暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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IFルート ハナコトバの時間 part1

 

「さよなら、先生。見えてなかったね。僕の顔」

 

「………」

 

 言い放った青年の言葉に男は立ち尽くした。

 理解できなかった。なにが教え子にこうさせたのか。自分に教える側として何が足らなかったのか。

 たった今、自らの顔を剥ぎ、人体模型の肉と骨の部分の様な教え子自身が新たに"作った素顔"を持って、死神と呼ばれた男と死神を名乗ることになる男は決裂した。

 

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 先生を売り渡してから半年。僕は仕事の都合で日本に来ていた。全世界で見れば比較的安全な筈のこの国ですら殺し屋の仕事は水面下で行われているのだから、きっと平和な国なんてモノはこの世界の何処にもないのかも知れない。

 そんなことを思いながら依頼を完了し、僕は今後の予定を頭の中で組み立てていた。

 

 悔しいことに僕の技量はまだ先生に及ばない。死神の名は僕のモノとなったがソレを名乗るに今の力量・技量は不足していると実感した。故にネームバリューを落とさない為にも本来なら完璧に仕上げるまで仕事はしないつもりだったが、それでも依頼を受けたのは彼との差を明確に理解するためだった。

 これまで先生と2人で仕事をしていたから、自分の課題と言えるところが嫌と言うほど見ることができた。だが、1年と経たずにその差を埋めて見せると意気込んで街を歩く。

 

 なんとなく訪れたのは椚ヶ丘という都心に近い街。浅野學峯とかいう超やり手の教師が経営する私立の学園が有名な街だ。

 本当に何気なく訪れたからなぜ?と問われると返答に困るが、強いて答えるのなら成功している人物というのは古今東西において嫉妬の対象となり、消えることを願われるのが世の常。僕の仕事に繋がってもおかしくはないし、いつか使えるかも知れないから情報収集にでもと答えるのが一番無難かもしれない。

 

 ふらりと訪れたこの街に特に長居するつもりはなかったんだ。

 

——あの子に会うまでは。

 

 適当に調達したワゴン車とツテを使って準備した花を売って椚ヶ丘学園周辺を中心に街を転々としながら耳をそば立てて過ごす日々の中でふと、中学生が裏路地に入って行くのを見た。より正確に言えば、中学生が中学生に連れ込まれる瞬間を目撃した。

 正直に言えばどうでも良かった。しかし、仮にリンチでも起きてしまうとこの辺の話題がソレで締められて多様な情報を得られるポイントを一つ失うことになるかもしれないと思ったから、渋々その路地に入ることにした。

 それに、ちらりと見た感じだけど連れ込まれた子は椚ヶ丘中学校の制服を着ていた様に見えたし、助ければ内情的なものが聞けるかも。そんな打算もあったから。

 

「何ガンつけてくれてんだ!?」

 

「椚ヶ丘のお坊ちゃんが!エリートだからって俺らを見下してんだろ!」

 

 お世辞にも上品とは言えない言葉遣いとガスっ、バキッと鈍く渇いた音が鼓膜を叩く。

 聞こえてくる呻き声は消え入りそうで、痛みを堪えているのか泣くのを堪えているのか震えているのが分かる。

 "波長"を読むが、明らかに手を出してる方は興奮状態で完全に止め時を見失っている様子だった。流石に子供の喧嘩で済むレベルではないだろう。障害沙汰になってもおかしくない。

 

「ねぇ、キミたち。その辺にしておいた方がいいんじゃない?」

 

 リンチ現場の半歩後ろまで近寄り、壁をノックしてワザと気づかれる様に音を立てる。

 波長の波が低くなり、周りに気付きやすくなるタイミングで同じ波長をぶつけてやったからか、少年たちはビクリと肩を上げて驚き、恐る恐ると言った具合でこちらを見た。

 

「んだよっ!アンタには関係ねぇだろ!」

 

「引っ込んでろよ、おっさん!」

 

「……僕、まだ20代なんだけどなぁ」

 

 流石のおっさん呼びには切なさを隠し切れず、思わず情けない調子の声が出た。

 そんな僕が面白くなかったらしく、中学生たちは拳を固めて振りかぶろうとしていた。

 

「———ほら、花でも愛で気分落ち着けなよ」

 

 その拳を振り抜かれるより早く、親指と人差し指の間に薔薇を一本入れておいた。

 

「は……えっ………?」

 

 キョトンと差しておいた薔薇をしっかり持ち直す様に握ると花弁と僕の顔を見比べるように視線を彷徨わせる。

 波長がかなり下火になったのを見計らって一言告げる。

 

「どうする?実は警察呼んでおいたからここにずっといると補導されちゃうよ?ご両親や学校に別の学校の生徒をリンチしてたって知られたら生活しづらくなるんじゃないかな?」

 

「……ちっ」

 

 警察という言葉を聞いてバツが悪そうな顔をして、それでも殴っていた相手が気に食わないのか、唾を吐き付けて不良3人は僕とは逆方向に走り去っていった。

 

「さて……。キミ、大丈夫かい?」

 

 先生から習った人を安心させる為の笑顔を作って蹲り、呻きながら身体を起こした少年を見た。そこにある驚きの光景など想像もせずに。

 

「うぅ………」

 

「——————ぇ……」

 

 そこには"僕"がいた。

 比喩でもなんでもない。強いていうのなら今の僕より一回り程度小さい自分とでも言うべき容姿の少年が息も絶え絶えと言った具合でチカラなく顔をゆっくりと上げる。

 

「……助けてくれてありがとうございました————?」

 

 "僕"と目があった。聞き慣れた声が僕に礼を伝え、見慣れた顔がこちらを見つめていた。さっきの不良たち以上に面食らったような、ハトが豆鉄砲を喰らったような、という表現がこれ以上なく似合う表情で。

 

「………」

 

「……………」

 

 2人して思わず固まった。

 少年は尻餅をついた様な姿勢のまま。

 僕は中腰で彼を見下ろすような姿勢で。

 

「……えと、大丈夫ってのは少し酷な質問かな。ちょっと事と次第によっては学校に連絡しなきゃだろうし、名前聞いていいかな?椚ヶ丘の生徒さんだよね?」

 

「……乃咲。乃咲圭一です」

 

——これがもう1人の"僕"との出会いだった。

 

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 乃咲圭一と名乗った幼い頃の自分の写真から飛び出してきたかの様な少年は面食らった表情のまま事情を話してくれた。

 なんというか絵に描いたようなヤンキー事案とでも言うべきコテコテのトラブル。コンビニに入りたかったのにヤンキーがいて入り辛くて見ていたら目があってそのまま絡まれたと。

 

 さっきのヤンキーたちの制服はお世辞にも優秀な生徒が集まる場所とは言い難い学校のもの。ソレに対して乃咲圭一は椚ヶ丘……この国でも3本の指に入る進学校の生徒だ。

 僻みといか、嫉妬というか。もともと他の学校の生徒よりも標的にされやすい属性だったと言うべきか。彼は運が悪かった。

 

 しかし、本当に驚く結果になったのはこの後の出来事だろう。

 流石にそのまま放置する訳にもいかず、病院に連れていったのだが、そこでこの少年の正体があの乃咲新一の実子であるという衝撃の事実が発覚してしまった。

 乃咲新一と言えば世界的に有名で授与されれば後世まで名が残るような賞をいくつも取り、少なくとも日本においては最も有名な学者と言っても過言ではない遺伝子工学の権威だ。

 

 まさか、そんな大物の子供をあんな所で助けることになるとは思わなかったし、その子供が声も顔も自分と瓜二つとは思いもしなかった。

 病院に連れていった時、看護師に兄弟と言われたが、正直そう言われても仕方ないと納得するどころか兄弟扱いされなければ違和感を覚えるレベルで僕たちは似ていた。

 

 というか、さっきのヤンキーたちは大丈夫だろうか。国が国ならこの子はボディーガードが付いていておかしくないし、手を出そうものならヒットマンが差し向けられても仕方のないことをやらかしている様に思うが……。

 そう言う意味だと日本はやはり平和な部類と言えるのかもしれない。まぁ、あとは実際に父親がどう動くか次第か。

 

 彼を病院に連れて行くと、まずは家政婦を名乗る女性が現れた。続けて仕事で二つほど隣の県にいるという父親の代わりに祖父母を名乗る老人たちが姿を見せた。

 まあ、彼らに限らず僕と乃咲圭一が並んでいる姿をみると全員ギョッとするのは一周回って面白かったと言っておこうか。

 

「……………」

 

「ん?どうかしたか?」

 

「いえ………。あの子に似ているような」

 

「それもそうだろう。圭一はどちらかと言えば圭似なのだから重なるのも無理ない」

 

「いえ、そうではなく……。兄さんの孫の"◾️◾️◾️"に似ているというか……面影があるというか……」

 

「圭一でも圭でもなく、義兄さんの孫か……」

 

「えぇ……。圭一が生まれる前にたった一通。孫が生まれたと写真が送られてきたきりだけど。本当に小さい頃の圭一とも瓜二つで良く見比べたもの。健康にすくすく育っていたのなら、ちょうどあのお兄さんと同い年くらいじゃないかしら」

 

「どちらにせよ、すごい偶然もあるものだな。世の中には同じ顔が3人いるというが、ワシの孫と同じ顔の人間がこんなに身近にいるとは」

 

「えぇ。本当に」

 

 一番驚いたのがこの会話だった。

 僕を見ている彼の祖母がそんなことを言い出した。別にその話題が続くことはなかった。本当に老夫婦が雑談として話す程度の話題でしかなかったその会話が印象に残ったのは、老婆の口から出た名がとうに捨てた僕の名前と同じだったからだろうか。

 

 驚きを顔に出さず、トメと名乗った家政婦から懇切丁寧な御礼を受け取りつつも、僕の知識はやはり、自分に良く似たあの子に向けられていた。半ば無意識と言っていいほどに。

 その後、お礼に食事でもという誘いを受けたが丁寧に断った。乃咲新一が顔を出すと言っていたが彼と直接パイプを持つことと僕の顔がバレることを天秤に掛けて断ることを選んだ。

 まぁ、息子の方と顔が瓜二つと言う話は伝わるだろうし、顔バレについては今更気を付けようがないが念の為である。今回関わった全員を殺せば手っ取り早いが……流石に乃咲新一を殺しては今後どんな展開になるか分からないから大人しく手を引いた。

 

 本当ならそこでパッと縁を切るのが最善手だと分かっていた。偶然僕とそっくりな子供と出会って、そのお婆さんが偶々僕と同じ名前を言い当てただけ。それで終わらせるべきだったのに、つい興味を引かれてしまった。興味本位で調べてしまった。

 

 とっくに抹消された僕と家族の戸籍を辿り、ツテで入手した様々な情報を組み合わせることで、僕は一つの真実に辿り着いた。助けた時は想像すらしてなかった現実に。

 

「……あの子と僕は再従兄弟……?」

 

 彼の祖母が語った内容に間違いはなかった。兄さんとやらが送ってきたと言う写真に写っていたのは本当に幼い頃の僕で間違いなかったのだろう。圭一にとって僕は大叔父さんの孫で、僕にとっては大叔母さんの孫。

 

 それを理解した時、思った。あの子は使えるかもしれない。

 

 同じ顔、同じ声。年齢差の所為で圭一の方に幼さはあるが……あと数年したら、そこまで気にならなくなるだろう。

 血縁関係もある。それもあそこまで容姿がそっくりなのだから、万が一のことがあればスケープゴートにもできる。

 

 いざと言う時に使える、もう1人の自分。それはこの仕事をする上ではとても魅力的な存在と言えるだろう。

 

 1人から2人になる分、リスクは増える。あの子があまりにもお粗末なボロを出してしまえば、それは即座に僕に繋がる足掛かりになってしまうだろう。だが、それはこれから使い物になるように教育すればいい。ある程度、僕に近づけた段階でボロが出てあの子が捕まるのなら、それも良いだろう。

 そうなれば、きっと関係者は死神を捕まえたと考える。その認識が広まれば、僕に目が集まることは無くなる筈だ。

 

 頭の中で次々にパズルが組み上がる。

 この後の計画。あの子への教育プラン。どうやって洗脳していくのか。いつ頃には使える様にできるのか。

 

 ただ、ここまで考えたことを妄想でも、理想でもなく、現実にする為には圭一への教育と僕の言うことには従う忠実さを植え付けることをクリアしなければならないだろう。

 

 それからというもの、しばらく活動拠点は一ヶ所に絞ることにした。出来るだけ圭一と遭遇しやすい椚ヶ丘学園の周辺をこの前の様に花屋のフリをしながら巡回し、あの子の通学路や通る時間帯を把握することに注力した。

 その甲斐あって、この時間なら確実に通るというタイミングを完全に理解したが、気になったのは見かけた椚ヶ丘生の大半が登校中も下校中も基本的にずっと教材を片手に歩いていること。

 勤勉と言えば聞こえはいいが、悪く言えばゆとりがない。ただ脅迫されるみたいに教材と睨めっこする姿は痛々しかった。

 

 そんな中で、あの子は目立っていた。

 達観したみたいに教材を開いて歩く生徒を追い越して、銀髪を揺らしながらそそくさと下校する姿は異質に思えた。

 でも、ここ最近で調べていたから分かる。アレは達観ではなく諦観だ。特に大した希望も持ってないから努力をしない。あるいは結果が出せないから無駄と諦めた。そんな荒んだ心境が目に出ていた。まるで睥睨してる様にも思える目つきは確かに不良たちにとっては見下された様に感じるものだろう。

 

「おい、お前。ちょっとこっち来いよ」

 

 だからだろう。見覚えのある椚ヶ丘生ではない不良たちに声をかけられた瞬間の痛烈に歪んだ顔は敵意を持っているのだと相手に誤解させるには充分だった。

 本人的には『なんでまた俺なんだよ』と『今回は何もしてないだろ』という理不尽に対する疑問があるだけなんだろうが、客観的に見ると不良たちを見下し、不快感を隠しもしない視線に思えるのは確かに仕方がないように思えた。

 

 いつかの様に路地裏に連れ込まれた姿を見て、少し様子を見てから僕は後を追って行く。圭一的には不幸なんだろうけど、僕にとってはカモネギって奴だった。

 危ないところを助けた。それは人間が他者に恩を感じる上で最もポピュラーでそれ故に演出しやすい。

 

「ねぇ、キミら。この前も同じことやってなかった?」

 

 今度はわざと気付かせるような事はせずに背後から声を掛け、こちらに振り向く動作に入ったと同時、彼らの頭上を通って圭一と不良の間に割って入った。

 完全に振り返り切ったところで今度は正面から声を掛ける。いつもの接客用の穏やかでつい話しかけたくなるような笑みを作り、誘蛾灯の様に立ち振る舞う。

 

「こっちだよ、こっち」

 

 声を掛けると半ば怯えた様に振り返った。

 しかし、怯えて振り返った癖に警戒心の類いを纏うような動きは一切ない。それもそうだ。そう言う笑顔(技術)なんだから。

 

「よって集ってこんな事しちゃダメでしょ?キミたちだって殴られたら痛いし、怖いだろ?」

 

「……な、なんで……?いま、俺らの後ろに……」

 

「企業秘密。それで、どうするの?まだ続けるなら流石に見過ごせないし、今回は警察も呼んでないから……暴力を振るわれるなら、こっちも抵抗させて貰うけど」

 

 まぁ、前回も警察なんて呼んでないけどね。

 

「あ、アンタには関係ないだろ……」

 

「そんなことないよ?実はその前、そこの子を病院に連れて行った時にご家族と会ったからさ。流石にね?それに大丈夫だよ、安心して殴っておいで?痛くしないであげるからさ」

 

 ニコリと笑ってわざと挑発するような言葉を選んだ。

 今度は警戒心を最大まで引き上げるように自分の雰囲気を調整して暴力を振るいやすくする。

 頭の緩い中学生。それも不良をやってる様な子ならこれで手を出してこない事はないだろう。

 

「この……!」

 

 向けられる明確な敵意、跳ね上がる様に乱れた意識の波長。僕の狙い通りに不良の1人が『舐めんじゃねぇ!』と捨て台詞の様に声を荒げると手を大きく振りかぶって振り下ろしてきた。

 

「危なっ————」

 

「大丈夫だよ」

 

 この前のようにボロボロな状態で地面に転がっていた圭一が反射的に叫ぶが、そんな心配の声に被せる。

 乱れた波長。振り下ろされる拳。死神の技術を使わずとも指一本と触れず、触れさせずに無力化できる。

 

 その場から一歩たりとも動く事なく拳が当たる寸前。不良が最も興奮した瞬間を見計らって手を打ち鳴らす。猫騙しにしてはオーバーキルもいいところな破裂音が少年の波長を食い破り、通り過ぎる様に崩れ落ち、僕の隣で腰を抜かした。

 

「——————」

 

「うん、これで1人静かになったね」

 

 気絶はさせていない。ただ、意識がほんの一欠片残るくらいに調整したからか、静かになった少年は虚な瞳で僕を見上げた。

 見下ろしながら狙いに寸分の狂いもないことを確認してもう一度笑顔を浮かべて見せた。警戒心なんて抱けないような柔和で穏やかな微笑みと共にキョトン顔の彼らへ語りかける。

 

「さ、早くおいで。見てたろ?痛くはしないからさ」

 

 そんな言葉に返ってきたのは、まるで誤動作を起こしたかの様な表情だった。指一本触れず人を無力化した現実と警戒心を一切抱けない笑顔を向けられている事実が噛み合わず、どんな対応をすれば良いのか分からないとでも言うべき顔をしていた。

 

「…………どうやら戦意喪失、かな?」

 

 そのまま固まってしまった不良たちをそのまま置いて、未だに立ち上がることが出来ていない圭一に手を差し伸べる。

 いつかの様に尻餅をついた様な姿勢で固まっていた彼に、いつかの様に腰を僅かに落として手を差し伸べると……そこには見覚えのある顔があった。いや、違うな。見覚えがあるのは当たり前だ。正確には"したことがある顔"とでも言うべきか。

 

「……すげぇ!」

 

 目の前で起きた事象に理解が追いつかず、それでも"ソレ"を引き起こした人物を理解し、見抜き、徐々に蒸らす様に湧き上がってくる興奮。はしゃぐ寸前の喜びの発露。

 

——すごい……!!

 

 かつて、同じ顔をした。同じ声を出した。月明かりに照らされた、たった今、自分の父を瞬殺せしめた人殺しの容貌。息をするかの様に繋がった極限の技術を前に僕の夢は定まった。

 そして今、僕はかつての自分と同じ立場になった少年を、かつての先生と同じ視点から見つめていた。

 

 あの日、あの人がどうして僕を連れて行くことに決めたのか分からない。僕の才能を見抜いたのか、あるいは気まぐれか。

 本当のところは分からない。あの人は技術を伝えてくれたが、全てを教えてくれたわけではないのだから。

 

 けれど、僕は言葉を投げていた。かつての自分と同じ立場になり、かつての自分と同じ顔をしてる少年に向けて。

 徐々に口説き落とすつもりだったのに、プランしていた言葉はすっかり頭から抜け落ち、ただ一言だけ。

 

「ねぇ、キミ。僕の弟子にならないかい?」

 

 戸惑ったような顔をしながらも、彼は頷いた。

 

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 思わず反射的に弟子に誘ってしまった。

 結果オーライだが、我ながらに中々のやらかしだったと思う。折角、自分を助けてくれた、自分によく似た花屋の兄さんという足掛かりに出来そうなポジションを手入れかけていたのに、この一言の所為で思った以上に早く師匠と弟子という関係なくシフトしてしまったから。

 

「良いかい?まずは相手の動きをしっかり観察すること。これが基本だ。誰かを相手取るなら必須の技術だし、誰かから教えを受けるのにも役に立つ。身体の向き、重心、目の動き、つま先の方向、指の筋からどの指に力を入れているのかとか。見て盗め」

 

「は、はいっ!」

 

 けど、今のところは上手くいっている。なんの説明もなしに弟子に勧誘してしまったあと、苦し紛れに喧嘩に負け続ける姿を見て心配になったから古武術を教えるという体の説明をしたが、なんとか納得してもらえた。

 これに関しては苦し紛れにしては中々良い理由だったと思う。彼がボロボロになる原因だった喧嘩の弱さを改善すると言う導入と暗殺をする上で標的を殺り漏らさない為の必須スキルである正面戦闘への導入を両立できたのだから。

 

 さて、そんなこんなで弟子にした圭一だが……。

 

「………筋は悪くないんだけどなぁ」

 

 筋は悪くない。でも天才とは言い難い。

 天才とは1を聞いて10を知り、そこから先は自ら生み出すか、見つけ出していくものだが、圭一はなんと言うか要領が悪い。1を聞いたら1を理解して納得するまで繰り返して、その上で2があることを知って、それを理解して納得するまで繰り返し、同じことを10まで続けてるような印象を受ける。

 それだって確に立派な才能だ。でも、天才が1を聞いて瞬時に10を出力できるのに対して、圭一は1、2、3と刻んで出力するしかない。成長効率という意味でどっちが優れてるのか考えるまでもないだろう。良い捉え方をすれば、大器晩成と言い換えることもできなくはないけど……。

 

 僕が圭一の評価を決めかねているのは、そこにあった。天才とは言い難い。でも大器晩成というには成長が早過ぎる。1から10まで教えなければならない才能なのに、その割に各段階を覚えて身につけるまでが早過ぎる。

 直感的に覚えるのが天才。時間をかけてでも確実に理解するのが秀才。どちらかと言えば後者だという印象が強いのに、ただの秀才というには理解が早過ぎる。

 

 なんというか、チグハグだ。

 僕としては確実にスキルを身に付けてくれるという意味ではどちらでも構わないことではあるのだが。

 

「あっ、圭一。今のはもう少し腰を落とそう。まずはしっかり地面を足の裏で捉えること。その感覚を覚えることが大切だよ」

 

「はいっ」

 

 この子の才能について考えながら、彼の反復練習を見守る。

 先生のやり方を真似て、徹底的に合理的に教え込もうかと思ったが、その結果として反発して裏切ったのが僕だから、あの人と同じ轍を踏まないようにできるだけ優しく、厳しくしすぎない様に教えることにした。

 

 その甲斐あって、というべきか。圭一はその評価しずらい才能も手助けしてメキメキと力を伸ばしていった。

 この子はなんと言うか、教師向け入門生徒とでも言うべき教え子かも知れない。天才と言うべき才能があるわけではない。でも、無能と言うほどレベルも低くない。教えたことは素直に吸収するし、褒めればやる気を出すし、少し注意しても負けじと食い付いてくる。そして天才よりかは緩やかであるものの、成長の度合いが目に見えるくらいに早い。

 成長が目に見える、程よく教え甲斐のある生徒。人を育てるって面白いことなんだなと何となく思わされた。

 

 死神(先生)からの教育に僕がして欲しかったことを落とし込んだ、僕なりのもう1人の死神の育て方。

 最初は教えることに多少の戸惑いはあったが、経験したこと、自分で感じたこと、して欲しかったことを詰め込んでプランニングしたそれは、事実、ただの中学生を数週間で鍛えた大人くらいなら赤子の様に捻れるまでに成長させることができた。

 

 僕は僕を見て欲しかったんだ。先生に。それが具体的に何をして欲しかったのかは分からないけど、とにかく僕は先生の逆を行った。可能な限り口数多く、上達を感じたらすぐ褒めて、それでも危ないと思ったらしっかり理屈を伝えながら注意して。

 

 街の中で空いていたソレなりに広く、天井が高い平家が彼の道場だった。家主に適当に話をつけて譲り受けた門下生1人だけの道場。彼は毎日そこに通い詰めた。

 平日でも朝早くから来てることもあるし、放課後は友達と遊ぶこともせずに学びに来た。休日となれば一日中入り浸っていた。時には僕よりも早く来て教えたことの反復練習をする日々。

 

 そんな日々の中で彼がふと、まだ教えてないことをやり出した。古武術の名義を使っているので、ソレっぽくするために小太刀を使ったナイフ術。彼はソレを利き腕だけでなく、もう方の腕でも練習し始めた。多少ぎこちなくはあるが、利き手である程度の感覚を掴めているからか、初めての頃より危なげはない。

 

 気持ちは分かる。素振りをするうちに気が付いたんだろう。両手でやれればもっと殺傷力が上がるんじゃないのか、いざと言う時に利き手が使えなく立った時のために左手も使える様にしたほうがいいんじゃないのか。そんな閃き。

 だが、あの子のソレはまだ利き手を主軸にした場合でも未熟だった。閃き自体は素晴らしい。間違っていないと思う。だが、まだその時じゃない。まずはしっかり1本に絞った時の立ち回りや動きを熟知する。そうすれば相手が同じことをしてきた時の対処がしやすくなるし、引き出しを増やせる。安全を担保する上では、まずはスタンダードなやり方を極めるべきだ。

 

「…………………そうか、先生は……」

 

 そこまで考えてふと、思った。

 圭一と同じ様に僕が二刀流を練習しようとした時、先生は僕を止めた。それは通用しない。まずは教えたことから極めなさいと冷たく言い放って、実践付きで通じないことを証明された。

 仮にあれが実戦か、あるいは先生がやる気なら僕は死んでいただろう。現場ではそう言う無駄が自分の危険に繋がる。だからこそ、不慣れなことをして応用を覚える前に基礎を極めなさいと先生は言いたかったのだろうか。

 

「…………」

 

 思いがけず、先生の考えていたことの一端に触れられた気がする。あの人はアレをしなさい、コレを覚えなさいと言うことはあっても、その理由までは語らなかった。僕もただ、彼に差し示された通りにこなして、それだけで上手くいった。チカラもついた。仮に僕があの人の言うことを従前にこなせるだけの才能がなければ、先生と僕の距離は少しは変わっていたのだろうか。

 

「……あれ、先生?」

 

「やぁ、圭一。二刀流の特訓かい?」

 

「二刀流っていうか、両手を使う特訓っていうか。もしも利き手を潰されちゃったら反撃の手段がないだろうし、そうならない為に、もしもの時に備えて両手が利き手ですって言えるくらいになったほうがいいかなって」

 

「発想は間違ってないと思うよ。でも、キミにはまだ早いかな。どれ、ちょっと利き手じゃない方で打ってきておいで」

 

 常備しておいた小さな木刀を徐に持って彼に対峙する。

 圭一は僕が構えるのを見ると躊躇いなく踏み込んできた。

 しかし、その攻撃はやはりどうにもやりにくそうで、利き手で構えてる時に比べれば隙だらけも良いところだ。

 

 打ってきた瞬間に木刀で圭一の腕ごと得物を絡めとる。

 体勢を崩した瞬間に足払いして、決着はそのままついた。

 

「通じなかっただろう?さっきも言ったけど、発想はいいんだ。でも、まずは利き手での使い方を極めること。しっかり立ち回りと間合い、そこから出せる引き出しの中身を自分の中に詰めていけば、自然に相手の行動や選択肢が予想できる。慣れない手で攻撃すれば死ぬかもしれないけど、対処の仕方が分かれば死にはしないからね。まずは僕が教えたことを愚直にやってみよう。すぐに上達するさ。両利きを目指すのはその後だね」

 

「は、はい……」

 

 圭一はポカンとしながら、それでも素直に頷いて僕が差し出した手に捕まってゆっくりと立ち上がる。

 この子は素直だ。根が子供っぽいと言うのか、褒めてやれば愚直に伸びるし、叱ってやればショボンとしながらも素直に止める。この年の男の子がここまで素直なのは珍しいだろう。

 

 相手はあくまで利用する駒だ。コレは武器の手入れのようなものだ。だから、愛着はあっても情は移さない方がいい。

 頭ではそう思っているのに、やはり、自分に瓜二つだからだろうか。少し歳の離れた弟の様に感じてしまうことがある。

 

 まぁ、事実、血縁はある訳だし、加えて言えば圭一は歳下なのだから、名実共に弟分と言えるのだろうけど。

 そんなことを思っていると、ふと彼の頭に手が伸びた。自分でも意図しない行動に圭一も僕も思考が停止する。

 

「………えと、せんせ……?」

 

 伸びた手が圭一の頭頂部に着地する。驚いたネコの様にビクッゥ!?と跳ねた彼が数拍子置いた後、おずおずと口を開く。

 僕はそれでも思考が停止していた。何を言えばいいのか、そもそもなんでこんなことをしているのか分からない。

 

「嫌だったかい?世の中の先生は頑張ってる生徒にこうしてやるもんだと思ったけど」

 

 などと苦し紛れに出た言葉は自分自身を抉った。たった一度、なんとなく飾ってみた花を褒められた。僕が先生に褒められたのはそれきりだったのに。よくもまぁ、しゃあしゃあと経験したことがないセリフが出て来るものだ。

 

「嫌じゃないけどさ……慣れないな……」

 

 頭に手を置いていると、中学生とは言えど子供だからか、高い体温が手のひら越しに伝わってくる。

 我々が似ているのは、何も容姿と声だけではない。この子から聞いた家庭環境は何処となく僕のソレと重なるものがあった。口数少ない父親に対するコンプレックス。この人は自分に興味なんてないんじゃないか。きっと、それが根底にある。

 

「…………」

 

 何気なく手を引き続き動かしながら、思案を巡らせる。

 乃咲圭一と僕は違う。でも、その違いは、実のところ生まれた場所でしかないんじゃないのか。条件が揃えば彼は僕になる。僕も同じく彼になれたのだろう。

 

「………いや、よくないな」

 

「うぇ?」

 

「なんでもないよ、ちょっとね」

 

 そう。良くない。彼はあくまで利用する相手だ。

 僕の仕事の幅を広げる為の道具。いざと言う時のスケープゴート。それだけだ。愛着は持っても、肉親の情の様なものを抱くべきではない。いや抱いてはいけない。

 

————いや、これも違うか。

 

 抱いてはいけないなんて思っている時点で破綻しているのだと気付いているさ。

 

「さぁ、圭一。まだやる気はあるだろ?素振りばかりも飽きるだろうしさ、基礎を極める為にも次のステップに移ろう」

 

「よ、よろしくお願いします……!」

 

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 圭一の成長は早い。こんな表現はあれだが、子犬や子猫の成長速度に似ている。というか、褒めると伸びるし、たまにふと撫でるとビクッゥ!としながらも嬉しそうにする姿は先生に教わって調教した猟犬の子犬時代に似ていた。

 

「………いや、本当に成長が早いね。圭一」

 

「そう言って貰えると自信出ますね」

 

 照れくさそうに笑う圭一。

 けれど、僕はお世辞を言ったつもりもない。褒めて伸ばす。それが彼を育てる上で一番効率的な方法だと理解し、できる限り実践しているが……いかんせん、最近は褒める言葉のボキャブラリーが少なくなって来ている。

 

 理由はそこまで深刻でもない。シンプルに彼の成長が早く、掛けたことのない言葉が少なくなって来ているのだ。

 決して褒める部分がなくなって来たというわけではなく、褒める頻度が多くなった所為で褒め言葉がくどくなってしまっている。我ながら妙な悩みだと思うけれど、先生の二の舞は踏みたくないからね。褒める時には褒めるさ。

 

「…………ほんと、どうなってるんだか………」

 

 圭一を弟子にしてから半年。正直、この子が怖い。

 悪い意味ではない。良い意味ではある。良い意味ではあるのだけど……我が弟子ながら恐ろしい成長速度だ。

 

 この半年、この子には徹底的に正面戦闘の技術を叩き込んだ。まずはひたすらに受け身を覚えさせ、次に正しくナイフを振れる様に小太刀術と偽って小さな木刀での素振りをひたすらに繰り返させ、続いて体捌きを中心にした体術を教え込んだ。

 

 そう、確かに教え込んだ。先生から教わった技術と教えられた経験。僕が考えた圭一にとって効率の良い教え方。それらを考慮すれば、彼は伸びて当然だ。当然なんだけれども……。

 どう考えてもおかしい。なんで半年前までその辺の不良にボコボコにされてた奴が死神()にそれなりの勢いで投げられたのに、僕の腕を掴んで体勢を崩すことなく着地からの靭帯捻り上げなんてコンボに繋げられるのか。

 

 腕が痺れてる。やっぱり絶対におかしい。いくら僕が死神の技術を教えたと言っても中学2年生が出せる威力じゃない。もともとチグハグな才能と成長性をしていた圭一ではあるが、それで納得するには少し……いや、かなり無理がある。

 

「ねぇ、圭一?」

 

「はいはい?」

 

「はいは一回ね」

 

「は〜い」

 

 もう良しとするか。突っかかる必要もないだろうし。

 

「最近、というか弟子にした直後くらいから感じてたけど、キミの成長はかなり目覚ましいね。何か秘訣でもあるのかい?」

 

 僕がそう聞くと、彼は顎に手を当てながら首を傾げてウンウンと唸りながら自分でも理解というか納得できてなさそうな表情で搾り出すような声音で口を開いた。

 

「秘訣かは分からないけど……。なんというか、先生の動きって妙に網膜に焼き付くって言えば良いんですかね……?先生がやってることって、なんとなく理屈が分かるんです。まぁ、分かるだけで、やれるかは別問題なんだけど……。そこは直に先生からやり方を教わってるから……。見て理解したことを身体に叩き込んで貰ってるからかなぁ……やっぱり」

 

 あはは、と乾いた笑いをしていた。

 

「『あはは、受け身とれる様になるまで延々と投げ続けるよ?』とか『あはは、そんな太刀筋じゃ、たんぽぽすら切れないよ?』とか『あはは、僕はダンスしろなんて言ってないよ?それは体捌きじゃなくてタップダンスだろ?』とか……あはは………」

 

 なにやらトラウマになってるらしい。どうやら今日までの指導は少しやり過ぎだったのかな。

 口で飴を、身体で鞭をとメリハリ付けたはずだが……。まぁ、実際、僕が先生に指導された内容に甘い言葉を付け加えただけだからなぁ。なんなら、圭一の伸び具合に引っ張られて僕の時よりも厳しくなってるくらいだ。

 

「実際、よくついて来てくれてるよ。もしかすると骨格が似てるからとかあるのかもね」

 

「そうなのかも……?」

 

「あとは圭一の集中力もかな。キミはなんていうか天賦の才とは言い難いけど、強いて言うなら見て盗む才能はありそうだ」

 

「見て盗む……って喜んで良いのか……?盗むって字が入ってると少し微妙な気分になるよなぁ」

 

「そう言うなって。実際貴重な才能だ。見て理屈を理解して、身体の動かし方を実践しながら身に付ける。見て盗むって言うのは感覚派の様に見えるが、実際は理論派の極みの様な技能だよ」

 

「そこまで持ち上げられると照れくさいな……」

 

 実際に彼の成長は興味深い。

 要領は悪い。でも習得は早い。それは何故か……。恐らくは僕が半ば口から出まかせで言った見て盗む才能とでも言うべき部分で彼の言う理屈を見抜いているからだ。

 では見て盗む才能はどんなものなのか。圭一が感覚派の天才ではないことは明らかだ。でも理論派の天才でもない。どちらかと言えば理論派ってだけだろう。

 

——本質は、観察眼か、集中力か。

 

 恐らくはコレらだろう。

 実際にそれでもはや一般人とは言い難いレベルで強くなれるものだろうか。もっと別の何かがある気がしてならない。

 

「でも、何はともあれキミの努力あってこそさ」

 

「んー、それ言うなら俺的には先生の方が努力したんじゃないかなって思うけど」

 

「………僕?」

 

 声をかけたら思わぬカウンターが来た。

 教え子からの言葉に首を傾げる。

 

「さっきも言ったけど、俺は先生の動きがなんとなく理解できる。再現できるかは別としても……なんとなく、先生のやれることはいずれ俺にも出来るんじゃないかなって妙に確信してるんだけど……。実際、1人じゃ再現に時間が掛かると思う。アドバイスがないと厳しい。んで、先生のアドバイスは実感がこもってるって感じがする。体験談というか、こうして欲しかったみたいな。だから、実際に俺が出来る様になってるのは……先生が頑張って身に付けたからなんだろうなって」

 

「————」

 

「師匠にこんなこと言うの失礼だとは思うけどさ、先生が本当に才能だけの奴なら俺に具体的なアドバイスなんて出来ないんじゃないかなって思うんだ。技を覚えるのは才能だと思うけど、極めるのに必要なのは反復練習じゃん。んで、極めた側からのアドバイスを貰ってるから俺は強く慣れてると思う。やっぱり先生が極めるまで努力したってことなんじゃないかなって思いながら指導を受けてたんだけど……もしかして違いました?」

 

 頑張った、努力した。そんなことを言われたのは初めてだった。そんな風に認められたのはいつぶりだろうか。少なくとも、先生に弟子入りしてからは初めてのことだった。

 キョトンとした表情を浮かべる銀髪の少年を見る。殺し屋になったという点を除けば自分と殆ど同じ生い立ちの、同じ容姿をした彼のその言葉は……誰よりも彼自身が誰かに投げて欲しかった言葉なのだろう。

 けれどそれは、きっと僕も欲しかった言葉なんだろう。先生がたった一度も言ってくれなかった言葉。

 

 先生に僕は反発した。あの人は僕をたった一度しか誉めてはくれなかった。僕がどれだけ努力しても、どれだけ頑張っても、工夫しても、見向きもしなかった。

 だから、僕はあの人はこっちを見ていないと確信した。けれど、努力した、頑張った、工夫した。そんな主張が意味を成さない業界で生きていることは自覚していた。結果がモノを言う世界ではきっと意味がない。

 

 だから、彼の言ってることは意味がない。

 まだ修行途中の彼に僕が掛かる言葉ではあっても、もはや完成した殺し屋である僕には何の意味もない言葉のはずだった。

 

——でも、やっぱり嬉しかった。

 

 彼の前で泥臭いことをしたことは一度もない。だから、圭一のその言葉は『先生ならそうしたんじゃないか』という想像から出た言葉に過ぎない。イメージでしかない。けれど、僕が見せなかった部分を"見ようとしてくれた"ことが嬉しかった。

 

 ふと、そこで気付く。今まで何度も似た様な事を思い、考え、それでも見落としていた自分の本心。

 

「——そっか、認められたかったのか。僕は」

 

「んぇ?」

 

 口に出してみると、ストンと落ちるように納得する。嵌まるべき場所に嵌まるべきピースがしっかり入ったような感触。そうか、そうだったのか。僕はあの人に認めて欲しかったのか。

 

 僕は先生に見て欲しかった。具体的に何をして欲しかったのかは分からなかったけど、今、理解できた。

 褒めて欲しかった。僕の努力、工夫を見て最善を尽くしたのだと、やれるだけのことしたのだと認めて欲しかった。

 

 先生を裏切った、あの時の仕事。僕は僕なりに考えた侵入経路とプランを用意して、先生に提案し、蹴られた。

 あの時、教えて欲しかった。どうしてそれが駄目なのか。どうして先生のプランを継続するのか。先生の計画にあって、僕の考えた計画に足らなかったものが何なのか。

 二刀流を覚えようとした時もそう。もっと言葉が欲しかった。なんでそうしなきゃいけないのか、そうするべきなのかを。

 

「………そっか、そういうことだったのか」

 

「どういうことなのよ……?」

 

 自分の抱えていたコンプレックスに対する答えが出たこと、そしてその答えに納得してしみじみしていると、置いてきぼりの圭一が困惑してる様子を隠すことなく首を傾げた。

 

 答えが出たところで、過去は変わらない。先生のことは裏切ったし、死神は僕の名前になった。でも、認識は変わった気がする。一見すると完璧に見えていた先生も実は完璧ではなかったことを悟り、その正体に気付けたからか、僕は初めて明確に先生を上回る分野を見つけられた気がした。

 

 人に見てもらう。その感覚を理解できた気がする。

 

「圭一」

 

「はい……?」

 

「ありがとう。褒めてくれて嬉しかったよ」

 

「どういたしまして………でいいんですかね。さっきから状況が読めないんだけど。先生、何を何で納得してるんすか……」

 

 ますますキョトン顔を加速させる圭一の頭に手を置き、ワシワシと乱暴に撫でながら何となく笑う。

 この子を褒めるつもりだったのに、逆に褒め返されて、勝手に納得して、すっきりして吹っ切れて。圭一にとっては何気ない一言だったのかも知れないけど、何だか救われた気がした。

 

「圭一、僕は先生を越えるよ。先生が師匠として出来なかったことを身につけて、キミを僕以上に育て上げてみせる」

 

「先生の先生ね……。いまいち想像できないなぁ。その人からしたら俺は孫弟子に当たるのか……。まぁ、先生なら大師匠を越えられると思いますよ。言葉遣い的に失礼で何て言えばいいのか分かりませんけど、頑張ってください」

 

「なに他人事みたいに言ってるんだい。キミにもしっかり着いてきて貰うよ。今のところ先生唯一の弟子が僕だ。それで僕があの人の教えを越えるには唯一の教え子である僕がキミを教えて僕以上に優秀になって貰うしかないんだよ?」

 

「えっ?」

 

「さ、今日からはもっとビシバシ行くよ!あと半年で群狼のクレイグ・ホウジョウより強くなって貰わないと!」

 

「何だよ群狼、誰だよクレイグ!?俺、何を目標にさせられるんすか!?ていうか、数ヶ月前から薄々考えてたけど、先生って本当に古武術の師範!?」

 

「あはは、本職は死神かな?」

 

「そんな職業あってたまるか……!!ちょっ、やめっ、離してっ、俺に教育する気でしょう!?男塾みたいに!」

 

「だいじょうぶだいじょうぶ」

 

「なにが!?」

 

「の、作者を述べよ」

 

「なんでワイヤーみたいなの持ってにじりよって来るの!?え、さっさと答えろって?あ、いや、えっと、いとうひろしぃぃぃぃぃィァァァァァァ!!!?」

 

 かつて万に通じ完璧だと思われていた死神という男。僕は彼を越える。圭一に僕を越えさせることで先生に勝ってみせる。

 それがたった今、何気なく救われて、何気なく新しく見つけてしまった僕の新しい目標だった。

 




あとがき

はい、あとがきです。
今回はエアプリールフール企画ということで割と前から感想欄でコメントを頂いていた、2代目と圭一の平和的和解ルートに挑戦してみました。

書いてて思ったんですけど、本編でも2代目が正体を明かすタイミングがあの時ではなく、それこそ花屋の兄さんとして接していたタイミングなら……こんな感じの未来もあったかもしれませんね……。

中編、後編も5月とか6月くらいには投下する予定ですので、気長に待って頂けると幸いです!

なんかあった倉橋さんは……なんというか、本編よりは短くなるだろうけど、番外編で片付けるには長すぎるボリュームになりそうなので、やっぱり本編完結までお待ちください……!

ご愛読ありがとうございます!
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