暗殺教室 不良児は認められたい   作:ZWAARD

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加えて高評価や感想、誤字修正ありがとうございます!

今回も投下しますのでお付き合いください……!


57話 逆転の時間

 

「おいおい……」

 

 スーツケースを振りかぶった姿勢のまま、鷹岡が狂気で顔を歪め、楽しそうに、嬉しそうに顔を歪めた。

 食後のデザートでも出されたかのような嬉々とした子供の様な表情のまま、こちらを見つめる鷹岡が唾を撒き散らしながら大きく肩を上下に揺らし、大袈裟な動きで喜びをアピールする。

 

「乃咲じゃねぇか!なんだよぉ、お前も来てたのか?父ちゃん、会いに来てくれないんじゃないかって寂しかったんだぞ?いやぁ、嬉しいなぁ、でも——やっぱりテメェは悪ガキだよ。恩師に向かって何だ?その態度は。俺の指先でテメェも死ぬんだぜ?」

 

「笑わせんな、やれるもんならやってみろ。その爆弾、相当な威力だろ。間近で爆発したらお前もタダでは済まない。自爆を避ける為にはそれを投げ飛ばすしかないだろ。その前に俺が起爆させてやる。テメェも道連れだよ、クソ野郎」

 

「おぉ、怖っ。ただでは死なないってか?いいねぇ、その殺意。渚くんってば殺意も覚悟もなくてよ?退屈だと思ってたんだぁ。なんだよ。ここに立たせるのはテメェでも良かったなぁ」

 

「ハッ、なんなら今からでも渚と変わってやろうか?煽った中学生にワンパンされてゲロ吐き散らかす精神的にも衛生的にも汚ねぇ大人の姿をみんなに見せつけてやるよ、雑魚が」

 

「——調子くれてんじゃねぇぞ、クソガキ……!」

 

「事実を言われたからってヒステリックになるなよ、みっともねぇ。そんなんだから烏間先生に勝てねぇんじゃねぇの?そもそもテメェが本当に有能なら初めから俺たちの監督役に選ばれるはずだろ?実力も下、器量も皆無。何一つとして勝てるものがない癖にそんなんで良く俺たちの烏間先生に対抗心抱けるよな、片腹痛い。身の程ってもんを弁えろよ、三下ぁ!」

 

「テメェェェェェッ!!」

 

「お?なんだ、プッツン来たんか?笑わせんなよ、一丁前に人語喋ってるんじゃないぞ、鶏肉が」

 

 自分でも引くくらい鷹岡を煽り倒す。 

 ちなみに罵倒のレパートリーはカルマで増やした。断じてアレコレ頭に来て思い付く限りに罵倒してるわけではない。多分。

 これもあくまで作戦の一環。奴から冷静な思考を奪うための一手であり、決してやけっぱちになってるわけではない。恐らく。

  

「まあ、でも言い過ぎましたね。大人相手に暴言吐いてすみませんでした。誰だって本当のこと言われたら頭にきますよね。例えどんなに残念な出来の頭でも。俺としたことが気が回らずにさーせん。大人の余裕と俺たちを生かしてくれてるって言うふかーい慈悲の心で許して下さいよ、鷹岡セーンセ」

 

「上等だよ、ぶっ殺してやらぁ!」

 

 ナイフを拾い上げ、鋒が俺に向けられる。

 だが、奴はヘリポートの上。俺たちの元に繋がる架け橋は自身が落とした為、その刃は逆立ちしても決してこちらに届くことはない。ただ感情に任せてナイフを見せびらかしているだけだ。

 

「やれるもんならやってみろって。逃げも隠れもしねぇよ。でも、まずはその爆弾を解除しろ」

 

「あぁん?やるわけねぇだろが!」

 

「状況が分かってねぇみたいだな、お前に選択肢はねぇよ、鷹岡。リモコンがこっちにある以上、テメェは下手を打てねぇし、銃が2丁ある俺たちが圧倒的に有利だ。射線を遮る物がないこの場でお前が俺に一矢報いることなんてのは100%不可能だ!」

 

 イキる。ひたすらにイキり散らかす。言葉の要所要所にアイツがこっちの手札や思考を読めるだけの情報を散りばめて、煽り、イキり、俺への悪意や敵意、反感を高め続ける。

 

「乃咲……」

 

「渚、そいつから離れろ。バカが移る」

 

 細部まで煽りを忘れない。嫌がらせの極意は手間暇を惜しまないこと。どんな小細工にも全力を尽くす。

 どれだけ強気な言葉を発していても、身体が不調な以上は持ち前の戦闘力で不測の事態に陥った時のフォローが出来ない。だから、可能性を高める為に凡ゆる手を尽くす。

 

 律の前で絶対に成し遂げると宣言した以上、失敗は俺のモットーが、プライドが、何より自分自身が許さない。

 ふらふらの身体で敵を必要以上に煽り倒し、イキがる様はきっと側から見ていて無様も良いところだろう。それでも、俺はなりふり構わず任務遂行の為に必要な行動を取り続ける。

 

「……わぁったよ、そうだな。まずは爆弾を解除してやらぁ。テメェの言う通りだ、乃咲。このままじゃ千日手だ。ラチがあかねぇ。俺だってテメェらとこんなところで睨み合いを続ける程、暇じゃねぇんだ。お望み通りにしてやらぁ」

 

「分かってんならさっさとしろよ、とろいな」

 

「いい気になりやがって……!」

 

 忌々しげに吐き捨てて、ナイフを片手に持ち、スーツケースを地面に置いて、しゃがむ鷹岡。ヘリポートが俺たちの足場よりも高い位置にある関係でしゃがんだだけでアイツの体が半分以上、俺たちからは見えなくなる。

 岡野や茅野が奴の姿を見失ったのか、一瞬、背伸びしてヘリポートを見つめたその時、奴がほくそ笑んだのを俺は見逃さない。

 

 低身長組と違って今だに目が合う烏間先生、俺、カルマ、磯貝、菅谷、片岡に見せつけるように心底わざとらしく部品を数個外して放り投げ、ナイフを使って爆弾の配線を切り、解除したぞと言わんばかりに爆弾を掲げる。

 

「烏間先生、あの爆弾はアレで無力化出来るんですか」

 

「あぁ。部品を外し、爆弾としての能力を失わせ、極め付けに配線を切っていた。あの配線は受信機のもの。少なくとも、リモコンで起爆させることはできないはずだ」

 

 烏間先生の言葉を信じて起爆のボタンを押したが、本当に何も起こらない。これで爆弾を無力化できた。

 使い道がなくなったリモコンを俺が無造作に投げ捨てたのを見たクラスメイトたちの顔に安堵の色が芽生える。

 

 だが、薬がまだ奴の手の内にある以上、油断は出来ない。俺は次の作戦に打って出る。奴が望んだ展開を見せる。

 

「さぁ、さっさとその薬を置いて大人しくろ。もはやお前に打つ手はない。逃げ場はないぞ。無駄な抵抗はやめて投降しろ。お前には俺はおろかその他、誰1人として殺せはしない」

 

 煽り、イキり倒した次は勝ち誇る。ビッチ先生から学んだ自分で自分を演じる技術で顔や雰囲気を作り、勝利に酔いしれ、一気に気が緩んだ小物を全力で演じる。

 

「やったぞ、これでみんな助かるんだ!」

 

 高笑い混じりに思わず前に出た感じを演出して一歩踏み出し、覚束ない足取りの所為で膝から崩れ落ちる。こればっかりは演技ではない。素で崩れ落ちた。

 

「乃咲っ!」

 

 だからこそ、仲間たちは俺のことを心配し、誰もが一瞬、鷹岡から視線を外し、隙が生まれた。

 

「はっ……!バカが!!」

 

「っ!鷹岡ぁ!」

 

 鷹岡の勝ち誇った声、それにいち早く反応した烏間先生の怒号と同時に発せられるつんざく発砲音。

 だが、それは鷹岡を捉えることはなかった。しゃがんだ鷹岡はそのまま身体を投げるように横に転がった。結果的に奴がしゃがんでいたことで射線が限られ、的が小さくなり、烏間先生の弾丸は奴の薄皮一枚を抉る程度で終わり、その行動を阻むことはできなかった。

 

「あはははは!詰め甘ぇ。なにも爆発だけがコイツを処理する方法じゃねぇんだよ、乃咲ぃぃ!」

 

 勝ち誇った声だった。事実、勝ちを確信していたのだろう。俺を出し抜いたと思ったはずだ。回転の勢いを殺さず、奴は器用に身体を捻って治療薬を力一杯放り投げた。ヘリポートや屋上ではなく、虚空。下には地面が広がる宙に向かって。

 ケースの重みで勢いは大したことは無かった。飛ぶ角度も大したことはない。投げた直後からその重みで下降を始める。勢いも角度も大したことはない。だが、ヘリポートから屋上の外へと投げ捨てるには充分だった。

 

 鷹岡と俺、そして殺せんせーを除いた誰もが凍りついた。宙を舞うスーツケースを見て、思ったに違いない。折角爆弾を解除できたのに、希望が見えたのに、と。

 一方で鷹岡は思っただろう。ざまあみろと。俺たちを殺せたと、希望を奪ったと、この俺の鼻っ柱を折ることができたと。

 

 奴が見つけたとほくそ笑んだ俺の隙。勝ったと確信したその瞬間が予定調和だと知る由もないだろう。

 事実、崩れ落ち、体制を崩したのは紛うことなく俺の素だった。演技ではない。騙すための嘘などかけらもない。だが、そこに計算が無かったかといえばそうではない。

 

 ここに来るまで散々転んだ。一歩歩くたびに膝から崩れ落ちた。支えがなければ自分がまともに動くことができないことを俺は把握していた。だから作戦に盛り込んだ。奴が思わず付け込みたくなる隙をごく自然に作る為に。

 結果、上手くいった。勝利を確信して勝ち誇り、思わず前に出た瞬間、崩れ落ちて隙を作った。奴が飛び付くであろう隙を、演出した。俺の素の反応だったからこそ、仲間たちはこちらを心配して奴から注意を逸らした。

 

 それが仕上げだった。限られる射線、離れた注意、そして生まれたほんの一瞬の極々僅かな隙。だが、奴が飛び付くには充分すぎる俺たちを殺し勝ち誇ることができる可能性が。

 

「あんたが単純で助かったよ」 

 

「あぁん!?」

 

 奴に聞こえるように言い捨ててゾーンに入る。

 世界は瞬時に色と音を失い、動くもの全てがほぼ静止した。空気が物理的に重くなり、体に纏わり付く。

 さっきの銃撃戦で撃たれた時のような感覚ではない。モノクロでほぼ静止している世界と身体に物理的に纏わり付く空気は今までに何度か感じて来たゾーン特有のもの。

 だが、入った瞬間に確信する。集中の深度を深めればきっと、さっきのように空気の抵抗を受けることなく、普通に動くことが出来るあの領域に再度、踏み込むことが出来るだろうと。

 

 けれど、それはしなかった。今の状況であの領域に入ったら、ウィルスのダメージ、ここまでの疲労、そして体に掛かる負荷によって絶対に気を失うだろうことが容易に想像できたから。

 

 故に、俺は無理をして進度を深めることはせず、空気が物理的に重い世界を進むことを選択した。

 

 そんな世界で歩き出す。何度も体勢を崩し、転び、這いつくばり、それでも膝を叩いて喝を入れ、頬を殴って気合いを入れて、長い時間をかけて空に静止する薬の元まで辿り着く。

 拳銃から放たれる速度は音速を超える。さっきの眼前に迫る弾丸を見た後ではこの程度の速度は止まっているに等しかった。当たり前だが、球技大会の練習時の殺せんせーの投げた時速300キロの球の方が何百倍も速い。

 

 身体を動かすことが出来る最後の力を振り絞ってふらつきながらも辛うじて立ち上がり、宙に静止する治療薬入りのスーツケースを胸と腕で抱き止めるようにキャッチした。

 

 その瞬間、限界を迎えたようにゾーンから抜ける。

 

「ぐっ……!」

 

 大した勢いはなかったが、重さがある分、世界に速度と音と色が戻った瞬間、くぐもった声が漏れる。

 スーツケースに押し倒されるように尻餅を着き、痛みと衝撃で視界が滲み、歪み、尻から気持ち悪さが上ってきた。

 

 だが、俺は成し遂げた。

 

「ぁ……え……?えっ……!?乃咲!?」

 

「嘘だろ……!?この距離を一瞬で……!?」

 

 仲間たちの困惑する声。どうやらゾーン中に移動した俺は周りからは瞬間移動したように見えているらしいことを今、この瞬間に初めて理解した。

 

 けどまぁ、今はそんなことどうでもいい。

 俺はキャッチしたスーツケースを抱えながら、何が起きたのか理解していないらしい鷹岡に向かって一言。

 

「ナイスパス」

 

 中指を立てながら吐き捨てた。

 

「テメェ……!テメェェェェェ!!どこまで俺をコケにすれば気が済むんだ!?何なんだ!何なんだよテメェはぁぁ!!」

 

 発狂する鷹岡。その顔にはもはや理性は無く、冷静さを完全に失い、唾を撒き散らしながら発狂するみっともない、こうはなりたくないと心の底から思わせる大人がそこにいた。

 

 けれど、好都合。俺の動きに動揺し、困惑し、思惑が外れ、挙句に煽られて激昂している鷹岡。今の奴は隙だらけだ。

 

「今だっ!やれぇ!」

 

 全員の耳に届くように叫ぶ。鷹岡と渚、殺せんせーを除いた全員がハッとした顔をした直後、ヘリポートは眩い光を放つ。

 

「くそっ!今度は何なんだ!?」

 

 目を覆い、叫ぶ鷹岡。奴が動揺し、こちらの動きを把握しきれていないうちに捲し立てるように指示を飛ばす。

 

「菅谷!持ってる銃を速水さんにパス!不破さんはこっちに来てくれ!寺坂はその場で待機!それ以外は一時散開!別途指示を出すからヘリポートを囲むように動き続けろ!渚!お前は鷹岡に捕まらないように動け!」

 

「う、うん!わかった!」

 

「……ちくしょう……!」

 

「「「了解!」」」

 

「速水!」

 

「うん!」

 

「乃咲くん!」

 

 駆け寄ってきた不破さんに下の荷物から盗んで来た例の毒のカートリッジを渡し、背中を押してみんなの輪へ戻す。

 全体を俯瞰し、状況を把握し、これまでこの教室で過ごして来て、ここで得た知識や経験、みんなの情報をフルに使って鷹岡を倒す為の作戦を構築する。

 

「不破さんは今渡したのを矢田さんへ、茅野は殺せんせーを木村に!烏間先生は俺が指示した瞬間に俺たちのターゲット(・・・・・・・・・)を撃てるよう、銃を構えていて下さい!」

 

「了解した……!」

 

「矢田さん、これ!」

 

「任せて!」

 

「茅野!こっちだ!」

 

「はい!お願いっ!」

 

 指示を出す。だが、名前だけでは誰が今、何をしているのかを悟られるだろう。鷹岡の中で顔と名前が一致しているかは分からないが、念には念を入れ、殺せんせーの指揮を真似て、擬似的なコードネームとして俺たちや当人しか知らない情報を盛り込む。

 

「元体操部とバイト経験者はセットで動け!殺せんせーとソニック忍者を見に行った小さい方はその場で待機、大きい方はジャスティスと合流して一緒に行動。社会のテストで1位だった奴と赤い悪魔は発射台役だ、出来るだけヘリポート側をキープしろ!靴にナイフ仕込んでる奴とポニーテールの右斜め前の席の人は指示を出したら今の2人を足場にヘリポートに飛び移れ!」

 

 俺が飛ばす指示に躊躇いなく動き続けてくれる仲間たち。

 こうして大声で指示を出すのには意味がある。みんなに指示を伝えるのは勿論のこと、あえて鷹岡にも伝達することでこちらの動きを考えさせる。顔と名前が一致しているか定かではないアイツが俺の出す指示に混ざった奇怪なコードネームが誰であるのかを一致させられるわけがない。

 

 奴が冷静なら、あるいは余計な情報を無視して俺の指示だけを汲み取り、行動に備えることができただろう。もしくは視界を奪っている最大の要因である、ヘリポートの照明を叩き壊すくらいして視野の確保に動いたかもしれない。

 だが、鷹岡はどれもしない。こちらの動きにどっしり構えるでもなく、照明を壊すでもなく、ただ、俺が指示して、仲間たちが動く度に見えもしないこちらの状況を足音や声だけを頼りにキョロキョロとうめき声をあげて見渡すだけ。

 

「親が警察官の人はバイク好きに喋る手荷物をパス!受け取ったらバイク好きはヘリポートの状況に合わせて熟女OL好きを鷹岡に向かって全力で投げろ!その硬さなら直撃させれば相応のダメージになる!」

 

 木村から吉田の手に殺せんせーがパスされる。

 ちなみにエネルギー結晶の中に閉じこもっている殺せんせーの顔といえば超真っ赤。世間体を気にし、生徒からのイメージを大事にするあの人のことだ。俺に思い出したくないことを掘り起こされて、本来なら悲鳴をあげて顔を覆いたいに違いない。

 

 大きな音を立てることは撹乱につながるとさっきの銃撃戦で学んだ。だったら、思う存分、騒音を出して貰おうじゃないか。決してみんなの前で杉野か倉橋さんかを悩んだ挙句に倉橋さんと出かけたことを暴露されたことに対する私怨ではない。

 

「夏に入った辺りから学校の裏山でそこに罠が仕掛けられていることを承知でエロ本毎日拾い読みした挙句、女子生徒とエロ本の上で飛び跳ねて喜んだ上にそれを俺たちに見つかり、保身の為にハーゲンダッツを奢り、給料日前はポケットティッシュを唐揚げにして食べてる女装教師は大声で場を掻き乱す!」

 

「にゅやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!?」

 

 決して私怨があるわけではない。

 

「の、乃咲の奴、容赦ないぞ……」

 

「今のは確実に愉快犯だな……」

 

「今失礼なこと言ったうちの芸術家の方はジャイアンと共に英語学年7位の手前まで移動、建築士志望の方は常に敵の側面を捉えられる位置をキープしながらチャンスを待て!」

 

「あいよ!」

 

「OKだ!」

 

「元水泳部はヤクザの大紋持ってる人と接触!ブツを受け取ったら巨乳嫌いとJUMP好きを経由してマサヨシに届けてくれ!」

 

 布陣が完成しつつある。鷹岡の奴はヘリポートの上で発狂し、俺たちを口汚く罵倒しながら錯乱していた。

 恐らくはもう2度とその声を聞くことはないだろう。この手で直接、地獄に送ることができないのが残念だが、牢屋の中で毎晩夢に出るくらいの徹底的で完膚なきまでの敗北を与え、今日を忘れられない日にしてやる。

 

 立て続けに指示を飛ばし続けて、全員の位置関係や手持ちの道具を誰が持っているかなどの把握も済ませ、理想的なコンディションは充分に整った。律に指示を出して鷹岡を除いたこの場の全員のスマホに俺の声を届け、火蓋を切る。

 

「これで下準備は終わり。さぁ、死刑執行だ。攻撃に移るぞ。ヤクザを蹴り倒した女子といつか改名したいと思ってる男子は発射台役の2人を足場にヘリポートに跳び移れ!」

 

「よし来い!」

 

「全力で踏み込みなよ、しっかり飛ばしてあげる」

 

「わかった!行くよ!」

 

「頼んだぜ!」

 

 岡野と木村がそれぞれ磯貝とカルマに打ち上げられ、ヘリポートに跳んだ。指示は聞こえていただろうが誰のことだか見当がつかないであろう鷹岡は凄まじい勢いで跳んで来た2人を見て冷静さを失ったまま感情に任せてナイフを振り回す。

 

「撃て!速水さん!」

 

「了解……!」

 

 速水さんが菅谷から渡された銃を構え、撃つ。辛うじてその気配を察したのか、彼女の方へと向く鷹岡。

 だが、奴は知らない。速水さんが構えて流れるように発砲したのが本物の銃ではなく、エアガンであることを。

 

 最速でも速水さんが撃った時点で気付ける。遅くても彼女の撃った弾が命中し、BB弾であると確認できれば分かる。

 だが、どちらにせよ、速水さんに反応した時点でアイツは俺の術中にはまっている。烏間先生を除いて本物の銃を誰が持っているのか明確にさせない為に、あえて意味深に銃の受け渡しをする指示を出して速水さんにはエアガンを使ってもらった。

 

 撃たれた弾丸を体を捻って避けようとした鷹岡はようやく思い至ったらしい。拳銃特有の発砲音がしなかったことに。そして、体を捻った今の状態がいかに無防備であるかを。

 

「投げるならここだろ!」

 

「どひゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 決定的な隙を見せた鷹岡に向かって吉田が殺せんせーを投げる。男子の中でも体格が優れる吉田の投げた完全防御形態の殺せんせーはそれなりの速度で奇声を上げながら鷹岡に迫る。

 

「当たるかよ……っ!!」

 

 だが、腐っても精鋭。いくら不意を突いたとしても少し訓練を受けた程度の中学生の投げるハンドボール程度の大きさの球を避けるくらいはできるようで、奴は体を更に捻って直線的な軌道で飛来する殺せんせーを避ける。

 だが、そんなことは織り込み済みだ。

 

「烏間先生!」

 

「問題ないっ!」

 

 烏間先生に声がけすると、俺の一番最初の指示の意図を理解してくれていたらしく、既に照準を合わせていた。一切躊躇うことなく、俺たちのターゲット(・・・・・・・・・)である、殺せんせーに向けて。

 その直後、本日2度目となる烏間先生の発砲。今度こそ響き渡る銃声と完全防御形態の殺せんせーに弾丸が弾かれる甲高い音、そして殺せんせーの悲鳴が屋上を支配する。

 

「ぐぬぁ……!?」

 

 烏間先生の射撃で軌道を変えた殺せんせーは回避行動を取り終えた鷹岡の顔面目掛けて真っ直ぐに飛翔し、肉が潰され、鼻が砕ける鈍い音を両耳が捉える。

 痛みで出た涙と受けたダメージでぐしゃぐしゃになった顔を抑え、奴がよろめく。その意識の波長が大きな山を小刻みに作り出す様は鷹岡が動揺し、狼狽え、恐怖しているのを如実に語る。

 

「岡野!木村!畳み掛けるぞ!」

 

「任せて!」

 

「あぁ!」

 

「くそっ!こっちに来るなぁぁぁぁっ!!」

 

 雄叫びというより、もはや悲鳴。恐怖で身体中を強張らせた鷹岡がまるで最後の抵抗を示すみたいにナイフを突進する2人に突き付け、掠れた声で絶叫する。

 だよな、ただでさえ追い詰められている状況で、さらに正面から襲い掛かってくる他人って怖いだろう。思わず、手に持った最後の凶器を突き付けて、力の限り叫び、脅したくもなるだろう。

 

 読み通りだ。

 

「千葉!狙いは分かるな!」

 

「……っ!」

 

 鷹岡の側面をキープし息を潜めてチャンスを伺い続けていた千葉に呼びかけると、彼は鋭く息を呑むと同時に奴の握るナイフの腹に弾丸を撃ち込み、最後に残った武器すらも奪い取った。

 

「ぎっぃぃぃ……!」

 

 泡の混じった唾液をだらしなく垂らした口から発せられる聞き慣れない異音。ナイフを弾かれた腕を痛めたのか、思わず患部を庇うような動きを見せた。

 

「岡野はナイフの回収!木村は不破さんから渡された武器を鷹岡に叩き込め!素手だが油断はするな!寺坂!持ってきた武器を渚に渡せ!そろそろ出番だ、気合い入れろよ、渚!」

 

「受け取りやがれ……、渚っ……!」

 

「乃咲……、寺坂くん……。うん、任せて」

 

「ちくしょうがぁぁぁぁぁっ!!」

 

 進路を変えた岡野の後ろから飛び出す木村。彼に向かって冷静さを失った獣の様に両手で掴み掛かろうと突進する鷹岡。

 だが、2人が交差することはなかった。烏間先生からの訓練を受けている者があんな子供が癇癪を起こしたような攻撃に捕まるはずもなく、木村は掴み掛かりを半歩切り返して紙一重で回避し、無防備な鷹岡の顔に向かって例の麻痺毒を噴射する。

 

「く………ぁぁ…………っ!?」

 

 吹き出した毒の霧。その中から顔を上着の袖で覆った無傷の木村が飛び出し、数拍子置いて霧が晴れると立っているのもやっとと言った様子の鷹岡が踏ん張り、辛うじて立っていた。

 どうやら烏間先生も化け物じみた耐久力をしているが鷹岡も耐久力だけは先生と同等だったらしい。

 

 でもまあ、その可能性を考慮したからこそ、トドメを刺す為に渚を残し、寺坂のスタンガンまで渡したのだが。

 

「さぁ、トドメだ。渚!俺たちや倒れてるみんなの分まで感謝を込めて恩師の息の根を止めろ。アンタは最高の反面教師でしたって一言、お礼を言うのも忘れずにな!」

 

 最後の指示に頷いた渚が歩き出す。

 粗方指示を出し終わり、静まり返った屋上でみんなの呼吸と鷹岡の荒れ果てた息、そして渚の足音だけが反響する。

 

 ヒタリ、ペタリ、あえて足音を立てて渚はゆっくりと距離を詰める。顔にはいつもと変わらない笑顔。右手に握ったナイフとベルトに挿したスタンガンの存在が冗談に思えるその顔はこれから人間を攻撃する奴の表情だとは思えない。

 

 ヒタリ、ペタリ、足音が近づく度に鷹岡の顔が歪む。殺せんせーと烏間先生の攻撃で顔面を潰され、毒で身体の自由を失ったアイツは立っているのがやっとのようで、逃げることはしなかった。いや、出来なかったのだろう。

 

 渚が近づく度に、鷹岡の意識の波が高くなり、荒ぶる。恐怖でいっぱい。意識を失う寸前。加えて、奴は渚に殺される恐怖を知っている。トラウマになるほどに深層心理に深く刻まれている。

 必殺技(・・・)の発動条件は揃っていた。

 

「…………」

 

 ゆっくりとナイフを持ち上げる。練られた殺意と渚への恐怖で彼の一挙手一投足を見逃すまいと張り詰めていた鷹岡がその動きを目で追うのは必然のことで。

 持ち上げたナイフがちょうど鷹岡の首と同じ高さに上がった瞬間、暗殺者は刃を離した。まるで空中に置くように力を抜き、するりとその小さな手から柄ごと滑り落ちる。

 

「………ぁ………」

 

 弛緩した声。向けられた恐怖の視線は地面に落ちて行く刃を見詰め、意識を渚からほんの一瞬だけ逸らしてしまう。

 そんな刹那のタイミングを渚は逃さなかった。ナイフが地面に落ちると同時にヘリポートに凄まじい破裂音が轟く。

 パァァァンッ!と今日だけで何度聞いたか分からない銃声にも勝るとも劣らない乾いた破裂の音は鷹岡の意識を麻痺させるのには十分過ぎる破壊力を秘めていた。

 

 力無く巨体が崩れ落ちる。口からは唾液が溢れ出し、だらりと垂れ下がった両肩。瞳は虚で、その視線はもはや何処にも、誰にも向けられてはいない。あるいは現実すら理解できていないのかもしれない。

 

 そんな鷹岡の顎に冷たい無機質な棒が当てられ、ぐいっと奴の意思に反して顔が持ち上げられる。

 その時みたアイツの顔は印象的だった。狂気と恐怖が余すことなく表情に溢れ出ていた。

 

 パクパクと餌を食べる金魚みたいに口を動かすが、結局、言葉は紡がれない。鷹岡はそんな状況であるにも関わらず、渚と言えば変わらずの笑顔。

 警戒できないことが一番の恐怖であることを前にビッチ先生からキスされた時以上に身をもって理解した気がする。

 

「鷹岡先生、ありがとうございました」

 

 あまりにも簡素な一言。本来ならもっと口汚く罵って欲しかったのだが、俺たちをこんな目に合わせた奴の無様な場面を見ることができたのだ。良しとしよう。

 渚が今日一の笑顔を見せた次の瞬間、バチバチ!と激しい電撃が鷹岡を襲い、その意識を容赦なく刈り取る。

 

 痙攣し、口から泡を吹き、鈍い音を立てて地面と熱いキスをする鷹岡。その身体がピクリと動かないのを確認した時、誰かが思わずと言った声色でボソリと呟く。

 

元凶(ボス)撃破……?」

 

 一瞬の静寂がヘリポートと屋上に訪れた数秒後、大気を揺るがさんばかりの歓声がみんなから上がる。

 

「よっしゃぁぁぁぁ!!」

 

「やった、やったぞ俺たち!」

 

「薬もある、鷹岡も倒したし、私達の完全勝利でしょ!」

 

「そうだよね!それに誰も怪我しなかったよ!」

 

 みんなが互いを讃え合う様子を遠巻きに眺める。

 終わった。俺がE組として出来る最後の任務が無事に。

 

「律、置いてきたみんなに伝えてくれ。無事に終わったって」

 

『……伝えました。向こうでは歓声が上がっています』

 

「……そうか」

 

 これで一息吐ける。なんと言うか、これまで生きてきた中で最も長く、最も濃い一日だった。暗殺して、毒盛られて、崖登って、不法侵入して、殺し屋と対峙して、死にかけて、憎き元暴力系体育教師を数の暴力で捩じ伏せて。

 

 地面に根を張ったみたいに動かない身体を投げ出すように横になり、空を見上げてため息を吐く。

 本当に終わったのだ、いろいろと。何故だか妙に肩の荷が降りた気がする。ひとしきり讃え合い、満足したのか、みんながこっちに集まって来るのを眺めながら本日何度目になるか分からない安堵の息を吐いた。




あとがき  

はい、あとがきです。
圭ちゃん、意外と煽り性能高い模様。流石に現在の体調的に鷹岡とやり合うのは無理だと思ったので、圭一は指揮官ポジにいました。

鷹岡が毒ガス喰らって耐えられたのは自己解釈強めです……。なんとなく、あの化け物な烏間先生の同僚であり、対抗意識があるならそれくらいの耐久力はあって欲しいと思って搭載しました。悔いはない……!

と言うわけで鷹岡撃破です。
次回、ホテル脱出!

今回もご愛読ありがとうございます!
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