みなさま、本日もご愛読ありがとうございます!
書き終わりましたので投下します。お付き合いください……!
乃咲くんを置いて鷹岡の待ち受ける最上階に向かう。正直、体調を崩した彼を1人にするのは不安だが、何かあれば律が連絡を寄越すことになっている。誰か1人でも残すべきかと考えたが、この状況だ。動ける戦力は多いに越したことはない。
それに彼のことだ。口では心細いと言いつつ、誰か残ると言い出したら全力で俺の作戦に参加するよう説得したに違いない。
彼だけでなく、残して来た子供達を想い、俺にできる事があるとすれば確実に、かつ速やかに薬を奪取することに他ならない。
幸いにも、黒幕の正体と我々のターゲットである治療薬の姿や位置は把握出来ている。これは確実にアドバンテージだ。
敵の正体を把握していれば下手な動揺は生まれないし、ターゲットの姿と位置を把握出来ていると言うことは確保に手間取ることはないということ。その分余裕が出来るという訳でもないが、一刻も早く薬が必要な今、時間を短縮できるのはありがたい。
気配を消し、音を消し、呼吸音を抑え、黒幕の待つ部屋の扉を開け、奪い取った銃を握り直し、侵入する。
部屋は静かだ。奴が見ている監視カメラは音を拾うタイプではなかったらしく、律に見せられた映像の子供達が苦しむような声は聞こえてこない。ただ、代わりに時折り聞こえてくる薄ら笑いと何かを掻きむしる様なバリバリという音だけが聞こえて来る。
だが、生憎とその姿は見えない。それに聞こえて来る音もかなり遠い。恐らくこの静寂でなければ聞き逃していた。
続けて室内を観察する。部屋はだだっ広く、遮蔽物が多い。気配を消して接近するにはうってつけのロケーションだが、障害物が多いと言うのは同時に銃を使った射撃を行えるポジションが限られると言うこと。これが凶と出るか吉と出るか。
裏で待機していた生徒たちにハンドサインで指示を出す。まとめ役の磯貝くんが頷き、片岡さんと協力して指示を伝え、それぞれがさっき割り振った役割を果たせる様に構える。
誰1人として焦り、慌てる素振りを見せず、落ち着いた様子で頷き、指示があればいつでも動ける様に構えるその練度は中学生のレベルを遥かに超えているだろう。
不意に超生物の言葉を思い出す。律を含め16名の特殊部隊。その評価は間違っていなかった。数十メートルの崖を難なく登り、一般客に紛れた殺し屋を見抜き、鍛え抜かれた暗殺者を打倒し、潜入任務をこなし、挙句に銃撃戦を繰り広げ、手元にある僅かな情報だけで黒幕の正体を暴き、勝算のある作戦を立てる。
これがこのホテルに入ってから彼らが成し遂げて来た難業。こうして列挙して、その字面を見てみると分かる。彼らの能力の高さが。はっきり言って異常だ。
だが、その異常さが今は非常に頼もしい。この場においても、暗殺においてもだ。事実、彼らは我々精鋭が指一本触れられなかった超生物を行動不能にまで追い詰めた。今、彼らを失うことは地球存続の可能性の損失に他ならない。
教師として、大人として、監督者として、同じ標的を目指す同志として、防衛省としても、彼らを失うわけにはいかない。
我々から発せられる存在感を可能な限り殺して部屋を進む。一歩一歩、慎重に、けれど速やかに。
生徒たちも上手く気配を殺している。動きにも淀みはなく、精度はかなりのもの。日頃から音を消して動くことを心がけていたのだろう。最近は教室での暗殺も物音は立たなくなり、足音を立てて走る者も居なくなった。
一人一人の練度は素晴らしい。だが、それでも俺を含め、全員が完璧に気配を消せるわけではない。生きているのだから当然、呼吸はする。ある程度、セーブできても、息をしないなんてことはできない。最低限、存在感は出てしまうのは必然だ。
乃咲くんの言葉が蘇る。『いくら衣擦れと呼吸や足音を消せても完璧に気配を消すなんてできない。それにこれだけの人数がいるのだから、遅かれ早かれ、侵入はバレる』
まさにその通りだ。律やここにいない乃咲くんを除くとここにいるのは15名。これだけいるとやはり、多少は存在感が出る。
上手く接近出来たとしても、近付けば近付くほどにその多少に奴は気付くだろう。そう考えるべきだ。
そうなるとやはり、速攻を仕掛けるべきなのかも知れない。本来は出来るだけ近付き、取り押さえることがベストだと考えていたが、多少、距離があったとしても腕を撃ち、奴を無力化し、起爆ボタンの確保に動く。血を見せることになってしまうが、生徒たちの安全を考えるならそうするべきだろう。
皆に指示を出し直す。俺が撃ったら全員で襲い掛かれ。その指示に多少の動揺が走ったが、それでも彼らは頷く。
全員に指示が行き渡ったのを確認し、改めて進む。ジリジリと、それでいて確実に奇襲を仕掛けられる場所へと。
進みながら考える。より確実で安全な策。周囲の遮蔽物や空間を活かした戦略を。だが、やはり選択肢は限られる。
屋内で、この人数で、かけられる奇襲作戦。そういう意味では乃咲くんの考案した作戦は的確だった様に思う。
爆弾を起爆するまでのタイムラグを考慮し、強襲。銃でそれを援護すると言うのは現状で取れる最善なのかもしれない。
思えば作戦の主軸に木村くんと岡野さんを選んだのは単に機動力を買ったわけではなく、この室内の状況に合わせた最速を取れる人選だった。遮蔽物が少ないのであれば走力のある木村くんが、遮蔽物があるのならば身軽な岡野さんで先手を取るという意図があったに違いないだろう。そんな戦略をあの僅かな時間で組み立てる思考力には舌を巻く。
だが、感心してばかりもいられない。彼の考えた作戦が理に叶っていると思うのなら、決行できる状況を作らねばならない。俺も彼も危惧したように2人を突っ込ませるのは危険すぎる。
だが、逆に言えばその危険さえクリアしてしまえば一番現実的な策であると言うこと。工夫次第でやってみる価値は充分すぎるくらいにある。
敵は奴1人。対してこちらは俺を含めて15人。無力化さえ出来れば勝負は一瞬で決まる。
起爆ボタンに近い方の腕を狙う。そのつもりだったが、可能なら両腕を撃ち抜くべきかもしれない。流してしまう血の量は増えるだろうが、それでも子供達の命には代えられない。本来ただの学生でいられた彼らを巻き込んだのは我々大人なのだから。
大人として、プロとして責任を果たす。
最悪の結末を迎える覚悟を決め、最後の遮蔽物の背につき、我々のターゲットの様子を盗み見る。
バリバリと何かを掻きむしる音は奴から発せられていた。テーブルに頬杖を付き、顔を掻く奴の後ろ姿を見て俺と乃咲くんの考察が間違っていなかったことを確信する。
前回会った時に比べて体型はスマートになっているが、あの後ろ姿は元同僚である、鷹岡明で間違いない。
生徒たちも同様にその姿を見て鷹岡であると確信したらしい。彼らの顔に緊張が走るのを見た。
一応は同僚。信じたくはなかったが、こうして姿を確認した以上。鷹岡は我々の敵であることが確かなものになった。
そしてその後ろ姿の手前には律が見せてくれた映像と同様にスーツケースが鎮座している。その外装には精鋭時代に作らされたプラスチック爆弾の起爆装置が取り付けられている。
続けて視線を動かし、奴が腕をのせているテーブルを見る。頬杖を付いている側には黒くて薄い箱があった。その箱の中心には赤いボタンが一つ。間違いない。アレが起爆スイッチだ。
「………」
皆に視線を向け、作戦開始の合図を送ると全員が控えめに頷き返してくる。皆の覚悟も決まった、狙うべき場所は決まった、ならばあとはこの引き金を引くだけ。
頬杖をつくその右肘を破壊するべく照準を付ける。まずは右手の自由を奪い、リモコンを取るべく伸ばすであろう左手を続け様に狙い、確実に無力化する。
「かゆい」
引き金に指を掛けたその時、鷹岡が口を開いた。独り言にしては声量が大きい。なにより、このタイミングでの発言。間違いなく我々に気付き、明確な意図を持って声を出したのだろう。
だが、そんなことは関係ない。我々の目的は薬の確保であって、奴との対話ではない。構うことなく指先に力を入れようとしたその時。ジャラリ、と硬いものが擦れ合う音を聞いた。
発生源は奴の左腕の下。それも音から察するに一つ二つが擦れたのではなく、大量に物が擦れている。鷹岡はこの状況下でまだ何かを隠し持っている。咄嗟に警戒を強める。
ここで撃たなかったのは幸か不幸か。警戒を強めた一瞬の隙をついて奴が動く。左腕の下に忍ばせていた大量の何かを適当に掴み取り、乱雑に放りなげ、床にばら撒く。
そして、奴が投げたそれを見て、投げた本人を除いた全員が信じられないと言わんばかりに息を呑むことになった。
投げられ、ボトボトと音を立てて床に落ちる、無数の黒くて薄い長方形の箱。それには見覚えがあった。奴が爆弾を起爆させるのを防ぐ。その上でキーになってくる起爆用のリモコン。無造作に投げられたのはそんなリモコンの山だった。
間抜けなことに呆気に取られた。我々にとってこれは想定外の出来事だ。乃咲くんの考察した筋書きにはなく、恐らくは渚くんの腕の中にいる超生物も予測していなかったのだろう。結晶体の中で冷や汗をかいているのが見えた。
完璧な不意打ちに我々は身動きが取れなくなる。仮に作戦を断行した時、まだリモコンを隠し持っていたりしたら、奴が倒れ込んだだけでスイッチが押されてしまう可能性があるから。
身動きは取れないが、それでも銃を下ろすことなく奴に向け続け、なにか攻略の糸口がないかを思案する。
「思い出すと痒くなる。生意気なガキ共に受けた仕打ちを思い出すと顔が痒くて仕方がない。でも、そのせいかな。いつも傷口が空気に触れるから感覚が鋭敏になっているんだ」
椅子の上で手を組み、背中を預けた背もたれに体重をかけながら邪気の孕んだ声で語り続けた。
「言っただろう。もともとマッハ20の怪物を殺す準備で来てるんだ。リモコンだって予備を作る。マッハで奪われても対応できるくらいの数。うっかり俺が倒れ込んでも押すくらいにな」
椅子がゆっくりと回り出す。焦らすように、ウィルスで苦しむ生徒たちの苦痛の時間を引き延ばすように。
「悪い子達だ……。恩師に会うのに裏口から来る。父ちゃんはそんな風に教えたつもりはないぞ」
時間が凍り付いたかのような長い溜めの後、ようやく奴が振り返る。我々と向き合った奴の顔は以前のような形だけでも教え子からの信頼を得ようとする笑みを忘れていた。
歓喜、狂気、憎悪、嫌悪。それらを煮詰めたかのような形容し難いオーラを纏い、掻き傷でボロボロの顔をグシャリと歪めて壊れたような気味の悪い笑みを浮かべる。
「どう言うつもりだ、鷹岡……!防衛省から盗んだ金で殺し屋を雇い、ウイルスで生徒たちを脅すこの凶行!決して、許されることではない!自分が何をしているのか分かっているのか!?」
「酷い言い草だなぁ、烏間ぁ。凶行?おいおい、よしてくれよ!俺は至極まともだぜ?地球を救う為に動いてるんだからよぉ?」
ケラケラ笑いながら鷹岡は立ち上がると薬の入ったスーツケースを持ち、狂気の憎悪の増した目をこちらに向ける。
「屋上へ行こうか。愛する生徒たちへ歓迎の用意があるんだ。着いてきてくれるよなぁ、お前たちのクラスは俺の慈悲で生かされてるんだから。夏休みの特別補習と洒落込もうぜ?」
我々はその言葉に従うしか無かった。あのケースに付けられているのはプラスチック爆弾。あれが習った通りの構造をしているのならその威力は俺が想像している通りのもの。この密閉され衝撃の逃げ道がない空間で爆破されようものなら俺はともかく、生徒たちがただではすまない。
爆破される前に距離を詰めると言うのも奴の顔を見れば現実的でないことが分かる。あの狂気と憎悪で満たされた顔を見れば嫌でも悟る。鷹岡はダメージを負うことを分かっていながら自爆を選ぶ。それで生徒たちを殺せるのなら。奴はそうする。
奴の背中を追い、屋上へ向かう。不幸中の幸いはこのホテルの構造上、最上階の客室も他のフロアと同じように降りと登りの階段が分かれていることで乃咲くんと鷹岡が鉢合わせることがなかったことだろう。今の奴に捕まれば人質にされることはおろか、最悪殺されてしまうのも想像に難くない。
階段を登り、屋上へ。薬を奪う機会を伺い続けるが、奴がリモコンをあと何個持っているか分からない以上、迂闊に動くことは出来なかった。不甲斐なさに思わず拳を握る。
何かないか。この状況を打開する一手は。奴から薬を取り上げ、その上で無力化する術は……!
「これは地球を救える計画だった。そこの2人に賞金首を持って来させさえすればスムーズに仕上がったのになぁ」
「……?」
「計画ではな、茅野とか言ったっけ?そいつを使う予定だった。対先生弾をたっぷり敷き詰めたバスタブの中に賞金首ごとセメントで生き埋めにする。対先生弾に触れずに元の姿に戻るには生徒ごと爆発しなきゃいけないって寸法さ。生徒思いの殺せんせーはそんな酷いことしないだろぅ?」
「……狂ってやがる……!」
皆の気持ちを代弁するように寺坂くんが吐き捨てる。
奴の語った作戦の生贄に選ばれていたことを知った茅野さんは戦慄で顔を凍て付かせていた。
「言ったろ?俺はまともさ。むしろこっちが正気を疑いたいねぇ、大人しく交渉に乗ってれば他の連中は助けられたかもしんないのに動ける全員で乗り込んでくるんだもんなぁ。気づいた時は流石に肝を冷やしたが、やることは変わらない。お前らを生かすも殺すも俺の機嫌次第なんだからなぁ」
「……許されると思いますか?そんな真似が……!」
怒りで血管を浮き上がらせた超生物のドスの効いた声。奴に身体があったのなら間違いなくその体色は黒く染まっていた。
だが、そんな声も意に返さず、鷹岡は言葉を続けた。より一層の激情を孕んだ瞳を渚くんに向けながら。
「人道的な方さ。お前らが俺にした仕打ちに比べりゃあな。お前らの所為で俺の評価はダダ下がりよ。連中に向けられた屈辱の視線、鳩尾を殴られてゲロを吐いた不快感、不意打ちで突き付けられたナイフが頭ン中をチラつく度に痒くて痒くて眠れなくてよぉ……。ストレスでおかしくなるかと思ったぜ……!」
今まさに思い出しているのだろう。その屈辱の記憶を。バリバリと息を切らしながら顔を掻きむしる鷹岡。
その異様な姿、光景に誰もが呆気に取られた。身動きが取れず、奴が満足するまでその狂気を見続けた。
息を切らし、更に狂気に染まり深く濁り切った瞳は相変わらず渚くんを捉え続ける。標的を痛ぶり、食う捕食者の眼。
「落とした評価は結果で見返す。受けた屈辱はそれ以上の屈辱で返す!特に潮田渚ぁ!俺の未来を汚したお前は絶対に許さねぇ。無様に泣き叫ぶまで痛ぶり、そして殺す。絶対にだ」
「……」
その言葉に俯く渚くん。だが、直ぐに顔を上げて鷹岡と向き直る。その目には怯えがあったが、前もって乃咲くんに忠告されていたこともあってか、驚いているようには見えなかった。
「……アイツの言った通りか。背が低い生徒を要求したのはやっぱり渚を狙う為だったんだ……!」
「完璧な逆恨みじゃねぇか……!」
千葉くんと吉田くんが吐き捨てる。
「へ〜、じゃあ渚くんはアンタの恨みを晴らす為に呼ばれたわけ?その体格差で勝って嬉しいの?情けないねぇ、鷹岡センセ。俺ならもーちょっと楽しませてやれるけど?」
「トチ狂いやがって……!ふざけんなや、テメーが作ったルールの中で渚に負けただけだろうが。言っとくけどな、あん時、テメーが勝ってようが、負けてようが、俺らテメーのことが大っ嫌いだからよぉ……!!」
渚くんを庇うように挑発し、身体を滑り込ませる赤羽くんと声を荒げる寺坂くん。彼の叫びが皆の意見の代弁であることを肯定するように生徒たちが険しい顔で鷹岡を睨み付けていた。
生徒たちの敵意を一斉に向けられた鷹岡がヒステリックに唾を撒き散らしながら声を荒げる。
「ジャリ共の意見なんて聞いてねェ!!俺の指先一つでジャリが半分減るって事、忘れんなッ!!」
明確な脅しと勢いに飲まれて閉口する。
「チビ、お前1人で登って来い。ヘリポートの上まで」
スーツケースを揺らし、ガツガツと態とらしい足音を立てて鷹岡がヘリポートへ掛けられた梯子を登る。
「渚!行っちゃダメだよ!」
茅野さんが必死な声で渚くんを制止するが、彼は一度俯き、覚悟を決めたように顔を上げると、手に持っていた賞金首を彼女に投げ渡し、鷹岡の待つヘリポートへと歩き出す。
「……行きたくないけど、行くよ」
「速く来いオラァァァァァ!!!」
鷹岡の雄叫びにも似た怒鳴り声。それが自分に向けられていることに自嘲気味な薄ら笑いを浮かべる。
「あれだけ興奮してたら何をするか分からない。話を合わせて、冷静にさせて、治療薬を壊さないように渡して貰うよ」
何をするか分からない。まさにその通りだ。今の獣性剥き出しの鷹岡は何をするか分からない。今、こうしている間にもその手に持ったリモコンのボタンを押すかもしれない。
我々の行動の一挙手一投足で治療薬が消し飛ぶ。今、俺たちにできる行動はあまりにも限られていた。
「渚くん……」
「行ってきます、烏間先生。みんなを頼みます」
一度だけこちらに振り返り、梯子に足を掛けてヘリポートへ上がってゆく。彼が登り切った所で鷹岡は梯子を外すとヘリポートの下へと無造作に捨て、移動手段を断ち切った。
「これで誰も登って来れねぇ。足元のナイフを見て俺のやりたいことが分かるだろ?この前のリターンマッチだ」
「待って下さい、鷹岡先生。戦いに来たわけじゃないんです」
「だろうなぁ、この前みたいな卑怯な手は通じねぇ。一瞬で俺にやられるのは目に見えている」
ここに来るまでの身勝手な狂気に任せた言動の中でたった今言い放ったその言葉だけは奴が正しい。
鷹岡は腐っても精鋭。不意を突いて殺す暗殺はもう奴には通用しないだろう。前回のこともあり、渚くんを油断なく警戒している筈だ。暗殺ならまだしも、戦闘では勝ち目などない。彼らは殺し合いの訓練なんて受けていないのだから。
「だがなぁ、一瞬で終わっちまったら俺としても気が晴れない。だから、闘う前にやることやって貰おうか」
鷹岡は歪んだ笑みで地面を指差す。
「謝罪しろ、土下座だ。実力がないから卑怯な手で奇襲した。それについて誠心誠意謝って貰おうか」
逆らったら何をするか分からない。薬を爆破されるかもしれない。そんな嫌な想像で突き動かされた渚くんが膝を突く。
「僕は……」
「それが土下座かァ!?バカガキが!頭地面に擦り付けて謝ンだよぉ!こちとら今直ぐジャリを減らしても良いんだぜ?」
その脅しに渚くんは迷わず頭を下げた。冷たい地面に額を擦り付け、ポツポツと絞り出すように言葉を紡ぐ。
「僕は実力がないから卑怯な手で奇襲しました。ごめんなさい」
「おう、その後で偉そうな口も叩いてくれたよな、『出ていけ』とかよぉ。舐めた口聞いてくれたよな、ガキの分際で大人に向かって、生徒が教師に向かってだぞ!」
「ガキの癖に、生徒の癖に、先生に生意気な口を叩いてしまい、すみませんでした。本当にごめんなさい」
その屈辱的な光景に握った拳が血を滲ませる。情けなかった。中学生に土下座をさせている我々大人の不甲斐なさが。
自らが作ったルールで敗北しておきながら逆恨みし、大勢の命を危険に晒している同僚。
そして、今、こうしてなす術なく理不尽な目にあっている教え子を前に見ていることしか出来ない無力な自分が。歯痒くて、もどかしくて、情けない。
渚くんの土下座を見た鷹岡が今日一番の狂喜を見せる。
「……ッ」
「落ち着いて下さい、烏間先生。あなたが感情的になってしまっては皆が不安になる」
「……分かっている……」
賞金首に嗜められ、深く息を吐く。激情に震えることが今やるべきことではない。現状の打開。それが最優先事項。
だが、どうすればいい……。どうしたらこの最悪な状況を変えられる?何をしたらこの状況を覆せる?
「私とて渚くんにあそこまでさせてしまったこと、不甲斐なくて仕方ありません。ですが、その反省会は後に回しましょう。我々にはまだ、出来ることがある筈です」
ヘリポートの上で悦に浸る鷹岡には届かず、この場に残った俺たちにだけ聞こえる声で賞金首が言った。
「出来ることって、この状況で何が出来るの……?」
片岡さんの疑問は当然だった。我々は身動きが取れない。銃を奴に撃てば倒れた拍子に起爆ボタンを押してしまう危険もある、渚くんの元に駆けつけようにも梯子は落とされている。
「鷹岡先生のミスはリモコンを大量に作り、その事実を我々に伝えてしまったこと、そして見せつけるようにばら撒き、回収しなかったことです。それさえなければ我々は本当に身動きが取れなくなり、打つ手がなくなるところでした」
「何言ってるんだよ!?そのリモコンが大量にある所為で烏間先生も千葉も狙撃できないんだろ?」
「その通りです、木村くん。ですが、そのリモコンを我々が確保出来ていればどうなるでしょう?みんなで突入する前の作戦会議を思い出してください」
その言葉に静まり返る生徒たち。渚くんに屈辱を与え、満足しているらしく、俺たちに興味を示さない鷹岡はニヤニヤと彼を見下しながら治療薬へと歩いてゆく。それでも賞金首は言葉を続けた。我々に希望を示すように。
「あれはプラスチック爆弾。相当な威力を持つ装置です。近くで爆発したらただではすまない。そんな爆弾のリモコンを確保できれば、誰よりも爆弾の近くにいる鷹岡先生を追い詰める、あるいは交渉の席に着かせる武器になると思いませんか?」
「なるかもしんないけど……!でも!私たちはそのリモコンを持ってないんだよ!?どうしようもないじゃん!」
「えぇ。その通り。我々は持っていません。ですが、忘れていませんか?今、この瞬間も我々のスマホを通して情報を得て、状況を俯瞰し、この最悪の状況を覆せる最適解を出し、実行できるポジションに居る人物がいることを」
「…………」
「思い出してください。烏間先生。ここに乗り込んだ時に貴方が指揮していた特殊部隊は何人だったか。そして、渚くんを含め、この屋上にいる隊員は何名なのか。……1人足らないんじゃありませんか?」
……このホテルに潜入した時、生徒は16名だった。そして今、この屋上にいるのは律を含め15名。確かに1人足らない。
「あと1人って……まさか……!?」
磯貝くんが信じられないと言わんばかりに驚く。潜入したメンバーでここにいない人物は彼しかいない。
ここに通じる階段のドアを振り向きそうになる生徒たちに指示を出して鷹岡たちに視線を向け続けるように促す。コイツのいう通り、もし、本当に彼がここに来るのであれば、それを奴に悟られてはならない。
だが、本当に来るのか、来れるのか、あのフラフラな体で。ウィルスにやられて満身創痍のあの様子で。とてもじゃないが動ける身体ではない筈だ。仮に動けたとしても無茶をしているに違いない。ここに来るまでに倒れている可能性だってあり得る。
——大丈夫です、烏間先生。俺を信じてください
彼の言葉が脳裏を過ぎった。以前、鷹岡と彼が対峙した時にあの少年が言った一言が引き金になったかのように胸に入れたスマホから律の声がした。
『皆さん、そのままで聞いて下さい』
彼女の声に全員が耳を傾ける。耳を澄ましてようやく聞こえるか、聞こえないかの声量。恐らくは鷹岡に悟られないための配慮だろう。そしてその配慮が示す意味は一つしかない。
『これから何が起こっても動揺せず、彼からの合図を待ってください。彼の合図と共にヘリポートの照明を最大出力で稼働させます。それが作戦開始の合図です』
あの子は来ている。我々の直ぐ後ろに。そして、作戦を組み立てていた。我々が手をこまねいている間にも虎視眈々とこの状況を覆す最善の一手を。
「さぁ、皆さん。反撃の時です……!」
賞金首の言葉と同時に鷹岡が動く。目の前の渚くんに、そして手の届かない位置にいる我々に見せつけるように、煽るように、スーツケースを持ち上げ、振りかぶる。
「あのウィルスにやられた奴の末路は全身ができものだらけになって顔面がブドウみたいになるんだぜ?笑えるだろ?夏休みの観察日記にしたらどうだ?お友達の顔面がブクブクとブドウに化けて行く様をよぉ……!!」
スーツケースの持ち手から手が離れるその瞬間を見計らったように屋上の扉が勢いよく開かれる。
そこに現れたのは短い銀髪。扉に身体を預け支えとする事で辛うじて立っている、ほうほうの体の少年。熱に浮かされ、ふらつく体に鞭打って、死に物狂いでここまで来た事が想像に難くない様子の俺たちの教え子がそこにいた。
「動くなぁっ……!!!」
今にも倒れそうな様子から想像もつかない裂帛の怒声。
鋭い眼光で鷹岡を睨み付け、奴のばら撒いたリモコンの一つを銃のように向ける乃咲圭一がそこにいた。
あとがき
はい、久しぶりの烏間先生視点でした。
磯貝、カルマ、渚、烏間先生の誰にするかで悩んで、烏間先生にしました。いやぁ……難産だった。
緊張感を持たせるべき場面の描写って難しいですね。上手くやれた気がしません(涙)それとヴィランの描写もむずいです……鷹岡……こんな感じでいいかなぁ……?
まあ、過ぎたことを言っても仕方ないので開き直って投下しました(笑)
さて、次回は圭ちゃん視点に戻ります。果たして彼は何を思って屋上まで追ってきたのか。それはまた翌週と言うことで!
今回もご愛読ありがとうございます!