暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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投下しますのでお付き合いください……。


46話 カルマの時間 2時間目

 

 まずいな。本格的に体調が悪くなって来た。

 多少生地が薄いが上着を着てきたのは正解だったらしい。ほんのり寒気までしてきやがる。

 夏休み前から体調は良くなかったが、どうやら俺もウィルスを貰っていたらしく、症状がで始めたことでいよいよ体調が崩れてしまったようだ。体の節々も痛い。

 けど、皆んなに心配かけるわけにもいかない。俺は黙々と歩みを進めることにする。

 

 歩き出してからしばらくすると、殺せんせーが能天気なことを言い出す。

 

「いやぁ、いよいよ『夏休み』って感じですねぇ」

 

 コレには皆んな一瞬黙りこくり、気を取り直したらしい全員で殺せんせーをボロクソに言い出した。

 

「何をお気楽な!!」

 

「1人だけ絶対安全な形態の癖に!」

 

「渚、振り回してソイツを酔わせろ!」

 

「にゅやぁー!?」

 

「よし、寺坂。コレねじこむからパンツ下ろしてケツ開いて」

 

「死ぬわ!?乃咲もテメェも俺のケツに何か恨みでもあんのか!?」

 

 カルマの過激な発言が飛び出した辺りで渚が殺せんせーに問い掛ける。

 

「殺せんせー、なんでコレが夏休み?」

 

「先生と生徒は馴れ合いではありません。そして夏休みとは先生の保護が行き届かない場で自立性を養う場でもあります」

 

 確かに、夏休みとは本来そういうものだろう。夏休みの自由研究や宿題だってそう言った感覚を養うためにあるようなものだからな。先生が見ていないところでもしっかりやることをやっているかどうかを確認する場なんだろう。

 

 まあ、今回の場合、普通に先生が見てるわけなんだけども。

 

「大丈夫、普段の体育で学んだことをしっかりやればそうそう恐れる敵は居ません。キミたちならクリアできます。この暗殺夏休みを」

 

 彼が体育をしていた頃から思っていたことだが、殺せんせーは体育だけ容赦がない。勉強は手厚く教えてくれるけど、身体を動かすミッションでは、自分基準の無茶振りを平然としてくる。しかし、それでも今はその無茶振りに答えるしかない。なにより時間がないのだから。

 

⬛︎

 

⬜︎

 

⬛︎

 

 階段を上がり、俺たちは展望通路へと辿り着いた。こんな死角のない場所なら奇襲を警戒する必要はないだろう。そう考えていると、最前列が立ち止まる。何事かと覗き込むとそこには纏う雰囲気がその辺を歩いていた客とは段違いな男が立っていた。

 段違いと言うか、ここにいること自体が場違いな雰囲気の男。立ち姿からも隙がない。下手したら烏間先生と同格レベルの奴が悠然と立っていた。

 

「お、おい。めちゃくちゃ堂々と立ってやがる」

 

「あの雰囲気……」

 

「あぁ。いい加減見分けがつくようになってきた。アレはどう見ても殺る側の人間だ」

 

 さて、明らかな殺し屋が立っているがどうする……?

 

 ここは見晴らしのいい展望通路だ。やはり死角の一つもない場所。奇襲の心配はないと思っていたが、その地形が裏目に出ている。奇襲の心配がないということは、こっちも奇襲ができないということ。数の利を活かせない。

 もしかすると向こうの男はそこまで計算してここに立っているのか?だとしたら状況計算能力は俺たちよりも向こうのほうが数段上。流石プロと言ったところだろうか。

 この辺には武器になりそうなものもない。せいぜい等間隔に観葉植物が置かれてる程度だが、そんなもの振り回せるのは俺やカルマ、寺坂くらいだろう。心底ここは俺たちにとって不利なフィールドらしい。

 

 男を観察していると、彼は徐に腕に力を込め、展望通路のガラスにヒビを入れた。まるで威嚇するように。

 

「……つまらぬ」

 

 ……ぬ?いや、今はいいか。

 

「足音を聞く限り『手強い』と思えるものが1人もおらぬ。精鋭部隊出身の引率の教師もいるはずなのぬ……だ」

 

 なんかこのおっさん、日本語おかしくね?

 

「どうやら"スモッグ"のガスにやられたようだぬ。半ば相打ちぬと言ったところか。出てこい」

 

 スモッグとはさっき烏間先生が倒した男のことだろう。恐らくはコードネームと言ったところか。

 俺たちは男の指示の通りに身を晒す。が、そんなことより皆んな気になることがあるらしい。

 

「……おい、手で窓にヒビ入れたぞ」

 

「そ、それより……」

 

「怖くて誰もいえないけど……その、なんか……」

 

 言いたいことはわかる。なんと言うか……

 

「ぬ、多くね。おじさん?」

 

「「「言った!?良かった、カルマが居て!」」」

 

 そう、なんか『ぬ』が多すぎて話し方に違和感があるのだ、この男。見たところ外国人なんだろうが、『ぬ』以外の日本語が流暢なだけに余計に『ぬ』が気になる。

 

「"ぬ"をつけるとサムライっぽい口調になると小耳に挟んだぬ。カッコよさそうだから試してみたぬ」

 

 なんかいかにも日本の文化を勘違いした外国人って感じだ。こう、『畳の部屋に住んでいるとサムライっぽくて試してみたぬ』とか言って畳の上にベットとか置いてそう。あと、『畳の部屋でお茶を飲むのが武士っぽくて試してみたぬ』とか言って畳の上でアールグレイとか紅茶のんでたりとかね。

 

「間違ってるならそれでも良いぬ。この場の全員を殺してから"ぬ"を取れば恥にもならぬ」

 

「いや、だったら今すぐ取ればいいのに。癖になってからだと直しずらいぜ?おっさん」

 

「ぬ……一理あるぬ。一本とられたぬ」

 

「……駄目だこりゃ」

 

 思わず突っ込んでしまったが、駄目だこの人。絶対に癖になってる。なんというか、なんとか『ぬ』を取れたとしても、後々に自分のイタイ『〇〇ぬ』って話し方を思い出して悶絶するパターンの人かもしれない。

 そんな俺の心配をよそにおっさんは自分の腕を自慢げにゴキゴキと鳴らす。そんな様子を見た殺せんせーが警戒を露わにした。

 

「素手……それがあなたの暗殺道具ですか」

 

「こう見えて需要があるぬ。身体検査に引っかからぬ利点は大きい。近づきざまに頸椎をひとひねり。その気になれば頭蓋骨も握り潰せるが」

 

 なるほど、確かに利点は大きいのかもしれない。だが、その利点を活かせるのは一部の強者だけだろう。

 この男、相当な手練に違いない。

 

「だが面白いものでぬ、人殺しの力を鍛えれば鍛えるほど暗殺以外にも試してみたくなるぬ。すなわち闘い、強い敵との殺し合いだぬ。だが、がっかりだぬ。お目当てがこのザマでは試す気も失せたぬ。雑魚ばかり1人で狩るのも面倒だぬ。ボスと仲間呼んで皆殺しぬ」

 

 ……すっげぇ。めちゃくちゃ物騒なこと言ってるのに『ぬ』が多すぎて全然怖くねぇ。人の語尾って大事なんだなぁ。

 場違いなこと考えてると徐にカルマが動く。展望通路の壁側に飾られていた観葉植物の木を無造作に掴み、仲間に連絡しようとしていたおっさんのケータイを窓に叩き付ける。

 

「ねぇ、おじさんぬ」

 

 おじさんぬって……カルマよ。流石にその呼び方はナメ腐りすぎじゃないだろうか。しかし俺の危惧は伝わらないらしい。

 

「意外とプロって普通なんだね、ガラスとか頭蓋骨なら俺でも割れるよ。ていうか、速攻仲間呼んじゃうあたり、中坊とタイマン張るのも怖い人?」

 

 変わらず挑発するような態度を続けるカルマ。

 

「よせっ!無謀——」

 

 すぐ様それを制止する烏間先生。けれどそんな烏間先生を今度は殺せんせーが声で止めた。

 

「ストップです、烏間先生」

 

 なぜ、カルマではなく、烏間先生を止めた!?

 そう思い、殺せんせーを見るが、殺せんせーは静かにカルマを観察しながら短く言った。

 

「アゴが引けている」

 

「……!?」

 

 この期に及んで何を言ってるんだ、殺せんせー。カルマと言えばナメ腐って人を見下すようにアゴを持ち上げて相手を挑発する生き物だろう?そう思ってカルマを見てみると、確かに彼の形の良いアゴは引けていた。 

 アゴを引いて、相手を正面から見据えてる。ある意味では今までのカルマから信じられない立ち姿だと思う。

 

「今までの彼なら余裕をひけらかしてアゴを突き出し、相手を見下す構えを取っていましたが、今は違う。口の悪さは変わりませんが、目は真っ直ぐ油断なく、正面から相手の姿を観察している。テスト以来少々なりを潜めていましたが、どうやら敗北からしっかり学んだようですね。存分にぶつかりなさい。高い大人の壁を相手に!」

 

 殺せんせーの激励を受けたカルマが歩き出すと殺し屋は戦闘態勢を取るように上着を脱ぎ捨てた。

 

「いいだろう。試してやるぬ」

 

 その一言を合図にカルマが本格的に動いた。

 手に持っていた観葉植物の木を暗殺者に向けて思いっきり叩き付ける。が、それは容易に塞がれてしまう。

 

「柔い。もっと良い武器を探すべきだぬ」

 

「——必要ないね」

 

 殺し屋は握り止めた観葉植物の木をそのまま握り潰すと挑発するように言った。そんな彼を相手にカルマは冷や汗をかいた様子で苦笑する。

 凄い。化け物染みた握力だ。そりゃあカルマも冷や汗をかくだろう。俺もあの男と対面していたのなら、同じく冷や汗をかいていたに違いない。

 しかし、カルマは冷静に対応していた。男の攻撃を全て避けるか捌いている。

 

「凄い。カルマくん。攻撃を避けるか捌いてる」

 

「烏間先生の防御テクニックですねぇ」

 

「……彼の戦闘の才能は頭一つ抜けているな」

 

 烏間先生の呟きに思わず頷いた。

 カルマは相変わらず喧嘩というか、潰し合い、殺し合いに長けている。俺と違ってゾーンは持っていないと思うけど、それだけカルマの才能がとんでもないものだと思う。

 

 カルマの才能に舌を巻いていると男の動きがふと止まった。そのまま、怪訝そうに眉を寄せてカルマに疑問を投げかける。

 

「……どうした。攻撃してこなくては永久にここを抜けられぬぞぬ」

 

 だから、『ぬ』が多いってば。

 

「どうかな〜。あんたを引きつけるだけ引きつけておいて、その隙にみんなを1人づつ抜けて行くのもアリかと思って」

 

「………」

 

 殺し屋がカルマを睨み付ける。その睨みを受けてもカルマは怯むことなく、男を真正面に見据えて拳を構えた。

 

「安心しなよ、そんなコスいことはしないから。今度は俺から行くからさ。アンタに合わせて正々堂々、素手のタイマンで決着を付けるよ」

 

「……素手のタイマンだぁ……?」

 

「の、乃咲?」

 

「いや、なんでもない」

 

 なんか、カルマらしくないセリフに思わず笑いそうになる。アイツは別に卑怯ってことはないが、正々堂々ってキャラでもない。そんな奴があえて正々堂々なんて柄にもないことを言ったもんだから、つい、思わず。

 それに素手のタイマンという時点ですでに胡散臭い。だってアイツ、毒使いのおっさんが使わなかった毒ガス持ってるだろ。

 

 まあ、そんなカルマの性根を知る由もない哀れな殺し屋は妙に張り切った顔を見せて彼を褒める。

 

「良い顔だぬ、少年戦士よ。お前とならやれそうぬ、暗殺家業では味わえないフェアな闘いが」

 

 おっさんも見たところノリ気な様だし、様子を守るとしようかな。

 

 数秒後、カルマとおっさんの闘いが始まった。

 

 拳に蹴りを織り交ぜた喧嘩殺法で攻めるカルマ。その攻撃を腕で受けたり、捌いたりするおっさん。

 カルマが上半身への攻撃を続け、下半身のガードが疎かになったタイミングでカルマが的確に攻撃を切り替え、おっさんの脛に痛烈な蹴りを喰らわせる。

 脛の激痛に顔を歪め、体勢を崩し、背中を見せる殺し屋。その明らかな隙をチャンスと見たカルマが一気に距離を詰めて攻勢に出る。

 

 けれどここで予期せぬトラブル発生。なんと、殺し屋のおっさんも毒使いのおっさんが持っていた毒ガスを持っていたらしく、無防備に突撃したカルマに毒ガスを浴びせてしまう。

 ガスを至近距離で、無防備に浴びてしまったカルマ。力が抜けて削れ落ちる様に倒れる彼の顔面を掴んだ殺し屋が勝ち誇った様に言う。

 

「一丁あがりぬ」

 

 こちらに背を向けて、カルマを片手で持つ殺し屋。彼に向かってクラスメイトたちから非難の声が殺到する。

 

「汚ねえ。そんなもの持っておいて何処がフェアな闘いだよ」

 

 吉田の一言に悪びれず男は答えた。

 

「俺は一度も素手だけとは言ってないぬ。拘ることに拘りすぎない。それもまたこの仕事を長くやっていく秘訣だぬ」

 

 と、ここで俺は違和感に気がついた。

 殺し屋のおっさんに顔面を掴まれてるカルマだが、一瞬見えた、おっさんの掌とカルマの顔面の隙間から見えた彼の口元はニヤリと歪んでいたのである。

 カルマの奴、無事だっただからかいつもの碌でもない悪戯を思いついた時の碌でもなさそうな悪い笑みを浮かべてやがる。

 

「至近距離のガス噴射。予期していなければ絶対に防げぬ——っ!?」

 

 おっさんの言葉が紡がれ終わると同時に顔面キャッチされてるアイツがさっき渡した毒ガスの入った容器を取り出し、殺し屋のおっさんの顔面目掛けて思いっきり噴射する。

 ……だよなぁ。手の内の読み合いでカルマが負ける訳がない。だってアイツは嫌がらせのプロだ。恐らくは何もかも作戦だったのだろう。カルマは敵に回したくないな、怖いから。

 

「な……なんだと……!?」

 

「奇遇だね、2人とも同じことを考えてた」

 

 ニヤリ、どころかニチャァとした笑みを浮かべるカルマ。うん。やっぱりE組の中でコイツが1番怖いわ。色んな意味で。

 

「なぜ、お前がそれを持っているぬ……?しかも何故、お前は俺のガスを吸ってないぬ……!?」

 

 殺し屋は脚をガクガクと震わせながら、立ち上がり、懐からナイフを出してカルマに特攻する。

 どうやら、この時点で勝敗は着いてしまったらしい。

 カルマは軽やかな体捌きでナイフを避けるとナイフと共に突き出された殺し屋の腕を掴み、関節技を決めた。

 

「ほら寺坂、乃咲クン、早く早く!人数とガムテ使わないとこんな化けモン勝てないって」

 

 そしてあっさりとタイマンの約束を破るカルマ。うん、やっぱり思った通りだ。寺坂も同じことを思ったらしい。

 俺に目配せしてくるので頷き返し、2人で駆け出して殺し屋のおっさんを拘束する。

 

「へーへー。まあ、テメーが素手のタイマンとかもっと(・・・)無いわな」

 

「ふんぎゃっ!?」

 

「そーそー、分かってるじゃん、寺坂。あ、乃咲クン、そっちの腕押さえて。このおっさんに変なポーズ取らせようよ」

 

「遊びたいのは山々だが、さっさと拘束するぞ。男子でコイツを抑えるから女子はガムテ巻いてくれ。あと、絶対に手のひらには触るなよ、掴まれたら終わりだと思ってくれ」

 

「「「へーい」」」

 

「「「はーい」」」

 

 殺し屋はあっという間にガムテで簀巻きにされてしまった。何重にも巻かれたガムテによって動きが阻害されて、身を捩ることすら出来ないらしい男が『くっ……』と悔しそうな声を出してカルマを睨みつけた。

 

「毒使いのおっさんが未使用だったの乃咲クンがくすねて俺が貰ったんだよ。使い捨てなのが勿体無いくらい便利だね、これ」

 

「何故だ……。俺のガス攻撃、お前は読んでいたから吸わなかったぬ。俺は素手しか見せていなかったのになぜ、お前は予期することができたぬ」

 

 殺し屋の言葉にカルマは別に得意げになるわけでもなく、当たり前の様に口を開いて言った。

 

「とーぜんっしょ。素手以外の全部(・・・・・・・)を警戒してたよ。アンタが素手の闘いをしたかったのは本トなんだろうけど、この状況で素手に固執し続ける様じゃプロじゃない。俺らをここで止めたいならどんな手でも使うべきだし、俺だってそっちの立場ならそうする。俺はアンタのプロ意識を信じたんだよ」

 

 ……カルマが相手の立場を考えて行動した、か。

 カルマの奴、なんか、変わったな。別に今までが周りへの配慮がないノンデリカシー野郎だったと言うつもりはないが、これまでのカルマはどこか自分が良ければ良いというか、自分にとって面白ければそれでいい。みたいなところがあった。

 そんな奴が相手のプロ意識を信じて逆手に取り、勝利を収めると言う偉業を成し遂げたというのは少し感動するな。

 

 俺が少し感動していると、殺せんせーが口を開く。

 

「大きな敗北を知らなかった彼は期末テストで敗者となって、身をもって知ったのでしょう。敗者だって自分と同じ、色々と考えて生きている人間なんだと。それに気付いた者は必然的に勝負の場で相手のことを見くびらなくなる。自分と同じ様に敵も考えていないか、頑張っていないか。敵の能力や事情をちゃんと見るようになる。敵に対して敬意を持って警戒出来る人。戦場ではその様な人を『隙が無い』というのです」

 

 隙の無いカルマ、か。それはとんでもない強さを秘めているんだろうな。……彼の今後を同じクラスで見れないのが残念だ。

 しかし、彼の成長を自分の糧にすることはできる。カルマに負けないくらい、俺だって成長してみせるさ。

 

 気持ちを新たにしていると、口を閉ざしていた殺し屋が自嘲するように、それでいてカルマを認めるように口を開いた。

 

「……大した奴だ。少年戦士よ。負けはしたが、楽しい時間を過ごせたぬ」

 

 ゾーンに入り、殺し屋を観察する。

 彼の意識の波長は依然として俺たちに向けられているが、もう戦意を感じ取ることはない。つまり、本当の意味で決着が着いたんだ。これ以上、ここで時間を潰す必要はないだろう。

 

 そう思って歩き出そうとしたその時、カルマが途端に陽気な声を上げた。

 

「へ?何言ってるの?楽しいのこれからじゃん」

 

「「………はい?」」

 

 俺と殺し屋の声が重なった。

 

 思わず出た素っ頓狂な声に内心で驚きながら、カルマを見ると、彼はなにやら楽しそうにズボンのポケットからドクロの絵と文句の書かれた小袋を取り出した。

 ちなみにこの嫌な雰囲気の漂う小袋に書いてある文句は『そなえあればうれしいね』である。

 

 カルマは笑いながら袋からカラシとワサビのチューブを取り出し、年相応に無邪気に笑って見せた。

 

「なんだぬ、それは」

 

「ワサビ&カラシ。おじさんぬの鼻の穴に捩じ込むの」

 

「なにぬっ!?」

 

 哀れ、おじさんぬ。アンタは地獄行きぬ。

 

「さっきまできっちり警戒してたけど、こうなったらもう警戒もクソもないよねぇ。この鼻フック入れたら、カラシとワサビを突っ込んで、専用クリップで鼻塞いでぇ、口の中に唐辛子の千倍辛いブート・ジョロキアぶち込んで、その上から猿轡して、処置完了!乃咲クンも一緒にやろうよ〜楽しいよ?」

 

 なんかとんでもないキラーパスが飛んできたがどうするべきか。反射的に断ろうとしてしまったが、少し考える。

 おじさんぬの、『頼む、コイツを止めてくれ』という縋るような視線を無視して、俺はいいことを思い付いた。

 

「の、乃咲くん?なんか、すっごい悪い顔してるよ……」

 

「ナァハッ、そんなことないよ、矢田さん。ちょっといいこと思い付いただけだから」

 

「圭一の奴、今まで見たことないレベルの笑顔だな」

 

「……なんか碌でもなさそう……」

 

 茅野の失礼な一言は聞かなかったことにして、俺はカルマからワサビを受け取る。

 

「さぁ、おじさんぬ、今こそプロの意地を見せる時だぬ?」

 

「止めて欲しければ仲間の人数を吐くことだぬ?」

 

「そ、それはできぬっ!?」

 

 望んだ答えが返って来なかったので、鼻の中にワサビをぶち込む。するとおじさんぬは絶叫した。

 

「モガァァァァァ!?」

 

「どう?言う気になった?」

 

「ぜぇ……ぜぇ……!な、仲間は売れぬ……!」

 

「カルマ、センブリ茶」

 

「はいはーい」

 

「ヌァァァァァァァ!?」

 

「仲間の人数は?」

 

「さ、最近の中学生はなんて惨い拷問を——」

 

「カルマ、ゴキブリ」

 

「ほいほーい」

 

「ピギャァァァァァ!?」

 

「もう一度聞くぞ、仲間は?」

 

「くっ、お前たちに屈するくらいなら殺されたほうがマシだぬ……!」

 

「はい、くっ殺頂きました。カルマ、奥田さんの作った悪臭物質」

 

「あはは、容赦ないねぇ。乃咲クン」

 

「グヌォォォォォ!!?」

 

 仲間の人数はどうあっても喋るつもりはないらしい。最終的にこの殺し屋のおっさんはカルマの手によってブート・ジョロキアを口の中にぶち込まれるとピクピクと痙攣して、その後はうんともすんとも言わなくなり、動かなくなった。

 

「お、おい、そいつ、死んでないだろうな……?」

 

「当たり前じゃん」

 

「お、俺、乃咲だけは怒らせないようにしよう……」

 

「「「さんせーい」」」

 

「……あれ、なんか俺、やっちゃいました……?」

 

 みんなからの散々な評価に思わず不満顔。

 まあ、こいつの口を割るためとは言え、少々調子に乗りすぎたかもしれないが。それに、結局は口を割らなかったわけだし。

 

「時間の無駄だったな」

 

「………。なんか、この殺し屋のおっさんが可哀想に思えて来た」

 

「だな。あんだけやっといて時間の無駄の一言で片付けられるとか」

 

 口々に殺し屋のおっさんに同情する仲間たち。

 

「ねぇ、殺せんせー。カルマくんも最近大人しくなった乃咲も大して変わってないんじゃない……?」

 

「……えぇ。2人とも将来が思いやられます」

 

 殺せんせーからの辛辣な評価を受けながら俺たちはまた先を急いだ。

 

 

 

 

 

 




あとがき

はい、あとがきです。
おじさんぬを虐めて圭ちゃんのSAN値は少し回復しました。

今の圭一にはまだ少しゾーンに入って相手を観察したり、戦闘にならない程度になら身体を動かす余裕はあります。
ただまあ、少し妙なテンションになりつつはありますがね(苦笑)

ご愛読ありがとうございます!
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