暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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205話 バトルロワイヤルの時間 5時間目

 

 カルマは自身の中にあった渚への評価を修正し続けていた。正直に言えば、彼にとって1vs1の近接戦における明確な対抗馬はいないも同然だと思っていた。

 烏間は生徒ではなく、圭一は土俵が違う。次点にくるのは前原だったが、磯貝とのコンビネーション抜きではガチガチに警戒した自分には届かない。フィジカルなら寺坂だろうけど、フィジカルだけでは勝負にならない。反射神経ならイトナだったが、それでも触手を失った今となっては単独でカルマの脅威にはならない。それは油断でも見下しでもなく、正当な評価だった。

 

 彼らを格下だと思っている訳ではない。それぞれに得意な分野があって、それが単独戦闘という方向に向けられていないだけ。彼らの得意な土俵でなら自分は劣る自覚もある。ただ、今回に関してはカルマの得意な土俵であったと言うだけの話だ。

 しかし、こと今回の渚への評価の修正は油断の結果だと自己分析をせざるを得ない。これまで何度も見てきたネコ騙し。それが彼の必殺の一撃を喰らわせるための予備動作だと知っているし、理解もしているから警戒していた。逆に言えば、ソレ以外に対する警戒が甘くなっていた。

 

「と、飛び付き三角締めとか……っ!初手からとんでもないことしてくれるじゃん……!」

 

 渚は一手目から武器を捨てた。なんの布石もなく、初手から必殺の一撃の予備動作を見せた。

 もちろん、カルマの中にソレに対する対応策はあった。まともに喰らってやる理由はない。けれど、自分の知ってる渚の戦績や戦い方を振り返ってみれば、違和感がある選択だった。

 狙ってか、偶然か。それは分からないけれど、大体の戦闘で渚が先制攻撃に成功したことはない。それこそ、鷹岡にこの教室から出ていけと突き付けた時くらいだろう。相手の攻撃を受けて、自分はコイツより強いんだと。そんな優越感と余裕が相手の心に生まれた瞬間、隙を突くかのように繰り出されるネコ騙しとその後の本命の一撃。ソレこそが渚の真骨頂だと評価していた。

 だから、違和感があった。けれど、ネコ騙しへの警戒も緩めることができなかった。それこそが罠だった。

 

 カルマの戦闘スタイルを表現するなら、やられる前にやる。ソレでダメなら相手の油断や隙を突く。そんなところだろう。

 一方、渚のスタイルを表現するのなら、隙は出来るものではなく、作るもの。油断も隙もない圧倒的強者クラップスタナーで、ソレ以外の相手には普段の言動で無意識に作り出される油断を突いて殺す。そんな表現になるだろうか。

 

 結論から言えば、カルマは渚への先入観が仇となり、まともに締め技を喰らってしまった。

 ミシミシと嫌な音を関節が立てるのを身体で感じつつ、ソレでもカルマは立ち上がり、絡みつく渚を振り払った。

 

「っ……」

 

 ある程度、抵抗されるのは予想していたけれど、まさか締め技を受けながらこんなにあっさり動き続けることは想定していなかった渚は弾き飛ばされる直前に自ら飛び退き、何とか着地するものの、仕返しと言わんばかりの突きが飛ぶ。

 危なげなく、なんて理想的な躱し方ではない。ただ、辛うじて回避できた程度の避け方。カルマの連撃は止まらない。

 

 この教室の中でも圧倒的なフィジカルとケンカのセンスを持っているカルマ。この一年で体力も身体の完成度も一般人の範疇を越えている、烏間には及ばないものの、それでも超人に片足を突っ込んでいる一撃は重く、速く、鋭い。

 まともに受けたらナイフを弾き飛ばされるだろうし、かと言って避け続けられるかも不確定。先日のシャトルランの結果を鑑みるに、限界までのスタミナはほぼ同等だけれど、走り続けるのとケンカをするのでは体力の使い方が違うし、その方面においてカルマはE組最高峰だ。

 

「(ナイフでの攻撃を受けたら即死。避け続けられるほど体力は保たない、カルマくんと同じ土俵で勝つ。それなら……!)」

 

 渚は反撃を試みる。

 攻撃を避け、苦し紛れのように、ナイフを当たらないと分かっていながら、前方に向かって突進するように突き出す。カルマの臍の僅かしたあたりを狙って、体勢を落としながら。

 カルマなら半歩下がれば回避、反撃ができる絶妙な位置。そしてやはり、想像通りに半歩下がって避けられ、反撃の態勢に出た。流れるように左足を振り上げ、そのまま無防備な背中に叩き付けられる。超体育着のダイラタンシーフレームがなければ、どれだけの重症になっていたか分からない。

 だが、その反撃はある種、渚がそうなるように誘導した。

 

 近接戦ではE組トップの彼なら、ケンカが強い彼なら。こんな風に反撃してくることを読んでいた。回避は最低限で行うだろう、反撃はトドメの一撃ではなく、トドメを入れるための一撃にするだろう、体勢を落とし、臍の下辺りを狙えば、喧嘩殺法が染み付いている彼なら、踵落としを選ぶだろう。肘を落として威力を出すには絶妙に低い位置にいる、それなら、威力も勢いもある踵を選ぶに違いない。

 

 だから、あえて受けた。

 

 もちろん、避けようと思って避けられる一撃ではなかったし、避けられなかったという表現も事実として正しいものだったが、ある程度計算して動き、攻撃を誘発して、それに成功したという意味では間違ってもいなかった。

 地面に叩きつけられる感触と共に、次の追撃を予想して渚は地面を転がった。すかさず、カルマの振り下ろしたナイフが地面に突き立てられる。1拍子前まで渚がいた場所に向けて。

 

「いまだっ……!!」

 

 転がった勢いをそのままに、左腕を軸にして態勢を変え、カルマのナイフを握った右腕に回し蹴りを入れる。

 

「チッ……!」

 

 蹴られた衝撃でナイフが手からすっぽ抜ける。

 これで、カルマは渚へトドメを指す手段を失った。弾き飛ばされたナイフを反射的に目で追った瞬間を、その隙を見逃すことなく、しゃがみ込むように身をたたみ、腰、膝、足の裏を使った全力の跳躍と共に凶刃を当てに行く。

 

 瞬間、渚の額に直撃したのはカルマの頭突き。

 

「ぅぁ………」

 

「やられっぱなしなわけないじゃん……!」

 

 視界が揺れる。それでも、渚は倒れない。

 

「まだっ………!」

 

 全力の殺意を込めた一撃。沈みかけた渚が再び飛び上がるように向かってくる。その光景に、その刃に、最大の警戒を込めるカルマは迎え撃つ。この一撃を防ぎ、渚の全霊を受け止め、完膚なきまでの勝利を捥ぎ取る。

 

「(さぁ、こい。殺して見せろ、俺にはなかったその才能で……!俺が捩じ伏せて、勝ちきってやる……!)」

 

 闘志とでも言うべき光がカルマの瞳の奥で最大限の燃焼を見せる。そんな時だった。不意に、渚が手を離した。全霊の殺意が乗った刺突を。

 それは、カルマにとって予想だにしない一手だった。勿論、この技を知らないわけはない。何度もみた技だ。だからこそ、その発動条件を理解してるからこそ、使わないと踏んでいた。

 

 クラップスタナー。その発動条件の一つに武器を二つ持っていること、というものがある。

 今の渚には、いま手放したナイフ以外に武器はない。ハンドガンは放り投げた、もう一本のナイフは最初の一撃を喰らわせる為の隙を見せる為に手放した。

 

 技は使えても、トドメは刺さない。

 だからこそ、この局面でとどめをさせる唯一の手段を手放し、クラップスタナーを選択することは予想の外だった。

 

 ただ、そこはもとより渚を警戒し、気味悪がっていたこともあるカルマだ。持ち前の反応速度で、カルマは渚の手が打ち付けられ、意識が飛ばされる寸前、舌を痛烈に噛んだ。

 

 目の前で弾ける、手を打ちつけただけとは思えない音の爆弾。それでも、カルマは踏ん張る。

 さぁ、どうする。ナイフはない、トドメは刺せない。拾い上げるしかないぞ。その隙を見せたのなら、刈り取ってやる。

 

 しかし、渚とカルマの勝負の目的は違かった。

 カルマは対等な条件での戦闘による勝利。

 渚はカルマの土俵の格闘戦における勝利。

 

 その認識の差、ずれが命運を分けた。

 

「あぁぁぁぁぁっっっ!!」

 

 叫び声。裂帛の声。弾けさせたのは渚。

 届いたのは衝撃。正面から、除けたカルマを押し倒すように渚が身体をぶつけ、先程の三角絞めより完璧な形で締め技を入れた。

 

「ッッッッッ!!」

 

 首が、動脈が締まる。息は出来る、それでも、意識が遠のいていく。まずい、落ちる。気絶する。

 必死に踠くが、踠けば踠く程に、渚の締め技がカルマに食い込む。まるで、獲物を締め付ける蛇のように。

 

 そこで、カルマはようやく本心から理解した。自分がそうしたように、渚もまた、カルマに勝とうとした。相手が文句を言えないほど完膚なきまでに。その結果、選んだ、渚の強みを捨てた、正面戦闘。暗殺、不意打ち、トドメ。そんな渚にとって理想と言える流れを警戒したからこそ、カルマは今、負けようとしてる。

 

 空が見える。妙に澄んだ見える青空。

 

 横目には必死に締め付けてくる渚の顔。かつて、渚がたまたまカルマの喧嘩現場に居合わせた時のこと。

 

『僕が喧嘩?怖いから多分、一生できないよ……まぁ、やらなきゃ死ぬっていうなら別だろうけどさ』

 

 そんなこと言ってた奴が、必死に自分に勝とうとしている。事実、今のカルマには反撃の手段が残っていないのも事実だ。

 カルマは一言、小さく、それでもはっきりと渚に告げる。

 

「渚くん、ギブ、降参……」

 

「うぁぁぁぁぁっっっっ!!!」

 

「ぢょっ……ますます締め付けるなっ………ガチで落ちる………!」

 

 必死に渚の肩をポンポンと叩いてアピールするカルマ。ようやく、それに気付いた渚がポカンとした顔で離す。

 

「…………え?」

 

「え?じゃないよ…………ったく………」

 

 何が起きたのか分かってない渚に、カルマはもう一度告げた。

 

「俺の負け。降参」

 

「…………勝ったの、僕が?」

 

「そう言ってんじゃん」

 

 ぶっきらぼうに認めて、カルマは身体を地面に投げ出した。

 さっきと同じ青空を見上げて、ただ、敗北を認めて悔しさはあるものの、何処かスッキリしたような気持ちで、催促するようにいつもの軽口を叩いた。

 

「ほら、早くトドメ刺しなよ。俺の気が変わらないうちにさ」

 

 その言葉を聞いて、渚は思い出したかのようにナイフを拾い上げ、カルマに向ける。

 これを下ろせば、本当に勝ち。渚は正真正銘、勝負でも戦いでもカルマに勝利出来る。

 

 そんな余韻があった。実感があった。

 

 けれど、渚はふと、ナイフをしまった。

 

「……どしたん?」

 

「ねぇ、カルマくん。この勝負は僕の勝ちなんだよね」

 

「そう言ってんじゃん……」

 

 念押しするように聞く渚。そして、カルマにとってまたも予想してないことを言い出した。

 

「チーム、組もうよ」

 

「……………はぁ?」

 

 予想外を通り越し、コイツ何言ってんだという表情を浮かべるカルマだったが、渚なら顔が真剣そのものなことを見て察し、軽口を飲み込んだ。

 

「もう1人いるんだ。勝ちたい奴」

 

「……………まさか」

 

「言ってたじゃん。チカラを借りるなら、相応の覚悟があるべきって」

 

「言ったけど……。それはこの前のシャトルランで証明してくれたじゃん」

 

「と、僕も思うんだけどね。でもさ、あの時は僕もカルマくんも、乃咲も、バラバラだった。みんなが、同じ方向を向いてたし、同じ目的の為に走ってた。だけど、こんな風にぶつかり合えたわけじゃない………」

 

「…………」

 

「だからさ、ぶつかりに行こうよ」

 

「…………………そっか」

 

「そうだよ」

 

「…………はぁ、分かったよ」

 

 カルマは同意して、手を差し伸べていた渚の手を取る。手を取ったが……カルマの引っ張る力の方が強くて倒れかける渚に、カルマは締まらないなぁ、と内心で覚えながら立ち上がる。

 

「強いよ、アイツ」

 

「知ってる」

 

「鷹岡とかとはレベルがダンチ。アイツの方が圧倒的に上だし、渚くんの手札も全部知ってる、もう俺よりも喧嘩だって強い」

 

「分かってる。でも、ぶつかりたいんだ」

 

 渚はカルマの確認に全て頷き、目を逸らさない。

 

「(強敵への挑戦、か)」

 

 いつぶりだろうか、そんな響きを聞くのは。

 思えば、ここしばらく、全力の暗殺も、挑戦もしていなかった。

 

 そして、それはきっと乃咲もだろう。

 宇宙にいく。その普通ではない挑戦に挑むその前に、共に挑む仲間を知る為にぶつかりに行く。

 

「最強に挑みに行こう、殺せんせーにすら弱点があるんだから、乃咲にもきっとある。今回勝てなくても、これから先も勝ちに行きたいんだ。………"カルマ"と」

 

「………殺せんせー殺す以上に大変だよ?下手したら宇宙に行くよりむずいかも。それでもやるだね?」

 

「うん、やりたい」

 

 即答だった。

 カルマはもう、問いかけなかった。

 

 ただ、一言。

 

「分かった、やろう。"渚"」

 

 その返答に、渚は笑って頷いた。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

『デデーン!磯貝くん、前原くん、木村くん、寺坂くん、村松くん、吉田くん、イトナくん、片岡さん、岡野さん、矢田さん、狭間さん、アウトー!』

 

「さて、残ってるのは渚とカルマと……ヒナか」

 

 無数のトラップに刈り取られた襲撃者たちを尻目に、死神は動き出した。

 

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