えー、はい。みなさまごめんなさい。
感想欄で色んな方からこのルートは3話で収めなくていいから続けて良いよー!とありがたい言葉を頂きましたので、お言葉に甘えさせて頂きます。
はてさて、あと何話続くか……。
折角ですのでじっくり描写できたらなぁー!と思います!
今回も何卒お付き合いください……!
圭一と雪村さんは何とか持ち直した。
2週間、文字通りずっと付きっきりで圭一が支えたことで雪村さんも以前と同じと言うには影が残るけど、それでもかなり明るさが戻ったと思う。事件の翌日に様子を見にいった時の彼女に比べて、今日の雪村さんはかなり顔色がいい。
「安心したよ、雪村さん。顔色、かなり良くなったね」
「ご心配おかけしました。圭一のおかげです」
「えっへん」
彼女の隣で得意気に胸を張る圭一。幼い子供の様な胸の張り方に締まらないなぁとか思っているけど、彼の目の下には薄い隈が刻まれているのを僕は見逃さなかった。
彼がこの2週間でどんなことをしていたのかは凡そ想像は付く。だって、雪村さんの彼に向ける視線と態度が明らかに以前のモノとは違っていたから。圭一の隣ではなく、半端後ろに立って常に視界に彼が入るように位置取って、彼に安心と信頼しきった視線を向けていたから。
部分的に聞いた話しではあるけど、圭一は2週間学校に行かずに一緒に居たらしい。それも不仲というか苦手にしている実父の新一氏を電話で説得してまで。それを聞いた時はそれは驚いたさ。だって圭一の父親に対するコンプレックスは知っていたから。だからそんな劣等感をかなぐり捨ててまで彼女の隣に居ようとした姿勢には愛弟子ながら心を打たれたものだ。
そして、それは雪村さんにも伝わっていたのだろう。真剣に彼女を支えようとする姿勢や献身とでも言える態度が。当時、髪もボサボサで目元もシワシワ、話しかけても上の空で虚な瞳をしていた廃人のようだった彼女にも。
表には出ていない。でも、僕の目で見て感じることができる視線や態度の機微から察するに、今の彼女が向けるそれは、一般的な恋愛感情ではないのかもしれない。もともとそう言う雰囲気は感じていたけど、今回の件でそれは、どちらかと言えば依存と言える域に達した様に見える。
まぁ、でも別に悪いことではないさ。この前あった時の様子に比べれば多少依存が入っていたのだとしてもこうして外に出て多少ぎこちなくとも笑顔を浮かべられる様になったのだから。
「圭一もごめんね。たくさん迷惑かけて」
「迷惑だとか考えるなって言ってるだろう。全部俺がやりたくてやったことだ。あんな状態のお前を放っておいたら一生後悔するだろうし、なにより放って置きたくなかったんだ。それに雪村先生が………亡くなって、俺だって悲しいし、信じたくない。でも、お前の方が悲しいだろうからさ。一緒に居たかったんだよ。同じ気持ちを共有とまではいかなくてもさ、1人で抱えようとしてるものを一緒に抱えてやれればって」
「………そう言うこと言ってると勘違いされちゃうよ?」
「いくら俺でも何とも思ってない奴とあんなことしないよ」
「………責任は取るよ」
「それは俺のセリフな気がするけどな」
「いや、何があったんだい!!?」
愛弟子と心配していた年下の子が何やらインモラルな空気を醸し出したことで思わずツッコミを入れる。
いや、確かに圭一が彼女の為に色々とやってたことは知ってたけど、雪村さんの口から出て来た責任という言葉思わず顔が引き攣る。自体は僕の予想を大きく超えていたのでは?と。
これが十歩譲って圭一の口から出たのなら分かる。彼がやっていたのは半ば介護だ。生活がままならない彼女の世話をしていたのだから、圭一の感性で責任を取らなきゃいけなくなる様なことがあったとしてもおかしくはない。なにもいかがわしいことをしたと言う意味ではないけど。
「あー、いや、その……」
「いいよ、圭一。話しても。先生にも心配かけちゃったし」
「そう……?えっと。まぁ、しばらく廃人同然だったじゃないですか、あかり。先生も見ましたよね」
「そ、そうだね」
「彼女の両親や親戚にもなぜか連絡取れなくて。うちのトメさんにお願いすることも考えたけど、あの人は今この街にいないし……ってなると俺が世話をするしかないわけで」
「う、うん。そうなるよね」
「世話にも色々あるじゃないですか、食事だったり、泣き出した時にケアしたり、寝かしつけたり…………風呂に入れたり、下の世話だったり。まぁ、そん時に色んなところを見たり、見られたり、事故ったりしたんです」
なるほど。まぁ、全体的に不可抗力と言えるだろう。そりゃ一から十まで面倒を見ていたらそう言うこともあるか。
まあ、圭一の性格的に自分から手を出すということはしないだろう。アレでかなり古風というか硬派なところあるし。
「あっ、圭一"は"手を出してこなかったですよ」
「…………」
「圭一"は"……あっ、ふーん……」
視線を向けると気まずそうにスッーと目を逸らす姿をみて何となく察してしまう。圭一、喰われたか。
いや、別に当人同士がいいならそれで良いんだけどね。お互いに意識してるのは見て分かっていたし、今の圭一は仮に女子に力負けしても簡単に引き剥がせるくらいの技術は持ってる。
圭一"は"手を出してないと雪村さんが言ってるし、アクションを起こしたのは彼女の方で、圭一はそれを拒まなかったのだろう。合意ということだろうし、僕から言うことはない。
あ、いや、それでも言っておくべきかな。
「ごほん……あー、2人とも」
「「はい?」」
「まずは……おめでとう。どんな形であれ、2人が進展したのは嬉しいよ。ひとまず……圭一」
「あっ、はい」
「ちゃんとこれからも雪村さんを支えること。キミのことだから心配ないだろうけど、今の彼女は不安定だ。本人を前に言うことじゃないだろうけどね。だから、雪村さんがしっかり前を向いて歩き出すまでキミがしっかりするんだよ?」
「はい……!」
「よろしい。じゃあ次は雪村さん」
「………はい」
「そんな不安そうな顔しないで。別に怒りたいわけじゃないんだ。僕としてはただ愛弟子をお願いしたいだけなんだ。圭一は結構背負いがちというか、責任感もあるし、求められたら応えないとって考える部分がある。だから、キミに手綱を握ってあげて欲しいんだ。今はキミが一番辛い時期だろうけど、いつか、心の整理がついたら、今度は圭一を支えてやってね」
「は、はいっ」
雪村さんの口から同意の言葉を聞いて安心する。
あとは、本当に当人同士の問題だろう。
でも、やっぱり最後にもう一つ言っておかないと。
「それから2人とも」
「なんでしょう?」
「なんですか?」
同じ角度、同じ姿勢で小首を傾げる2人に言った。
「ちゃんと節度ある付き合いをすること。プラトニックにとは言わないから、せめてしっかり今の自分の身分は自覚して、付けるものはつけること。………………んで、もしもやらかしたらまずは僕に相談すること。いいね?」
2人にしっかり言うべきことを言って、僕は本題に入った。
あの日、現場にいったこと、現場を見て感じたこと、そして一通の手紙を見たこと。
「手紙……ですか」
「そうなんだ。恐らく君たちが見た化け物が残したモノだろう。内容に目を通したけど、どうやらソイツは椚ヶ丘中学校の3年E組の担任になりたがっているらしい」
「なんでまた……………」
「理由は分からない。でも、現場を見て感じたことがある。雪村さん的にはあまり思い出したくない話だろうし、信じ難い話だろうけど…………聞く覚悟はあるかい?」
「………聞かせてください」
圭一の手をぎゅっと握り、頷く彼女から視線を受けて僕は頷き、あの日見て感じたことを話す。
「雪村先生。つまりキミのお姉さんはその化け物に殺された……訳ではないのかもしれない」
「……えっ……?どういうことですか?」
「まずは現場の血痕なんだけどね、雪村先生が倒れていただあろう場所とキミたちが入って化け物を見たであろう場所とそこから直線上に見える視界には、返り血や血が吹き出した痕跡がなかった。つまり、雪村先生は正面や後ろから殺された訳じゃないかも知れない。何かに貫かれて吹き出したであろう血痕は血溜まりから左斜め前の方にあった」
「………………あ」
「圭一?」
「実はあの時、あかりを説得しながら周りを観察してたんだ。このままだとあそこも崩れて危ないかも知れない。せめてあかりだけでも守らないとって思って。その時に……見たんだ。あの化け物の触手の切れ端みたいな奴に血がべっとりと付いてるの。んで、その切れ端は血溜まりから左斜め前側にあった」
「そうなんだ……。全然気が付かなかった……」
「仕方ないって。お姉さんを亡くしたんだから」
「そう、仕方ない。むしろアレに関してはあの状況で気付く方が難しいだろう。それで重要なのはこれから。実はその触手の切れ端って奴がキミらのみた化け物の一部である可能性を疑って軽く観察してみたんだけど、僕がみに行った時には既に干からびていてね。干物みたいになっていたよ」
「……干からびるのか、あれ」
「干からびてたね、あれ。だけど、干からびてはいたんだけど、妙なことに気が付いたんだ。その触手の切れ端の先端らしい部分とは反対側。つまり付け根とでも言うべき場所に何かの機械部品がくっ付いていた。何かの装置にくっ付くプラグみたいなものがね。切れ端の干物は生物的だったのに、それは完全に無機物だったよ、後付けの人工物って感じ」
僕がそこまで説明すると、圭一が暗い表情を浮かべながらも自分の中の疑念を確認する様に問い掛ける。
「つまり、あの切れ端は触手の化け物のモノではなく、別の個体。雪村先生の命を奪ったのは、あの化け物ではなく、その何かの装置から……打ち出された、あるいは飛び出してきたあの切れ端ってことですね」
「僕はそう思う。けど、あくまで状況証拠から判断したに過ぎない。圭一も実はその線は疑ってたんじゃないかい?」
「……確かに雪村先生の傷は腰と脇腹の中間辺りにあった。化け物は俺たちが入ってきた位置から正面にいて、あの角度から攻撃したのであれば、血が俺たちから見た正面の左斜め前に飛ぶのもおかしいし、雪村先生の致命傷があそこになるはずがない。それに加えて、先生の出血量に対して化け物は触手の先っぽに少し血がついてる程度だった。更に付け加えて落ちてた血塗れの触手の切れ端。あの化け物が殺した可能性は否定できなかったけど、殺したとも言い切れないな……とは」
「キミの推測は合ってると思うよ。あの状況でよくそこまで考え抜いたね」
「…………つまり、お姉ちゃんの仇は別にいるってこと?」
「そうなるとも言えない。その瞬間を見た奴は1人……いや、1体を除いていない。本当に化け物が殺したかも知れないし、あの切れ端が実は人感センサーの搭載された地雷のような物に繋がっていて、運悪く雪村先生がセンサーに引っ掛かった事故である可能性も考えられる」
「そんな…………」
俯く雪村さんの肩を抱く様に圭一が寄り添った。
彼女の表情には慕っていた姉の死因すら分からないという悔しさが滲んでいる。きっと、僕や先生が"自然死"させてきた人の遺族の中にもこんな表情をしていた人がいたのだろう。
僕が一瞬、掛ける言葉を失っていると、圭一が毅然とした様子で、でも、同時に彼女を諭すように語りかける。
「なら、確かめよう」
「でも、どうやって………?」
「先生が見た手紙というか、書き置きが確かなら、ソイツは椚ヶ丘の3-Eに来る可能性が高い。それなら、俺の担任になるだろう。確かめる機会はきっといくらでもあるはずだ」
「でもっ、それは危ないよ!?もしかすると、お姉ちゃんを殺した奴なのかも知れない!!私、圭一までいなくなったらどうすればいいのか……わかんないよっ!!」
「それはわかってる。だから、俺も考えなしでこんなこと言ってるわけじゃない。ちょっとだけ考えて欲しいんだ。なんで、その化け物がわざわざ椚ヶ丘の3-Eの担任になりたがってるのか」
僕の弟子は驚くほどに冷静だった。
「あの場で……それも怪物の腕の中で亡くなっていたのは他ならない3-Eの担任の雪村先生だ。そんでその直後に彼女が受け持っていたクラスの担任になりたいとか言い出してるんだから、きっと雪村先生との間に何かがあったのは間違いないし、彼女について深く知ってるとしか考えられない。ぶっちゃけ、どんな関係性かは想像もつかないけど、雪村先生が教師ってだけじゃなくて、何処の学校の何年何組の担任だってところまで知ってるんだ。間違いなく何かあるだろう」
「ぁ……確かに。言われてみるとそうかも」
「正直に言えばどんな関係なのか分からないのが一番怖い部分ではある。でも、あの雪村先生がそういう自分のことを積極的に話す相手が悪い奴だとは思えない……というか、思いたくないんだ。だから聞いて確かめたい。雪村先生は殺されたのか、それとも俺たちの推測通りに事故なのか」
雪村さんと比べると本当に冷静に見える圭一。でも、冷静であることと心穏やかであるかは別もので。
そこには知り合いが理不尽に命を落としたという事実と現実に納得できていないというぶつけ先が分からない感情があった。
「雪村先生が死んだことに関しては納得できないし、しちゃいけないと思うけど、せめて何が起きたのかは納得したい。だから、これはあかりに止められても確認するつもりだよ」
「それにさ、雪村先生の顔、あの得体の知れない怪物に殺された割に凄く穏やかな気がしたんだ。安心した様な、なにかやりきった様な……俺にはそんな風に見えた」
「…………………うん、確かにそんな風に見えたよ。死にたくないって怖がって殺されたって言うより、安心して寝たみたいに」
「だから……確かめたいんだ」
あぁ、この目、この表情。間違いなく引かないだろう。
「…………こうなったら圭一は頑固だよ、雪村さん?」
「………うん。知ってる。この前だって放っておいてって。圭一に迷惑かけたくないって言ってるのに、俺が好きでやってることだって譲ってくれなかったんだもん」
雪村さんは俯き、渋々といった様子で口を開く。
「分かったよ。でも、絶対に無理はしないでね」
「当たり前だ。あかりを1人にはしないって」
「…………そういうところだよ、バカ」
バカだなんだと言いつつ、口元は緩み、照れた様に圭一の胸板を叩く。叩かれた側も満更ではなさそうで、むしろ少しだけ照れくさそうに頬をぽりぽりと掻いていた。
そんな様子を見ていると、安心するにはまだまだ早いことはわかっているけど、思わずホッと胸を撫で下ろしたくなる。
「けどさ、圭一がやってくれるんだとしても、やっぱり心配だよ。私も一緒に確認したいな。できれば自分の目でさ」
圭一の言葉で多少は安心したのだろうけど、それでもやっぱり自分で確認したいという気持ちは消えないらしい。
けど、気持ちは分かる。仮に僕も雪村さんの立場で圭一を失ったとしたら、自分の目で確認するまで納得はしないだろう。
「ならさ、いっそのこと偽名を使って椚ヶ丘に転校してみたら?たぶん、雪村姓だと気付かれるかもしれないし」
「ぎ、偽名!!?」
僕の提案に驚いたような、素っ頓狂な声を出す雪村さん。そんな恋人とは対照的に圭一は『その手があったか』と仏の様な顔で頷いている。提案しておいてなんだけど、彼女の反応が正しいよ、圭一。もしかして僕は彼の常識を破壊しすぎたのかも。
「前々から思ってたんですけど、先生って何者なんですか!?私、そういえば圭一の師匠ってことと、お兄さんみたいな人ってくらいしか知らないんですけど、偽名で転校って……普段は何をしてる人なんです……!?」
「……………まぁ、普通は気になるよね」
雪村さんの反応は安全なものだった。
そして僕としてももはや、隠すつもりはなかった。そうじゃなければここまで明け透けな物言いはしない。
これは僕なりのケジメだった。
今まで殺し屋としてきっと何人もの標的の遺族に雪村さんの様な思いをさせて来た。僕は先生の弟子になることを選んで、自ら人を殺した。その事実は変わらない。
どんなに心を入れ替えても、過去を悔いても何も変わることはない。例え、この場で彼らに拒絶されても自分のことを伝える。もちろん、拒絶されたのだとしても、彼らのバックアップは続けるし、惜しまないつもりだ。
ただ、自分の過去を隠して彼らの近くでいい空気を吸い続けるのは、許されていいことではないと思う。少なくとも、圭一を殺し屋ではなく、純粋に僕の技術を継承した弟子として育てると決めた時から血に塗れた手でペンと本を持ちながら思っていたことだった。これは、清算なんだと思う。
「圭一、雪村さん。僕はね————殺し屋なんだ」
「こ、ころ………えっ!?」
言葉を理解できてないみたいに首を傾げて動揺を隠せていない雪村さんと僕の目を待ってしても感情が読めない圭一。
「圭一、僕はね、キミを利用するために近いたんだ。僕に声も容姿もそっくりなキミを見て思った。いざって時のスケイプゴートにできるって」
「え、えっ……?」
反応するのは変わらず雪村さんだ。
「だっておかしい要素はいくらでもあっただろう?明らかに20代前半の男性がいつ来てもこの道場にいるし、喧嘩に負けない為とか言って僕が教えたのは身を守るための効率的な護身術じゃなくて、受け身とか小太刀を持った時のカウンターのやり方とかさ。普通は肘鉄とか、鍛えなくても効果的に威力を出せる身体の部位や使い方だろう?」
「それくらいは今のキミの実力なら分かるんじゃないか?僕の教え方はキミに対して最適化されたものだったが、喧嘩というには過剰すぎるって。それに、自分で言うのも何だけど、僕の歳で今のキミ以上の実力があって勉強が出来てって出来過ぎだと思わなかったかい?」
僕の言葉に動揺するのは雪村さんばかり。いまいち状況が飲み込めていない彼女に対して圭一はと言うと、困ったように頬をぽりぽりと掻きながら苦笑して一言、言いづらそうに。
「いや、別に?」
乾いた笑いを浮かべてそう言った。
「……は、えっ、いやっ、圭一?もっと反応あるんじゃない?先生の言ってることもかなり荒唐無稽っぽく見えるけど、色々と腑に落ちる部分はあるでしょ!?殺し屋って、目の前に殺し屋いるんだよ!?私も全然理解できてないけど、殺し屋に利用されそうになってたってカミングアウトされてるんだよ!?」
「雪村さんの言う通りだよね………」
何故だか、人でなしであることをカミングアウトしてる僕よりも利用されそうになっていた被害者である圭一が質問攻めされてる状況はなんだかおかしいと思ったけど、圭一の反応は達観しすぎてると思った。
「だって、先生が一般人じゃないことなんてみりゃ分かるし。真っ当な一般人が訓練と称して一日中それなりにガタイの良い中学2年生を来る日も来る日も投げ続けられる訳ないし、動きの一つ一つに余りにも音と気配が無さすぎるもん」
「そりゃそうだけど……」
「殺し屋ですとか言われても今更と言うか……。言われてみると『あ、そうですか』と微妙に納得してる自分がいるって言うか。考えてみれば先生のこと何にも知らないし。名前はおろか年齢すら知らないし。勝手に職業不定の文武両道なエリートフリーターなのかなぁとか思ってたし」
「え、エリートフリーター……」
弟子からの辛辣なような、思えば情報を全く開示していないので当たり前とも感じる評価に今度はこちらが苦笑させられる。
「いや、もっと反応あっても良くない?殺し屋だよ、僕」
「でも、俺の先生だろ?」
「……………」
「先生がどんな意図で俺に色んなことを教えてくれていたのかは気になってた。俺に時間割いて教えてくれてるのに、金銭を要求してくる訳でもない。でもただ縁があったとか、顔が似てるからとか言われるより、利用するつもりだったって言ってもらえる方がすっきりする」
「なにより、アンタが殺し屋だったって部分には正直に言えば思う部分がない訳じゃないけどさ、俺は別に先生に誰かを殺されたって訳でもない。もちろん、俺の知ってる人とか、あかりに酷いことされたらこんな風に思えないだろうけど、それでも今の俺はアンタを嫌う理由は一つもないよ」
「俺は先生に感謝してる。あの日、もしかしたら先生が来てくれなくても誰かが俺を助けてくれたのかもしれない。それはそれで今とは違う生活があったのかもしれない。あかりとも違う形で出会ったかもしれない。でも、今の俺がいるのは先生が助けてくれたお陰だ。先生が褒めて俺を"見て"くれたからだ」
「だから、俺も先生を"見る"。アンタがそうしてくれたように、俺も殺し屋って事実も含めて先生を見たい。今の先生は俺を殺し屋にしようとしてないんだろ?本当は『この人、殺し屋です、死神です』とか言って警察に突き出すべきなんだろうけど、そんなことしたって信じて貰えるわけもないし。先生はあかりの為に手を差し伸べてくれた。だから、俺は先生を信じるよ」
圭一は少しだけ照れ臭そうに、けど、真正面から目を真っ直ぐに見据えてただの一度も言葉を詰まらせることなく言った。あまりコミュ力が高いとは言えない彼が真剣にそう言ってくれた。
「……僕、死神だって言ったっけ?」
「いつだったか、『本職は死神かな』って言ってた」
そういえばそんなこともあった。あれは確か、僕が彼を殺し屋とは別の方向に導こうと、その為に頑張ろうと決めた瞬間のこと。つい、嬉しくなって圭一の最終的な実力の到達点の例で群狼のリーダーの名前を出したりしたっけ。
「よく覚えてたね」
「アンタとの時間は好きだ。言葉の一つ一つに意味があるかと思えばそうでもないこともあるし。でも、無駄な時間だと感じたことはない。だから俺は、これからもアンタを先生と呼びたいし、変わらず兄の様な人だと思いたい。例え殺し屋だったのだとしても、アンタは俺の先生になってくれた。だから俺は、先生から学んだチカラで先生が殺した以上の人を救える様になる。それまでしっかり俺を見守っててくれ」
圭一はそう言った。
本当に真剣に臆することなく。
「俺は先生のことを知らない。だからこれからは先生のことも教えて欲しい。技術や知識だけじゃなくて、親しい人がどんな奴なのか、声や顔や見た目は同じ。生まれた国や年代は違う。他に俺とアンタで何が違うのかをさ」
彼の言葉は嬉しいものであり、そして同時に厳しいものだと思った。僕が犯した罪を共に背負い、そして罪以上に人を救って見せるから見守れ。殺し屋という過去を理由に逃げるな。そんな風に言われているような気がした。
何気なく雪村さんに目を向けると、彼女は僕の方を見て目を丸くしていたが、ふと目が合うと圭一に視線を向けて仕方なさそうに肩をすくめて苦笑した。
「こうなった圭一は頑固ですよ、
聞き覚えのある台詞だった。だって、ついさっき同じことを彼女に言ったばかりだったのだから。
加えて変わらず僕のことを先生と呼んでくれた。きっと僕のことを信じてくれたのだろう。もっと正確に言うのなら、圭一の信じる先生を信じるってところなんだと思う。
なら、僕は先生をやり切るのではなく、先生としてやり切ろう。今まで出してきた被害者や遺族のことは忘れない。でも、これまでの様に悩むことはしない。まずは僕を信じてくれる愛弟子をしっかりと導く。具体的に贖罪のために何が出来るかわからない。結局のところ、贖罪という行為自体が自己満足なんだろう。それでも、それが僕の本当の第一歩だ。
「そうだね、これはこれから苦労するよ。雪村さん」
「……そうですね、きっと」
「そんな苦労かけないように頑固な部分直します……」
「「苦労しそうなのは人誑しな所だよ」」
「人誑しだったら、先生やあかりに出会うまで孤立してたりしないだろ……。だから俺は人誑しじゃない」
「なんだろ、圭一って誰かれ構わず誑せるようなゲームとか漫画の王道主人公タイプじゃないけど、それなりに関わった相手にはクリティカルばっかり出すタイプの誑しよね」
「そうだね……。狭く深く付き合うタイプの典型っていうのかな。けど、圭一ってコミュ力は高くないから、そういう部分もしっかり把握できるくらいの付き合いがないとそのクリティカルも出せないんだよね。クリティカルを出しても出された側が気付かないっていうか……。気付いたら沼るかも」
「なんだろう、後方理解者みたいな感じ出すの、止めてもらっていいすか?」
「え?なによ、私で童貞捨てた癖に」
「捨てたってか、奪われたっていうか。いや、それいったら抵抗しなかった俺も悪いんだけどさ……ゴニョゴニョ」
「僕は圭一の師匠だよ?」
「さっきまで俺たちが受け入れなかったら姿眩まそうとか思ってた人の言葉です?これ」
まぁ、圭一を弄るのはここまでにして。
というか、むしろ圭一の口から出てくる友人の名前が雪村さんと浅野くん?の2人しか出てきたことないし。
あれ?本当に狭く深く付き合うタイプだよね、圭一。友達をしっかり作れるようにならないとだよね。今度からコミュ力を鍛えていくかなぁ。とりあえず名刺でも渡して100枚配り終えるまで帰ってくるな!とかやるか……?
うーん。いや、ダメだな。これやったら圭一が口聞いてくれなくなりそう。というか多分潰れるよね。うん、止めよう。そんなことになったら何より僕が耐えられない。
「まぁ、一旦圭一を弄るのはここまでにして……」
「あんまり弄ると爆発するかんな」
「あはは……気を付けるよ。それで……雪村さん」
「あっ、はいっ」
「どうする?偽名を使って潜入したいなら協力するよ。幸い、人脈はある。戸籍の一つや二つ用意できるし、なんなら偽名の名義で学んだ内容も雪村あかりとして使える様に手配もできる」
「いたれり尽せりだな……」
「僕が一肌脱げばこれくらいはね。それで、どうしたい?元々は雪村さんの状態を確認したかったからここに来てもらったけど、僕としても雪村さんは他人じゃない。そのお姉さんが亡くなってるんだ。協力するよ」
僕からの提案に彼女は顔を俯かせる。
普通はここでおいそれと提案に乗ってくることはないだろう。偽名を使って入学だとか普通の中学生ではありえない。その上、目の前にいるのは殺し屋だ。ここで安易に答えないのは賢明だ。
「ねぇ、圭一。私はどうすればいいかな……」
「やりたい様にやれば良いと思うってのは建前だな。本音を言えば、あかりが言った通り、やっぱり危ない可能性も高い。だからして欲しくない。先生が教えてくれた書き置きにも地球を破壊するとか書いてあるし。でも、なによりお姉さんが亡くなった理由を自分の目で確かめたいって気持ちは否定したくない。俺はあかりの選択を尊重したい」
「……………」
「それに、俺も近くにいる。正直、俺に何が出来るかは分からないけど……束縛強いことを言って良いなら、俺としてはあかりが目の届く場所に居てくれるのは色んな意味で安心する」
「………うん、ありがと。圭一」
圭一からの言葉を受け取った彼女はゆっくりと僕に視線を向け直す。真正面から目を見据える様な姿勢は何処か彼氏に似ていて、そんな彼女の口から紡がれた言葉に僕は頷いた。
「先生、お願いします。協力してください」
「うん、任せて」
「………あ、でも、先生ってプロの殺し屋……なんですよね?」
「え?あ、うん、そうだね」
「だったら報酬とか……必要ですか?」
「………あー。そうだね、別にお金は要らないよ。だから、これからも圭一を大事にして欲しいかな。もちろん、圭一も雪村さんを大事にすること。定期的に惚気に来てくれれば先生満足」
「いいんすか、プロの殺し屋の報酬が惚気話って」
「いいのいいの。代わりに話に来てくれなかったらパパラッチになるから。死神と呼ばれた殺し屋のよろずを超える技術の粋を集めた業でキミたちの恋愛事情を赤裸々にね」
「あはは……。まさか芸能界から離れてるのにパパラッチされるって単語を聞くことになるとはね……」
「先生のえっち。っていうか、あかり、さりげなく言ってるけど芸能界から離れてるってのは?」
「…………あ、そう言えば言ってなかったっけ。私、ちょっと前まで子役やってたんだよ。磨瀬榛名って知らない?」
「…………あー。あー。あ………?うん。ごめん。ちょっと混乱中。え、あれ、俺の恋人とんでもない大物だった?」
「圭一、気付いてなかったの?」
「ごめん。似てるな〜とは思ってたけど、本人だとはカケラも思ってなかった。ほら、テレビの向こう側の人って感じで」
「うーん。これはこれで複雑な気分だよね。学生らしいことしたいなーって思ってはいたけど、いざ恋人に気付いてもらえてなかったって。実は圭一のお父さんと共演したことあるんだよ?昔、化学番組で」
「………………あー。あの時の子役……。磨瀬……っていうか、あかりだったのか。うーん。そうか……。俺ってば有名人の子供の割に身の回りに言うほど著名人はいないから油断してた。まさか、あかりがねぇ………」
なんだか、教え子たちが大変なことになっていた。
話してなかったのかい、雪村さん。とツッコミを入れるべきか、はたまた気付いてなかったのか、圭一と言うべきか。
ともあれ、どうやら僕が圭一に教えるべき内容は一つ増えたことは確実らしい。
「圭一。今度からしっかり護身術も身に付けようか。刺された時に対処できる様にね」
「刺されない様に気をつけるよ!?」
「えー?」
「なんでそこで疑う様な視線を向けるのかな、恋人よ」
「だって、圭一って誑しだし。それなりに仲良くなった女の子に勘違いさせて刺されそうで私怖いよ」
「俺を相手に勘違いする女子はいないだろ。昔はモテたけど、今はそんなことないし。なんなら、学校ではあかりと恋人って公言すればそんな心配もないだろうし」
「……公言していいの?」
「嫌ならしないけど?」
「…………してください」
「なら遠慮なく」
イチャイチャし始めた2人。
このまま静かにフェードアウトして眺めていてもいいけど、僕としては一つ雪村さんに確認しておきたいことがある。
「雪村さん、偽名はどうする?候補がないなら適当に僕が設定するけど。こういうのって周りに呼ばれた時に違和感ない為に自分で考えた方がいいんじゃないかなって」
「………あっ、じゃあ。茅野カエデで。昔、出演する予定だった作品で没になったキャラクターの名前なの」
うわっ、役者っぽいこと言い出した!とか雪村さんの言葉に年相応な反応した圭一と役者ですので!と胸を張る雪村さん。
彼らが目的があって触手の化け物と接触するように、僕もまた確かめないといけない。その化け物の正体が僕が良く知る、かつて師と仰いだよく知る人物なのか。
いや、それも違うかな。
よく知ると言い切れないだろう。何故なら僕は彼と師弟でありながらそこまで親しくはなかった。端的に言えば命令する側とされる側だった。だからお世辞にも親しいとは言えない。
彼を見つけて、あるいは確認して僕がどうしたいのかなんてまだ分からない。ただ漠然と知りたいと思った。
——俺は先生のことを知らない。だからこれからは先生のことも教えて欲しい。
あるいは、また弟子に感化されてしまったのかもね。