暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えてたくさんの高評価、感想ありがとうございます!

今回も投下しますのでお付き合いください!


192話 圭一と理事長の時間

 

「……まさか、またここに来るとはな」

 

 晴天の空。雪を溶かす太陽に照らされて歩いてきた道。ほのかに暖かさを感じる日差しと気温。風がないからか、まだ1月だと言うのに寒くない。かなり良い日和ではないだろうか。

 などと柄にもなく爽やかな思考を回して俺は、かつて一度だけ訪れたことのある友人の家を見上げていた。

 

 あの時は学秀に連れ込まれたんだったか。一年生の頃だ。来るのは二年ぶりと言うことになるだろう。

 少し緊張しながらインターホンを鳴らすと、聞き慣れた声が形式上の応対をしてくれた。

 

『はい、どちら様でしょうか』

 

「乃咲圭一です。本日はお招きいただき……」

 

『なにを緊張してるんだか………。父さんから話は聞いてる。待ってろすぐ行くから』

 

 せっかくだし丁寧に挨拶しようとしたら打ち切られた。

 なんとなくおふざけをする機会を持って行かれたことに寂しさを覚えつつも、相変わらずデカい浅野家……別名、魔王城に気押されて居心地悪く立ち尽くす。いわゆる高級住宅街にも関わらず、この家は更に一際立派だ。

 俺の家というか、父さんもかなりの金持ちではあるのだが、割と庶民的な部分があるというか、ローンすら組まずに買った持ち家があると言うだけでかなり上澄ではあるのだけど、家は本当にぱっと見ではありふれた民家と言った作りだから、こんな如何にも金持ちです。みたいなのは新鮮だ。

 

「やぁ、圭一。いらっしゃい」

 

「どうも。はい、これお土産」

 

「ご丁寧にどうも」

 

 学秀に家に通され、きっちり靴を揃えてお土産を渡す。

 すると、何故だか苦笑された。

 

「なんだよ」

 

「いや、当たり前のように菓子折り持参して、流れるように靴を揃えてって一連の動作が本当に……全国レベルで名前が知れ渡ってる"銀の死神"と呼ばれた不良のものとは思えなくてな」

 

「久しぶりに聞いたぞ、そのあだ名。それにわざわざ休日に時間を作ってもらったんだし、これくらいは礼儀だろ」

 

「友達の家に遊びに来るのに気負いすぎだぞ」

 

「いや、遊びに来た訳じゃないからな?」

 

「……………えっ?」

 

「…………………え?」

 

 学秀がなにやらキョトンと固まり、首を傾げていたので、釣られて俺も首を傾げてしまった。

 なんだ、なんか噛み合ってないぞ。『さっき父さんから話は聞いている』みたいなセリフ言ってなかったか?

 

「今日は浅野先生に人生相談して貰おうかと……」

 

「……………そう言えば、なにやら小難しいことも言っていたな。『え、圭一くるの!?』と舞い上がって聞いてなかった。なんだ、遊びに来た訳ではないのか……」

 

「お、おぅ……。そこまでがっかりして貰えると友達甲斐があるな……」

 

「せっかく、人生双六、チャオチャオ、ジェンガ、マリオパーティー、TRPGのシナリオなどなど用意していたと言うのに」

 

「それ、別に2人でやることは否定しないけど、もっと人数用意してやった方が盛り上がる奴ばっかじゃん……」

 

「何を言ってる?3人いるだろ?」

 

「え?他にも誰か来てんの?五英傑とか?」

 

「僕とお前と父さん」

 

「理事長カウントしてたのか!!!?」

 

 え、友達のお父さんと遊ぶの?それはそれで楽しみなんだけどぉって、いや、まて。ロクなことにならなそうだな。

 

「まぁ、その辺はおいおいの楽しみということで。ほら、父さんの書斎はこっちだ」

 

「書斎………。創作ではよく聞くけど、実際に目の当たりにするのは初めてかもな。ちょっと緊張する」

 

 学秀に案内されて、ズモモモモ!とオーラを放つ扉の前に立った。アレだ。この家が魔王城なら、この部屋は魔王の間だろう。アポとって、わざわざ時間を作ってもらってる身で失礼だと思うが、そう思わざるを得ない雰囲気があった。

 さて、気を引き締め直すとしよう。今日は遊びに来た訳でも、ふざけ倒しに来た訳でもない。

 

 きっちり3回ノックすると、入りたまえという返答が聞こえて来た。さて、今日ここに来た目的の人物に会いに行こう。

 

「失礼します」

 

「やぁ、乃咲くん。よく来たね」

 

 書斎の奥、窓際の席でゲンドウポーズをしながら薄っすらと不敵な笑みを浮かべる理事長。

 相談相手ながら、漂うオーラはラスボスのそれだ。立てばゾーマ、座ればヒヒュルデ、歩く姿はダークドレアム。どう足掻いでもラスボスか裏ボスという評価を避けられないな。

 

「それじゃあ、僕は外で待ってるよ。昼まで掛かりそうなら出前でも取ろうか?」

 

「いいね。それじゃあお寿司でも取ろう。乃咲くん、特に食べられないものとかはないかな?」

 

「えっ……」

 

「心配せずとも学生に払わせるような真似はしないよ。私としてもこの一年の経験は貴重な経験だったからね。そのお礼のようなものさ。それに、教え子と食事を共にする珍しい機会だ。格好くらい付けさせておくれ」

 

「あ、いや、それは流石に……」

 

「言葉に甘えておけ。お行儀よくするのも大事だが、家主の厚意に甘えるのも客としてのマナーだ」

 

「うん、学秀の言うとおりだ」

 

「えと……はい。ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」

 

「それでいい。それじゃあ学秀、手配は頼んだよ」

 

 学秀は頷くと出て行ってしまった。それを見送ったあと、先生は立ち上がると左手にある、これまた重厚な扉に向かって歩き出すと振り向いて言った。

 

「こっちへ来たまえ。応接室はこっちだ」

 

「お、応接室………!!!!?」

 

 浅野先生が消えた方へ慌てて、それと同時に走らない程度に急いで寄っていくと、そこには立派な椅子が2つ。小さいけれど絶対に安物ではないと確信させるテーブルがあった。

 しかも、この部屋はどんな意図があるのか、出口が今入った扉しかない。窓はあるけれど、外からの侵入は不可能だろう。

 

 なんか秘密基地とか隠し部屋みたいだ。正直ロマンがある。

 

「ふむ、そういう反応には年相応の男子っぽさがあるね。良いリアクションをする。さ、そこへ座りたまえ」

 

 促されるがままに浅野先生の正面に腰掛ける。

 

「今日はお時間いただきありがとうございます」

 

「構わないさ。教え子が教師に遠慮する必要はない。それに、ざっくりと聞いただけだが……キミの悩みには私も興味がある。とはいえ、興味本位で対応する訳ではないので安心して欲しい」

 

 軽く例をしながら感謝を伝えると、先生は薄く笑って、彼なりの思惑を少しだけ溢してくれた。

 興味?浅野先生が俺の悩みに?本題に触れる前にそこが少しだけ気になってしまった。それが顔に出ていたのだろうか。彼は机の脇の方に置いてあった湯呑みに急須からお茶を注いで自分と俺の前に置くと、先に喋り出した。

 

「乃咲くん。キミは、私にとって……私が目指していた(・・・・・・)教育論において理想とも言える生徒だった」

 

「お父さんに認めてもらう為の努力。その果てに小学校6年間は常に成績トップで、我が校の入試もうちの息子に並んで主席入学を果たしてみせた。学秀にとってキミは高め合うライバルだったのだろうが、キミにとって彼は蹴落とすべき敵、目の上のたんこぶ、そして負けられない相手だった」

 

「それは見ていて直ぐに理解したよ。そして、私はその姿勢を買っていた。主席という学業においてその学年における頂点に立ちながら、キミは負ける恐怖との戦いをいち早く意識していた。少し、挫折していた時期もあったが、3年生に上がってからは、その期間の遅れを取り戻すかのように大躍進を遂げた」

 

「強者が負けて弱者になった。それでも努力を続けて強者の立場へと返り咲いた。他者を蹴落としてでも生き残る。強者の立場へ這い上がる。そんな姿は私にとっての教育の理想の体現だった。学秀とは違う意味で、キミは私の教育のモデルケースだった」

 

 俺にもお茶を勧めると、彼はズズっと軽く自分の分を啜って、ことりと湯呑みを置いて俺を見た。

 

「そんなキミが、今。かつての私と同じ疑問に行き着いた。即ち、"強さとは何なのか"という一言さ」

 

「学秀は私とは少し違う強者の形を見つけ、そこを目指して歩き出した。それもいいさ。あの子なりの巣立ちだ。息子だからね、もうしばらく近くで見守ることができる。一方、乃咲くんは可愛い後輩たちの子供とは言え、間も無く私の手元から巣立って行ったら見守るというのも難しい。しかしながら、だからこそ、興味がある。かつて教え子を失った時、失意の底で私の至った疑問にぶち当たったキミが、どんな答えを出すのか」

 

 先生と目があった。

 

「キミは責任を果たす者という姿を自らの理想だと、あの日、私も見守った暗殺でキミは語った。それは今も変わらないかい?」

 

「……いえ。少しだけ。責任を果たす者ではなく、果たそうとする者。それを目指したいと思ってます。責任を果たせなかったら弱者なのか。果たそうと頑張った奴はできなかったという理由で切り捨てていいのか。そんな風に思ったから」

 

「なるほど、優しい理由だ。倉橋さんの影響かな?」

 

「よくご存知で………」

 

 怖い、なんでそんなことまで分かるんだよ。

 

「キミは視野が狭い訳ではないし、思考が硬い訳でもない。けれど、自分が"こうだ"と思ったことは中々曲げないタイプだ。嫌なことからは素直に逃げるが、必要だと思ったら意地でもやり通す。もともと勉強だって特別好きな訳じゃない。必要だからやった、父さんに認められる為にやった。そうだろう?」

 

「ぬぐっ……」

 

「実は努力だって好きと言う訳じゃない。上手くいかないと投げ出したくなる。ただ、出来るようになるのが楽しいから。自分が伸びてると思った瞬間に喜びや生き甲斐を感じるから。それを認められ、褒められるのが嬉しいから。おおかた、暗殺面で最初からほぼトップに近い成績だったのも、そう言う姿勢で烏間先生に認められたかったから努力した結果だろう?」

 

「い、一から十まで合ってます………」

 

「まぁ、こういう評価ができる程度には私もE組を一応見ていたからね。それに、やはり今年のE組は特別だった」

 

 どうだろう。この人の場合、特別でなくとも何だかんだでE組の生徒を見ていたんじゃないだろうか。

 だって、この人はE組と言うブランドを最底辺に置きたいだけの人だ。そうでなければ、例年でE組から本校舎に復帰する者は現れないだろう。それが例え、成績という数値に基づいていてもだ。だって、そうでなければ成績50位内に入れる者がいない年でもE組から復帰する者はでない。

 

 それに、理事長は生徒に嘘はつかないだろう。生徒にというか、教育に、だ。E組から生徒を復帰させることで、今の仕組みを盤石にする思惑があったとしても、彼は夏休みに竹林に言ったそうだ。この時期、E組で努力した生徒に復帰しないか声をかけるのは例年のことだと。

 しかし、毎年毎年、理事長のお眼鏡に合うような成績を取れる奴があの環境で生まれるとは思えない。となれば、そこは理事長が復帰させても問題ないと思った者を選んでるに違いない。その評価をどうするのかと言えば、一応の成績と、あとはE組での生活態度だろう。だから、E組には彼が目をかけた新人教師しか配属されない。新人教師特有の熱さと、生徒をしっかり見れる姿勢。だから新人だった雪村先生がE組に配属されたのだろう。

 生徒を見させる為に、そして、自分が見い出し、期待を寄せた教師がみた生徒像を信じられるから。

 

「……さて、キミの悩みはこうだったね。自分には他者よりも強い力がある。だが、それに見合った価値観や視点がない。世間一般のいう常識と自分独自の視点を持つ為、そもそも"強さ"とは何なのか。それを考えたい」

 

「……はい」

 

 だからこそ、この人を頼った。きっと強さとは何なのか。その答えなら烏間先生も持っている。けど、俺をプロとして対等に見るのではなく、生徒としてフラットに"見て"くれていて、強さとは?という疑問に対して自分なりの解答を持ってる人だから。

 

「難しいテーマだ」

 

「自分にとっての常識を使い分けるってのがどうにもイメージし辛くて。部分的にやれてはいると思うんですけど、でも、どうしても"それでいいのか?"と思う部分があるんです」

 

「なるほど。ある種、ダブルスタンダードにすることに抵抗があるということだね」

 

「言語化するとそうなるかも……?」

 

 俺の言葉を聞いて短くまとめると、先生はいつの間に置いたのか、テーブルの上にあった個包装のチョコを一つ食べ、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「結論から言うと、キミにとっての常識を2つ作る必要はない。考え方としてダブスタにすることが少しズレているかな」

 

「ダブスタ………」

 

「乃咲くん。私が思うに、人が物事を判断する基準は3つだ。常識と、良識と、そしてエゴ」

 

「常識と良識とエゴ……?」

 

「その通り。それぞれの違いは分かるかな?わからなければ調べて見てもらって構わないよ」

 

 言われるがままにスマホを取り出す。

 

「常識は……地域や時代や組織で変わるルールや、共通の認識」

 

「良識は……何が正しいのか自分の考えで見極める能力」

 

「エゴは……自分中心の考え方や我儘」

 

 一通り読み上げて顔を上げると、浅野先生は頷いた。

 

「今調べてもらった通り、その3つは違うものだ。そして今のキミに足りていないもの、それはエゴなのだろう」

 

「……俺、結構我儘ですよ?」

 

「そんなことはないさ。キミは頑なであっても、わがままではない。むしろ、話を聞く限りでは潮田くんの意見こそ我儘と言える。それは常識と良識があればそう見えるだろう」

 

 渚の意見が我儘………?

 

「いいかい。キミの殺せんせーを殺す、助けるにまつわる一連の話における結論はこうだ。『周りに迷惑が掛かるから動けない』と。内容までは下手したら私が共謀になるかもしれないという理由で話してくれなかったが、乃咲くんの意見は至極真っ当だ」

 

「常識的に考えたら不可能、出来たとしてもやるべきではない。良識的に考えたらやるべきではない、お世話になった人たちに迷惑を掛けるべきではない。そも、責任を取れる者がいないのだから。とね。道徳の授業なら5をあげたいところだとも」

 

「しかし、そこにはエゴがない。むろん、それは悪いことではない。けれど難しい話でね。腹を割って話す、本音をぶつけ合うという場においては悪手だ。自分を曝け出していないのと同義だからね。そんなつもりはなくとも、周りに本音を話させておいて、自分は腹の中を明かさない。そんな風にも取れる。言い換えてしまえば……そう言う場でエゴを出さないのは卑怯だ」

 

 先生からの言葉は辛辣だ。むろん、非難されてる訳でないけれど、今の俺がどう見てるのかを端的にぶつけてくる。

 

「〇〇するべきだから。それは義務感で選んだ者の言葉だ。〇〇したいから。これがエゴを持った者の言葉だね。キミは常識と良識の後に選んだ理由に後付けでエゴのようなものをくっ付けている」

 

「さて、潮田くんはどうだろう。常識的に考えれば乃咲くんの言うことが正しいことは理解してる。けれど、殺せんせーはお世話になった相手だ。そんな相手を助けたいと思うのは良識的に考えて間違っていない。常識と良識が拮抗しているね」

 

「……はい」

 

「そんな時、どっちを選ぶのかで出てくるのがエゴ。つまり、『それでも助けたい』という言葉と選択だ」

 

「それが我儘……ですか」

 

「そうだとも。だがね、私はそれを悪いとは思わない。我儘と言えば聞こえは悪いが、譲れないモノという言い換えもできる。実際に渚くんがキミヘそう答えた時、どう思った?彼の言葉をわがままだと一笑に付したかい?」

 

「いえ。ただ……漠然と、渚は強いなと」

 

 そうだ。俺はあの時、漠然とそう思った。

 俺では断言できなかったことを言ってのけた彼に。

 

「そう。キミは強いと感じた。さて、ここでお待ちかねの本題だ。"強さ"とは何なのか。潮田くんは総合的な実力においてキミが強いと感じる要素は薄いね。学力でも、知力でも、暴力でも。精神力は彼の方が今は上だろうが……。それでもキミが彼を強いと思った理由は?」

 

「……俺には選べなかった答えを、それでもって選んだから」

 

「では、なぜ、選べたから強いと思ったのか。ただ自分がやりたいことを主張するだけならば……ざっくり、我儘放題のガキ大将は世界最強ということになる。私が思うに、『自分はこうしたい』と選べる理由にこそ、"強さ"への答えがある」

 

 今度は俺にもチョコを手渡し、さっきと同じように口に放り込む。なんとなく、その動作を真似してお茶を啜る。

 いつの間にかカピカピになっていた口内にチョコの甘みと乾いていた喉にお茶の程よい渋みが染みる。

 

「私はかつて、教え子を失った。最初はわがままで少し乱暴な子だったが……それでも、彼にしかない"良さ"があった。だから、そこを育てた。キミたちが今使っている学舎で、2人の仲間と共に………近所でも優しい良い子と評判になるくらいに良い子に育ってくれた。私の教え子の一期生だよ」

 

「………………あなたが普段から大事そうに使っている、椚の葉を模したネクタイピン。いつもピカピカに光ってて、大切にしてるのが分かります。それが、永井先輩たちからの贈り物なんでしたっけ」

 

「………………驚いた。どこでそれを?」

 

「いえ……。俺も何処で聞いたのか曖昧なんですけどね。俺が勝手にそう思い込んでいただけかも」

 

「………いや、間違ってない。想像だとしたら大した洞察力だ。その通り。アレは私にとっての宝物さ」

 

 先生は目を細めたあと、俺に目を合わせた。

 これから話そうとしてることを思い出してか、優しい目に仄暗い、彼の中に未だ消えない悔しさが残る眼光が灯り、そして、ジワリジワリと鋭くなる。

 

「だが、あの子は殺された。タチの悪い連中の標的になってイジメられていたらしい。彼は、ロクな反撃もせず、されるがまま、暴力を振るわれ、金を奪われ、罵声を浴びせられ、そして自ら命を絶ってしまった」

 

「一度だけ、あの子から連絡があった。ラーメンを奢るという約束をして、彼と次に会う日を楽観的に楽しみにしていた。思えば、あれはSOSだったのだろう。私は気付かなかった。電話の奥から聞こえる彼の声は、卒業したあの日と変わらないように思っていたから。次にあったら、彼が好きだったバスケでも一緒にしようなんて思っていたよ」

 

「たまたま、彼の家の近くで仕事の用事があったから。そのまま会いに行こうと思った。そして家の前に着いた時、言葉を失った。どんな偶然が重なったのか……私が遊びに行った時、あの子の家で告別式が行われていた」

 

 良い子に育ってくれたと思っていた。自慢の生徒、それも自分にとって教え子の一期生が知らぬ間にイジメられ、会いに行ったら死んでいた。それも自殺でこの世を去った。

 

 それは、どんな気持ちなんだろう。俺にとっての初めての教え子は綾香ちゃんだ。きっと、浅野先生のそれには遠く及ばないだろうけど、それでも、俺なりにあの子に教えるために四苦八苦していた。そして、学校に行っていなかった彼女が、学校に行くようになってくれた。その理由を、俺のお陰だと言ってくれた。

 

 そんな綾香ちゃんがもし、俺の知らない間にそんな目にあっていたら?勉強を教えにわかばパークなり、彼女の家なりに行ったとき、葬式や告別式の最中だったら。そこで泣く、あの子の両親や松方さん、さくらちゃんたちを見たら。俺は……正気でいられるだろうか?いや……無理だろう。

 

 きっと、そんなことをした連中を許さないだろう。

 

「そこで考えたよ。手元を離れて数年で死んでしまう生徒が、本当に"良い生徒"なのか?と自分自身に問い掛けた。さっきの常識、良識、エゴの3つで言えば、私は良識ばかりを育てていた。イジメは良くない、イジメをしてる方が悪いという常識に対し、でもやり返したら自分も同じになる、殴られて、殴り返したら相手も同じ痛みを負うのだと言う良識。あの子は……池田くんは、なんで自分がこんな目に遭うのかという苦しみと私が育てた良識に押し潰されてしまったのではないか」

 

「だから、私は決めた。何を犠牲にしてでも自分が生き残れる生徒を育てよう。その結果で行き着いたのがキミたちのよく知る、E組というシステムさ。象徴的な弱者を作り、あんな風にはなりたくないと努力し、まずは自分が生き残ることを第一にする」

 

「E組には自分と同じ境遇の者を複数用意し、どうして自分だけこんな目に遭うのか?という感覚を薄めさせ、そこに自身が弱者であるからと明確な理由をつけた。E組はそのまま椚ヶ丘の高等部には進ませない。中学時代のヒエラルキーとパワーバランスをリセットする為に。そして、E組の地獄を経験した者は、二度と同じ目に遭わないように努力する。少なくとも、差別、イジメに遭わない為の危機管理を徹底するだろう」

 

「A〜Dには、強者でいることの優越感を。E組には二度と弱者になるまいという経験を。そして、こういう教育思想であることを保護者に説明し、同意した家庭の子供を受け入れることで、二度と同じ轍を踏まないように教育を徹底した」

 

 改めて聞くと本当に恐ろしいシステムだ。A〜Dでそのまま進学した奴らはもちろん、E組を経験して、外部の高校に行った場合、少なからず、エンドのE組だった者は新しい環境に対して心機一転、頑張ろうと思うだろう。

 何せ、スタートは平等なんだ。差別されないし、自分たちの惨めな中学3年生の姿を知る者はほぼいない。比喩でもなんでもなく、高校での新しい生活は新天地の景色になるだろう。

 

「他人を踏み躙ってでも、自分は生き残れる強い生徒を育てる。その為に、私はまずは"強さ"とは何かを学び尽くした。武術を修め、話術を学び、財力を得て、精神力を身につけ、他者を自在に操る術を手に入れたのだが……さて、ここで質問だ。乃咲くんにとって強さとはなんだい?」

 

「………いま、先生が挙げた要素において、他人に勝る部分……とかですかね?暴力が得意な者同士なら、喧嘩で勝った方が強い。そんな印象です。ざっくりとですが」

 

「間違いではない。では、質問を変えよう。なに、気負うことはない。ゲームなどでもよく取り上げられる話題だ、"強さ"とは、手段か目的か。それだけの質問だよ」

 

「………手段です。何のために強くなるのか?ボス戦を楽にするため、周りに自慢するため、いろんな理由があるだろうけど、強くなることは、メインの目標じゃなくて、メインを達成する為のサブ目標だと思います」

 

「その通り、私にとっての強さとは手段だ。A〜D組の生徒を思い浮かべると良い。彼らはE組という弱者を見下すことで優越感を得る。その優越感を得るには何が必要か?良い成績を取れば良い。椚ヶ丘学園での強者とは?成績優良生のこと。ならば、うちの学校での強さとは?学力のある者。身近のモノでこう考えると分かりやすいだろう?」

 

「……この学校における学力という強さは、成績不振な連中を嘲る為の手段ってことですね?」

 

 重く頷く姿を見て俺なりに考え込む。

 前に学秀と理事長の教育理念について考察したことがあった。どうやら俺たちの考察はそう的外れでもなかったらしい。

 

「そう言うことだね。では、ここで何故、強さが必要なのかを考えよう。何度も言うが、強さとは手段のこと。では、なぜ、手段が必要なのか。それは目的があるからだ」

 

「ここで出てくるのが、常識、良識、エゴの3つだね。よっぽどでなれけば、常識と良識は自分の考え方次第でどうとでもなる。それらではどうにもならない時にエゴが必要だ。しかし、それを通すには力がいる。言葉を選ばずに言えば我儘だからだ。私が思うに、強さとはエゴを通す為の手段なのだよ」

 

「強ければ何をしても良いわけではない。だが、強いものには権利がある。何故なら、強くある為に何かしら努力をして結果を出しているからだ。弱者の自分は頑張ったという主張と強者の自分は頑張ったという雄叫び。どちらに重みがある?」

 

「"こいつが言うなら仕方ない"そう思わせるだけの説得力。あるいは有無を言わさぬ圧倒的な強制力。それがエゴを貫く強さだろう。では、その強さとはどうやって手に入れるのか」

 

「努力はもちろん必要だ。しかし、それ以上に必要なのが自分の限界を知ること。"ここまでならできる"という基準であり、"ここから先はやってみないと分からない"という危機管理であり、"これは自分には無理だ"と諦める為の一線。それを知ることだ」

 

「できる基準は、何が何でも完遂できる最低ライン。やってみないと分からないという基準は、仲間を集めれば達成できるかもしれない理想値。諦める基準は、不可能だと知りながら挑戦することは賞賛される勇気ある行動であると同時、一歩間違えれば無責任とも取られる諸刃の一手だ。強行するか、共倒れを防ぐ為の自分だけでなく周りを守る為の防衛線だよ」

 

「潮田くんは、自分たちと仲間の能力を正しく評価している。アサシンとして訓練したことで身につけたチカラや開花した才能を自らの強みだと知っている。一方、キミは自分の限界をまだ知らない。全力を出し切っていないから、あるいは、常識に当てはめて、挑戦する前から力をセーブしてるからかも知れないが」

 

「キミが潮田くんに感じた"強さ"の正体は、自分の実力を知っている者が持つ、自信とも言えるだろう」

 

「その自信で、常識を乗り越えて、良識を知りながらもエゴを通そうとする姿勢。キミは、それを見たんだ」

 

 言葉の一つ一つが鼓膜を叩く度に少しづつ自分が下を向くのが分かった。言われてみると納得できることばかりだ。

 

「………池田くんにも、嫌なことは嫌だと、やられたらやり返してでも、現状を変えようとする。そう言ったエゴの通し方を伝えることができれば………何か変わったのかもしれない。あの子は、何も悪くなかったのだから」

 

「…………」

 

 最後の言葉は、きっと俺に向けられたモノではないのだろう。だから、あえて言葉を返すことはしなかった。

 けれど、彼の中にある後悔は伝わってくる。悔しさと怒りが、やるせない思いが、流れ込むように。

 

「ここまで様々なことを聞かせたが………私の見立てでは、キミが前に進む為に必要なことは2つ。エゴを前に出すこと、そしてエゴを通す為の強さ……その強さの源である、自分自身のチカラを知ることだ」

 

「エゴとチカラ………」

 

「周りを気遣うなとは言わない、責任を重んじるなとも言わない。我儘を押し殺してルールに則るべき場面の方が多いのも事実だ。それでも、譲れない一線を持ちなさい。こればかりは教育で伝えきれない哲学だ」

 

 そりゃそうだ。今の考えは、あくまで浅野先生が過去の経験から感じた、学んだこと。それに基づいた信念だ。それを聞いただけで自分のものに出来ると思うほど、俺は賢くないし、思い上がってもいない。

 彼の言葉を胸に、自分なりの答えを見つけなくてはいけない。少なくとも、自分のチカラすら全て知らない俺にはまだ無謀なことだ。だから、それを知るに動くんだ。

 

「責任を果たそうとする者。それは難しくもあり、厳しいテーマでもある。常識の中で生きるのは守るべき責任だし、良識に従うのも責任が伴うし、エゴを通すのなら……それら二つとは比較にならない責任を背負うことになる」

 

「キミは選ばなくてはならない。それら3つから優先するべき、果たすべき責任を。この事件で言うのなら……友人や家族や何も知らない人々の命を取るか、お世話になった人々に降りかかる迷惑を取るのか。あるいは……"背負いきれない責任"を果たすべき責任として背負うのか」

 

「はたまた、背負い切れないと知りつつ、それでも責任を背負う覚悟を決めたこと。それでも果たしたい役目や目的こそを、自らの"果たすべき責任"と定義するのか」

 

 背負い切れないと知りつつ、それでもやりたいことの為に背負う。そこまでして果たしたいことを、自らの果たすべき責任と定義する。それは、どれだけ難しいことなんだろう。

 俺にそんなことができるのだろうか。そんな風に弱気になってしまう。でも、ダメなんだ。それでは。弱気になるのは、本当にできないと悟ってからだ。そうでなければ、例え、殺せんせーを殺すことを選んだとしても、その目的の一つである、自分の成長を彼に見せるという部分が果たせない。胸を張って俺は成長したんだと言えなくなってしまう。

 

「……ありがとうございます。参考になりました」

 

 物事を決める基準は、常識と良識とエゴ。

 強さとは、エゴを通す為の手段。

 今の俺に足らないのは、エゴと自分の強さへの理解。

 選ぶんだ。自分が本当に背負うべき、果たすべき責任を。

 

「……………もう一つ、私からアドバイスだ」

 

「はい?」

 

「学秀にあって、キミにない強さ。いや、自覚していない強さと言うべきかな」

 

 お礼を言って、話を切り上げようとした。すると、浅野先生はほんの少し、空気を緩めて俺に語り掛ける。

 

「キミが自覚するべき強さは、自分だけのチカラだけじゃない。周りの強さもちゃんと理解してあげなさい」

 

「……周りの強さ?」

 

「あの子は支配者として周りを手足のように動かす。キミは指揮官として仲間を動かす。彼にとって他人のチカラは使うもの、キミにとって他人のチカラは借りるもの。彼にとってチカラは集めるもの、キミにとってチカラはある分でどうにかするもの」

 

「………他者のチカラ」

 

「良いかい。他者のチカラは自分のチカラではないが、自分のチカラで集めた他者は自分のモノだ。それを人脈と言う。いいかい?自分のチカラで、強さで足りないときは他者を頼るんだ。キミが声をかけて集まった人材は、少なからずキミを認めた者なんだ。それは、紛れもない乃咲くんのチカラの一つなんだよ。それを忘れないで欲しい」

 

 意外だと思った。他者を蹴落とし、踏み台にしてでも生き残れ。そう伝えて来た人の口から、他人を頼れと教わるとは。

 

「他人を上手く使うのだって強者の条件だ」

 

「あ、そういう……」

 

「それに、キミは苦手だろう?周りを頼るの」

 

「…………得意ではないです」

 

「夏休み明けの体育祭なんかは、良い感じに頼れていると思ったのだが、何があったのか、また抱え込み気味のようだったからね。あれだけ頼もしいクラスメイトがいるのだから、使わない手はないさ」

 

 頼もしいクラスメイト、か。

 ま、実際にその通りだけどさ。

 

「さて、私からの冬休み特別講義はこれでおしまいだ」

 

 浅野先生はパンと手を鳴らすと姿勢を緩めた。

 

「はい、ありがとうございました。まずは……うん、自分のチカラを見極めたいと思います」

 

「それがいい。もし、キミが答えを見つけられたのなら、聞かせて欲しい。それから、協力が欲しい時は声をかけてくれたまえ。責任だ、強さだなんだと語ったが、大前提、君たちはまだ子供だ。大人を頼ること、それは子供にしかないチカラだ」

 

「…………………」

 

 大人を頼ることもチカラ、か。

 もし、この人を頼れるとしたら、何があるだろう。

 

 俺は考えた。これから先がどうなるかなんて分からない。でも、分からないからこそ、備える。先手を打つ。例え考えすぎと言われても、やればよかったと言う後悔より、取り越し苦労で良かったと笑いたいから。

 

「それじゃあ……一つだけ」

 

「なんだね?」

 

 彼は俺の願いを聞くと、目を丸くし、キョトンとした後で笑った。かつてないほどに朗らかに。ありふれた、優しい先生のような笑みで、心底意外そうに。

 

「それは確かに私にしか頼めないことだね。いいだろう、その時は椚ヶ丘中学校理事長として、全力でキミの願いを叶えよう。なにせ、私のテリトリーで、横暴を許す理由はないのだから」

 

 優しそうな笑みは一瞬で黒く染まった。

 けど、今はこの魔王のいてつくはどうが心強い。

 

 俺は……周りの大人に恵まれたな。

 

 なんて思った数十分後。俺と理事長と学秀はさまざまなゲームで互いを蹴落とし合うことになるのはまた、別のお話し。




あとがき

はい、あとがきです。

なんとなく、浅野理事長は強さについてこんな風に考えてそうだなぁ〜みたいなのを垂れ流してみました。伝わってくれたら嬉しいです(笑)
自分の強さ、チカラを自覚するには、まずは自分が何が出来るのかを知ること!さて、次回はあまりにも季節外れ過ぎるイベント開催!

ご今回も愛読ありがとうございます!
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