暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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まじか、投稿して1日しか経ってないのに。
皆様、ご愛読ありがとうございます!


5話 基礎の時間 

 

 昨日、烏間さんが我々の体育担当の教師に任命されたことを知らされなかった生徒達のために朝のホームルームで改めて、烏間さん改め、烏間先生の自己紹介が行われた。

 一応教員免許を持っているらしく、俺たちの保護者などの外面に対しても教師をやるのだとか。

 例えば三者面談や全校集会など、担任が必須の行事においては殺せんせーは参加出来ない。まあ、国家機密だし同然だ。そんな状況に対応する為、椚ヶ丘中学校内での烏間先生の立ち位置は3年E組の担任ということになるらしい。

 

「という訳でこれから1年間、よろしく頼む」

 

 拍手と共に終えた烏間先生のホームルーム。

 その後の話題は5限目の体育がどんな感じになるのか、という話題で持ちきりだった。

 

「圭一はどうなると思うよ?」

 

「え、あ、悪い。聞いてなかった。何の話?」

 

「5限目というか、今後の体育だよ。烏間先生が担当って言うからさ」

 

 磯貝と前原がどうやら俺に意見を求めてたらしい。全く聞いてなかったと言うか、なんなら話しかけられてることにすら気付かなかった。

 多少申し訳ないと思ったので真面目に答える。

 

「暗殺の訓練じゃね? 一応殺せんせーがナイフの振り方とかエアガンの撃ち方は教えてくれたけど、やっぱりターゲットから教わった技術だしな。何より、モンスターと人間じゃあ身体の性能が違い過ぎて参考にならないことも多々あったから。それと結局は俺たちって暗殺者だなんだとか言っても今の所はナイフ振り回して、エアガン乱射してるだけの中学生だからな」

 

「そっかぁ、言われてみれば何となくナイフ振って、なんとなくこの辺って所を撃ってるだけだもんなぁ」

 

「あとは体力作りとかもじゃね?」

 

「あー、うん。それもあるだろうな。元運動部以外体力はてんでダメって奴が多いもんな」

 

「結論なんだと思うよ?」

 

「体力作りとナイフ捌きに射撃訓練を一言でまとめると…………基礎練習?」

 

「圭一に一票」

 

「同じく」

 

 暗殺の基礎練習。字面の物珍しさが凄い印象的なワードだな。しかし、なんだかんだで烏間先生の授業を楽しみに思っている自分がいる。

昨日の放課後まではやる気だなんて無かったのに、暗殺の基礎練習だなんて聞き慣れないワードに惹かれたからか?

 久しぶりだ。授業が楽しみとか、学ぶという行為自体に興味とやる気が出て来たのは。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

 そして、待ちに待った5限目。

 不思議とやる気に満ち溢れている俺は授業開始前に指示されていた校庭のトラックを3周を珍しく昼休み中に軽く終わらせて、身体を解しながら授業が始まるのを待っていた。

 

「珍しいね、乃咲がやる気なの」

 

 声のした方には、トラック3周を終えて息を切らした渚と、その後ろには茅野の姿があった。

 なんか、この2人はいつも一緒にいるよな。

 とか思いつつ、紳士の気遣いが出来る俺はあえて2人の関係性には突っ込まない。

 ……だってどうでもいいし。

 

「そうか? 3-Eの乃咲くんはやる気と元気と朗らかさで有名じゃないか」

 

「あはは、乃咲の中ではそうなのかもね」

 

 小粋な冗談を披露すると茅野から割と辛辣な愛想笑いが飛んできた。

 今の『あはは』は女子語で『何言ってんのコイツ』の意だろう。十中八九そうに違いない。

 

「いや、実際にお前がやる気なのって相当レアじゃね? やる気ある所見るの1年の頃以来かも」

 

「あ、磯貝くんって乃咲と同じクラスだったの?」

 

「そうなんだよ。まあ、友達って程でもなかったけどな。クラスメイトだけど友達じゃないって感じだったしな、コイツ」

 

 走り終えた磯貝が合流して会話に混ざる。

 そう言えば、隔離校舎に来てから元のクラスについて話したりはしたことがなかったな。

 E組生徒にとって元のクラス云々の話は人によっては触れてはいけない地雷ネタだったりするので好き好んで話題にすることを避けている節があるんだけどさ。

 

「しっかり名前は覚えてただろ? それに当時は余裕がなかっただけだ」

 

「まあ、確かに必死だったよな、お前。見てて少し痛々しいくらいにはさ」

 

 磯貝と片岡は一年の頃に同じクラスだった。なので、E組の中ではこの学校に入学してからE組に落ちるまでの一部始終を知っている数少ない同級生である。

 

「ふーん、ねえ。私はここに来てから日が浅いから色々とよく分かってない事が多いんだけどさ? 乃咲って元々は何組だったの?」

 

「A」

 

「嘘っ!?」

 

「嘘じゃないだよね、これが」

 

「だな。片岡に聞いてみろよ。アイツも同じクラスだったし。つか、茅野以外には周知の事実だよな?」

 

「いやいや!? だって乃咲がよく言ってるじゃん。『成績不振で落ちた』って」

 

「成績不振と素行不良な」

 

「でも、当時は凄かったよな? あの浅野とバッチバチにやり合って互角だったんだからさ」

 

「うん。結構有名だったよね。学年主席の2人」

 

「しかも主席? 乃咲に何があったのさ!? この前も岡島くんに順位聞かれた時に『学年最下位ですが』とか言ってたよね?」

 

「……やる気が無くなった」

 

「簡潔すぎない!?」

 

 賑やかな茅野のツッコミを聞き流しながら、当時を思い出す。まだまだ真面目で教科書の虫だった頃。

 父に褒めてもらいたくて必死だった頃。1位であり続ければいつか褒めて貰えるんじゃないかと期待して、その分だけ勉強にやる気を出して頑張っていた誰もが認める優等生だった時代。

 そうか、俺が学ぶという行為に興味を持ったのはあの頃以来だ。だから軽く2年ぶりくらいにやる気が出たと言う事になる。

 

「なんかすっごい気になるんだけど」

 

「別に隠す程の事でもないけど、俺がひたすらに情けないだけの話だし、聞いてて面白い話でもないよ」

 

「そこまで言われるとかえって気になる」

 

「ま、気が向いたら話すよ。昼飯食って腹一杯になってる時に話すような事でもない。気が向いたらね」

 

「あ、気が向いたらって2回言った」

 

「大事な事なんだね……」

 

 駄弁っているとクラスメイトたちも揃い始め、本日のメインディッシュ……もとい、烏間先生がE組に生息している音速黄色タコに絡まれて額の血管をピクピクさせながらやって来た。

 恐らくは『烏間先生! 私の人気盗るつもりでしょう!? 生徒達が折角心を開き始めてくれたと言うのに!』とか殺せんせーが絡んでるんだろう。

 

「烏間先生! 私の人気盗るつもりでしょう!? 生徒達が折角心を開き始めてくれたと言うのに!」

 

「一言一句想像通り……」

 

 不憫なり、烏間先生。過去数回会った時点でなんとなく確信していたが、やはり、彼は苦労人気質なんだろう。自分から面倒事に首を突っ込むんじゃなく、苦労の方が勝手にやってくるタイプの。

 なんと言うか、同情する。

 

 そんな俺の心中など知らない烏間先生は半ばキレ気味に殺せんせーを退かすと気持ちを切り替えたのか、校庭に響き渡る声で集合をかけた。

 集合に合わせて全員が駆け寄り、整列する。

 

「昨日と今朝に話した通り、今後一年間は俺が君達の体育の担当をさせて貰う。内容としては暗殺に必要な技術の習得と基礎練習を予定している。中には気を抜けば怪我に繋がる内容の訓練もあるだろう。だが、俺は加減はしない。君達とはプロ同士として接するつもりだ。みんなの頑張りに期待している!」

 

「「「はいっ!」」」

 

「まずは各自走り込んで体は温まっているだろうから、まずはストレッチだ。2人1組を組め!」

 

 さて、出たぞ。俺みたいな友達いない奴が言われて困る言葉ランキング1位。『2人1組を組め』

 よく話す相手という意味では磯貝や前原なんかは友達枠として考えて良いのかもしれないが、生憎と2人は遠いし、なんならアイツらで組んだらしい。

 最近話すようになった奴とかだと渚と杉野だが、コイツらも組んでるし……女子は論外。

 

 自分の人間関係の狭さに思わず頭を抱え掛けると俺と同じくコンビを組むのに出遅れた奴と目が合った。名前は確か竹林孝太郎。

 基本的にガリ勉というか、勉強は量をこなせば身につくを信じてる典型というか、休み時間であろうとなんだろうとひとまずは教科書と参考書を広げてるイメージのある奴。元ガリ勉仲間としては好感が持てる。

 

「よろしくな、竹林」

 

「こちらこそ」

 

 社交辞令として挨拶。うん、ファーストコンタクト成功。何気に竹林との初会話である。

 さて、話題がなくなったぞ、困ったな。

 ここは俺の十八番である、天気の話でも。

 

「乃咲。キミは元A組だったね」

 

「ん? そうだけど」 

 

 意外なことに彼から話を振って来た。

 けれど今日だけでこの話題が出たのは2度目。ここ最近はあんまりというか、ほとんど触れられないネタだったのに。

 あれか? 今更になってA組死すべし、みたいな劣等感が噴き出してくる予兆的なやつ? 

 

「キミはどうして成績を落としてしまったんだ? 学年主席の片割れが今となっては学年最下位。意図的に手を抜いているとしか思えない」

 

「……まず一つ、成績が落ちたのはやる気がなくなったからだ。俺は努力しないでトップに立てるような器じゃないし、モチベーションなしに努力出来るほど大人じゃない。意義を見出せなけりゃあやる気も失せるだろ。それから、別に手を抜いてはいないぞ」

 

「やる気、モチベーション、意義、か……。乃咲、キミのお父さんは遺伝子工学の権威だったね」

 

「…………それとこれ、なんか関係あんのか」

 

 竹林からの歯に絹着せない言い方と父の話題が出たことで思わずムッとする。

 思わず言い返しそうになった。お前だって代々病院を経営している家の息子だろ、と。

 喉元までそんな単語が出かけたが、竹林が俺の言い掛けたことを先んじて口にした為に未遂に終わる。

 

「別に。ただ、勝手に親近感を感じてたってだけの話。僕の家も代々病院を経営してるし、兄2人は東大医学部に属している。僕とは違って優秀な家族たち。彼らに認められる為に努力しているけど報われない。もしかしたらキミもなんじゃ、と思ったんだよ」

 

 竹林は思いの外に饒舌だった。そんな彼に当てられてか、あるいは確かに似た境遇のコイツに絆されたのか、俺も言葉を続けていた。

 

「一年の前期まで、俺は努力して1位であり続けた。そういう意味では努力は報われてはいる。その点で言えば、努力しても報われないと言ってるお前と俺は違うよ、竹林」

 

「ま、確かにね」

 

「けど、優秀な家族に認められたくて努力したって意味では確かに俺たちは境遇が似てるな。家族の人数に差はあれど」

 

「キミの家は?」

 

「母は俺が幼い頃に死んだ。兄弟は居ない。俺には父しかいなかったよ」

 

「……そうか。すまないことを聞いた」

 

「別に。磯貝も知ってることだしな」

 

 そう、俺には父しかいなかった。

 優秀な父。幼い頃から誰もが彼を褒め称えた。テストで満点を取った俺ではなく、優秀な父を。状況的に自分が褒められてるはずなのに、必ずと言っていい程に『乃咲の子』というブランドが枕詞のようについて回る所為で褒められてる気がしなかった。

 そして、その肝心の父といえば俺に興味を持っていない。あの人は俺が何をしようが見向きもしなかった。満点取ろうと、徒競走で1位を取っても、学校に主席で受かろうが、変わらない。

 ちょっと前に親子喧嘩……というか、俺が一方的にこれまでの人生で積もらせて来た不満を拳に乗せてぶち撒けた事で見事に母の実家に厄介払いされ、今の俺にとって家族と言えるのは母方の祖父母だけである。

 

「少し嬉しいよ。今まで1人で勝手に親近感を持っていたから。こうして話す機会が出来て」

 

「別に教室で話しかけてくれば良いのに」

 

「教室でのキミは何というか、話しかけ辛いオーラが出てるというか」

 

「まあ、教師殴って喧嘩三昧して浮きまくってる奴に平然と話しかけられる方が珍しいか」

 

「まあね」

 

「お前も苦労してるんだな、竹林」

 

「あぁ。何度も兄から不良品扱いされ、父には失望され、出来損ない扱いされて来た。僕は……叶うのなら、さっさとE組から出たいよ」

 

 話せて嬉しいと言われるのは予想外だった。確かにガリ勉仲間として好感を持っていたが、てっきり、竹林からしたら俺はただの不良としか見られてないと思ってた。なんなら、真面目に勉強できない奴と馬鹿にされてるとばかり……。

 何を隠そう、真面目ガリ勉だった頃の俺が勉強できないというか、しない奴を少し離れた所で見下してる節があったから尚更、彼もそうなのかもしれないと偏見があったのだ。

 ガリ勉は見かけによらないらしい。

 

 でも、まあ。俺とお前は違うよ、竹林。

 俺は父に失望すらされなかった。不良品扱いすらされなかった。きっと小さな頃は沢山の期待を掛けられ、答えられなかった時でもなにかしらの言葉を貰ったお前とは違う。

 

「俺はここから出たいとは思わないな」

 

「何故だい?」

 

「出ても出なくても変わらない。俺も父に認められるかどうかが全てってところがある」

 

「だったら尚更出たいだろう? この特別強化学級から抜け出せれば……」

 

「なあ、竹林。お前さ、親に罵倒されたことあるか?」

 

 ここまで殆ど竹林の独白に付き合った形だったので俺も少しだけ心情を吐露しようと思う。

 別にコイツの事情を一方的に知っていることに申し訳なさを感じたとかではない。そもそも勝手に語り出したのは竹林だ。

 ただ、シンプルに吐き出してみたくなった、他人に話して楽になるのかどうかを試したくなった。

 

「そりゃあ、ここに来る前や点数が下がる度に」

 

「羨ましいな」

 

「……どこが」

 

「俺は罵倒すらされなかった。父の口から聞いた事のある言葉は二つだけ。『あぁ』と『そうか』この二つの単語だけ」

 

 そう、あの人は昔からそうだった。

 仕事で忙しいから、なかなか家に帰って来ないから、せめてたまに帰って来た時に褒めて欲しい。その為に、その為だけに努力した。

 テストで満点を取った、徒競走で1位になった、成績表は全部最高評価だった。

 良い結果を出して、父がたまに帰ってくる度に喜び勇んで報告する俺。けど、あの人は一度たりとも褒めてくれたことはなくて、返ってくる言葉は2パターン。『ああ』と『そうか』だけ。

 

「あの人は俺に興味がない。あの人は俺を見ない。あの人は俺を知らない。だから、俺は認められることは今後一切ないのだろう。だから、俺は特別頑張ろうとは思えない」

 

「…………」

 

「だせぇこと言ってるのは分かってるけど、何を差し置いても家族からの評価が欲しい。その気持ちはお前なら分かるだろ」

 

「まあ……ね」

 

「どこに居ても同じ。居なくても同じ。結果が変わらない、報われないと知ってるのに努力するのは虚しいだけだ」

 

 一度溢れ出した言葉は止まる事を知らず、次々に口から垂れ流される。

 なるほど、思っていた事を口に出すのは心地がいい。スッキリする。自分に言い聞かせるように頭の中でぶつぶつ考えるよりも実際に口に出した方が考えも上手く纏まった。

 

 父親へのコンプレックス。良くも悪くもそれが乃咲圭一という1人の人間の行動指針であり、人格の基礎になっているのだろう。

 

「悪いな、つい愚痴ってしまった」

 

「いや、僕から始めたことだ。そろそろ真面目にストレッチしよう」

 

「あぁ」

 

 愚痴も切り上げ、ストレッチを始める。 

 これ以上、駄弁っていても意味はないだろうから。

 

「………………成る程、そういう事ですか」

 

 ちなみに、今から数ヶ月後の夏休みのあと。

 今日この時の愚痴を殺せんせーに聞かれていたことが一つの騒動を起こすのだが、今の俺たちはそんなことを予測できる筈がなかった。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

「「「いっち、に〜、さ〜ん、し〜、ご〜」」」

 

 晴れ渡る空、吹き抜ける穏やかな風、春のまだ冷たい風が上気した頬を撫でる昼下がり。

 

「晴れた午後の運動場に響く掛け声、平和ですねぇ……。生徒達の手に武器(エモノ)がなければの話しですが」

 

「八方向から正しくナイフを振れるように!! どんな体勢でもバランスは崩さない!!」

 

 間の抜けた声と指導のために檄を飛ばす気迫のある声を聞きながらナイフを振る。

 八方向から正しく、どんな体勢から振ってもバランスを崩すことのないように。  

 うむ、この素振りを始める前に烏間先生が手本を見せてくれたが、今している動きは彼の精度と比べると冗談抜きで天と地ほどの差がある様に思う。

 

 どれだけ地道に素振りを繰り返したらあんな無駄の無いしなやかで鋭い斬撃が繰り出せるんだろう? 

 記憶した烏間先生の動きを脳内で再生し、動きをトレースする様に心がけてつつ素振りを続ける。

 

「この時間はどっか行ってろと言っただろう。体育の時間は今日から俺の受け持ちだ。追い払っても無駄だろうからな、せいぜいそこの砂場で遊んでろ」

 

「シクシク……。酷いですよ烏間先生。私の体育は生徒達の評判よかったのに」

 

「嘘吐けよ、殺せんせー」

 

 皆の素振りの手が止まったので釣られて止める。

 うんざりした様子の菅谷が気怠そうにナイフを肩に担ぐ様に持ちながらため息混じりに言う。

 

「身体能力が違いすぎんだよ、この前もさぁ……」

 

 菅谷の言いたいことは分かった。

 実は数日前に殺せんせーが体育で俺たちにとんでもない無茶振りをして来たのである。

 

『反復横跳びをやってみましょう。まずは先生がお手本を見せます』

 

 などと言いながら反復横跳び用に引かれた線の上を分身を作りながら往復した。

 

『まずは基本の視覚分身から。慣れて来たらあやとりも混ぜましょう』

 

『できるかぁ!!』

 

 まずは基本の視覚分身とか言ってるけど、その基本をクリア出来るものが居ない。地上の何処を探してもこのタコ以外には。

 しかも慣れて来たらあやとりとか、さり気にとんでもない要求だ。激しく左右にステップしながらとか東京タワーとか神業だろ。

 

「異次元すぎてできねぇよ」

 

「体育は人間の先生に教わりたいわ」

 

 中村さんと杉野の一言がトドメになったのか、『ガーン!』と何ともありきたりな効果音を口で出し、どんよりオーラを纏って殺せんせーは泣きながら砂場に行った。

 しくしくと泣きながら砂で山を作る殺せんせーを尻目に烏間先生はようやく一息つけたらしい。

 

「ようやくターゲットを追っ払えた。授業を続けるぞ」

 

 可哀想な殺せんせー。烏間先生の中では言い訳しようもないほど完全に邪魔者扱いである。

 烏間先生がようやく授業の続きをしようとしたところで、前原が一歩前に出た。

 

「でも烏間先生。こんな訓練に意味あんスか? しかも当のターゲットが居る前でさ? そりゃあ、正しくバランス崩さず攻撃できるのはメリットかもしんねぇけど、いくら訓練してもマッハ20に当てられると思えねぇっていうかさ」

 

「確かに難しいだろう。だが、暗殺も勉強も同じだ。基礎は身につけるほど役に立つ」

 

 烏間先生は言い切った。勉強も暗殺も同じだと。 

 けれど俺には分からなかった。マッハ20の化け物相手に振るうナイフの扱いに基礎もクソもあるのか、と。だって、どんなに正しく振っても速く繰り出しても、このタコにはさして差はないのだから。

 

 烏間先生の言葉がピンと来てないのは俺だけではなかった。クラスの大半が理解できていない。

 それを悟ったらしい烏間先生が少し考えた後、磯貝と前原の2人にに手招きする。

 

「例えば……そうだな。磯貝くん、前原くん。そのナイフを俺に当ててみろ」

 

 我らの体育教師、屈強な漢から繰り出されたのは思いもよらない言葉。予想もしなかった言葉に2人は呆気に取られ、真意を問う様におずおずと訊ねる。

 

「え……いいんですか?」

 

「しかも2人がかりで?」

 

「あぁ。問題ない。対先生(その)ナイフなら俺たち人間に怪我はない。もし、擦りでもしたら今日の授業は終わりでいい」

 

 シャツの首のボタンを一つだけ外すと余裕そうに、特に身構えることすらなく2人を見据えた。

 けど、いくら防衛省の人間で俺たちの教官になると言っても流石に舐めすぎじゃないだろうか? 

 磯貝も前原も運動神経はかなり良いし、体力もあるし、男子の中でも身長が高い方だからリーチもある。

 数の差を考えれば烏間先生の不利だし。

 

 なんか、少し残念だ。烏間先生は俺たち一人一人の目を見て接してくれる大人だと思っていたのに。

 こうして子供だからと舐めて掛かり、挑発紛いのことまでかます人だとは思わなかった。

 

 烏間先生に抱いた勝手な希望は勝手に失望し、そして、俺はまた手のひらを返すことになる。

 

「えっと……。そ、そんじゃぁっ!」

 

 磯貝が躊躇いながら繰り出した突き。それを顔色変えず、一切の動揺も焦りもなく、烏間先生は無駄な動きの一切を省いた動きで躱す。

 

「さぁ」

 

 再度の挑発。躱された磯貝とそのやり取りを間近で見ていた前原の顔から躊躇いが消える。

 そこから先の展開はまさに圧巻だった。

 躊躇いなく迫るナイフを余裕の笑みで躱し、いなし、それでもその場から殆ど動いていない烏間先生は真っ直ぐに2人を見据えてる。

 

 その時、俺は自分の間違いに気付いた。

 烏間先生は俺たちを舐めてたわけではなく、ただ、純然たる事実を語っただけだった。

 ハンデを課すだけの実力差があり、その差を正しく知り、何よりも自分の技術に対する自信があったのだ。

 ただ長く生きてるだけの無能の癖に偉そうな事を吐く本校舎の教師連中とは違う。

 自らの能力で実行出来ることを宣言し、結果で雄弁に語る。現に今、俺たちに示した。人一人に攻撃を当てる技術の必要性を圧倒的な技量で。

 

「……かっけ」

 

 気付いた時には呟いていた。

 誰かを心の底からカッコいいと思ったのはいつぶりだろう? 心の底からこんな風になりたいと思ったのは初めてかもしれない。

 そう思うと、胸に熱いモノが込み上げて来た。ここ2年ほど、長らく忘れていた感覚。尊敬と憧れ、そして本気のやる気。

 

 烏間先生は攻撃が当たらず熱くなった2人の腕を掴み、流れる様に脚を蹴り払い、汗一つ流さず無力化すると悠然と語る。

 

「この様に、多少の心得があれば素人2人くらいの攻撃なら俺でも捌ける。俺に当たらない様ではマッハ20の奴に当たる確率の低さが分かるだろう。だが、クラス全員が俺に当てられるようになれば暗殺の成功率は格段に上がる」

 

 もう、何もかもがカッコよく写った。

 烏間先生を前にした時、道端で出来もしない癖に『殺すぞ』と怒鳴り散らしている不良たちの滑稽さが俺の中で決定的なモノになった。

 そして、その滑稽さは自分自身にも向けられた。喧嘩する時、大声で殺すとか怒鳴り散らして、殴り合いの準備と覚悟を胸の中でしている俺がやたらと小さく感じてしまった。

 

 口に出すのは実行する時だけでいい。

 きっとそれがカッコいい生き方なんだろう、だなんて今、俺は柄にもなく本気で考えてしまった。

 

「前原くんが言っていた通り、確かにマッハ20に当てるのは至難の業だが、挑戦する以前に相応で必要な技術がなければ暗殺という土俵に立つ事すら出来ないだろう。ナイフや狙撃、奴を殺すのに必要な技術の基礎を俺から教えさせて貰う」

 

「……はい!」

 

 目が合ったので返事を返す。いや、多分、目が合わなくても今の俺は返事を返しただろう。

 今日この日、彼から感じ取った心構えはこれからの俺の生涯における基礎になったのだから。

 

 

 

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