皆様、ご愛読ありがとうございます。
——追記——
誤字報告ありがとうございます!
迎えた暗殺決行日。
思った以上に緊張しているのか、心臓がバクバク言ってる。まあ、仕方ないだろう。今日の暗殺はある意味で俺の思考力などを問われる。烏間先生に自分の有用性を見せるチャンスでもあるわけだし。
……烏間先生に有用性、か。俺、あの人に依存してるのかな。親父も誰も認めてくれなかったけど、あの人は褒めてくれるからかな。いかんな、これはダメだ。
そうはいっても、やはり人は褒めもしない人よりも褒めてくれる人の方が印象がいいのは当たり前だし。
俺の中で烏間先生は教師ではなく、初めて俺を褒めて、見てくれた大人という認識なんだろうな。
……いや、思考を切り替えよう。
今は暗殺について考えよう。
……いや、中学生が暗殺に関して真面目に考えるのも可笑しな話なんだけどさ。
さて、その可笑しな話に陥ってる可笑しな中学生が本気で暗殺を仕掛けてやるとしよう。我らの担任に。
殺せんせーを今日、殺す。
彼が何なのか、気にならない訳ではない。
彼が何者なのか、知らないわけでも無い。
殺せんせーは担任だ。
それと同時に地球を滅ぼすモンスターだ。
そのほかにも色んな顔を持っているのだろう。もしかしたら本当に、地球に攻めて来た宇宙人なのかもしれないし、月を爆破したのは彼の同種なのかもしれない、案外、本当に非人道的な実験であんな姿になった元人間なのかもしれない。
けど、殺せんせーを殺さないと、地球が来年には滅ぶ。彼曰く、殺せんせーの寿命による死亡で地球を巻き込むかどうかと言う可能性があるってだけって話だけど。やっぱり、どこまで本当なのか信じられない。信じられないというか、理解が及ばないんだ。
及ばないことを考えても意味はない。時間の無駄。唯一分かってるのは来年には地球が滅ぶかもしれないってことだけ。今はそれだけでいい。
殺せんせーの正体は殺せんせーを殺した後ででも烏間先生を問いただせば答えてくれるかもしれない。
「乃咲、ほれ、手榴弾」
「まじかよ、本当に寺坂引き入れたのか」
「ああ。寺坂組に12億と『言うこと何でも聞いてあげる券』で手を打った」
「いや、それはいらねぇ」
「まじ!? 12億いらねぇの?」
「ちげぇわ!」
「知ってるよ。その手抜き手榴弾は俺が合図した時に投げてくれ」
「チッ」
ナイフを持ち、ポケットには銃を仕込み、縄跳びはカーテンの内側に、殺せんせーの抜け殻はブレザーの胸ポケットに仕込んだ。
これで暗殺する準備は出来た。
あとは時間を待つだけだ。
「圭一、準備は出来てるのか?」
「あぁ。出来てるさ」
「ヌルフフフフ、乃咲くん。5時間目になりましたねぇ」
教卓に2人の人影が並ぶ。
その様子を一部をのぞいた生徒は固唾を飲んで見守っていた。その理由は幾つかある。
一つは彼らの担任、殺せんせーをターゲットにした暗殺であること。
二つにクラスメイトたちと息を合わせた暗殺。練られた作戦を使った暗殺であるから。
三つ、その作戦を練った同級生が目の前で殺せんせーと向き合っている乃咲圭一だからだろう。
乃咲圭一に対する周りの生徒たちの印象は少しずつ変わりつつあった。彼がE組に落ちたのは成績不振と教師を殴った事による素行不良、他校の生徒と殴り合い。恐喝までしたという噂もある。
だが、ここ最近の圭一を見ていた者にとって噂は俄には信じがたい内容になりつつあった。
渚や杉野と並んでツッコミを入れてる姿、野良猫と戯れてる姿や殺せんせーの弁当に舌鼓を打っている姿。放課後に烏間に個別指導を受ける姿を見ていた者にとっては圭一はどこかズレた性癖はあれど自分たちと同じ生徒の1人だと言う認識になりつつある。
そんな彼が人知れずに立てていた暗殺の作戦。研がれていた刃の鋭さに興味があるのはクラスメイトは然り、担任である、殺せんせーも、個別指導を受けもっていた烏間も、たまたま話を聞いていたイリーナもまた然りである。
このクラスの関係者全員の注目を受けた暗殺が今、始まろうとしていた。
「んじゃあ、始めます。殺せんせー」
「ええ。いつでも来なさい」
殺せんせーにそう言うと圭一は真正面からナイフを抜き、鋭い刺突を放つ。教卓を揺らすほどの鋭く重い踏み込みにクラスメイト達は固唾を飲むがそれは呆気なく白いハンカチに包まれて受け止められてしまった。
「ヌルフフフフ。鋭く思い切りのいい刺突ですが、先生には届きませんよ」
「ははは、でしょうね」
談笑すると殺せんせーに背中を向けると圭一は窓際まで下がり、ポケットからハンドガンを取り出し、ニヤリと口元を緩めて挑発する様に口を開く。
もう、ナイフに興味が向いていないと悟った殺せんせーは白いハンカチごとナイフを教卓に置き、圭一の言葉を待った。
「ねえ、殺せんせー。実は俺、西部劇カッコいいなって思ってたんです」
「ほほう? どう言うところがです?」
「あの『抜きな、どっちが速いか勝負だぜ』ってシーンですね。あれで眉間撃ち抜くの良くないですか? 俺はあのシーン好きなんですよ」
そういうと銃をポケットにしまい、笑った。
「皆んなでの暗殺の前に勝負しましょうよ。内容は俺のポケットのハンドガンをどっちが早く抜けるか」
「ほう? スピード自慢の先生にそんな勝負を仕掛けるとは余程の自信ですねぇ? いいでしょう」
「負けた方が相手の言うことを聞く。俺が勝ったら触手一本下さい」
圭一の一言にクラスメイトたちがざわついた。
まさか、マッハ20の殺せんせーに勝つつもりなのか? と寺坂ですら固唾を飲む。
そんな中で圭一はブレザーの袖のボタンを一個取ると、人差し指と親指の上に乗せて言う。
「このボタンが落ちたらスタートってことで」
「わかりました」
緑のしましまの顔をした殺せんせーの同意を得ると圭一は徐にボタンを親指で真上に弾いた。その瞬間を誰もが見守る。これだけで今日で固唾を飲むのは何度目になるだろうか。
コツン、床に落ちるボタンの音。
この場にいる全員がその音を認識した刹那、パシャ! と殺せんせーの触手が弾けるのは全く同時だった。
「今だっ! 全員で撃て!」
「ニュャァ!?」
触手を破壊したら作戦開始。辛うじて頭の中にあったそんな単語が思考の追いつかない生徒達の体を無理やり突き動かす。
彼らの頭の中は半信半疑。本当に触手を破壊したという驚きと衝撃が頭の中を白く染まる中で身体だけはしっかりと動いていた。
「まじか! 圭一、本当にやりやがった!」
「なんでも良いから撃て!」
驚愕の声を漏らす磯貝と指示を飛ばす圭一。そんな圭一はと言うとカーテンの後ろに手を突っ込み、鋭い目付きを教室の廊下側の一番後ろの席に着く大柄な同級生に叫ぶ。
「寺坂! 投げろ!」
「報酬寄越せよな!」
触手が破壊されて驚愕する殺せんせーに追い討ちを掛ける様に寺坂が投げつけたのは一つの手榴弾。
「なっ!?」
飛んで来た手榴弾のグリップが開き切る直前に慌ててそれをキャッチする殺せんせー。BB弾の弾幕が飛び交う中で一つの風切り音が一際大きく鳴る。
ヒュン! と風切り音を鳴らして殺せんせーに襲い掛かる縄跳びはそのまま手榴弾を握った触手をプリンでも切り分けるように切り落とした。
落ちた手榴弾を慌てて拾おうとするが、一足遅く、グリップは開いてしまう。しまった、と思うと同時に殺せんせーはやられた、と強く圭一と寺坂を見据えた。
開いた手榴弾は爆発しなかったのである。
以前に異常なほどに威力を高めた手榴弾を使った暗殺を仕掛けた寺坂が投げたからこそ、殺せんせーは警戒してしまったのだ。あれだけ強く脅したのに、また凶行を働くのか? そんな驚きと手榴弾と寺坂の動きへの警戒。その隙を圭一に突かれ、触手の2本目を失ったのだ。
圭一は寺坂の投擲と同時にカーテン裏に仕込んでいた縄跳びを引き抜き、2本目の触手を破壊すると連続して振り回した。
生き物の様にしなる縄跳びは対先生物資でコーティングされた殺せんせーにとってはムチそのもの。
「くにゅぅ……!」
殺せんせーは焦る。
自分を狙う銃撃と退路を断つ銃撃の弾幕と横から飛んでくるムチ。まさに正面から弾丸、横からムチ、後ろには黒板。もはや逃げ場は廊下か、弾幕をすり抜けた先、教室の後ろのみ。
だが、扉の後ろに烏間とイリーナの匂いを感じていた殺せんせーは必然的に逃げ場を教室の後ろへと見切った。
見切ったのだが、圭一の思考はその一歩先を行った。
「今だっ! 壁を作れ!」
怒号にも似た圭一の指示に従い、教卓の前にいた生徒達は机の中から平たい洗面器を取り出し、中に貯めたBB弾を真横に薙ぐようにぶちまけた。
宙に放られたBB弾はエアガンから発砲される弾幕よりも遅いが、正面から飛んでくるBB弾の物理的密度の高さは間違いなくBB弾の壁を作り出す。
もはや、殺せんせーに逃げ場はない。
思わず残った唯一の逃げ場であるドアを見るが、その時、同時にドアが開いた。
「そんなっ!?」
開いた先にはそれぞれショットガンとアサルトライフルを構えた烏間とイリーナの2人。
撃つのか? まさか? 私の背後には乃咲くんがいるのに? 彼らの射線の先を反射的に辿ると、圭一は素早く殺せんせーの抜け殻を銃撃に巻き込まれそうな位置にいた、前原、片岡と共に身に纏って身を縮こませている。
——なるほど、やられた。
そう思ったときには烏間とイリーナの銃口から無数のBB弾が発射されていた。
聞こえていた弾幕の音が途絶える。
一応、巻き込まれそうな位置にいた前原と片岡。恐らくは前原の方が思わずと言った様子で恐る恐る口を開く。
「やったか……?」
抜け殻から3人で這い出すと唖然とした様子のクラスメイトたちが教卓下に見える殺せんせーの着ていた衣服に注がれている。
煙を上げる殺せんせー衣類、その周辺にはビチビチと跳ねる触手が数本と黄色い体液が血溜まりの様に広がっていた。
聞きようによってはフラグの様にしか聞こえなかった前原のセリフもこの光景を見ると思わず口をついてしまうのは理解できる。
頭の中が白く染まる。
耳鳴りがする。
まさか、本当にやれたのか?
皆に釣られて恐る恐る殺せんせーの死体を探す。
だが、ふと思う。殺せんせーって死体は残るのかな? 触手はいつの間にか蒸発してたし、死体も消えたりするんじゃ?
ダメだ、こんな時でも頭の中に余計な思考が混ざる。今はそんなことよりも殺せんせーを殺せたかどうかの方が重要な筈だ。
「奴の死体は……ないな」
烏間先生が殺せんせーの体液を躊躇いなく踏み、ショットガンの銃先で殺せんせーの衣類をまくって見たりするが、そこに彼の死体は確かに見えない。
ではどこに行ったのか?
探した時、天井から銀色の液体が溢れ出してきた。
——液体化。
つい数日前、奥田さんを手入れする時に手に入れた能力。たしか、殺せんせーの細胞を活性化させて流動性を上げた結果だったな。
だが、まさか、ここで出るとは思わなかった。完璧に失念していた。それにこの形態に関しては情報が少な過ぎた。
変身にどれくらいかかるのか? この形態に攻撃を当ててダメージが与えられるのか? とか。
「……危なかった」
しかし、どうだろう? 殺せんせーの口から飛び出したのは焦りのセリフ。
危なかった、とシンプルな状況説明だったが、俺はそれだけ殺せんせーを追い詰められたのだろうか?
液体化しているのに、殺せんせーが汗をかいているように見えてしまった。
「……すまない、みんな。任務失敗だ」
殺せんせーは無事の様だった。
俺は手短に任務失敗を告げる。
殺せんせーはその宣言を聞くと天井から降りてきて、服の中に入ると通常形態の彼が出てくる。
……が、なんか、殺せんせーがいつもより小さい。
「あの、殺せんせー? なんか小さくありません?」
思わず尋ねると殺せんせーは触手で頬を掻きながら三日月の様な口をゆっくりと開いた。
「それだけキミの、キミたちの作戦が上手くいっていたということです」
殺せんせーは認めた。俺たちの作戦を。
「あのハンドガンと縄跳びは対先生ナイフと同じ材質か、それでコーティングされているのでしょう? 流石に驚きました」
「……殺せんせーは俺たちを無力化する時に武器を奪うじゃないですか。その時に思ったんです。これが対先生物質でコーティングされていたら触手を破壊できるんじゃないかって」
「なるほど、盲点でした。確かに私が気にしていたのは君たちのナイフを奪う時だけ。もしや、一番最初にナイフで攻撃してきたのは私からあらかじめハンカチを取り上げるためでは?」
「はい。そうです。だからまずナイフで刺突しました。殺せんせーはナイフでの攻撃は避けるかナイフを奪って無力化することで暗殺を止めますから。仮に何度か避けられても、どっかのタイミングでナイフを奪われることは予想してました」
「正しい判断です。よく先生を見てましたね。となると西部劇の件もやはり作戦ですね?」
「ええ。普通は早く抜いて相手に当てた方が勝ちってのが正当な条件になるんでしょうけど、殺せんせーは俺たちを傷つけられない。だから先に銃を抜いた方が勝ちってルールにしておけばそっちに食い付くと思ったんです」
「キミは思った以上に私を理解してくれているようだ。正直、そこが嬉しいです。その後の寺坂くんへの指示も見事でした」
「寺坂は一度、やらかしてますからね。杉野に投げさせる方がコントロール的には良かったかもだけど、寺坂がやることで更に警戒すると思ったんで」
「ええ。見事にやられました。そこまでのキミの作戦で先生は2本も触手を失いました。しかも真正面からの攻撃でね。不覚でしたよ。弾幕の張り方、指示も素晴らしかった。これはキミの指揮能力だけでなく、皆さんの日頃の鍛錬の成果ですね」
「教室の中では流石にマッハ20は出せないと踏んで作戦を立てましたからね」
殺せんせーは一通り俺たちの作戦を褒めると皆んなと俺を見て、烏間先生とビッチ先生を見た。
「お2人も流石です。イリーナ先生は巧みに射線をばらけさせて1人で弾幕を張り、烏間先生は最適なタイミングでの射撃でした。この最後の射撃で私は触手を数本失い、奥の手だった液状化を使ってしまった」
けど、失敗した。
俺たちの作戦を殺せんせーは褒め続ける。
皆んなが満更でも無さそうな顔をする。
だが、俺は悔しかった。
殺せると思ってなかったとか言っても、心の何処かでは期待してたし、殺せんせーの衣類が散らばってる様子を見て殺せたんじゃ? と思った。
「乃咲くん。流石ですね、キミの作戦は完成度が高かった。それに寺坂くんたちに参加を促した手腕も見事です」
……殺せんせーが誉めてくれている。
これはどっちなんだろう?
乃咲新一の"息子"を褒めているのだろうか?
それとも——。
「乃咲くん。先生の顔を見てください」
言われて殺せんせーを見る。
……目が合った。
「キミは素晴らしい生徒だ。集中力も思考力もあって地頭がいい。これからも期待していますよ」
……あぁ。
何故だろう?
なんだか、殺せんせーの言葉がストンと胸に落ちた。
……あ、いや、違う。わかった。
目が合ったからだ。
烏間先生が俺たちと目を合わせてくれた。だから烏間先生は他の大人と違うって感じたのと同じ理由だ。
「今後ともクラスのみんなと力を合わせて暗殺をして下さい? キミのチカラを役立ててください。キミの集中力と思考力は必要なものです」
あ、それともう一つ。
分かった。殺せんせーは今、俺1人を褒めてくれてる。
"乃咲新一の息子、乃咲圭一"じゃない。
3年E組の"乃咲圭一"を褒めてくれてるんだ。
その証拠に、彼の言葉にはこれまで呪いの様に、枕詞の様に付けられていた"乃咲先生のお子さん"って単語がなかった。
あぁ。だからか。
これまで教師に褒められたことなんて腐る程あったのに、殺せんせーの褒め方が胸にストンと自然に胸の収まるべき所に収まったのは。
「乃咲くん。さっきの早抜き勝負は先生の勝ちですね?」
「ええ。どうぞお好きな命令をして下さい」
「では一つ、今後、先生と話すときは先生の目を見てください。私は絶対に目を逸しません」
「…………はい」
目を絶対に逸らしはしない。
その宣言が胸に響いた。
これまで烏間先生以外が目を合わせてくれなかったのに、この先生は絶対に目を逸らさないと宣言してくれた。
それが嬉しかった。
なんか、今なら教師嫌いだったカルマが殺せんせーの態度を軟化させた気持ちが分かる気がする。
少なくとも、この人は俺個人を見てくれる人だ。
なんだろ。暗殺失敗した悔しさはあるのに、気持ちは随分と軽くなったと言うか、胸のうちは爽やかな気分だ。
——この日から乃咲圭一は2年ごしにやる気を徐々に取り戻し始めた。
後書き
はい、後書きです。
本話以降、勉強に後ろ向きだった圭一がようやく勉強に乗り気になります。
遺憾無く集中力チートを発揮しますのでお楽しみに!