加えて高評価やしおり、ここ好き、誤字脱字の報告ありがとうございます!
書けましたので投下します。
——たまに夢に見る。
「父さん、また100点とったよ!」
「……あぁ」
過去の記憶。父と自分の記憶。
思い出、というにはあまりにも淡白な会話。満面の笑みを浮かべて100点満点の答案を見せつける俺と、それを受け取る父。
しかし、父の顔は見えない。ずっとだ。ずっと、ずっと、この夢を見続けていると言うのに父の顔は俺には見えない。
一体、何故だろう?
考えても答えは出ない。
——キミは律さんを見ようとしなかった。
不意に殺せんせーに言われた言葉が脳裏をよぎる。
かつて律を合理的に説得し、黙らせようとした過去。その時に殺せんせーが俺に言った言葉。
なぜ、そんな言葉が俺の脳裏を今更掠めてゆくのだろう?分からない。分からないから考える。
見ていなかった、と言うのか?俺が、親父を?
あり得ない。俺はこの時、誉めて欲しくて仕方がなくて親父の反応の機微を滅茶苦茶真剣に見つめていた。
だから、あり得ない。俺が親父を見ていなかったなんてあり得ない。絶対にないとすら断言しよう。
そう思うと夢の中の親父の顔に掛かっていたモヤのようなものが消えて、当時の親父の顔が見える。
まだ若い、白髪もない親父。……あいや、白髪は今も生えていなかったっけか……?どうだろう。
昔はともかく、今の俺は親父のことを見ていなかったらしい。けど、別にいいよな、向こうは初めから俺のことなんて見てなかったわけだし。
そんなことを思いながら目が覚める。
何でこんな夢を見るのか、それは今日が金曜日、つまりは親父と会う日だからかもしれない。
夏休みも初日だと言うのに、なんでこんな憂鬱な気分にならなければならないのやら。その辺に石ころでも落ちていたら蹴り飛ばしてやりたい気分だ。
などと思いながら布団から出る午前6時。夏休みも初日だが、意図せずいつも通りの時間に目が覚めてしまった。
特にやることないなあーどうしようかなー、なんて思いながらベットの上でゴロゴロと過ごし、小腹が空いたらリビングに降りて朝食を摂り、またベットの上でゴロゴロする。
しまったやることがない。思った以上に暇だ。いっそ、学校にでも行っていつも通り、訓練でもしようか、なんて思う午前9時。ふと、控えめに部屋をノックされる。
「ん?」
「圭一、学校から電話、浅野先生だって」
「……り、理事長?」
祖母が朝から不穏な名前を出すのでちょっとビクビクしながら階段を降り、電話の保留を解除する。
俺、なにか悪いことしたかなぁ。最近は本当に不良らしいことしてなかったのに。つか、浅野理事長から電話とか不穏すぎねぇか?不穏通り過ぎて不気味まであるけど。
「お電話変わりました、圭一です。おはようございます、理事長先生」
『やぁ、おはよう。乃咲くん』
電話の向こうから感じる、ズモモモモ!と不穏なオーラ。マジでこの人、椚ヶ丘学園のラスボスだよな。
電話越しにオーラが伝わってくるとかとんでもないよな、この人。なにか悪いことした訳じゃないのに、電話を耳に当てているだけなのに冷や汗が吹き出しそうになる。
そんなラスボスが何の用かと思いながら、言葉を待つ。別にゾーンに入った訳でもないのに、次の言葉が来るまで数時間たったような気がする。
『乃咲くん。今日の予定は何か決まっていたりするかな』
「いえ、特には……」
『ふむ、ならば丁度いい。この後、学校まで来てもらえないだろうか。直接会って話したいことがある』
「……構いませんが、何時ごろにしましょうか」
『では10時ごろということにしよう。待っているよ』
「はい、分かりました」
『ふむ、それではまた後で』
ツーツー、と電話が切れた事を知らせる電子音が鼓膜を叩く。一体、何だったんだろう?
ラスボスからの電話なんて珍事に思わず思考が停止しそうになる中で、なんとか体を動かし、制服に着替え、学校へ向かう。
「ばーちゃん。ちょっと学校行ってくる〜」
「はいよ、気をつけて」
爺ちゃんは五目並べに熱中しているようなのでスルーして家を出る。家を出た後、今度はスマホが鳴ったので取り出してみると律が画面の中にいた。
『乃咲さん、お出かけですか?』
「あぁ、ちょっと学校まで。本校舎から呼び出し喰らっちまってさ」
『そうですか……残念です。対殺せんせー用の暗殺シューティングゲームを作ってみたので、是非一緒に、と思ったのですが』
なにそれ、すっごい気になる。気になるが……。
「悪いな、用事が終わったら教室にも顔出すから。それと……ゲームなら神崎さんとか……あとついでに杉野も誘ってやってくれ」
野球の練習中、杉野から聞いたのだが、神崎さんはゲームがめちゃ上手いらしい。修学旅行中に発覚したのだとか。
そんな神崎さんなら素人の俺よりも使える意見が出せるだろうし。後、杉野はおまけだ。神崎のこと、好きそうらしいから一応の援護ってことで。俺にできるのはそれだけだ。
頑張れ杉野よ。なーんて他人事のように思いながら歩くとこ数十分。学校に着いた。
学校に着いたのだが……。
「理事長先生、乃咲です」
「入りなさい」
理事長室に入った俺を出迎えたのはいつもの仏頂面で見るもの皆不安にするラスボス然とした理事長ではなく、にこやかにパン!とクラッカーを鳴らすフレンドリーな浅野理事長だった。
「やあ、早速だけど総合一位、おめでとう、乃咲くん」
「……ありがとうございます」
思わず何事かと勘繰ってしまう。
勘繰ってしまうが、生憎と表情が読めない。俺、こういう腹の探り合いみたいなの苦手なんだよなぁ。
こんな化け物を正面に毎朝朝食を摂っているという浅野(学秀の方)の胆力には恐れ入る。俺には無理だ。
第一に、親父と食事すら俺には無理だ。間が持たない。
そういう意味では浅野は尊敬に値するかもしれないな。
「流石は私が最も長く教えた生徒のライバルだ。キミの大躍進はある種の物語性があって面白い。挫折して最下位に甘んじていた者がやる気を取り戻し、敗北を経験し、そして1位に輝いた。そんな物語が見て取れる」
珍しいこともあるもんだ。浅野理事長がこんだけ手放しに誰かを褒めるところを俺は見たことがない。
まあ、そんな一面一面を見られるほどこの人と親しい訳では無いのだから同然なんだけどさ。
「それで、どうして自分は呼び出されたのでしょうか?態々労ってくれる為に俺を呼んだ訳では無いでしょう?」
「その通り。キミはやはり聡いな。実はキミには一つの選択肢をあげたくてね」
「選択肢ですか、理事長先生から?」
「その通り。A組への移籍。それがキミに渡す選択肢だ」
「……そんなことですか」
予想斜め上。予想だにしなかった言葉が飛び出してくる。A組に移籍……いや、復帰するには本来、担任からの許可が必要になる。こちら側から復帰願いを出し、担任がそれを受理する、というのが本来の正しい流れだ。
そんな流れをぶった斬り、理事長直々に声をかけてくるのは本当に予想外の出来事だった。
何か、裏があるとしか思えない。
「何故、自分なんですか?」
「別に何か特別な意図があるわけではない。この時期の通例でね、一定の成績を残したE組生徒にこうして毎年声をかけているのだよ。と言っても納得はしないだろう。そうだね、ここは一つ、私の教育方針を語るとしよう。私の方針はひとえに"強い"生徒を育てることだ」
「強い生徒?」
理事長の言葉の意味がよく分からない。
強さにも色んな種類がある。心の強さ、肉体の強さ、力の強さ、暴力的な強さ、理知的な強さ、逆境を跳ね除ける強さ。彼の語る強さはどれなんだろう?
「そう、いざとなったら、他人を生贄にしてでも自分だけは生き残れる。そんな生徒のことだ」
「それは……」
強さではなく、非情さ、というのでは無いか、と口にしかけた時、かつて律にやった事を思い出した。
俺は律が転校したてだったあの時、律に協調の合理性を説き、一時的に彼女を黙らせたことがあった。
あれは、見方を変えれば合理性を突き付けて彼女の自由意志を殺した、とも取れる行動だっただろう。
そこに思考が至った時、俺は自然と閉口した。
「どうやら、身に覚えがあるらしいね」
浅野理事長の言葉に俺は何も返せなかった。
「キミは、私の教育のある意味では完成形とも言える。鷹岡先生を追放する為に私に直談判に来たのもそうだ。アレだって、鷹岡先生のメンツやプライドを生贄に烏間先生の復活を願ったのと同じ。違うかな?」
「それは……」
違わない。違わないから口を開かなかった。否定の言葉を出したいのに、口から出てくれなかった。
「キミは優秀だ。乃咲くん。思考は合理的で、武力にも優れ、知識があることも期末で証明して見せた。そんなキミにこそA組の……学年主席の座が相応しい。私はそう思っているよ」
「万年首席の息子さんが聞いたら泣きますよ」
「ふっ……。浅野くんなら笑っていたよ。賭けでは負けたが、とんでもない掘り出し物を拾った、とね」
あ、そ。と流したくなるセリフに苦笑で返事しながら身構える。まさか、自分の息子にライバルを作る為に俺をA組に勧誘してる訳ではあるまいな。
だったとしたらこの人も相当な教師バカで、親バカでもあると思う。勘弁して欲しい。巻き込まれたく無いもんだ。
「それに、キミのお父さんも認めてくれるんじゃないかな」
「無いですよ、そんなん」
浅野理事長から予想しなかった言葉が出てきたが、絶対にあり得ないことだと分かりきっているので、即答で否定する。
そんなことであの堅物親父が俺を認めてくれるのなら、苦労しない。一度たりとも俺を褒めたことなんてない親父がな。
「……まあ、いい。是非考えておいて欲しい。夏休み終了直前まで待つ。賢明な判断をすることを願っているよ」
話すこと30分。そんな言葉と共に締め括られた浅野理事長との面談。俺は少し拍子抜けしながらE組の山を登る。
理事長のことだからもっとエグいことを要求してきたり、ラスボス然とした態度で余裕そうにもっと勉強頑張りなさい、とでも言われるとばかり思っていたから。
山を登るとどうやら俺のアドバイス通りに律に誘われたらしい神崎さんと杉野プラス殺せんせーの3人で対殺せんせーシューティングゲームをやってるらしい。
殺せんせーがいる時点で気遣いもクソもないが、これ以上、お邪魔虫が増えないよう、今回はお暇するとしよう。
俺は踵を返して来た道を戻り、家に帰ることにする。
が、その道すがら、竹林と遭遇した。彼とまた、制服で身を包み、俺と同じく本校舎から出て来た。
その顔色はなんだか優れない。まさか、これはアレか?俺と同じように…………誘われたんじゃ?
「よう、竹林。お前もA組行きか?」
「乃咲……。その話ぶりだとキミものようだね」
いやな想像というのは当たるもんだ。竹林もどうやら俺と同じように勧誘を受けたらしい。
これ、アレだよな、浅野のライバルを作るのと並行してワンチャンE組のクラス内の雰囲気を悪くする為の工作だよなぁ。
あの理事長、やっぱり性格悪いわ。
「どうしたものか……」
「……キミもそんな風に悩むのか」
「お前、俺をなんだと思ってるんだ」
「意外だと思っただけだ。キミはE組に残ると迷わず宣言したとばかり思っていたからな」
「…………」
俺も意外だった。てっきり鼻で笑って糞食らえ、と言ってやれると思っていたのに、何が引っ掛かってそれができなかった。
「僕は行くよ、A組に」
「っ……」
竹林は答えをすでに出していた。
それが少し意外で息を呑む。
100億円は諦めるのか?そう言いかけた時、先んじて竹林が口を開いていた。
「昨日、初めてテストの結果を報告に行けたよ」
「……そうか」
彼はなんて言われたのだろう?
以前、彼の家庭事情は聞いた。
出来て当たり前の一族。そんな親兄弟からは出来の悪い竹林は家族扱いされないという。
俺とは違う。違うが、どこか似ている家族。
報告した彼にどんな言葉が振りかけられたのか気になるのは、俺がもしも竹林の立場だったら、と心のどこかで考えているからなのかも知れない。
「それじゃ、僕はこれで」
「……あぁ」
去る竹林を見送ることしか今の俺には出来なかった。
あっちだ、こっちだ、とさまざまな場所を彷徨いて時間を潰してから家に帰る。気が付けば夕方の5時を回っていた。
そろそろ帰らなければ、祖父から大目玉を喰らうことになるので渋々帰宅する。金曜日は特別だ。
……親父が来るから。
帰宅すると、俺自身は呼んでもいないのに、案の定、親父の車があった。僅かな面倒臭さと緊張感を感じながら玄関を潜り、家に入る。心配そうにこっちを見る祖父母と目を合わせないように客間に入った。
「……圭一」
「……どうも」
軽く会釈した後、祖母が気を利かせて俺用にも座布団とお茶を出してくれていた場所に座り、いつものように俯く。
話すことはない。話題がないからだ。
今まで生きてきた十数年の中でテストで1位を取った話なんて散々して来たし、その度に見向きもされなかったから自分からは話題に上げるつもりはない。
だから今日も互いに喋ることもなく、無言に終わる。そう思っていたのだが、青天の霹靂とも言える出来事が発生。
「……テスト、だったんだろう?」
喋ったぞ、この人。まじかよ。
何が起こったのか、一瞬理解ができなくて思考が停止したが、そのまま黙りを決める訳にもいかないので、出来るだけ最速で応える。
「あ、うん。期末」
「……あぁ。浅野理事長から電話が来た時は驚いたよ」
二重の意味で驚いている。理事長が親父に何かを吹き込んだこと。そして、ここまで長く会話が続いたのは生まれて初めてだったから。『……あぁ』と『……そうか』しか言わなかった親父から出た初めて言葉。
「……学年で首位だったんだろう。……頑張ったな」
「————え?」
初めて出た言葉。この大体15年の人生でずっと求め続けた言葉は案外、あっさりと飛び出した。
それがまた俺の思考を狂わせ、口を籠らせ、言葉の一切を俺から奪ってゆく。自分は今、何を言われたのだろう?
「……学年で最下位から51位、そして首位。驚いたよ。成績表、見せてくれないか」
「え、あ、あ、うん」
言われて、祖父母に見せたきりだった成績表を取りに行き、見せてみる。正直、現実感がない。
今、目の前に広がるこれは現実なんだろうか。親父が『……あぁ』と『……そうか』以外の単語で会話してるのを見たのはほぼ初見だと言っても過言ではないのに。その親父が今、俺に二言以上で話しかけているのが本当に心底現実感がなかった。
俺は今、親父と"会話"している。
ずっと1人でボールを投げつけていた頃とも違う、かと言って仲違いした頃から続く冷戦のような無言状態でもない。生まれて初めて会話のキャッチボールが成立した、そんな気がする。
「……理事長先生が言ってくれた。お前ともっと話した方がいい、と。分かっていたつもりなんだが、これまで、そうできなかった。年々、母親に似てゆくお前にどんな言葉をかけたらいいのかわからなかった」
「……」
これが、親父の本音?
十数年、聞きたくてしょうがなかった、親父の言葉なのか。俺は訳が分からずに混乱し続ける。
人に言われてようやく決心が付くほど、母さんのことでなにか、思い詰めていたのか、この人は。
一体何に。母親に似てゆく俺を見て言葉を失う程のなにかが母と親父の間にあったと言うのか?
分からない。ようやく口を聞いてくれたのに、彼の意図が全くと言っていいほどに理解できない。
「……これから約2ヶ月ほど出張する。ここに顔を出すことは叶わないだろう。だから今のうちに言っておくことがある」
親父はそう言うと一拍子置いてから口を開いた。
「お前にはずっと期待している。今までも、これからも。……新学期からA組に戻れるかも知れないんだろう?……頑張れよ」
親父はそう言うと俺の返事も待たずに立ち上がり、出て行ってしまった。言いたいことだけ言ってさっさと出て行ったことに恨めしさを感じるよりも先に、訪れたのは困惑だった。
期待している?今までも、これからも?じゃあなんで、俺が欲しい時にその言葉をくれなかったんだ?
なんで今になってそんな言葉を言う気になった?
……いや、分かってる。裏で浅野理事長が動いてることはさっき、親父の口からポロリと出たから。
でも、そうじゃない。理由も原因も分かっているのに釈然としないモヤモヤが胸と喉の間に引っ掛かっている。
——それに、キミのお父さんも認めてくれるんじゃないかな。
理事長め……。俺にこんな考え方をさせるのが目的ならえげつないくらい的を射た手法を取りやがる。
これはかなり難しい選択を強いられているぞ。
殺せんせーの暗殺を選んでE組に残るか、父からの期待に答えてA組に移籍するのか。酷く難しい二択だ。
誰かに相談……は出来ない。これは俺自身が考え抜いて出さなきゃいけない問題なんだろうから。
地球の未来を取るか、家族との未来を取るか。中学生が考えるべきではない命題を俺は押し付けられている。
そんな極論じみた命題に結論を付けるのに周囲の他人を巻き込むわけにはいかないだろう。
俺は、どうすればいいのだろう。
何を選ぶべきなのだろう……?
選択肢が難しすぎるだろ。地球の未来か、自分の家族か。地球を選べば今、ようやく新しい展開を迎えようとしている家族との未来を失うかも知れないし、自分の家族を選べば地球が滅びるかも知れないと言う事実から目を逸らし、全てを仲間たちに丸投げするということ。
また、暗殺を諦めると言うことは殺せんせーの正体を知る機会を永遠に失うということだ。
「……頑張れよ、か」
何を頑張れば良いのか。誰も答えてはくれなかった。
あとがき
はい、あとがきです。
圭一、念願の一言をもらって混乱する。
そらそうや。圭一的にコイツ喋るのか!?って感覚ですからね。
ちなみに一見いらんことをした様に見える理事長ですが、彼は結構善意でやってます。圭一を引き抜く20%、純粋に教師として頑張ってる生徒を褒めてほしい気持ち80%くらいです。少なくともうちの作品では。
まあ、圭一のことは殺せんせーがどうにかしてくれるでしょう(すっとぼけ)。
ご愛読ありがとうございます!