暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えてたくさんの高評価、感想ありがとうございます!

今回も投下しますのでお付き合いください……!


198話 師弟の時間

 

 殺せんせーを助けるために必要なこと。

 それは、大まかに3要素だろう。

 

 1つ、助ける手段。

 2つ、助けた後のフォロー。

 3つ、周りの説得。

 

 助ける手段は、これから宇宙に探しに行く。

 

 助けた後のフォローは、殺せんせーをどんな形で助けられるのかによる。彼を人間に戻せるのか、はたまた超生物のままで助けられるのか。もともと死神と呼ばれた万能の殺し屋なだけあって、本人ならどうとでもできるだろうが、それでも、どこの国にも戸籍がない存在しない人間扱いされる生い立ちだ。合法的な手段で生きて貰うのは難しいだろう。

 超生物のままだったとしたら、周りからの警戒だって続くだろう。人間の時ですら世界最高に危険な存在だったわけで。万が一にでも、誰にも悟らさずに助けられたとして、何処かのタイミングで見つかりでもしたら。また大騒ぎだろうな。

 

 そんな諸々を解決するためにも周りの説得は必要だ。

 助けられる手段を見つけたら、世界を説得しなければならない。殺せんせーと呼ばれた超生物は無害です、もう地球を爆発させることはしませんし、誰かを殺すこともありません。むしろ、マッハ20のスピードど万能の触手で必ずや皆さんのお役に立つでしょう?こんな説明で納得させられるか?

 無理だ。少なくとも、俺なら納得しない。可能性はあるだけで問題だ。まして、地球の命運が掛かっているのなら尚更だし、反物質と触手細胞なんて門外漢が見たらファンタジーすぎる字面に危険性がないと言って、誰が信じるのか。

 

 だが、この段階は最悪クリアできる。

 

 世界を説得できないなら、説得しなければいい。

 またキツい前提条件が出てくるが、殺せんせーを助ける方法が見つかり、みんなとの約束通りに最後まで暗殺を続けて、暗殺期限を迎えた時、俺たちが殺せんせーに対する最終暗殺を仕掛ける部隊になれれば、話は早い。

 俺たちE組以外が参加するなら、そいつらを撃破し、事情を知ってる俺たちだけにした後、殺せんせーを助け、俺たち以外に殺せんせーの最期を見た者はいないって状態に持っていけばいい。そうすれば、地球は残ってるし、俺たちも殺したと主張してるし、目撃者も俺たち以外にいないことから、状況証拠的に、俺たちの主張を否定できないだろう。

 まぁ、スパイ映画に出てくるような、自白剤が実在していて、それを俺たちに投与されてしまったら終わりだが。

 

 だが、それ以前に説得面でクリアしなければいけない相手がいる。恐らく、これが最難関かもしれない。

 

「乃咲くん、どうしたんだ?」

 

「烏間先生、わざわざご足労いただき……」

 

「構わないさ。そもそも今日はこの校舎に用があった。明日からまた新学期が始まる。その準備もあるしな。だが……実際、どうだ?キミたちの暗殺は……」

 

「実はそのことでお話があるんです」

 

 烏間先生は頷き、聞く姿勢を作ってくれた。

 

「結論から言うと、暗殺は続けます」

 

「………言葉を続けてくれ」

 

「はい。暗殺は続けますが……殺せんせーを助ける方法を探してみたい。それもまた、僕らの総意です。そこでクラスメイトたちの中で出た最終的な結論は、殺せんせーを助ける方法を探すのは、1月の末まで。そして、方法が見つかった、見つからなかったに関わらず、2月以降は暗殺に使う。助ける方法が見つかったとしても、それは、殺さなかった時の最終手段。みんなと話し合ってそんな結論になりました」

 

 烏間先生は俺たちが結論を出せたと言う部分に安堵したような顔を見せると同時、表情を引き締めて俺をみた。

 

「それを何故わざわざ今日話そうと思ったんだ?クラス全員で話したことなら、学級委員の2人が話に来ることだと思うし、キミもそうさせると思ったのだが。それをせずに俺を呼んだ。つまり本題が他にあるんじゃないのか?」

 

 あぁ、俺はやっぱりこの人が好きだ。

 俺がどんな風に考え、どうするのかを理解し、その上でこちらの意図を質問してくれる。甘えかもしれないけど、こういうタイプが一番話しやすい。これも、人を"見る"ということなんだろう。まだまだ烏間先生から学びたいことは多い。

 

 ————でも。

 

「はい。俺が先生に話したいこと。それは……」

 

「俺は————暗殺を抜けようと思います」

 

 俺の言いたいことは、薄々察していたのだろう。

 それでも、彼は聞いてくれた。

 

「理由を聞いても?」

 

「……俺は、やっぱり殺せんせーを助けたいです。色んな理屈があって、いろんな事情を俺なりに理解しようとして、背伸びして、先を見据えようとして、殺そうって何度も思ったのに、結局俺は、殺せんせーに生きて欲しいって思ってます」

 

「……あぁ」

 

「みんなだって…………いや、今回は俺の話だから、それは置いておきましょう。俺は、先生に死んでほしくない。でも、3月までは暗殺に打ち込むって話になってる。だけど……俺が参加したら、殺せんせーを殺してしまう」

 

「……………」

 

「3月まで掛からず、1日で殺してしまう。それは……嫌です。もし、みんなと殺せんせーを助けられる可能性を見つけることが出来たのなら、俺はそれを突き詰めたい」

 

「……………………」

 

「殺せんせーを1人で殺せると自覚してから、俺はみんなで先生を殺すことを考えてました。でも……それは、みんなが全力でやってる中で1人だけ手を抜くってことになってしまう。思ったんです、来月からみんなで殺そうとしてる中で、俺1人は手を抜いている。それも嫌だなって」

 

「………力を持ったからこその葛藤だな」

 

「みんなは俺について来てくれる。同じペースで走ることはなくても、全力で着いてこようとしてくれる。そんな中で、手を抜くのは……みんなに対して失礼だと思ったんです」

 

 あの地獄のようなシャトルランでみんなは走り切った。俺が走り終わるまで、誰1人として足を止めなかった。

 

「暗殺を抜けるのだって、似たようなものだと思います。でも、いざとなったら殺せんせーを殺さなきゃいけない、地球の未来を守らなきゃいけない、何も知らない人たちを守らなきゃいけない、友達や家族を生き延びさせたい。そんな責任を俺1人で背負う必要がないのなら、わがままを言っていいのなら……俺は、みんなに嘘を吐かなくていいように、暗殺を抜ける道を選びたいです。だから、それをまずは烏間先生に伝えたかった」

 

「……仲間たちに言うより先に俺に?」

 

「みんなにも勿論伝えます。でも、俺が強くなれたのは、烏間先生のお陰です。でも、烏間先生が俺を強くしてくれたのは暗殺を依頼した側と、依頼された側。そんな縁があったから。それがなければ、出会うこともなかったでしょう」

 

「………そうだろうな」

 

「たくさん迷惑を掛けましたし、お世話になりました。その烏間先生に報いる数少ない方法である、殺せんせーの暗殺任務の成功という結果。これを放棄しようとしてるんですから、真っ先に伝えなきゃいけないし、伝えたいと思ったんです」

 

 そう、この教室における乃咲圭一の原点。

 全ては、この人に憧れたことから始まった。

 

 烏間先生をかっこいいと思ったから。この人に認められたくて、褒められたくて、だから頑張ろうと思ったことが今の俺の始まりだった。去年の4月から、もう1月。ずっと、この人にお世話になりっぱなしだった。

 だか、そもそも、この人が俺を強くしてくれた理由の一つは暗殺だ。烏間先生と同じか、同等の戦力。それを作ることができれば、暗殺が楽になるんじゃないのか。そう言って、俺はこの人を口説いた。そうして俺たちの師弟関係は始まった。

 

 烏間先生が俺を弟子と思っているかは分からない。単に教え子の1人と思っているかもしれない。それでも、俺にとって烏間先生は師匠だし、暗殺の放棄という選択は、この人から教わり続けた恩を仇で返すのに等しい。

 けど、そうしてでもやりたいと思うことができた。この人への恩は返したい、感謝を伝えたい、成長を見せたい。その気持ちに嘘はない。それでも、俺は殺せんせーを殺したくないというエゴを通したい。そう思った。

 

「…………」

 

 烏間先生はじっと俺の目を見ていた。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

「烏間先生、俺に訓練を付けてください」

 

 その一言が、まだ暗殺も始まって間もない頃。生徒たちをどんな風に指導すればいいのかと密かに頭を悩ませていた俺に、彼の存在を強く印象付けるきっかけの一つだった。

 真っ直ぐな目で、やる気があると同時、どこか卑屈な色を帯びた瞳でこちらを見る銀髪の少年に対して抱いた感想は、強さに憧れや夢を持つ少年。そんなものだった。

 

 乃咲圭一。

 その名前はクラス名簿の中でふと目に付く程度には有名だった。いろんな意味で、彼の名前は浮いていた。

 

 この街で名前の知られた不良。一応、この教室の生徒のことを把握しようと簡単な情報を集めた時、一番調査が容易な生徒であったことは記憶にまだ新しい。

 なにせ、あの乃咲新一の一人息子であることは事前情報から知ってはいたし街中でも知られていた。そんな、いわゆるボンボンが喧嘩三昧でこの学校で1〜2を争う不良児として名前が通っているのだから、悪目立ちして当然だった。

 

 実際にこんなことを持ちかけられる前に何度か言葉を交わしたことはあったが、その時は、別段、飛び抜けた不良というイメージはなかった。言葉遣いが粗暴な訳でも、礼儀がなっていないわけでもない。父親の話題さえ出さなければ、彼はごくごく一般的な生徒にすぎなかった。

 

 そう思っていたのに、彼は俺の目の前でとんでもないことをしでかした。これまでどんな精鋭も、どんな最新技術も避けられ、ダメージを与えられなかった、彼らが殺せんせーと呼ぶ超生物にダメージを与えたのだ。

 これが、そもそも乃咲圭一という少年に注目するようになった最も大きな要因だろう。

 

 もし、あの段階で生徒たちが放課後も訓練を受けて欲しいと願って来たのなら、結果的に彼にそうしたように個人的に指導しただろうが、超生物暗殺という任務において、乃咲くんに向けた以上の期待は掛けられなかっただろう。

 どんな技術を教えようか、どんな風に伸ばそうか、どんな知識を伝えるか。彼への指導内容を考えている時間が過ぎるのは早かった。まだ子供、まだ中学生。そんなことは理解していたが、それでも、他者に向ける期待という行為では他に経験がない程に大きかった今でも思う。

 烏間唯臣にとって、乃咲圭一による触手破壊と放課後の個人訓練を願い出てくるという出来事はそれだけインパクトが大きかった。他者を育てるのも悪くない。そう思うほどに。

 

「烏間先生なら技量と経験で喰らいつくことはできるかも知れませんが、今の俺にはそんなのありません。でも、その貴方も俺たちほど殺せんせーに迫れる訳じゃない。一般人と変わらない俺たち生徒と国から派遣された精鋭の工作員。警戒のレベルは当然ながら段違いでしょう」

 

「……確かにな。どれだけ技術があろうとも、ガチガチに警戒している奴に肉薄するのは不可能と言っていい程に困難だ」

 

「はい。その通りです。しかし、その点に関してのみ、俺たち生徒は違う。あの人が教師である以上は俺たちと同じ空間に居ないわけにはいかないし、近寄らない訳にもいかない。貴方たち防衛省が最も苦労しているだろう殺せんせーとの肉薄という最大の難所を俺たちは無条件にクリアできます」

 

「そうだ。それが我々が君たちにあの超生物の暗殺を依頼した最大の理由だと言える」

 

「そう。ここで考えてみて下さい。烏間先生は授業で言いましたよね。一人一人が自分に攻撃を当てられるようになれば成功の確率は格段に上がると」

 

「確かに言ったな」

 

「じゃあ、貴方と同じだけの技量を持った人物が常に殺せんせーに肉薄出来る位置に居られるとしたら、確率はどうなりますか。みんなが貴方に攻撃を当てられるだけの力を身に付けた上で、その中に貴方と同等の技量を持った奴が攻撃に加わるんです」

 

 その提案は、魅力的であると同時に思わず懐疑的になってしまう内容だった。それができれば頼もしい。だが、そんなことが本当にできるのだろうか。俺の今の技量は防衛大学時代の下積みと第一空挺団の訓練によって得たもの。

 とても子供が耐えられるようなものではないし、そんな内容の訓練を果たして中学生につけていいのだろうか。

 

「成功の確率は……飛躍的に上がるだろう。だが、本気か?そのやる気は嬉しい限りだが、俺は何年も訓練を積んでこの力を身に付けた。それと同等の実力を身に付けるとなると文字通り地獄の様な訓練になるぞ」

 

 だから、脅かしも兼ねて聞いてみた。

 分かった、やろう。そんな二つ返事で、そこそこな強度の訓練をする。そんな選択肢もあったが、聞いてみたくなった。その時点で暗殺できる可能性が最も高い生徒であった彼に、ある種意気込みを。

 

「構いません。一応、殺せんせーの触手を壊したって実績もあります。それに、覚えてますか?貴方が言ったんですよ?思った以上に望みはあるのかも知れないって」

 

 それを言われると、俺は弱かった。

 彼は頷いた。超生物の触手を破壊したことをアピールしつつ、俺の言動をよく覚えている。確かに言った。確かに彼はやった。なら、俺としても乃咲くんの申し出を断る理由はなかった。

 

「……………分かった。その申し出を断る理由はない。確かに触手を破壊した実績を考えれば、あの教室で一番可能性があるのはキミと赤羽くんだろう。では、放課後で良いか?」

 

「はい。先生の都合がつくのであればいつでも大丈夫です」

 

 こうして、元第一空挺団と現役中学生による暗殺の為の個別訓練が始まった。走り込みから始まり、ナイフの素振りに続き、総合力を上げるために、ある程度の対人戦闘技術も教えた。

 超生物は元人間。その情報は俺の元にも降りて来ていた。だから、こう思った。元人間ならば、いざという時、追い詰められた時、人間だった頃の本能で、人間と同じような行動を取るのではないか。ならば、最も可能性があって、やる気のある彼に、対人技術を教えるのは悪い選択肢ではないだろうと。

 

 結果として、乃咲圭一は超がつく優良物件だった。

 

 いつの間にか俺が教えていなかった技術を見て盗み、両手でナイフを使えるように訓練し、猫騙しで意表を突いて、E組生徒の中で初めて俺にナイフを当てることができるようになった。

 集団の暗殺でも指揮を取るようになり、思わず舌を巻くようなアイディアで奇抜な暗殺を仕掛けては、その度に超生物を追い詰めた。縄跳びに対先生コーティングを施してヤツにしか通じず、尚且つ知っていなければ絶対に避けられない隠密性のある武器に変える。その発想にはよく驚かされたものだ。

 

 だから、ますます個人訓練の強度を上げた。

 

 その発想の一助になれば、という思いもあった。だが、繰り返すたびに確実に成長する姿を見て楽しくなっていた。確信したのは鷹岡が現れた時だ。渚くんが奴に勝った時、人を育てる面白さにハマっていることを自覚した。教え子の成長が、俺なりに考えて伝えていることを覚え、身を結び、実力に繋げてくれていることが、嬉しかったのだ。

 

 鷹岡の時といえば、あの時だろう。乃咲くんの本当のチカラの一端を目撃したのは。

 

 彼がゾーンと呼ぶチカラ。本人曰く、世界が遅くなり、自分は少しだけ早く動けるようになるというもの。

 確かにスポーツ選手や、極限の戦闘訓練をしている時に似たような状況に入ることはあるし、それをゾーンを呼ぶことから、超生物がそれに準えて名付けたチカラ。

 

 それからと言うもの、乃咲くんはますます頭角を現し、そして着実に実績を積み、暗殺は不可能ではないという確信を俺たちに抱かせてくれた。

 

 彼がさまざまな悩みを抱えていることは知っている。それを相談してくれたこともあったし、進路相談のようなことも持ちかけてきたこともある。彼なりに自分のチカラに悩み、将来を不安に思い、それでも何かに役立てられるなら。そんな風に考えていることが知れて嬉しかったし、それを真っ先に相談してくれたことも嬉しかった。

 

 これまで誰かに指導や教育をしたことがない訳ではない。

 後輩だったり、新人だったり。彼らに対してそう言った指導行為は何度もしてきた。だが、それはあくまで後輩への指導に過ぎず、将来や進路を思い、チカラを正しいことへ向けて欲しいと心底から願った相手は乃咲くんが初めてかも知れない。

 

 地球を守るため、可能性がある生徒へ指導するという名目だったのに、いつの間にか烏間唯臣にとって、乃咲圭一は弟子と言える存在になっていた。

 

「俺は————暗殺を抜けようと思います」

 

 似たような言葉を聞くのは2度目だった。

 1度目は、彼の家庭環境による悩み。

 そして、今度は誰かを助けたいという願いから。

 

 なんとなく、分かっていたのかも知れない。薄々、乃咲くんがこの選択をすることは。

 彼は強くなった。今となっては互いに全力を出して戦ったとしても、100%、俺が負けてしまうことだろう。

 手も足も出ず、超生物すら置き去りにするスピードで翻弄されるどころか、攻撃を認識することすらできず、この身体が木っ端微塵に吹き飛ぶに違いない。

 

 俺の生徒……俺の弟子は、強くなった。

 

 超生物を殺そうとして、あと一歩届かなかったが、イリーナに止められなければ殺せていただろう。

 単純な技術では負けないだろう。だが、総合力ではもう勝てない。そのことに、悔しさを感じられずにはいられない。

 

 教え子が強くなったことが悔しい訳じゃない。

 強くなった教え子がもう、俺たちの庇護を必要としないであろうことが、もう、危機が迫った時、彼らを守ってやる役割を自分が適任だと言ってやることができないことが、いざ、本当にどうしようもなくなってターゲットを殺さなければならなくなった時、彼に頼らざるを得ないことがだ。

 

 もう、俺に守られる存在ではなくなったのだろう。

 少なくとも、この少年は。

 

「………巣立ちって奴か」

 

「え?」

 

 思わず呟いた声に、彼が首を傾げた。

 

「昨日、何があったのは聞いている。これまで殺すべきと主張していた意見を翻したのは、そこで何かあったからだな?」

 

「………はい」

 

 超生物を殺すか、助けるか。それは生徒全員が悩んでいた問題。そして、その問題に対して彼らがどう動くつもりなのか。それが昨日決まったらしい。

 その中で彼らは助ける方針で動くことに決め、乃咲くんもまた、助ける方向で考えるようにしたようだ。

 

 そこに関しては素直に嬉しい。

 最近の乃咲くんは責任という言葉をよく口に出すようになっていた。それは悪いことではない。責任を自覚することは大人への一歩であると同時、全ての大人がそれをできているとも言い切れないこと。少なくとも、万人が自覚できるものではない。

 その点で言えば、乃咲くんは地球存亡という大きすぎる重圧のある任務を任せるにおいて申し分ない人物であったが、いかんせん、自分の背負う責任を広く大きく見過ぎている節があった。

 

 超生物を単独で殺せる唯一の人間。

 持ち前の思考力とターゲット自身や父親から聞いた、この1年の事件の真相をいち早く察し、知っていた人物。

 そして、他者よりも明らかに優れた身体能力やスペックを持つ者として、いざとなったら自分が殺さないと、という使命感。

 

 見ていて心配になると同時、なにもそこまで背負う必要はないのだと声を掛けたくなる姿を見せられた。

 

 実際に声を掛けようとも思った。だが、国家絡みで進行させている最終暗殺万が一、失敗に終わった時、頼らざるを得ないのに、あまり無責任なことは言えなかった。

 

 無責任なことは言えない。だが、あえて無責任なことを言って、いざとなった時、不甲斐ない大人の代表として殴られるべきなのだろうか。そんなことを思い、声を掛けようかと思っていた矢先、彼が答えを出した。

 

 嬉しい様な、寂しい様な。それでも安堵したのは確かだ。

 

「……キミの見つけた答えなら、俺から特に口出しすることはない。だが……最悪、この山を出ることになる可能性もあるぞ。なんとかしてやりたいが……」

 

「そこに関しては問題ありません」

 

「というと?」

 

「理事長先生にお願いして了承を貰って来ました。『この山は椚ヶ丘学園の敷地であり、該当の学級に属している生徒は隔離校舎で特別強化が必要だと判断された生徒である。よって、これを理事の許可なしに他クラスへの移籍、あるいは学級からの排除を試みる場合は、契約違反と見做す』と。この前、理事長先生のご自宅に伺った際に一筆したためて貰いました」

 

 そう言って取り出した書類。そこには確かに、あの理事長の文字で彼の語った内容と相違ない文章があった。

 驚くべきは、その周到さか、あの理事長を動かし、直筆の書簡を作成させてしまう行動力か。

 

 方針が決まったのは昨日。何があったのかは聞いているし、その足で理事長の自宅へアポなしに向かうとは思えない。と言うことは、何処かのタイミングで、クラス内の方針が決まるよりも早く、彼は理事長に接触し、経緯は不明だが、この警告文の作成を依頼したと言うことだ。

 

 先見の明というのとは違う。だが、確実に必要になるものを、今後の展開や可能性を読んで準備し備える。そして今、実際にその行動は無駄にはなっていない。見事なまでに彼の手は俺の懸念を先んじて潰していた。

 

「驚いたな。あの理事長がどうあれ、E組の為に動くとは」

 

「浅野先生はE組の為に動いたんじゃありませんよ」

 

「ほう?」

 

「あの人は生徒の為に動いてくれた。それだけです」

 

 随分と大人びた返答をする様になった。

 だが、そう言われると不思議と納得できる。

 

 しかし、そうやって一つ納得すると、また別の疑問が浮かんでくるのは人情というか、やはり気になるのは、どうして乃咲くんが彼の自宅を訪ねる様なことになったのか。

 

「さっきから質問ばかりですまないが、一つ教えてくれ」

 

「はい、なんなりと」

 

「ちょっとした興味本位だから、そこまで気負う必要はないが……なぜ、浅野理事長の家に?浅野くんとセットで魔王親子と呼んでいるくらいだから、進んで行きたがる様には思えないのだが………」

 

 乃咲くんはこちらの質問に納得した様だった。

 確かに普段の俺なら行かないよなぁ、と溢して答える。

 

「知りたかったんです。理事長の言う、強者。強さとは何なのか。この学校では強者が尊ばれる。なら、彼の目指す、語る強さとは何なんだろうって」

 

「渚と律に言われたんです。俺は能力の割に出来る基準が低すぎるって。強いのに、歪だって」

 

「まぁ、言われてみると納得はできる節があったのは事実で。みんなに偉そうにアレコレ言ったくせに、それは話が違うだろって。だから、浅野先生に聞きたかったんですよ」

 

 強さとは。そんな問いかけに対する回答。

 これまた興味をそそられる内容だった。

 

 本当に質問してばかりの日だと思いながら、口を開こうとすると、彼は俺の考えを知ってか知らずが、先んじて話した。

 

「浅野先生にとって、強さとは手段でした。常識と良識の狭間でエゴを倒す為の手段。それが彼にとっての強さでした」

 

 常識と良識の狭間でエゴを通す手段。

 なるほど、そう言う考え方もあるのか。

 

 俺から見ても、あの理事長は紛れもなく類稀に見る強者だった。そんな男にとっての強さというチカラを持つ意味。それは、俺にとっても得難い知見だったと思う。

 

「俺は、昨日のシャトルランを最後まで走り切りました」

 

 それも知っている。

 シャトルラン247回を完走したという前代未聞の記録。

 間違いなく偉業と言えるだろう。

 

「みんなが俺が辞めるまで走り続けるつもりだって理解した時は、心配だったから走るのを止めようと思いました。でも、殺せんせーが信頼とは、気遣いや甘さじゃないって。みんなが、走り続けろって言ってくれたから、走ろうと思いました」

 

「正直に言えば舐めてました。みんな、着いて来れるとは思ってなかった。でも、着いて来てくれたんです。ペースは全く違うけど、でも、フラフラで、ボロボロになっても俺と同じ目標に向かって走ってくれて。それが嬉しかった」

 

「いざとなったら殺せんせーを殺さなきゃいけない。それはきっと変わらないけど、俺がやらなきゃいけないというか、責任とか義務感とか俺一人で背負う必要はないんだって、やっと理解しました。みんなが理解させてくれました」

 

「だから、エゴを通したくなったんです。殺せんせーを殺さないといけない。それにはリミットがあって、殺し切らなきゃいけない理由もある。人類の未来の為にも、家族や友人を守る為にも、殺さないといけない理屈はある」

 

「少なからず、仲間たちが2月からは殺す方に頭を切り替えて、助けるのは本当に殺せなかった時の保険ってしたのには、そういう側面もあります。俺もそうするべきとは思います」

 

「でも、それはそれとして。俺は殺せんせーを助けたい。それが俺のエゴです。俺は強いんです。精神的にはまだまだなんだろうけど、殺せんせーを殺そうと思えば、殺せる。俺にとってタイムリミットまでに殺すなんてのは簡単なこと」

 

「だから、俺は殺せんせーを助ける方法を追求します。いざとなったら殺れる。なら、自分が納得できるまで考えて、探します。烏間先生にそれを伝えたかったんです」

 

「背負うべき責任と、背負いたい責任。それを混同せず、自分のやりたいことを偽らない。きっと難しいでしょうけど」

 

 理路整然と語る彼の目には以前の卑屈さはない。

 ただじっと、俺の目を見つめて、澱みなく言い切った。

 

「強ければ何をしてもいいのか?」

 

「強いからこそ出来ることをやる。それだけです」

 

 強いからこそ出来ることをやる。

 きっと、2つの意味があるのだろう。

 

 強者だからこそやるべきこと。

 強者だからこそやれること。

 

 俺の弟子はいつの間にこんなことを言う様になったのか。

 

 弟子の成長が嬉しいと同時、やはり寂しくもある。

 もう教えられることはないのだろうか。

 

 そう考えた時、ふと、思い当たる。

 乃咲圭一という人類を超越していると言っても過言ではない、絶対的強者の最大の弱点にして、今後、発生するかもしれない最悪の事態に対して、彼の最も経験値が薄い部分。

 

 彼は、対人戦における力加減を知らない。

 

 それは、明確な弱点だ。

 

 本人もそれを自覚しているから、人間相手に本気を出すことはないだろう。だが、そこで過剰なまでに加減をすれば、却って彼の身や仲間たちが危ない。

 

「乃咲くん。超体育着はあるか?」

 

「え?」

 

「………」

 

「………あります」

 

「なら、俺からキミヘ。最後の課題だ」

 

 息を吸う。

 

 もはや、俺が挑むのか、挑まれるのか分からない。

 だが、覚悟はやはり必要だった。

 

「キミの本気で、これまで教えたことを使って俺を倒して見せろ。それが出来たのなら……今後、キミの行動の一切に目を瞑ることを約束する」

 

 彼が"その時"に直面した時、人を殺めてしまわないように。この身をもって、チカラの使い方を学ばせる。

 

 それが、俺が師匠として乃咲くんに出来る最後の指導だ。




あとがき

次回、圭一vs烏間。
色んな意味で重たい話になりそうだ……。

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