いのか、それとも暗殺失敗の件なのか。どちらにしてもなにか言った方がいいよな? 

 

 しかし、なにか言ってみようとしても口からは何も言葉が出てこない。

 

 諦めて、立ち去ろうと思ったその時、救いの手ならぬ、救いの触手が差し出された。

 

「ボール、磨いておきましたよ。杉野くん」

 

 殺せんせーが俺と杉野の間からハンカチで包んだ、昨日の対先生弾が埋め込まれたボールを差し出す。

 そのタイミングの良さに思わず感心すると同時にバキっ! ゴシャァ! と脆い木原の床を踏み抜くような破壊音が背後から聞こえた。

 

「殺せんせー、何食ってんの、それ」

 

 一足早く振り向いていた杉野が聞く。

 

「昨日ハワイに行った時に買っておいたヤシの実です。食べますか?」

 

「……ヤシの実は普通飲むだろ」

 

「気が合うな、乃咲に同意」

 

 思わず呟くと杉野が同意して来た。

 あれ? 思えば杉野と二言以上言葉を交わすまともな会話したのって今日が初じゃね? 

 

「昨日の暗殺は良い球でしたねぇ」

 

 俺と挟むようにして杉野の隣に殺せんせーも腰を下ろす。

 腰を下ろしたのは良いが、徐に開かれた口から飛び出して来たのは、必殺の一球が届かずに落ち込んでる奴からすると皮肉とも取れる一言だった。

 

「よく言うぜ。掠りもしなかった癖に。でも、まあ、考えてみりゃあ、俺の球速でマッハ20に当てられる訳なかったわ」

 

「君は野球部に?」

 

「前はね」

 

「前は?」

 

 あ、会話続いてる。

 もしかして俺の心配しすぎ? 取り越し苦労なの? 実はそこまで気を使う必要ってないのかな? 

 此方の心配をよそに会話を続ける杉野とせんせー。杉野も話出したことだし、ここは一旦、2人の聞き手に回って空気に徹していよう。

 

E組(うち)は部活禁止なんだ。成績悪くて特別強化クラスに落とされたんだから、とにかく勉強に集中しろってさ」

 

「それはまた、随分な差別ですね」

 

「……でも、別にいいんだ。理屈としては先生たちの言ってることのが正しいし、昨日、見たろ? 俺の球は遅いんだ」

 

「…………」

 

 杉野の球、ねぇ。そんなに遅いのかな? 昨日の投球を見てなかったからさっぱり分からないけど。

 

「遅いからバカスカ打たれまくってさ。対戦相手にも、身内にも。そんでレギュラー降ろされて、それから勉強にもやる気なくして、気が付けばエンドのE組さ」

 

 自虐気味に言って自重する様な笑みを浮かべる杉野。

 また落ち込み始めたぞ、と思っていると殺せんせーと目が合った。

 

「乃咲くん」

 

「はい?」

 

「今の杉野くんの話を聞いて、何か思ったことはありますか?」

 

 聞く相手間違ってるぞ。クラスメイトの名前すら全員分を覚えてないのに、そんな他人の話を聞いてアドバイスをするなんて神業出来るわけ訳ないだろう? 

 そもそも、杉野が野球してるところすら俺は見たことがないのだから、『お前ならやれるって、諦めんなよ』なんて台詞も吐く気にはならないし、一つのことに挫折してやる気を失くす気持ちなんてのは痛いほど理解できる。

 

 けどまあ、話を聞いて思ったことは……。

 

「杉野の持ち球ってストレート?」

 

「え? あぁ。ストレートでメジャーに行った選手が居てさ。その人に憧れてんだ、俺」

 

「ふーん? まあ、そもそも俺は野球自体詳しくないから、別にメジャーどうこうには興味ないけど、ストレートが遅いってだけなら別の球種使えば良いんじゃないの? カーブとか、フォークとか変化球があるんだろ? 野球に変化球は試合に何球まで、みたいな回数制限があるなら話は別だけど」

 

「いや、そんなルールはないけどさ」

 

「なら別にストレートに拘る必要もないんじゃないの? 野球が好き、野球が好きだからメジャーに行った選手に憧れた。その選手に憧れて始めたならまだしも、ただ野球が好きだから強くなりたいってんなら変化球とかに手を出せば良いのになって、話を聞いてて思ったかな」

 

 野球のルールを知らない俺に呆れたような顔をする杉野に今の話を聞いた感想を語る。

 仮に杉野が『俺はストレートしか投げねぇ!』とかそんなプライドを持っているのなら俺の言葉は少々、性急か言葉足らずだったかもしれない。

 

「ヌルフフフ、良い着眼点です。乃咲くん」

 

 しかし、殺せんせーは満足そうに笑っていた。何故だか、やたらと触手をヌルヌル動かしながら。

 

「杉野くん。先生から一つ、アドバイスをあげましょう」

 

「……え?」

 

 次の瞬間、俺は出来れば女の子で見たかった光景を見るハメになった。

 

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⬜︎

 

⬛︎

 

 課題提出の為に殺せんせーを探して校舎の中を右往左往していると、窓の外に異様な光景を見た。

 杉野と殺せんせーが校庭に繋がる石階段に座っていた。別にそれだけなら異様でも何でもない。単純に昨日の暗殺について絡まれてるのだと想像が出来るから。不思議なのはそこにもう1人、このクラスの問題児がいること。

 

 乃咲圭一。素行不良と成績不振でE組へ落ちたと公言して憚らない男子。僕らの学年でE組に落ちた最初の同級生。テストの順位もずっと最下位だとか。

 成績不振が続き、何が原因かは聞いていないが、前のクラスの担任を殴ったことが最後の一押しになってE組に来たと言う話は有名だ。

 その所為か、彼は一部の少数を除いて男女問わずにあからさまではないけれど避けられている。

 

 そんな彼がどうしてあの2人と? 

 乃咲は特別親しい誰かがいる訳ではない。磯貝くんとかとは仲が良さそうだし、実際一緒にいる印象はあるけれど、好き好んで誰かと一緒にいるような印象はこれっぽっちもなかった。

 

 殺せんせーが杉野に絡んでいるのと、乃咲がいたことが気になって靴を履き替えて3人の元に向かうと、窓から覗き見た光景よりも更に異様な事になっていた。

 

「んんんぅぅぅ──! んん──!!」

 

「ヌルフフフ……」

 

「女子で見たかったなぁ、これ」

 

 空高く突き上げられた触手、その触手に絡まれ、蹂躙されて言葉にならない悲鳴を上げる杉野、普段の周りに興味無さそうな姿からは想像できないアブノーマルな趣向の片鱗を見せている乃咲。

 

「なに、この状況……」

 

 困惑の余りにつぶやくと乃咲が僕に気付く。

 

「……渚もありだな」

 

「何の話っ!!?」

 

 乃咲の視線に身の危険を感じた僕は彼から逃れる様に殺せんせーに声をかける。

 

「何やってんだよ、殺せんせー!? 生徒に危害を加えるのは禁止なんじゃなかったの!?」

 

「危害? とんでもない」

 

「いや、一部始終見てた俺からしても危害にしか見えないぞ。杉野の過去話聞いてたら急に杉野の受けで触手プレイが始まって俺は混乱しています」

 

「乃咲くん? 中学生のうちからそんなアブノーマルなプレイを望むのはよろしくないですよ。マンネリを招きます」

 

「いや、マンネリ以前に相手もいないというか、そもそもする気もないし、というか現在進行形で触手プレイしてる奴に言われたかないわ!」

 

 あ、乃咲が声を上げてツッコミ入れた。

 なんかレアな光景。

 

「さてと、杉野くん。アドバイスに戻りましょうか。昨日のピッチングで見せたあの独特なフォームはメジャーに行った有田投手をマネていますね?」

 

「っ!?」

 

 殺せんせーの指摘に触手を噛みちぎろうと試みていた杉野の目が一杯に開かれる。

 図星だったんだろう。彼の身体から触手に対抗しようとしていた力が抜けるのが分かった。

 

「でもね、触手は正直です。彼の肩の筋肉と比べて君の筋肉は配列が悪い。マネをしても彼のような豪速球は投げられないでしょう」

 

「…………っ」

 

「随分とバッサリ言うね、せんせー」

 

「ええ。事実ですから」

 

 淡々と話す殺せんせーと乃咲。そしてはっきりと断言されてしまったことでショックを隠し切れていない杉野。

 腹が立った。友達が傷付けられたから? それもあるかも知れないけど、なによりも殺せんせーから出た決め付けの言葉が頭に来た僕は反射的に怒鳴っていた。

 

「なんで先生にそんな断言が出来るんだよ!? 僕らがE組だから!?」

 

「…………」

 

 E組と言う言葉に俯く杉野。

 僕らにとってE組という肩書きは疎ましいものだった。劣等生の象徴で、レベルが低い事の証明。椚ヶ丘中学校という世界における絶対的な弱者の称号。

 先生からの言葉にE組なんて単語は入っていなかったけれど、言葉の裏に思わず見ようとしてしまった。どうせ、この先生も僕らを落ちこぼれとしてしか見ていないんだ、と。

 

「先生が断言できる理由……それはね、渚くん」

 

 勿体ぶるように触手で服の中を弄ると愛読している英字新聞を僕らに見せつけながら殺せんせーは言った。

 

「昨日、本人に確かめて来ましたから」

 

(((確かめたんならしょうがない!!)))

 

 僕と杉野、そして乃咲の心の声が今までに無いくらいピッタリと重なった気がする。

 

「ついでにサインも貰いましたぁ…………」

 

 新聞の後ろから出て来た色紙には震えて筆跡の安定しない文字で一言、『ふざけんな触手!!!』と書き殴られていた。

 

「その状態でサイン頼んだのか!?」

 

「そりゃあ怒るよ!!?」

 

 殺せんせーへの怒りは何処へやら。更に落ち込んでツッコミどころじゃなくなった杉野に代わってツッコミ入れてる乃咲と連携する。

 乃咲って接してみると思った以上に悪い奴では無いのかもしれない。

 

「そっか、やっぱり才能が違うんだな……」

 

 諦めたように呟く杉野。そんな彼の手首を触手が優しく包んだ。

 

「ええ。確かにキミと有田投手の才能には違いがあるし、差もあります。ですがね、人には向き不向きがあるものです。キミの肩の筋肉は彼に劣る。ですが、肘や手首の柔らかさはキミの方が素晴らしい。鍛えれば彼を大きく上回れるでしょう」

 

「……肘や手首は俺の方が……」

 

「才能の種類は一つじゃない。君たちはそれぞれが自分だけの異なる才能を持っています。それは美的感覚だったり、筋肉のしなやかさ、筋肉の質、継続する努力、並外れた集中力、広い視野や観察力だったりします。キミ達の才能に合った暗殺を探して下さい」

 

 殺せんせーは僕達一人一人と目を合わせると杉野の背中を押すように肩を触手でポンと軽く叩くとそのまま教室の方へと歩き出した。

 

「俺の才能か……」

 

 杉野の顔はさっきまでとは比較できないくらいに明るくなっていた。

 しかし、一方で去ろうとする殺せんせーの背中に乃咲が言葉を投げる。

 

「なあ、殺せんせー。俺たちに合った才能で殺しに来いって言ったけど、アンタにとって最も才能ある殺し屋ってどんな奴?」

 

 乃咲の問いは僕らにとって興味深いものだった。

 もっとも才能のある殺し屋がどんな人物なのか、それは僕らにとっても他人事では無い。目の前のターゲットの賞金は100億円。予想しなかった優秀な殺し屋が雇われて、チャンスを掠め取られる可能性だってゼロじゃない。

 

 殺せんせーは振り返り、顎のあたりを触手でなぞると思案顔で口を開く。

 

「ふむ、そうですね。この問いに対する答えは複数存在します。自分の長所を正しく理解し一つの得意分野を極めた殺し屋は厄介です。そういう手合いは得意分野に置いて比肩する相手がいない程にレベルが高い」

 

「つまりは今、俺たちに言った『才能に合った暗殺』を極めた奴ってことか」

 

「その通り。ですがね、先生はこうも考えています。優れた殺し屋は万に通ずと」

 

「なんでも出来る奴が結局は一番凄いのか」

 

「そこは難しいところです。中途半端に全てを極めようとすると器用貧乏になってしまう。一つに特化した殺し屋と能力比べをしたら劣る部分はあるでしょう。ですが、万に通じた殺し屋の武器はその選択肢の多さにある。それは何故だと思いますか?」

 

 殺せんせーからの問いかけは質問した乃咲だけでなく、僕らにも向けられているのが分かった。

 一瞬、答えようとしたが、答えがまとまらない。けれどこのクラスの問題児の1人はパッと答えてみせた。

 

「暗殺に失敗したとき、切れるカードが多いからだ。素手での暗殺しか極めてない奴と色んな殺し方を知ってる奴が同じ条件で失敗した時。例えば首を絞めて殺そうとした場合、失敗して、なおかつターゲットの走力が自分よりも高ければ前者だとそのまま逃げられてしまう」

 

「ほうほう」

 

「けど、手広く技能を習得してる殺し屋なら咄嗟に取れる行動が増えるし、付け焼き刃でないから成功率も高い。銃を持っているなら射撃、石が落ちてるなら投石。事前準備可能なら、コミュ力が優れてる場合だと考えられるターゲットの逃走経路に仲間を配置したりとか、人の流れをコントロールしたりとか」

 

 僕らが解答に困った問いかけを何でもない見たいにすらすらと答えて見せた乃咲に驚く。

 殺せんせーも満足そうに頷いて顔を朱色に染めると二重丸を顔に浮かべて触手を使って大きな丸を体でやや大袈裟に描いた。

 

「その通り! 慧眼ですね、乃咲くん」

 

「だいぶ考えましたけどね」

 

 謙遜だと思った。事実、彼は問われてからほぼノータイムで答えている。けれど殺せんせーは彼の態度を気に留めず、口を続けて開く。

 

「先生としては皆さんには是非、その領域を目指して欲しい。一番自信のある武器が通用しなかった時に咄嗟に使える第二の刃をね」

 

 先生は一言、『期待していますよ』と残すと今度こそ去って行った。

 

 僕は乃咲と杉野を残して彼を追う。言いたい事と、そもそも課題を提出する為に探していたのだから。

 

「殺せんせー!」

 

 呼び止めるとゆっくりと振り返る。

 いつもの三日月の様な口と黄色い身体が視界に移る。これまではこの顔が何を思っているのか分からなかった。何を考えてるのかも。

 ただ、杉野へのアドバイスを聞いて思った。この人は本校舎の先生たちとは違うんじゃないかって。期待が胸の中で大きくなっていることに気付いた。

 

「もしかして杉野にアドバイスを上げる為にニューヨークに?」

 

「ええ、当然です。先生ですから」

 

 大したことでも無さそうに肯定される。

 

「なんでそこまでしてくれるの? 普通、そこまでしてくれる先生なんていないよ。ましてこれから地球を消滅させる殺せんせーが」

 

 こっちの問い掛けに殺せんせーは少しだけ遠い目をする。そのまま数拍子空けてポツリと彼が教師になった理由を短く溢した。

 

「先生はね、渚くん。ある人との約束を果たす為に先生になりました」

 

 ある人? と気になりはしたが、今は答えてくれないだろう。僕は黙って言葉の続きに耳を傾ける。

 

「確かに私は地球を破壊しますが、その前にキミたちの先生です。キミたち生徒と真剣に向き合うことは……地球の終わりよりも重要なのです」

 

 言葉を終えると同時にいつの間にか採点が終わった課題のノートが殺せんせーの触手に握られていた。

 差し出されたそのノートを受け取り、何となく開いてみると、そこには変な問題が書き出されていた。

 恐らくは水面であろう場所から生えたタコかイカの触手。その先に飾られた一つのリボン。『この触手がいまいち萌えない理由を英語で述べよ』

 

「殺せんせー。採点速度を誇示するのは分かるけど変な問題を書き足すのやめてくんない?」

 

「にゅやぁっ!? ボーナス感あって喜ぶかと思って……!」

 

「むしろペナルティーだよ」

 

 僕の一言に分かりやすく肩を落とすと一瞬で気を取り直し、持っていたボールペンを触手で器用に回すと、そのままペンを口に運んでバリバリと齧り出した。

 

「ゴホン、そんな訳で。キミたちも生徒と暗殺を真剣に楽しんで下さい。まぁ……暗殺の方は無理と決まっていますがねぇ」

 

 ペンを噛み砕いてムシャムシャと食べながら不敵な笑いを浮かべる殺せんせー。

 彼を見て僕は思った。超スピードと万能な触手を備えているこの先生を正直殺せる気がしない。

 殺せる気はしないけど、この人は僕らを真っ直ぐに見てくれて、殺意すらも受け止めてくれそうだ、と。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

 殺せんせーと杉野の触手プレイを見た翌日。俺は何故だか杉野に野球の練習に誘われ、バットを握り締めて校庭に突っ立っていた。

 

「行くぞ、乃咲ぃ!」

 

 砂を蹴り払って書いたピッチャーマウンドの上で元気よく叫ぶ杉野。俺の後ろでしゃがみ、グローブを手にはめて『いつでも良いよ!』と声を出す渚。

 

「せぇい!」

 

 気合いの入った声と共に振られる杉野の腕。そこから放たれたボールは真っ直ぐに飛んで来た。

 真っ直ぐに飛んで来たボールは急激にコースを変え、構えていたバットの下を通り抜けようとする。

 けれど、軌道は見えていたのでバットを振り抜いて球を打ち返す。

 

「す、凄いや2人とも……! 杉野の球は消えるみたいに変化したし、乃咲もよく反応できたね!」

 

「へへ、ストレートが遅くても変化球と混ぜれば球速も誤魔化せるだろうしな。肘と手首を活かした球を習得中よ! まあ、アイツにとっちゃ欠伸が出るような球だろうし、人間に打ち返される様じゃまだまだなんだろうけどさ」

 

 あっけらかんと笑う杉野。

 

「凄いなお前、あんなに落ち込んでたのに」

 

 思わず感想を溢す。

 一昨日、昨日と見てられないレベルで落ち込んでいた癖に先生のアドバイス一つでこの元気とやる気。正直、何が彼をこんな風に立ち直らせたのか。

 

「ま、俺は野球が好きな野球バカだからな。落ち込んでるくらいなら練習して上手くなれる様に頑張った方がらしいって思ったのよ!」

 

 拾い上げたボールを手に握ったグローブに軽く投げつつ、爽やかに笑った杉野が眩しく見えたのは、似たような挫折をした時に俺が立ち直れなかったからだろうか。

 

「乃咲もありがとな。昨日は愚痴聞いてくれようとしてたんだろ?」

 

「え、あ、うん」

 

「意外といい奴だよな、お前。また練習に付き合ってくれよ、野球知らないんだろ? 教えてやっからさ!」

 

 どうやら昨日の俺なりの気遣いは受け止められていたらしい。そうならば柄でもないことをした甲斐があったのかも。

 

「殺せんせー! 殺したいんだけど来てくんない?」

 

「ヌルフフフフフ、凝りませんねぇ」

 

 自分の中の何かが殺せんせーに期待を抱いていることに気付いた。

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