暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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なんとか週1投稿を守れて安堵しています。

それでは本編へどうぞ。



39話 生き物の時間

 

 一日中考えたが、答えは出なかった。

 地球の未来か、家族との関係か。A組に行けば、確実に色んなものを失う。殺せんせーの正体を知る機会、殺せんせーや烏間先生にビッチ先生からこれ以上何も学ぶことができなくなる、磯貝や倉橋さんたちとの接点が薄くなること。

 

 ただ、それ以上にA組に行けば手に入る。親父からの信頼。期待している、と言う言葉に応えられたのなら手に入るかも知れない。また、『頑張ったな』とその一言が。

 それだけの一言の為にずっと努力を続けてきた十数年。途中でグレたりしたが、それでも俺は歩み直せている。そんな俺に降り掛かったチャンス。もしかしたら、このチャンスが最後かも知れない。だって来年には地球がないかも知れないんだから。

 

 だが、パッと選び難い。

 

 1日経って、親父に認められたことが実感でき始めてから漸く俺は理解し始めた。

 十数年、なにも語らなかったあの男からの賞賛はある意味では麻薬のような中毒性と媚薬のような興奮作用がある。

 実際に麻薬も媚薬も使ったことはないが、俺にとって彼らからの言葉はまさにそれに近かったと言える。

 

 あぁ、本当にどうすればいいんだろう。

 誰かにぶち撒けてしまいたい。だが、そんな無責任なことできるわけもなく。俺に逃げ場なんてない。

 

 しかし答えを出さなきゃいけない問題であることに違いはなくて。俺は一体、何を選ぶべきなんだろう。

 

 頭を抱えて考える。考え続けて数時間。いや、知らぬ間にゾーンに入っていたのでまだ数分と経っていないようだが、考えても考えても答えは一向に出てきてくれることはない。

 

 頭を悩ませ続けていると、LINEが通知を知らせる。

 

『やっほー!明日さ、暇だったらE組の裏山でお小遣い稼ぎしない?』

 

 倉橋さんからのメッセージだった。

 彼女らしい元気な印象を受ける文面でのお誘い。お小遣い稼ぎの意味する部分が気になるが、正直、ありがたい誘いだ。このまま1人で悶々と過ごしたところで、時間を無駄に消費するだけだろうから気分転換には丁度いい。

 

 俺は二つ返事で返信しようとした……ところで、今度は別のメッセージが入って来た。今度は杉野。

 

『乃咲!明日、一緒に虫取りしようぜ!』

 

 ……また2択かよ。

 女子との逢瀬を取るか、男の友情をとるか。

 

 こんな風に遊びに誘われること自体は嬉しい。春休み前の俺なら間違いなくぼっち休み確定だっただろう。

 だが、よりにもよって2択。勘弁してくれよ。なんでどいつもコイツも俺に2択を迫るのかなぁ。

 

 いや、何もかも偶然で本人達は全く意図してないのは分かってるつもりなんだけどさぁ。

 

 俺はたっぷり2時間悩んだ後、返事をした。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

「あっ、圭ちゃんやっほー!」

 

「やっほー、倉橋さん」

 

 すまん、杉野。埋め合わせはいつかする。

 などと思いながら送ったLINE。『すまん、先約があるからまた別の機会に誘ってくれ』嘘はついてない。倉橋さんの方が先にメッセージを送って来たのは本当だしね。

 そんな言い訳を内心でひたすらに並べながら、倉橋さんと合流していつも通りの道を登る。E組の裏山というくらいだから一応、制服で来たのだが、倉橋さんは私服だ。

 制服姿しか見たことなかったので、私服姿はかなり印象的だ。すんごい似合っているし、服装一つで印象ってこんなに変わるものなんだな。正直に言って大変可愛らしい。

 

「制服なんだね?」

 

「一応、学校だからね」

 

「真面目さんだねぇ」

 

 ニコニコと笑う倉橋さんを見ていると思わず顔が綻ぶ。

 部屋で悶々としていた俺にとっては良い清涼剤だ。

 

「んで?今日はなにするんだ?」

 

「虫取り!」

 

「……そうか」

 

 初めからそうと知っていれば杉野も誘ったんだけどなぁ。なんか、杉野にますます申し訳が立たなくなってしまった。

 思わず口篭ってしまった俺に倉橋さんが首を傾げながら声を掛けてくる。その声音は心配そう。

 

「大丈夫だった?虫苦手?」

 

「人並みかな。カブトムシ系なら大丈夫だよ」

 

「えへへ、ならよかった〜」

 

 安心したように顔を綻ばせる。倉橋さんのコロコロ変わる表情は見ていて飽きないな。基本的に明るくて話しやすいし。

 にしてもなんか意外。女子って虫を見ると悲鳴を上げるイメージしかなかったから女子から虫取りに誘われるとはね。

 にしても虫か。懐かしいなぁ、ムシキング。あれ、まだ稼働してる台あるのかね。今度ゲーセン行ったら覗いてみよう。

 

「んでも、そんな簡単に捕まえられるかな?アイツら夜行性だろ?昼間にはそうそう見つけられないんじゃね?」

 

「そこはだいじょーぶ!昨日のうちにトラップ仕掛けておいたんだ〜。バナナとかパイナップルに焼酎をかけたのをストッキングとかに入れて、2〜3日置いておいて発酵させた奴。オリジナルなんだよ?」

 

「そいつは凄いな」

 

 素直に感心する。トラップを作ると言うのは捕獲する対象の生態をしっかり把握していなければならない。それもオリジナルであるなら必要な知識は段違いになるだろう。

 にしても小遣い稼ぎとは?もしかして捕まえた虫を売るのかな?結構強かだな、倉橋さん。少し意外。

 

「倉橋さん、虫好きなの?」

 

「虫、というか生き物全般が好きだよ!捕まえて、観察して、死んじゃったら食べて、標本にするんだ〜」

 

「そっか〜」

 

 ………………え、食うの!?

 

 思わずドン引きした声音のツッコミが出かけたが、辛うじて飲み込む。まじか、強かどころの話しじゃねぇ。根性と度胸がダンチ過ぎるぜ、倉橋さんよぉ……!

 倉橋さんの逞しさに少々驚かされつつ、嬉々として生き物についてのうんちくを聞かせてくれる彼女に頷きながら、つい、並行してA組に行くかどうかを考えてしまう。

 

 A組に行ったからと言ってこんな風にE組で出来た友人との繋がりは簡単に切れたりしないだろうけど、俺は国家機密を知らない一般人に戻り、彼ら彼女らは国家機密を殺す為の研鑽の日々を過ごすのだろう。

 そこには確かな溝が生まれるはずだ。だって、みんなからしてみれば、仲間がなんの相談もなしに抜けるんだから。多少なりとも遺恨は残る。皆んなに『乃咲に裏切られた』と思われても仕方ないかもしれない。

 

「——圭ちゃん?」

 

「え、あ、どうかした?」

 

「ううん。なんかぼーっとしてる気がして。何かあった?もしかして、虫はやっぱり得意じゃなかったとか?」

 

「いや、そんなことないぞ!」

 

 倉橋さんが心配そうに見ていたので少々戯けながら周囲を見渡して、近くの木に止まっていた2本の立派な角を持った黄色い羽のカブトムシを指差す。

 

「ほら!こんなところにヘラクレス…………いや、ヘラクレスが何故にこんなところにいるし」

 

 指差して、そんなことを言いながら同時に日本に野生で生息してない筈のムシがいることに驚愕し、思わず気配を消して、オオカブトを木から引っ剥がす。

 おかしくない?絶対誰か逃したよね、じゃなきゃこんなところにこんなオオカブトがいるわけないよね!?

 

「本当だ、ヘラクレス……。誰か逃したのかな」

 

「日本には居ないよな?」

 

「うーん、育てるのはそんなに難しくないけど野生では居ないんじゃないかな……。一応、外来種だし」

 

「だよなぁ」

 

 人間の身勝手さに呆れつつ、倉橋さんのムシカゴにヘラクレスを突っ込む。まあ、臨時収入ってことで。

 無言で他には居ないことを確認してると、相変わらず心配そうな顔に戻った倉橋さんが見つめてくる。

 

「話は戻るけどさ、なにかあったらさ相談してよ?溜め込むのが一番ダメなんだからさ」

 

「うん、ありがと。倉橋さん」

 

 倉橋さんの優しさが身に染みるが、その優しさに甘えるわけにはいかない。自分の未来と地球の未来を天秤かけた選択肢に対する相談なんて出来るわけがないから。

 それに、こんなことで倉橋さんの顔を曇らせたくないと思う自分がいる。なんだか不思議な気分だ。誰かにぶちまけてしまいたいと思っていたのに、いざ、こうして相談に乗ると言われると気が引ける。本当に妙な気分だ。

 

 相談できないと言う決心と申し訳なさを感じながら山道を歩いていると、ふと話し声が聞こえてきた。

 

「俺、街育ちだからさ。こういうのに憧れてたんだ。カルマが偶然虫の集まる木を見かけたって言っててさ、気になっちゃって。乃咲も誘ったんだけどな」

 

「……そうなの?」

 

 聞こえて来たのは杉野の声。彼の言葉を聞いた倉橋さんがこっちに振り向き、問いかけてくるが、俺は視線を逸らす。言えない。2人から誘われて2時間たっぷり考えた結果、倉橋さんを選びました、なんて恥ずかしくてとてもとても。

 

「倉橋さんからのLINEの方が早かったから」

 

「ふぅーん、そっか〜」

 

 なんだろう、倉橋さんがニマニマ笑ってる。へぇ〜、そうなんだ?と分かりきったと言うか、事態を完璧に理解したような笑み。少しばかり居心地が悪くなってしまう。

 視線と顔を逸らしていると、倉橋さんが渚、杉野、意外にもいた前原に声を掛けてしまう。

 

「3人ともおっは〜」

 

「ん?おはよう倉橋……と乃咲?」

 

 杉野と目が合った。しかたない。

 

「すまん、杉野。こう言う事情だったんだ」

 

「なるほど、ちょっと面貸せ」

 

「……はい」

 

 杉野に手招きされて他のメンバーから少し離れた場所に移動する。流石に責められるだろうな、なんて思っていたのに杉野から飛び出したのは俺にとって意外な言葉だった。

 

「そう言う事情なら早く言えよ。言ってくれたら日付ずらしたのに」

 

「悪い。でも、倉橋さんの方が早かったのは本当で……」

 

「そこんとこはどうでもいいんだ。今日、倉橋とデートだったんだろ?」

 

「……デート?」

 

「修学旅行の時に倉橋が気になるって言ってたもんな。それに最近のお前ら妙に意識し合ってる様に見えるし」

 

「……そうか?」

 

「そうだろ。だって倉橋の奴、お前の呼び方変えたじゃん」

 

「いや、でも倉橋さんの場合、他の奴らの事も大体下の名前だったり渾名だろ?」

 

「甘いよ乃咲!いいか、そういう変化を見逃したり、漠然とスルー決め込んでると後悔するんだからな!それにこの前だって手繋いで歩いてるの俺は見たんだかんな!」

 

「…………マジかよ」

 

 意外や意外。怒られるとは思っていたが、こんな方向で怒られるとは思っても見なかったぞい。

 てか、え、なに、デートだったの、これ?流石に違うでしょ。いや、そもそも、なんで俺は杉野に怒られてるの?

 

「一昨日、俺と神崎さんを2人きりにしようとしてくれたんだろ?今日はそのお礼もしたかったんだ。だから、こんな風にお前らの邪魔するつもりはなかったってかさ」

 

「邪魔だなんて思ってないぞ。気まずかったけど」

 

 まさか遊びの約束を断った相手とこんな風に鉢合わせるとは思っても見ないじゃん?いまだに気まずくて杉野のこと直視できてねぇもん、俺ってば。

 

「ねぇ、そこの2人〜、早くしないと置いてっちゃうよ〜?」

 

 痺れを切らした様に言う倉橋さん。最後に杉野が『本当に邪魔じゃないか?』とか聞いて来たので『邪魔じゃない』とだけ返して倉橋さんたちの元へと戻る。

 トラップの元へ向かう倉橋さん着いていきながら何気なく前原が虫取りに来てるのが意外だった、と伝えてみると『1クワガタ=1姉ちゃん(ちゃんねー)くらいの相場だと思って小遣い稼ぎに来た』としょんぼりしながら伝えてくれた。

 どうやら倉橋さんの生き物知識によって前原の計画はあっけなく否定されてしまったらしい。ドンマイ、前原。

 

「お、来てる来てる〜!」

 

 嬉しそうに言う倉橋さんの視線の先には例のストッキングトラップがあり、そこには数匹のカブトムシとカナブンがいた。

 

「へぇー、これお前が仕掛けておいたのか」

 

「うん。お手製のトラップだよ。昨日の夜に着けといたんだ。あと20ヶ所くらい仕掛けたから上手くすれば1人千円くらい稼げるよ〜!」

 

「おお〜、バイトとしてはまずまずか」

 

 虫は意外と売れるらしい。今日、初めて知った。将来金に困ったら虫でも売って生計立てるか……って将来、かぁ…………。

 上手い具合に現実から逃避していたのに何気ない会話で現実を思い出してしまった。直近で俺が悩むべきは将来虫を売って生きるかどうかではなく、A組に行くか、行かないかである。

 

 あぁ……嫌なこと思い出した。

 

 なんて思っていると、頭上から気配。

 

「フッフッフッ、効率の悪いトラップだ。それでもお前らE組か?」

 

 声のする方を見ると、そこにはエロ本片手にカッコつけている岡島の姿があったとさ。

 木の上に足を組んで片手で本を広げて地面を歩く俺たちを見下ろす構図はかっこいいのに、エロ本片手に持っているだけでなにやってるの?コイツ、感を出せるのは流石、岡島である。

 

「岡島!!」

 

 律儀にリアクションする杉野に苦笑しつつ、岡島の言葉に耳を傾けてみる。さて、彼は何をしでかすのだろう。

 

「せこせこ千円稼いでる場合かよ。俺のトラップで狙うのは当然100億円だ!」

 

「100億円ってまさか……!?」

 

「その通り。南の島で暗殺するって予定だから、あのタコもそれまで暗殺はないと油断するはず……。それが俺の狙い目だ」

 

 どうだろう?あの先生がそんな油断するとは思えないけど。などと密かに殺せんせー株が上がる俺。

 そんな俺の前に新しい光景が広がる。草むらを掻き分けた先、少し開けた草むらの中心に散乱するエロ本のベット。その上に鎮座する巨大なカブトムシ……に変装した殺せんせー。

 俺の中での殺せんせー株が大暴落した。

 

「クックック、かかってるかかってる。俺の仕掛けたエロ本トラップに」

 

「すげぇ……。スピード自慢の殺せんせーが微動だにせず見入ってるぞ」

 

「よっぽど好みのエロ本なのかな」

 

「またなんなんだ、あのカブトムシのコスプレは……」

 

「あれで擬態してるつもりか!?嘆かわしい……!」

 

 おーおー、ツッコミの前原と杉野がいると気持ちのいいくらいにツッコミを入れてくれるから助かるわ。

 お陰様で俺がツッコミを入れずに済んだ。

 

「どの山にも存在するんだ。エロ本廃棄スポットがな……」

 

 岡島がなんか語り出したぞ、おい。

 

「そこでエロ本()を拾った子供が……大人になってエロ本を買える齢になり、今度はそこにエロ本()を置いて行く。ここはそんな終わらない夢をみる場所なんだ」

 

「いや、それ不法投棄……」

 

「無駄だ、乃咲。ツッコミしたって報われないことだってあるんだぜ?」

 

「悟ってるなぁ、杉野」

 

「丁度いい、手伝えよ。俺たちのエロの力で殺せんせーに覚めない夢を見せてやろうぜ」

 

「……そうか、殺せれば良いのか」

 

 セリフの後にぐへへ、と付きそうな笑みを浮かべる岡島。普段であればドン引きしつつ冷めた所感を述べるところだが、岡島の暗殺、という選択肢は悩んでいた俺に新しい選択肢をくれた。

 全てをこの夏で終わらせること。殺せんせーを夏休み中に殺して、全ての真相を知った上でA組に行く。それが今の俺に出せる最善の選択だった。

 

 岡島には今度、なにかお礼しよう。

 

「随分研究したんだぜ?アイツの好みをよ。俺だって買えないから拾い集めてな」

 

「ん?殺せんせー巨乳ならなんでもいいんじゃないの?」

 

「現実ではそうだけどな……エロ本は夢だ。人は誰しもそこに自分の理想を求める。写真も漫画も僅かな差で反応が全然違うんだ……!」

 

 そう言って渡された岡島のスマホには1ヶ月分、殺せんせーを観察した跡が残っていた。彼のいう通り、1ヶ月の間の殺せんせーの反応は全く違うものだった。この地味な作業を一月続けた岡島に素直に感心する。

 

「……すごいよ、岡島くん。1ヶ月本を入れ替えて反応をつぶさに観察してる」

 

「ていうか、大の大人が1ヶ月連続でエロ本を拾い読むな、買えよ嘆かわしい……」

 

 渚の素直な反応と杉野のツッコミに心底同意しながら行く末を見守ると、岡島が倉橋さんに向き直る。

 

「お前のトラップと同じだよ、倉橋。獲物が長時間夢中になる様に研究するだろ?」

 

「……う、うん」

 

「いや、性欲と倉橋さんの知識欲を一緒にするなや」

 

「言ってやるな、乃咲。男にとって性欲は知識欲に直結するもんなんだ!」

 

「前原ぁ……」

 

 なんだか話題が逸れて来たぞ。

 しかし、そんな俺たちに岡島を尻目に、地面に仕掛けていた対先生ナイフを挟んだエロ本を徐に持ち上げる。

 

「乃咲の言う通り、俺はエロいさ。蔑む奴は蔑めば良い」

 

「いや、蔑んではいないけどね」

 

「まあ、ともかくだ。誰よりもエロい俺だから分かる。知ってるんだよ。——エロは世界を救えるってさ」

 

 スラーっとナイフを抜く岡島。

 

「「「「「なんかカッコいい……!?」」」」」」

 

「殺るぜ。エロ本の下に対先生弾を繋ぎ合わせたネットを仕込んだ。熱中している今なら必ず掛かる。誰かこのロープを切ってトラップを発動させろ。俺が飛び出して止めを刺す!」

 

 どんなものでも研ぎ澄ませば刃になるこの教室で、エロとツッコミだけが取り柄の様に見えていた岡島。そんな彼のエロの刃が今、殺せんせーを捉えようとしている。

 そんな緊張感を帯びた俺たち。渚が早速トラップを発動させようとしたその時、殺せんせーに動きがあった。

 

「みょーん」

 

「な、なんだ?」

 

「急に目がみょーんって」

 

「な、なんだ、あの顔は!?データにないぞ!?」

 

 殺せんせーの目が不意に飛び出した。目が真っ直ぐ顔から飛び出したと言ってもいい。そんな誰も予想しなかった殺せんせーの表情の変化に呆気に取られる。

 岡島の反応からしても1ヶ月観察して来た中で見たことのない表情だったのだろうことは容易に想像がついた。

 

「ヌルフフフフ、見つけましたよっ!」

 

 かと思ったら殺せんせーはシュッと触手を伸ばし、木にいた何かを素早く捕まえてしまう。

 

「ミヤマクワガタ。しかもこの目の色……!」

 

 殺せんせーのそんな独り言がここまで届く同時に倉橋さんが興奮した様子で俺たちの身を潜めていた茂みから飛び出す。

 

「白なの、殺せんせー!?」

 

「おや、倉橋さん。ビンゴですよ」

 

「すっごーい!!探してた奴だ!」

 

「ええ。この山にも居たんですねぇ」

 

 エロ本の山の上で飛び跳ねて喜ぶ倉橋さんと殺せんせー。どうやら倉橋さんはミヤマクワガタのアルビノ個体を探していたらしい。

 

「あぁ……!あとちょっとだったのに」

 

 あ、そうか。岡島的には作戦の妨害をされた様なものか。無邪気に喜ぶ倉橋さん、無意識のうちに岡島の作戦を潰してしまった模様……。どんまい、岡島。

 

「なんで喜んでるのかさっぱりだが、巨大カブトと女子中学生がエロ本の上で飛び跳ねてるのはすごい光景だな」

 

「確かにな」

 

 エロ本の山で飛び跳ねる2人を見つめていると、殺せんせーはどうやら俺たちや今の自分の現状に気付いたらしい。教師がエロ本の上で飛び跳ねる異様な光景を自分が作り出していることに。

 

「はっ……!?」

 

 気付いたらしいが、俺はここで写真を一枚パシャリ。

 よし、強請のネタはこれで作れた。さて、なにをしてもらうか、このエロタコに。

 

「にゅやぁっ!?乃咲くん!ととと、盗撮ですよ!?」

 

「自分の状況をよく見てから喋るんだな、エロタコめ。聖職者であるはずの教師が煩悩に塗れたエロ本の上に鎮座している姿はお笑いだったぜ」

 

「ちょぉっ!?」

 

「た、楽しそうだな、乃咲」

 

 杉野がドン引きした様な視線を向けて来る。

 

「……面目無い。教育者としてあるまじき姿を……。エロ本の下に罠があるのには知ってましたが、どんどん先生好みになる本の誘惑に耐え切れず……!」

 

「あっさりバレてた……!?」

 

「ドンマイ、岡島」

 

 ガッくり項垂れる岡島を適当に励ます。

 

「で、どーゆうことよ倉橋?それミヤマクワガタだろ?ゲームとかじゃオオクワガタより全然安いぜ?」

 

「最近はミヤマの方が高いことの方が多いんだよ?まだ繁殖が難しいから。このサイズなら2万はいくかも」

 

「二万!?」

 

「しかもそのミヤマはアルビノだろ?」

 

「その通り、いいところに気が付きましたね、乃咲くん」

 

「アルビノ?あの偶に全身真っ白で生まれて来るって奴?」

 

「ヌルフフフフ、その通りです、杉野くん。しかし全部の生き物が全身にアルビノが出るとは限りません。見てください、目が白いでしょう?クワガタのアルビノは目だけにでます。『ホワイトアイ』とも呼ばれ、天然ミヤマのホワイトアイはとんでもなく希少です。学術的価値すらある。売れば数十万は下らないでしょう」

 

「「「「すう……!?」」」」

 

 まじか、そんなレアモノがこの山にいたとはな。

 

「一度は見てみたいって殺せんせーに話したら、ズーム目で探してくれるって言ってたんだぁ〜!」

 

 クワガタに無邪気にはしゃぐ倉橋さん、可愛いな。

 

「ゲスなみんな〜!これ欲しい人、手ぇ上げて♪」

 

「「「「欲しい!!」」」」

 

「あはは、どうしよっかなぁ〜!」

 

「あ、ちょっ!?先生がみつけたんですからね!?」

 

 無邪気にゲスい心を煽り、楽しそうに走り出す倉橋さんと彼女……というか、その手に捕まえられたミヤマクワガタを追う無邪気(ゲス)な男子たち。

 

「おや、乃咲くんは行かないのですか?」

 

「いや、近くに賞金100億円がいるんだから数十万なんて今更でしょ」

 

「それは確かに」

 

「殺せんせーを梱包して政府に売ってやれば100億以上、交渉次第で貰えそうだし」

 

「ヌルフフフフ、そう簡単に先生を捕まえられますかねぇ」

 

 緑のしましまを浮かべる殺せんせーにさっき撮った画像を見せつけて、徐に脅迫を開始する。

 

「この画像をばら撒かれたく無かったら大人しく捕まれ」

 

「にゅやぁっ!?そんなことしちゃいますか!?」

 

「残念です、殺せんせー。俺たちが殺すよりも先にPTAや警察に捕まるだなんて」

 

「その写真消してください、頼んます!!」

 

 強請(交渉)の結果、この場にいる全員に殺せんせーがハーゲンダッツを奢ることで手打ちとなりましたとさ。

 余談だが、ミヤマクワガタのホワイトアイは然るべき研究機関に匿名で倉橋さんが送る事になったとさ。


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