なんとなく深夜投稿!
5時間残業明けに何やってんだろね、本当。
ひとまず投下しまーす!
いつものIFルートはいつも通りの時間に投下しますのでご安心を!
今回のテーマは、もしも乃咲がE組に堕ちなければ!
時系列は、棒倒し編からになります。
かなり長いので流し読んでくださいw
「ギシシシ……これで二度目の校則違反だ。磯貝、これはいよいよ退学ものなんじゃないかい?」
「っ、頼むよ。もう少しで今月必要な分が貯まるんだ。今回だけ見逃してくれないかな」
磯貝くんのバイト先の喫茶店。僕らは彼の冷やかしついでに、そこで勉強会をしていた。
僕らの委員長のマダムキラーぶりとイケメンなサービス精神になんとなくほんわかしていた頃、嵐がやって来た。
A組の幹部とでも言うべき五英傑の4人だ。
意地の悪い笑みを浮かべながら、そんな風に小山くんが問い掛けると、磯貝くんは流石にたじろぐ様子を見せた。
口々に他のメンバーも不安を煽る様な言葉を並べる中、僕らは縮こまる。磯貝くんを庇う言葉も投げるけど、でも、校則違反なのは間違いがないし、本人がそれを一番よくわかっている。
「……なんの騒ぎだ?」
そんな中、喫茶店の入り口に新しい客の姿が現れる。うちの学校では珍しい銀髪で、日本と何処か西洋の国のクォーターという噂を聞いたことがある、椚ヶ丘中学校のトップ2の片割れ。
「乃咲?浅野はどうした」
「デルトラクエストを返しに図書室だ。んで?」
「ほら、そこの可哀想な出来損ない達が目に入るだろう?その中のリーダーが学校の規則を破っていたところに"たまたま"出会したものだから、注意をね」
「………ふーん」
乃咲は値踏みする様に磯貝くんを見た、
「これで2回目だな、磯貝」
「………悪い」
「謝る相手が違う。つーか、お前らも白々しい嘘を吐くなよ。どうせコイツがここでバイトしてるの知ってたんだろ?」
「さてね」
惚けた様子の荒木くんに彼は分かりやすくため息を吐く。
そして磯貝くんと僕らと、ついでに変装してバレない様に縮こまっている殺せんせーを怪訝そうに見ると、一言。
「もっと上手くやれないのか」
予想外の言葉が飛んできた。
「他にもバイトならあるだろ。家の近さとか、時給問題もあるだろうけどよ。せめてチャリでギリギリ通えるかな?くらいの距離にしておけばこんな風に見つかる可能性も低いだろうに」
「うっ………」
「んで、お前らも。冷やかしか知らんけど、こんな大人数で椚ヶ丘の生徒が居たら悪目立ちすんぞ。マジで磯貝のことを思うならバイト先に顔出してやるなよ。『ん?アイツらE組じゃん、あれ?あの店員って磯貝じゃね?』とかなりかねないことを想像できないのか」
「うぅ………」
あまりにも正論だった。
しかし、彼の言葉はそれで止まらず、仲間であるはずの五英傑たちにも向けられた。心底呆れた様子で。
「お前らもだぞ。わざわざ他人の粗探しするくらいならもっとやるべきことがあるだろ」
「いや、そうは言うけどさ!それが生徒会副会長の言葉かい!?明確に規則を破ってるのは彼らだよ!?」
「規則違反は良くない。それは否定しない。否定しないが、家庭の事情もある。お前らだってそれは理解してるだろ。磯貝はいまだに本校舎の生徒から人気がある。その理由は、E組に落ちた理由が家計を少しでも楽にする為という決して本人の問題ではなかったことも大きい。それくらい誰でも知ってるだろ」
「それはそうだけど……」
「規則違反をした。けど、磯貝がそんな前例として処罰されているのに、対策しなかった俺たちにも落ち度がある。家計が苦しい場合、申請を後にしても構わないというルールを提案したり、新聞配りや牛乳配達みたいな仕事は学校に申請すれば、社会勉強の一環で許可を貰えるようにするとかな」
「の、乃咲の言うことも分かるけどよ、でも、流石にE組を庇い過ぎじゃねぇのか?」
「庇ってるんじゃない。事実を並べてるだけだ。荒木、小山、瀬尾、榊原。俺たちは椚ヶ丘中学校のなんだ?」
「生徒会だろ」
「生徒会"役員"な?んで、磯貝を始めとしたそこのE組は?」
「………………椚ヶ丘中学校生徒会の一員だ」
「だろ?椚ヶ丘に所属している生徒は誰であっても生徒会の一員であると定められる以上、俺たちには役員としてルールを守れる、守らせる為の環境を整備する義務ある。そこにA組もE組も関係ない。俺はそう思うが?」
「……はぁ、まいった。降参だよ。うちの副会長様は生真面目だもんな。命拾いしたな、磯貝」
五英傑たちは諦めたように肩を落として喫茶店を出た。
その様子を見送って、乃咲は深々とため息を吐きながら僕の隣に腰掛けた。
「磯貝、アイスコーヒー」
「分かった。今回はサービスさせてくれ」
「そんなの要らん。サービスってどうせお前の給料から天引きすんだろ。そんなことする余裕があんなら一円でも多くお袋さんに渡してやれ。その為に働いてんだろ」
「……分かったよ、サンキューな」
磯貝くんはそう言ってパタパタと店の奥に消えた。
残された僕らは流れるように同じテーブルに着いた乃咲に何を言えばいいのか分からず、フリーズする。
「お前、前から気になってんだけどさ。どうしてE組にそんな肩入れすんの?」
少しして、前原くんがそんな問いかけをするが、聞かれた本人は特に気にすることなく、当たり前のように言った。
「同じ学校の生徒だからだろ」
「いや、成績優秀者に差別される。それがE組だろ?周りもそうだし、先生達もそうじゃん。なのにどうして?」
「どうしてって言われても……興味ないからかな。別に。学校のテストなんて、所詮自分がどの程度理解したのかを数値化したものでしかないだろ。んなもんでマウントを取る時点でどうかしてんだよ。なんでそれが分からないのか」
乃咲圭一。彼は、良い意味でうちの学校の生徒らしくない。
そんな認識は学校中の全員が持っていた。その理由が、彼のこの姿勢にあった。彼にとって、成績は威張るものではない。ただの結果でしかないんだ。
「勉強ってのは他人に威張るためじゃなくて、自分の為にするもんだ。このくらいできるようになったぞ、と誇ることはあっても、お前らその程度かよと威張る為のものじゃない。まぁ、挑んでくる奴を返り討ちにして威張るのは当然の権利だと思うがな」
磯貝くんが持って来たコーヒーを絶妙に顔を顰めながらブラックで飲み、さて、と姿勢を正して僕らを見た。
「俺の気持ちはさっき言った通りだ。磯貝の気持ちは分かるし、事情も納得している。生徒会に落ち度がないわけでもない。乃咲圭一個人としては見逃してやりたいが、ルールはルールだ。それは分かるな?」
「……分かってる」
「の、乃咲くん。せめて少し温情とか……」
「まぁ落ち着け。俺だって一方的に罰するのは違うって思う。でも、そこを説明し出したらキリがないからまずは聞け」
「磯貝の事情を慮れば情状酌量の余地はあるし、生徒会に落ち度がないわけではない。加えて、彼にはE組という垣根を超えた人望がある。だが、ルールはルール。破った奴が悪いのは間違いない。それは当たり前のことだ」
「しかし、何度も言うが情状酌量の余地がある。よって、何かしらの挽回の機会があるべきだと考える」
「そこで提案だ。この学校は強者が尊ばれる。努力の果てに結果を出した奴を軽んじることは校風に反する。簡単に言えば、お前たちがA組に勝負を挑んで勝てば良い」
乃咲は僕らを見た後、磯貝くんに目を向けた。
「テストはまだ先だし、そこまで先延ばしにするのでは示しが付かない。だから、今度の体育祭でA組とE組で勝負するのはどうだ?今年の恒例だろ?」
「……勝負。それに勝てば黙っててくれるってことか?」
「そうだな。約束しよう。俺だって生徒会副会長なんだ。見逃してやりたいが、それだと他の生徒に示しが付かないし、榊原たちを納得させる為の妥協案が欲しい。このままだと罰せられるお前と体裁を保ちたい俺でこの提案はwin-winだろ。約束は守るからこれで納得しろ。種目は棒倒しでどうだ?」
彼の提案に磯貝くんが頷くより先に前原くんが身を乗り出して思いっきり頷いた。
「それで構わねぇ!いいよな、みんな!」
「うん、僕は全然いいよ」
「俺も。磯貝がいなくなるのは嫌だしな」
磯貝くん以外の男子全員が頷くと、乃咲は静かに大人びた笑みを浮かべて頷き返し、コーヒーを一気に飲み干すと顔を思いっきり顰めてからゆっくりと立ち上がった。
「んじゃ決まりだな。決着がつくまで今回の件は俺が預かる。……けど、本当に頼むぜ磯貝。フォローすんのにも限度があるからな」
「ごめん。ありがとう。本当に助かる」
乃咲は僕らを軽く見まわし、何故か茅野をなんとなく見つめて首を傾げたあと、僕らの後ろに座る殺せんせーに再び怪訝な顔を向けて、磯貝くんから自分の分の伝票を受け取ったあと会計をして、そのまま出て行った。
窓から、彼が完全にこの店から離れたのを見送ると、僕らはゆっくりと姿勢を崩して思わず息を吐いた。
「つ、疲れたぁ」
「あぁ……。乃咲って独特の雰囲気あるよな」
「あはは、ちょっと分かるかも。浅野くんとか理事長とは別の強者感があるって言うか。五英傑が言葉通り英傑なら、乃咲くんは傑物って感じがします」
傑物。実際、彼はそう呼ばれてる。
この学校で唯一無二の立ち位置を築いてる。
「A組でこの学校の主席の1人でありながら、E組を差別をしない。E組と言う弱者を見下して差別する権利を持ちながら、アイツはそれを行使しない。でも、自分を強者だと思ってない訳じゃない。かと言って八方美人でもない」
「そういえば、うちらの校舎ってエアコンないから冬はストーブじゃん?もともと本校舎からE組の生徒が使う分の灯油を自分で運ぶってルールだったの、乃咲くんが先生方を説き伏せて改訂したんじゃなかった?」
「してたな。俺、たまたまその時に職員室にいたから聞いてたけどさ。『そりゃそうだ』って思わず納得することしか言ってなかったぞ」
「それで実際にE組のしんどい行事ってか恒例行事が一つ減ったってことで、去年のE組の先輩たちにめちゃくちゃ感謝されてたのよね。卒業式の日って卒業生を見送る花道を作るじゃない?あの時に1人1人に握手求められてた」
「この学校では異質よね。あれで理事長先生に目をつけられないのかな。E組差別ってあの人の推奨してることでしょ?」
「目をつけられてるって言うか、目を掛けられるな。職員室に意見を伝えに行くと理事長が出て来てそのままディスカッションになる。考え方とか伝え方とか諸々のアドバイスを貰ってるらしいんだ。どうにも、『強者が自ら差別しない道を選ぶのであれば、それを否定する道理はこの学校にはない』ってことで」
「……規格外すぎるだろ。成績優秀、スポーツ万能ってだけで学生の羨ましい能力ばっかりなのに容姿も普通より断然上だし、その上で強者としてのプライドと考え方を持つていて、あの理事長にも認められてるとか」
「…………実は、バイトがバレたの3回目なんだ」
「はぁ!?」
「1回目でE組に落ちるのが確定したあと、母さんが体調崩して、家計が苦しくてさ。黙ってバイトしてたんだけど、その時に乃咲にバレた。でも、ナイショにしてくれてたんだ。アイツ」
「……くっそ人情家じゃねぇか」
「………今年から全校集会でプリントが配られる時、E組も貰えるようになったじゃない?実はその辺も乃咲くんが動いてくれたんだってさ。本校舎の子が教えてくれたんだけどね」
「実は先生、彼がここに来た時からずっと意識を向けられていたのですが………もしかして皆さんの関係者だと気づかれていたりしますかねぇ……」
みんながそれぞれ持っていた彼の裏話が出てくるたびに、少し申し訳なくなると同時、確かにE組に肩入れしてくれてるように思えて嬉しく思う。けど、同じくらいなんで彼はそこまでE組の為に動いてくれるんだろうと不思議に思った。
「そっか、彼が"乃咲くん"かぁ」
ただ、今年から転校して来た茅野だけが話について来れてないのか、乃咲がいなくなった方向を物憂げに見つめていた。
「棒倒しか。俺も防衛学校で何度かやったことがあるが、あれは性質上、野戦に近い。一人一人に役割を持たせること、個人個人の能力も大切だが、チームワークも必要だ。今日まで教えた暗殺の技術も応用できるだろうが、土俵が違う」
「先生も折角なので戦術を立てる手助けになればと、今年の頭のものではありますが、体力測定の結果を取り寄せてみました。これで相手の分析ができれば、と思いましたが……数値だけで見てもかなりの難敵揃いですねぇ」
「俺も見させて貰ったが、レベルが高い。その一言に尽きる。特に浅野くん、瀬尾くん、そして一番飛び抜けてるのは乃咲くんだ。言葉を選ばず言えばバケモノと言える。春から暗殺の訓練を始めて、キミたちの身体能力は記録してるが……今の段階ですら、記録上は彼の記録を超えられるものはいない」
「そ、そんなにエグい記録なんすか……?」
「棒倒しに使えそうな項目だけでも、50m走、5.8秒。シャトルラン141回。反復横跳び65回。この時点で走力と持久力と俊敏性は世界トップのアスリートレベルだ。中学生が出して良い記録ではない。本音を言えば、この教室にいてくれなかったことが心底惜しいと感じてしまった」
烏間先生がこれまでないレベルで褒めちぎってる。僕らもその脅威の記録に戦慄し、唯一の陸上経験者の木村くんは顔を青くしていた。アイツ、生徒会として委員会には入ってるけど、部活はしてない帰宅部だよな?と。
「……強いぞ、乃咲は」
竹林くんが言う。僕らの中でもともとA組にいた磯貝くんと片岡さんは重々しく頷いた。
「浅野くんと乃咲の2トップが揃ってるだけで厄介だが、去年の騎馬戦は彼の采配で勝ったし、棒倒しでも圧巻だった。前衛で乃咲が指示を飛ばしながら、後方で浅野くんが守りとサポートの指示を飛ばす。手強いどころの騒ぎじゃない」
「そして、今挙げた3人以外も中学生としては高水準だ。今年に入ってからずっと訓練を続けて来たキミたちの方が記録として上回る部分もあるだろうが、彼らは君たちが部活を禁止されてる間も練習をして来たし、暗殺の訓練をしている間にもどの部活も全国大会へ出場できる程のレベルのトレーニングを続けていた。その上で人数はA組が上ときた。はっきり言って、真っ向勝負は分が悪いと言わざるを得ない」
「そして人数差もあります。厳しい勝負になりすねぇ」
「……でも、崩せない訳じゃないはずだ」
「うん……!僕らだって訓練して来たんだし、きっと出来るよ!」
「君たちからはE組だから無理という構え方がなくなりましたねぇ。とても良い方に成長してくれています。さて、それで作戦会議と行きましょう」
「なるほど。E組との勝負か」
「あぁ。無難な所だろ?今年は何かとE組との勝負することが多いし、お前らとしても少しは溜飲が下がるんじゃないか?」
「ふふっ……乃咲くんも容赦ないことを提案するね」
圭一が持ち帰ってきた情報を五英傑で集まって共有する。無論、主要メンバーが我々というだけで、クラスメイトたちもしっかりと聴いている。まぁ、なんで勝負することになったのかは、ぼかしているけど。
別にそこ自体はどうでもいいだろう。A組としては、今年は散々彼らにしてやられてきた。少しは仕返しをしないとフラストレーションも溜まる一方だろうし、そういう意味でも、A組の面目躍如としても丁度いい機会だ。
「さて、実は圭一から連絡を貰った時点で、海外の提携校にいる友達に声を掛けて見たんだ。たまたま、偶然、体育祭の少し後くらいまで、我が椚ヶ丘学園の3年A組に留学することとなった4人をそろそろ紹介しておこう」
僕は廊下に待機させていた4人に声を掛ける。
すると、いつ見ても日本人の目からしたら同い年とは思えないくらい体格の良い4人のムキムキマッチョマンが入ってくる。
「左から、サンヒュク、カミーユ、ジョゼ、ケヴィンだ」
『ふぅ……日本の教室はせめぇな』
『全くだ。それに、浅野の学友と聞いたから期待していたのに、大した特徴もなさそうなチビばかりじゃないか』
カミーユとケヴィンが好き勝手に言う。
このクラスにいる者は成績優秀者。なので、彼らが何を言ってるのかくらいは聞き取れるし、理解できるから、その言い様に面白くなさそうな顔をする。
すると、その反応が面白かったのか、ますます彼らは意地の悪い顔を浮かべる。まぁ、彼らにこう言うところがあるのは分かっていた。だからこそ、鬼札とでも言うべき男を指差す。
『そういうな。ほら、あそこでキミらを値踏みしてる銀髪がいるだろ。アイツはこのクラスでトップの実力者だ。正直、単純な武力では僕に勝ち目はない』
4人の視線とクラスメイトの目が圭一に向く。
当の本人はきょとんとしているが、僕の意図を察したのか、みんなに机を後ろに下げさせる。
『なんだ?やる気か?話が早い奴じゃねぇか』
やる気満々のケヴィン。圭一は冷笑を浮かべた。
「圭一、やりすぎるなよ」
「時と場合によるな」
僕の言葉に鼻を鳴らすと、前に出ると、驚くほど流暢な英語を紡ぐと、流れるように彼らを挑発した。
『乃咲圭一だ。それ以外に特に言うことはない。さっさと始めよう。強いんだろ?"それなり"に。かかって来いよ、お前ら全員で。それくらいがちょうど良い』
その一言にケヴィン含む4人が青筋を立てた。
あー、これはダメな奴だ。せっかく呼び寄せた手駒だ。大事にしたいところだが……まぁ、上下関係は大切か。
それぞれのタイミングで殴り掛かる4人。
圭一はと言えば、迫り来る巨漢たちを前に表情一つ変えず、流れ作業のように全員を捩じ伏せた。
白状すると、僕ですら何が起きているのか理解できない。ただ一つ分かるのは、この場の全員が束になっても圭一には勝てないだろうと言うことだけ。僕を含めた五英傑やケヴィンたち、A組の生徒全員でも相手にならないだろう。
その証拠に、ケヴィンたちは倒れていた。
本人たちすら、何をされたのか理解できていない様子で。
『まだやるか?やれるよな?やるよな?ほら、さっさと立て。まだ準備運動にすらなってないぞ』
彼らを見下す圭一から繰り出される煽り。彼ら4人は悔しそうな顔をするが、実力差を悟ったのだろう。
『……悪かった。降参だ。お前に従う』
一言、そう告げると両手を挙げた。
「……前からいろんな方面で強い強いとは思ってたけど、まさか喧嘩もここまでとはね」
蓮が4人に同情的な視線を向けながら言う。
「圭一は、モデルケースなんだ。理事長のな」
「……どう言うことだい?この学校の仕組みが生んだ強者という意味では、キミがそれに該当するんじゃ?」
「そうだ。僕はこの学校の仕組みの頂点という意味でのモデルケース。この学校に入学し、努力を怠らず、才能を磨き続ければこうなれるというサンプルだ」
「そうだよね……」
「だが、圭一はこの学校の仕組みではなく、浅野學峯という教師の思う強者のモデルケースだ。ニュアンスとしては、僕は椚ヶ丘学園の看板を背負った最高品質のサンプル。圭一は理事長が趣味に走って突き詰めた最高傑作と言ったところだな」
「つまり、量産化を目指した完成形が浅野くん。生産性度外視のワンオフが乃咲くんかい?」
「そういうことだ」
蓮の表現は的を射ていた。
まさにそうだろう。あまり好ましい例えではないが、この学校の仕組みを蠱毒と表現するなら、僕は最後まで生き残った1匹。つまり、数ある壺の中の一つで頂点に立った者。別のツボでは同じく最後の1匹が残っているだろうし、そういう意味で時間と数を集めれば量産自体はできる最高品質。
一方で圭一は、カゴの中で研究されながら育てられてるサンプル。どのエサを与えれば強い毒を作れるのか、どんな環境になら耐えられるのか、ストレスによって性質は変わるのか。そんな思い思いの実験を受けて完成した、最高傑作。
言ってしまえば、こんな感じか。
僕は『みんなに目指して欲しい強者』
圭一は『理事長が考えた最強の生徒』
あるいは、僕と圭一に施した教育を取り入れて、いずれは僕ら2人の性質を持った生徒を作ろうとしてるのかもしれない。
『ちっ……見下しやがって』
小さく呟くカミーユ。
だが、その評価は違う。
圭一は相手を見下しもしないし、見上げることもしない。
強いて言うなら、俯瞰してる。
自分の視点を一旦外し、相手を俯瞰することで観察し、能力を考察し、人格を考慮し、自分の力と比較して、優っている部分、劣っている部分を理解し、相応の態度を取っているだけだ。父さんには敬意を、僕には対等に、他には相手によって態度を合わせる。弱気の奴には少し強引に、強気な奴には同じく強気に、強引な奴には少し抑え気味に。
相手を評価して、自分との優劣を考察するという意味では品定めをしている。それ自体、見下すという行為かもしれないが、アイツには油断がない。だからこその、俯瞰という表現だ。油断がないのであれば、それは見下すとは言わない。
『不満があるならいつでも来い。その無駄にデカい図体と分不相応の鼻っ柱を何度でもへし折ってやる』
僕ら五英傑は、実力を誇り、綺麗事を並べ、皆を導く。
圭一は、実力で語り、現実を教え、先頭を走る。
故に、僕らが英傑と呼ばれる中、彼は傑物と語られる。
『ッッ……悪かったよ。そんな睨むなって』
『分かったならいい。ほら、立てるか』
カミーユに手を差し伸べる圭一。
手を握った瞬間、カミーユは顔を強張らせる。その直後、手を差し伸べた圭一は特に腰を落とすでも、踏ん張るでもなく、無造作に手を引っ張って一回り体格差がある彼をぐいん!と強引に立ち上がらせた。
『…………居るもんだなぁ、化け物ってのは』
『あぁ。浅野も化け物だが、あの銀髪はそれ以上だ。少なくともフィジカルだけなら世界取れるだろ』
フィジカルだけなら、か。
それだけなら可愛げがあるんだがなぁ。
みんなの士気を上げるためにいつも通りの演説染みたトークショーをしてから、その場は一旦解散させる。
五英傑も僕以外を帰らせ、圭一と机を挟んで適当なノートへ今後の作戦を殴り書きながら話し合う。
「さて、圭一。人払いは済ませたぞ。聞かせて貰おうじゃないか。どうせお前のことだ。E組に勝負を吹っ掛けたのは何も磯貝を庇ったり、体裁を保つ為だけってわけじゃないんだろ?」
「察しがいいな。ほら、前回の期末テストでは引き分けだったろ?A組vsE組の勝負は全校から注目された。だからA組としては自分たちと引き分けたE組に敬意を払って普久間島旅行をプレゼントし、こちらからは何も要求しないという形で余裕を見せることで一旦、事態の終息を図った」
「そうだな。負けなかったが、言い換えれば負けなかっただけだ。引き分けはA組からしたら負けたも同然。あの機転は理事長も次善策ではあったが、最善だと褒めていた。それで、再びA組vsE組を仕向けた理由は……その時の借りを返すってことか」
「それもある。だが、今回の俺の筋書きは本質で言えば、貸しを返して貰うってとこか」
「………どう言う意味だ?」
「今回、俺たちは勝ってもE組の要求を飲む。ぶっちゃけ、磯貝のバイトがバレる、処罰される、チクったのはA組です〜とか、本校舎にいるアイツを慕ってる奴らからの株が大暴落だ。百害って程じゃないが、一利ないのが現実だろ」
「…………」
「あとでE組は今回の対戦の内容を送る。内容はこうだ。【棒倒しで勝負を行い、勝者は敗者へなんでも一つ、命令をする権利を得る。ただし、敗者は命令を拒否する権利を持つ。もし、命令を拒否した場合、勝者は違う内容で再び命令し、敗者が内容を受諾するまで、命令を繰り返すものとする】」
「……なるほど。なんとなく読めたぞ」
圭一。やっぱりこいつは恐ろしい。
「お前、さては前回の勝負で僕が提案した契約の意図に気付いているな?」
「当たり前だろ。あんな嫌がらせみたいな要求の中に紛れてた『E組はA組に隠し事をしてはならない』なんて一文。あれだけ妙に浮いていた。お前なら、もっとE組から搾り取る策を出せるって確信がある中であんなの見せられたらな。疑問の一つでも出てくるさ。流石にな」
やっぱりよく見ている。
コイツがフィジカルだけだって?とんでもない。
「僕らからの要求は『今年のE組で隠していることを話せ』だな。アイツらが何かを隠してるのは間違いない。こちらが勝ってもE組の要求を飲むのは、貸しを作るため。『ひみつは話せない、でも、借りがある中で嘘も吐きにくい』なんて状況に命令拒否できると言う素敵な権利をプレゼントってことか」
「あぁ。秘密があるんだろう?って質問に答えられません、なんて解答をしたら『秘密はあります』って答えるようなもんだ。E組が嘘を吐く可能性も低い。お前や他の五英傑が相手ならまだしも、俺が磯貝に言えば話は別だ。過去に個人的に貸しを作ってるし、今回の件の仲裁、そしてアイツ個人の事情を慮っての譲歩。これに対して嘘を吐く不誠実な奴じゃない。というか、アイツはそれができないタイプの人種だ」
「つくづく敵に回したくない奴だよ、お前は」
「お褒めに預かり光栄だな」
「んで?学秀的に問題はないか?この流れで」
「構わない。秘密があるという秘密が暴ける。ほぼ確信してるのと、間違いないって確信してるのは雲泥の差だ。そっちはどうなんだ?僕の目的はこれで達成できるから、あとはお前の好きにしていいぞ?」
「なら、そうさせて貰うわ。実は気になってることがあるんだ」
けらけらと笑うこの学校のもう一人の頂点。
1年生の頃、僕に張り合ってきた唯一の同級生。一度、テスト前日に過労で倒れ、そのまま彼は翌日のテストを
この学校では公認欠席以外ではどんな事情があろうとも、テストを受けなかった者にはE組行きという判決が下される。
当然、圭一にもそれは適応されたが、退院して来た彼は再テストで満点を取り、その後もひたすらに満点を取り続け、中学3年間、欠席してしまった唯一のテストを除いてずっと頂点に立ち続け、理事長から特例でE組行きを撤回された。
乃咲圭一は、僕らの学年で唯一、1年の頃からE組行きが決定した生徒であると同時。この学校では類を見ない、隔離校舎に移る前にE組行きを学校に取消させた生徒でもあった。
『勉強を教えて欲しい』
再テストの後、圭一は僕に頭を下げて来た。
これまで張り合ってきた癖に、どんな風の吹き回しだと思った。正直に言えば、張り合いがなくなった様に思えて少しガッカリもした。けれど、張り合っていた僕に頭を下げ、こちらが教えたことを確実に覚え、自分のものにして、テストの結果では常に僕に並び続ける姿を見て、評価を改めた。
僕にとって、初めてのライバルと呼べる相手だった。
『強者ってなんだろうか』
『は?』
『いや、理事長もお前もよくそう言うだろ?それって結局、どんな意味合いなんだ?実力がある奴か、負けない奴か、目的を果たせる奴か。ちょっと理事長室行ってみるか』
引き止める僕を引き摺りながら、アイツは本当に理事長室に殴り込み、珍しく面食らった様子の父さんに根掘り葉掘り強者とは何なのかと言う質問をし、それが琴線に触れたのか、父さんは超絶乗り気で圭一に"教育"を施した。
『いや、この学校の理事を務めてかなり経つが、あんな風に私の教育理念を生徒に聞かれたのは初めてだったものでね。つい嬉しくなって年甲斐もなくはしゃいでしまった。それにあの子自身も素質がある。浅野くん、あんなライバルはそう現れるものじゃない。大切にしなさい』
父さんが手放しに褒める奴は初めて見た。
そして、実際にあの人の言う通りだった。
メキメキと頭角を表し、周りに推される形で生徒会に入り、教師陣から勧められて会長に立候補し、僕と争い、結果的に超僅差で僕が勝ったが、本当に時の運次第では、彼が生徒会長だったかもしれない。
それからも圭一は独自の立ち位置を築いた。
E組差別はある種、本校舎の生徒にとっては同調圧力の様なものが働いている。そんな中でも、アイツは特にそれに乗っかることはなく、ただやりたくないからという理由で区別はしても差別はしなかった。
乃咲圭一は、僕にとってライバルであると同時、尊敬できる数少ない親友とも言える相手になっていた。
「さて、じゃあ作戦会議と行こうじゃないか。とりあえず思いついたことを挙げていこう。何か考えてることとかあるか?」
「まず一つ、さっきの留学生たちだが……そもそもE組とA組には人数差がある。そんな中であのムキムキマッチョマンを入れると……外野から流石に不平等感を見られるだろう」
「それは否定できないな」
「人材力だって立派な強さだが、それを理解できる奴の方が少ない。平等感、公平感は大事だ。だから、せめて、もともとのA組の人数に調整するのを提案する」
「無難だな。つまり、4人抜くってことか」
「あぁ。留学生4人は"たまたま"体育祭の前後に来た。だから、ぜひ彼らに参加して貰いたい。だが、もともとの人数差がある上、更に人が増えるのは不平等。なので、うちのクラスからは有志4人を参加させません。口実としてはこんなもんか」
「人選はどうする?僕の方で決めていいか?」
「いや、差し支えなければ指名したい」
「分かった。とりあえず名前をあげてくれ」
「鹿島、佐田、大沼、高沢だ」
これまた何とも言えないメンツを指名してきたな。
僕は意外な人選に首を捻った。
「特に不満はないが……絶妙に拒否も肯定もしづらいな。彼らより馬力が弱い奴、体格が小さい奴、体力が少ない奴はいるだろう?なんでその面子なんだ?」
「別に棒倒しには参加させないが、作戦自体には参加させられない訳じゃない。将棋で例えるなら、アイツらは持ち駒だ。勝負の前から駒台に乗ってはいるがな」
「だが、お前の例えに乗っかるなら、アイツらは歩兵だぞ?準備するならもっといい駒があるんじゃないか?」
「歩兵だって大事に使えば金に成る。使いようさ。アイツらの所属してた委員会やら部活を言ってみ?」
「保健委員が2名、放送部が1名、写真部が1名…………まさか、お前、わざとE組に吹っ飛ばざれて保健委員に回収されてフィールドから離脱、放送部からマイクを受け取り、卒業文集に使う写真の撮影で当日は屋上に立ち入りが許可される写真部に乗っかって、屋上から指揮するつもりか?」
「ルールにダメって書いてないからね!是非もないよね!」
「まじかコイツ」
「それに、E組のことだ。球技大会で野球部にとまともにやり合っても勝てないからってバントを習得してくる奴らだぞ。ルールで縛られてないからと、好き勝手な戦術を使ってくるに決まってる。例えば、それこそ、『どこからどこまでがフィールドなのか』とか『フィールドから出たら失格になる』とか。ルールには一言も書いてないし。仕方ない」
「……ないとは言えないな。確かに」
指摘されると確かに、なんて納得してしまう。
なるほど、そういう可能性は低くないどころか、球技大会を例に出されてしまうと、十分にあり得る。
E組の奇策はルールの範疇(ルールで縛られてないだけ)で立ち向かってくる印象だ。そう言う意味で、E組は怖い。
「まぁ、うちらには重戦車が4人もいるしな。手始めに向かってくる奴をコート手前にぶっ飛ばしてやれば、間違いなくE組はそのまま観客に紛れて、俺たちの隙を窺い、向かってくるだろう」
「E組に先にフィールド外の戦術を使わせることで、僕らも、似た様な戦術を使う建前にできるか。理事長のやり方だな」
「まさに球技大会のな。E組がバントをしてくる。なら、手本を見せると言う意味で、こちらが使っても問題ないってな」
「その上、下準備もばっちりだと。『お前らの作戦は読んでるぞ、お前らが使ってくるなら、こっちはその作戦の上位互換を使って封殺してやる』って圧を感じるな」
「まぁ、アイツらが使ってこないなら、俺も適当なタイミングで復帰するだけでいい。十中八九、九分九厘、使ってくると思うけどな。つーか、断言する」
E組の連中も不憫なことだ。
裏をかいたと思ったら、それすら予測され、上から叩き落とす作戦を立てられているだなんて思っていないだろう。
僕が彼らだったらと思うとゾッとする。
出るわ出るわ。E組をへし折る為の策がポンポンと。
E組に対して差別はしないが、それはそれとして、やるからには徹底的にやる。ある程度は公平で、公正だが、容赦はしない。人情は考慮するが、実力を偽ることはしない。作戦で必要だからと加減をすることはあっても、最終的な作戦の完成度を上げる為に手は抜かない。
今回の磯貝の件もそうだ。
圭一は相手の事情も慮るし、こちらの落ち度も見つける。ルールはルール。それを破った奴が悪いと言い放てる場面でも、それをしないという意味で、圭一は確かに人情家だ。
だが、同時にこの作戦会議で垣間見える冷酷さやクレバーな部分も持ち合わせている。やるからには勝つ。手を尽くす。相手の事情を慮って負けてやるなんてことは絶対にしない。
そんなことはA組のメンバーなら、差はあれど、ある程度は理解している。その上で、圭一を慕うものは少なくない。
クラスメイトはもちろん、彼には割と雑に扱われている他の五英傑もそうだ。
他人を俯瞰して正確な評価をする。その上でさっき、ポロリと溢した『歩兵も大事に使えば金に成る』という精神性が人望を集める所以だろう。
圭一は、支配者として君臨したい僕にとってはある意味、邪魔な存在だ。アイツもまた、自分の派閥を作ろうと思えば作れてしまうし、本人も僕以上の能力を持っている。
対等なライバルであると同時に、目の上のたんこぶ、目標達成の為には最大の障害になる相手。配下に置こうにも、さっきも言った、本人の能力と派閥を作れてしまうだけの人望は、自分の下には置きたくない資質だ。
だが、そんな対等な関係。対等でいたい、いて欲しいと思う反面、配下に置きたくないとは思いつつ、これほどの男を自分の右腕だと言えたのなら、どれだけ安堵と優越感と信頼感を抱けるだろう、なんて思うこともある。
将来的に、シリコンバレー辺りで起業したいと思っている僕としては、是非、確保しておきたい人材だった。自分を支える参謀として、信頼できる右腕として、同時に僕自身が慢心しない為の抑止力として欲しい。
僕がそんなことを思っていると知ってか、知らずか、圭一との作戦会議は続く。もはや、勝利は予定調和と言っても過言ではなかった。
「おいおい、なんだよ、あの筋肉ダルマの群れは!?」
「明らかに日本人じゃないだろ……」
「留学生だとさ」
「それ、アリなのか……!?」
「ルール上一切問題がない上、4人入った分、4人抜くってことで、もともとのうちらとの人数差は変動させてない。一番無難で、文句も言いづらいやり方だね」
迎えた棒倒し当日。僕らは、コートに並んだA組を見て、唖然としていた。4人の外国人が攻守に2人ずつ。そして、最前線にはその外国人2人と乃咲の姿があった。
「……お前ら、あの3人止める自身ある?」
「ムリだろ……!乃咲だけならともかく、あんな筋肉ゴリラ2人も!?」
「つーか、その筋肉ゴリラより乃咲の方がよっぽどヤバいみたいな噂も聞いたぞ。A組で留学生が初日から乃咲に挑んで軽く全滅させられたとかなんとか………」
前原くんが引き攣った顔で言う。
何処から仕入れた情報なのか、耳を疑いたくなる話だと思った。流石にA組が僕らを混乱させてるために流してる噂じゃないのかな。いくらなんでも無理でしょ……。
「どうする?人数かければ止められるだろうけど、止めてる間に横から攻められたらアウトだぞ、俺ら、やっぱり残った方がいいんじゃないのか?」
「いや、作戦は変えない。このままやろう。どっちにしろ、正面のあの布陣を正攻法で突破できるとは思えない」
「……しゃーねぇ!いくぞ、吉田!」
「おうっ……!」
吉田くんと村松くんが雄叫びを上げながら特攻する。
そんな2人を歯牙にも掛けず、留学生の1人は彼らを観客席の方へ軽々と吹き飛ばした。
「ッー!あれ、絶対に痛いぞ!?」
「だろうね。いくら受け身を取り慣れてるとは言え、あんまり何度も使いたい手じゃないね」
絶対に痛い吹っ飛び方をした彼らを心配しているのも束の間。2人を吹き飛ばした本人が英語で語り掛けてくる。
『おうチビども。あの勇気ある2人の仇を取ろうとか思わないのか?』
『悪いけど、そんな暇なくてね。そっちが向かってくるなら話は別だけど?』
カルマくんが挑発する。
「……どうする?このままだとあの1人だけ突っ込んでくる。せめて、棒の下敷きにして固めるなら、2人は連れて行きたい」
「しゃーない。アイツは弾き返そう。寺坂、カルマ。やれるか?」
「へっ、おもしれぇ。やってやんよ……!」
「ま、実際に留学生がどの程度の身体能力なのか身をもって体験するのも勝つ為には仕方ないか」
カルマくんと寺坂くんが前に出る。
『てめぇら2人だな?よっしゃ……いくぜ……!!』
巨体がスタートを切る。
身体の大きさの割にというか、留学生は結構早い。腰を落とし、正面から迎え打った2人がジリジリと押される。
けど、すごい。カルマくんたちも負けてない。2対1でも互角の押し合いに観客席から歓声が飛ぶ。
「っ!?まずいっ!乃咲が走ってるぞ!?」
けれど、そんな歓声を切り裂く杉野の注意喚起に僕らは再び身構える。そうだ。なにもアタッカーは留学生だけじゃない。この学校で最も手強い生徒、乃咲もいる。
見知らぬ脅威よりも、知っている奴の脅威を感じた。そして、それは前線の2人も同じだったらしい。
「カルマぁ!このデカブツ、乃咲にぶつけんぞ!」
「…………一旦そうしようか」
「いくぞ、いっせーの……せっ!!」
2人の全力のタックルに留学生は体勢を崩し、勢いよく、後退りながら倒れ込み、そして、巻き込まれるように乃咲が倒れた。
「ぐっ………!!?」
彼の苦悶の声が鼓膜を叩く。
カルマくんたちはある程度、狙ったらしく、巻き込まれた乃咲を見て少し申し訳なさそうにしていた。
観客席の方まで飛ばされて、転がる乃咲。すかさず、観客席と実況席からブーイングが飛んで来て、保健委員が担架に彼を乗せると、そのまま運んでいく。
「ったく、それでもあと2人いやがるのか……」
「……………」
「なんだ、どうしたカルマ」
「いや、乃咲くんなんだけどさ。アイツ、巻き込まれたからってそんな簡単に退場するかなってちょっと疑問。俺は彼と仲良くないからなんとも言えないけど、性格的に、担架で運ばれるのを拒否って、現場に残って指揮だけでもしそうだよねって」
「………言われてみりゃ確かにな。だがよ、流石にあの巨大にぶつかられてあんなにぶっ飛んだんだぞ?考えすぎじゃねぇのか?俺らじゃあるまいし、そんな受け身を取る訓練だとかしちゃいねぇだろ」
「……………それもそうだね」
カルマくんたちの会話が聞こえてくる。2人がかりでなら留学生も押し返せる。その事実を認識した浅野くんは次の手に打ってきた。
「攻撃チームB、コマンドD!」
そんな指示と同時にA組のメンバーが4人上がってくる。
今度は数で攻める作戦らしい。
「変だ」
「どうしたんだよ?」
「さっき、留学生と乃咲が突っ込んできた時、なんでもう1人は走ってこなかった?攻撃するには絶好のタイミングだった。戦力的に1人じゃ厳しいと思ったから?それもあり得なくはないが………」
「……確かに」
言われてみると、確かにそう。
今のA組の戦術は……なんというか、不気味だ。
あっさり退場した乃咲、使ってる駒の割に緩い攻め。
違和感がある戦術だ。
『いくぞぉぉぉ……!!』
「っ、来るぞっ!みんな、"触手"!」
突進してくる留学生とA組の4人。磯貝くんからの指示で僕らは彼らを交わし、わざと自陣の棒に突っ込ませて、彼らの動きを固める。触手と触手絡み。E組の防御戦法だ。
「怯むなっ!E組は防御に人数を割いた!こちらの攻撃チャンスが増えたにすぎん!両翼部隊、コマンドK!」
すかさず飛ぶA組の指令。
乃咲たちと彼らのフォローに入ったBチームがいなくなり、がら空きになった正面。その両脇から新しい攻撃部隊が走ってくる。
「……正面を攻めるしかない。攻撃隊いくぞ!作戦は粘液だ!」
「「「了解!!」」」
磯貝くんを含めた6人が空いている真ん中を目指して走る。
そして、彼らがA組の攻撃部隊とすれ違ったと同時。なんとA組は踵を返して進路を変え、磯貝くんたちを背中から追いかけ始めた。
「うおっ……全員追いかけてきた!!?」
「なら次の作戦だ!"粘液地獄"!」
磯貝くんたちが観客席の方に向かって走っていく。
僕らを見せ物にしていた生徒はその様子を見て一目散に逃げ出し、逃げる観客に紛れるように走るE組とそれを追うA組と言う構図が出来上がってしまった。
磯貝くんたちはよく逃げている。
捕まることなく、ひょいひょいと。
観客席を含めた校庭全体が戦場になり、僕らの作戦はかなり上手く運んでいる。校庭とフィールドの境目を無くす、この戦術は思った以上に効果があるみたい。
乃咲は退場、5人は棒の下で固められている。
ここまでは驚くくらいに上手く進んでいる。
それに、そろそろ、さっき吹っ飛ばされた2人が戻ってくる頃だろう。その瞬間を放送部の実況が伝えてくる。
【なっ、何処から湧いた!?E組の吉田と村松!さっき退場したはずの2人が観客席から飛び出し、A組の陣地を襲う!!】
上手くいった!
彼らの奇襲が上手く決まり、予め決めていたこの後の動きを頭の中で再確認する。攻撃チームも既に突撃態勢に入り、磯貝くんの号令で今にも駆け出す————はずだった。
「やはりそう来るか」
それまで棒を支える仲間たちを足場に少し高い視点から周りを見下ろしていた浅野くんが徐に体勢を変えた。
棒に腕を絡め、まるでパールダンスでもするみたいに体重をかける位置を絶妙に調整すると、完全に不意打ちで飛び出したはずの吉田くん、村松くんを軽々と蹴り払った。
「圭一!お前の予想通りだったぞ、こっちも策を使おうじゃないか!!」
そんな声が校庭に響く。
完全な不相打ちを防ぎ、軽々と2人を吹き飛ばした浅野くんへはち切れんばかりの歓声が上がる寸前の静かさの中だったから、その声はこの場にいる全員の耳に届いた。
【まぁ、そうだろうな。なら、俺たちが使っても良いよな。フィールドの外に出たら、失格。復帰はできない、なんてルールはないわけだし。なにより、先に使ったのはE組だ。なら、A組として手本を見せようじゃんか。盤外を使った戦術って奴を】
声が聞こえた。どんなに声を張り上げても、ここまで響くことはないだろう。校庭中に乃咲の声が響く。
発生源は、体育祭実行委員の本部にあるスピーカーからだ。
【橋爪、右へ30度首を向けろ。岡島がいる】
【田中、そのまま直進しろ。前原の正面に出る】
【横川は一旦守備に戻れ。近くにE組はいない】
【学秀、右手に注意しろ。赤羽が居る】
【荒木、榊原。お前らは左手を警戒。磯貝と前原が潜んでる。アイツらは息があってるからな。数でカバーしろ】
【小山は………うん、頑張れ】
「1人だけ指示が雑!!!?」
【瀬尾、お前は後ろを見てろ。そんでE組の棒の方面を正面と呼ぶとして。こっちはその方向を見てる全員が警戒しろ。E組の守備隊が特攻してくる可能性がある】
響き渡る声は、この場の全てを把握しているかのようで。
会場全体を使った僕らの作戦を封殺していく。何処から攻めてくるか分からない、人混みに紛れて何処に居るか分からないというのが作戦の中核なのに、封じられては打つ手がない。
【棒で組み伏せられてる奴らは守備陣の隙を見逃すな。ケヴィン、"お前に従う"だったな。俺が合図したタイミングで勝負を仕掛けろ。学秀からOKは出てる。大まかな指揮は俺が執るから、前線での細かい修正は学秀に従え。いいな、みんな。勝つぞ】
「「「「おおぉぉぉぉっっっ!!!」」」」
歓声にも似た気合の声が校庭を震わせる。
E組の奇策、観客席までフィールドにした戦術は生徒の目を変え始めていた。これは、今回の勝負でもE組は何かをやってくれるかもしれない。好奇の目は期待の目に変わっていった。
けど、乃咲はその期待を全部掻っ攫って行った。僕らの策を先読みし、上を行く作戦で動きを封殺。突如としてE組有利の空気はひっくり返る。その証拠に、今度は観客たちからは割れんばかりの歓声が飛んでいた。
「くそっ……これじゃあ指示がみんなに届かない……!」
磯貝くんが苦々しく僕らを見ると、声が届かない中でも指示を飛ばそうと頭を捻り、まさかの手話で待機を指示してきた。
【手話で指示か。やるじゃないか、磯貝。それはそれとして橋田、180度反転して走れ。岡島を橋爪とお前で挟み撃ちにできる。まずは1人潰そうか】
「マジかよっ……!!?」
岡島くんの悲鳴が聞こえた。流石に訓練を受けていても人数差と、周りに障害物が多い環境で、その上に不意打ちとなると、対処は難しい。
乃咲は一体、何処から見て指示を出してるのか。そんな疑問を持った頃、磯貝くんが学校の屋上を指差した。
「っ、見ろっ!!あそこだ!!」
指が示す先には一つの影。流石に遠くて顔までは見えないけど、その銀髪は目立つし、なんかピンク色の法被を着ていて悪目立ちしている。
【あ、上から見てるの気付いた?まぁ、いい。止めに来たければご自由に。上からの指揮で戦術を潰される代わりに俺をここに縛ることを選ぶか。木村あたりの機動力が高い奴に俺を止めさせて、戦術が潰されるのを防ぐ代わりに自分のチームの人数を減らすか。まぁ、好きな方を選べばいい……ヒェッ】
……ヒェ?
「くそっ、木村!悪い、いけるか!?」
「しゃーねぇだろ!?こんなのされたら俺らの作戦台無しだっ!!行ってるぜ!!」
【なんだ、こっちに来るのか。正しい判断だな。俺が上から指揮をしてるってことは、現場のA組は1人少ない状態だ。監視されている状態から逃れ、その上で1人を実質行動不能にする。その対価として1人を使うのは良い判断だ】
【普段は立ち入り禁止だがな、今は写真部の為に屋上は開放されてる。そして普段は用がない場合のE組による本校舎への立ち入りは禁止されてるが、今日は例外だ。トイレとかあるしな。お前の目の付け所は悪くなかったぜ、磯貝】
木村くんが凄い勢いで校舎に入っていく。
その間も乃咲の指揮は続く。僅か30秒後、ふと、乃咲の指揮は途切れ、代わりにスピーカーからは、木村くんへの呼びかけが聞こえて来た。
【木村、そろそろ屋上に着くか?まぁ、着くだろうな。音的にお前が
「……上がっていく………?」
変な話し方だ。まるで、乃咲が屋上にいないみたいな。
だって、僕らの目には、屋上にいる銀髪の人影が見えている。状況証拠的にも、あれは乃咲のはずだ。
しかし、そう思った後、屋上に現れた木村くんが僕らに向かって大声で叫んだ。
「こいつ!!!乃咲じゃねぇぇぇぇ!!!!」
「なんだって……?」
理解ができなかった。
木村くんの叫びに、誰も理解が追いつかなかった。
そこにいる当人と乃咲と、恐らくは浅野くんを除いて。
【そりゃそうだ。俺は一言たりとも屋上にいるなんて言ってない。ついでに言えば、屋上は写真部の為に開放されているのであって、一般生徒の立ち入りは禁止のままだ。全校生徒の前で堂々と校則違反だな、木村】
【ちなみに、お前の前にいるのはうちのクラスの写真部だ。銀髪はウィッグ、法被は目立つためのアイテム。事前に学校側に『体育祭を盛り上げるため』って理由で異装届を出して受理されているから、校則違反にはならない。どうだ?目立っただろう?銀髪ピンク法被は。目に入ったら、思わず視線をそこ以外に向けられない程度には。遠目には俺だと思っただろ?】
【ま、とは言え。お前が屋上に立ち入ったのは俺が騙したからだ。それに結果として体育祭は盛り上がっているしな。先生方には俺から謝っておくよ。追ってくるなら好きにしろ】
手のひらの上で転がされた。
そんな言葉が頭の中に過ぎる。まるで全てを見通しているみたいに僕たちは罠に引っ掛けられ、悔しいけど何枚も上手だと実感させられる策に、会場は大盛り上がりを見せた。
校舎から乃咲が出てきた時、盛り上がりは最高潮に達した。A組のリーダーの浅野くんですら、その姿に羨望の混じった視線を向けているのがわかった。けれど、そんな自分に向けられる視線も計算のうちだったのだろうか。
【さて、ケヴィン。今だ】
『うおぉぉぉぉぉっっっっっ!!!!』
「なっ……くそっ……!!!?」
誰もが乃咲に視線を向けていた。
観客も、先生たちも、A組も、僕らも。だからこそ生まれた隙。マイクから聞こえてきたぶっきらぼうは指示は、僕たち守備陣で押さえ込んでいたモンスターを目覚めさせる。
雄叫びと共にグラつく棒。必死に抑える僕たち。
凄まじい力に振り回される中、今度は浅野くんの声が聞こえた。
「サンヒュク、ジョゼ!中盤で発射態勢!」
『OK!』
『やってやろうじゃんっ!!』
「圭一!止めをさせ!」
走ってくる2つの巨体が腕を組んで止まりきれず、滑りながら、対面するのと同時、彼らの手を足場に少年が飛んだ。
乃咲だ。
止まりきれなかった足場の2人と、自分の跳躍力で凄まじい勢いで飛んでくる。打ち出された弾丸のように真っ直ぐに。間違いなく、このまま飛んできたら、僕らの棒のてっぺん、つまり、最も力の掛かる部分に攻撃されるのが理解できた。
「寺坂っ!イトナくん!アレにぶつかられたら終わるっ!撃ち落とすぞ!」
けれど、そんな様子を呆然と見ているだけではなかった人もいる。カルマくんだ。彼は2人に指示を出し、自分と寺坂くんでイトナくんを打ち上げる態勢に入ると、走ってきた勢いを使って、乃咲に負けない勢いで打ち出した。
「やっぱり、お前がE組の切り札だよな」
2人が空中で交差した直後、イトナくんは体勢を崩して落下した。何があったのか、僕には見えなかった。
体勢を崩しながらも受け身を取ったイトナくん。それでも、彼の突撃には意味があったらしく、乃咲も勢いを失って落下してきた。ひとまず危機は凌いだだろう。
胸を撫で下ろそうとした刹那。
「潮田、今、ほっとしただろ」
そんな声が耳に届く。
声の主は、落下しながらごくごく当たり前のように体を捻ると、綺麗な五点着地を披露して、流れるように駆け出した。
「まじかよっ!!!?」
「これ以上好きにさせるかよっ!!」
驚く声と奮起の声。寺坂くんが乃咲へ突進する。
僕らの中でもトップレベルの馬力がある彼の体当たりは喰らえばまともに立っていることはできないだろう。
だが、目の前では信じられない光景が広がった。飛び上がる乃咲、前に向かって倒れていく寺坂くん。
「俺を踏み台にした………!!?」
「はははっ!良いリアクションだ!百点!!」
テンションがぶち上がった彼が僕らの棒に取り付く寸前。
「ケヴィン!気合入れろ!!!!」
『このバケモンが!!!!!』
僕らの足元にいる留学生へ指示を飛ばし、彼が取り付くと同時。2つの方向へチカラが掛かる。乃咲が棒を蹴り、そのまま体を翻すと、蹴った方向へしがみ付く。留学生は乃咲がチカラをかけた方とは逆に向かって。上と下から。
「くそっ……!!攻撃チーム!支えに戻るぞ!!」
「磯貝たちが背を向けた!A組総員、E組本陣へ突撃ッッ!!」
背中を向けた磯貝くんたちの跡を追うように、A組は棒を支えるのに最低限の人数だけを残して僕らの方へ走り出す。
僕らは薙ぎ倒され、蹂躙され、もう、なす術はなかった。僕らの中にある、自分たちは暗殺者だ。僕らは強いんだ。そんな風に思っていた部分が打ち砕かれた。
決着には、それで充分だった。
歓声が上がる。
圧倒的。そんな言葉すら生ぬるい。
棒倒しが始まる前からこっちの作戦を見抜かれていた。
その上で事前準備を万全と言えるレベルで進めていた。
戦術という意味でも負けていた。
身体能力という個人のスペックでも差を見せつけられた。
完敗。この学校の頂点に僕らの刃は届かなかった。
「先輩、お疲れ様でした」
「ありがとう、綾香。ついでで悪いけど、このマイク、放送委員に返しておいてくれないか?」
「分かりました」
決着がついた後、片付けが始まる。
僕らの前に来ていた乃咲に生徒会の後輩が駆け寄ってスポドリを渡し、申し訳なさそうにさっき使っていたマイクを渡すと、走り去る後輩の背中を見送って僕らの方へ再び歩いてくる。
「なんか、意外。乃咲って後輩の女の子を下の名前で呼び捨てにするタイプだったんだ?」
岡野が心底意外そうに呟くと、一足早く僕らの元へ来ていた浅野くんがゆっくりと説明し始めた。
「……今の彼女は特別だ。松方綾香という名前でな。圭一が1年の頃……つまりは彼女が入学する前に出会ったらしい。松方さんの祖父と圭一がちょっとした縁で出会ったことに始まり、勉強を教えることなったのがきっかけだとか」
「そりゃまた凄い縁だな……」
「本人も受かったのは圭一のおかげだと言って憚らないし、アイツの背中を追って生徒会の門を叩いてきた。かなり優秀な娘だ。次期生徒会長は彼女で決まりだな、本人も周りもその気なので、そうなるように準備も終わらせている」
なんだか凄い裏話を聞いた気がする。
そっか、乃咲の後輩か……。さぞ優秀なんだろう。
乃咲みたいなのがもう1人。そう思うと怖気がする。
そんなこと知らない乃咲が、やってきた。
「さて、さっきぶりだな」
「……あぁ、完敗だ。その……乃咲。木村の件だけど……」
「……?あぁ、気にすんな。放送ではあんなこと言ったが、一応屋上に行く許可は取って置いたんだ」
「どんだけ先読みしてんだよ……」
「本当に手のひらで転がされてたんだな……」
流石に恐れ入る。もう浅野くんと乃咲が相手とか2度とやりたくない。ラスボスと裏ボスを一度に相手させられるようなものというか、勝てる人がいるなら連れてきてほしい。
「まぁ、そういう趣向のシナリオだしね」
「何言ってるの、不破さん」
うーん。ほんと、どうすれば勝てたのか……。
「さて、それじゃあ本題に行こうか。メールは見たよな?」
「あぁ。勝った方が相手の言うことをなんでも一つ聞く。拒否もできる。ただし、その場合は要求を呑めるまで同じやりとりを続ける。って認識で合ってるよな?」
「合ってるぞ」
乃咲は頷いた。頷いた上で、魅力的な提案をしてきた。
「合っているが、そうだな。E組が勝った時、俺たちに何を要求するつもりだったか一応確認して良いか」
「んなもん、決まってんだろ。磯貝のバイトの件を黙認して欲しい」
「だろうな。んで、一つ提案だ。その要求、呑んでやってもいい。むろん、だからと言って俺たちが何も要求しないと言うことはないが」
「………どういう風の吹き回しだ?」
「別に。言っただろ?俺個人としては、磯貝のことは応援しているし。現生徒会副会長としてなんのお咎めなしともできない、目撃した五英傑に対して体裁を保つ必要があったと」
「……確かに言ってたけど」
「今回の勝ちでアイツらの溜飲は下がった。何せ、自分で言うのもなんだが、類稀に見る完勝だったからな。一応、生徒会長と副会長から厳重注意したことにするが。その為に学秀にも同席させてる訳だし」
「僕としても、磯貝の事情は把握している。一部始終も把握している。圭一の主張の通り、生徒会にも落ち度はある。だから、譲歩することに異論はないさ。それで?本当に要求はそれでいいんだな?」
「ごめん、浅野、乃咲。助かるよ」
「分かった。これ以降、この話題は出さないことを約束しよう」
磯貝くんは申し訳なさそうに頷くと、生徒会の2人は頷き返した。なんか意外だ。とてもじゃないけど、あんな戦術を考えて、僕らを蹂躙した人たちとは思えない。
「……それで、今度は僕らの要求を呑んで貰おうか」
しかし、良心的な雰囲気はすぐさま消えた。
浅野くんは本当に意地の悪い顔をした。
「ここ最近、この街でいろんな噂が立っている」
「………?」
「コンビニで甘味を買い漁る謎の巨漢、ケーキバイキングに出没する不審者、ポケットティッシュを貰うのに長蛇の列を作る人影、巨乳だけを集めたアイドルグループの下着の盗難事件、ヌルフフフフとかいう特徴的な笑い方、関節が曖昧で、丸顔で、三日月を横にしたかのような大きい口」
「……げっ」
「ちなみに、似たような特徴の巨漢がこの学校……正確に言えばE組の山で目撃されている。ちなみに、そこの圭一も見たそうだ」
誰かが苦々しい顔をして、浅野くんの言葉に釣られて僕らが視線を向けると、乃咲は気まずそうに言った。
「いや、うん。どーにも今年は変なことが多くてな」
「つか、全校集会で特徴ドンピシャな人居たし……。球技大会の時とか気付いた時に思わず二度見しちゃったけど、なんか遠近法で誤魔化してるなんか、やたらと大きいボールが地面に潜ったかと思ったら色を変えて何回も出現するし」
「なんか、ふとした時に視線を感じるんだよなぁ……。自意識過剰かと思ったんだけどさ、目を向けると突然風が吹くし、明らかに何か去った気配があるし、念の為に視線を感じた方を調査してみたら、踏みおられた枝、不自然に散った葉っぱ。E組の山で竜巻が発生したり……この前、喫茶店にもいたんだよ……」
乃咲の言葉に僕らは思わず目を逸らした。
「正直、怖いんだよなぁ……。喫茶店に入ったらなんかデカいのがお前らの後ろにいるし、そいつから観察されてるような、意識を向けられている気配がするし………。この体育祭でも、実は居たんだよ……上から指揮をしたとき、E組の女子連中の後ろに居てさ、E組の担任の烏間先生だっけ?あのかっこいい人。あの人と、そいつとは目が合ったんだ……………。思わず悲鳴出しちゃったもん」
「……あ、あのヒェッてそう言う意味だったのか」
「「「「(なんか、すっごいいたたまれない……)」」」」
乃咲の本気で怯えてそうな顔に凄く申し訳なくなった。
「こうしてある意味で実害も出てるわけで、好奇心とは別に実害も出てるので放置はできない。と、言う訳で。僕らからの質問は一つだ。お前たち、何か隠していないか?」
「………………」
答えづらい、いや、答えられない質問だ。
隠さなきゃいけない。答えちゃいけない。
ただ、できれば嘘は吐きたくない。
「………答えられない」
磯貝くんはそう答えた。
申し訳なさそうに、それでもハッキリと答えた上で、嘘は吐かなかった。それが、僕らに出来る数少ない誠意の見せ方だ。
「………………そうか。分かった」
浅野くんは、その答えを聞いて頷いた。
磯貝くんの言葉の真意を汲み取ったんだと思う。
「僕からの質問は終わりだ。さて、お前たちの回答は答えられないというもの。つまり、僕の質問に答えろという要求を断ったと言う認識で良いだろうか?」
「うん、それでいいよ」
「じゃあ、ここから先は圭一に任せる」
浅野くんは満足したらしく、踵を返して片付けに戻っていった。
残った乃咲に僕らの目が向けられる。
「別にそんなに気負った目を向けなくて良い。俺の質問もひとつだ。分からなければ、そう答えてくれて良い。分からないってのも立派な回答だ。それで俺らからの要求は終わり」
「……俺らに答えられることなら」
磯貝くんが頷いた。
正直、彼としては、さっきの答え方も納得できてないんだろう。今回の件、元はと言えば僕らの不注意だ。
僕らの不注意を何だかんだ、いろんな理由をつけてフォローして貰って、見逃して貰った上に、知ってる内容を答えられないと回答した。嘘は吐いてないけど、誠実さには欠けると自分たちですら思う回答だった。
だから、答えられることには答えよう。
そう思った矢先、彼の口からは予想外の質問が出た。
「雪村先生が何処に行ったか……知らないか?」
「………え?」
その声は誰のものだったか。
茅野が彼の質問に首を傾げた。
「知りたいのがそれなの……?どうして?」
「…………1年の頃、世話になったから。卒業前にしっかりお礼を言いたい。理由としてはそれだけだ。過労で倒れて、テストを受けられなくて、史上初の1年生でE組行きが確定して挫折しそうになった時、先生が見舞いに来てくれた。嬉しかったんだよ、だから、卒業する前にさ」
茅野がその言葉に視線を伏せた。
「……ごめん、それは俺たちも知らない」
「………そっか。ありがとう」
乃咲は初めて、寂しそうな顔をした。
「……やっぱ、誰も知らないのか」
「いくら調べても出てこないし、足跡はおろか、痕跡すらない。担任やってた、お前らなら知ってるかと思ったんだけどなぁ。あーあ、また振り出しに戻った」
深い深いため息を吐き、乃咲はぶっきらぼうに手を振って、『もう面倒なことはすんなよ』と言って去っていった。
その顔には、本当に深い、深い筆舌に尽くし難い暗い色とそれでも諦め切れていないギラついた光が目に浮かんでいた。