加えてたくさんの感想、高評価ありがとうございます!
今回も投下しますのでお付き合いください……!
渚は言い切った。それでも助けたいと。
彼は俺が思う以上に強かったらしい。ついには俺が答えを出せず、殺せんせーを殺すと言う方向に舵を切るしかなかった問いかけに自らの答えを提示してみせた。
あの時の渚への質問を噛み砕くとこんな文になるだろう。
【誰も責任を取れない迷惑を周りに掛けるかも知れない。それでもやるのか?】
この問いかけに頷いた渚に対する俺の心境は複雑だ。
渚の決断を素直に称賛している自分がいる。俺にできなかったことをアイツはやった。首を縦に振れなかった俺と違って、彼は頷いて見せたのだと。
だが、その一方で非難している部分もあるのは否めなかった。無責任だ、俺の話を聞いてなかったのか。周りの人間の人生を壊すかも知れないんだぞ。なんでそんな少し考えただけで頷ける?本当に考えて頷いてるのか?と。
自分にできなかった選択をした渚への称賛と羨望と嫉妬と叱責。それらが胸の内に同居している感じが気持ち悪い。
助けたいなら助けたいと言えば良い。殺したいなら殺したいと言えば良い。そう言ったのは俺であり、渚は素直に助けたいと言っただけだ。その点で言えば、彼に責められるべき理由はない。内心で非難してる俺が女々しいと言えるだろう。
けど、それでも。そんな問いかけであったのだとしても、もし、自分の意見が今後の重要な選択肢に影響を出してしまうのだとしたら。馬鹿正直に頷くことが正解だと本当に言えるのか?頷いていいのか?それは本当に正しいのか?
分かってる。もう何度目になるか分からない自問自答だ。
この話題は飽きるほどに繰り返した。殺せんせーを殺すことも、助けることも、この教室ではどちらも正しい選択なんだ。そんな問いに俺は殺したいと答え、渚は助けたいと答えた。それだけのこと。
でも、殺すと答えたのは、その方が正しいと思ったからだ。周りへの影響を考えれば、それが一番リスクと最悪の事態の被害が少ないからだ。だから、俺はこっちを選んだ。選ぼうとしているんだ。そうするべきだと思うから。
そんな気持ちの中に、陰りがある。
殺すことも、助けることも正しい。それでも殺す方がより正しいと思うと言うことは、俺の中に、助けることが間違ってると思う心があるからだろう。その陰りの正体こそが、今回の渚への問いかけなのだろうと思う。
『また、随分と考え込んでますね。乃咲さん』
「………律」
ベットの上で座り込み、頭を巡らせているとモバイル律が声を掛けてくる。そう言えば、こうして話すのはなんだか久しぶりな気がする。考え込んでる時、悩んでる時、俺は律と喋らなくなりがちだな。
『…………こうして、あなたと話すのは何度目でしょうか』
「お前なら覚えてるんじゃないのか」
『記録はしてますが、別に回数を数えようとは思いません』
「………なんか、らしくないな」
『だって、人間はそんな問いかけに対して事細かく答えるものではないでしょう?いないとは言いませんが、一握りです。だったら私はそれで良いと思ったのです』
「随分と………なんというか、奔放になったよな、お前」
『そういう乃咲さんは変わりませんね』
なんだろう、律の言葉が刺々しい気がする。
「変わってないことはないだろう。こんなんでも、いろんな奴に変わったって言ってもらえてるんだぞ?」
『それは、乃咲さんの成長した部分を見て変わったと言っているだけでは?ゲームで言うレベルが上がってステータスの成長した部分を以前と比較して変わったと評しているのです』
「…………それは、結局変わってるのでは」
『私が言いたいのは、成長してないステータスもあるってことですよ』
なるほど、そう言われると分かりやすい。
いや、でも、それはそれとして、そう言われてしまうと内心としてはあまり面白くないというか、複雑だ。自分でもそれなりに成長していると思うのだが、彼女は何を指して言ってるんだろう。
そりゃあ俺だって器用万能に成長したいさ。でも、やっぱり何かしら特化している部分があれば、何かしらそれなりと言える部分があるのは世の常と言うか、俺の場合、ゾーンという特大の特化部分に目が持っていかれて、それ以外の部分があまり成長してないように見えるだけじゃないのかな。
いや、俺は満遍なく成長してます!全く変わらない部分はありません!と言えないことを理解してるからこそ、内心としては複雑さを抱いているのかも知れないが。
『私はこの一年、出会ってからほぼずっと、乃咲さんを観察していました。それが殺せんせー暗殺という私の生まれた理由を果たす為の1番の近道だと考えたからです』
「……言ってたな。だから、基本的に俺のスマホと律の本体は半ば直通の回線みたいなので繋げてるんだろ?時間単位で定期的に同期して、本体との情報をやりとりしてる。他のみんなは学校に行ったとき、もしくは寝てる時に同期してるだけなのに」
『殺せんせー暗殺という作戦において最も貢献してる、もっともダメージを与えてる人物を観察する。それが当初の目的でした』
「……なんか、途中で目的変わったような言い回しだな」
『実際、途中から暗殺データの収集は二の次になっていましたから。それらの収集をするのにしりとりなんてする必要あると思いますか?毎回毎回、プだのルだので攻められて、台パンする工程が』
それはお前が勝手に覚えたんだろうとツッコミを入れるべきだろうか。しかし、真面目な話をしてるようだしなぁ……。
けど、このまま何をしないと話が逸れてしまいそうだし、こっちから切り返した方がいいだろう。
「じゃあ、どんな目的に変わったんだよ」
『……目的なんてありませんよ。ただ、乃咲さんと話をしたかった。それだけです。私の中のあなたのデータはいつの間にかそんな考えで接するうちに蓄積されていったものです』
そう言われるとなんだかくすぐったい。
『私があなたは変わっていないと判断した理由を話すのなら、まずは私から乃咲さんへの評価をお伝えする方が分かりやすいでしょう』
「………なんか怖いな」
『安心してください。概ね、悪いものではありません』
概ねってことは悪い部分もあるってことね。
怖いなぁ……。いつの間にか採点されてたのか。
『まずは生活態度。私が出会った頃に比べると、1人でいる時間は減ったのでは?いつの間にかみんなの中心にいるというか評価があの頃のものでしたが、今は自然とみんなの中心にいて当たり前のように思われている。だからこそ、指揮官のような立場を任されているわけですし。人付き合いも悪いわけではない。時々芯を食ってる言い方をする癖に、妙なところで鈍さを発揮する部分を除けば、ですが』
「痛いところを………」
『暗殺面は比較にならないほどに成長してます。間違いなく、E組どころかその規格外の身体能力とゾーンがあれば人類という枠を越えていると言えるでしょう。殺せんせーが超生物なら、あなたは超人と言うべきです』
「……まぁ、そこは妥当か……?」
『勉学でも抜きん出てます。この前のテストで全教科満点だったこと、あの浅野さんに勝利を収めたことは間違いなく偉業です。全国模試を受けているわけではないので強くは言えませんが、それでも全国でも指折りでしょう』
「……………ん?」
おかしい。ここまでの評価は大体良好だ。明確に褒められた暗殺面と勉強面。そしてちょっと厳しいところはあったが、生活態度の部分も1人でいる時間が減ったというなら、それは変化してる部分だろう。
なら、律は俺の何をみて変わっていないと評しているのだろうか。首を傾げて彼女を見る。
『ここまでは乃咲さんが変わった部分。そして、ここからが変わっていないところ。ズバリ、【考え方の尺度】と言えるでしょう。あなたにとっての常識と言い換えても良いです』
「……いや、それこそ一番変わった部分じゃね?」
律の真意が読み取れない。
「周りを見れば殺し屋、防衛省のエリート、元世界最高の殺し屋で、今は地球を破壊する超生物。俺らが持ってた常識の外には思いもよらない世界があることを知った。もう殺し屋を見ても驚かなくなったし、なんなら俺ってば防衛省に監視されてんのよ?」
『そうですね。でも、私が言いたいのはそこではないんです』
「どう言うことよ……?」
再度首を傾げると、律は言った。
『乃咲さんの一番変わってない部分は……そうですね。尺度、常識で通じないのであれば、価値観でしょうか』
ごめん、律。ますます分からない。
なんと言うか、価値観だってバチバチに変わったと思うんだけど。少なくとも、去年の今に比べたら価値観や考え方はかなり変わった。自惚れでもなんでもなく、そこは胸を張れる。
『………どこまでも自覚がないようですね』
「ごめん………さっぱり……」
素直に謝ると、彼女はスマホの中で眉を顰めていた。どうやら、俺には今の表現で通じると思っていたらしい。だとすれば、期待を裏切って申し訳ない。でも、分からないものは分からない。
『簡単に言えば、この一年で伸びた部分に常識と言い換えることの出来る価値観が追いついてないんです』
「………ふむ……?」
『乃咲さん。思い出してください。わかばパークへ謝罪を兼ねて手伝いに行った時のことを。その原因を』
「………E組の中でしか許可されてないフリーランニングの練習を街中でやってしまったことで、松方さんに怪我をさせたから」
『その通りです。では、なぜ、あの日、岡島くんたちはそんな提案をしてしまったのでしょうか?』
「話によれば……今の自分たちなら行けると判断したからじゃ?」
『そうです。しかし、ここで質問です。なぜ、岡島くんたちは行けると思ったのですか?何故、実行してしまったのでしょう?その場には磯貝くんなど学級委員も居たにも関わらず、どうして誰も止められなかったのでしょうか?』
「アイツらのことだし、止めようとした頃には手遅れだったとかじゃないのか?だからアイツらも謝ったんだろ?止められなかったことに責任を感じていたから』
『………乃咲さん。そこです。その考え方です』
律が指を刺した。俺に向かって。
『彼らは止められなかったのではなく、"止めなかった"のです』
「………何言ってんの、律」
『分かります。彼らの人となりを知っていれば、そう言う反応になるでしょう。事実、彼らは止めようとした。ですが、最終的には強く止めなかった。申し訳ない言い方ですが、岡島くんより、磯貝くんの方が能力は高いんですよ?止めようと思って本当に止められなかったと思いますか?』
律の質問の意図が分からない。
止められなかったのではなく、止めなかった。悠馬がそんなことするかな?俺の知る限りではかなり上位に食い込む善人だぞ。慣れないフリーランニングで先を走る岡島たちに追いつかなかったんじゃないのか。
『"やるべきではない。けど、今の俺たちなら多分大きな問題も起こらないだろう"あの時、磯貝くんにはそんな慢心があったはずです。そうでなければ、彼なら止めると思います。何がなんでも、大声を上げてでも』
「…………」
『乃咲さん。夏休み明けのことを思い出してください。自分を顧みなかったあなたを、本気で殴って止めた人です。本当に、磯貝くんが止められなかったと。本気で考えてますか』
律の言葉に、俺は答えられなかった。
いや、だって、あの悠馬だぞ?
『あなたの考え方はおかしくありません。磯貝くん程の人物なら、本気で止めようとしたはずだ。そう考えるのは間違ってません。それが普通の考え方です。ですが……もう"普通"じゃないんですよ。あなたを含めたE組は』
「…………」
『フリーランニングなんて習ってない、知らない。そう言ってる人ならあなたの主張も通ります。ですが、あなた方はその技術の危険性なども烏間先生から聞かされていた。なら、本当にやるべきでないと思ったのなら、全力で止めたはず。それをしなかったのは、慢心があったからです』
「…………いや、にしてもだ。それと俺が変わってないのって何か繋がりがあるか?」
『言ったはずです。あなたの考え方は普通だと。それがみなさんの言動を観察し続けてきた私からしたら……言い方を選ばずに言うとおかしいのです。磯貝くんたちですら、自分の力に慢心していた。それなのに、あなたにはそれが殆どない』
「そんなことはない。自分の力は自覚してる。だから、殺せんせーを殺すべきとかなんとか言い続けてるんだ」
『言い方を変えましょう。あなたは新しい力を手に入れたことによる価値観の変化が薄いのです』
「ごめん………ガチで分からない」
『殺せんせーを単独で殺せる、殺せんせーよりも早く動ける、この学校で勉強面でも頂点に立ち、浅野さんを越えた。戦闘技術で言っても烏間先生と同格。それなのに、乃咲さんの"基準"は変わらない』
律は理解しきれない俺を置いてきぼりにしながら言葉を続けた。まるで責め立てるように。
『強さや自分の能力に対して、物事の基準が低いまま。あなたの考える基準や、できるできないのボーダーラインはこと戦闘面や身体能力で解決できる面を除くと全くと言っていいほど変化していません。歪な程に』
『それを物語るのが、実行力と計画能力の差です。仮に渚くんたちが考えた、殺せんせーを助ける為に宇宙に行くと言う計画がもっと別の形で、別の目的で、目標地点がロケット打ち上げ場でなかったら?あるいは、宇宙に行くという一言を一旦忘れるものとして、施設への潜入までが目的だったら。あなたは計画を実行できませんでしたか?』
「いや、流石に無理だろ。名称が違うだけで同じレベルの警備だったら」
『いえ。あなたは成功させられるはずです。何故なら、目標施設への侵入だけなら、乃咲さんの身体能力であれば、高さ数メートルの塀や有刺鉄線の類をひょいと飛び越えるだけで済むんですから』
「買い被りすぎだ………。無理だろ」
『じゃあ、出来るか出来ないかで言えば?本当に出来ないと言っていますか?マッハ20に同等の速度で肉薄することができて、たかが数メートルの壁は飛び越えられないと?』
「………まぁ、それくらいなら」
俺の同意に律は目を鋭くした。
『数メートルの壁を飛び越える。そんなことは普通の人には出来ません。E組の皆さんも、誰が足場になって打ち上げて上げないと不可能でしょう。それなのに、あなたは1人で出来てしまう。では、なぜやろうとしないのか。なぜ、あなたは私の質問に最初、無理だと答えたのか』
『答えは簡単。それが常識だから。普通の人は自分よりも高い壁を何の道具も、誰の協力も無しに飛び越えられるとは思わないから。なんの変哲もない、極々当たり前の回答です。自覚がないのであれば、自身の言葉を思い出し、語尾に『常識的に考えて』と付ければ客観的に自身を俯瞰できるのでは?』
さっき言われた彼女の言葉を口に出す。
すると、律は俺が言った内容に語尾を付けて返してきた。
「………高さ数メートルの塀や有刺鉄線をひょいと飛び越えるだけで済むだろ」
『無理です、常識的に考えて』
返ってきた言葉を自分の中で噛み砕く。
こう言われてみると、確かに律の言葉が腑に落ちる。
『宇宙に行けば殺せんせーを助けられるかもしれない。みんな、宇宙に行く為に頑張ろう』
「……無理だろ、常識的に考えて」
そのたった二言がこの前から続く、殺したい派と殺したくない派の……いや、俺と渚たちとの関係を端的に表していた。
『私の言ってること、少しは理解していただけましたか?』
「……うん」
『今の乃咲さんは常識に囚われすぎてます。殺せんせーを助けるには宇宙に行くしかない。そんな宇宙に行くという部分を常識的に考えすぎています。高い壁を飛び越える、人に気付かれずに通り過ぎる。そんな前提の部分をそこだけ聞けば、出来ると答えられるのに、スケールが大きくなると尻込みをする。その前提ですら常人には不可能であるにも関わらず、出来ると言えるし、実行できる実力があるのにも関わらず、繋げて考えると不可能だと判断してしまう。それが、私の思う、乃咲さんの変わっていない常識や価値観です』
律の言いたいことは何となくわかった。
『決して皆さんを下げたいわけではありませんが、この際です。このまま言葉を選ばずに言わせて頂きますが………。今日、渚くんがあなたに提示した程度の作戦を、あなたが本当に考えられなかったとおっしゃるんですか?』
『乃咲さんが殺せんせーに仕掛けた最後の暗殺。あの作戦を私なりに他の皆さんでやったらどうなるのかシュミレートしていました。その中にはいくつか、あなたの身体能力前提の部分がありましたが、正直、事前準備で解決できる問題だと考えられる程度です。計算結果としては成功率83%と言ったところでした。それ程までにあなたの作戦は容赦がなく、事前準備をしっかり行えば、E組メンバーであれば、誰でも8割以上の成功率を担保できるだけのクオリティでした。殺せんせーに有利を取るための策、アイディアはそれだけの威力と価値を秘めたものでした』
『なぜ、それだけのことができるのに、渚くんが考えついた作戦を思いつかないのか。特段複雑でもない作戦だったと私は一緒に考えていて思いました。そこでふと、思ったのです。乃咲さんの中で、自身の能力と実現できること、出来ることへの理解が追いついていないのではないかと』
なるほど、律の言いたいことは概ね理解できた気がする。
気がするだけでは良くないので、しっかり腹落ちさせる必要はあるが。それでも、さっきまでの律が何を言いたかったのかはようやく理解できた。
「つまり、律。このタイミングでそんな話を持ってきたと言うことは……。察するに、こう言いたいのか?『お前は能力の割に、心配してることがショボい』って」
『……随分、悪様に言われた気がしますが。概ねその通りですね。乃咲さんは、チカラの割に小難しく考えすぎでは?』
「そんなはことは………」
『なんというか、乃咲さんと渚くんのやりとりをこうした視点で見つめ直すと、自分はこの程度だと過小評価してる乃咲さんと、乃咲さんの自己評価以上の仕事を求めてる渚くん。そんな構図にも見えてくるのです。単に、助けるか殺すかではなく、お互いに出来ると思っているレベルにズレがある。そんな気がします』
「……まさか、律にそんなこと言われるなんてな。これじゃ、お前の方が頭が柔らかいくらいだ。でも……まぁ、言いたいことは分かったけど、常識的に考えることって悪くないだろってのが本音だからな。心配してくれてるところ悪いけど、この在り方は変えられないぞ。持論というか、自論だけどさ、非常識な力を持ってるからこそ、常識は捨てちゃいけない。違うか?」
『違わないと思います。しかし、同時に常識を捩じ伏せるチカラを持っていることも間違いないのです』
「チカラを持ってるから常識を捩じ伏せていいのか?それは違うだろ。強ければ何をしてもいいわけじゃない」
『ですが、それは強者の特権です。乃咲さんの強者としての自論は、"責任を果たそうとする者"でしたよね。けれど、こと、この殺せんせーを助けるかどうかという話題において、乃咲さんは"責任を取る方法"を重視している気がするのです』
「ッ……それは…………否定できないが…………」
『乃咲さん、あなたは何処の誰ですか。地球人代表の乃咲圭一くんですか、それとも椚ヶ丘中学生3年E組の乃咲圭一くんですか。あなたは答えを持ってるはずです。渚くんに、みんなに言っていたのですから。殺せんせーの生徒として成長を見せるのだと。ならば、あなたは後者の乃咲圭一のはずです』
「………………」
『ならば、あなたは別に人類を背負って考える必要はないのではないかと、私は考えます。乃咲博士も、そう言うつもりで言ったのではないでしょうか。あなたがあなた個人の力を自覚した上で責任を負うことを咎めるつもりはありません。でも、自分が一番強いから、可能性があるから、保険になることができるからと、1人で人類を背負う責任を抱く必要はない。私には思えるのです。きっと乃咲博士も同じことを言うでしょう』
「…………思える、か」
彼女のどこが人工知能なのだろう。感じるとか、思えるとか。そんな言葉を使って意思疎通できる奴は、AIとは言えないだろ。出会った頃はあんなに頭でっかちだったのに、今では俺な方が頑固で意地っ張りで、融通が効かないな。
『もしも、人類代表みたいな認識だったのであれば、それは背負すぎであると同時に傲慢が過ぎます。確かにそれだけのチカラはあるのでしょう。しかし、何度も言うようにあなたが背負うべきものではありません』
『あなたの目指す強者とは、責任を果たそうとする者。責任を取る者ではありません。そして、この地球滅亡事件において、もっとも責任を取るべきなのはシロ。つまりは柳沢誇太郎と……乃咲さん風に言うなら、自分のケツを自分で拭くことができない情けない大人です。そもそも大人が責任を取り切れるか分からないから、子供の手を借りてるという状況。そんな中で自分のやりたいことを見つけたからと、まして恩師を救う為に走り出した子供たちを誰に責める権利があるのでしょう?』
『確かに何も知らない人達からすればたまったものではないでしょう。しかし、彼らに何が出来るわけでもない。現状を打破するチカラもなく、努力もできない。正確に言えば無意味も同然。そんな外野は忘れましょう。何せ、彼らが何も知らずに変わらぬ日々を過ごす中で、あなた達は努力し続けたのです。時に危ない目に遭いながら、それでも誰1人と脱落することなく』
『その上で、強者とは何なのか。もう一度考えてください』
『乃咲さん、強者だからと言って何をしていいわけではありません。しかし、力があるからこそ、自分の考えや道理を通せるのは特権なのです。それを、この学校で時にA組として、今年はE組として学んできた筈でしょう?』
『あなたは、この話題に関して間違ったことは言っていません。常識的に考えて無理だから、常識的に考えて誰も責任を取れないから、常識的に考えてみんなが不幸になる可能性が低い方を選ぶべきだから。これらを間違っていると言って良い人間はいません。けれど、もしも、乃咲さんが自分のやるべきこと、やりたいことで悩んでいるのならば……それは、これまでの常識に囚われすぎている所為だと私はアドバイスさせて貰います』
そうか。律は俺を"見て"くれたんだな。
みんなを記録という形で見続けたからこそ、俺の価値観の変化の薄さに気が付いたのか。
「そうか。ありがとう、参考にさせて貰う」
『いいえ。こちらこそ申し訳ありません。偉そうに』
「そんなことない。確かにムッとすることがなかったわけではないけど、聞けて良かった。俺はやっばり視野が狭いんだな。みんなは視野が広いとか、頭が柔らかいとか言ってくれるけど、そんなことなかった。……ごめんな、律」
価値観や常識の変化の薄さ。確かにそうかもしれない。
俺は確かに強くなった。殺せんせーすら殺せる程に。それでも、自分の能力をフル活用した時、具体的に何が出来るのか。そんなことを考えたことはなかった気がする。
殺せんせーを殺す。それは、身体能力でゴリ押しできることであって、俺のスペックをフル活用してこなす仕事ではない。
今の乃咲圭一は、何を何処までできる奴なんだろう……?
何が出来て、何が出来ないんだろ?
『……もう一つだけ、出来るアドバイスがあります』
「………聞かせてくれ」
『あなたの言う通り、強者だからこそ、一般的な価値観や常識は捨ててはなりません。しかし、それはそれとして、強者として、乃咲圭一という超人だからこその価値観や常識を持つこと。それが、乃咲さんが前に進むのに必要なことではないでしょうか』
「"常識的に考えれば〇〇だろう。でも、俺はこんな風に出来るから"みたいな考え方ってことか………」
要するに、価値観や常識を2つ持って使い分けろってことか。一般的な場面で使うべき価値観と常識。それを捩じ伏せることができる、強者としての価値観と常識を。
「難しいことを言ってくれるなぁ……まったく」
『ふふ、人の心があるから、人の心がないセリフを書ける。そんな感じのマインドならいけますよ、多分ね』
「………ほんと、いろんな意味で変わったよ。お前」
『乃咲さんはこれから変わっていくのでしょう?』
「……………頑張るよ」
そっか。律は徐々に変わっていた訳ではなかった。
開発者からの命令至上主義だったのを、俺たちとの協調の為に止め、反抗期を迎えた。親に逆らって自分のやりたいことをやる。そんな選択肢を選んだ彼女を俺は間近で見ていたじゃないか。そして、当時の俺はそんな姿を見て痺れ、尊敬すら覚えた筈だ。そんなことも、あったはずだ。
言い方を変えよう。彼女は確かに出会ってから徐々に変わった。人間味が増し、こうして俺たちの相談相手になってくれている。でも、律は変わろうと思って変わることが出来た人物なんだ。それを、今思い出した。
あの時、俺は彼女に言った。クラスメイトとしてみんなに認められるように頑張ると語った彼女に『分かった、見てるよ』と。律が変われるかどうかを裁定するかのように。
『私からあなたに一つだけお願いがあります』
「なんだ?」
『今度は乃咲さんが皆さんと協調することで得られる力を見て欲しいのです。かつて、私にそう言ってくれたように』
「………わかった」
なら、今度は俺が変わるべきだろう。
価値観のアップデート。それは簡単なことじゃない。まして、常識を理解しながらも、それを捩じ伏せる思考が必要なのだから。それは、いわゆるダブルスタンダードという奴な訳で。
かなり扱いが難しい話題だよな。自分の都合の良いように捩じ伏せるか、一般的な常識に合わせるのか。自分に甘い強者になるか、自他に厳しい強者になるか。自分に厳しい強者になるか。そんな分水嶺な気がする。
まぁ、すでに自分に甘い自覚はあるけどさ。
もういい。この際だ。一旦、暗殺のことは脇に置こう。助けたい、殺したいも忘れることにする。
俺とみんなの価値観に差がある以上、まずはそこを埋めないと話にならない。価値観の差を埋めて、そして自分に見合ったものへと育てる。それが今の俺に必要なことだ。
自分にできること、出来ないことを片っ端から試す。原始的だけど、価値観を育てるという難しい話題に対し、俺にできることはそれくらいしかない。自分のチカラを正しく認識して、評価する。それがきっと今の俺には必要だ。
仮に空を飛べる奴がAとBの2人居たとしよう。
彼らは今、崖から飛び降りることを強要されている。
2人の間に能力の差はない。身体能力も、知識量も同じ。それでも一つだけ、違う部分があるとすれば、Aは実際に試したことがあるから、自分が空を飛べることを知っている。Bは試したことがないから、自分が空を飛べるかは半信半疑というところだけ。このたった経験一つだけの差だったとして。2人は全く同じ行動をするだろうか?
答えは否だろう。
Aは飛べることを知ってるから、素直に命令に従える。
Bは飛べることを知らないから、躊躇いが出てしまう。
この例えで言えば、俺はBだ。
俺の思う、自分にできることと言うのは、実際に試したことではなく、このチカラがあれば、こんなこともできる筈だという推測に過ぎない。実際にはもっと出来るかもしれないし、逆に思った以上に何も出来ないかもしれない。
自分の体にガタが来る。そんな理由から俺は試そうとしなかったし、殺せんせーにも止められていた。実際に試そうにも、俺が本当に自分の想像通りのスペックを持ってるのであれば、そんじょそこらの空き地で試すなんて訳にもいかなかったから。
そろそろ時期が来たのだろう。自分が正しく何処まで出来るのかという基準を理解する時期が。
仮にフルスペックを発揮できなかったとしても、最低限、ここまでなら出来るという指標は間違いなく強みになる。
その為に、俺は翌日。とある人物へ連絡を取った。
チカラの使い道を知る前に、"強さ"とは何なのか。それに対する自分なりの解答を持っておきたい。その為に、どうしてもあの人の話を聞いておきたかった。俺を、自身の思い描く理想の強者であると言ってくれた人の持論を。
あとがき
はい、あとがきです。
今回はある種、圭一がやたらと後ろ向きというか、『え、お前そんだけ出来るくせに何でそんなに後ろ向きなの?』みたいな部分を書いてみました。まぁ、納得できるかどうかは別だと思いますが……(笑)
んでも、渚たち目線だとそんなこと知る訳もなく、そりゃあなんでもっと一緒に考えようとしてくれないの?ってなるよねと……。
ただ、圭一からしたら『無理だろ、常識的に考えて』というマインドだから、『いや、どうやったらできんの、それ。俺には分からないから、教えて納得させてくれよ』と聞き返してしまうのです。
言い方は間違いなく良くない場面が多いんですけどね……。
次回、久しぶりの魔王登場!
ご愛読ありがとうございます!