加えてたくさんの高評価、感想ありがとうございます!
今回も投下しましたのでお付き合いください……!
「なに、シンプルな話しです。カルマくんは乃咲くんと同じものを背負いたい。渚くんは自分の覚悟が負けていないことを証明したい。一方、乃咲くんは2人を始めとした仲間たちが自分に着いて来れると思っていない」
「ならばやることは非常にシンプルです。2人が乃咲くんに追従すれば良い。カルマくんは乃咲くんに着いていくということを行動で示すことができるし、渚くんは2人に対して自分の気持ちを示すことが可能。そして、乃咲くんは仲間たちが本当に自分に着いて来れないのかを知ることができる」
「ね?理屈としてはシンプルです」
殺せんせーが腕を組みながら頷く。
けれど、俺はそんなシンプルな問題だろうかと首を傾げた。もちろん、殺せんせーの言いたいことが分からないってことじゃない。言いたいことは分かる。でも、ゾーンに入らない程度とは言え、本気を出した俺にカルマが着いて来れるかなんて分からないし、まして渚が俺たちに追従できるのだろうかと。
「……面白いじゃん。俺はやるよ」
「カルマ、本気か?」
「当たり前じゃん。手を抜いたら後でボコすかんね」
「さっき俺には勝てないって認めてたじゃん」
「気持ちの問題〜」
舌を出しながら、カルマがストレッチを始めた。
続いて、渚も決意を表明した。
「僕もやる」
「渚まで……」
「僕らは乃咲が思ってるほどヤワじゃないよ」
渚もやる気満々らしい。
2人とも、完全に意地を張ってる。
「乃咲くん、君は?」
「やりますよ。もともとそう言う話しだったし」
「そうでしょう。だから、アドバイスです」
「アドバイス?」
殺せんせーはオウム返ししてしまった俺の言葉に重々しく頷くと、一言一言噛み締めるように言った。
「何があっても手は抜いてはいけません。カルマくんが倒れようが、渚くんが根を上げようが全力を尽くしなさい。できる者ができない者に合わせる必要はありません。逆パターンは別ですが。しかし、時としてできる者が歩み寄ることも大切なのもまた摂理。けれど、今はそのどちらも求められていません。キミに求められているのは、全力を尽くすことだけです」
「…………」
「何かを為すのに、自分がもう1人必要だなんてことはないのです。足らないのなら別の何かで補うこと。それもまた殺し屋として必要な技術なのです。自分に着いてこようとする仲間に目を向ければ、それを理解できるでしょう」
「………それは、死神の経験談ですか?それとも、"先生"としての言葉?」
「両方です。殺し屋として自分がもう1人欲しかったから、あの子を育てました。先生としてあの子に才能を感じたから、様々なことを詰め込みました。自分と同じレベルを求めて厳しく接し、求める水準に達していないから、彼の意見を切り捨てた。でもね、それは傲慢です。本気の自分に着いて来られないからという気持ちは痛い程に分かります。でも、だからこそ、周りに目を向けるべきです」
「……」
「本当に自分に能力があると言うのなら、信じて任せてみること。仮にしくじりそうであっても、自分がなんとかする。もちろん、この姿勢も良くありません。ですが、仲間がいた方が成果が落ちるというのは二流です。自分に着いて来てくれる者がいるのなら、自分1人の時よりも良い結果を出せるようになりなさい。彼らも一流のアサシンであり、キミに寄り添おうとする仲間であり、友人なのだから」
「1人の時より良い結果を……か」
言われてみると、それもそうだ。
というか、普通に考えると1人の方が良い結果を出せると言うこと自体が異常なんだほう。
でも、少しだけ分からない。少なくとも、今日の体力測定の目的は、その普通に対して自分の離れ具合を知るための物。みんなを不要と言いたいわけではないけど、普通に考えたら、1人より2人の方が良い結果を出せると言うものを、俺1人の方が良い結果を出せるかも知れないと知るためのものじゃないのか?
「まぁ、そのうち分かりますよ」
「……はい」
言われて頷き、俺も軽くストレッチ。
前まで普通に走った時の記録も計測していたが、フリーランニングを習得してからは障害物競走というか、烏間先生たちの作ったアスレチックを走破するタイムアタックに変わっていた。
シンプルな直線距離の計測は久しぶりだ。
それに、今回は全力を出すんだ。今まで手を抜いていたわけではないけど、無意識に掛けていたリミッターを意図して外す。その結果、どんな記録が出ることやら。
「……そう言えばさ、教室に来るまでの山道には雪あったのに、このグランドだけ乾いてるね」
「あっ、確かに……」
「ヌルフフフフ、実は昨日の晩から皆さんが来るまで先生の熱い息をこう、ガーッ!と吐き出して乾かしておきました!」
「人力ドライヤー!!?」
「絵面がシュールすぎるよ!!?」
やっぱりこいつら仲良しだろ。
「さて、緊張も解れた所で50m走から計りましょう。ささ、こっちへ」
殺せんせーに案内されて歩いていくと、現れたのは、5本のコース。いや、さすがに多くないだろうか?
「真ん中に乃咲くん、右端と左端にカルマくんと渚くんが立ってください」
「え?3人並んで走らないの?」
「安全のためです」
2人はその言葉に首を傾げたが、俺はなんとなく妥当だと思った。正直、自分でもどの程度のスピードが出るか検討が付かない。普段のフリーランニングから考えて、5秒台は楽勝だ。ただ、そこから更にリミッターを外すとなると、3秒台くらいだろうか。そのくらいになると車とほぼ変わらない。
うん、万が一にでも接触すると危ないから、そう言う意味だとやっぱりコースは引かれた方が良いだろう。
「……さて、それでは3人とも。位置について」
言われるがままにコースに着き、姿勢を作る。今更ながらクラウチングスタートじゃなくて良いんだろうか。
「なにを普通に構えてるんですか!クラウチングスタートに決まってるでしょう!!先生、陸上の監督もしてみたいんですから雰囲気を大事にしてください!」
「「「知るか、そんなこと……?!」」」
突っ込みつつ、改めて構えを取る。
殺せんせーが触手を伸ばしてスタート台代わりになってくれた。どれ、深呼吸して色々と整えよう。
「それでは気を取り直して。位置について、よーい……ドンって言ったら————」
その時点で俺は殺せんせーの方に笑顔を向けた。
「ドンって言ったらスタート、よーいどん兵衛、その他諸々やったら触手ネジ切りますからね」
「ひぇぇぇぇ!!!?」
「今のは殺せんせーが悪い」
「是非もなし」
「ちょっと!?もっと先生を心配してください!?カルマくんも是非もなしとか言うキャラじゃないでしょ!?」
「殺せんせー」
「にゅぅぅ……分かりました。それじゃあ、よーい!ドン!」
ようやく放たれたスタートの合図。スターターピストルじゃないのは、山の中で使って猟か何かだと勘違いさせないための配慮だろうか。並列思考でそんなことを思いつつ、前足に力を入れて思いっきり地面を蹴った。
0から100へ。渾身の力を持って地面を蹴り抜くと同時、身体が浮いた。ビュン!と音を立てて、瞬く間に半分を少し過ぎた辺りで地面に脚が付く。あまりにも自分でやっていて予想外の出来事に面食らいつつ、着地と同時になんとか再び地面を蹴り抜いて跳ぶ。50mは瞬く間に走破してしまった。
「乃咲くん、0.9秒!」
「0.9秒……!!!?」
ゴールを少し過ぎた辺りで今度はしっかりと両足を着いて着地する。それと同時に読み上げられたタイムは耳を疑うものだった。さっきの3秒と言う見積もりが赤子のように思える記録だ。
おかしい。0.9秒だ?3秒台ですら人間では不可能だ。チーターとかそう言う俊敏性に特化した獣でようやくのタイムだぞ。それよりざっくり2秒も速いのか……?
「カルマくん、6.1秒。渚くん、6.7秒!」
ゴールしたカルマと渚が肩で息をしている。それだけ全力で走ったと言うことだろう。だと言うのに、俺は微塵も疲れを感じていない。だって、たった2歩しか動いてないんだ。疲れるわけがない。訳がないのだが……現実味がない。
「さて、測り直しです」
「え?」
「え?じゃありません。乃咲くん、自分のスピードに驚いた拍子に一瞬、気を緩めましたね?着地してから再び跳ぶまでにラグがありました。それがなければもっとタイムは縮んだはずです」
「ま、マジ………?」
「あれでラグあったの……?」
カルマたちが流石に驚いた顔をしていた。
「走ってるってか、跳んでたじゃん。ぴょーん、ぴょーん。とかじゃなくてバヒュン!バヒュン!って」
「脚力が強くなると、地面を蹴った際に得られる推進力が上がります。ゴムボールを強く押し付けると、より強く反発するのと同じですね。その結果、何が起きるのかと言うと、体重の掛かっている方向へ吹っ飛ぶ訳です。しかし、そう言う意味だと乃咲くんはしっかり前方へと進んでいました。前傾になり過ぎて地面にぶつかることもなく、まして高く飛び過ぎる訳でもなく、可能な限り低空で、しっかり体重移動をしていました。この部分は満点です。日頃のフリーランニングが活きてますね」
「まさかここまでだったなんて……」
「驚くのはまだ早いですよ、渚くん。これからまだまだ驚くことがあるでしょう。50m走は2回測るものです。今の1回目は無効なので、次からが本番になります。カルマくん、渚くん、頑張って乃咲くんに着いていきなさい。乃咲くんは手と気を緩めてはいけませんよ?」
ポン、と俺の肩に触手を乗せたあと、殺せんせーがそのまま触手を耳まで伸ばして囁いて来た。
「次の記録は全力で。しかし、その次は跳んだあと、2人を振り返りなさい。気付かれない程度にね?」
「……?」
どう言う意味なんだろう。
手を抜くなと言ったり、周りを気にしろと言ってみたり。確かに周りは気にするべきなんだろう。精々、車くらいのスピードだと思っていたのに、今の俺は新幹線並みだ。殺せんせーなら、2人を守ってくれるだろうし、俺は2人の何を見れば良いんだ?
思いながらスタートラインに並んで、また跳んだ。
今度は驚きもせず、30m付近で脚が付くと同時、ノータイムで再度跳躍する。ゾーンには入っていないにのに、視界に写る景色はまるで歩いているのではないかと思うほどにやるかに後ろへと流れて行く。
そうか。普段、フリーランニングしてる時も似たような景色を見る。もしかすると、気付いていないだけで、無意識にこんなスピードを出していたのかもしれない。
相対性理論。ざっくり、早い物体から観測した周囲の動きは遅くなる。という理屈。俺のゾーンも、それと同じ理屈だと父さんや殺せんせーも前に言っていたっけ。
通りで自分の能力に気付かない訳だ。ゾーンを使ってる時も、普段走ってる時も、俺の視界から見える外の速度ば変わっていないんだから。こうして計測しないと気付かないはずだ。
「乃咲くん、0.2秒!良いですねぇ、動きに迷いが無くなりました。少しは自分の力を実感できたのでは?」
「はい、どうやら認識がとことん甘かったみたいです」
「自分の実力は案外、自分自身が一番分からないものです。キミの場合、本当の意味での全力を出してしまうと被害が予想できない点、そしてキミ自身の身体が保たないだろうという懸念もあって先生が制限を掛けていたのもありますが……。どうです?ゾーンを使わずとも人類最速であることを自覚してみて」
「常識と俺の基準のズレという意味が本当の意味でわかった気がします。精々3秒台だと思ってたのに、現実は0.2秒。予測の15倍早かった。移動してる時に見える景色が大して変わらないから。そう思ってたけど、計測したらこんなにもズレがあった」
ただ、実際にこうして記録を見ると分かる。
俺はやっぱり化け物だ。自分は思った以上に凄い奴だったと思うのと同時に、自分は思った以上の化け物だったと実感する。だって、50m走なのに、走っていない。走り幅跳びと立ち幅跳びの中間みたいなことをしてる。たった2回の跳躍で50mを移動できてしまった。
俺はこの先で一体、どんな記録を出してしまうんだろう?
やっぱり、怖いよな。
「はっ……はぁ……!」
「はっ……ふぅ……なに……もうバテたの、渚くん」
「そっちこそ……!」
「お疲れ様です、2人とも。短距離でも案外、全力で走ると疲れるでしょう?いくら体力が付いても、力を入れることは難しいものですからねぇ。余計に疲れます。どうします?あともう一本ですが、やれますか?」
「当たり前じゃん……!」
「僕だってやれるよっ……!!」
カルマと渚には明らかに疲労が溜まっていた。
息を切らし、なんとか整え、辛うじて会話になっている。そんな様子を見て、思わず無理しなくて良いんだぞと言いそうになるのを辛うじて堪える。そう言うのはしない約束だったから。
「それではラスト!位置について、よーい……ドォン!」
俺は三度跳んだ。推力を得た俺の身体は風を身体で切りながらゴールへ飛ぶ。その道中、殺せんせーこ言葉を思い出して振り返る。本当に軽く、振り返ると言っても、一瞬だけチラリと視界の端に捉える程度に。
ゆっくりと遠ざかる視界の端に、俺の起こした風に煽られて体勢を崩しそうになりながらも堪えて走る渚がいた。続けて反対側を見るが、そこにもやはり、必死に風に耐えて前に進もうとゴールの方へ足を伸ばすカルマがいた。
2人とも耐えてるんだ。俺の起こした風圧に。耐えて、その上で走ろうとしているんだ。
盗み見ながら、着地し、また跳ぶ。本日六度目の跳躍を終えて、三度に及んだ50mの計測が終わる。
「見えましたか?キミの起こした風の中でも、しっかりその背中を追いかけようとする彼らの姿が」
「はい」
「さっき、カルマくんたちのタイムを読み上げていませんでしたね。カルマくんは5.8秒、渚くんは6.2秒でした」
「……アイツらも中学生離れしてますね」
「それも事実ですが、気付きませんか?彼らのタイムにはキミの影響が大きいことに」
「……風で邪魔してたはずですけど」
「逆です。確かにあの風に耐えることができなければ、タイムは大幅に遅くなるでしょう。しかし、キミの背中に続く意思を持って、耐え切り、走った者にとって、乃咲くんの通った跡は風の抵抗を受けない道になり、起こした風は追い風になる。まさに、キミが今直面してる問題の縮図です」
「そんな大層なことじゃ……」
「いえ。大層なことですよ。キミが力を自覚し、皆が同じ方を向く。キミが先頭を行き、仲間たちが続けば大きな力を生み出すことができる。先頭を走ることは辛く、厳しく、恐ろしいと感じるでしょう。自分の力が人並み外れでいることを自覚しているのであれば尚のこと。自分の後について来てくれるのか、着いて来れるのか。不安でたまらないはずだ」
「…………」
「けどね、この教室の仲間たちを見てごらんなさい。彼らがキミのチカラを頼りにしているのは間違いありません。それでも、それだけではないことを、キミは知っているでしょう?E組の仲間たちは乃咲圭一という人を信じ、そのチカラを頼りにしている。その違いが分からない人ではないでしょう?キミは」
「……渚は、実力で勝てないと知りつつぶつかって来てくれた。カルマは、殺すことになっても俺1人を主力にするつもりはないと言ってくれた」
「"見えている"じゃありませんか。そして今、彼らは人間では到底出すことのできない記録を打ち立てたキミの背中を必死に追っている。普通ならその異様さに面食らい、唖然と立ち尽くしてしまう様な光景を見ても、彼らは風に飛ばされず、キミの起こした風を使って走り続けている。それは、キミのチカラだけを求めている者にも、キミのチカラを化け物だと恐る者にもできないこと。そうは思いませんか、乃咲くん」
話している間に、2人もゴールした。全力で息を切らし、膝に手を突き、息を整えようと必死に喘ぎ、汗を滴らせている。
「キミは元々、みんなに方向性を示す参謀や指揮官の様な立場に居ました。そこからゾーンという強力な力に目覚め、ワンマンアーミーとしての道を歩き出した。仲間の作戦行動に自らを組み込まず、必要に応じて目標達成に必要なポジションに突き、独自で行動する役回りになった」
「おそらく、乃咲くんが周りのチカラを使う方向から思考が切り替わったのはそのタイミングです。みんなの中心、あるいは先頭で指揮をするという意識ではなく、自分の行動方針を、みんなから外れた位置で必要なことを遂行するという方向性へ変えたこと。その理由として無意識に考えてしまったのが"本気を出した自分に誰も追従できない"という事実」
「それがなまじ、誰にも否定できない現実であったからこそ、キミが自分自身をみんなで何かをするという言葉において"みんな"の枠から除外する理由になってしまった」
「だからこそ、キミは先生を助けるという目標に対して必要なプロセスやチカラを全て自分単独で担える部分のみを視野に納め、その結果、実行は不可能だと結論をだした」
「そして導き出した結論に対してキミが思ったことが『そりゃそうだ。中学生が宇宙に行くなんて常識的に考えて無理だ』という平凡な人間からしてみれば至極真っ当な考えだったのです」
「………似た様なことを、アンタの弟子から言われたよ」
「あの子と会ったのですか?」
「ちょっと話しただけだったんですけどね」
殺せんせーの俺への分析が刺さる。
かつて、2代目にも同じことを言われた。
ワンマンアーミーになったことでの思考の変化。
自分の実力を低く見積もったことでの想像力の欠落。
殺せんせーは、2人に何処からかスポドリとタオルを差し出し、お疲れ様でしたと声を掛けると、口を開いた。
「……キミは自らを強者だと理解している。しかし、それと同時に自らを凡人だと思い込んでいる。凡人ではあるが、常人ではない。事実、先生からのキミへの評価も似た様なものでした。決して天才ではない。泥臭く努力し、基礎を身に付けること。それこそが乃咲圭一くんの強みだと思っていました。聡明なキミのことです。そういう自覚はあるのでは?」
彼からの問いかけに過去を振り返る。
思い当たる節はいくつもあった。
「………そりゃあね。ありますよ。父さんに認められたくて、周りに失望されたくなくて1位を取ることに躍起になった。滅茶苦茶必死に勉強して目標を叶え続けた。『俺は天才の子供だ。だから天才であるべきなんだ。そうすれば、二度と天才の子供の癖になんて言われない』って」
「でもね、この学校に来て本物の天才を見たんです。俺以上に地頭が良くて、俺以上に容量が良くて、俺以上に努力が上手い。そんな本物が。1年の頃、学秀に2点差で負けた時に思いましたよ。俺は天才ではないんだって」
思えばあの頃、俺は乃咲新一の息子だと成績で証明することに躍起になっていた。それは、一言で言えば天才として見てもらえるように振る舞っていたと言えるかもしれない。
我ながら、みっともなくてカッコ悪くて、情けない話だ。
苦々しく、けれど以前に比べれば多少笑って思い出せる分だけ自分も成長したのだろうか。あの頃が懐かしい。
「いえ。先生が間違っていました。乃咲くん、キミも天才です。無論、今までのキミの成果をその一言で片付けるつもりは一切ありません。でもね、誰かしらが何かの方向で天才的な才能やセンスを持っているこの教室で、皆の先頭に立てるキミに天才性がないわけがない。勉強方面に向かなかっただけです」
「努力の天才だとか、そんな才能ない奴を励ます為の超テンプレでありきたりなこと言わないですよね?」
「無論、それもあります。だいたい、この教室のメンバーはみんなそうでしょう。竹林くんなどはその典型です。努力でセンスを磨き、才能を補完している」
「じゃあ、俺にどんな才能があるんですか?」
俺の質問に殺せんせーは笑って答えた。
「思考力です」
「………結局ゾーンありきじゃねぇか」
返ってきた返答に肩を落とすと、彼は首を横に振った。
「いえ。例えゾーンがなくても、キミの思考力はずば抜けている。考えれば誰でも思い付く、と自分では思っているかも知れませんが………。カルマくん、仮に乃咲くんと同じ情報を持っていたとして、先生の正体、柳沢の正体、茅野さんの正体、普久間島での黒幕の正体を気付けましたか?」
「悔しいけど……ムリだね」
「渚くん。仮に彼と同じくゾーンを使えたとして、キミは乃咲くんがこれまでに考え、実行してきた、あるいは説明してきた作戦を1人で考えつくことができましたか?」
「僕もできないと思う。っていうか、僕以外にいても厳しいんじゃないかな。菅谷くんの対先生弾を粉を水に混ぜて溶解液を作ったり、砂に混ぜてダメージフィールドを作ったり、体育祭で放送委員からマイクを借りて作戦指揮をするとか、思い付けないよ。それに、体育祭の時の浅野くんの作戦を見抜くとか多分……いや、絶対にできないよ」
「言ってきますが、2人ともキミをヨイショする為に言っているわけではありません。先生ですら気付かなかったこと、見落としていたことですら、キミは考え付いてしまう。それはかつて、よろずを極め、万能に近いと言われた死神という殺し屋よりも、思考力で優っているということだと自覚なさい」
死神より優れた思考力?それは流石に買い被り過ぎではないだろうか。俺には自分がそんな頭脳派だとは思えない。
お世辞にも俺は口が上手い方ではない。何故か?言語化する能力が乏しいからだ。思っていることはある、核心を突いた実感はある、それでも相手に意図を伝わるように説明できているわけではない。もし、殺せんせーのいう思考力が俺にあるのなら、相手にも伝わるように言えるはずだ。
「………雪村姉妹」
「?」
「私は、1年間もあぐりと話していました。顔を見て、声を聞いて、笑顔を見て、むくれる顔を見て、時に悲しそうな顔を見て。彼女のことを理解したつもりになっていた、"見た"つもりになっていました。彼女を救えなかった時点で、私があぐりを見ることができていなかったことは痛感しましたが、何より、この前の茅野さんの特攻の時に打ちのめされました」
「……打ちのめされた?」
「私があぐりと接していた時間は、君たちよりも長い。茅野さんと接していた時間は君たちと大体同じくらい。それなのに、乃咲くんは彼女の正体に気が付き、私は疑いもしなかった」
殺せんせーの表情に陰が落ちる。
どこか懺悔するように、言葉が漏れる。
「乃咲くんが彼女の正体があぐりの妹だと確信したのは、我々に正体を明かすほんの少し前。しかし、茅野さんからはもっと早く、自分と姉との繋がりに気付いていたと教えてもらいました。本当に嬉しそうな顔で、こう言ったんです」
「…………」
「笑ってる雰囲気が似ている、そう言われたと」
「……………言いましたね」
「私は、そんなことすら思わなかった。彼女は嬉しかったそうです。自分と姉の繋がりに気付いて貰えたことが。だから、キミにだけ部分的にあぐりとの繋がりを明かし、あぐりがどうなってしまったのかを伝えた」
「……」
「悔しい。それ以外の言葉が出てきませんでした。キミ以上にあぐりと長く接していたのに、彼女から託された生徒を"見る"為に手を尽くして来たはずなのに。私は見つけられなかった」
殺せんせーの独白。俺は、なんて言えばいいんだろう?
言葉を探している間に、彼は俺をもう一度見た。
「キミは、相手を"見る"ことができる"眼"を持っている。相手を"見て"考え、キミ自身が自覚しないままに、相手の求めている言葉を真摯に伝えることができる」
「キミは考えるチカラがある。状況を鑑みて、展開を予測して、どうしてそうなるのかを整理して、様々な発想から意外で、時に現実離れした真相にすら辿り着くことができる思考力が」
「キミには人並み外れた身体能力がある。この世界の誰よりも優れた身体能力でマッハ20の超生物すら真正面から殺し切れるだけのチカラが。けれど、キミはそれを決して私以外に向けようとすることはなかった。相手を殺す可能性を考えているから、2代目死神にすら、使わなかった。下手をしたら自分も死ぬ可能性が否定できない状況ですら、キミは他人を優先した」
殺せんせーが俺の肩に手を置いた。
「キミも散々考えて来たことでしょう。身体能力への理解が足りなかったのも事実でしょう。けどね、キミが本当の意味で自覚しなければならないのは、ソレではないのです。何故なら、キミの場合、身体能力が必要な場面はゾーンを使えば切り開くことが出来てしまうのだから」
「乃咲くんが優れているのは身体能力だけではありません。キミが本当に自覚するべきなのは、自分は決して凡人ではないということ。"見て"ことの本質を捉え、考えて真実と必要なことに辿り着き、人並み外れた身体能力で道を切り開く。これが周りから見たらどれだけ頼もしいチカラなのか。そこなのです」
俺のチカラが周りから見た時、どれだけ頼もしいか?
自分自身を贔屓も卑下もなく、ただ色眼鏡無しにフラットに評価しろってことだろうか。
「乃咲くん。先生の目を見てください」
言われるがまま、目を見つめる。
「ここまでのことができる者を凡人とは言いません。さっき、散々キミとカルマくんが口にしていた、怪物とか化け物とも言いません。もっと相応しい言い方がある」
「……なんて言うんですか?」
「"傑物"です」
「けつぶつ……?」
「理性のない怪物とも、英雄的な人気を持つ英傑とも違う。キミは、我々死神とも五英傑とも違う。それだけの存在になれるだけの資質を持っている。あとは、踏み出すだけです」
傑物と英傑と怪物。その違いはなんだろう……?
思わず考え込みそうになった瞬間、後ろから声が掛けられた。
「おっ、本当にやってんじゃん!おーい!」
「水臭せぇな!一声かけてくれてもいいじゃんよ!?」
「乃咲くん、カルマくん、渚。これ差し入れ!」
いつの間に来ていたのか、振り返るとE組の面子が揃い踏みしていた。よくよく見たら、一時退院中の雪村までいる。
「乃咲が体力テストしてるって聞いてさ。理由も律から聞いたよ。全く、ほんとに妙な所で臆病なんだから。うちのフィクサーは。声をかけてくれればいつでも付き合うのに」
「つか、カルマも渚も声かけろよなぁ〜!」
「まだ俺らも参加できるよな?」
ワイワイガヤガヤとみんな声をかけてくる。殺す派、殺さない派とか関係なく、ごく当たり前のように。
少し前まで、あんなに気まずい雰囲気が出ていたと言うのに、そんなことを忘れたみたいに。
「なんで……?」
「は?いや、俺らも自分が何処まで出来るのか理解しておくに越したことないし、周りとの能力差も大事だろ?殺すにしても、殺さないにしても、ペアを組む時とかにさ」
あっけらかんと杉野が答えた。
みんなもそれに納得しているのか、頷いていた。
「………」
「怪物になるか、英傑になるのか、あるいは傑物になるか。1人きりだと怪物、仲間を導けるのが英傑です。難しい話ですがね。1人だと何処までも独り善がりでしかなく、仲間がいるからと言ってそれが全て正しいわけでもない。正解も不正解もない、分からない。そんな時でも、最善かつ最良の結末を目指し、掴み取る。それが傑物なのだと先生は思います」
怪物でも、英傑でもない。傑物であれ。
よく見て、よく考え、自分の力で切り開く。それは、意図的にやろうとするとどれだけ難しいことなんだろう。
仮に俺にそんなことができていたのだとしても、それは決して意図した訳ではない。自分の思うように動いて、結果的にそうなっていただけのこと。意識した結果、空回りすると言うのは良くあることだ。しかも繰り返し練習して身に付けるだけの時間もない。色んな意味で期限は近いのだから。
「さぁ、みなさん。これから準備運動をした後、シャトルランをやります!カルマくんと渚くんは体が冷えない程度に休憩!乃咲くんは引き続き計測!その間に各自準備運動は済ませておくように!飛び切りハードになるでしょうからねぇ!」
殺せんせーがみんなに指示を出した後、俺の方に振り向いて一言、こう告げた。
「乃咲くん。みんなでやるシャトルラン、何が何でも完走しなさい。247回まで走り切るのです。道中何があっても必ずです。信頼とは甘さや気遣いではないこと。それを理解する為に」
俺の人生で一番過酷なシャトルランが始まる。
あとがき
はい、あとがきです。
さて、信頼とは、甘さや気遣いではない。
果たして圭一はその真意に気づけるのか……?
ご愛読ありがとうございます!